サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
食堂でのハプニングの後、帰還の報告をしに支配人室へと向かった。
支配人室ではこの部屋の主であり大帝国劇場の支配人にして、帝国華撃団の司令である
梅里の報告を受けた米田は、梅里と共に入ってきていた者達を見る。
「──で、お前がいない間にきた新顔だ。イギリス出身で、除霊班副頭になるアカシア=トワイライトと……」
米田の言葉に、先ほど梅里と食堂でぶつかった、ウェーブのかかった金髪をポニーテールにしたそばかすが印象的な給仕服姿の娘が米田の横に並んで頭を下げる。
「……それと、新設した予知・過去認知班の副頭、
もう一人、梅里が見たことのない隊員が、同じように米田の横まで進んで先ほどのアカシア=トワイライトの隣に並び、頭を下げて会釈をする。
先の彼女とは対照的に小柄な彼女は、落ち着かなさそうな挙動で、不安そうな顔をしていた。
「二人とも本部勤務だから食堂勤務させるつもりだが、アカシア……カーシャには給仕、柊は厨房の手伝いをさせている。副主任がそう判断したからな」
米田の説明で合点がいった。だから彼女は給仕服を着て食堂にいたのだ。
すると、その給仕服の金髪女性が笑みを浮かべて一歩踏みだすと、梅里に手を差し伸べてきた。
昨年の欧州旅行で多少は慣れたその欧米式の挨拶に、梅里はそれに応じて握手する。
「夢組の隊長をしている武相 梅里です。よろしくお願いします。アカシアさん」
「よろしく、隊長さん。アタシのことはカーシャって呼んでください。みんな、そう呼んでくれてますし。それに口調ももっと普通でいいです。丁寧すぎると逆に日本語が分かりにくいから」
「わかったよ。よろしく、カーシャ」
梅里が言い直すと、彼女は満面の笑みを浮かべ、喜びを表すかのように握った手を大きく振った。
「代わりに、アタシも丁寧な言葉じゃなくていいよね? ウメサト」
その笑顔に、梅里の目は再び釘付けになる。
再びの
「あ……うん、もちろんだよ」
戸惑いながらも笑みを浮かべて答える梅里。
「彼女はイギリス国籍だが、トワイライト家は世界各地を回っていてな。日本語も堪能だ。コーネルより流暢だろ? なぁ、ウメ」
そう言って米田は苦笑し、それにつられて梅里も苦笑を浮かべる。
その間にカーシャは握った手にもう片方の手も添えて、自分の胸元へと近づける。
「アナタのことは、資料で読んだわ。去年の戦いでの活躍……花組の戦果も素晴らしいけど、まさに命がけで帝都を守ったあなたの活躍の方にこそ、アタシ、心打たれたもの」
「そんな、あのときはあれしか手がなかっただけで……」
「いいえ。アナタは誇るべきスゴいことをしたのよ。ウメサト」
そう言って梅里を真っ直ぐに見つめ──朗らかな笑みを向ける。
それを見た梅里は
(そうか、この笑み……鶯歌に似ているのか)
彼女の笑みやまとう雰囲気が──梅里にとって大切であった人のそれを連想させたのだ。
明るく朗らかで、とても大らかだった彼女の笑い方に、目の前の女性──カーシャの笑う顔はよく似ていた。
もちろん目鼻立ちは違うし、ポニーテールと髪の長さはほとんど一緒だが金髪でウェーブがかかってるカーシャと、日本人らしく黒茶のストレートだった鶯歌では全然違っている。
それでも梅里が既視感を感じるほどに、彼女のまとう雰囲気は──鶯歌に似ていた。
梅里はその彼女──アカシア=トワイライトを思わず食い入るように見つめていた。
「「「オホン!!」」」
すると、三人の咳払いが同時に響く。
それで梅里は我にかえり、気まずげにカーシャから視線を外す。
一方、支配人室の主である米田は、呆れたような目で咳払いをした三人を見ていた。
「──で、なんでオメエらまでついて来たんだ?」
