サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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 せりが去った後、かすみとかずらが中心になって、梅里が鬼王と戦ったことと、その最中に撃たれたことを説明する。

 説明を受けた梅里だったが、それで何かを思い出すということはなく、やはり他人事といった様子だった。

 一通りの説明が終わると、今度はしのぶが席を立った。

 

「やはり、せりさんを食堂で働かせて、わたくしだけこちらにいるというわけにはいきませんから」

 

 そう言って、しのぶは帝劇へと戻っていった。

 そのため梅里の病室は普段通りの、かすみとかずらの二人が残っていた。

 

「あの、梅里さん?」

「…………なんでしょうか、伊吹さん」

 

 あからさまに距離をとって警戒する梅里に、かずらは思わず苦笑を浮かべる。

 

「きょ、今日はですね。あなたに私の特技を見ていただきたくて……」

 

 そう言ってかずらは持ってきていた楽器ケースを持ち出した。

 訝しがるようにそれを見た梅里がつぶやく。

 

「バイオリン?」

「はい。その通りですよ」

 

 言い当てくれたことが嬉しくて、かずらは笑顔で大きく頷いた。

 

「私、こう見えてバイオリンの演奏が得意なんです。梅里さんが聴きたい曲があればなんでも演奏して差し上げますよ。リクエストはありませんか?」

 

 さぁ、どうぞ、とばかりに手を差し出したかずらだったが、梅里の反応はイマイチだった。

 

「あの……リクエストと言われても、詳しくないので曲なんて分かりませんし……すみません」

 

 申し訳なさそうに梅里に言われ、かずらは固まった。

 同時に自分の身勝手さも思い知らされる。

 今まで梅里に警戒されるかずらはさすがに反省した。それで受け入れられているかすみの梅里に対する普段の態度を観察したのだが、それで自分が彼を振り回していることを痛感したのである。

 そのお詫びもかねて梅里を楽しませようと思ったのだが……元来、梅里はクラシック音楽というものに興味をさほど持っていなかった。

 ちなみに現在の梅里が以前に比べれば興味を持ったのは、他でもないかずらの影響であり、その影響を受けていないところにまで記憶が戻ってしまっている。

 

(ああ、またやっちゃいました……)

 

 興味のないものを押しつけているという今の状況が、まさに自分の身勝手さでもあるように思えて仕方がなかった。

 

「それなら、かずらさんが好きな曲を奏でてあげればいいんじゃないですか?」

 

 助け船をだしたのはかすみだった。

 

「いいのでしょうか?」

 

 思わず尋ね返すと、かすみは優しくうなずき、梅里を見る。かずらも梅里を見ると、視線に耐えかねて困ったような表情を浮かべつつも、小さく頷いた。

 そうして選曲も任されたかずらだったが──どの曲にするか、迷った。

 迷った挙げ句……思い出の曲を選んだ。

 昨年、欧州に向かい、そこのコンクールで演奏した曲である。

 

(結果は、けっして良いものじゃなかったけど……)

 

 あれはかずらにとっては欧州の、世界の壁の厚さを実感したコンクールだった。

 それでも選んだのは、かずらが遠き欧州の地でのコンクールに挑んだときに傍らにいてくれたという思い出が、彼女にとってはなにものにも代え難いものだったからだ。

 それに、あの経験が、より高いレベルの世界を経験できたことで世界が変わったというのもある。

 バイオリンを把持し、弓を構える。

 緊張を高め──そして演奏を開始した。

 そして、一心不乱に奏でる。

 その集中によって、無意識のうちに霊力が放たれていた。

 

(私の演奏に、本当にあんな能力(ちから)があるのなら……)

 

 かずらは、華撃団にスカウトされて入隊している。

 その経緯は、かずらがその見事なバイオリンの演奏が話題になったことから始まる。

 若き天才バイオリニスト、として話題になった彼女だったが、同時に変わった噂も流れていた。曰く「彼女の演奏を聴いて、体の不調が治った」だの「憑き物が落ちた」とか、最初はまるでいい加減な広告のような、眉唾ものの話だった。

