サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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─5─

 最近になって、華撃団を取り巻く空気が変わり、潮目が変わりつつあった。

 というのも悪いことが続いていた帝国華撃団に良いニュースが続々と入るようになったのだ。

 

 神崎すみれのお見合い騒動を端に発した諸々でその祖父の説得に成功したことが、第一の吉報。

 さらには──司令である米田一基の意識が戻るという第二の吉報がもたらされ、各組の志気は否が応でもあがっていた。

 それらによって一時はどん底の窮地に陥っていた華撃団だったが、その難局を乗り越え、今や追い風が吹いているかのように流れに乗っていた。

 

 そんな中──夢組にも良いニュースはあったのだが……それを打ち消す悪いニュースのせいで華撃団の中では唯一流れに乗れていなかった。

 米田よりも早く意識不明の重体に陥っていた隊長の梅里がその意識を取り戻した、というのは喜ぶべきことなのだが──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

「──記憶喪失だとぉ?」

 

 

 思わずそう言ってしまったのは、病院に入院し、そのベッドに座っていた米田であった。

 その前にいるのは夢組隊長代行を務めている巽 宗次と、月組隊長の加山 雄一。

 米田が意識を取り戻したと聞いて見舞いに来た二人に対し、米田が──

 

「オレはこの通り、どうにかなりそうだが……梅里のヤツはどうなったんだ?」

 

 そう尋ねたので、宗次は隠すわけにもいかずに答えた。意識は戻ったが、記憶が飛んでいる、と。

 

「今は大関が治療にあたり、面倒は主に風組の藤井が見ています」

「かすみが? いったいどういう風の吹き回しだ、それは?」

 

 事情を大まかに説明する宗次。それに頷いて相づちをうつ米田。

 その説明が終わるのを見計らって、加山が口を開く。

 

「つきましては司令、その記憶喪失の件ですが……少々試したいことがありまして」

「試す? いったい何をだ?」

 

 米田の問いに加山がニヤリと笑みを浮かべる。

 

「隊長の一人を襲われ、司令を狙撃され、敵には散々好き勝手にやられましたからね。ここらで一つ、反撃の狼煙でもあげたいじゃないですか」

 

 だがそれは、明るさのあるそれではなく、敵を陥れようと企む狡猾さと残酷さを含んだそれだった。

 

「──華撃団の中に入り込んだ虫をあぶり出すための策、ですよ」

 

 隠密部隊・月組隊長はそう言って笑みを普段のそれへと戻した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──その翌日。

 

 夢組隊長代行である巽 宗次の姿は大帝国劇場にあった。

 翌日の大帝国劇場の食堂で、昼の営業を終えた勤務員達とそれにかずらを加えた本部勤務員達が集められていた。

 それに梅里を診ている医師である大関ヨモギと、夢組副隊長で現在は隊長代行である巽 宗次が加わっていた。

 その会議の冒頭で、梅里の意識が戻ったという話をきいた白繍せりは、絶望感に襲われていた。

 

(バレる……あのことが、きっと分かっちゃうわ……梅里なら、気が付かないわけないもの)

 

 ガクガクと足が震えそうになるのを、どうにかして押さえ込もうとする。

 だが──そんなせりの心配とは裏腹に宗次からあることが告げられ──

 

 

『──記憶喪失ッ!?』

 

 

 驚きとともに皆でその言葉を言うことになった。

 

「その通りだ。今の梅里は記憶を失っている。そう大関が診断した」

 

 そんな宗次の話を継いで、ヨモギが説明を始める。

 

「今、巽副隊長から話があったとおり、隊長は記憶がない状態になっています。とはいっても自分がどこの誰だかわからないわけでも、常識を忘れてしまったわけではありません。生活上の知識や一般常識、それに自分のことをわかっています。しかし……その情報が古く、数年前のものと思われます」

「ん? そいつはどういうことだ?」

 

 ヨモギの説明に眉をひそめる釿哉。

 

「氏名や生年月日は変わりませんので問題ないのですが、住所に関しては水戸の実家を答えてました。帝国華撃団のこともまるで覚えてません」

 

 本来であれば帝都にある夢組隊長用の官舎になるはずなのだが、それについてはさっぱりわかっていなかった。

 

「ですので喪失した記憶はここ数年のものと考えられます。記憶だけ数年前に巻き戻った、と説明した方がわかりやすいでしょうか」

 

