蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

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航海日記20 火蓋

"こちらシーライオン。周辺海域に不審な艦影は見られない。引き続き哨戒活動を続ける"

『了解、シーライオン。警戒を厳重に、でも自分の身を大事に任務を行ってくださいね』

"問題ない。ミズーリの気遣いに感謝"

 

 アメリカ大陸と極東ユーラシア大陸を結ぶ、世界最大の海域たる太平洋。

 その中継地点ともいえるハワイ諸島で、霧のアメリカ太平洋艦隊の一部が、港に停泊していた。

 

 これは霧の艦隊がハワイ諸島を占領したわけではなく、アメリカ政府との間で設けられた停戦条約の条件を果たす為であった。

 その条件というのが、ハワイ諸島に取り残されてしまった人々の本国への輸送である。

 そして、太平洋艦隊の総旗艦であるアイオワ(もっとも交渉を行ったのはウィスコンシンだが)は、これを承諾。責任者として大戦艦ミズーリが現場の指揮に当たっていた。

 

 現地住民の中には愛着のあるハワイに残りたいと申す者もいたが、島での生活は困難を極め、自給自足も儘ならない。

 よって市長や軍事責任者を初めとした人間が説得を行い、島に住む誰もが本国に帰国する事になっている。

 

「イ号402には感謝しています。貴女が提供してくれた人類との対話、接触、交友のデータがなければ、私たちの艦隊は交渉すら困難だったでしょうから」

「いや、気にするな。そちらの潜水艦隊から一部戦力を提供してくれたおかげで、私の任務は滞りなく完遂できた。これは、それに対する細やかな礼だ」

 

 アイオワとまったく同じ服装に、栗色の髪をツインテールにした少女のメンタルモデルがミズーリだ。

 彼女の被る白い水兵帽にはアイオワから貰った猫の缶バッジが付いていて、ミズーリの大のお気に入りだった。

 姉妹の中で身長が頭一つ分低く、やや幼げな印象をしているが、口調は誰に対しても丁寧で、幾分か大人びて見える。

 少女と女性の中間の位置するメンタルモデル、それがミズーリである。

 

 そして、彼女の巨大なのにスマートに整えられた船体の隣。

 そこに寄り添うように、停泊しているのは東洋方面艦隊から派遣されたイ号402であった。

 

 総旗艦ヤマトから受けた密命を完遂した彼女は、現在霧の太平洋艦隊と行動を共にしている。

 

「例の異邦艦。それも途方もなく巨大な艦船の機関が発するノイズ。超兵器反応、でしょうか?」

「ああ、大西洋に続いて、この近海でも確認された。中には太平洋の海溝を横断して、南洋諸島に向かった形跡もあるが、こっちは海溝深度が深すぎて捉えきれなかった」

「私にとっては俄かに信じがたい話です。我ら大戦艦を遥かに凌駕する山のように巨大な船。そんなものが存在するなど」

「だが、事実だ。警戒するに越したことはない。奴ら、最近になって活動が活発化してきている」

 

 ミズーリと402が話しているのは、世界中で転移して現れるか、北極海から限り無く出現する異邦艦のこと。

 ヤマトがヴォルケンクラッツァーを撃退したのをきっかけに、幾度となく霧に戦闘を挑んでくる彼らだが、その目的は一切不明。

 

 唯一判明しているのは、どの勢力に対しても無差別に攻撃を行うという事だけだ。

 無秩序に破壊を振りまく彼らを放っておけば、地球に存在するありとあらゆる文明が崩壊するのは間違いない。

 

 霧にとっても、人類にとっても最大級の敵である。

 

 そして、彼らを統率していると思われる超巨大戦艦は、独特なノイズを発していたという。

 イ号402が受けた任務というのは、そのノイズと同じ反応が現れた海域の調査であった。

 

「何にせよ、移送作戦中に襲撃は受けたくないものです」

「不安になることはない。冷静に分析すれば、エンタープライズを初めとした海域強襲制圧艦群の警戒網は早々抜けられないだろう。あとは我々が迎撃すればいい」

「そうだと、良いのですが」

 

 このような遣り取りをしながら、二隻は霧の輸送船に人々が乗り込んでいるのを見守っていた。

 そして、民間人の乗船と荷物の積み込み作業を終えたとき、それは起きたのである。

 

「なんだ、これは……? ジャミングか」

「おかしいですね。こちらも概念伝達を初めとした通信機能が使用できません。それにこれは……ノイズ、でしょうか」

 

 二人のメンタルモデルは顔を見合わせ、同時に表情を強張らせる。

 雑音と砂嵐を発しながらも、ミズーリの強力なレーダーが、北極方面から接近する動体反応を捉えたからだ。

 船にしては恐ろしく速い。どちらかといえば航空機のようなスピード。

 そして、おかしなことにレーダーに映る反応はあまりにも大きい。

 小島かと疑ってしまうくらいに……

 