「わたくしは、夢組の副隊長ですので、新入隊員と隊長の顔合わせに立ち会うべきと判断いたしたものです」
「私も、食堂副主任として、新人勤務員と主任の顔合わせには立ち会うべきと思いまして」
しのぶとせりがしれっとそう答える。それに続いてかずらが──
「私も、梅里さんの妻として……」
そこまで言い掛けたところで素早く動いたせりが、かずらの左右のほっぺたをつねって引っ張り、黙らせた。
「かずら……何も知らない新隊員の前で嘘をつくのは感心できないわね」
「
悪びれないかずらの頬を、せりは何度も思いっきり引っ張る。
「そういう嘘を教えるな、と言ってるのよ!」
「
さすがに呆れてなにも言えない米田。
一方、そんなせりとかずらの横にいたしのぶは、梅里にすっと近づく。
「梅里様。わたくし、ずっと迷っていたのですが……いい機会ですので、これからただ黙ってついて行くのではなく、少しばかり忠告といいますか進言といいますか、言いたいことを言わせていただきたいと思いまして……」
「え? あ、うん。僕も直すべきところは直したいと思ってるから遠慮なく言ってもらえると助かるよ」
「そうですか、それでは早速……そもそも梅里様は女性に対して甘過ぎで、ときに距離が近すぎることが多々あります。それはすぐにでも是正するべきとわたくしは愚考致した次第で──」
ついには梅里に説教を始めたしのぶ。戸惑いながらもそれを黙って聞く梅里。
そんな二人にため息をついた米田は、ふと視線を柊へと向ける。
「すまねえな。お前さんの紹介、まだまだ後になりそうだ」
すまなさそうに苦笑する米田に、柊は首を横に振ってから取り出した短冊に、スラスラと筆を走らせて「大丈夫」と書くや、それを見せるのであった。
──さて、軍の部隊である帝国華撃団夢組だが、霊能力がなければ所属できないというその特殊性から他の月組、風組、雪組に比べて軍属の者が少なく、そういう意味では花組に近い性格を持っている。
その数少ない軍属の一人であり、副隊長としてそのトップでもある巽 宗次が、前回の戦いを踏まえて組織改革に着手した。
前回の戦いにおいて反省すべき点──それは、帝劇という華撃団の本部に幾たびか敵の侵入を許したことである。
黒之巣会との戦いでは帝劇が本部であることがバレて、敵幹部である紅のミロクの襲撃を受けて轟雷号の線路から格納庫に侵入されている。
また降魔との戦いでは暁の三騎士「鹿」の襲撃の際、その猛攻の最中に降魔が帝劇内に侵入したのを、花組隊長・大神一郎考案の蒸気を使った罠と夢組によってどうにか撃退している。
軍の一部隊として、その本拠地に攻撃を受け、敵の侵入を許しているのは、本来であれば由々しき事態だ。
その秘密部隊という特性上、他の通常部隊のような駐屯地や泊地のように防備を固めることができないのはやむを得ないことだが、それでもやはり──霊子甲冑のような装備はあるし、取り戻した魔神器という切り札もあるので、再度起こればやはり大変マズい、と判断した。
その対策として設備面で、結界を付与した防御壁──帝劇防御壁(通称:帝防)──を設置して緊急時に展開することで物理的な防御機構を備え、また各組も増員を行い、その中で夢組も本部の増員をすることになった。
本部防衛のための戦力増強として、戦闘を得意としている除霊班の二人いる副頭をどちらも本部勤務にし、さらには危機を察知するために、今までは人数の関係で副頭がおらず頭が支部常駐のために本部にしかいなかった予知・過去認知班に、新たに副頭を設置して本部付とした。これにより本部での予知が可能となった。
それがカーシャであり、柊だったのだ。
これをもって夢組の体制は万全になる──はずなのだが、なかなかそうもいかない。
現在の夢組の本部勤務員は、一人出張中だったのである。
