サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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 ──話は、帝国華撃団司令である米田(よねだ) 一基(いっき)が大帝国劇場に復帰してすぐのころに戻る。

◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 長期間、離れていた支配人室に戻り、米田がその椅子の感触になれてきたころ──部屋の入り口がノックされた。

「誰だ?」
「梅里です」

 やってきたのは夢組隊長の武相(むそう) 梅里(うめさと)。米田同様に、敵の襲撃を受けて一時は命が危ぶまれるほどの負傷をし、最近まで入院していた。ただ、米田と違ってまだ隊長として、また普段の顔である食堂主任としては復帰はしていない。
 負傷したのも一日違いなら、復帰したのもほぼ同じタイミングという奇縁に苦笑していると、梅里が部屋に入ってきて一礼した。
 梅里の挨拶を受けると、米田はニヤリと笑みを浮かべた。

「記憶、戻ったそうだが……大丈夫か?」
「はい。ご心配をおかけしました」
「まったくだぜ。あのとき、お前が意識不明と聞いて心底驚いたんだぞ。お前の祖父に顔向けできねえってな」

 気が動転するあまり、自分の護衛を捜査に回す──今にして考えれば、なぜあんな冷静さを欠いた指示を出したのか──という愚を犯し、結果、自分が狙撃されてしまった。

「ま、おかげで他のヤツら、特にお前以外の隊長連中には軒並み迷惑をかけちまった」
「それは……僕も同じです」

 そう言ってうつむき加減になる梅里。

「それと……もう一人、特に迷惑かけた人がいる。オレも……そして、お前も、だ」
「もう一人?」

 疑問に思った梅里が顔を上げるのと同時に、再び支配人室のドアがノックされる。

「お、丁度いいタイミングで来たな。入ってくれ」
「──失礼します」

 ドア越しに聞こえたのは女性の声だった。一瞬、場所と話していた内容から、自分の看病をしてくれたという風組の藤井(ふじい)かすみかと思ったのだが──入ってきた女性の顔を見て、そんな考えがぶっ飛んだ。

「あ、う……あなたは…………」

 米田の前というのも忘れて、驚き、そのあまりに身動きがとれなかった。
 そんな梅里の横を通り過ぎ、彼女は米田の座っている椅子の横に立つ。

「そんな、はずは……まさか……あやめ、さん?」

 唖然としている梅里に、苦笑を浮かべる女性。
 その顔は、まさに梅里が名前を出した女性──帝国華撃団副司令として黒之巣会との戦いを勝利に導いた──藤枝(ふじえだ) あやめとまさに瓜二つだった。
 だが、そんなはずはない。と梅里は心の中で否定する。
 あやめはその後の降魔との戦いの中で、首謀者である葵 叉丹によって上級降魔・殺女(あやめ)にされて華撃団の敵となり──梅里は直接戦わなかったものの、最期は聖魔城の中で改心しかけたところを叉丹に殺されたと聞いている。
 その後は、サタン復活に際してミカエルとして蘇ると、道中で力尽きた花組の面々を復活させて戦いを勝利に導き──巨大降魔との戦いで命が尽きかけていた梅里の蘇生に手を貸した……と梅里は思っている。夢かどうか定かではない世界で、鶯歌と共にいるところを会ったが、あれは夢ではないと自身が感じているからだ。

「ウメ、紹介しよう。帝国華撃団副司令・藤枝()()()、だ」
「藤枝……かえで?」

 呆気にとられるように彼女の顔を見る。
 どう見て見あやめと全く同じ顔──髪型だけは、長い髪を結い上げていたあやめと違い、セミロングの髪を切りそろえている──の彼女にはさすがに驚きを隠せなかった。

「オホン」

 米田がわざとらしく咳払いをしたのでハッとして梅里はあわてて敬礼する。
 それに応えるように、かえでが敬礼した。

「藤枝かえでです。以後、よろしくね。武相梅里くん」
「は、はい……」

 敬礼を下ろすのも忘れて額付近に手を挙げたまま返事をする梅里。

「かえでは、あやめの妹でな。そっくりで驚いただろ」
「はい……驚きました」

 愉快そうに笑みを浮かべる米田に対し、梅里は苦笑を浮かべた。

「他の隊長達と同じように、あなたのことも姉さんから話を聞いていたけど……やっぱり聞いていた通りの人ね」
「? それはどういう……」
「民間登用というのもあるけど、隊長の中で一番、優しい心の持ち主……そう、姉さんは言っていたわ」
「は、はぁ……」

