蒼き鋼と鋼鉄のアルペジオ Cadenza   作:観測者と語り部

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航海日記32 奇襲。イ号401!

 ヒュウガを中心とした蒼き鋼と超兵器ハリマの激闘が続く中、ハリマの遥か後方、マラッカ海峡付近に展開していた超兵器がいる。

 

 超巨大双胴強襲揚陸艦デュアルクレイター。

 文字通り超巨大な揚陸艦である存在は、その巨体を活かして内部で異邦艦を組み立て、後部ハッチから発艦。さらには弾薬の補給と船体から艤装の修理まで行うドック艦としての機能を備えた後方支援型超兵器である。

 

 最大の特徴は稼働する超兵器の演算処理能力を補助して、船体の修復速度を大幅に上昇させる能力だ。

 これにより超兵器ハリマは圧倒的な防御性能に加えて、某氷山空母のように船体を再生する強力な耐久性能まで備え、まさに不死身ともいえる能力を手にした。

 その性能は劣勢とはいえ、霧と蒼き鋼の連合艦隊による猛攻に耐えるほど。

 

 だからこそ、千早群像が奇襲を仕掛け、何としてもデュアルクレイターを沈めようとする作戦にでるのは必然だった。

 何日も前に蒼き鋼の艦隊と別れたイ401は、概念伝達による403の誘導に従い、無音航行を駆使しながらデュアルクレイターの後方に回り込んでいたのである。

 

 その巨体で浅瀬を航行することができないのか、座礁しないよう沖合付近に停泊するデュアルクレイターの周辺海域は、401のような大型潜水艦が潜水しても充分な深度がある。そのまま背後から攻撃を仕掛けられるほどに。

 

「群像。目標をセンサーに捉えた」

「奇襲を仕掛け、一気に畳み掛けるぞ。目標、超兵器後部の揚陸用ハッチ」

「アイサー。琴乃のおかげで侵蝕魚雷はたんまりと補給したからな。大判振る舞いできるってもんだ」

 

 イオナの報告に、群像が指示を出し、砲術と水雷を担当する橿原 杏平(かしはら きょうへい)がイ401の船体に侵蝕魚雷を装填する様、火器管制にコマンドを入力する。

 それに伴い、イ401の艦首に存在する魚雷発射管が動作を開始。後は杏平が発射コマンドを入力するだけで、攻撃が開始されるだろう。

 

 敵のセンサーを強襲海域制圧艦群が妨害しているとはいえ、403から報告される対潜警戒網は未だに半端ではない。

 海域の周辺に設置型のホーミング機雷をばら撒く余裕すらなかった。

 デュアルクレイターの周辺には未だに強力な護衛艦隊が存在し、それらが一斉に対潜制圧行動を開始すれば401といえども無事で済まない。

 故に最初の一撃で致命傷を与える必要がある。

 

「侵蝕魚雷全弾発射っ! それと同時に急速潜航、ばら撒ける物は全部ばら撒け!」

「了解! 侵蝕魚雷、全弾発射!」

 

 普段は閉じられている艦首魚雷発射管のハッチが開き、高速注水されると同時に、順次発射される八本の侵蝕魚雷。

 だが、デュアルクレイターも馬鹿ではなく、注水音を探知した瞬間、迎撃、防御、回避とあらゆる行動を開始する。

 潜水艦による奇襲は異邦艦隊側も充分に警戒していたということ。

 同時に401に対する総攻撃が開始され、敵を追い詰めるために護衛艦隊が対潜迎撃行動を開始する。

 

 侵蝕魚雷を迎撃する異邦艦隊の迎撃ミサイルを、杏平にプログラムされた弾頭が指示に従って自動回避し、いくつかの侵蝕魚雷を囮にしてデュアルクレイターの後方至近に急速接近。敵艦隊が展開するダミーや欺瞞装置すら掻い潜って、加速する勢いのまま海面から瞬時に飛び出すも、大量の弾幕をハッチ付近に展開していた迎撃網で残り三本まで侵蝕魚雷が減少。

 

 だが、残りの三本は最大加速でもって、デュアルクレイターの内部に飛び込み、発生した重力波によって内部の艤装を綺麗に抉り、消滅させる。同時に侵蝕魚雷の影響で不安定化したデュアルクレイター内部に蓄積されている各種弾薬と燃料が大爆発を起こし、内側から超兵器に牙を向く。

 

 さらにデュアルクレイターの後部ハッチ付近は、簡易的なドックと化していたこともあって装甲も薄く、もっとも被害が大きかった。おかげで後部の推進装置すら完全に失い、航行すらまともに出来ない状態。艦首と船体中央の浮力を駆使して、浮かんではいるが、ふつうなら轟沈していてもおかしくはない。

 

 常識外れのしぶとさは、まさに超兵器ならではだった。

 それどころか徐々に船体の再生を行っている始末。デュアルクレイターの護衛艦隊の一部を素材に変換して、修復に充ててすらいる。

 まずは注水と排水を行い、傾斜した船体を復元しようとしている様子だった。

 

