サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
こうして釿哉が帰還したことで再開した食堂。
それを、ロビーから見ている人影があった。
「みんな、頑張ってるのに、私は……」
そう言ってしゅんと落ち込んでいるのは、夢組の本部メンバーでありながら、ただ一人食堂ではなく、楽団に所属している伊吹 かずらだった。
その落ち込んだ雰囲気のせいか、三つ編みにした柔らかそうな髪も心なしかいつもよりもボリュームが落ちてふわふわ感が落ちている。
「釿さん、すごいです。食堂のみんなをまとめ上げて再開させるなんて」
釿哉が再開に尽力したのは、同じ夢組なのでよく知っていた。
本来なら、副主任のせりがやりそうなことだが、意外なことにせりは再開には消極的だったらしい。
彼女の性格を考えれば、他を引っ張ってでも食堂再開に尽力しそうだと、かずらは思っていたのだが……
「やっぱり、せりさんもショックなのかな」
梅里の危篤。
襲撃からすでに何日も経っているが変わらない。米田もまた狙撃されてから意識は戻っていないとのことだった。
「──チャオ、かずら。 元気ないみたいですけど、大丈夫ですかー?」
考えに耽っていたかずらに声をかけてきたのは通りがかった織姫だった。
それに無理に笑顔を作ってかずらが──
「こんにちは、織姫さん。心配してくれてありがとう。でも、大丈夫ですよ」
カラ元気を奮い立たせて答えると、心配そうにしながらも納得した様子で別れの挨拶を言って早々に立ち去った。
マイペースな織姫が気を使ったのは珍しく、逆に言えば、それくらいかずらが目に見えて落ち込んでいるということでもあった。
事実、織姫が去ればまだ思考の渦に飲み込まれてしまう。
あの日のことを思い出すと、かずらは胸が張り裂けそうになる。だが、一日たりとも思い出さなかった日はない。
そして思い出すたびに後悔が押し寄せる。
(もっと上手く立ち回れたら……)
その思いがかずらの胸の内に渦巻いていた。
もし、あの場にかずらもかすみもいなかったら、梅里は最悪でも逃げるという選択肢があったはずだ。
さらに言えば、かずらとかすみだってあの場から隙を見て逃げるという選択肢もあったはずだが、実際には動揺で身動きがとれなくなってしまっていた。
そして、一緒にいた藤井かすみの落ち着き払った対応も、かずらの後悔のタネになっている。
「かすみさんも、すごいなぁ……」
偶然、ロビーへとやってきていた藤井かすみの姿を見て、そう思った。
彼女は売店の売り子である高村 椿と話をし、優しげな笑みを浮かべている。
かずらと共に梅里襲撃に巻き込まれた彼女だったが、その対応はまさに的確だった。梅里の指示をじっと守り、かずらのように余計な動きをして梅里に負担をかけることもなかった。
ミカサや翔鯨丸に搭乗する彼女は、直接的な戦場には至近距離での支援が多い夢組のかずらほど慣れていないはずなのに、それでも震えるかずらを励ましたり、危機が去った直後に緊急搬送要請を行ったりと冷静な判断をしていた。
「もし、あの時にかすみさんがいなかったら……」
梅里に送ってもらうという話になったとき、正直に言えばかすみを邪魔とさえ思いもした。
しかし結果的には自分は動揺のあまりに全く役に立たず、事件の最中はもちろん事後処理まで的確にこなしたのはかすみなのだから、自身こそ邪魔だったではないか、と思ってしまう。
だからこそ、自己嫌悪のような感情を抱いているのだ。
「──あら? かずらさん。ずいぶんと浮かない顔をしていますが、大丈夫ですか?」
そんなかずらに気がついたかすみが近づいてきて、顔色に気がついて心配そうな表情を浮かべた。
まさに考えていた彼女から声をかけられ、狼狽するかずら。
「い、いえ……なんでもありません。大丈夫です」
そう言いながら笑みを浮かべた。
──本人はそのつもりだったが、弱々しい笑みは無理をしているのがありありとわかって逆にかすみを心配させてしまう。
そんなかすみの心情に気がついて、かずらは慌てて話を変える。
「それに、公演に向けた練習もまだですし……私、暇ですから。かすみさんこそ、いろいろ大変じゃないですか? 聞きましたけど、華撃団のお金のこととか」
かずらの話にかすみは困ったように眉をひそめる。
「そうですねぇ……たしかにお金も大事ですが、もっと大切なのは人だと思いますよ。お金は代わりはあっても、人に代わりはありませんから」
そう言ってかすみは遠い目をした。
脳裏に浮かぶのは、今も病院で昏睡中の米田の姿と、花やしき支部の地下医療施設で同じく意識不明の梅里の姿だった。
気持ちはかずらも同じであり、しゅんとうつむく。
