サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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─4─

 さて、花組がすみれのお見合いを知って、それを壊すべく大騒ぎをしているころの話。

 ここに至っても、米田も、そして梅里も意識は未だに戻っていなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 今日も梅里の見舞いにきたかずらは、その様子を見て大きく息を吐く。

 無事に生きてそこへ横たわっていることへの安堵と、変わらぬ状況へのため息。どちらともつかぬ──むしろ両方であるそれは、毎日のかずらの日課になっていた。

 初めのころは、自分が見ていないうちに亡くなっているんじゃないか、という不安が大きく、来るたびに生きているのに安堵していたのだが、今ではそれが少しばかり薄らぎ、いつのころからか生まれた意識が戻っていないことへの落胆が大きくなりつつある。

 しかし、それは梅里の容態が、命の危機を脱しつつあることでもある。初めのころは外せなかった呼吸を補助する酸素マスクも、今は外されていた。

 

「そろそろ目が覚めてもいいと思うんですけど……」

 

 素人であるかずらの目から見た素直な感想である。安定しているように見えるし、ただ眠っているだけのようにさえ思える。

 だが、ヨモギに言わせれば未だに「生死の境をさまよっている」らしい。いつ呼吸が止まってもおかしくないし、どうなるかわからないということだった。

 それというのも、梅里を命の危機に陥れた一撃は、妖力や霊力と言われる力がかなり強く含まれていたらしく、それが梅里の霊的中枢を傷つけた──というのがヨモギの見解であり、外傷は順調に治っていても、そちらが安定していないということらしい。

 その話を聞いて、かずらは去年の降魔との戦いを思い出してしまった。

 上級降魔『十丹』が融合した巨大降魔を倒すために命を懸けた梅里。あのときは外傷がないにも関わらず、夢組どころか花組を除く華撃団全員という巨大な霊力に梅里の霊体が耐えられずに壊れてしまたっため、傷がないのに死にかけている。その状況に似ているように思えたからだ。

 

 ──ちなみに、先の戦いでのようなことは、花組隊長の大神一郎の霊力の性質のような『触媒』能力があればどれだけの霊力量だろうとも無事に耐えた上で一つにまとめられるだろう、ということが夢組の調査で判明している。

 その結果は、なんだか梅里よりも大神の方が優秀だ、と言われているようで、かずらにとっては少し悔しくも感じていた。

 そんな梅里の顔をそっと覗き込む。

 

「妖力のせいで意識が戻らない……まるでおとぎ話の呪いみたいですよね」

 

 横たわる梅里の目を閉じたままの顔を、かずらは被さるように乗り出して見つめる。

 そう、おとぎ話で悪い魔女の呪いを受けた姫は、王子様のキスで呪いが解けて目覚める、というのが定番だ。

 

「キスで目が覚める……」

 

 かずらの視点が、梅里の顔全体から、その口──さらに、唇に集中する。

 引き寄せられるようにそこへ顔を近づけていき──

 

「試してみて、それで目が覚めればもうけものですし……」

「──さすがにそれはどうでしょうかね。むしろホウライ先生に「非科学的です」と怒られるんじゃないですか」

「わひゃあぁッ!?」

 

 想定外の返事にかずらが悲鳴のような声をあげて驚く。

 振り返れば、気まずそうに苦笑したかすみが立っていた。

 

「な!? か、かすみさん……いつ来たんですか!?」

「今さっきですけど?」

 

 しれっと答えるかすみにかずらは抗議する。

 

「そ、それなら声をかけてくださいよぅ」

「病室に入ったら、かずらさんがそんなことをしようとしていたので。声をかけたんですが……」

 

 病室の入り口付近にいたかすみがそう言いながらベッドの方へと歩いてくると、持参としたものと合わせて、ベッド横の棚に置かれたお見舞いの品々を整理し始めた。

 本部勤務の者達、それが夢組であればかずらに託したのだろうが、それ以外の人達からのお見舞いをかすみは持ってきたらしい。

 とはいっても、梅里の意識が戻っていないのは周知のことなので、食べ物よりも花が中心になっている。

 

