サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
「……主任さんよ、アレは一体どういうことなんだい?」
食堂やその周辺では目立つから──というわけで場所を中庭に移動したカンナと梅里。
カンナはまるで捕まえた猫のように首根っこを捕まえて連れてきた梅里を、その隅の方でやや乱暴に、落とすようにして解放した。
幸いなことに中庭には梅里が入院しているうちに花組のさくらと大神が連れてきた真っ白い犬がいるくらいで、他に人影はない。
「わかってるのかい? 誰のことを言ってるか、わかるよな!?」
「……もちろん、わかってるよ。せりのことでしょ?」
梅里が答えると、カンナはさらに口調を強くする。
「わかってるなら、なんでッ!!」
その剣幕と迫力に帝劇に入るのが憂鬱だったのはこれを予見してのことだったのか、と半ば本気で思っていた。
そんなカンナだったが急に語気にブレーキをかける。
「……あ、いや、アタイもアンタの事情はわかってるつもりさ。アンタの作るメシがまた食えると思って帰ってきたら、食えなくてガッカリしたクチだからね」
カンナは梅里を認めている。
彼の料理の腕は本物で、洋食と和食に通じているからこそ幅も広い。
だが──カンナが本当にかっているのは、梅里の剣の腕だ。
梅里は強い。
こと近接戦闘技術において花組では最強を誇るカンナ。華撃団全体を見てもそんなカンナの空手に対抗できるのは数少ないが、そのうちの一人は間違いなく梅里だ。
同じく刀の使い手には花組にも真宮寺さくらがいるし、二刀流という違いこそあるが大神もいる。それでも──生身で霊子甲冑と魔操機兵の戦いの中に平然と入り、花組を支援している梅里の実力は間違いなくトップクラス。
その梅里が──敵に襲われて重傷を負った。
しかも多数に囲まれて一斉に攻撃を受けたわけではなく、一対一で追いつめられ、起死回生の攻撃中に狙撃された、という状況を聞いて、カンナはにわかには信じられなかったほどだ。
「──敵に襲われて意識不明だって聞いたときは驚いたもんさ」
だからそのカンナの言葉は、本心から出たものだ。
「幸いなことに、助かってくれて本当によかったと思ってる……あ、いや、メシのこととか抜きにしてだぜ? 同じ華撃団の仲間として、命が助かって、こうして面と向かって話すことができて、本当によかったと思ってる」
そう言って浮かべたカンナの笑みを本当に気持ちのいいそれだった。
「だから、アンタが意識不明の重体になって、その後は記憶喪失になって、それが治った後には実家に詫びに行って、それが長引いてこんな時期になっちまった事情は聞いているよ」
話がのってきて感情が高ぶったのか、カンナの体がわなわなと震えた。
「分かっちゃいるが……だけどせりが、あんな姿になっているのを放置しているのは、あんまりじゃないのか!?」
再びズイと迫るカンナ。
とはいえ梅里も水戸から帰ってきたばかり。せりの今の姿は先ほどチラッと見ただけだ。
正直に言えば、せりの現状をほとんど知らない。
一応、それを説明した上で梅里はカンナに尋ねた。
「せりは、一体どうしたんですか? 僕が水戸に行く前はもう少しマシだった。でも──」
「今のせりは以前とは別人みたいさ。心を閉ざしたみたいに暗く落ち込んでほとんどしゃべろうともしない。かろうじて……食堂の副主任としての責務からか、接客だけはできてるみたいだけど、以前のぜりを知っているお客さん達から見たら、あまりの変わりように唖然としているよ」
「そこまで……」
そこまで酷くなってしまったのか、というのが梅里の感想だ。
あの勝ち気で明るく社交的だったせりが、まるで真逆の性格になっていることに、驚きを感じていた。
「そんなにまでせりがなっているってのに……かすみ相手に鼻の下延ばしてイチャコラしてる場合じゃねえだろ、主任さんよ!!」
激高したカンナの拳が、梅里をまともに捉え、吹っ飛ばす。
誰かが見ていたら青ざめそうなほどな勢いでの一撃であり、吹っ飛びっぷりであったが──倒れた梅里は平然と体を起こした。
(あー、かわいくねえ。あの瞬間、自分で後ろに飛びやがった。まったく、これだから……)
カンナが面白く無さそうに梅里を見た。
せりの気持ちを代弁して怒りをぶつけたはずなのに、当の本人はそれを最小限のダメージでしのいでみせたのだから、気持ちを逆撫でられて当然だろう。
同時に、彼の実力が落ちたから、襲撃されて重傷を負ったわけではないと分かる。
「……僕だって、どうにかしたいと思ってます。せりが、本当はあんなじゃないなんて百も承知ですよ。彼女は確かに嫉妬深いところもあるけど、今までその不満は全部僕にぶつけてきていた。彼女が他人を思いやれる優しい心の持ち主なのは、分かってます」
そこが最近のせりのおかしなところである。
今までは梅里をつねるくらいだったのに、今やかなり攻撃的になっている。
「他人にあんなに攻撃的なせりは、おかしいと分かってるんです」
「なら、早いとこなんとかしてやってくれよ」
カンナの必死の頼み込みに、梅里は大きく頷いた。
「ええ。せりのことは、絶対に元に戻して見せます」
「本当だな? 絶対だぞ? アイツを元に戻せなかったら、さっきみたいな冗談じゃなく、本気のキツい一発を見舞うからな?」
カンナの確認に頷きかながら、梅里は──
(え? あれ、本気の一撃じゃなかったの?)
