サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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─3─

 その日の内に食堂へ復帰した梅里。

 しばらくぶりの厨房ということもあってやはり最初のころはその戸惑いもあったが、そこはそれもう2年以上は勤めた職場である。すぐに勘を取り戻すと手慣れた様子で調理をし、厨房の面々をホッとさせ、カーシャや舞といった新参勢を驚かせていた。

 

「やっぱり大将はすげえよ」

 

 とは、不在中に今まで調理のメインを代行していた釿哉のため息混じりに言った感嘆の言葉である。

 

「いやいや、一時の危機も、釿さんのおかげで乗り越えられたって聞いてるよ。ありがとう」

 

 梅里が礼を言うと「よせやい」と少し照れつつ視線を逸らす釿哉。

 その日の内に勘を取り戻した梅里は、周囲に視線をやる余裕が生まれていた。

 煮物担当の釿哉、揚げ物担当のコーネルは問題なく──むしろ以前よりも腕が上がっている。

 それ以外にマルチに立ち回れる山野辺(やまのべ) 和人(かずと)は、今は調理方の一番下にあたる駒墨(くずみ) (ひいらぎ)に細かいコツを指導したりしている。

 

(調理方は問題なし。給仕方は……)

 

 客席の方へ目を向けると、給仕担当が動き回っているのが目に入る。

 しのぶは相変わらず丁寧な仕事ぶりであり、紅葉が危なっかしいのもいつもの通り。

 梅里が長期離脱する前と比べれば経験を重ねたカーシャと舞は、やはり仕事にいい意味で慣れたようで、特に舞は以前は余裕がなかったのに、今では接客に笑顔が出るくらいにまでは余裕ができたようだ。

 ここまでは、問題ない。

 問題は──せりである。

 

(明らかに、調子悪いんだよな)

 

 不調は一目で明らかだった。

 髪型こそ前の通りだが、雰囲気は暗く、目の下に隈みたいなものも見える。

 うつむき加減のその姿勢や、小声でぼそっと言う接客も以前のそれとは比べるべくもない。

 カンナとの約束が頭をよぎるが、まだいい解決案は浮かんでいない

 

(原因は、分かっているんだけど……だからこそ、どうしたものかなぁ)

 

 もちろんすでにせりとは話をしている。

 だが、彼女は「何でもない」「大丈夫」と取り付く島もない。

 

(もう少し頼ってくれたって、信じてくれたっていいと思うんだけど……今まで築いてきた関係は何だったんだよ)

 

 途方に暮れて思わず小さくため息をつく。

 

「……悩んでいるのは、セリのこと?」

 

 料理を出すカウンター越しに話しかけてきたのは、カーシャだった。

 梅里の視線を追うように、その先にいたせりを見た彼女は少しきつめの視線を向けていた。

 その反応を不思議に思っていると、カーシャがポツリと言った。

 

「彼女……処分を受けないの?」

「せりのこと?」

 

 さらに不思議そうな、そして戸惑った顔をした梅里がさっきのカーシャと同じ問いを返すと、カーシャは梅里を振り返ってハッキリと頷いた。

 

「ええ。なぜ、彼女に処分を与えないの?」

「なぜって……カーシャこそ、なんでそんなことを?」

「だって、皆の期待に応えられてないじゃない。アナタや、米田コマンダーの事件の捜査、進んでいないし」

「それはまぁ、そうだけど……でも失敗した訳じゃないからね。まだ捜査中──」

「何ヶ月も経ったのに? それでも事件未解決で成果も無しは失敗と同じじゃないの?」

 

 そう言ってカーシャはせりを再び見る。

 

「それにあの様子……もうこれ以上の捜査の指揮は無理に見える」

「う~ん……確かに行き詰まってはいるみたいだね」

 

 苦笑を浮かべる梅里に対し、カーシャは半ば呆れ顔だ。

 

「成果を出せないのなら処分を下して、それを別の人に任せて成果を求めるべきだと思うけど。武士でいうところの、カイシャク(介錯)? じゃないの?」

「その考えも分からなくもないんだけど……」

 

 苦笑を浮かべたままの梅里は腕を組んでうなり──

 