「……本来、病室に花というのはあまり感心しないのですがね」

 

 そう言って入ってきたのは、ボブカットの黒髪に半眼になった目が特徴的な、この医療施設の主である大関ヨモギであった。

 

「それは気が付かず、申し訳ありません」

 

 かずみに丁寧に頭を下げられ、逆に困惑するヨモギ。

 

「いや、まぁ……頭を上げてください藤井嬢。そこまで目くじらを立てるつもりはありません。もっとも、ここのような地下では日が当たらず花も可哀想ですけどね」

「それは、そうですね……」

 

 花を見つめながらかずらもそれに同意する。

 

「ふむ……では、日の当たる場所に移動しますか」

「「え?」」

 

 ヨモギの言葉に、かすみとかずらは驚いた。

 

「梅里さんを、ですよね? でも、動かして大丈夫なんですか?」

「ここは施設が充実しているからこそ、武相隊長を収容していると聞きましたが……」

「当初に比べてずいぶんと落ち着いてきましたからね。霊体へのダメージがまだ不明なところもありましたが、機器で確認した結果としてそちらの方も落ち着いているので、そろそろ動かそうかと」

「ということは、意識が戻るってことですか!?」

 

 かずらの明るい言葉に、ヨモギは首を横に振る。

 

「それは医者として約束できかねます。身体・霊体ともに危機を脱したのと意識を取り戻すのはまた別の話ですから」

「そんな……」

 

 しゅんとするかずら。その彼女の肩をかすみが優しく抱く。

 

「焦らないでください、かずらさん。とりあえず隊長さんの命は、当面大丈夫ということでしょうから。そうですよね、ホウライ先生?」

「ええ。それは大丈夫です」

 

 そう言ってヨモギは頷いた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 こうして梅里は部屋を移ることになった。

 というのも、今、梅里がいるのはあくまで緊急対応のための部屋であり、危機に瀕して運ばれてきた隊員に対して治療を行う部屋である。

 そういった部屋を、容態が安定した患者に使うのは、急患への対応ができなくなってしまうので、できる限りあけておきたいと考えるのは普通のことだろう。

 地下施設の急患用の部屋から、地上施設のリハビリ用のベッドへと移された梅里。久しぶりに日の光を浴びることになった。

 部屋の移動が終わると、かずらは「一度戻ってまた来ますね」と言って後をかすみに任せて病室を出て行く。

 かすみは部屋の整理が落ち着くと、することもなくなってしまう。

 とりあえずかずらが戻ってくるまで待とう、と考え、暇を持て余した彼女は持ってきていた文庫本を呼んでいたはずが──

 

 

 ──気がつけば、一面、真っ白な世界にいた。

 

 

 そして、そこには笑みを浮かべたポニーテールの娘が立っていた

 

「こんにちは、藤井かすみさん……でいいのよね?」

「そうですけど、あなたは?」

 

 見知らぬ女性に名を呼ばれて困惑するかすみ。

 

「初めまして。四方(しほう) 鶯歌(おうか)と言います。いつも、ウメくんがお世話になってます」

 

 砕けた口調とは裏腹に、丁寧に頭を下げる鶯歌と名乗った少女。

 その名前に、かすみは聞き覚えがあった。

 

「まさか、武相隊長の……」

「ええ。昔は幼なじみで、今は守護霊やってます」

 

 あっけらかんとそう言って笑みを浮かべる鶯歌に、かすみは戸惑いを隠せなかった。

 彼女が聞いていた話では、梅里の幼なじみの鶯歌という少女は、彼が地元の水戸で降魔を討伐した際に降魔の種を植え付けられ、自我が消える前に梅里が持つ刀に自ら飛び込んでその命を絶ったと聞いている。

 そんな“悲劇の少女”のはずの彼女のノリが軽いのは心底意外だった。

 

「それで……ここは、どちらでしょうか?」

「あなたの夢の中ですよ。死にかけてるわけでもなんでもないので、安心してください」

 