 それを肯定するわけにもいかず、梅里は困ったように苦笑する。
 微笑むかえでの顔は、やはりあやめのそれとまったく同じものだった。

「双子だったのは叉丹じゃなくて、こっちだったか……」
「……? なにか?」

 梅里がかえでの顔を見て、少し前に食堂でした話を思い出していると、彼女は不思議そうに梅里の顔をのぞき込んだ。

「い、いえ、なんでもありません」
「おい、ウメ。あやめにそっくりだが……双子じゃねえからな」
「そ、そうなんですか!?」

 考えを見透かされたように米田に言われて驚いてしまう。
 双子かと疑うレベルにあやめと瓜二つなかえでだが、実際に年齢は二つほど離れていた。
 梅里は一度、気を落ち着かせてから改めて米田と向かい合った。

「それで司令、水戸にいく件ですが……」
「ああ、分かってる。だから食堂や華撃団への復帰は水戸から戻ってからってことにしてある。存分に行ってこい」
「ありがとうございます」
「丁度、劇場も夏休みになるからな。で──」

 米田がニヤリと笑みを浮かべる。

「なんでも、お前と同郷のかすみも、休みを利用して実家に帰省するって言ってるから……どうせなら二人で戻ったらどうだ?」
「えっ!? な、なんで……というか、どうして知っているんです、司令?」
「ん? 知っているって何をだ? ウメ」

 さらに、からかうように笑みを浮かべる米田。
 梅里が答えに窮していると、苦笑を浮かべたかえでが間に入る。

「司令、あまりからかうのはよくありませんよ」
「悪いな、かえで。入院生活が長かったもんで娯楽に飢えていたんだよ」

 笑ってごまかす米田。話題が変わったことにホッとした梅里だったが、今度はかえでがその彼に話を振る。

「それと梅里くん、実家に戻るのは構わないのだけど、その前に一つお願いしたいことがあります」
「な、なんでしょうか……」
「去年と一昨年、神社の夏祭りを手伝ってもらったと思うんだけど……間違いないかしら?」
「ええ、せりと一緒に下町の……」

 かえでの確認にうなずくと、彼女は笑みを浮かべる。

「その神社から、今年も手伝いの依頼が来てるから、せりを連れて行ってきて頂戴」
「は? え? だって……まだ華撃団に復帰したわけじゃないし、それに手伝いだけならせりだけでも……」
「命令だ、ウメ」

 見かねた米田が口を開く。それに続いてかえでも申し訳なさそうな顔で付け加える。

「どこで聞きつけたのか、東雲神社の神主一家や氏子の方達も、あなたの負傷を心配して、問い合わせが来ていたのよ。彼らを安心させるためにも、顔を出してあげて」
「一昨年のように稽古の必要はないから一度顔を出すだけでいい。いってこい」
「そういう事情では……わかりました」

 おそらくは、食堂の料理等から梅里が長期間いないのが話になってバレたのだろう。
 自分のことを心配してくれた──心配をかけてしまったのだから、顔を見せなければならない、と思った梅里は米田の、そしてかえでの指示通りに、下町の神社へと向かうことにした。

◆  ◇  ◆  ◇  ◆


「Oh! これが日本のお祭り(フェスティバル)なのね?」

 東雲神社の長い階段の前に並んだ屋台の前を通りながら、カーシャ──アカシア=トワイライト──が、準備している人達を見たり、聞こえてくる祭り囃に耳にして楽しげに言った。
 普段とは違うその空気。祭りの熱気を帯びているのにあてられたのか、カーシャも興奮気味で、すでに階段を登っている。
 そんな彼女に続いた梅里が階段を登りつつ苦笑混じりに見上げていると──