「ちょっと冷たすぎるかな、って僕は思うけどね」

「冷たい? 組織として成果を求めるのは当然のことよ。成果を上げられない者に居場所はないわ」

 

 カーシャはさらに冷たく突き放す。

 その姿勢は、梅里には少し意外だった。奔放なところのある彼女にしては、妙に組織側の立場であるように思える。

 

「行き詰まることなんて、それこそしょっちゅうあることじゃないかな?」

 

 一方、梅里は楽天的とも言える口調で返す。

 それが気にくわなかったのか、カーシャの目つきが少し鋭くなった。そういう表情もらしくないように感じる。

 だが、言ったことは間違っているとは思っていない。現に、せりの悩みの解決の糸口さえつかめず、カンナとの約束が暗礁に乗り上げているような有様だ。

 

「でもね、カーシャ。僕はその行き詰まって成果が出ない状況も、見方を変えればそれが成果になると思っているよ。今のやり方が間違っている、少なくとも良くはない、ということが分かるでしょ?」

「それは詭弁ね」

 

 カーシャの目がさらに鋭くなる。対して梅里は一度腕を組んでから、再び笑みを浮かべて答えた。

 

「う~ん……そうかもね。でも、成果が出ないやり方をしていても、場合によってはまったく別の事に関しての成果になっている可能性だってあるかもしれないよ。料理の世界には失敗から生まれた美食、なんてものもあるんだから……キミの祖国で人気のある紅茶もその(たぐい)でしょ?」

 

 航海の途中で中国のお茶が発酵し、それが進みすぎたせいで生まれたのが紅茶だったと、梅里は記憶していた。

 梅里が例を出すと、カーシャはため息をつく。

 

「たしかにそれはそうね。でもウメサト、それは結果として成功を納めているのだから評価されているの。でも──セリは紅茶(ティー)を発見していないわ」

 

 何の成果も出していなことには変わらない。

 だからこそ無価値であることも変わらない。

 それに対する罰は与えるべき。カーシャの理論は厳しくもあるが、明快で分かりやすいものであるのも間違いない。

 

「う~ん、そういうことを言いたいんじゃないんだけど、なかなか上手く伝わらないなぁ」

 

 困り顔で頬を掻く梅里。

 それから苦笑を浮かべ──

 

「失敗は成功の母、なんて言葉もあるけど、それと同じで、無駄なことなんて一つもない、と僕は思うよ。だから僕はせりに処罰を出す気はない。がんばってる彼女を罰したいとは思えないからね」

 

 そう言った梅里を、カーシャは半信半疑の目で見つめる。

 

「……努力賞には何の価値もない」

 

 そんなふうに言ったカーシャの目は、今までの彼女からは考えられないほどに、ドライで冷たい印象を受けた。

 第一印象が鶯歌に似ている、と感じた梅里だったが、今の彼女はとてもそうは見えない。

 

「アナタの考えに賛同はできないけど、アナタが優しいことは分かったわ」

 

 それに梅里が内心驚いていると、カーシャは一度寂しげに笑みを浮かべてから、気を取り直したように食堂の客室へと戻っていった。

 

「カーシャ……」

 

 その浮かべた笑みが、梅里の心にどうにも引っかかるのであった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──それから、数日が経った。

 

 梅里の帰還によって食堂は安定を取り戻していた。

 相変わらずせりは暗い雰囲気で復調にはほど遠いが、厨房側に余力が生まれたので、場合によっては和人が給仕側に回ることができるようになり、フォローしていた。

 柊を接客に回せないが故の急遽の策ではあったが……

 

 だが、今日に限ってはまた事情が違う。

 梅里が用事があって不在なために、厨房側の余力が無いのだ。

 そして昼時を迎え、食堂は客足が徐々に増え始めていた。昼の部のピークになる正午過ぎにはまだ早いが、徐々に客が入り始めて座席が埋まってきている。

 そんなとき──その片隅では不穏な会話が繰り広げられていた。

 

(首尾はどうですか? 『夢喰い(バク)』)

(──ッ!? ど、どういうつもり、人形師。こんなところで……)

 