 ニッコリ微笑む鶯歌に対し、かすみはますます戸惑う。

 

「私、寝てるんですか?」

「ええ。ずいぶんお疲れのようですね。ただでさえバタバタしている帝劇での普段のお仕事に加えて、ウメくんのお見舞いまでしていただいてますもんね。本当にありがとうございます」

「ど、どういたしまして……」

「それで、あなたの場合は他の人達と違って霊感が弱いから、こうして夢枕に立たせてもらった、というわけなんですが……」

「霊感が、弱い?」

 

 面と向かって言われて困惑するかすみ。

 それに鶯歌は笑顔のまま慰めるように言った。

 

「ああ、気にしないで。一般人レベルでは十分に強い方だけど相手が悪いだけだから。なにしろ比較対象が夢組の幹部達ですもの。それも、普通ならウメくんに惹かれないとあたしのこと見えるはずがないのに、その前に強い霊感だけであたしの存在に気がついちゃった人までいたほどで……」

 

 言いながら半ば呆れ顔になる鶯歌。

 だが、その話の中に聞き捨てのならない内容があったのにかすみは気がついていた。

 

「……ちょっと待ってください。今……なんて言いました?」

「霊感だけであたしの存在に気がついた人の話? 夢組でも抜群の霊感を持ってる人で──」

「違います。その前です」

「あ~、あたしの存在に気づくには、ウメくんに惹かれていないといけないって件ね。はい、その通りですよ。藤井かすみさん、おめでとうございま~す」

 

 軽い口調で言った鶯歌が、いつの間にやら取り出した円錐状のクラッカーの先に付いたひもを引っ張ると「パン」と軽い音とともに紙吹雪が舞った。

 

「はい? え? それってどういう……」

 

 戸惑いっぱなしのかすみだったが、一番の驚きと困惑に詰め寄ろうとしたが、鶯歌の様子が急に変わり、何かに焦るような雰囲気へとなった。

 

「──って、こんなことしてる場合じゃなかったわ。かすみさん、お願いがあるの。今、ウメくんに危機が迫ってるから、助けてあげて。あたし、この前の矢の威力を少しでも削ごうと力を使いすぎちゃって、どうしようもないのよ。ウメくんもまだ目を覚ましてないし。何より今の彼の状態じゃ……」

「え? あの、どういうことでしょうか?」

「大丈夫。何もしないでいいから。今の場所で彼を見守っているだけで相手はあきらめて去っていくわ」

「はぁ……って、それより先ほどの答えをいただいていません。どういうことでしょうか?」

「ああ、残念。時間切れですね~。でも大丈夫。きっと目が覚めたらこの夢のこともよく覚えてないはずだし」

「そ、そんな勝手な……」

「ゴメンなさいね、本当に勝手なのは分かってるんだけどあなたしか頼れなくて仕方がないの。それと、もしこの夢を覚えていたり、思い出したらウメくんに伝えて欲しいことがあるの」

「そ、そう言われましても、大丈夫なんですか? その言い方だと確実に伝わるわけではないと思いますが」

「ええ。今回の事件の真相を教えないといけないから。私も守護霊の端くれとしてその役目は果たさないとね」

「──え? 犯人を……知っているのですか?」

 

 驚くかすみに鶯歌はしっかりと頷いた。

 

「ウメくんに起こった危機だもの。もちろん止めようと頑張ったんだけど、力が及ばなくて……だから誰がやったことか知ってる」

「ということは、米田司令の狙撃犯も分かるのでしょうか?」

 

 その問いに鶯歌は申し訳なさそうに手のひらを向けて頭を下げる。

 

「ゴメンなさいね。残念ながらそっちはわからないわ。あたしはあくまでウメくんの守護霊だから、ウメくんに起こったことまでしか把握できないの」

 

 そう謝罪してから、鶯歌はその名前をかすみに伝える。

 意外なその名前に、かすみは驚愕し──首を横に振った。

 