「そう、よ……」

 ポツリと傍らから声がする。
 振り向くと、そこには白繍(しらぬい)せりがいた。梅里よりも少し下がった位置で、同じように階段を登ろうとしていた。

「せり……大丈夫?」
「なにが?」

 梅里が問うと、彼女はうつむいたまま問い返してきた。

「なにがって……」

 明らかに変だった。去年や一昨年の彼女は、今年と同じような夏の暑さの中でも梅里を先行して登りきり、逆に待っているくらいの意気込みだった。
 どちらかと言えば今のカーシャのノリに近かった。神社の娘である彼女にしてみれば、祭りは毎年の恒例行事で盛り上がるものという認識があって興奮していた──と梅里は思っていたのだが……。
 それに、性格的にも勝ち気である彼女が大人しいのは、違和感よりも体調不良を心配してしまう。

「あまり元気がないみたいだし……」
「そんなこと……ないわ」

 まったく説得力のない反応が返ってくる始末。
 梅里が困ったように頬をかいていると──

「ほら、レッツゴーよ、ウメサト」

 笑みを浮かべたカーシャが戻ってくると、梅里の腕を掴んで先を促し、駆け上がる。
 その強引さに戸惑い、そしていつもと違うせりに後ろ髪を引かれながら──梅里は残る階段を一気に駆け上がらせられた。
 境内には大きな桜の木──千年桜、と呼ばれているらしい──があり、それを取り巻くように、屋台が出ている。
 それらを取り巻いて多くの人達が準備に追われているが──そのどれもが楽しげであり、興奮していた。
 その様子を呆然と見つめるカーシャ。

「すごい熱気だろ?」
「──え? ええ、そうね。人がいっぱいいて……」
「ああ。多くの人達が一生懸命動いている。ある人は屋台の準備、ある人はお囃子や太鼓の練習、それらを楽しみに集まる人達がいて──」

 梅里は境内の奥──拝殿付近にいた人達に目を向ける。

「──もちろん、神事を取り仕切る人達がいる。その誰もが、願いは一緒なんだ」
「願い?」

 思わず梅里を振り返るカーシャ。

「ああ。この祭りを成功させること。その願いは、ここにいる人達だけじゃない」

 後ろ──登ってきた階段の下には他にも屋台や、神社を目指して集まり始めている人々が見える。

「本当に多くの人達が、この祭りを楽しみにしている。それを成功させるために、いろんな人達ががんばっている」
「祭りの成功のために……」

 カーシャもまた梅里同様に視線を周囲に走らせていた。
 準備する人も、集まってきている人達も、老いも若きも、男も女も、皆楽しげに笑みを浮かべている。

「でも、皆それを苦痛に思ってない。これだけの人を笑顔にできるのは、とてもスゴいことだと思わない?」
「そうね……」

 気の早い若い衆が祭り囃子に合わせて踊っているのを眺めつつ、カーシャは頷いた。
 ただ梅里は──それがなぜか少し寂しげに見えた。
 そんな彼女に声をかけようとしたが──

「お~?」

 ──という足下からの声で止められてしまう。
 見ると、小さな女の子が梅里を見てやってきていた。

「オッサン、誰?」
「お、おっさん……」

 人知れずオッサンと呼ばれて傷つく梅里。
 それに気づいたカーシャが思わずクスクスと口元を隠しながら笑うのが見えた。

「だーれ!?」

 そう言ってまとわりついてくる小さな女の子。
 見た感じまだだいぶ幼く、2歳か3歳くらいだろうか……

「アタシ、初穂っていうんだ!! オッサン、だれ!?」

 その名前を聞いて、梅里はピンときた。

「ああ、あの初穂ちゃんか。久しぶりだね」

 初穂というのは神社の神主夫妻の娘だった。2年前初めて来たときには巫女をつとめる奥さんに抱かれて、彼女の代わりに神楽舞を奉納することになったせりの稽古の間、梅里がその面倒を見たりしていたのだ。
 昨年も顔を出したが、そのときは奥さんが奉納舞をできるくらいに余裕ができていたし、せりも一応できるようにと再び確認はしていたが、最初の時のような稽古はなかったので何度も足を運ぶこともなかった。
 もちろんそのときも顔を合わせているのだが──幼児にそこまでの記憶力はもちろん無く、梅里を覚えていなかったのである。