──と、戦慄していた。
さて、紆余曲折はあったものの、どうにか支配人室へとたどり着いた梅里は、待っていた米田とかえでに帰還の報告を行った。
「やっと帰ってきたか。出発前の話では、許されても破門されてもすぐ帰ってくる、って話じゃなかったか?」
「それが、祖父に課題を出されまして……」
苦笑を浮かべた梅里に対し、米田は渋面になる。
「アイツめ。帝都に危機が迫ってるってのをすっかり忘れてやがるな」
「いえ……おかげで新しい技というか、そういうものも得られたましたから」
「当たり前だ。こんなに時間かけて、何の成果もなしに戻ってこられたんじゃ、こっちが困らあ」
不機嫌そうな米田に、梅里が困っているとかえでが笑みを浮かべてフォローする。
「司令は口ではああいってるけど、本当は嬉しいのよ」
「かえで、余計なことは言わなくていいぞ」
そう言われてかえではチラッと米田を見て、今度は深刻そうな顔になる。
「──最近、黒鬼会の活動が活発になってきていて戦闘も頻発しいているのよ。花組の負担も大きいけれど、夢組の子達も負傷者が出始めているの」
「それは、申し訳ありませんでした」
梅里は頭を下げる。自分の不在が夢組全体の戦闘力を下げてしまったという自覚はあった。
だが、米田がそれを制する。
「構わない……とは言わねえが、お前のことだから、今までの分を取り返す以上に働いてくれると期待しているからな」
「はい。ありがとうございます」
そう言って梅里が敬礼する。それを見た米田は──最初はぎこちなかった敬礼も、ずいぶんと様になるようになった、と思っていた。
そうこうしている間に、梅里はかえでから最近の情勢やデータの資料を渡され、それにざっと目を通していた。
「確かに……ここ最近の戦闘頻度は、ひどいですね」
「そうなの。でも黒鬼会の目的は相変わらず不明で──」
ふと、梅里の資料をめくる手が止まった。
そしてめくるのが逆になって、見返している。そんな様子に気がついたかえではいぶかしげに梅里を見た。
「……梅里くん? いったい何が……」
「レニの霊力……おかしくないですか?」
「──え?」
梅里が資料を見ながらポツリと言い、その内容にかえでは戸惑う。
「レニの霊力出力はもっと高いはずです……あ、この辺りからかな。少しずつ下がっているので短期間での変動は誤差やちょっと今日は調子悪いな、くらいで見過ごされているようですけど、長期的に見ると……明らかに下がってますよ」
レニの入隊は梅里が離脱する直前だったが、だからこそその初期のデータが頭に残っていた。その数値からすると明らかに落ちている。
梅里から資料を手渡されて、慌てて見るかえで。
「この資料の範囲では分からないかもしれません。もう少し前の資料と見比べれば、分かると思います」
梅里に言われて、かえでも資料を思い出す。言われてみれば、確かにレニの霊力はもっと高かったはずだ。
(細かな変化の積み重ねで、すっかり勘違いさせられていた、とでもいうの?)