「信じられません。あの人がそんな……」

「もちろん、事情があるのよ。でもそれを説明している暇は無いみたい。じゃあ、これからさらに迷惑がかかることになると思うけど、ウメくんのことよろしくお願いします」

 

 深々と頭を下げる鶯歌。

 かすみの意識はそこからどんどん遠ざかり、目が覚めようとしているのが自分でも分かり──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──?」

 

 ぼんやりと視界が回復していく中で、目に映ったのは赤く染まる夕焼けの病室。

 そのベッドの脇にいたのは──ウェーブのかかったセミロングの銀髪をポニーテールにまとめたの女性。

 彼女の纏う雰囲気は、直前に見た誰かに似ていて──

 

「お、うか……さん?」

 

 思わず口をついて出た名前。だが、その名前がなぜかピンとこない。

 しかし、かすみが声を出したことに驚いたのか、その女性はビクッと肩を震わせるのが見えた。

 よく見えない視界に、かすみは手で目をこする。

 ハッキリしてきた視界で再び見ると──

 

「カスミ? あら、来ていたの?」

 

 笑みを浮かべてかすみを見ていたのは、ウェーブのかかったセミロングの金髪をポニーテールにした夢組の新人、アカシア=トワイライトだった。

 

「あぁ、カーシャさんでしたか……」

 

 カーシャの愛称で呼ばれる彼女は夢組幹部であり大帝国劇場に勤務しているため、カスミとも面識がある。

 

(あら? なぜ私、彼女を銀髪と勘違いしたのかしら……)

 

 カーシャは金髪であり、銀と間違えるはずがない。

 ただ──部屋は夕焼けで黄金色に染まっており、その光の関係で偶然にそう見えたのかもしれない、と思った。

 

「ごめんなさい。私、眠ってしまって……」

「いえいえ。お疲れのようですから、家でユックリ休んだ方がいいと思うわ」

「ありがとうございます。でもかずらさんが戻ってくるまで待つと約束したので」

「あら、そう? アタシはウメサトの顔も見られたことだし、これで退散するわ」

 

 カーシャは「bye」と言い残し、手を振ると梅里をかすみに任せて病室から出ていく。

 彼女が去った後、改めて梅里を覗き込んだ。

 胸が規則的に動いて呼吸しているのがわかり、ホッと安心する。

 その表情も苦しげに顔をしかめるわけでもなく、淡々とした様子で横たわっているのは、まるで寝ているのと変わらないように思えた。

 

「目を覚ますためにキスしようだなんて。まったく、かずらさんは……」

 

 そう苦笑するかすみだったが、自然と視線は梅里の顔から、唇へと集中していき──同時に、頬が熱くなるのを感じた。

 

「わ、私……」

 

 それに気づいて戸惑っていると──

 

「──ッ」

 

 梅里の目がパチッと開いた。

 

 

「……………………え?」

 

 

 信じられない事態に、思わずかずみは絶句する。

 彼女が見ている前で、彼は二度まばたきをして、そして彼女の方を見る。

 

「えっと……あれ? ん~っと」

 

 何かを思い出そうとしていた彼は、結局それができずに、手近にいたかすみに問う。

 

「あの、すみません……ここは、どこでしょうか?」

 

 しばらく話していなかったせいなのか、弱々しい声でそう言った彼は、困ったような顔で苦笑する。

 普段、よく見せていた顔だった。

 それに思わず──

 

「よかった、本当に……」

 

 気がつけば、かすみは梅里の頭を抱きしめていた。

 目からは涙も落ちていた。

 それは様々な感情の爆発だった。

 目を覚ましたことへの安堵。

 払拭された不安に対する反動や、願ってやまなかったことが実現した歓喜。

 意識を失う前での戦いにおける感謝。

 その戦いで傷つき倒れさせてしまったことへの謝罪。

 あの日、戦う姿を見て、また今日まで面倒を看たことで生まれた慕情。

 それらが一緒くたになり、かすみ自身を揺さぶっていた。

 

「武相……さん……」

 

