蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

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航海日記31 航空戦艦からの轟!

 ところ変わって、こちらは南シナ海。

 案内役を買って出た巡洋戦艦レパルスと駆逐艦ヴァンパイアに続いて、フソウ・ヤマシロ艦隊。

 そして、蒼き鋼の船となった重巡タカオ。大戦艦ハルナ、キリシマ。航空戦艦ヒュウガがそれに続く。

 

 彼女たちの目的は超巨大双胴戦艦ハリマを足止めすること。

 既に異邦艦隊の主力は、霧の主力艦隊を迎撃するため、ほとんどが豪州方面に出払っており、南シナ海は比較的小規模な艦隊しか残されていない。

 

 だが、艦隊の中心となっているのは、あのハリマである。

 生半可な攻撃は重厚な装甲の前に弾かれ、デュアルクレイターのバックアップで船体を修復する。

 その連携を崩さない限り、霧の艦隊はジリ貧だ。

 

 おまけにデュアルクレイターから建造される艦隊に手間取ると、余計に侵蝕兵器を消耗する。

 攻撃と迎撃に使う弾薬は無限ではない。

 

「しかし、よく敵艦隊の位置を捕捉できるわね。さっきから、すごい電波障害よ。これ?」

 

 タカオは艦橋の上で腰を屈めながら、空間モニターを手にし、障害だらけのレーダーを見て呟いた。その疑問に後続から続くヒュウガが答える。

 

「当たり前じゃない。イオナ姉さまの妹である403が、何のために先行しているのか、少しは考えてみたらどう? あの子の索敵能力と電子分解能は並みじゃないのよ。音だけを頼りに敵を補足して、相手の正体を突き止めるなんて造作もないわ」

 

 イオナ姉さまとの逢引きを邪魔する存在というのが、403に対するヒュウガにとっての認識だ。

 しかし、それらの感情を除けば、ヒュウガはあの潜水艦の能力を誰よりも認めていた。

 

 何故なら、硫黄島の秘密基地に403の船体が寄港した際、整備をする傍らで、彼女の能力や船体の性能を調べたのだから。

 

 その結果判明したことは、彼女が潜水艦の中でも、異常といって良い程に特化した情報処理能力を持っていること。

 相手を超長距離から探知し、自らは強力な電子欺瞞能力を使ってレーダーから姿を消す。

 そればかりか、自ら取得した情報を仲間に知らせ、他者の演算能力すら補助してみせる。

 

 言ってみれば電子戦における怪物だった。

 おかげで霧の艦隊は道に迷うどころか、敵の姿を見失うことなく進むこともできる。

 強力なジャミングの中にあって、霧の艦隊はその影響をさほど受けていなかった理由。

 何てことはない。403の道案内と演算補助が優秀だからだ。

 

 少なくとも、"この程度"のジャミングでは、403の能力を覆せないということ。

 

「ふ~ん、あの子ってそんなすごい娘だったのね。会ったときは、なんて頼りなさそうな雰囲気だろうと思ったけど」

「アンタね……403が本気になったら一方的に攻撃されるわよ?」

「冗談でしょ?」

「大マジよ。たぶん一対一の戦いなら敵なしだわ」

 

 先行するタカオの船体、艦橋の上から振り向いたタカオの躯体(メンタルモデル)が、後ろに続くヒュウガの躯体(メンタルモデル)を見据えた。

 だが、人間の眼を模したセンサーを通して見るヒュウガの表情は、冗談でも何でもないと語っている。

 

 水平線の彼方まで届かせる砲撃や、ミサイルによる爆撃を届かせるには、どうしても相手を認識しなければいけないが、目で見るというのは難しい。

 だから、人類も霧もレーダーやソナー。果ては観測機器を積んだ潜水艇や索敵機などの端末によって相手を探し、捉えている。

 

 403はそれを一方的に行うことができる。

 そればかりか、相手の電子機器をハッキングして逆手に取ることもできるかもしれない。

 欺瞞情報をばら撒かれるだけでも、相手にとっては脅威となる。

 

 何せ、どれが本当の攻撃目標なのか分からなくなるのだから。

 それに加えて潜水艦という隠密性の高い船体を持つ霧の船。

 一度見失ってしまえば、再び捉えることは難しい。

 

 タカオが401との戦いで、相手を見つけるのにあれだけ苦労した事を考えれば、その脅威を感じることができるだろう。

 実際、タカオは401との戦いを思い出したのか、顔をしかめていた。

 

