サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
さて、水面下でローカストと人形師が接触しているのと同じころ──
外出した梅里は花やしき支部にやってきていた。
地上部分のにぎわいは相変わらずで、多くの帝都市民が楽しんでいる。
それを見ながら、梅里はとある建物へ入り、そこから地下施設へと入った。
花やしき支部の地下施設は広い。
梅里がお世話になった医療施設以外にも、霊子甲冑の輸送から支援砲撃まで行う武装飛行船・翔鯨丸のドックや、輸送用車両である轟雷号や、光武・改といった霊子甲冑の整備も行える大規模施設もある。
その施設内を歩いていた梅里は、「ん?」と足を止めた。
見たことのない霊子甲冑が動いている。
「あれって……ひょっとして、釿さん達が開発のために出張していた新型霊子甲冑?」
そう思ったが、どうにも動きがぎこちないように見える。
それに現行の光武・改よりもかなり大きい。以前、開発された神武よりも大きいだろう。
すると、霊子甲冑の方も梅里に気がついたのか、不器用に動きながら、敬礼をして見せた。
苦笑しながら敬礼を返しつつ、花組の隊長でもない自分に敬礼するなんて、いったい誰が乗っているのか、と思っていると──その霊子甲冑のハッチが開いた。
そこに乗っていたのは──
「──お疲れさまです、隊長!!」
「隊長、お疲れさまです……」
搭乗していた隊員が着ていたのは、花組の戦闘服ではなかった。和風の装い──巫女服をアレンジしたそのデザインは、夢組の女性用戦闘服である。
その肩にある金属端子は汎用性が高く、花組の戦闘服同様に霊子甲冑との接続も可能だとは聞いていたが、本当に接続しているのを見るのは初めてだった。
しかも乗っていたのは二人。
それも、ほとんど同じ顔をした二人。違うのは同じサイドポニーテールの髪型でも右でまとめているか、左でまとめているかの違いくらいしかない。
「近江谷姉妹? 絲穂と絲乃の二人が乗っていたって……」
隊長である梅里直属の特別班。それに属する近江谷絲穂と絲乃の双子の姉妹である。
勝ち気で活発そうなのが姉の絲穂であり、少し大人しい雰囲気なのが絲乃。
二人は霊力を同調させてお互いを高めることができる『共鳴』という特殊な能力を持つ。
その高まった二人分の霊力は、花組顔負けの力を発揮するのだが──
「まさか、霊子甲冑を動かせるなんて」
理論上は可能だが、実現させるには壁がある──と、釿哉が言っていたのを思い出す。まずは光部が一人乗りだから、という基本的なことが壁だが、座席を増やせば解決する問題じゃないとも言っていた。
その壁を突破できたからこそ、彼女たちが霊子甲冑に乗っていたのだろう。
しかし──それにしても、今の光武・改よりも一回り以上大きな機体である。
「なんだろ、これ?」
「──光武・複座試験型やで」
梅里の問いに答えたのは、いつの間にかやってきていた女性だった。
「紅蘭さん……」
李 紅蘭。帝国華撃団花組に所属しており霊子甲冑を駆る搭乗者でありながら、その知識や技術で整備や開発まで携わっている、工学の天才である。
「これが……光武? デカすぎませんか?」
「元々、普通の光武だったもんに改造を重ねた結果、こうなっただけやからねぇ」
その紅蘭がジッとその巨大な光武を見つめる。
「これを作ったきっかけは、ウチと
難しいと言いながらも、楽しげに話す紅蘭。
「都市エネルギーと言ってもようは都市の持つ霊力みたいなもんや。とりあえず、まずは2系統の霊力を動力に持ったものを作ってみよか、となってできたのが、この子や」
その霊子甲冑を軽くポンとたたく紅蘭。
「そんなわけで二人乗れるようにしたさかい、こんな大きな子になってしもうて……しかもわがままな駄々っ子だったんやで」
「わがまま、ですか?」
梅里が尋ねると紅蘭は目を輝かせて梅里に詰め寄る。
「そうやで。なにしろ急ごしらえのとりあえずな機体やから、搭乗者2人の霊力の同調がとられてない。それが原因でお互いの霊力が喧嘩し始めるんよ。せやからまともに二人で乗ることさえ難しい。まったく参ったわ」
そう言いつつ爆笑する紅蘭を、梅里は少し冷めた目で見ていた。
「それって……失敗作ってことじゃないんですか?」
「失敗は成功の母やで? 武相はん」
そう笑顔で言う紅蘭に、それがふと──この前のカーシャとの会話を思い起こさせた。それこそ自分がカーシャに言った言葉ではないか。