 しばらくそのままの姿勢で固まっていたかすみだったが──ふと気がつけば、彼は弱々しい力でかすみの腕を叩いている。

 

「あ! 申し訳ありません」

 

 彼の頭を抱えたためにその胸で彼の呼吸を阻害していたことに気がつき、また自分が感情にまかせてやってしまったことが急に恥ずかしくなって、慌てて離れた。

 梅里は、解放されて大きく呼吸をし、それを整え──かすみを見る。ちょっと、いやかなり驚いた様子であり、赤くなった顔は少し怒っているようにも見える。

 

「い、いきなりなんなんです!?」

「ごめんなさい。主任はまだ御存知ないと思いますが、しばらく意識不明のままでいたのを、やっと気が付かれたんですよ」

 

 かすみから言われた梅里は訝しがるように彼女を見つめた。

 

「……主任? 誰、それ……って、まさか……俺のことですか?」

 

 不思議そうな顔で自分を指さす梅里。

 そんな梅里に違和感を覚えるかすみ。

 

「…………え? 俺?」

 

 そう。梅里の一人称は常に“僕”だ。その彼が急に“俺”と言い出せば違和感を感じるのも無理はない。

 戸惑うかすみを前に、梅里はなぜか警戒した様子でかすみを恐る恐る見つめ──

 

「あの……非常に申し訳ないことで、聞けば失礼とわかっているんですけど……聞かせてください」

 

 梅里の言葉が急に変化する。そしてそのままかすみに尋ねた。

 

「──あんた、誰ですか?」

「え? 何言ってるんです?」

 

 強い茨城訛りでの梅里の問いかけに、思わずかすみもそれで返してしまう。

 それから気が付く。梅里の様子がどうにもおかしいことに。

 

「いえ、あなたの名前、さっぱり思い出せなくて。顔も見たことねえし……」

 

 とにかく普段はまったくおくびも出さなかった茨城訛りがひどい。それにまず違和感を感じ、さらにはかすみのことを見ても、知らない人だと思っている様子。

 されには、さっきの一人称の違和感。

 

「あの……武相さん? 自分の名前は、わかります? それに住所とか……」

「名前? 俺は武相 梅里。住所は水戸の──」

 

 かすみに問われて素直にスラスラと答える梅里。しかし、名前は合っていたが、住所が水戸市な時点でおかしい。

 そこへ──

 

「……梅里さん?」

 

 病室の出入口で、呆然と立ちすくむ人影があった。戻ってきた伊吹 かずらである。

 彼女はその場でわなわなと肩を震わせると、感情を爆発させて──

 

「梅里さーんッ!!」

 

 寝ている彼の胸に飛び込むように抱きついた。

 

「意識が戻ったんですね。よかった。本当によかった。梅里さんの意識が一生戻らないんじゃないかと思って、私、私……」

 

 感極まるかずらだが、当の梅里は完全に困惑顔だった。

 しかも抱きつかれるのも二回目になれば免疫もできたようで、なによりも今回は胸に窒息させられるという命の危機がない。

 驚かずにされるがままに揺さぶられていた。

 

「あの……梅里さん?」

 

 さすがに様子がおかしいとかずらも気が付いて、梅里を見るが──彼は困惑している様子だった。それもいつもの苦笑混じりの困惑顔ではなく、事情が全く飲み込めずに不審なことに対する、かなり本気な困惑顔だった。

 

「キミ……誰だっけ? ひょっとして、鶯歌(おうか)の友達?」

「えっ!?」

 

 その台詞にはさすがにショックを受けるかずら。

 彼女は恐る恐るかすみを振り返る。

 

「あの、かすみさん……これ、どういうことでしょうか」

「私にもハッキリとしたことはわかりませんけど、私たちのことが誰だかわかっていない様子なんですよね、先ほど意識を取り戻してから……」

 

 目の前でこそこそと話し始めた二人に対し、梅里は苦笑──いつもの感じでのそれを浮かべ──

 

「あの、お二人とも鶯歌がどこにいるか知りません? たぶん近くにいると思うんですけど」

 