「知らない。誰?」
「あ~、えっと……」

 初穂がいるならその両親がいるだろうと、周囲を見渡すが見あたらなかった。

「お父さんとお母さんの知り合いだけど……近くにいないのかな?」
「うん。アタシ、さくらを追いかけてきたから……」
「さくら?」

 その名前を聞いて、思わず花組の真宮寺さくらを思い出しながら、「ここに来ているわけ無いよな」と思いつつ、初穂が指した方を見る。
 そこには初穂よりもさらに幼い女の子が、不安そうにこちらを見ていた。

「あ、う……」

 不安そうに見上げる視線に、梅里はしゃがんで視線を合わせて笑顔を浮かべる。

「こんにちは」
「こ、こんにちは……」

 梅里の挨拶に人見知りでおびえつつも、挨拶を返してきた。

「キミ、さくらちゃんっていうの?」

 梅里の問いに、何度も頷く。

「そうか。奇遇だね、僕はウメってよく呼ばれててね」
「梅?」
「そう、梅の木のウメ。キミの名前が桜の木の「さくら」と同じように、ね」
「梅……桜……」

 言われて頭の中を整理しているのか、何度もそれを繰り返し口にするさくらという子。

「よろしくね、さくらちゃん」

 梅里が笑顔で言うと……一瞬戸惑ったような顔を浮かべたが、その笑顔につられて彼女も笑顔を浮かべ──

「うん。よろしく、ウメ……さん」

 と言い、梅里が出した手を握る。
 その瞬間──


「──ッ!?」


 悪寒が梅里を襲った。
 思わず体が動き、目の前にいたさくらと、近くにいた初穂を守るように抱え、周囲の気配を探る。

「今のは……?」

 明らかな殺気だった。
 まさかまた鬼王が……という不安が頭をよぎるが、あのときと違い、今の気配は一瞬で消え去っている。
 その殺気を感じた方を向き──梅里は絶句する。

「せ、り……?」

 そこには、階段を登りきり、うつむき加減でこちらを見ているせりの姿があった。

(なんで、せりが……)

 梅里が浮かんだ疑問を深く考えようとしたところで、抱えていた幼女二人が大声で泣きはじめたので我にかえる。

「あ、いや、ゴメンね、二人とも……」

 慌てる梅里。急に抱き抱えたから泣いてしまった、と梅里は思ったのだが、実際には二人ともその強烈な気配を叩きつけられたのが原因だった。

「ウメサト、今のは……」

 近くにいたカーシャが寄ってくるが、その梅里が泣きわめく幼女二人に苦戦しているのを見て、思わず足を止める。
 彼女もまた、子供をあやすのは苦手だった。

「どうしたの、初穂。それにさくらちゃんまで……あら、梅里君じゃないの」

 そう言いながら現れたのは初穂の母親だった。

「あ、どうも。すみません、どうやら二人とも泣かせちゃったみたいで」
「いえいえ、こちらこそご迷惑をおかけしたみたいで……あら?」

 カーシャを見て、初穂の母が動きを止める。

「今年は、せりちゃんじゃないの? ひょっとして喧嘩でもした?」
「いえ、来てますよ。彼女は日本の祭りが見たいと言ったので連れてきたんです」

 梅里が言うと、カーシャは流暢な日本語で自己紹介をしながら挨拶をする。それに丁寧に返した彼女は、再び梅里の方を向き──

「なるほどね……まったく、せりちゃんから乗り換えたのかと思ったわよ」
「あら、アタシはそれでも全然構いませんケド」

 そう言って悪戯っぽく笑みを浮かべるカーシャ。

「あっはっは……モテモテね、梅里君」

 そう冷やかされている間に、せりも気がついたようで、こちらへと歩いてきていた。
 それに気がついた神社の奥さんは、初穂とさくらをあやしながらせりに挨拶をした。

「ゴメンなさいね、せりちゃん。こんな時期にまた来てもらって……なんでも梅里君が大怪我したっていう噂が流れたから氏子の人達も心配して、二人とも呼んでくれって言われちゃって……」
「いえ、大丈夫です」