 だが、それが──どうにも体の調子がよくなる効果があるというのがまことしやかに話されるようになり、それが話題になり始めたころ、華撃団から当時の副司令、藤枝あやめがやってきたのだ。

 そのことを思い出し、本当にそのような効果があるのなら、今こそそれで梅里を治して欲しい、記憶を取り戻させて欲しい、と心の底から願った。

 

(この曲を演奏した旅行の思い出を、少しでも思い出してくれれば……)

 

 本番だけでなくその前の練習でも彼は一生懸命に奏でるかずらのこの曲に耳を傾けてくれ、終わればその感想を話してくれたのだ。

 そんな思い出を頭に描きつつ、かずらは一人の人を想いながら演奏を続け──その曲が終わり、余韻を残し──楽器をおろした。

 やや緊張して梅里を見ると──彼は笑顔で拍手をしていた。

 それも少し興奮気味に。

 思わずかずらの顔がパッと華やぐが──

 

「スゴい……音楽はまったく分からないからハッキリしたことは分からないけど、それでもキミの演奏が素晴らしいのはよく分かったよ。なにしろ、素人が聞いてもスゴいと感じられるくらいなんだからね」

 

 そんな手放しで誉める梅里の言葉に、かずらの笑顔は陰った。

 彼女の演奏でも、記憶を取り戻させることはできなかったのだ。

 しかし、それでも──梅里の反応は、かずらにあることを思い出させていた。

 

(やっぱり、この人は梅里さんなんだなぁ。反応が、一緒なんだもの)

 

 思わずクスッと笑みを浮かべつつ、そのときのことを思い出していた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 

 ──それは、二年前の春のことだった。

 

 まだ黒之巣会が本格的に動き始める直前のこと。上野公園で帝都にやってきた真宮寺さくらが出現した魔操機兵・脇侍を一刀両断にしたという事件があった。

 その脇侍出現の目的を調査するために、しばらくしてから夢組は上野公園を本格的に調査することとなったのだ。

 入隊するや調査班副頭に抜擢されたかずらはその調査に参加し、それ以外に梅里と遠見 遙佳、それに八束 千波が参加している。

 そこで──

 

「かずら、余計な演奏は御法度ッスよ」

 

 演奏を始めたかずらを、目元がハッキリとした髪を短く整えたの女性隊員──遠見 遙佳がジト目を向ける。

 隊長直属の特別班に所属する『千里眼』。隊長の目となり、遠くの敵や戦況を見たり、味方の様子を把握する役目を帯びた彼女は、その前は調査班の副頭──つまりはかずらの前任者──だったので後釜であるかずらについてその一挙手一投足に注目していたのである。

 もちろん遙佳は養成機関の乙女組上がりであるかずらのその能力は聞いて知っていた。得意とするのはギヤマンのベルを使ったダウジングであるが、それ以上の探査精度を持つという霊力を乗せた楽器演奏による反響探知ができることを。

 

(副頭を安心して任せられるかどうか、見たかったッスけど……)

 

 隊長である梅里の狙いが『異変の発見』という漠然としたものであるので、広範囲の探査を行えるかずらこそ今回のメインになる。そして彼女が感じた違和感を自分の『千里眼』で詳しく見ることになるだろうということは分かっていた。

 そんな遙佳の思いとは裏腹に──かずらは音響探知よりも演奏することに重きを置いているように見えた。

 

「うぅ……焦れったいッス」

 

 霊力を乗せて音を出せば事足りるはずなのに、かずらは旋律を奏でる。

 そうすることで付近にいた桜の花を見に来た見物客から注目を浴びはじめ。仕舞いには喝采を浴びてしまっていた。

 

「かずら! 何をやってるんスか? 楽器の演奏は必要最小限で……って、隊長も何やってるッスか!?」

 

 拍手を送る野次馬に紛れて、演奏を賞賛して同じように拍手している梅里を見つけた遙佳が思わず声を上げる。

 

「何って……誉めてるんだよ? 伊吹さんの演奏を」

「それは見れば分かるッス! なんでそんなことを……」

「うん。僕は音楽に疎いしサッパリ分からないけど、それでも伊吹さんの演奏が良いってことだけは分かったから。だから思わず、ね」

 