 もっとも、ヒュウガは403の性能に疑問を感じていた。

 イオナと違い、ただの巡航潜水艦が二体のメンタルモデルを演算処理するばかりか、分不相応の装備を船体に積んでいたからだ。

 

 いくら他の霧よりも、演算処理能力に優れるとはいえ、オーバースペックすぎるのだ。あれでは403が船の性能を、完全に発揮させるのは難しいだろう。まるで、遥か格上の存在を相手にする事を想定したかのようだ。それこそ超兵器や超戦艦のような存在に対抗するかのような……

 

「どうしたヒュウガ? 先程から思考リズムに乱れが生じている」

「ん? ごめん、ハルナ。ちょっ~と、考え事をしてたみたい」

 

 ハルナの指摘に、ヒュウガは軽い調子で答えると、何でもないという様な仕草をした。

 千早群像とイオナ姉さまに撃沈されてからというもの、どうも思案する癖がついてしまったらしい。

 メンタルモデルを持たなかった昔では考えられないことだ。

 

 だが、それで良いとヒュウガは思う。

 おかげでイオナ姉さまを愛する心に目覚めたし、何より自分や霧がどういった存在なのか考えることができる。

 そこから新たな兵器や装備の発想に思い至るというのは、以前では考えられないことだ。

 

 何せ、霧が当たり前のように使っている主砲が、どういった仕組みで動いているのかどうかすら疑問に思わなかったのだから。

 疑問に思わなければ、新たな知識を得る機会さえ失われてしまう。

 

 そういった意味では、メンタルモデルを得るきっかけを作ってくれた千早群像には感謝すらしている。

 その見返りに、崇拝するイオナ姉さまを支え、船体の整備や補給を手掛け、新兵器を開発し、移譲するのはヒュウガにとって命題といえた。

 だから、こうして躊躇っていた船体を再び手にし、イオナ姉さまの行く手を遮る愚か者を足止めするのも、ヒュウガにとっては何の苦にもならない。

 

「まあ、お前は曲者ぞろいの元第二巡洋艦隊の旗艦だからな。どうせよからぬ妄想でもしてたんだろ」

 

 そんなんで、戦闘できるのかよ。とは元の姿を取り戻した大戦艦キリシマの言である。

 総旗艦(アマハコトノ)にさんざん笑われた後で、どうせならそのままの姿でいいんじゃない?という提案を、何とか説得して、ナノマテリアルを融通してもらい。以前の勝気な女性の躯体(メンタルモデル)を取り戻していた。

 

 蒔絵には悪いが、世界規模の大戦に発展している以上、キリシマを遊ばせておく理由にはならない。

 どの道、元の躯体(メンタルモデル)になるのも時間の問題だっただろう。

 

「まあね、イオナ姉さまへの愛は誰よりも深く、誰よりも大きいのよ。それよりも、調子はどうなの、キリクマちゃん」

「なっ、ヨタロウの事は関係ないだろう!?」

「へぇ~~、あのぬいぐるみ。ヨタロウって言うんだ。知らなかった~~」

 

 だが、ヒュウガに対する皮肉を返されたばかりか、思わぬ反撃にキリシマはたじろいでしまう。

 

 気に入っていたのかと聞かれれば、そんな事はないと即座に返す彼女だが、ぬいぐるみの名前を憶えているあたり、満更ではないのだろうと、ヒュウガは勝手に思うことにした。

 

 後々までヨタロウネタで、弄られることになるとは、この時のキリシマは思いもよらなかったであろう。

 

"敵艦隊接近。超兵器反応有り。艦種、超巨大双胴戦艦ハリマ"

 

 斥候に出ていた駆逐艦シグレの報告に、蒼き鋼の一同は無言で戦闘隊形を整える。

 艦隊で共有する戦術ネットワークから、敵の艦種、陣形に至るまで把握し、それに対する行動を起こす。

 

 見やれば水平線の向こうに、島とは明らかに違った影が動いている。

 あれこそが超巨大双胴戦艦ハリマだろう。報告には聞いていたが、実際に目にするとなるとヒュウガは驚きを隠せない。

 あれだけ巨大な船体をどうやって動かしているのだろうか?