 ヨモギがそう説明すると、釿哉が「なるほどなぁ」と腕を組みつつ何度もうなうずく。

 確かにわかりやすい説明だし、そう考えるのが妥当だろう。

 

(え? うそ……ということは……バレない? 記憶喪失……それなら大丈夫かしら? うん。まだ大丈夫かも……)

 

 梅里が負傷した真相がバレるのをなによりも恐れているせりにとっては渡りに船であった。

 

(……え? 今、私……ホッとした? 梅里が、そんな状態なのに……)

 

 自分が安堵したことに気が付いたせりは、愕然とする。

 

(私、最低だ……)

 

 そう自己嫌悪に陥り、そして同時に──

 

(でも、なんで、梅里の意識が回復したのを素直に喜べないのよ! 純粋にアイツの心配をできないのよ! 本当に、もう……)

 

 歯がゆさを、どこにぶつけていいのか分からない怒りを感じる。

 いっそここで全てを言ってしまおうか。

 そうせりが考えたとき、ズキリと胸が痛む。

 

「──ッ」

 

 思わず痛むところを押さえる。

 その痛みがすぐに消えたが、痛みを耐えてうつむいた視線を上げると、しのぶとかずらの顔が視界に入った。

 

(──えッ!?)

 

 二人が(くら)く、相手を蔑んだような笑みを浮かべてせりを見ていた──ように、少なくとも彼女の目にはそう映っていた。

 

 

(あらら~、せりさんって梅里さんにそんなひどいことしたんですかぁ?)

(信じられませんね、梅里様にそんなことをするなんて。華撃団から出て行ってもらうしかありません)

 

 

 思わず顔がひきつるせり。

 

(そんな……華撃団から出るなんて、アイツから離れるなんて、絶対にイヤよ! それにあんなの私の意志じゃない! 梅里にあんなこと、私が自分の意志でするわけが……)

 

 

((──本当に?))

 

 

(え……?)

 

 戸惑うせりに対して、笑みが消を消して糾弾する冷たい目へと変わった二人の視線が突き刺さる。

 

(梅里様を自分だけのものにしようとしたのではありませんか?)

(私とかすみさんに嫉妬して、許せなかったから……だからせりさんは──)

(違うッ! そんなの違うッ!! 確かに私は梅里のことを想ってる。だけど、かずらにもしのぶさんにも──)

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──あの、白繍嬢、大丈夫ですか?」

「えっ?」

 

 ふと気が付けば、心配そうに覗き込んでいるヨモギの顔がすぐ近くにあった。

 

「顔色が真っ青ですよ。ちょっと失礼……」

 

 せりの手を取ると脈を調べつつ、その額に手をあてる。

 

「熱はないようですが、脈はだいぶ乱れていますね。どこか苦しい場所や痛い場所は──」

「大丈夫よ。ちょっと疲れが出たのかもしれないわ。それよりもヨモギ、記憶が巻き戻ったってどのくらいなの?」

 

 誤魔化すように無理に笑みを浮かべて話を逸らす。

 とはいえ、梅里を心配する気持ちがせりの中にあるのもまた、間違いない事実であり、実際に尋ねた内容も気になっていた部分だ。

 釈然としない顔をしたヨモギだったが、それ以上はせりの体調に深入りすることなく梅里の状況を答える。

 

「そうですね、10代半ばくらいですか。精神的にはもう少し幼い感じで、反抗期前といった感じですけど……それは記憶を失ったせいで、それに関する不安に付随した影響ですかね」

「幼い?」

「はい、今の隊長は記憶と精神の年齢が釣り合ってないように思えるのですよ。正直……子供みたいな部分が見受けられます」

 

 珍しく苦笑するヨモギ。

 

「とある人がいないとものすごく不安そうな顔をしていますし、その人がくると満面の笑みを浮かべますから。本当に子供みたいで、とてもわかりやすいですよ」

「とある人……」

 

 そんな話を聞けば、せりとしては心中穏やかではない。

 そしてなにかモヤモヤとしたものが再び心からわき上がりかけたのを感じて、慌てて心を落ち着かせる。

 大きく深呼吸をして、自分の霊力の循環を意識し、落ち着かせる。

 それを密かに行いつつ──

 

(とある人って、しょっちゅう見舞いに行っているかずらかしら?)

