第一話 始まりの日
◽︎2021年5月7日・深夜
赤黒い数条の光線が、寝静まった街中のさらに奥、月明かりすら届かぬ路地裏を照らす。
それは、温かさなどなく。ただ、触れた物を消し飛ばす冷徹さだけを振り撒いていた。
「っ、この町がこんなに危険だなんて、聞いてないであります!?」
その光線の群れに追われるのは、犬耳のような形をした特徴的な金髪の少女だ。
小柄な体格と可愛らしい目鼻立ちにそぐわぬゴテゴテとしたブーツで壁を蹴り、人並外れた身軽さで紙一重のところを回避しながらも、言葉のとおり、その顔に余裕は無い。
黒いコートの裾を翻しながら薄暗い路地裏を駆け抜け、少女は尚も死の光線を避け続ける。
「ほあっ!? い、今のは危なかったであります!? 隠れてないで姿を見せると良いでありますよ!」
体勢を崩しながらも、地面スレスレに姿勢を下げて間一髪のところで光線を回避。チリッという嫌な音をさせながら、髪の毛の端が焦げる。あと少しで頭を撃ち抜かれていたと考えると、少女の顔はさらに蒼白に染まる。
夜闇に猛々しく叫ぶが、当然ながらそれに応える者はいない。
ただ、返答の代わりなのか、先の倍ほどの閃光が陰から襲いかかった。
「ひゃあっ!?」
これには一溜りもない。
若干コートのあちこちを焦がしながら、少女は物陰に飛び込む。
―――勿体ないでありますが、出し惜しみをしていたら確実に殺されるであります⋯⋯ッ!―――
意を決してコートの懐に手を突っ込むと、少女は徐に冥く光る何かを取り出した。
そして一息に物陰から飛び出すと、それを襲撃者がいるであろう方向へと向けて、
「―――《
それは、
シャープな黒の銃身に、華美に過ぎない金色の装飾があしらわれた
しかし、ただの回転式大口径拳銃などではない。少女の呼び掛けの通り、『必中の魔弾を放つ』銃、《魔弾の射手》
その必中の伝承を持つ《魔弾の射手》から撃ち放たれた弾丸が、黒の軌道を描いて宵闇の中へと吸い込まれていく。
「⋯⋯やった、でありますか⋯⋯」
瞬刻、反応を待ってみても何も起こりはしない。しかし、今ので殺したと考えるほど、彼女は楽観的ではなかった。
これ以上の消耗を抑えるため、即座に行動を開始する。
―――
一抹の不安に駆られながらも、少女はその場を後にするのであった。
◽︎2021年5月8日・早朝
冷たい空気が肺に負荷をかける。段々と積もっていた苦しさが限界を迎えたことを、痛みとして告げてくる。
それを無視して、ラストスパートでペースを全力疾走に切り替えて走り抜いた。
「はっ、はっ、はっ」
永い永い闇を切り裂くかのように朝日が顔を出す刻。
草木が生い茂り、草原の中を突っ切る形で舗装されたコンクリートの道と遊具以外には何も存在しない少し大きめの公園に居るのは、彼以外では老人ばかりだ。そんな中、若干の軽薄さを漂わせる雰囲気の少年はそれなりに浮いていた。
少年
「⋯⋯はーっ、はーっ⋯⋯良し。今日の分終わりっと」
薄らと鍛えていることが分かる程度に付いた筋肉と、180cm近い長身にスラリと伸びた四肢は牛乳を飲んで早寝早起きをし、こうしてトレーニングに励んだ成果だろう。
軟弱な身体が嫌だったからと始めた早朝のランニング、そして筋トレ。それを、ある程度成果が実った今も続けているのだ。自身が努力を続けられる人間だと知った時はやる気に満ち溢れていたな、とユーゴは思う。
公園のベンチに腰掛けて、持参したペットボトルの中の水道水を飲み干す。
タオルで頬まで滴る汗を拭うと、脱いで隣に置いてあったジャージの上を腰に巻いて立ち上がり、急ぎ帰路に着いた。学校のある日も朝の四時に起きては、こうして筋トレに励んでいるのだ。平日である今日も例外ではなく学校がある。
家に着くと、それを出迎える存在はいない。
両親に無理を言って、この春から、“先進と自然の融合地”、または単に都会の一つとして数えられる『
五月七日を表記しているカレンダーを確認し、手短にその日付を一日捲る。今日は
「あーっと、卵はあったっけ」
冷蔵庫から卵といくつかの食材を取り出して、朝食の支度をしようと台所に立った。
そこで初めて彼は、自らの指先の異常に気が付いた。
「⋯⋯あ? なんだこれ⋯⋯って、うおっ!? 静電気すっご!?」
パチパチと音を立てて、指先から
静電気が凄いことになっている程度の認識でしか無かった彼は、特に気にも留めずにIHのコンロに触れてしまう。
瞬間、部屋が暗転。
「え、あ、やばっ。停電⋯⋯!?」
手から迸っていた電流がスパークし、ブレーカーがショートしてしまったのか、部屋中の電気が消えてしまう。幸いなことに朝方である為、カーテンから漏れ出る光が部屋を照らしていて、視界は遮られていない。
が、一大事であることには変わりなかった。
「冷蔵庫の中身とか、どうしよ⋯⋯」
とりあえずどうにかしなくては。
冷蔵庫の中身を確認し、大丈夫そうなものと常温放置は危険そうなものとで分ける。半々の割合であることに頭を抱えたくなるが、そうもしてられない。
昔からピンチの時ほどよく回る頭を、こんなところでフル回転させて、これらの食材を使って今から出来る一日は持つであろう料理のレシピを構築する。しかも、備えとして持っていた携帯カセットコンロでである。
「ほいっと。こんなもんか?」
この男、自炊に関しては極める一歩手前であった。
最後の一品にサランラップをかけるとカセットコンロの火を止めて、エプロンを外す。
リビングで一休みしようと思い、何となしに壁に掛けられた時計を見ると、針は7時40分を指していた。学校が始まるまであと30分である。
「やっべ、時間ねえっ!」
一先ず出来た料理と停電のことは頭の外に追いやって、急ぎハンガーにかけてあった制服の黒の詰襟、学ランに袖を通す。
そして、実は気に入っている赤のネクタイを付ければ、進丈第一高校の生徒姿の完成である。
「髪の毛は⋯⋯大丈夫だな」
手を付けていないお陰で真っ黒な自慢の髪に寝癖は付いていない。尖っているのは生まれつきなのと、恐らくは先程の謎の怪現象の所為だろう。今は、アレについて考えている暇はないと頭の片隅に追いやった。
充電ケーブルを抜いた携帯電話と机の上に置いてあった財布を取ってズボンのポケットに突っ込むと、スクールバッグを肩に掛ける。
「⋯⋯良し、準備完了っと。⋯⋯行ってきます」
―――そんな慌ただしい中、佐光悠悟の