 かすみとかずらは梅里の言葉に衝撃を受け、そして顔を見合わせる。

 

「かすみさん、やっぱりおかしいですよ。梅里さん、ひょっとしたら記憶が……」

「ええ、私もそう思います。かずらさんはホウライ先生を呼んできてもらえませんか?」

「え? いえ、かすみさんが呼びに言った方が……」

 

 突然慌てるかずらを、かすみは不思議そうに見る。

 

「それは構いませんけど……」

「じゃあ、お願いします。対応できるようにしっかり状況を説明してから連れてきてくださいね」

 

 かすみは戸惑いつつも病室を後にする。それをなぜか、ニコニコと笑顔を浮かべて見送るかずらに、わずかな不安を感じていた。

 そしてそれを払拭するように花やしき支部の中をヨモギを探して歩き回った。

 程なく大関 ヨモギを見つけて捕まえると病室へと戻る道すがら、状況を説明する。

 

「ふむ……なるほど。状況は分かりました。しかし実際に診てみないとわかりませんので」

 

 ヨモギはそう言って明言を避けつつ、病室へと急いだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 一方、病室に残された梅里とかずらは──

 

「いいですか、梅里さん。これから言うことは本当のことですからね?」

「……はい」

 

 ベッドに横になった梅里の隣で、かずらがヨモギを待たずに話をしていた。

 得意げに説明するかずらに対し、梅里はどこか釈然としない様子だった。

 

「まず、梅里さんは今、20歳です」

「え? いや……でも、本当に? 本当にそうなんです?」

「もちろんですよ。だって、今、太正14年ですから」

 

 そう言って枕元においてあった新聞を見せ、日付を確認させる。

 慌ててそれを掴んだ梅里は紙面に目を走らせ──愕然とする。

 

「たしかに……そうなってる。信じられないけど、本当なんだ……」

 

 恐れ入った様子の梅里に対し、かずらは「ふふん」と得意げに胸を張る。

 

「で、梅里さんは秘密部隊である帝国華撃団夢組の隊長さんで──」

「あの……すみません、お姉さん。さすがにそれは、馬鹿にしすぎじゃないですか?」

 

 苦笑を浮かべる梅里。むしろ苦笑というよりも呆れかえっているように見える。

 そんな梅里の様子に対してかずらはさすがに少しムッとする。

 

「嘘じゃないですって! さっき言ったとおり、本当のことです!」

「いや、だって、秘密部隊とか、ねぇ……」

 

 さらにボソっと「いい歳して、さすがにそれはないわ」と梅里がつぶやいたのにはカチンときた。

 実際、かずらの言ってることに間違いが無いのだが、残念ながら現実の方が現実離れしている現状では、疑う梅里もある意味正しい。

 かずらは「む~」と眉根を寄せて表情を不機嫌なものへと変える。

 

「梅里さんは、婚約者のいうことを信じられないんですか?」

「は? 婚約者!?」

 

 感情にまかせて、つい飛び出たその言葉には梅里もさすがに驚く。

 かずらも本当のことを言っているのに嘘つきと思われているのが釈然とせず、それなら「本当にウソをついてしまえ」という悪戯心がわいたのだ。

 

「ええ、そうです。梅里さんと私は交際中の婚約者なんです。それさえも忘れるなんて、あんまりです……」

 

 ベッドの上に組んだ腕に、ワッと顔を伏せて泣き真似をするかずら。

 それを見た梅里は困った様子でかずらに謝る。

 

「それは、すみません……俺、覚えてなくて……本当に酷いことをして、ごめんなさい」

 

 かずらの演技にすっかり騙されて、殊勝な様子で謝罪する梅里の姿に、せりはつい調子に乗った。

 困惑すると頬を掻くという梅里のクセを久しぶりに見れたのが嬉しかったのもあったのだが──その隙が、ミスを生んだ。

 

「そうですよ。昔からのつきあいのこの私を忘れてしまうなんて、許せません」

「え? 昔からの……? キミが?」

 