「まさか……」

 

 402の切羽詰まった声。

 その予想は当たって欲しくない類のもの。

 そうしてソレは飛来した。

 

 各種センサーが効果を上手く発揮できないなか、躯体(メンタルモデル)の視覚に搭載された望遠機能を最大限に強化。

 肉眼で相手を捉えようと、遥か水平線の彼方を確認すると、メンタルモデルを持つ船は、誰もがコアの認識異常を疑った。

 

 巨大な航空機が近づいてくるのだ。

 赤い翼と鋼の胴体を持ち、二つの機首を持つ機体は、まるで比翼の翼を持つ鳥のよう。

 

 それが恐ろしい速度で迫ってくる。

 そして戦艦ですら点のようにしか見えない距離なのに、相手の形状が判別できる。

 それは、相手の巨大さを物語っているに他ならない。

 

 超巨大爆撃機"アルケオプテリクス"接近!

 

 総旗艦"ヤマト"から渡されたデータが、相手の正体を分析する。

 アルケオプテリクスと呼ばれた爆撃機は、マッハ0.5の速度で迫ってきており、徐々に加速しているようにも見える。

 その巨体からは信じられない速度だ。

 

"こちら……エセックス、しんじら……大艦隊…近……援護は不可……"

"同じく……四航戦……迎撃で……"

 

 概念伝達から伝わる会話はジャミングを受けて、聞き取りずらい。

 しかし、北極で何らかの異変が起きているのは間違いない。

 ミズーリは戦端が開かれたのだと悟り、同時に決断するのも早かった。

 

「オールド・ヨーキィ。ビッグE。ホーネット・ヨーキィ。迎撃を、進路を妨害して撤退の時間を稼いでください」

『こちらヨークタウン。了解した。高速巡航ミサイルを対空弾頭で発射する』

『こちらエンタープライズ。指揮は任せたよ。幸運を祈るね!』

『こちらホーネット。こんなことならレディ・レックスとシスター・サラも連れてくれば良かったね』

 

 命令と同時に了解という返信。

 次いでハワイ諸島を囲むように展開していた三つの機動艦隊からおびただしい数のミサイルが発射される。

 その数、タカオが401の迎撃に発射したVLSの比ではなく、空一帯が噴射炎の光で埋め尽くされていく。

 まるで流星群のように。後に残るのは飛行機雲のような煙のあとだけ。

 正規空母と護衛空母からなる艦艇の一斉射撃による面制圧。

 

 強襲海域制圧艦の名は伊達ではない。

 これだけで大抵の戦力を粉砕できる火力と手数だ。

 高速で海域に展開して、相手の陣地にありったけの火力を叩き込む目的で改装しているので当然ではある。

 

 17年前の大海戦で、多数の航空機を人類に落とされた霧が新たに得た答え。 

 それが航空母艦を火力支援艦に改装するというものだった。

 

 ミサイルを初めとして、各種魚雷から爆雷。針鼠のような対空火器。単体で多数を圧倒するための兵装。

 一隻で艦隊の火力を賄え、しかもナノマテリアルの貯蔵庫としての役割も果たす。

 物資さえ尽きなければ自ら弾薬を生成して自給自足が可能。

 

 もっとも一回の戦闘で大量の物資を消耗するので、長期戦は得意ではない。

 補給体制が盤石になって初めて全能力を発揮できる特化型だ。汎用性も低い。

 

 よって普段は暇を持て余している連中が大半だったが、ようやく出番が回ってきた。海域強襲制圧艦の誰もが嬉しそうにミサイルをぶっ放している。

 

「人員の積み込み状況は?」

『こちらペンサコーラ。発艦作業は完了している。人員チェックに漏れはない』

「急ぎ外洋へ。その後は輸送艦隊を中心に輪形陣を展開。クラインフィールドの幕で護衛対象を保護します。その後は全速で戦闘海域から離脱を図ります」

『了解。激しい船旅になるな』

 

 ミズーリが確認作業をとった後、兵装を展開しながら自らも外洋に向けて進んでいく。

 稼働する16インチ三連主砲が空を睨み、赤い爆撃機を近づけんと威嚇、牽制。次いで砲身が展開して、紫電を纏いながら光を放つ。

 敵、爆撃型超兵器との相対距離を算出。演算。照準誤差をコンマで修正。

 

 ミズーリの躯体(メンタルモデル)が艦橋上層部から見下ろす前で、船体の主砲が光を何度も照射していく。

 

 実弾を用いた派手さはないが、その威力を侮ってはならない。

 余剰出力を転用したレーザー射撃ではなく、重力子機関から練り上げたエネルギーを転用する重力子ビーム。

 衛星軌道にある人類の衛星や人工物または兵器類からSSTOまで、対象物を文字通り消し去ってきた手加減なしの一撃だ。

 