 言葉少なげに、そしてはかなげに笑みを浮かべるせり。
 元気のない彼女が、泣いている初穂とさくらを見つけると、しゃがんで視線を合わせ──

「こんにちは」

 挨拶をすると、二人とも一時的に泣きやんでせりを見て──再び盛大に泣き始める。
 泣かした元凶が近くに来たのだから当然なのだが、梅里も初穂の母もそれがわからず、せりがあやせなかったことに驚いていた。
 そこへ──

「ごめんなさい、気がつくのが遅れて──」
「いいのよ。気にしないで、ひなたさん」

 もう一人、女性がやってきてさくらを抱きしめてあやしつつ、ふと梅里の方を見る。

「あら……あなたは?」
「武相 梅里と申します。すみません、さくらちゃんを泣かせてしまったようで……」

 ひなたと呼ばれた、梅里と同世代くらいの女性がジッと彼を見つめる。

「いいえ。あなたが原因ではないのでしょう? あなたは……さくらを守ろうとしてくれた、違いますか?」
「それは……そうですけど、結果的には……」

 口ごもる梅里に対して、ひなたは首を横に振る。

「ありがとうございました。それに──」

 梅里に礼を言った彼女は、今度はせりの方を向き──少し驚いたような表情になった。

「あの……大丈夫ですか?」
「え? あ……ひょっとして、私、ですか?」

 戸惑いながらも自分を指すせりに、ひなたという女性は頷く。

「だいぶ、御無理をされているようですし、それに体調、いいえ霊力中枢が……」
「あの……わかるんですか?」
「はい、多少は。だいぶ霊力の流れが悪いようですので、くれぐれも気をつけてください」

 心底心配するひなたという女性に、せりは恐縮しながら礼を言っている。
 その姿を見つつ、梅里は先ほどの、悪寒を感じたときのせりの様子を思い出し──

(明らかにおかしいけど、僕も一度水戸に帰らないといけないしな……)

 一度、帝都を離れるのは禁忌を破ったことを実家に報告し、罰──場合によっては破門──を受けなければならないからだ。
 それともう一つ──支配人室に行った直後に、月組隊長の加山から「花組が旅行に行っている間、お前も帝都を離れていてくれ」と頼まれたというのもある。
 この祭りから戻ればすぐ──明日にでも水戸に出発しなければならないのだが、このせりの様子に、梅里は不安を感じないわけにはいかなかった。


 ──そして、梅里は戻った実家で祖父から課題を与えられ、考えていたよりも長期間、水戸にとどまることとなった。




第3話  雷光、闇夜を切り裂いて……
─1─


 梅里が水戸から戻ったころには、月が変わって九月となっていた。

 夏休みはとっくに過ぎ、帝劇は秋公演の「青い鳥」の稽古が始まっている。

 

「はぁ……」

 

 帝劇の出入口玄関まできた梅里は思わずため息が出た。

 本来ならもっと早く戻ってる予定だったのだが──破門を回避するために出された祖父からの課題に手こずってしまったのだ。

 おかげでお盆明けには帰ってくるはずだったのだが、それをゆうに通り過ぎていた。

 

「絶対、せりに小言を言われる……」

 

 もちろん事情は説明してある。

 同じ茨城の実家に帰省するついでに、「病み上がりで心配だから」と梅里の実家までついてきてくれた藤井かすみには、事情を説明して遅くなるかもしれない旨を伝えていた。

 それを伝え忘れるような彼女ではないし、梅里自身もあらためて電話で連絡している。

 

「でもなぁ……宗次も怒っているだろうしなぁ」

 

 隊長代行になっていた副隊長の(たつみ) 宗次(そうじ)はおそらく一番迷惑をかけた相手だろう。

 隊長代行としていろんな問題を対処していたせいで胃痛を発症させてしまったらしい、という噂も聞いていたのに、さらに負担をかけてしまったのだ。

 非常に気まずいが──とにかく、帝劇前で悩んでいても仕方がない。

 梅里は決意して帝劇の中に入る。春先の時とは違い、誰も迎えに出るものはなく、そのまま食堂……の前を通り過ぎようとしたところで──

 

「あの、お客さん!! ちょっと!!」

 

 ──と、声をかけられた。

 

「……僕?」

 

 思わず振り返りながら自分を指さすと、声をかけてきた相手──売店のカウンターのところにいた、まだ幼さの残る女の子が頷く。

 

(あれ? 椿ちゃんではない……誰だろ?)