「確かにそのままでは使い物にならん失敗作や。けど、釿さんが「2系統の同調がとれないなら同調できるヤツらに任せればいいだろ」と言ってな。それで白羽の矢が立ったのが、あの二人ちゅうわけや」
「なるほどね」
近江谷姉妹は夢組の中では有名な方だが、他の隊ではそれほど知られていない。同じ特別班でも他の組の隊員をネットワークに入れることもある八束の精神感応や、超長距離の監視等の華がある遠見の千里眼と違って、近江谷姉妹の『共鳴』は応用範囲が広い分、唯一の特殊な能力が無く地味なのである。
そんな近江谷姉妹を使うのを思いついたのは、さすが夢組の松林 釿哉と言ったところだろう。
「おかげでこの子は動いた。あの二人……絲穂と絲乃のおかげやわ」
我が子を見つめるような慈しむ目で見たあと、それに価値を与えてくれた二人をありがたがる。
「なら、絲穂と絲乃は花組に移籍ですか?」
そうなったら困る、と思いながら梅里が聞くと、紅蘭は苦笑を浮かべて手を振る。
「それはないで。さっきはああして動いていたけど、あの子はものすごく霊力効率が悪いんや。霊力を同調させて『共鳴』させたときの霊力は確かに強い。ウチはさっぱりかなわんくらいや。でも元々のあの二人はの霊力は、一人では霊子甲冑を動かせられへん程度でしかない」
「ってことは、ひょっとして……操縦している間、ずっと『共鳴』を維持させる必要がある、とか?」
「その通り。そしてそれはものすごい負担になるんや。とても花組隊員として作戦に参加して戦闘に耐えられへん。作戦行動中、常に全力で自転車こぎ続けるようなもんやからね」
「う~ん、残念なような、大事な隊員をもって行かれず、ホッとしたような……」
苦笑混じりに梅里が腕を組んでそんなことを言っていると──
「おおっ! 聞きましたか、妹よ! 隊長は、私達姉妹を大事な隊員と称して下さったわ! こんなにありがたいことは、無いわ!!」
「はい、さすが武相隊長様……全身全霊で、その期待に応えたいです……」
いつの間にか近くに来ていた近江谷姉妹が、梅里の手をガッとつかんで感激している。
それに戸惑いながら、梅里は紅蘭に尋ねた。
「この光武・複座試験型が実戦での運用に厳しいのは分かったけど、なにに使うんです?」
「あ~、とりあえずで試作したけど、
「え? 新型霊子甲冑って、もう完成してるんですか?」
思わず梅里が紅蘭に尋ねる。
「
「へぇ……」
「で、この子は作戦行動はできなくとも、霊子甲冑用の武器の評価試験や調整なんかなら十分できるからな、それに使うとる」
花組隊員たちは光武でそれぞれ違う武器を使って戦う。
手持ちの武器を破損したり破壊されたりした場合、それらを補修・新調した後の試験を、最終確認だけならともかく様々な課程でいちいち花組隊員を呼び出していたら、花組たちがまいってしまう。
「そうだったのか……」
「というか、それをするには絲穂はんと絲乃はんの力が必要やから、夢組に要請出してたけど、気がつかなかったんかいな?」
ジト目で梅里を見る紅蘭。
「あ~、その辺りは宗次が先決で決済出していたのかも。近江谷姉妹に過度な負担がかからない範囲であれば、ぜんぜん問題ないだろうしね」
梅里が苦笑しながら言うと、紅蘭はため息をついた。
「まったく、隊長はんってのは、どこも器が大きいというか、大ざっぱというか……あ、そうや。この子と一緒に来た試験搭乗者なんやけど……ちょっと変わった
「変わってる?」
一般的には変わってる部類に入る紅蘭が言うのだから余程だろう。
「そうそう。乙女組出身なんやけど……乙女組の子らって、大概、花組目指してがんばって、適正がなかったりして諦めることになるんやけど……その子は霊子甲冑の試験搭乗者を務められるほどの適正と才能があるのに、夢組志望らしいで?」
確かに珍しいし、変わってる。
そう思った梅里だったが、真っ先に浮かんだ感想は少し違っていた。
「そんな有望な
花組への道は狭き門だ。
あるものは霊子甲冑を動かせるほどまで霊力の強さが足りず、また足りていた者も霊子甲冑の中核となる霊子水晶との相性が悪くて動かせないことも多々ある。
夢組隊長として、夢組がそんな花組になれない者の寄せ集めのような扱いは我慢ならないところではあるが、そういう側面があるのもまた事実である。
実際に梅里は霊力の強さ的には霊子甲冑を動かせるくらいにはあるのだが、相性の問題で動かせない。
もし動かせたのなら花組隊員・武相 梅里となっていたかもしれないが、動かせないから夢組にいる、という点では変わらないのだ。
だからこそ──もったいない、と思う。
「ま、そう思うやろな。でも──その娘の出自を聞いたら、まぁ、納得や」