 梅里が驚いたことに、逆に内心で驚くかずら。

 その目が今の一言で疑いの色を帯びたからだ。

 

「……俺はキミのことを覚えてないけど。もしキミが昔からの知り合いだというのなら、鶯歌は今、どこでなにをしてるのか知ってるよね? 教えてくれないかな」

「え? 鶯歌さんですか?」

 

 この質問に、かずらは焦った。

 答えはもちろん知っている。鶯歌は生きていない。死んでいる。それも──降魔になりかけたところを、梅里が構えた刀の切っ先に飛び込んで、だ。

 

「そ、それはですね……」

 

 それを正直に言えるわけがなかった。

 鶯歌の所在を尋ねるということは、今の梅里は鶯歌の死に関する記憶がないはず。

 そんな彼に過酷な現実を突きつけるのは──さすがに躊躇われた。

 かといって、どんな嘘をつけば信じてもらえるか、梅里の守護霊としての彼女しか知らないかずらにとって本当っぽい嘘が思いつかない。

 

「あ……」

 

 困り果てたかずらの視界に──梅里の後ろで口に手をあてて意地悪くクスクスと笑う守護霊・鶯歌の姿が見えた。

 すでに死んでいて梅里の守護霊をやっている──その正解を言おうとしたが、やはりかずらには言うことはできなかった。

 答えに窮するかずらを見て、梅里の目線が厳しいものへと変わっていく。

 

「やっぱり。答えられないってことは、俺を騙そうとしたってことじゃないですか!」

「ち、違います! 梅里さんが隊長なのは本当のことで……」

 

 聞く耳を持たなくなった梅里に焦ったかずらが身を乗り出したところで──ちょうど、ヨモギを連れたかすみが帰ってきた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 かすみは病室へ戻ってくるや、目下の問題である梅里本人に助けを求められた。

 

「あ、さっきのお姉さん! すみません、助けてください。そっちの()が自分のことを交際中の婚約者だと言って……本当なんですか?」

 

 梅里に言われ、固まるかずら。

 それをかすみとヨモギがジト目で見つめる。

 

「か、かすみさん!? えっと、これは誤解で……あの……その……」

「──どういう状況か、説明してもらえますよね。かずらさん?」

 

 怖い笑顔でかすみに言われ、顔をひきつらせるかずら。

 とりあえず経過を説明したのだが、素人が抜け駆けで説明を始めたことと嘘を付いたことをかすみは叱り、ヨモギもまた医学的見地から「偽りの情報は本人を混乱させて余計に悪影響を与えるだけです」と小言を言った。

 それからヨモギは自分が医者だと説明してから色々と質問し、話をし──問診を進める。

 医者と聞き、また質問内容や雰囲気から偽物ではなさそうだ、と判断した梅里がヨモギを信頼して問診に応じ──質問が個人的な内容にまで踏み込みそうだったので、かすみはかずらを連れて席を外そうとしたが、不意に袖を引っ張られて足を止める。

 

「──え?」

 

 その原因が梅里がかすみの服の袖を握っていたのだと気が付き、困惑した。

 それに気が付いたヨモギは──

 

「ああ、藤井嬢は残ってください。現状ではあなたが残ってくれた方が彼も安心するでしょう」

「わかりました」

 

 承諾するかすみの横で、かずらが──

 

「じゃあ私も……」

 

 ──ちゃっかりと居残ろうとするが、ヨモギに睨まれた。

 

「伊吹嬢は彼の畏怖の対象になっているのでとっとと出て行ってください」

 

 冷たくあしらわれたかずらがショックを受けつつ、振り返りながら部屋から出ていく。

 寂しげに、そして心配そうに短い距離の間に何度か振り返るかずらを困惑気味の苦笑で送り出すかすみ。

 それからヨモギは問診を再開させ──その間、梅里はかすみの着物の袖をずっと握っていた。

 




【よもやま話】
 せりが不調なので、本来ならせりに回ってきそうなお鉢がかずらに行ってますね。
 ズルいことをしようとして裏目に出るのは、まさにそれ。
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