「──なるほどね」
「はい。そうなんですけど……できますか?」
帝都に戻り、普段通りに帝劇の食堂でコックコートを着て仕事をする毎日に戻ってすぐに梅里は、帝国華撃団花組に所属であり大帝国劇場のスタァの一人である真宮寺さくらから早速相談を受けていた。
「う~ん。一つだけ問題がなぁ……」
困り顔で梅里は思わず頬を掻く。
そこへ──
「いったい。何を悩んでるの?」
「あ、せりさん。いいところに……」
会話に入ってきたのは食堂副主任のせりだった。その彼女にもさくらは事情を説明する。
「聞いてください。今度、大神さんが戻ってくるって、米田支配人がおっしゃっていたんです」
「へぇ、よかったじゃない、さくら」
うれしそうなさくらの背中を、せりは励ますように軽くたたく。
「はい。ありがとうございます」
さくらもそれに笑顔で応じ、二人は手を取り合うように喜び合った。
実はこの二人、意外と仲がいいのもあるのだが──秘密協定を結んでいる仲でもあった。
それは、しばらく前のことだった。
「──え?」
帝劇内でたまたませりと一緒になった真宮寺 さくらが、周囲に人がいないそのタイミングで、急に──
「せりさんと主任さんってお似合いですよね」
──と言い出したので戸惑った。
もちろん帝劇での生活も長いし、隊が違うとはいえ同じ帝国華撃団の仲間であり、ましてさくらたちは帝劇に住んで食堂で食事をとるのが日常。その副主任であるせりと接点があるのは当然のことだった。
しかし、そういう話をしたことが今までなかったのだ。
「しのぶさんのような華族出身じゃなくて、かずらちゃんみたいにお金持ちの家に生まれたわけでもない、庶民派のせりさんのことが、あたしは他人に思えないんです」
「そ、そうなの?」
せりに詰め寄るように言うさくらに、せりは曖昧にうなずく。
もっとも、せりは──
(さくらさんの真宮寺って家は「破邪の血統」なんだから、私みたいな普通の家出身ではないと思うけど……)
そう考えたものの、詰め寄るさくらの迫力に圧されて飲み込んだ。
とはいえ、せりも由緒正しい神社の娘という意味では一般庶民とは少し違う。
「それに、料理も裁縫も上手ですし……」
「さくらさんだって得意なの知ってるわよ。いつだったか、大神さんにお弁当作ってたじゃない。十分、上手だったもの」
「いえ、あたしなんて、そんな……」
せりに言われて謙遜するさくら。実際、大神は喜んでそれを食していたのだから十分だろう。
そしてせりはせりで、料理上手をほめられたところで複雑だという事情がある。
「それにね、さくらさん。私の場合、ちょっと料理が得意くらいでは意味ないのよ」
「え? どうしてですか?」
不思議な顔をするさくらに対し、せりはさめた顔で苦笑した。
「だって……あいつの方が上手いんだもん」
「あ……」
それで察するさくら。同時に気の毒にさえ思えてくる。
梅里は料理人である。せっかくの長所がこれではアピールポイントにならない。
それどころか、腕の立つ料理人である彼に料理の腕を披露するのは、ある意味怖いだろう。少なくともさくらにはそこまでの自信はない。
「だから、料理ができる、はぜんぜんアドバンテージにならないのよ」
そう言ってため息をつくせりに、さくらは再び近づくと、今度は手を握りしめる。
「わかりました。あたし、せりさんを全力で応援します」
「……え? あの、さくらさん?」
「さくらさん、なんて他人行儀な言い方しないでください、せりさん」
「あなたもさん付けしてるじゃないの……」
「あたしの方が年下ですし、それに、あたしの理想とするお嫁さん像のせりさんのことを尊敬してますから」
「わ、私が理想!?」
驚いたせりは思わず自分を指さす。それにさくらは笑顔でうなずいた。