「納得、ですか?」
「ああ。実はその娘な──」
──紅蘭の説明を聞いて、梅里は確かに納得した。
そういう経緯なら、そうなるかもしれないな、と。
ちなみに梅里と紅蘭の前に鎮座する光武・複座試験型。
これが、事実上の近江谷姉妹専用機という問題の解決──霊力の同調レベルの軽減──や、単独でも霊子甲冑を動かせる者が搭乗することで平時での負担軽減等を経て成果を生むことになる。
それは後々に帝都を襲うとある事件を解決に導くことになる、切り札とも言うべき霊子甲冑であり、その系譜の出発点ともいうべき機体なのだが──それが完成するのはまだまだ先の話である。
──さて、装備の評価試験を行っていた紅蘭と近江谷姉妹に別れを告げ、工房を離れた梅里。
彼は広い花やしき支部の地下を回り、様々なところで自分の部下でもある夢組隊員に声をかけられつつ──やがて再び地上に出ていた。
敷地内に設置されたベンチに腰をかけ──とある人を待つ。
その最中、ぼんやりと目の前の光景を眺めながら考えを巡らせる。
「──最近、夢組内に妙な噂が流れています」
そう警告してきたのは、夢組特別班に所属し、監察方を務めている御殿場 小詠だった。
米田中将狙撃事件、そして梅里襲撃事件を追う特別チームに入っていた彼女がそんな噂に気がつくほどの余裕はないのでは? と思ったが、聞いてみれば月組経由の情報らしい。
その噂の内容は──
「──夢組に裏切り者あり、その名は駒墨 柊……か」
梅里がわざわざ花やしき支部にやってきたのは、その調査と確認が目的だったのだ。
そして実際に、そんな噂が流れているのを確認した。
(なんで、こんな噂がまことしやかに流れているのか……)
梅里は疑問に思ったが予想もつく。
人付き合いが苦手な柊をかばってくれる人がいないのだ。比較的親しいのは同僚である予知・過去認知班だろうが、彼女たちはその能力の特殊性から他の班からは少し浮いた立場にある。ゆえにかばっても効果が薄かったのだろう。
さらにはその予知・過去認知班所属というのも噂を助長させる要因の一つだ。
予知というものはさすがに百発百中というわけではない。それは夢組内で最も優れた予知能力者と言われているティーラでさえ外れるときはある。
まして危険な予知であればそれを回避するために全力を注ぎ──見事に回避に成功したとしても「じゃあ、なにもしなければ実現していたの?」と訊かれれば、それはもう回避してしまったので答えようがない。
そんなあやふやな予知を指して、他の組からは「夢組は胡散くさい」と陰口をたたかれることもある。
それは確かな成果を挙げている除霊班や封印・結界班といったメンバーからすれば納得がいかないことで、予知・過去認知班のせいで夢組が貶められている、となるのも分からなくもない。
しかも悪いことにそれらの班は人数が多い。対して予知・過去認知班は少人数である。
「まぁ……イジメ、みたいたものだよね」
根が深い問題に梅里はため息をついた。
そして問題はそれだけではない。柊の出自が不明なのも彼女への疑惑を深めている。
どこの馬の骨かわからないのに、突然、予知・過去認知班の副頭という幹部になって本部勤務になったのは反発を呼んでしまっていた。
(これは、僕にも経験があることだからなぁ……)
今度は苦笑を浮かべる梅里。
米田の推薦こそあったものの、どこの馬の骨か分からないのに夢組隊長に抜擢された梅里と境遇が似ている。
もちろん梅里もバッシングは受けたが、当時は死に場所を求めて帝都にきたのでまったく気にしていなかった、という事情もあった。
その状況で信頼を得るには、仕事の成功を重ねていくしかない──のだが、彼女の場合はそう上手くいかなかった。
予知が当たらなかったのではない。むしろ当てている。それこそティーラに負けず劣らず敵の襲撃予想等を当てているのだが──それこそ敵と通じているからわかるのだ、という訳の分からない批判を浴びている。
さらに悪いことに、噂の中には「梅里の危機というティーラの予知を柊が握りつぶした」という真実ではないが、それに近い情報も流されていた。
(明らかな敵の工作じゃないか)
梅里は厳しい表情になる。
これは危機を予知したティーラの注意を受けた失語症の柊が、さくらに伝えたときに彼女が大神の危機と勘違いしたというのが真相である。
しかしこの真相を知るものは少ない。
(ティーラからの連絡を受けたのが柊だった、なんてキチンと知っていたのはごく少数のはず)
噂の中に公になっていない事実を織り交ぜて信憑性を持たせるとは、なんとも巧妙な手だった。