 そう言って笑顔を見せる梅里。

 だが、言われた当の本人であるかずらは思わず首を傾げた。

 

(音楽がサッパリ分からないのに、私の演奏が良いと分かるって……そんなわけないじゃない)

 

 梅里の言葉は、かずらにとっては少しバカにされているような気さえしてしていたくらいだった。

 だが、次に梅里が言った言葉が、かずらに衝撃を与える。

 

「だって素人の僕にさえスゴいって感じられるくらいに上手なんだよ? それってかなり凄いことだと思うけど」

「え……」

 

 知らず知らずのうちに自分に驕りができていたことをかずらは気づかされた。

 熟練すればするほど陥る「素人に何が分かる」という見識。プロに認められてこその世界で生きるようになればそのような考えになるのもある意味当然のことともいえる。

 だが音楽を純粋に人を楽しませるエンターテインメントとして考えるのなら、素人に受け入れられなければ裾野は広がらない。一部の人達だけの娯楽になってしまい、それは業界の固定化と衰退を招きかねない。

 

「料理でいえば、味音痴の人さえも感動させるようなもの……いや、たとえ味音痴でも人は食べ物を口にするからね。それよりももっとスゴいことだと、僕は思うよ」

 

 そう言って朗らかに笑みを浮かべる梅里。

 その言葉と笑顔に衝撃を受け──今にして思えば、この瞬間に恋に落ちたのだと思う。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──あのときと同じ笑顔を浮かべている梅里を見て、かずらは妙に気分が晴れやかになっていた。

 たとえ記憶が無くなっていようがこの人は梅里なのだと。心の底のどこかで記憶を失った梅里を「私の知る梅里さんじゃない」と否定していた自分がいたことを恥じた。

 

「伊吹さん。もう一曲、何か別の曲をお願いしてもいいかな? といっても知識がないからキミの奏でたい曲で良いけど……」

 

 苦笑混じりに梅里が頼む。それにかずらは──

 

「はい。わかりました」

 

 素直に、良い笑顔でそれに答えた。

 一度おろしていたバイオリンを構えつつ、かずらは何を弾こうか思いを巡らせる。

 しかし──曲はすぐに決まった。

 

(私が今までで一番、梅里さんのことを想って奏でたあの曲……)

 

 先ほどせりが梅里と出会ってから今までのことを語るのを聞いて思い出したからこその選曲だった。あのときの思いが蘇り、この曲と奏でたときの気持ちをハッキリと思いだしたのだ。

 目の前の人が梅里だと心の底から認めた今だからこそ、その人に捧げる曲としてこれ以上にふさわしい曲は無い。

 バイオリンを構え、あのときのことを思い出し──かずらは奏で始める。

 

「この曲は……?」

 

 聞いたことがない曲に訝しがるかすみ。

 だが──ひどく心に訴えかけてくるような旋律だった。

 彼女もまた、かずらのように音楽会に身を置くようなプロではないので、詳しい評論はできない。

 しかし、とても心惹かれる。

 自分のいるべきところ、あるべき姿、そういうものが心に浮かぶ──とても不思議な曲だった。

 かすみは耳にしたことがなかったが、あくまで彼女たちが例外であり、実のところは華撃団の多くのもの達が聞いた曲だった。

 なぜならそれを奏でたのは──先の戦いで梅里が心肺停止となり、一度は死亡の診断が下された後で、彼の魂を引き止め、戻すために奏でたかずらが奏でた葬送曲の逆曲である。

 あのとき、かすみは決戦のために司令の米田中将や風組に所属する他の帝劇三人娘と共に空中戦艦ミカサに搭乗し、聖魔城に特攻を仕掛けたあとで、あの場にはいなかった。だから聞いていなかったのだ。

 そして──まさに心配停止で生死をさまよっていた梅里もまた聞いたことがないはずなのだが……

 

「──ッ!?」

 