「はい! 料理や掃除といった家事全般が上手ですし、普段から実質的に食堂を切り盛りしているほどしっかりした経済感覚まで持っていて……なにより一途で健気。本当に私の理想です」
さくらに言われて、せりは愕然とした。
こんなに自分のことを評価して、分かってくれる人がいるなんて──思わず手を握り返す。
「さくらさん……いいえ、さくら。これから私も、あなたと大神さんのこと全力で応援させてもらうわ」
「ありがとうございます! あの、できれば……料理とかいろいろ教えていただけないでしょうか?」
「もちろんよ! 大船に乗ったつもりでいなさい」
大きく、そして力強くうなづいて拳を握りしめるせりが、さくらにはこの上なく頼もしく思えた。
「舌が肥えてる梅里相手ならともかく、大神さん程度なら容易く胃袋掴んでみせるわ!!」
「あの、せりさん? 一応言いますけど、掴むのはあたしですからね? それに大神さん程度って……」
さすがに想う人を「~程度」と呼ばれれば複雑にもなる。
だが、料理という面では大神をは比較にならない難敵を相手にしているせりを味方に付けられたのは、さくらにとって大きかった。
──そんな感じで、花組隊長の大神一郎に想いを寄せるさくらと、夢組隊長の武相梅里に想いを寄せるせり。互いに想う人は競合しないので相互協力の協定を結んだ二人。
意外と独占欲が強く嫉妬深いという共通点を持っているのも仲間意識を持った理由の一つかもしれない。
お互いに話したのをきっかけにこの同盟が結ばれたのだが──もちろん、他の人はそれを知らない。
「──それに、同じ日に花組へ新人さんが来るので、その歓迎会をやろうと思いまして……」
「いいアイデアね。さくらも料理出すの?」
「あ、あたしは……ちょっと迷ってます。だって……」
さくらはチラッと梅里を見る。
「うん?」
その視線を受けて戸惑う梅里だったが、せりは意味を察したようでため息をついた。
「確かに、一緒に並んでいたら、どうしてもこの人の料理と比べられることになるものね」
「……そういうことです」
さくらからちょっと恨みがましい目で見られ、梅里は頬を掻いて苦笑する。
さすがにこればかりは仕方がないし、料理人の一家に生まれた身としても素人に負けるわけにはいかないという事情が梅里にもある。
「それなら、彼からアドバイスを受けて数品作ってみたら? 腕を上げる貴重な機会にもなるし、それを食べて美味しいって言ったときに「実はあたしが作りました」って言えば、胃袋掴めるんじゃない?」
「せりさん! それ、すごくいい考えですね!」
盛り上がる二人。
一方で梅里は蚊帳の外な空気に苦笑を浮かべ──それに気がついたせりは我にかえって、話しかける前に言っていた彼の言葉を思い出す。
「それで主任、いったいなにが問題なのよ?」
「いや、歓迎会でケーキを用意したいらしいんだけど、今から外注するにしても……間に合うかな、と思って」
「あ~、それは……」
せりも困った顔になった。
今までも、花組メンバーをはじめ、帝劇で働く者の誕生会等でケーキを出したことがあったが、それは全部、知り合いの洋菓子店に外注していた。
というのも、梅里は修行した洋食と実家の和食は作れるが、洋菓子はもちろん菓子類は完全に門外漢だからだ。
それは煮物や揚げ物を得意とする他の厨房メンバーも同じであり、得意にしている者がおらず、専門で担当する者もつけずに外注していた。
「確かに今からじゃ、間に合わないかも」
せりもそれを認めて困り顔になるが、他にあてはない。
そのため──
「──で、私のところにきたのですか?」
特徴である半眼の目で来訪者であるせり、さくら、梅里をジロリと見つつも、困惑顔を浮かべたのは夢組錬金術班支部付副頭の大関ヨモギである。