 黒鬼会に所属する工作員、『夢喰い(バク)』ことローカストと人形師が接触していた。

 むろん、人形師の方は普段の黒子のような姿ではなく、一般的な普通の、極々ありふれた男性の姿だった。服装には印象に残るような特徴的なものはなく、顔立ちも目立って男前でもなく、目立つほどに不細工なわけでもない。平均的な特徴のない顔であった。

 もっともそれが、人形師の素顔とは、ローカストも思ってはいなかった。

 

(私の糸を使った、いわば有線の念話です。たとえ夢組特別班の『念話(テレパシー)』の八束 千波だろうとも、傍受できませんよ。それに、こうでもしないと深層心理下に潜んでいる今のあなたとは接触もできません)

(しかし、勘のいい者もいるのだから……)

(その勘の良さで最も警戒するべき白繍せりは、精神的に追いつめられて力を発揮できないではないですか。安心なさい)

 

 人形師がそこまで自信があるのなら、とローカストは引き下がり、念話を続ける。

 

(あなたの存在は、まだ誰にもバレていませんね?)

(ええ、おかげさまで。だからこうして情報の収集と、対象の妖力の暴走工作を行えているわ)

(まぁ、それも水狐が妖力を植え付けるというお膳立てをしてくれたから、ではありますがね)

 

 人形師が冷静に判断する。

 だが、ローカストは違和感を感じていた。

 

(……水狐?)

(どうかしましたか? 『夢喰い』)

(いえ、この前まで“水狐様”と呼んでいなかったかしら?)

(おや、そうでしたか……ふむ)

 

 思い返す人形師。

 たしかに上司にあたる水狐には、今までは敬意を持って接していたのでそう呼んでいたかもしれない。

 

(……つい、というやつですね)

(──え?)

 

 ローカストの驚いた反応に、人形師の方が驚くが、それを隠す。

 念話、というものにそこまで慣れないために、思考の区分──相手に伝えるべき思考と伝えない思考──を意識しなければ明確にならなくなってしまい、今のように漏れてしまうことがある。

 これは、慣れた念話術者(テレパシスト)であれば自然とできるようになることだが、人形師は念話(テレパス)が専門でもなく、それ以上に得意とするものが別にある。むしろ使い慣れていない方だろう。

 

(いえ、なんでもありません。ともかく、彼女から聞いた話ですが、自分が疑われ始めている、とのことですが……実際どうですか?)

(夢組内で水狐、つまりは影山サキを疑っているか、と言われれば……少なくとも隊長はその様子は無いわね)

 

 そうローカストは判断したが、それに人形師はため息を付いた。

 

(なにか不満でも?)

(……あの男のこと、すこしナメすぎてやいませんか?)

(武相 梅里のこと?)

(ええ。確かにこちらが用意した罠にかかって鬼王に殺されかけました)

 

 あのときは本当に上手くいった。

 あれは本命の米田中将狙撃のための前哨戦でしかなかったが、そのため一番動き回った水狐が、本当によくやってくれた。

 ローカストも人形師も関わったが、ローカストは人払いの手助けをしただけだし、人形師は姿を借りて狙撃手の嫉妬心を煽り、操っただけだ。

 もちろんその後の米田狙撃まで完全にこちらのペースで事が運んだ。

 だからこそ人形師もその辺りまでは、水弧も極めて有能だったと評価はしている。

 だからこそ──油断が生まれた。

 

(しかし、現在は米田共々生きている……)

 

 それこそ油断の(たまもの)である。

 昏睡状態で生死をさまよったはずの米田は今やすっかり復活してしまい、華撃団の司令として指揮を執っている。

 武相 梅里もまた、戦線離脱をしていたが戻ってきたというのはローカストからの情報で知っている。

 

(あの男を殺せなかったのは失態ですよ、『夢喰い』)

 

 一度、意識が戻る前に殺せ、という指示を出したことがあった。

 だが──手を下そうとしたが失敗し、その直後に意識を取り戻し、さらには記憶喪失になったために特定の者達を除いて接触不可能になったせいで困難になり、結局はできなかったのだ。

 

(なぜ? なぜあの男にこだわるのですか。あんな小物、いつだって殺せるでしょう?)