 気にはなるが、ハリマに続いているらしい敵の従属艦隊を減らさねばならない。

 

 まずは一斉射撃による飽和攻撃。ジャミングを利用した先制攻撃である。

 大戦艦から、重巡洋艦から、駆逐艦まで。霧の艦隊の甲板に備えられた発射管が白煙を噴き出した。

 

 相手は索敵能力を減じている。それに比例するように迎撃能力も落ちているはずだ。

 攻撃を探知できなければ、防空火器による迎撃もままならない。

 よって侵蝕兵器で相手の数を減らし、超兵器の取り巻きに回避行動をさせて分散させ。確固撃破を狙う。

 ハリマを孤立させるのだ。

 

 当然、黙ってやられるハリマではなく、水平線からの轟が周囲に響き渡る。

 蒼き艦隊の目の前で、竜が火を吹いたかのような光景。天にも昇る爆炎とともに響く、空気を切り裂く飛翔音。

 ハリマの超巨大連装主砲による砲撃だ。

 

「ぼさっとするな。各艦は散開。敵の攻撃を避けなさい」

 

 元第二巡洋艦隊の旗艦だけあって、ヒュウガは手慣れた様子で艦隊に指示を飛ばす。

 それに言われなくても、個性の強い連中はすでに回避行動に移っていた。

 

 船体側面に供えられた補助噴射装置を巧みに使い。人間では考えられないような回避機動によって、砲撃の合間を掻い潜っていく。

 

「ヤマシロ。私たちを包囲しようとしている別艦隊がいるわ。受け持つわよ?」

「は~い、姉さま。主砲回頭、右舷方向。一斉射いっきま~す!!」

 

 別方向からの異邦艦隊による包囲形成の動き。それをフソウ・ヤマシロ艦隊が受け持つことで迎撃に出る。

 主砲の砲塔から発射されるのは実弾ではなく荷電粒子砲。だが、前回のように外しはしない。

 そのための403によるバックアップ。既に砲撃に必要な演算処理は済んでいる。

 

 次々と爆沈していく異邦艦隊。

 そこにシグレ率いるアサグモ、ヤマグモ、ミチシオの水雷船隊が続き、侵蝕魚雷を大型艦船に撃ち込んでいく。

 戦艦や空母を失えば、あとは烏合の衆に過ぎないのだから。

 

「ここは私たちにお任せを、その代わりウェールズ達の仇をっ……!」

 

 霧の艦隊から見て左舷方向から迫る艦隊はレパルス、ヴァンパイア、モガミが受け持つことで抑え込んだ。

 ならば、残された蒼き鋼の艦隊は、異邦艦隊の中心であるハリマの相手をするだけだ。

 

 出鼻を挫かれた異邦艦隊はあっけなく殲滅されていくが、少なくない数が島影や水平線の向こうから接近。

 雑魚をいくら殲滅しても補充されるらしい。やはり、デュアルクレイターが存在する限り、霧と蒼き鋼の連合艦隊はジリ貧だ。

 恐らく403を探索していたハンターキラーの連中も、ハリマを助けるために集まってきている。

 

 霧にとっては歯牙にもかけない連中だが、弾薬を消耗させられるのは不味い。

 ここは早めに決着をつける必要がある。

 

「ハルナ、キリシマ!」

「準備できている」

「任せとけ。あの時のようなヘマはしない」

 

 誰よりも前を行くヒュウガが叫べば、航空戦艦の後ろから答えるいつの間にか合体したハルナ・キリシマの声。

 401と横須賀での戦いで見せた金剛型戦艦二隻の合体形態。ある意味で双子ともいえる二隻だからこそ為せる業。

 あの時は予想外の攻撃で敗退したが、仲間のサポートがある今。そうもいかない。

 

 レパルスからもたらされたデータで、超重力砲はハリマに対して一定の戦果を挙げている。

 なら、それを上回る合体超重力砲を直撃されれば、ハリマとて一溜まりもあるまいという単純な発想。そして、単純ゆえに効果は抜群。

 

 何よりも403の演算補助が大戦艦二隻による合体超重力砲の発射シークエンスを後押しする。

 支えてくれる仲間のためにも失敗は許されない。

 

 海を二つに割り、超巨大双胴戦艦の巨体すら捕えてみせるロックビーム。

 逃げようともがくハリマを逃しはしなかった。

 

「重力子圧縮、縮退臨界」

「終わりだ! 超兵器!」

「キリシマ、それフラグ……」

「あっ――」

 

 どこかで聞いたような台詞と共に発射される合体超重力砲は、渦のような爆流を発生させながら、ハリマの全身を飲み込んだ。

 果たしてそこには装甲の表面を削られながらも、しぶとく生き残っているハリマの姿が。

 

「キリシマ……」

「ちょっ、ハルナ! 私のせいなの!?」

 

