サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
──さて、山口海軍大臣が大帝国劇場を訪れたのは記述の通りだが、その食堂には寄らなかったと残っている。
食堂が万全の状態でお迎えすることができなかった、というのがその理由だそうなのだが……
その原因の一つは、間違いなく彼にある。
食堂主任である武相 梅里だ
ようやく記憶を取り戻して、食堂に復帰できる──はずだったのだが、深川の料亭火災での無理がたたって、再び医務室送りになってしまったのだ。
それというのも、アイリスの瞬間移動を『満月陣・月食返し』で模倣したのが大きい。
彼女の瞬間移動はきわめて強く膨大なその霊力があってこそ、なのだ。
普通レベルで考えれば充分以上に強い梅里の霊力でも、アイリスと比べれば明らかに劣る。にも関わらずに強引に行ったのだから、その無理がたたるのもやむを得ないことだろう。
火災のときにはさほど影響が出ていなかったが、出動を終えて戻る辺りで異変が出て、本当なら記憶が戻ったのを隠す必要が無くなって出られることになるはずの医務室へ、そのまま逆戻りとなったのだ。
「もっとも、今の食堂に山口大臣をお通しするわけにはいきませんから」
そう米田に報告しているのは、ようやく隊長代行を返上できると思っていたのにそれが延長になっている巽 宗次だった。
「……
今は陸軍病院から退院し、帝劇に戻る車内だった。
路上で鬼王に襲撃されたという梅里の前例があるために、万が一を考えて、宗次が護衛についているのである。
「ええ。残念ながら、いますね……それも複数……おそらく少なくとも一人は食堂でしょう」
宗次としても信じたくはない話だった。なぜなら帝劇の食堂勤務員は夢組の幹部なのだから。
しかし今ではほぼ確信している。
「夢組の中に、裏切り者がいる……それは間違いありません」
「……根拠は?」
「司令狙撃への布石となった武相隊長への襲撃。その辺りを月組とともに行動している御殿場に洗わせたところ、不審な点がいくつか……」
調査班副頭・御殿場 小詠。
『
今は月組主導になっている、米田狙撃事件の捜査を行う特別チームに出向している立場になっていた。
「情報漏洩もどこからしているのか、概ね明らかになりましたし。あとは夢組以外のもう一人ですが……」
「それに関しては、月組の加山から作戦要望がきている」
そこまで言って、米田は車のルームミラーをチラッと見た。
「ま、ここでは詳しく話せんがな。ところで──かすみよ」
米田は話を宗次から、運転手を務めていたかすみへと変える。
「はい。なんでしょうか……」
「オメエ、最近、ずいぶんとウメと仲がいいみたいじゃねえか」
突然の急ブレーキ。
車体が大きく揺れて、中の米田と宗次は肝を冷やす。
「そ、そんなことはありませんよ。助けていただいたお礼として、お世話しに医務室にお邪魔しただけです」
「ほう、なるほどねぇ……」
「それに、行っていた間は武相隊長の意識が無かったか、戻った後も記憶喪失の状態のときばかりでしたから」
誤魔化すようなかすみに対し、米田はからかうようにニヤリと笑う。
「そいつは残念だったな。記憶と意識がハッキリしてたら、も~っと甲斐甲斐しく世話できたのによ」
「し、支配人!!」
かすみが抗議するような目をミラー越しに向けてきたので、米田は笑いながら「悪かったな」と謝る。
「まぁ、お前らにも迷惑をかけたし、時期的にも丁度いいから夏休みを、と考えているんだが……」
米田は再びニヤリと笑い──
「ウメのヤツはどうしても一度は水戸に帰らないといけないらしくて、な。本人から申し立てがあったんだが……さすがに病み上がりで一人で帰すのは、ちょっとばかり心配だな。なぁ、巽よ」
「え、ええ……そうかもしれませんね」
心底楽しそうな米田に対し、珍しく感情あらわに顔を赤くしているかすみ。そんな二人を前に、彼に話を振られた宗次は、いったいどういう返事をすれば正解なのか、と頭を悩ませていた。
さて──花組が米田からのプレゼントとして夏休みとして海辺の温泉への旅行にいくことになった。
そのせい──というわけでもなく、時期的には世間的にも夏休みの時期であり、多分にもれず大帝国劇場自体もまた夏休みになるのであった。
普段なら食堂が休みでもそこに住んでいる花組隊員たちのために食事を作らなければならない食堂勤務員たちにとっては、それさえもない本当に厨房が休みという、一年でも数少ない日になる。
そんな日を翌日に控え──帝劇内はすっかり夏休みモードだった。