「目標から破砕音を確認。同時に海面に着水音多数。魚雷です! 数は、100、200、まだまだ増えます。すごい勢いです!」

「ただちにこの場から離脱する! 海底付近を這って、敵の攻撃をやり過ごすぞ!」

「了解。水底を這う」

 

 群像たちイ401も無事ではない。攻撃の代償に、敵の猛烈な追撃に晒されてしまう

 発射管の注水音を瞬時に探知して、反撃を行ってくる異邦艦隊の投射火力は凄まじく、爆雷と対潜ロケット、対潜魚雷のオンパレード。

 せっかくばら撒いた音響魚雷も、アクティブデコイも、パッシヴデコイも、意味をなさない程の攻撃。

 

 小細工もろとも敵を捻り潰そうとする物量攻撃は、まさに潜水艦にとっての天敵といっていい。

 強制波動装甲(クラインフィールド)がなければあっという間に海の藻屑だっただろう。

 海底すれすれを高速航行する401の背後で、いくつもの爆発音が響き、追いかけてくる。

 

 だが、それも広域に渡る迎撃網を抜けてしまえば問題ない。

 敵はイ401を見失っており、予測範囲を制圧しているだけに過ぎないからだ。

 これほどの対潜爆撃は、潜水艦の機関音や推進音すら掻き消してしまう。

 海底を光学画像で解析する事ができない以上、目視による追跡は困難だった。

 

 しだいに敵の爆撃音は止んでいった。

 その間に401は機関を停止させ、無音潜航状態に入る。

 次の一手に備えるべく、警戒態勢に移行した

 

「静、敵の動向を逐一チェックしてくれ」

「もうやってます」

「いおり、機関の調子はどうだ?」

「ちょっと無茶させたけど、まだまだ大丈夫。やっぱり本格的なバックアップがあると助かるよ。コトノちゃんには感謝だね」

 

 ソナー員の八月一日 静(ほずみ しずか)や機関員の四月一日 いおり(わたぬき いおり)に指示や確認を行いながら、群像は次の一手を考えるべく、顎に手を当てて思考する。

 

 先の一撃は超兵器に対し、確実に手痛い一撃を与えたはず。

 だが、それでも撃沈には至らず、敵は航行を続けている。

 

 超兵器ハリマの再生能力を補助するデュアルクレイターだが、自身に対して、その能力を行使できない筈はない。確実に船体の再構成を行おうとするだろう。敵が態勢を立て直す前に、次の攻撃を仕掛ける必要がある。

 

 出来れば401の超重力砲を使って追撃を仕掛けたいところだが、あれは最高威力の切り札であると同時に、使用に大きな隙をもたらす。未だデュアルクレイターの周囲に護衛の大艦隊が存在している以上、それの使用には大きな危険が伴う。

 

 かといってただの飽和攻撃では、対潜警戒と迎撃態勢を整えた敵の布陣の前に無力化され、着弾したとしても超兵器の誇る分厚い外郭の前に防がれてしまうだろう。効果的な一撃を加えるためには、どうしても後部揚陸ハッチのようなウィークポイントを狙撃する必要がある。

 

 その為の布石は既に整えているが、時間がないのも事実。

 あとは"彼女たち"を信じるしかない。

 

「海面に着水音。ソナー音を感知。付近に潜水艦らしき推進音。こちらもソナー音を発しています。周囲を航行する水上艦艇からもソナー音です」

「ソノブイと潜水艦や駆逐艦との連携を駆使した探索網か。迂闊に動けないな」

「敵の探知能力は優秀。魚雷発射管の微弱な注水音を正確に捉えて、位置を解析してきた」

「分かっているさ。しばらく身を潜める」

 

 群像の言う通り、デュアルクレイターを中心とした艦隊はソナーを駆使した対潜網を構築し、超兵器が生成した対潜哨戒機が上空に飛び回っていた。

 

 巨大な船体の甲板に展開する武装を潰し、一部を飛行甲板として緊急運用。自ら生成した航空機をそのまま操っている形だ。

 

 ステルス性を意識したかのような三角形の特異な機体は、名をヴィンディッヒと言うが、見た目に反して対潜戦闘のエキスパートである。

 

 そして、そこに搭載された兵装は、普段の対潜魚雷とは違う特殊な兵装。

 

 味方の異邦艦隊を補給維持し、修復するための資材を投げ打ってでも、勝って生存しようとする超兵器の決意の表れ。

 一発製造するのにも多大な資材を使う、おかげでドック艦としての機能は死んだようなものだが、多大な被害を被っている以上、背に腹は変えられない。

 先の一撃で、多数の資材とドック艦としての機材を失い。自力で航行するのも困難だ。

 ここで勝たなければ、先のことを考えても意味がないのである。

 

 霧の艦隊や千早群像を初めとする蒼き鋼の艦隊は、超兵器を侮っている。

 彼らに常識は通用しない。

 

 この海域に布陣するに当たり、デュアルクレイターは地形の情報を徹底的に洗い出して、分析された情報を事細かに記憶していた。

 