普段は銀座の帝劇本部ではなく、浅草の花やしき支部で勤務している彼女だが、今日は運良く応援で帝劇食堂を手伝い、厨房で勤務していた。
「あいにくですが、私が作れるのは和菓子くらいですよ。それも団子や草餅といったものです」
それも無理もない話で、ヨモギが得意にしているのは薬草やそういった効果を持つ野菜を組み合わせた薬膳料理だ。
和菓子ならかろうじてそういうものを練り込んだりするが、洋菓子にはそういうものはなく、やはり専門外である。
「真宮寺嬢が求めているのはそういった
ヨモギに言われ、気まずそうにさくらがうなずく。
「はい。大神さんだけならそれでも大丈夫だったかもしれませんけど、花組の新人は外国の方ですから……」
「へぇ、そうなんだ?」
意外そうな顔をしたのは一緒に来ていた梅里だった。
「確かに、日本の味に慣れていない人や興味を持っていない人に和菓子は厳しいかもなぁ。せっかく歓迎するんだから花組の新人さんも喜んで欲しいよね」
和菓子と洋菓子では甘さの質が違う。洋菓子で慣れている人に和菓子の甘さは慣れていない分、ハードルが高くなってしまう。
梅里はそれを危惧したのだが、突然、さくらが梅里に詰め寄った。
「……いえ、武相主任。あなたは花組の新人よりも、もっと近くで支えてくれる人に目を向けるべきですよ!」
「ちょ、ちょっと、さくら。話が脱線してる」
突然言い出したさくらにあせるせり。
「あ、すみません。つい……」
表情を一転し、気まずそうに苦笑するさくら。
それに呆れたように半眼で見つめたヨモギは、ため息をつく。
「色恋の茶番は
「ええ、そうなのよ」
そう言って困り顔になるせり。
「ふむ……本部勤務になって間もないから知らないかもしれませんが、
「舞って……越前さん?」
梅里の確認にうなずくヨモギ。
「ええ、ハラスメントで北海道に
「えぇ!?」
驚くさくらに、すかさず梅里とせりが訂正する。
「いやいや、妙な捏造をしないでよ、ホウライ先生」
「事情を知らないんだから、さくらが信じちゃうでしょ?」
「苗字の最後と名前を合わせて「ゼンマイ」と呼びニックネームを強要するというハラスメントですから間違っていないと思いますが……話が脱線しました。ともかく舞なら洋菓子も作れるはずですし、腕も確かです」
「へぇ……ヨモギがそこまで言うなんてね。でも舞って腕のいいエンジニアな感じだったから、なんだか意外かも」
せりが言うのも無理はない。越前 舞という隊員の印象を聞かれればほぼ全員が「機械バカ」と答えるくらいに錬金術班では工学系の専門家である。
元々は支部にいたのが今回本部勤務になったのも、新型霊子甲冑開発のために夢組錬金術班の
「意外じゃありませんよ。釿さんも李嬢も天才肌の思いつき型ですが、舞はそんな彼らの高度な要求にもきちんと応えられる職人です。その仕事の正確さから、容量ややり方をきちんと守り、正確に真似るのが得意なようですよ」
ヨモギによれば几帳面な性格の彼女は、それゆえに菓子づくりを趣味として始め、凝り性なためにかなりの腕前になっている、とのことであった。
「もっとも、私は天才肌な上に職人気質の“失敗しない”超天才、ですが……」
「──じゃあ、舞さんのところに行きましょうか」
胸を張るヨモギを放置して去ろうとするせり。
「……白繍嬢。最近、私の扱いがぞんざいすぎやしませんか?」
「そう? 2年も付き合えば、さすがに慣れるわよ」
そう言い残してせりは梅里とさくらを連れてその場を去る。
さくらだけが、去りつつも寂しげにその場に残るヨモギを気の毒そうな目で見ていた。
「──は? 私ですか? 無理ですよ、無理無理!! 絶対無理ですから」
梅里とせり、それにさくらからケーキ作りを依頼され、越前 舞は首と顔の前に挙げた手を横に何度も振った。