 

 そう思ってかずらを見ると、珍しくしゅんとした様子で落ち込んでおり、せりの視線に気が付くと、意図を察した様子で力なく首を横に振った。

 

(かずらじゃないってことは……しのぶさん?)

 

 このところ忙しそうな彼女は違うように思えたが、それでもしのぶを見た。

 陰陽寮との調整で東奔西走している彼女だが、今日はこの会議に参加していた。

 線のように細い特徴的な目をした彼女は、せりの視線に気が付いた素振りを見せたが、やはり予想通りに首を横に振った。

 

(じゃあ、いったい誰が?)

 

 もっとも警戒するべき恋敵(ライバル)二人が違うということで警戒心が落ち着いたが、それでも気になった。

 

「ふむ。白繍嬢が興味津々なようですから言いますけど、その“とある人”ですが──」

「興味津々じゃないわよ!」

 

 思わず突っ込んだせりを無視し、ヨモギが続ける。

 

「──風組の藤井かすみ嬢です」

「「えっ!?」」

 

 せりとしのぶが声を上げる。一方、かずらはうつむいてため息を一つついていた。

 

「どうやら目を覚ましたときに、真っ先に見たのが藤井嬢らしくてですね。依存と言えるほどに頼り切っています」

「オイオイ、刷り込みかよ。いつからオレ達の大将は鳥の雛みたいになっちまったんだ?」

 

 すかさず茶々を入れて釿哉が苦笑いを浮かべる。

 だがヨモギはそれに頷いた。

 

「鋭いですね、釿さん。状況的にはだいたい合ってますよ。不安な人が頼るのは信頼できる人、となりますから。それに記憶が5年以上巻き戻った隊長は、知らない人に囲まれているも同じ──」

 

 しかも、精神年齢的には10代の初めごろにまで戻っていると考えれば、それで知らない大人達に囲まれていれば、どれだけ不安になることだろうか。

 

「──しかも悪いことに、そのころの隊長を唯一知っていそうな米田司令は現在動けません。そんな中、藤井嬢は出身地が近くて茨城弁ができたのもあって、隊長の不安解消に一役買ってくださったのは、さすがに助かりました」

 

 ヨモギの説明に、聞いていた皆が「茨城弁?」と疑問に想った。

 それに対して、唯一ヨモギ以外に状況を知っているかずらが代わりに説明を始める。

 

「あの二人の会話、本当にわからないんですよ。なんだか早口でバーっと話してる様にしか聞こえません。かすみさんなんか普段からだと考えられないくらい乱暴な感じで話して……だから怒ってるのかと思ったら二人で笑いあってるんです。わけわかりません」

 

 隣で会話を聞いている上に、それが日本語であるはずなのに、すごい疎外感を感じていた。

 それに普段は梅里もかすみも普通に綺麗な標準語で話しているだけに、違和感もものすごかった。

 実際、茨城弁は余所のわからない人が会話を見ると喧嘩していると勘違いしてしまう、という話もある。

 ともあれ、梅里が目を覚ましてから初めて見た、無意識に頼る人が故郷の言葉を話せるかすみだったというのは幸いだったのかもしれない、とヨモギは思っている。

 

「おかげで言葉が分からない私は全く相手にされず──」

 

 そんなかずらをヨモギはジト目で見た。

 

「……伊吹嬢が隊長に相手にしてもらえないのは、最初に自分が婚約者と刷り込もうとして失敗し、それで思いっきり警戒されているからじゃないですか」

「ほ、ホウライ先生、それは……」

 

 慌てるかずらに対し、せりとしのぶの二人がニッコリと笑みを浮かべる。

 

「あら、かずら。それはとても興味深い話ね」

「ですねぇ、せりさん。かずらさんから後で詳しく話を聞きましょうか」

「あ、あはは……はぁ…………」 

 

 そうしてかずらが顔をひきつらせてため息をついていると──

 

「あの、ホウライ先生。チーフの記憶は、どうやったら戻るんですか?」

 

 律儀に手を挙げて質問したのは秋嶋 紅葉だった。

 

「チーフは私のこと覚えてないってことですよね。そんなの、寂しいですよ」

 

 梅里への態度が「忠犬」と称される紅葉は、彼が記憶喪失で夢組隊員の顔を忘れていると聞いてから、見るからに落ち込んでいる様子だった。

 