 それに対してジト目でキリシマを見つめるハルナの姿に、見つめられてあたふたするキリシマの姿。

 すでに合体形態は解除シークエンスに移行しており、超重力砲の照射装置も緊急冷却に移行している。

 "元々"超重力砲に対して何らかの対策をしてくるのはある程度予測済みだ。

 

 敵は重力崩壊に耐性を持たせた装甲を持ち、それを軽減するための防壁も展開しているらしい。

 霧の切り札ともいえる侵蝕兵器に対抗するための処置だろう。

 弱点が変わっているとも言えた。

 

「なら、直接削ってやるまでよ!」

 

 そこに急接近する航空戦艦ヒュウガの姿。

 彼女は艦橋の上で腕組みしながら、白衣を風にひるがえすと、開いた航空甲板の内部から二本のアームが展開される。

 先端に付いているのは巨大な採掘用のドリルだ。

 

 自らの超重力砲は401に移譲した為、代替品としてヒュウガが急遽用意した近接格闘戦兵装。

 遠距離攻撃を主体とする超兵器ハリマに対する対抗策の答え。

 

 高速で直進する勢いのまま、両舷に備えるドリルアームを艦首に展開して、ハリマにぶつかるヒュウガの船体。

 超高速回転するドリルが相手の装甲を削ると同時に、突っ込んだ衝撃で海面から浮かび上がるヒュウガの船体。

 だが、それだけだ。ヒュウガに目立った損害はなく、ハリマの重要防御区画(バイタルパート)を貫通するには至らない。

 

 それでも、相手の装甲を削れているのなら、意味がある。

 

 超重力砲に耐え、しかも再生するなら、装甲もろとも削り倒す。

 イオナ姉さまの愛を舐めるな! ドリル! ドリル! ドリルアームアタッーク!

 ぶつかり合うドリルと重厚な装甲の間で火花が散る。

 

 ヒュウガを主砲の接射で捻り潰そうとするハリマだが、そのまえに振りかぶったドリルアームの一撃が、回頭する主砲の一つを抉り潰す。

 至近距離による対艦連装噴進砲(ロケットランチャー)の連撃も、副砲の斉射も、降り注ぐ多弾頭対艦ミサイルの雨も、ヒュウガの効率化された強制波動装甲(クラインフィールド)の前に無効化される。

 

 超長距離からの狙撃仕様に、主砲の一部をレールガンに改装したことが、ハリマにとって裏目に出た。

 まさか、超兵器以上のジャミングを仕掛けられ、接近戦を挑まれるなど想定外だ。遠距離から一方的に叩くはずが、クロスレンジでの殴り合いに発展するとは。

 しかも、相手のドリルは重要防御区画(バイタルパート)を抜けないが、兵装を粉砕するには十分な威力を秘めていた。

 

「128発の侵蝕弾頭兵器。避けられるものなら、避けてみろ!」

 

 そこに追撃を加えるタカオの攻撃。

 ミサイルと魚雷による重爆撃は、ハリマの近接防御システムによる弾幕を上回り、超兵器の兵装を潰した。

 迎撃行動を取るハリマの攻撃力が大幅に下がり、ヒュウガの蹂躙を許してしまう。

 

「さすが、私の元部下ってところね」

「401と戦った時から、蓄えた経験値は伊達じゃないのよ」

 

 元第二巡洋艦隊所属だった部下を褒めながら、ヒュウガはさらに船体を加速させた

 再び艦首に供えられたドリルアームの先端が高速回転し、ハリマの分厚い装甲を抉り抜かんとするが、想像以上に固く。何よりも、武装と共に再生する速度のほうが早い。

 風穴を開けたとしても、ドリル諸共、取り込む勢いで装甲が塞がっていく。

 向こうは迎撃よりも、耐久能力を活かした防御行動を優先したらしい。

 

「ちっ、忌々しいわね」

 

 舌打ちとともに航空戦艦の船体を下がらせるヒュウガ。それを援護するタカオの弾幕と主砲による狙撃。

 このまま削りあっていては、こちらが不利だと判断。ハリマの巨大なレールガン砲塔を潰して、離脱に掛かる。仕切り直しだ。

 やはり、分析した通り、ハリマをサポートする超兵器を撃沈しない限り、霧と蒼き鋼の連合艦隊に勝ち目はない。

 

(長くは持たない。頼んだわよ。千早艦長)

 

 一度、ハリマから距離を取りながら味方艦隊のもとへ疾走しながら、ヒュウガは別行動を取るイ401のクルー達に思いを馳せる。彼らならきっとやってくれると信じて。

 

 

 超兵器と霧の艦隊による凌ぎ合いが始まった。

 

 

 


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