その変化には違和感を感じた。
仮にレニが何らかの原因で
「……よく気が付いたわね、梅里くん。さすがだわ」
「いえ、現場から長く離れていたからこそ、気がつけたんだと思います」
最新の数字に騙されなかった、というのはまさにそのとおりだろう。謙遜ではなく、そう思えた。
そして、それも含めて梅里は浮かない顔をしている。しかしその主たるその原因は──
「これ、うちの調査班は気が付かなかったんですか……」
「そういうことになるわね」
答えたかえでの表情は厳しい。
「……いつものせりなら、気が付くはずなのに」
ここにも彼女の不調の影響が出てしまっている。それが梅里には悔しくてたまらない。
小さなつぶやきのつもりだったが、かえでには聞こえていたようで、心配そうな顔で梅里を見た。
「その、せりのことなのだけど……彼女が夢組調査班の責任者だから、あなたや米田司令の件の捜査が進んでいないのを、他の組からも本格的に責められ始めているのよ」
「それらの件は、月組との合同特別チームが捜査しているはずでは?」
最初は梅里襲撃の捜査のために組織されたので、月組が主導権を握って行っているはずだった。
しかし夢組も優秀な捜査員である『
しかしかえでは首を横に振った。
「そのことを知っている人は少ないのよ。今回は司令の行動を完全に読まれて襲撃されている。梅里くん、あなたの時も普段とは違う帰宅時間で襲撃を受けているわ」
自分が被害にあったからこそ梅里もそれはよくわかっている。
あのとき、定時に帰れたはずなのに、急な仕事を頼まれて残業したのだ。もしもそれがなく普通に帰れたのなら人通りの多い時間帯になり、襲撃できなかっただろう。
「……
梅里の言葉に頷くかえで。
「それを疑うには十分な状況よ。だからこそ秘密裏に捜査する必要があって特別捜査チームを
「でもそれは……」
せりにとっては酷な話だろう。特別チームのツケを調査班が払っているようなものだ。
そして米田もかえでも──付け加えるなら他の夢組メンバー達も、その精神的な重圧でせりが心を病みかけている、と思っていた。
「せりさんの状態はこちらも把握しています。フォローの必要性はもちろん感じているわ。だから、それを──梅里くん、あなたにお願いしたいの」
かえでの話は、先ほどのカンナとの約束を思い出させていた。
それに──せりの心を本当に救えるのは、自分しかいない、ということも分かっていた。
「わかりました」
梅里が頷くと──ちょうど、ドアがノックされた。
「──誰だ?」
「清流院ですが……お呼びとのことで参上いたしました」
米田の問いかけに、梅里が聞いたことのない声が答えた。
「お、ちょうどいいところに来たな。入れ……梅里も、今の件はくれぐれも頼むぞ」
「は、はい……」
米田が相手の名前を聞くや、話を打ち切ってきたので梅里は「わかりました」と言って退室しようとしたが──米田に止められた。
「オイオイ、勝手に帰ろうとするな。お前がきたから、呼んだんだぞ?」
「はぁ……」
戸惑う梅里をよそに「失礼します」と一礼し、一人の男性(?)が入ってきた。
「ん? んん……?」
梅里が戸惑うのも無理はなかった。
男性──のように見えるが、男装の麗人と言われればそう見えてしまう。
灰色がかった髪の毛は長く、眼鏡の奥にあるその理知的な目はどこか中性的。
顔は整っており美形なのだが──美人という範疇にも入る、清流院という人はそんな人だった。
しかし纏っているのは明らかな軍服であり、それもまたギャップを感じてしまう。
「中将、お呼びとのことで参りましたが……」
(あぁ。男だ、この人)
声を聞いて梅里は結論づける。姿の割に凛々しい男の声だったからだ。
「お前を呼んだのは他でもない。例の件の引継ぎのためだ」
「は。了解しました」
清流院という男が見事な敬礼をすると、米田は梅里をチラッと見る。
「──で、その引継を受ける相手がコイツだ。帝国華撃団夢組隊長、武相 梅里。名前くらいは聞いたことがあるだろ?」
「はい。現在の帝国華撃団の隊長で唯一、軍属でない民間登用の隊長……」
清流院と名乗ったその人は、梅里に向かって微笑を浮かべる。
「そしてその実力は『米田の切り札』と呼ばれるほどに高く、世にも珍しい霊能部隊をまとめ上げている、と聞いているわ」
(──いるわ?)