「そうですなぁ。それに、そもそも何故、隊長は記憶を失っているのですか? 自分は医術に疎いので分からんのですが、原因が分かれば解決方法も、というわけにはいかないのでしょうか?」

 

 和人が腕を組みながら首をひねりつつ、彼なりになんとか状況打開の策を練っていた。

 

「そうですね。まず一般的に記憶喪失の原因として考えられるのは脳に物理的な衝撃があった場合。この可能性が一番高いかと思います。あとは、あまりにも大きな心理的なショックを和らげるため、自己防衛のためにまるで記憶を封じるように忘れてしまう、という場合もあるようですが……」

「心理的なショック?」

 

 ヨモギが見解に思わずせりがつぶやくと、ヨモギがそれを聞いていたようで説明した。

 

「ええ、例えば……そうですね、誰かの死というのはショックも大きいですから原因になりうるでしょうね。身近な人であれば顕著ですが。あと、ショックなことと言えば、信じていた人に裏切られる、とか……ですかね」

「え……」

 

 思わずドキッとするせり。だが、説明中のヨモギはそれに気づいた様子もなく、構わずに続ける。

 

「しかし、今回の場合は心理的なショックは考えられませんから、やはり物理的な衝撃を疑うべきでしょうね」

 

 その結論は、せりを少しだけホッとさせる。

 一方でヨモギは、考え込むような仕草をしながらさらに考察を続けた。

 

「しかし気になるのは目撃していた藤井嬢や、そこにいる伊吹嬢の話では倒れるときとかに頭を打った様子はなかったそうですが……間違いありませんね?」

「はい。梅里さんが倒れたときにもそういった様子はありませんでした」

 

 問われたかずらがしっかりと頷く。

 

「じゃあ、搬送中にぶつけた──とかは無いの?」

 

 カーシャが疑問を言うと、ヨモギが首を横に振る。

 

「もちろん可能性はありますが、おそらく違います。先ほどの伊吹嬢の説明も含めて頭部にもそのような外傷が認められないので。ですから私が疑っているのは敵から受けたダメージの方です」

「どういうこと?」

 

 カーシャの問いにヨモギがさらに答える。

 

「隊長が致命的なダメージを負ったときに光が走るのを見たと、伊吹嬢が言っています。例えばそれが電撃であれば、それが脳に影響を与え、ショックで記憶がとんだ可能性があります」

「えッ?」

 

 思わずギクっとなるせり。

 幸いなことにそれに気づいた者は居なかった。ヨモギも説明を続ける。

 

「記憶もいわば電気信号ですからね。その影響を受けたのかもしれません。黒之巣死天王・紅のミロクや暁の三騎士・蝶が魔操機兵に搭乗した際には、妖力を変換した電撃攻撃を切り札としていましたから、それを敵の襲撃犯が使った可能性はもちろんあり得ます」

 

 ヨモギが挙げたかつての敵の姿が思い浮かぶ。

 下半身が裾状で、ホバー移動するミロクが搭乗した赤い魔操機兵・孔雀。

 腕が特徴的な形をしていた魔操機兵・紫電不動。

 その姿が思い出される。

 そして──

 

(雷破!!)

(──雷舞・電死牡丹!)

 

 すさまじい威力を誇ったその必殺技が脳裏に浮かぶ。

 さらに──

 

 

(お~ほっほほほ、わらわと同じく雷を切り札とするお前のせいで、あの男は記憶が無くなったとは……なんとも皮肉なこと)

(お前の放った雷撃が、あの男の記憶を吹き飛ばしたのさ!)

 

 

 脳裏に響く紅のミロクの声が、『蝶』の声が、せりの心を責める。

 

(うぅ……)

 

 そんな言葉をミロクも『蝶』も言ったはずもなく、明らかな幻聴だ。

 しかしそうと分かっていても、それはせりの心を容赦なく抉っていく。

 

 

「──白繍嬢、やはり疲れているようですね。会議もこれ以上はもういいのではないですか?」

 

 苦しげにしていたせりを見て、具合が悪そうと判断したヨモギがそう言いながら釿哉を、そして宗次を見た。

 それをドクターストップと判断した宗次は、会議を切り上げようと話を進める。

 