「そういえば由里さん、梅里さんって夏休み明けから復帰できるんですか?」
「ええ、そう聞いてるわよ」
夢組所属の伊吹 かずらが事務局で、噂好きの由里に訊くとそんな答えが返ってきた。
食堂のことなら食堂で訊けばいいのに、と思うところだが、今は仲の良い売店担当の高村 椿につきあって事務局に来ているかずらは、本部にいる夢組で唯一、食堂勤務ではない。
普段はおくびも出さないが、少しばかり疎外感があるのかもしれない、とも思えば可哀想にも思えた。
「今は、その直前に実家の水戸に戻ってるって聞いたけど?」
「そうなんですよ。お盆の墓参りと、私とかすみさんを助けるときに流派の禁忌の技を使ってしまったことを許してもらいにいっているそうで……」
それから帰ってくれば、梅里はまた食堂で勤務し始めるだろう。
たとえ自分が食堂勤務で無かろうと、同じ帝劇にいられるというだけでも、かずらにとっては心躍ることだった。
一転して幸せそうなかずらを見て、由里がふと思いついたように──
「武相主任って──どんな人なの?」
ポツリとつぶやいたのを聞き、かずらは不思議そうに首を傾げた。
「え? どうしたんですか、由里さん。そんなことを急にそんなことを聞いて」
「ほら、あなたにしても、せりさんやしのぶさんまで、主任さんのことを想ってるみたいだし、ようはモテるわけでしょ。惚れている当事者からはどう見えているのか、その感想が聞きたくて」
慌てて取り繕ったように見えなくもないが、ともかく由里に訊かれてかずらは素直に答え始める。
「えっと……梅里さんは他の隊長たちに比べたら、普段は穏和ですごく優しいんです」
「う~ん。でも、その分、ちょっと頼りないようにも見えるけど……」
そう言ったのは椿だった。
実は彼女の評価はあまり高くない。というのも食堂の主任でありながら、実質的な経営をせりに丸投げして任せているのを知っているからだ。それでせりが苦労している姿も見ている。
それは売店を一人で切り盛りしている椿にとっては、評価がガタ落ちするポイントである。
そんな彼女は、帝国華撃団・風組隊員として間もなく長期の出張予定。今日、事務室にきたのはその手続きを済ませにきている。
そして、かずらがそれについてきたのは、仲が良い椿の付き添いというのもあるが、椿不在中に華撃団の養成機関である乙女組から一人やってくるので、同じく乙女組出身で先輩にあたるかずらがその橋渡し役を務めるからでもあった。
そんなかずらは梅里に不満げな椿に対してフォローを入れる。
「椿ちゃん、確かにそうなんだけど……でもね。いざというときはすごく凛々しくて、頼りがいがあるっていうギャップが、すごくいいの!」
椿の辛口な評価にもかえって盛り上がるかずらの様子に、由里は少し呆れるというか、『あばたもえくぼ』という言葉が思い浮かんだ。
「ギャップねぇ……」
そうして由里は、少し前にかすみとした話を思い出す。
「ねぇ、かすみ。あなた、武相主任のこと、どう思ってるの?」
事務局の昼下がり。突然に由里から聞かれ、かすみは戸惑った。
「え? う~ん……」
人追さし指を口元にあてて考え込むかすみ。
やがて考えがまとまって微笑む。
「……よく考えると、由里と梅里って漢字がなにか似てるわね、ということかしら?」
「あのねぇ、そういうことは聞いてないの」
あからさまな誤魔化しは、由里の好奇心をあおるだけだった。
それくらい、長いつきあいなのだから気がつきそうなものなのだが……。
「で、どうなの?」
さらなる追求に苦笑しながらあきらめたように答えるかすみ。
「最初来たときは、怖い人だなとは思ったわ」
「怖い? あの人が?」
あまりに意外な答えだった。
よく笑みを浮かべる朗らかな人というのが由里のイメージだし、それは当初からあまり変わっていない。
到底、怖いとは思えなかった。
「ええ。ただしそれは危なっかしいという意味で、よ。自分の命を省みてないところがあったから。それがいつの頃からか生きることに前向きになっていて……」
遠い目をするかすみ。
「それからは……そうね、同郷だから頼りない後輩と思って見ていたんだけど……男の子っていつのまにか、大きく成長しているものね」
「え? それって……」
由里は思わずかすみの目を見る。
「もしかして、やっぱりこの前助けられたのがきっかけ?」
由里の目は好奇心で染まっており、それに対してかすみはあくまで社交辞令じみた笑みを絶やさず、本心を隠す仮面を付けて答える。