(……やれやれ、あなたという人は何も分かっていない)

 

 呆れが人形師の心を支配する。

 

(いいですか? 鬼王が、殺し損ねたのですよ? いえ、私が操って放った一撃がなければ、どうなっていたかわかりません)

 

 それほどの力を持った者が、小物?

 この小娘は何を言っているのだろうか、と人形師は憤る。

 

(……さらに復帰するや、水弧が仕掛けたレニ=ミルヒシュトラーセへの細工を容易く見破っている。あれだけ分かりやすい(デコイ)を配置しているのに、です)

 

 少し前から水弧は最後の工作として、優秀な花組隊員であるレニの精神に目を付け、洗脳の下準備をしていた。

 それを隠すために、すでに工作を終えていた夢組隊員の白繍せりをさらに追い込み、露骨に目に見えるほどに不調にさせて、注意を引きつけさせた。

 その甲斐あってレニの不調に気がつかれなかったのだが──それをあっさり見抜いた。

 

(……偶然では? 本人もそう言っていたらしいじゃない)

 

 一方、ローカストは半信半疑、むしろ疑の方が強い

 

(偶然だけで鬼王と互角に戦い、偶然であなたの暗殺さえ避け、偶然で水弧の作戦を見破る、そんな幸運を引き続けるような豪運の持ち主なら、むしろ戦いたくありませんよ)

 

 実力での勝敗ならまだいい。勝因も敗因も調べられるし作戦も立てられる。

 だが、運だけで敗北させられては、正直対策のたてようがないし、それが続くようでは再戦も挑みたくない。どんなに作戦を立てたところで、また運だけで負けるかもしれないからだ。

 

(そもそも、あなたは夢組に潜入していてまだ気がつかないのですか? 幸運による勝利と思われるような事態も、彼らが予知や過去認知からの情報を下にあらかじめ状況を動かし、それを招き寄せているというのが)

(え……?)

(……気がついていないようですね。やれやれ)

 

 それこそが、帝国華撃団夢組の最も恐ろしく──恐れなければならない理由なのだ。

 『不思議の勝ち』というのものは存在するが、それを意図的に探し、見つけ、引き当てようとするのが華撃団であり、夢組なのである。

 

(偶然、というものが最も恐ろしい──華撃団相手の戦いではそう認識なさい)

(……わかったわ)

 

 念話であるために不満という感情がダイレクトに感じられる。

 慣れない人形師にとって他人の感情に引きずられるという、極めて不快な感覚ではあったが、自分の方はそれをどうにか隠す。

 

(さて──あまり長話しては怪しまれますので、あとは端的に伝えます)

 

 気を取り直し、人形師は念話で伝える。

 

(水弧は自分が疑われているのに気づいて、近々、脱走する予定です)

(え……?)

 

 驚いたようなローカストの反応。

 しかし人形師に言わせれば彼女は米田狙撃以降はお粗末な行動を繰り返していており、「やっと気づいたのか」と呆れているくらいだ。

 

(しかし「あのお方」は水狐を切る予定です。そして『夢喰い』(あなた)は引き続き潜入し続けるように、と指示が出ていますよ)

(わかったわ。元よりそのつもり……だけど、なぜあなたが指示を出すのかしら?)

(さぁ、わかりませんよ。私はただ「あのお方」の意向を伝えているだけですから、指示でも何でもありませんし)

 

 そう人形師が答えたところで──

 

「せりさん、ぼーっとしないでくださいよ。前は、私にさんざん言っていたくせに! それに、カーシャさんも──」

 

 ──食堂の給仕係の娘・越前(えちぜん) (まい)の声が響く。

 それでこれ以上の通信は危険と考えた人形師は、念話を打ち切り──人知れず自身の使った極細の妖気の糸を引っ込める。

 そうすると、何事もなかったかのように料理を注文し、一般の客を装う人形師。

 

 

 ──やがて運ばれてきた料理は、食堂主任が不在と知っていたのであまり期待はしていなかったが、思いの外に美味であった。

 




【よもやま話】
 カーシャをヒロインの一人に入れておきながら、今までほとんど書いてこなかったと反省し、後々のために入れたシーン。
 素の彼女が出始めている部分です。
 後半も、黒鬼会のオリジナルキャラ同士の絡みは後々のためのシーン。
 今回はそんな感じです。
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