 それは海中における潮流の動きから、海底地形、上空の大気の流れなど様々である。霧の強力なジャミングがなければ、敵の位置を観測して、ハリマに正確無比な砲撃を行わせるなど造作もなかった。デュアルクレイターは支援艦として観測能力にも秀でている。

 

 何が言いたいかと云うと、海底地形に対するソナーの些細な反射音から、データにない構造物を探り出す事など造作もないということだ。

 

 先の物量攻撃とは違い、状況に対して最適解ともいえるソナー探知を行った異邦艦隊は、観測したデータをデュアルクレイターに送る。それを受け取った超兵器が解析結果を、各艦隊に伝え、同時に上空を哨戒する対潜警戒機に指示を出す。

 

 そして401が潜んでいると思われる位置座標に対し、超強力な爆雷が投下された。

 

「か、海面に着水音! 本艦の真上です!」

「見つかった!? クラインフィールド全開、エンジン急速始動! ただちに、この場から離れるぞ!」

「了解。エンジン急速始動。ただちに、この海域から離脱する」

 

 群像は静の報告から、敵が対潜攻撃を正確に行っている意味を即座に理解し、疑問の余地もなくイ401を離脱させるよう試みる。

 イオナもそれに応え、火器管制を担当する杏平が即座に防御兵装を用意し、副長の織部 僧(おりべ そう)が状況から敵の能力を分析していく。

 

 だが、イ401が完全に離脱するよりも早く、超兵器の切り札が炸裂した。

 

「ぐっ、なんだ」

「分かりません。初めて聞く炸裂音です!」

「今の攻撃でクラインフィールドの78パーセントを損失」

「まるで侵蝕兵器みたいだなっ!?」

 

 静やイオナの報告から、霧の使う侵蝕兵器のようだと感想を口にする杏平。

 それもその筈、デュアルクレイターが使用しているのは、異邦艦隊の中でも最強クラスの攻撃力を持つ兵装のひとつ。量子力を相手に叩き込む量子爆雷である。

 あのまま機関を停止して潜んでいては、確実にイ401の装甲は圧潰していた。

 霧の侵蝕兵器。重力子に匹敵する切り札。

 

 その威力の凄まじさは、着弾周辺の海底地形を粉微塵に粉砕するほどだ。

 まともに食らえばただでは済まない。余波だけで、強制波動装甲(クラインフィールド)のエネルギーを削り取っていく。

 事実。イ401の真上付近に展開していた異邦艦のいくつかが衝撃で転覆している。

 

 だが、仲間の被害に形振り構わず対潜行動を行う異邦艦隊は、ただちにイ401を追い詰めにかかる。

 イ401の予測進路を先回りする形で布陣していた異邦艦隊が、通常の対潜兵装による猛攻撃で牽制を行う。

 足を止めたり、回避のために急速転回しようとすれば、即座に必殺の一撃をヴィンディッヒが解き放つだろう。

 

 デュアルクレイターが傾斜していなければ、正確な攻撃を超兵器自身の手で解き放つが、先のダメージが大きいのか艦隊の指示とサポートのみに留まっている。

 

「一度、敵超兵器から距離をとる。アクティヴデコイをばら撒いて、多方向に分散するよう見せかけるぞ」

「しかし、敵はソノブイの使用から対潜哨戒機を使用しています。船が相手ならまだしも、航空機が相手では逃げられないのでは?」

「敵はこちらが静止状態でも、正確に位置を把握してくるような相手だ。動きを止めれば、こちらがやられる。今は追いつかれるのを承知で、逃げの一手を打つしかない」

 

 僧の言う通り、対潜哨戒機に対して潜水艦は分が悪い。

 一度発見されれば一方的に攻撃されるし、音を頼りに相手を探索する潜水艦は、上空を警戒する能力をほとんど持たない。

 観測潜水艇を海面に出そうにも、強制波動装甲(クラインフィールド)を持たない装備は、通常兵装の一撃で簡単に損失してしまう。

 敵機を撃墜しようにも、迂闊に動けば物量攻撃で圧殺される。

 

 相手が航空機だけならば簡単に撃墜できるのだが………

 

 そうしている間にも、ヴィンディッヒはイ401の進路上に先回りして、量子爆雷を投下しようと準備していた。

 敵は進路変更を行わず、ダミーを使って分散しながら、直進行動を取っている。

 

 ならば、ダミーもろとも潰せる数を使い、予測通りに爆雷を投下するだけで、敵に多大なダメージを与えることができるだろう。

 推進装置を故障させれば勝ったも同然である。

 

 しかし、異邦艦隊も、ヴィンディッヒ航空隊も、あらゆる対空レーダーが沈黙していたため気づくことができなかった。

 遥か上空から三機のフロート付き航空機が迫り、一斉に急降下。その機首からレーザー照射装置が火を噴き、ヴィンディッヒを叩き落とす。

 霧の紋章光(イデア・クレスト)を身に纏った機体には、403の所属を示す発光サイン。

 

 攻撃と観測に使われる多用途戦闘機と化した航空機。

 彼らの名をセイランと言った。

 

 

 


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