「だって私、素人ですから! 料理人の隊長や他のメンバーとは違うんですから」
「いや、釿さんやコーネルだってプロの料理人じゃなかったんだけど?」
梅里が言うと、せりも「うんうん」と頷く。
二人の、それぞれ煮込み料理と揚げ物が得意という才能を見いだしたのは梅里であるが、きちんとした料理の修行をしたわけではない。
さらにせりが頼み込む。
「あなたが洋菓子を担当できるようになれば、うちの食堂の弱いデザートを強化できるとも考えてるし、試しに作ってくれないかしら?」
「え~……」
あきらかに乗り気ではない舞。
それもそのはず、彼女にとって菓子づくりとはあくまで娯楽であり、息抜きであり、数少ない趣味だ。それを業務とされてしまうのは困る部分もある。
その上、本業の夢組錬金術班の仕事にプライドを持っているので、趣味として片手間でやっているものを“仕事”扱いされるもの困るのだ。
「あたしからもお願いします。一度だけ、歓迎会のときだけでいいので……」
さくらが両手を合わせてお願いをする……が、舞は「うん」とは言わなかった。
「やっぱり無理です」
渋る舞。そこへ、梅里が彼女の目の前にノートをスッと出す。
「……え? これって……」
「とある有名洋菓子店の人気ケーキのレシピ」
そう言って梅里が挙げた店名は、せりもさくらも舞も知っている帝都で評判の有名店だった。
「それって、なかなか手に入らなくて有名な名店じゃないの!?」
「あたしも一度だけ差し入れで食べたことがありますけど、すごく美味しかったんですよ」
「主任、そんなものをどうやって?」
「ちょっとつき合いがあってね。お互いの料理を認め合って、互いにレシピを見せ合ったんだよ」
悪戯っぽく笑みを浮かべる梅里。
「洋食屋と洋菓子店で業種も違うし、お互い完全再現されない自信もあるからね」
調理技術と、レシピには書いていない隠し味。それのせいでまったく同じものはできあがらないものの、それでも近いものはできあがる。そんなレシピである。
それをお互いに交換したのだ。
「主任、雑誌で見ましたけど……あそこのパティシエって確か、女性ですよね?」
「え? ああ、うん。そうだけど──ッ!」
ジト目で確認したせりが、こっそり背中をつねる。
死角になっていた舞は不思議そうに梅里を見たが、誤魔化すように笑みを浮かべて梅里が言う。
「これ……作ってみたくない?」
「う……」
彼の囁きに舞は職人魂をくすぐられる。
これが、舞がプロのパティシエであればプロ意識から逆に突っぱねたかもしれないが、素人であるがゆえにプロのレシピを再現してみたいという欲求が押さえられなくなっていた。
「まぁ、イヤなら別にいいけど──」
「あ……」
梅里が引っ込めるよりも前に、舞は思わずそのノートを掴んでしまう。
そして意地悪く笑みを浮かべる梅里と目があった。
結局、そうして再現したケーキは思いの外に美味しくできあがり、花組の歓迎会に出されることとなった。
──こうして、釿哉の穴埋めとして食堂勤務になっていた越前 舞はデザート担当という新たな地位を担うことになった。
【よもやま話】
さくらがせりの応援をする、というのは本当は前作の正月の話あたりに入れようと思っていたら、それどころではない醜態の展開になってしまい、入れはぐれていた設定です。
ちなみに他のせり推進派はカンナ。かずら推進派がすみれと椿。しのぶ推進派はアイリスとマリアです。
アイリスがしのぶを推す理由は少し先で出てきますのでもう少しお待ちください。
他のキャラは……織姫は─3─でわかりますが、なし崩し的にかずら派ですね。時間軸的にはまだ登場してないレニは登場後も興味なしでしょう。
椿はかずら派と書きましたが、由里は面白がって見ているだけ。かすみも現時点では完全に傍観者になってます。