「誰かに……それも男の人に守ってもらって悪い気がしない女がいるかしら? 彼が命を懸けて守ってくれたのだから、その献身に応えて、お世話しただけよ」
「それにしては、手厚い看護だったと思うけど」
足繁く通うかすみの行動で、一番割りを食ったのは同僚の由里だったのは間違いない。
視線に抗議じみたものを感じて、かすみは「ごめんなさいね」と軽く謝った。
「見舞いにはかずらちゃんもいたみたいだけど、せりさんやしのぶさんを差し置いて看病してたって噂になってるわよ?」
それに気が付いたかすみは苦笑を浮かべた。
「その噂を広めたのは、あなたでしょう? それに、私だってあの3人の中に入るのはさすがに躊躇うわ」
そうなのよね、と由里は思った。
梅里には彼に想いを寄せている者が夢組に3人いることは、周知の事実だった。同じ夢組で副隊長の塙詰 しのぶと、同じく調査班頭の白繍 せり、それに調査班副頭の伊吹 かずらの3人だ。
「そ、そうよね。歳も少し離れてるし……」
さすがにその3人の中に入っていくのは困難だろうとおもった由里が言ったものの、当の本人は意外そうな顔をした。
「あら、4歳くらい気にするほどじゃないと思うけど? それに私の方が上なんですから、金の草鞋くらいの
そう言って微笑むかすみ。
それは「歳上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ」という言葉からではあるが、実際にしっかりものでよく気が付き、しかも落ち着きがあるというかすみは、由里から見ても優良物件に思える。
由里の下に集まっている梅里に対する、優しく、強く、しかしこだわるところ以外は比較的ズボラであるという人物評からも、相性は良いように思えた。
「見守っていた存在が、いつの間にか成長して自分を守ってくれるようになっていた。そんなギャップに心惹かれることもあるのよ」
そう言ってかすみは思い出すように笑みを浮かべていた。
(なんか、結構乗り気じゃないかしら……)
ギャップという言葉でやりとりを思い出した由里は密かに疑う。
そして、かすみがそこまで言うほどの相手だからこそ、由里は梅里がどんな人なのか気になっていたのだ。もちろん純粋に、ただの好奇心によるものだが……。
太正の世では、かすみの24歳という年齢は、そろそろ適齢期も終盤を迎えつつあるような年齢だし、そんな同僚の事情は気になるところである。
(でもねぇ。あの3人相手に冒険して、婚期を逃したら大変よ?)
面と向かっては絶対に言えないことを考える由里。
そんな由里が考え込む姿が、他の二人──特に椿の余計な興味を煽ってしまったらしい。
「あれ? 由里さん、ひょっとして……」
椿が冷やかすように、彼女にしては珍しく意地悪な笑みを浮かべると、由里は慌てて否定した。
「ち、違うわよ。私じゃなくてかすみが、あ……」
慌てて口を抑えるが、時すでに遅し。
顔色を変える人が一人いた。
「かすみさんが!? やっぱり……ああ、もう。だから私以外は面会謝絶にしてくださいってホウライ先生に頼んだのにー!」
「かずらちゃん、あなたそんなこと頼んでいたの?」
椿も仲が良いとはいえ、さすがに引いた様子でかずらを見る。
それから苦悶するかずらから、視線を「やっちゃったー」と後悔している由里へと向けた。
「そういえば、姿が見えませんけど、当のかすみさんはどこに行ったんです?」
「ちょ、ちょっと椿、それは……」
焦る由里。そしてそれを不審に思ったかずらがジト目で由里を見つめる。
「由里さん、かすみさんはどこに行ったんですか?」
「え? あの、せっかくの休みだし、実家の方へ帰ったって聞いたけど~」
ズイッと迫るかずらに思わず視線を逸らしつつとぼけるように答えると、案の定、かずらは騒ぎ始めた。
「かすみさんの実家って、茨城じゃないですか! それ、梅里さんと同じですよ!」
「そ、そうなの? いや~、気が付かなかったわ、私」
帝劇一の噂好きであり、情報通とも言える由里が気が付かないはずがなかった。
そんな様子に、自分が地雷を踏んだと気が付いた椿は、ひきつった笑みを浮かべる。
「あはは……私、今度の出張の準備しないと」
「こら、椿! あなたが連れてきたんだから逃げるな! なんとかしなさいよ!」
慌てて去ろうとする椿の首根っこを押さえる由里。
「そう言いつつ、逃げないでください由里さん! かすみさん、いつ帰ってくるんですか!?」
由里を追いかけながら、かずらはかすみや梅里のことをいろいろと聞いてくるのであった。
──そのころ、水戸の武相家では、梅里が帰郷して祖父と相対していた。