 

 梅里が疑問に思っていると、髪をお団子にしてまとめ、変わった形の髪飾りをつけた彼女は、意を決したように口を開いた。

 

「その先は、関係者以外立ち入り禁止なんです!!」

「え? ああ。知ってるけど……」

 

 そう言って梅里が前を見て、さらに踏みだそうとするが──

 

「だから! ダメなんですってば!!」

「えぇ……?」

 

 再び止められ振り返る梅里。ウンザリしたようなその視線の先で、先ほどの女の子が明らかに怒っていた。

 

「関係者以外は入っちゃダメって言ったじゃないですか!」

「いや、僕は関係者なんだけど……」

「そんな! 私、見たことありませんよ、あなたのこと」

「うん、僕もキミのこと見たことないからね」

 

 しばらく無言で見つめ合う梅里と女の子。

 どちらも明らかに怒っていた。お互いに、なんて言うことを聞かない人なのだろう、と思って。

 

「語るに落ちましたね。従業員の私を見たことがないんだから関係者じゃないじゃないですか!……不審者が出たら、誰かを呼べって言われてたんだっけ」

「あのねぇ。僕は不審者なんかじゃなくて……」

 

 反論する相手に対し、女の子が意を決して応援を呼ぼうとしたとき──

 

「あら、何の騒ぎですか?」

 

 食堂の奥──事務局のある方からやってきた人影が、事態を打開してくれた。

 

「「かすみさん!!」」

 

 その人影は帝劇の事務局で勤務している藤井かすみだった。。

 しかし彼女は、言い争っていた当事者らしき二人から、同時に名前を呼ばれて戸惑いを隠せない。

 

「聞いてください、かすみさん。この人、勝手に奥に行こうとして……」

 

 一方、女の子の方は万の味方を得たとばかりに強気になり、強い剣幕で訴えた。

 

「それは、確かに困りますけど──え?」

 

 それでかすみはその男の顔を見て、絶句する。

 あろうことか、帝国華撃団の誇る五部隊の長の一人なのだから。

 

「お願いします、かすみさんからも注意してもらえませんか?」

 

 その娘にしてみれば、若者が年若い自分をバカにして言うことを聞かないのだろうと思っていたのだ。かすみのような大人の女性から言われれば、さすがに言うことを聞くだろう、と。

 だが、かすみにしてみれば言えるわけがない。

 その人のことはよく知っているのだから。

 いまやかすみにとっては、ただの同じ職場で働く仲間よりも、少し進んだ思いを抱いている相手でもある。

 

「かすみさん。お久しぶりです」

 

 一方、梅里はかすみの姿を見て安堵していた。

 梅里にしてみれば、ちょっと帝劇を離れたら、いつの間にか売店の売り子が椿ではない見知らぬ誰かになり、その人から部外者扱いをされているのだ。

 らちのあかない相手ではなく、きちんと話が通じる相手が出てきたのはホッとしたし、それがかすみであればなおさらだった。

 

「これは梅さ……主任さん。帰っていらっしゃったんですね」

 

 かすみは梅里をじっと見つめながらそう言うが──梅里は少し違和感を感じていた。

 

(あれ? かすみさんって……こんなにハッキリと、じっと相手を見つめて話す人だったっけ?)

 

 とは思ったが、梅里もかすみに見つめられて悪い気がしないのも確かだった。

 

「はい……あ、あの、すみませんでした。修行しなければならなくなった件、伝えてもらったようで……」

 

 戸惑いながらも、満更でもない感じで梅里が返すと──かすみは微笑みを浮かべる。

 

「い、いえ……あれくらい、大丈夫ですよ。むしろ、修行お疲れさまでした。大変でしたね」

「あ、ありがとうございます……」

 

 慈愛に満ちたその微笑みに梅里は──

 

(う~ん、普通に優しい人ではあったけど、前はもう少し形式的な対応だったような……)

 