そんなかずらの肩を優しくパンパンと叩くかすみ。
「だから、かずらさんも自分の身を大事にしてください。あのときのことを思い出して自分を責めているのでしょう?」
「……え?」
呆気にとられるかずら。
「どうしてわかったんですか?」
「私も同じだからですよ」
「ええっ!? そんなことないじゃないですか。かすみさんがあのとき冷静に対応してくださったから梅里さんの緊急搬送も早くて間に合いましたし、なにより鬼王から私たちを守ろうとして……」
あのとき、梅里が撃ち抜かれて崩れ去った直後に、あの鬼王の行く手を阻んだのはかすみだった。
彼女自身は戦う術が無いというのに、梅里を守る一心で自分が盾となり、その隙にかずらに梅里を連れて逃げるように言ったのである。
「ああ、あのときですか……」
苦笑を浮かべるかすみ。
「無我夢中でしたけど、今、思い出すだけで、怖くて体が震えるんですよ」
そう言って彼女はかずらの手を握った。
言ったとおり、その手は震えていた。それに驚きかずらは思わず彼女の顔を見てしまう。
「情けないですよね。華撃団の一員だというのに」
「そんなことありません!」
苦笑を浮かべたままのかすみの言葉に、かずらは首を横に振った。
「梅里さんさえ歯が立たなかったような相手に、丸腰で立ちはだかったんですよ。結果的にはちょうど紅葉さんたちが来てくださったから助かりましたけど、もしあのままだったら……」
かすみは殺されていただろう。
それがかすみ自身、容易に想像できるし、だからこそ危機が去った今でも思い出せば体が震えてしまうのだ。
「命の危機に恐怖を感じないのは危険なことだって、梅里さんが言ってました」
かずらも華撃団の養成機関である乙女組を経て夢組に所属しているが、それ以前は普通の女学生だったし、富豪の娘である彼女はバイオリンやピアノは習ったが、規模こそ差があれど実家が富豪という同じ括りに入る神崎 すみれのように武術系を習うようなことはなかった。
それは神崎家が元は武士階級なのに対し、かずらの家は商人の家系なせいでもあるが、つまりは荒事がからっきし苦手なのだ。そのせいで戦場で固まってしまうのを悩み、梅里に相談した時に言われたのがさっきの言葉だった。
「怖いって感情は悪いことじゃないんだよ。逆に怖がりな方がより慎重になるんだから。でも……怖くてなにもできない、ってなっちゃったら困るけどね」
そのときの梅里はそう言って苦笑していた。
(怖くて何もできない……)
まさにあのときの自分だ、かずらは思う。
「かすみさんは強いですよ。あのとき、私は怖くて何もできなかったんですから」
「いいえ、私ももっと上手く立ち回れていたら……武相隊長が戦っている間に逃げるなり救援を呼ぶなりできていたはずです」
「え? あれ? あの救援って、かすみさんが呼んだんじゃないんですか?」
紅葉達を呼んだのはかすみだと思っていたが、そうではなかったらしい。
「ええ。後で聞いたら夢組のティーラさんが予知をして、それで急いで手配して、私達を探し回っていたそうです」
「そうだったんですか……」
「ですから、私もかずらさんと同じように、なにもできなかったんですよ」
「そんな! 私も梅里さんも、かすみさんに助けてもらったようなものなのに……私も、かすみさんみたいに冷静に動けるようになりたいです」
かすみに対してかずらが首を横に振ってそう言うと、彼女は小さくため息をついてから──
「それは私がかずらさんよりも歳上だっただけですよ。いわゆる年の功、でしょうかね」
そう言って苦笑混じりに悪戯っぽい笑みを浮かべた。
──その翌日のこと。
「お父様、お願いがあります」
寮暮らしだった乙女組を出たために、実家から大帝国劇場へ通っているかずらは、忙しくてあまり家で会わない父親をあえて捕まえ、話をした。
若き実業家であるかずらの父親は穏和な笑みを浮かべる。
隙と好機を見逃さない彼は、経済界では“油断ならない男”として認識されつつあるが、家ではそういった側面はおくびも出さず、妻と娘を溺愛するよき夫であり父親だった。
「なんだい、かずらちゃん。そんな風にあらたまって。お願いならなんでも聞いてあげるよ。私のかなえられる範囲なら、ね」
スマートにそう言って微笑むかずらの父。
そんなにこやかな笑みも、次のかずらの言葉で苦笑に変わった。
「帝国華撃団を、支援していただきたいのです」
その苦笑に変わる直前、一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのをかずらは見ていた。
「ゴメン、かずらちゃん。それだけは……それは私のかなえられる範囲には入っていないんだ」