「一番の用事が梅里のことだったからな。ただ、これが一番重要なことだが、梅里が記憶喪失だというのは他言無用に頼む。意識を取り戻した、ということさえ隠しているからそれを徹底してくれ」

 

 宗次の指示に、皆が首を傾げる。

 

「隊長が意識を取り戻したっていうのは良きニュースではありませんか。隠す必要がないと思われますが」

 

 和人の疑問に宗次は首を横に振る。

 

「意識を取り戻しても記憶がなければ意味がない。あの調子の梅里を見たら、支部の夢組隊員達が混乱し、動揺して志気が落ち込むのは明らかだ」

 

 それが平時ならともかく、今は黒鬼会という組織が暗躍を始めて戦っている最中だ。

 しかも米田と梅里という頭がやられるほどの相手である。

 

「そういうわけでアイツの姿を一般隊員達には見せないように、梅里のことは秘密にする……特に、紅葉!」

「は、はい!?」

 

 名指しで呼ばれ、いい返事をしつつも訝しがる紅葉。

 

「いいか、絶対にしゃべるなよ。他の組の隊員が相手でも同じ。話すのは今いる事情が分かっているメンバーだけしか居ないときに限る。それ以外の者が一人でも入っていたら許可無く話すな。わかったか?」

「はい。了解です!」

 

 綺麗な敬礼を返す紅葉。

 

「──というわけで、これで解散だ。本来なら面会謝絶……と言いたいところだが、塙詰、白繍、お前らは会いに行くのだろう?」

 

 苦笑を浮かべる宗次に対し、しのぶは──

 

「よろしいのですか?」

 

 喜びの表情を浮かべつつ返す。

 

「ああ。しかし覚悟はしておけよ。見た目は梅里だが、中身はお前達のことをまったく知らないからな。だから間違いなく拒絶されるし、それでも構わないなら行ってこい」

 

 意識を取り戻して真っ先に会いに行った宗次は、梅里がかすみに「誰ですか、この目つきの怖そうなオッサンは?」と訊いているのが聞こえて密かにショックを受けていたのだ。

 

「はい……そう、なんでしょうね」

 

 宗次に忠告され、意識を取り戻した梅里と話ができる、と心を弾ませたのだが、それを考えると単純に楽しみだというわけにはいかなかった。

 一方、その横で無反応なせりを見て、宗次は「おや?」と思った。

 

「で、白繍。お前はどうするんだ?」

「え……私、ですか?」

 

 まるで話を聞いてなかった、もしくは部外者然としたせりの態度に、宗次は不思議そうに彼女を見つつも説明する。

 

「ああ。さすがに本部メンバー全員で行かせるわけにはいかんが、塙詰とお前の二人くらいなら構わないと思っていたが……」

 

 せりの反応がイマイチなことに戸惑っていたが、さらに意外なことを言う。

 

「えっと……私は、いいわ。しのぶさん、行ってきて」

『え?』

 

 その言葉に本人を除くその場にいたもの──夢組に入って日が浅いカーシャと柊は例外──全員が、驚きのあまりせりを見た。

 

「せ、せりさん、大丈夫ですか?」

 

 真っ先に心配したかずらがせりのもとに近寄る。

 

「やはり、精密検査をした方がいいのではないですかね」

 

 先ほどから彼女の体調を心配していたヨモギがそれに続く。

 

「ちょ、ちょっとなによ、二人とも……それにみんなも、私が行かないのがそんなにおかしいの?」

「ああ、おかしい。お前がそんなことを言い出すなんて明日、雪が降ったっておかしくないな」

 

 腕を組んで頷きながら、釿哉がそう評する。

 

「あなたねぇ……こんな時期に降る訳ないじゃない! まったく、私のことなんだと思ってるのよ」

「大将のことになるとすぐに熱くなる、純情一直線娘。そんな感じだろ」

 

 怒ったせりを釿哉が茶化すように返すと、せりがますますヒートアップして釿哉を睨む。

 それを見て面白がった釿哉が、

 

「おまけにお前さんは嫉妬深いからなぁ。もし許可しなかったら、伊吹や風組(よそ)の藤井が見舞いに行ってるのになんで私はダメなの!? って宗次に詰め寄ってるだろ?」

 

 そういってからかい──

 

 

「──ッ!?」

 

 

 嫉妬深い。

 釿哉のその言葉がせりに突き刺さり、思わず動きが止まる。

 