 ──と、なんともニブい反応なのは、今は亡き幼なじみから比較的ストレートに好意を伝えられることに慣れてしまっていたことの弊害だろう。

 だが、売店の女の子は「あれ?」と眉をひそめ、考える。

 やがてふと思いつくと──

 

「──ひょっとして、かすみさんの彼氏さんですか?」

 

 ド直球の危険級を投げてきた。

 

「は、はいィッ?」

 

 突然横からやってきた剛速球に梅里が戸惑っていると、それ以上に戸惑っているかすみが説明を始めた。

 

「そんな……つぼみちゃん! 違うのよ。この人はその……えっと、そう! 通していい人なの」

 

 普段のかすみからは考えられないほどザックリした説明が、彼女の口から飛び出していた。

 もちろんそんなことでつぼみと呼ばれた娘が納得するわけがない。オマケにかすみから彼女の「彼氏ではない」とのお墨付きをもらったので遠慮がなくなる。

 

「え? なんでですか? 今日は来賓が来るなんて聞いてませんよ。そもそも、とてもそうは見えませんし……」

 

 つぼみと呼ばれた娘が不思議そうに首を傾げた後に、梅里を不審そうに見つめた。

 

「……この人が、そんな偉い人には見えません」

「え? いえ……そ、そんなこと、ないんじゃないかしら……ほら、勇ましく指示を出したり……」

「かすみさん、それはありませんって。大神さんみたいな人なら分かりますけど、苦笑いしたり困惑ばかりしてるように見えますし……なんというか、勇ましいと言うよりも、頼りないイメージが強いですよ」

 

 直前まで言い争っていた興奮からか、つぼみの口からは遠慮のない言葉が飛び出し、梅里をえぐっていく。

 それを横目にさらに慌てたかすみだったが──やっと正解の説明を導き出した。

 

「あのね、この人は……関係者なんですよ。食堂主任の──武相 梅里さん」

「え…………」

 

 かすみが梅里の名前を出して説明すると、売店の女の子が動きを止めた。

 

「──え? 武相 梅里、さん? この人が?」

 

 つぼみと呼ばれた店員の女の子が、思わずかすみを見て確認すると、彼女は頷いて肯定した。

 

「食堂主任で……夢組隊長の?」

 

 各組の隊長の名前くらいは覚えているらしい。梅里の名前を出されてピンときたように見える。

 再びかすみが頷く。しかしさすがにこの公の場で秘密部隊である帝国華撃団の名を出したので眉をひそめていた。

 だが──それに気がつくことなく、つぼみという店員は慌てて頭を下げた。

 

「す、すみませんでした~!!」

 

 平身低頭で謝るつぼみ。その間にかすみが苦笑しながら事情を説明し始めた。

 

「帰ってきて早々、すみませんでした、武相主任。彼女は、出張にいった椿の代わりに戻ってくるまで売店の売り子をする野々村つぼみさん。養成機関の乙女組に所属してるから、まだ分からないことも多くて……」

 

 かすみのフォローにコクコクと何度も頷いたつぼみは深く深く頭を下げる。

 一方で、梅里もそれで納得した。養成機関からの研修なのだろう。乙女組であれば、夢組隊長の梅里の顔は知っていなくとも、名前くらいは聞いているだろう、と。

 

 ──実際のところは、梅里は昨年辺りから何度か乙女組へ、指導のために訪れているので顔は売れているのだが、つぼみが気がつかなかっただけである。

 

 ともあれ、知らなかったとはいってもあの態度は誰がどう考えてもマズい。完全な不審者扱いをしていたのだから。

 戦々恐々とするつぼみだったが──梅里は気にした様子もなく

 

「乙女組……ってことは、かずらの後輩?」

 

 共通の話題になりそうなことを訊いてきた。

 

「は、はい! 伊吹先輩のことは知ってます! ……先輩が私のことを知っているかは自信ないですけど」

 

 少ししゅんとしてうつむくつぼみ。

 そんな様子を見て、彼女は悪い子じゃないんだろうな、と梅里は思った。真面目なので、梅里を不審者と思いこんでしまい、こんな騒動になってしまったのだ、と。

 

「わかったよ。これからよろしくね、つぼみちゃん」

「あ……はい!」

 