 アルケオプテリクスはそれを避ける。

 

 その巨体からは信じられない機動性でバレルロールを繰り出し、進路を維持したまま止まることはない。

 無数の弾幕は不可視の障壁に防がれ、進行速度を緩めず、尚もハワイ諸島を目指して突き進む。

 しかし、ミズーリに焦りも驚愕もなかった。

 

 避けたということは、防げないということ。ならば重力子ビームを直撃させればよいだけ。なんなら超重力砲を直撃させてやってもいい。

 

 戦艦クラスに標準装備されている船体一体型の超重力砲は対空戦に向かないが、重巡クラスの超重力砲は全方位に向けて発射可能だ。

 このミズーリの艦橋と煙突内部にも同様の物が装備されている。化け物みたいにでっかい赤怪鳥を墜とすにはうってつけだろう。

 

『観測班より報告。敵超巨大航空機に対するミサイル攻撃は何らかの防壁で無力化されている模様。侵食弾頭兵器については近接防御兵装による迎撃で全弾不発。同じく対空レーザーによる弾幕は不可視の防壁で威力減衰後拡散。無力化されている模様』

『対象に対し駆逐艦、軽巡の兵装では太刀打ちできず。対象は重巡の8インチ主砲の直撃に耐えると予測』

 

 ミズーリの指揮下にある艦艇からの報告が次々と上がってくる。

 敵、爆撃機の装甲は驚くべき耐性を持っていて、少なくとも霧が対峙してきた人類の兵器を遥かに凌駕している事は確かだ。

 分析ではレーザー、実体弾の類はあまり意味をなさない。唯一重力兵器だけが有効打となり得る。

 

 敵もそれを見越しての強襲突撃だろう。浸食弾頭を搭載した兵器類は確実に防いでいるが、無力化できる攻撃はその身に受けて、進軍速度を緩めない。

 既に速度は音速を超えており、ハワイまで目と鼻の先だ。ミズーリのセンサーでは爆弾槽が開いているのを確認している。

 

 ならば、至近距離で敵機と交差する瞬間。

 避けれないタイミングで主砲と超重力砲を直撃させれば良いだけ。

 艦隊のクラインフィールドが突破される前に、相手を撃墜する。

 

 艦隊が敵機に肉薄されるまで時間は残り少ない

 

「そのまま向かってきなさい。艦隊はこのミズーリがお護りする。彼方に指一本触れさせはしない!」

 

 瞬間、アルケオプテリクスの武装が火を噴いた。

 機体下部に搭載された多連装砲からロケット弾幕が展開され、艦隊を襲う。それだけに留まらない。

 

 爆弾槽から無数に投下された魚雷が音速で迫り、巨大なガトリング砲が弾幕を張り、発射された対艦ミサイルが水面すれすれから頭上を取って降り注ぎ、バルカン砲も火を噴き、30.6cm主砲を直撃され、大きさが駆逐艦ほどもありそうな超兵器爆弾が死の雨となって襲い掛かる。

 

 艦隊どころか小国を一晩で滅ぼせるような火力だ。

 こんなのに頭上を取られたらひとたまりもない。

 直撃したら、ミズーリの艦隊は瞬く間に壊滅してしまうかと思われる。それくらいの弾幕。

 

 アルケオプテリクスにできたのはそこまでだった。

 

 無数の光が巨大な赤鳥を貫いていく、不可視の防壁をものともせず、鋼鉄の鎧が飴細工のように溶けて穴だらけになる。

 分かりやすく言うならば防御ごと抉られているといったら良いのだろうか。

 機体は安定を失い、加熱された兵装は誘爆し、内部から崩壊していく。

 

 何てことはない。

 ミズーリに近寄りすぎたアルケオプテリクスは、すれ違いざまに艦隊の主砲(重力子)を叩き込まれたのだ。

 戦艦すら凌駕する巨体を誇るといっても、所詮は航空機に過ぎない。

 空を飛ぶために装甲を犠牲にした代償は、自らの翼をもがれるという哀れな結末だった。

 

 現代兵器が相手であれば無敵を誇っただろうが……

 今回は相手が悪かった。これに尽きるであろう。

 

 こうしてミズーリの艦隊は無事にハワイ諸島を脱出することに成功する。

 しかし、代償として"敵"にハワイ諸島一帯の海域を奪われ、霧の東洋方面艦隊と太平洋艦隊は分断。

 

 同時にあらゆる海域に超兵器の魔の手が差し迫っていることを。

 飛来したアルケオプテリクが複数いたことをミズーリは後に知ることになる。

 内部の超兵器機関は、まだ……

 




迷ったら進めってじっちゃんが言ってた。
アルペの11巻が待ち遠しい。妙高型姉妹の性格を完全に把握するためにも。

コトノ? ラブコメ? ナ、ナンノコトカナ?

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