(私が? そんな、私はそんなことない。絶対に──)

 

 様子のおかしいせりに気づいた釿哉が、その色を失った表情を覗き込んで、態度を変えた。

 

「お? (わり)ぃ。さすがに言い過ぎたな。白繍、お前、本気で体調悪そうだから無理するなよ。な~に、体調を整えてる間に大将も少し落ち着くだろうから、会うのはそれからの方がいいんじゃないか?」

「──と、さも体調を心配している言っていますが、白繍嬢に倒れられると今度は自分が食堂の責任者にされそうだから、ですよね?」

 

 そう言って釿哉をジト目で見るヨモギ。

 

「バカ。仲間なんだから本気で心配に決まってんだろ。そもそも、梅里のうえに白繍まで倒れたら食堂は営業できねえよ」

 

 苦笑しつつ、ヨモギの頭をポンと軽くたたいてたしなめる釿哉。

 一方、呆然としていたせりは「仲間だから本気で心配」という言葉に心が少しだけ軽くなって顔を上げる。

 

(そうよ。私には……)

 

 せりには今まで、華撃団に所属してから共に頑張ってきた仲間がいて、その信頼があるはず。

 もし仮に、せりが自分の罪を今ここで告白したら、仲間達はせりの本意ではなかったことを分かってくれるのではないか──そんな希望が彼女の中に生まれる。

 

「あ、あのッ!」

 

 躊躇いがちに口を開きかけたそのとき、しのぶと、かずらの視線と目があった。

 その目が、先ほどと同じように(くら)く冷たいものに、せりには見えてしまっていた。

 

(──ッ!! ダメよ。もしそんなことを言ってしまったら……彼女たちが黙ってない。梅里を傷つけた私を許すわけがないし、これ幸いと邪魔な私を梅里の周辺から排除するに決まってる)

 

 猜疑心に凝り固まったせりの目には、しのぶとかずらの目が、自分を常に追い落とそうとしているように、罠にはまろうとしている自分を冷笑しているようにさえ見えた。

 

「──せり、あなた本当に大丈夫?」

 

 近くにいたカーシャが心配して覗き込むようにせりを見ると、突然視界に入ってきたその姿にせりはビクッとし──

 

「な、なんでもないわよッ!!」

 

 思わず大きな声を出す。

 

「え……」

 

 さすがに呆気にとられるカーシャ。周囲の皆も、心配したカーシャの善意を全力で跳ね除けた形になったせりの姿に、微妙な空気が流れる。

 

「……あ、カーシャ……ごめん」

 

 そんな空気にいたたまれなくなったせりは、逃げるように食堂から出て行くしかなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「カーシャさん、大丈夫?」

 

 そう声をかけたのは、帝劇本部での勤務歴がほとんど同じの越前 舞だった。

 

「大丈夫。セリも疲れているのでしょ。いろいろ大変なことくらい、アタシにも分かるわ」

 

 苦笑を浮かべつつ、平気を主張して手をヒラヒラと振るカーシャ。

 

「しかし、本気でなんとかしないとな」

 

 釿哉が腕を組みながら言う。

 

「ああ。アイツの場合は食堂の負担もあるが、梅里の件の調査が進んでいないことへの責任感もあるだろう」

 

 せりは調査班頭である。

 梅里が襲撃された事件は、発生直後は月組との特別チームが組まれて捜査を行うことになったが、そのチームは後に起こった米田指令狙撃事件へと移ってしまい、結局、梅里の件の捜査は夢組の調査班が行うことになったのだ。

 しかも、夢組調査班の支部付副頭で、対人調査のエキスパートである御殿場 小詠をその特別チームにとられてしまっている。

 最大戦力をとられたからこそ、捜査が進まない。

 

「大将のことを想っているだろうから、なおさらな」

 

 その焦りが、せりの精神を不調にさせている、と宗次も釿哉も考えていた。

 

 

 

 ──それがまったく、的外れだと気が付かずに。

 

 




【よもやま話】
 せりが時々、精神的に不安定になるのは、1話で心を操られたのが未だに残っているのと、それを煽る存在がいるからです。
 追いつめられて可哀想……とは思いますが、今回の話はかずら回なので解決しません。
 前作で、かずらの異変に気が付きつつも自分のヒロイン回で解決せずに次回に回していたので、その因果応報でしょう。きっと。
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