 うつむいていた顔を上げ、つぼみは笑顔でうなずいた。

 ともあれ騒動はこれで解決。そう感じて、梅里は視線を再びかすみに向ける。

 かすみもまた、梅里を見て……視線が合う。

 

(やはり……心優しくて、寛大な人なんですね)

 

 今のやりとりで、他の隊長や幹部クラスなら激怒してもおかしくないような話だが、梅里は最後には笑顔でまとめてしまった。

 

(そういう穏やかな人……でも、いざというときには誰よりも苛烈に怒り、そして誰よりも強く戦う、そんな相反する面を持っているのも──惹かれた理由かしら)

 

 かすみが再び梅里と目が合い、ジッと見つめている。

 梅里もそれに応じて二人が見つめ合おうとした──

 

 

 ──その瞬間、悪寒を感じた。

 

 

 慌てて振り返る梅里。

 前もこんなことがあったと思いながら、圧倒的な気配を感じた方を見て──梅里は眉をひそめた。

 梅里の視線の先にいたのは──人影だった。

 小柄な体躯や体つき、また髪型からは明らかに女性とわかる。

 すっかり落ち込んでうつむき加減になり、目の下にうっすらと隈のようなものができているほどに顔色が悪い。

 それは──白繍せりであった。

 

「え? あれ? いや、えっと……せり、だよね?」

 

 あまりの変貌に戸惑う梅里。

 後頭部付近で二つに分けてお下げにした、その髪型だけは変わらず、それが彼女であると自信を持っていえる唯一のポイント──と思えるほどに変わってしまっている。

 

「──ッ!」

 

 梅里に話しかけられたせりは、なにかに気がついたようで、慌てて逃げるように去ってしまった。

 

「一体、なにが……」

 

 戸惑う梅里に、かすみは気まずそうに口を開く。

 

「最近ずっとあんな感じなんですよ、せりさん。ここ最近で特に顔色が悪くなって……」

「今の、やっぱりせりなんですか……」

 

 信じられないとばかりに頭を左右に振る梅里。その横ではかすみが深刻そうに戸惑いの表情を浮かべている。

 一方、つぼみは──先ほどのせりの圧倒的な霊圧(プレッシャー)によって、泣き出す寸前にまでおびえていた。

 

(ここまで酷くなっているなんて、なんとかしないとな……)

 

 梅里がそう思っていると──首を引っ張られる感覚があり、そのままひょいと持ち上げられた。

 

「え……?」

 

 その感覚に戸惑っていると、梅里を軽々と持ち上げた人が声をかけてくる。

 

「よっ、主任さん。久しぶりだな」

「桐島さん……」

「カンナでいいって言ってるじゃないかよ。それとも、記憶が飛んでそれさえ忘れちまったのかい」

 

 2メートル近い体躯を誇る女性、花組の桐島カンナだった。

 彼女は気持ちのいい笑みを浮かべていたが、まるで猫のように首根っこを掴んでいる梅里に顔を近づけると、それを急に変え──

 

「──主任さん、ちょっと面貸してもらっていいかい?」

 

 明らかに怒っている厳しい目と、ドスの利いた声を梅里に向ける。

 

「かすみも、別に構わねえよな? 主任さんを借りても」

「は、はい……」

 

 梅里もかすみも、その迫力に従わざるを得なかった。

 




【よもやま話】
 タイトルは、第2次スーパーロボット大戦αの主人公の一人、アイビスとその乗機であるアルテリオンのテーマ「流星、夜を切り裂いて」から。
 この曲、大好きです。後半のハイペリオンのテーマ「Ver.H」もすごくいいですし。

 そして前回、早い段階でかえでをチラッと出して、それからすっかり忘れたツケをここでとりました。
 おかげで冒頭の方が─1─本編よりも長くなりました。
 いろいろ、前回は入れ忘れた話が多いので、今回は整理しながら書いてます。
 ……そうしたら、入れなければならないことばかりで長くなっていきました。

 本当なら祭りのシーンから─1─にしたかったのですが、第2話の最後のシーンよりも前にあたるので断念。梅里が戻ってきたところから─1─の開始となりました。
 それと、そういえばこういうキャラもいたなぁ、と思いながらつぼみを出しました。前作から乙女組出してましたし。
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