禁忌の技を使った事実とその経緯の報告を終えた梅里は、手にしていた細長い包みを自分の前へと置く。
「──これを、返上いたします」
祖父は一瞥して、中の物を理解する。
「……薫紫では、足らんか? 聞けば負傷もしたと言うではないか。これの危険察知も役に立たなかったということか……」
「恐れながら、違います。武相流の禁忌を破った私には、過ぎた刀と思いまして……」
深く頭を垂れる梅里。
「破門も覚悟の上、というわけか?」
「はい」
祖父の言葉を肯定したので、ここまで案内した妹が後ろで息をのむのがわかった。
「……では、梅里。禁忌を使い、お前は何を感じた?」
「は?」
驚く梅里。
「お前が容易に禁忌を破らないと分かっておる。禁を犯さなければ己……いや、他人の命が危なかったのだろう?」
自分の命よりも他人の命を
「光にて闇を祓う武相流にあって、より昏き闇にて闇を滅する新月殺。それを使って、お前は何か光を……可能性を見なかったのか?」
「可能性?」
訝しがる梅里だったが、一つ、気がついていたことがあった。
「己を殺し、殺意という一つところに心を染めた……そのことで、何かを掴めそうな感覚があったのですが……」
「ふむ……」
祖父はそれを聞いて頷くと、差し出されていた薫紫を梅里の下に戻した。
「ならば、それを掴んでみせよ。さすれば今回の件は不問とする。掴むまでは帝都に戻ることは禁止じゃ」
「……承知いたしました」
正直に言えば、黒鬼会との戦いがあるのでここに留まりたくはないが、禁忌を犯した許しを請うているという負い目があるので主張はできなかった。
ただ──水戸に戻ってきたら祖父に確認しようと思っていたことがある。
「あの、最後に一つ、お聞きしたいことがあるのですが」
「なんじゃ?」
「米田中将とは旧知の仲と聞いておりますが、中将がいた対降魔部隊で剣術の稽古等をしたことはございますか?」
「……何故、そんなことを訊く?」
祖父の目が鋭くなる。
だが今の梅里はそれに畏怖するだけの子供ではない。
「敵が、薫紫の特殊な能力を知っておりました。そして私の未熟さもありますが、武相流剣術をことごとく見切られました。まるで初見ではないかのように」
梅里や、武相家の代々が使う武相流の技は人に対して振るわれることはない。怪異や魑魅魍魎、そして降魔といった人外のものを討滅するためのものであり、そのため一族以外で知るものは極端に少ない。
「それに……その敵と相対して『月食返し』を使ったとき、『桜花放神』が使えました」
梅里の疑念はほぼ確信に近い。
そう判断した祖父は静かに頷く。
「……確かに、ヤツに武相の剣を見せたことがある。そういえば、そのときに帯びていたのは……そう、薫紫であったな」
「やはり、そうでしたか」
対降魔部隊は全部で四人。
そのうち米田は当然に除外、性別からあやめも外れる。さらに反魂の術で蘇った山崎 真之介は春先に戦って倒されている。残るは──あと一人。
「鬼王の正体は……真宮寺 一馬」
拳を握りしめる梅里。
おそらくは山崎同様に反魂の術を使って蘇らせ、心を縛ることで戦うだけの修羅としているのだろう。
「──ッ」
死人の魂さえも弄ぶ敵のその所業に、梅里は激しい憤りを覚える。
そして同時に思う。鬼王と、さくらを戦わせてはならない、と。
─次回予告─
ティーラ:
すっかりカズラの気持ちを掴んだばかりか、カスミさえも籠絡しようとしている隊長ですが、なにか忘れていませんか?
ほら、そこでセリが……え? あの人、セリですか? 本当に?
なにやら黒くどんよりとした空気を纏い、すっかり変わってしまったセリは、あの日から今まで、必死に自分の心と戦っていました。
その闇を祓えるのは……もちろんセリの想い人であるあなたしかいません、隊長。
次回、サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~、第3話
太正桜に浪漫の嵐。
次回はラッキーアイテムで『女の人の大きな声』です。『大きな女の人の声』でも『声の大きな女の人』でもありませんからね。
……ところで、声ってアイテムなのでしょうか?
【よもやま話】
さて、ここまで書いて気が付いたのですが……かえでさん、正式には出し忘れたなぁ。(ぁ
う~ん、─2─で出したのにその後に出す機会がなかったなぁ。
さて、次回予告ですが……前作の第3話予告と対比になってます。
前の自分のヒロイン回でかずらをほったらかしにした因果が跳ね返ってきている状況ですので、こうなりました。