 梅里が不意に動きを止める。

 そしてそのままゆっくりと起こしていた上半身を横たえ、ベッドの上に仰向けになると──顔の前で腕を交差して、目元を覆った。

 そのまま梅里は動きを止め、かすみはその旋律に黙ったままじっと耳を傾け、かずらの奏でるその曲は部屋に響き続け──やがて曲が終わり、かずらはバイオリンを下げた。

 ふぅ、と大きく息を吐くかずら。

 

「……あれ? 梅里さん!?」

 

 反応が怖くて恐る恐る梅里を盗み見たかずらだったが、彼がベッドに横になっているのに気がついて驚く。

 一瞬、具合が悪化したのかと不安になったが、その胸が規則的に動いて呼吸しているのがわかり、胸をなで下ろす。

 

「あ……、退屈しちゃったのかな?」

「そんなことは無いと思いますよ」

 

 かずらのつぶやきに答えたのは、一緒に聞いていたかすみだった。

 

「あの演奏を聞いて、退屈で寝る人なんていません。そう断言できるくらいに素晴らしいものだったと思います」

 

 そう言ってかすみは梅里へと視線を向ける。

 

「せりさんやしのぶさんも来て話をしましたし、疲れが出たのではないでしょうか。それでかずらさんの演奏で、それを癒そうと体が反応したのではないか、と……」

 

 かすみにつられてかずらも梅里を再び見る。規則正しい寝息さえ聞こえていた。

 それを確認したかずらは少し寂しそうに笑みを浮かべ、かすみに一礼する。

 

「あの、私も……さっきせりさんに言われたように、夏公演に向けての練習もありますし、これで失礼しますね」

「あら……いいんですか?」

 

 珍しく退いたかずらに、かすみは心底意外そうな目で彼女を見つめた。

 

「はい。いつまでもサボってたら、梅里さんにあきれられちゃいますから」

 

 チラッと横になったままの梅里を見て、今度は悪戯っぽく──それでもいつもの彼女のそれに比べると寂しさが混じった感じで──笑みを浮かべると、バイオリンをケースに片づけ、改めてもう一度かすみに一礼してから、病室を去っていった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 かずらが去ったことで、一人になったかすみだったが、世話をするのに一通りやるべきことを終えていたので、やることがなくなってしまった。

 梅里は横になって寝てしまっている様子。

 目を覚ますまでここにいてもいいのだろうが……さすがにあの三人の誰もいない状態で、梅里が目を覚ますまでここに居続けるのは気が引けた。

 さらに言えば、最近は帝劇の事務局での仕事も滞りがちで、同僚の由里からの目も厳しいものになりつつある。

 

「さて、それじゃあ私も……」

 

 自分の持ってきた荷物をまとめ、病室から出るためにベッドを離れようとしたそのとき──

 

「あの、すみません。かすみさん……」

「──ッ!?」

 

 突然、寝ているものと信じ込んでいた梅里から声をかけられて、内心飛び上がらんばかりに驚く。

 

「ああ、驚かせてしまって、申し訳ありません」

「い、いえ……大丈夫です」

 

 かすみの反応を見て謝った梅里。

 その様子を振り返りつつ見たのだが、そんな彼の様子が──どうにも違うようにかすみの目に映った。

 

「ここから帰るついでに、一つお願いしたいことがあるんですが……」

「なんでしょうか?」

「宗次を……夢組の巽副隊長を、ここに呼んでいただけないでしょうか?」

「あ、はい。わかりまし……た?」

 

 思わず返事をしたが──ものすごい違和感のある会話だった。

 ハッとして梅里を見るかすみ。

 

「え? あの、ひょっとして……梅里くん? あなた、まさか……」

「その呼び方、やっぱり少し照れますね」

 

 驚き、そして一縷の希望を込めて見つめるかすみに対し、彼は苦笑混じりの笑顔で頷いた。

 




【よもやま話】
 遥佳も出てきた調査シーンは、前作2話前半での上野公園調査のときのことです。
 漠然と考えていたシーンではベルで短時間に、ではなくバイオリンで曲を奏でるかずらにいらいらするせり──と考えていたのですが、あの調査にせりは参加していなかったので、遥佳にその役目が回りました。
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