そんな清流院の語尾に違和感を感じる梅里。
それとは違う意味で、米田は清流院の言葉に苦笑を浮かべていた。
「ま、世間の評判なんてどうでもいい。それでウメ……巽のヤツから話くらいは聞いていると思うが、夢組の役目を一つ、この清流院とその仲間と共有してほしい」
「はぁ……役目、ですか?」
夢組の役目は、意外と多い。
それも霊能部隊という漠然とした肩書きのためか幅広く、結界や霊力を使った調査といった他の組への霊的なサポートから、除霊のような霊子甲冑を試用しないレベルの小規模霊障への対応、予知や過去認知による未来予測や検証、果ては御札や御守りの発行までをこなしており、そのどれを共有するのか、ピンとこない。
夢組の多忙さを考えると、どれだって譲渡しても構わないだろう、と無責任に思っていた。
「魔神器の警護。それをコイツ等に任せようと思う」
「……なるほど。わかりました」
梅里は頷いた。
魔陣器とは──剣、珠、鏡の三つで一揃えの祭具であり、降魔たちの聖地であり城である聖魔城と、それがある失われた大地『大和』を復活させる鍵であった。
もっとも、こちらは先の戦いで帝国華撃団が空中戦艦ミカサを使って攻略し、そちらの能力についてはもはや価値はない。
しかしその力はそれだけではなく、霊力や妖力を増幅する力を持ち、米田たち対降魔部隊が戦ったときには真宮寺一馬が命を懸けてそれを使い、帝都を救っている。
聖魔城関連の件を抜きにしてもその力は強大であり、それが悪しき目的で使われることは絶対に防がなければならない。
その魔神器の存在こそ、夢組の幹部が帝劇本部に常駐している理由であり──予知で魔神器に迫る危機を察知し、結界で守り、霊感を駆使して賊を見つけ、人だろうが
「共に守りましょう。清流院さん」
そう梅里があっさりと言ったので、米田も清流院も意外そうな顔をした。
「……あれ? 変なこと、言いましたか?」
「いえ、お前のことだから夢組の大事な役目の一つと理解しているんだろうが、それにしてはあっさり譲ったと思ってな」
「ええ。武相隊長、夢組にとって大事な役目なのでしょう? 私たちのような新参者がいきなり現れて、その役目を一緒にやれと言われても、納得しないのではなくて?」
先ほど違和感を感じたが、清流院の声はともかく言葉は完全に女性のそれだった。
しかしそれさえ目をつぶれば、普通である。
「あ、そういうことですか。でも、僕らは守るのに失敗して奪われてますからね、一度……」
そう言って苦笑し、頬を掻く梅里。
その近くではかえでが申し訳なさそうに顔を伏せている。その奪った相手こそ副司令であるかえでの前任者にして、姉であるあやめだったのだから、気持ちは複雑だろう。
それを
「それに正直、
「でも、本当にいいの?」
疑うというよりは確認のためにもう一度尋ねる清流院。
だが、梅里はハッキリと言う。
「あれは敵に奪われ使われてしまえば非常に危険なものです。ようは守れるのであればそれに越したことはありませんし、つまらないことにこだわって守りきれなければ、そのこだわりには何の意味もありません。今まで通り、僕ら夢組の力も貸しますので、一緒に守りましょう」
梅里が笑顔で差し出した手を、清流院がしっかりと握った。
「ええ。わかったわ、武相隊長。あなたの美しい覚悟は賞賛に値する。その器の大きさ、噂通り……いえ、噂以上ね。私たち『薔薇組』、責任を持って全力で守らせていただくわ」
「ば……薔薇、組?」
梅里がその名前に拍子抜けしたように脱力しているのに対し、清流院はそれを気にせず芝居がかった様子で力強く頷く。
「ええ、愛と美の秘密部隊、薔薇組。その隊長がこの私、清流院 琴音よ」
「は、はぁ……」
梅里が戸惑っていると、米田が苦笑した。
「あくまで、帝国華撃団は、花、風、月、夢、雪の五部隊だけどな。まぁ、あとは二人でよく話し合い、かえでもそれに参加して万全な状態にしてくれ」
「わかりました」
かえでが厳しい顔で敬礼し、その命令を受ける。
「本来ならもっと早めにやろうと思っていたんだが……隊長代行の巽が、強固に「隊長の梅里が引継をやるべきだ」と主張してな、頓挫していたから、助かったぜ」
そう付け加えた米田の言葉に、なぜそこまで宗次が固持したのか疑問に思う梅里だった。
──しかし後日、清流院以外の薔薇組のメンバーのキャラの濃さを見て、「なるほど」と納得することになる。
【よもやま話】
正義感の強いカンナなら、きっと怒ると思って入れたシーン。
……でも、大神少尉に関して怒らないのは不公平じゃないかな、とは思います。まぁ、惚れた弱みでしょうね。
薔薇組に関しては、前作で魔神器を夢組が守っていたので、夢組の多岐にわたる役目の軽減のために、魔神器護衛を薔薇組に託した、としました。
薔薇組の太田と丘を登場させるとさらに濃くなりすぎるので回避。特に太田は書ききれる自信がない。