「なぜですか!? 華撃団の意義についてはお父様もよくご存じのはず」
「ああ。知っているさ。キミを乙女組に入れるときに、やってきたあの人に
帝国華撃団の存在と、それが軍の部隊であると知って、かずらの両親は当然に彼女がそこに所属することに反対した。育成機関とはいっても、後々に華撃団に所属するのが前提であり、娘がそんな危険な目に遭うことを、親が許すわけがなかった。
その説明にやってきたのは、当時の華撃団副司令にして今は亡き、藤枝あやめである。
かずらが演奏──ことバイオリンに関して神童とも言われて騒がれ始めたころ、彼女が演奏すると不思議なことが起こるという噂が流れ始めていた。
演奏に感動して聴衆がことごとく滂沱の涙を流していた、なんていうのはまだ普通な方で、癒されて体の調子がよくなったなんていう眉唾ものの効果やら、曲を聴いて頭に浮かぶ情景のリアルさに驚き、中には気を失うものまで現れるという有様だった。
一種、異常ともいうべき事態であり、そんなかずらの異常な能力を奇異の目で見るような事態になりかねないところだったが、とある音楽評論家が絶賛することで民衆は『悪魔の奏者』ではなく『神童』として受け止めた。
そのため、彼女や家族が迫害されるような事態にはならなかったのである。
あやめはその説明をし、さらには降魔戦争での惨状を挙げて降魔の危険性を説き、その対策のためにかずらの力が役に立つこと、それを伸ばすために育成機関に入れて欲しいと熱心に頼み込んだのである。
「だからこそ、乙女組にかずらちゃんが入るのを認めた。今も、華撃団が帝都に必要だっていうのはわかってるよ」
記憶に新しいのは黒之巣会の戦いと、葵 叉丹が起こした聖魔城を巡る攻防である。
あれがあったからこそ、華撃団があってよかった。娘が帝都を、この国を守るその力になれてよかった、と実感していた。
「でも、華撃団への支援打ち切りは財界の総意なんだよ。うちだけが支援すれば、たちまち睨まれて事業が立ち行かなくなる……」
「そんな……」
かずらに対して申し訳なさそうな顔をする父親。
「うちの全従業員の人生を賭けてまで、それはできない。睨まれて平気なのは、それこそ神崎重工くらい大きくないとね」
「え? どういう……ことですか?」
「あれ? 聞いてないのかい? 神崎老が御孫さんに、決めた相手との結婚を条件に支援すると約束したって噂を聞いたんだけど。その御孫さんは、帝国華撃団にいるんだろう?」
「え? えぇぇぇッ!?」
驚きの余りに声をあげるかずらを見て、父はこの話が華撃団内でまったく広まっていないのを察する。
「そうか、神崎のお嬢さんは仲間に話していないのか。悪いことをしてしまったかな」
「そんなことありません!!」
キッと顔を上げて主張するかずら。
「すみれさんは花組に想い人がいるんです。その大神さん以外の人と結婚だなんて、意にそぐわない結婚なんて、可哀想です!」
「大丈夫だよ、かずらちゃん。キミにはそんな目には絶対にさせないからね。むしろ希望があればどんな縁談でもまとめてあげよう」
良い笑顔で言う父親。
「あ、ありがとうございます。ではさっそく……じゃなくて、花組の人達に伝えに行かないと」
「ん? なにをだい?」
「すみれさんが結婚して華撃団を辞めようとしているってことを、です!」
「いや、なにも今すぐって話じゃなくて、まだそのためにお見合いをする、という段階だそうだよ?」
「それでも、いえ、それならなおさらです。手遅れにならないうちに皆さんに……」
言うやかずらは走り出し、家を飛び出していく、
その後ろ姿を父親は「やれやれ」と見送りつつ、笑みを浮かべる。
(さて、これで破談になって神崎重工の……むしろ神崎老の威光が少しでも衰えてくれれば、多少は商売がやりやすくなるんだけどね。頼むよ、かずらちゃん)
小さいことをこつこつと。
そうやって積み上げたものが後日になって実を結ぶかもしれない、と思うかずらの父。特に梅里とのことになると結果を性急に求める娘とはその点については似ていなかった。
そして、かずらが大帝国劇場にもたらした“すみれが華撃団への支援の代償にお見合い結婚をする”という話は由里によって花組に知らされ、ちょうど帝劇に帰ってきた桐島カンナも加わってすみれのお見合いをぶっ壊そうという話になっていくのだが……それはまた別の──花組の話で語られるべきだろう。
【よもやま話】
当初の予定ではまったく違った展開でしたが、ふと思いついてこのような流れになりました。
その内容では、意識取り戻した直後に、神崎邸への出撃でかずらを助けた後は水戸に帰って修行する──はずでした。
とはいえ、元から書いていたのを削らずとも変更できたのは幸いでした。