だからこそこの噂に敵が関与していると強く疑う根拠である。
敵の思うようにやらせないためにもこの噂は払拭しなければならない。
が──そのためには柊のことをもっとよく知る必要がある、と梅里は思えた。ただ闇雲に上層部が否定したら今度は幹部クラスと一般隊員達の間に溝を作ることになりかねない。
論理的に払拭し、皆が納得するような説明ができなければならないのだ。
そのために──梅里は柊のことをよく知る人物に会いに来たのが今回ここに来た理由だった。
「……待たせたの」
ベンチに座っていた梅里の前に現れたのは、一人の小柄な老婆だった。
その彼女に、梅里は丁寧に頭を下げる。
「お久しぶりです、道師。御健勝そうで、なによりです」
「そちらもな──と言いたいところじゃが、そうではなかったようじゃのう」
そう言って苦笑する道師と呼ばれた老婆。
道師は通称であり、本名はホワン=タオ。
名前で分かるとおり中国出身で、道士の修行を積み、大陸で向こうの魑魅魍魎と戦っていた人である。
それをスカウトされて帝国華撃団に入って夢組除霊班に所属したが、高齢を理由に頭を秋嶋 紅葉に譲り、自身は支部付の副頭となって主に戦闘指導をしていた。
しかし、それも過去の話。今年の春からは帝国華撃団夢組を除隊し、現在は帝国華撃団の養成機関である乙女組の師範を務めていた。
「
「自分の身の未熟さを喧伝しているようで、お恥ずかしい話です」
「謙遜するな。お前さんがそこまで追い込まれるような相手じゃ。並の者じゃなかろうて。まったく……2年前もそうじゃが、若いのだからワシよりも早く逝こうとするな」
抗議する道師に、なにも言い返せず苦笑する梅里。
すると、道師はベンチの梅里の隣に腰を下ろした。
「お前さんがワシを呼び出した理由はだいたい想像がつく。柊のことなんじゃろ?」
「はい、その通りです。そして道師がご心配されていることも分かっています」
どこの馬の骨か分からない柊が、新設された予知・過去認知班の副頭になったのは、推薦があったからだ。
その推薦をし、後見人になったのは道師であり、さらには頭のティーラも賛同したために認められたのだ。
だが、その推薦や後見人の話は、一般隊員達には伏せられている。知っているのは夢組でも副隊長クラスまで。各班の頭もティーラ以外は知らないが「隊長や副隊長がそれでいいなら」と認めている。
「で、隊長。おヌシは……柊を裏切り者と思うとるのか?」
「いいえ、全然。そんなことができる子じゃないでしょう。そもそも嘘がつけませんし」
あっけらかんと梅里が言うと、道師はホッと息を吐いた。
「さすがじゃな。あの子は嘘がつけん……ヨモギ嬢ちゃんがおるじゃろ?」
「ホウライ先生ですか?」
夢組錬金術班副頭である大関ヨモギは、第11代目の大関蓬莱を襲名して町医者をしている。
「そうじゃ。あの家系は代々、言霊を暗示として使い、医療の補助に利用してきた」
ヨモギは確かな技術を優秀な医者であるが、それを確実なものとしている秘密があった。
自分に“失敗しない”と自己暗示をかけており、それによって事故を防いでいた。
「あれと同じように、声だけではなく文字で言霊を使っておった一族があったそうじゃ。符術師としても優れた一族じゃったが……先の戦いで黒之巣会に目を付けられてな。服従を拒否したばかりに全滅させられとる」
「そんなことが……」
魔操機兵・脇侍を暴れさせて帝都を混乱させていた黒之巣会。
その悪辣さに改めて憤りを感じる。
「幼い娘っ子一人を残して、な」
「ひょっとして、それが……」
梅里の問いに道師は頷く。
「ああ、柊じゃ。一人残された彼女は蒼き刹那に拉致され、黒之巣会の施設に捕らわれておった。先の副司令、藤枝あやめ嬢が施設を襲撃して助け出したときには、ショックで言葉を失い、人を不信となり、心を閉ざしておったそうじゃ」
「あやめさん、そんなことをしていたんですか?」
時期的に考えて、黒之巣会を壊滅させた後の秋から初冬にかけてのことだろう。
そのころ梅里は、しのぶとその実家の間を取り持つのに奔走していたので気がつかなかった。
「そんな彼女の心の扉を開いたのもまたあやめ嬢であり、そこはさすがと言うべきじゃろうな。もっとも……彼女もまたこの世を去り、その後はワシが引き継いだ。彼女の代わりは、勤まらんかったがのう」
「そうだったんですか。知りませんでした……」
あやめの死の影響は本当に大きい。
それはそれだけ彼女の存在が華撃団の中で大きかったか、という証でもある。
「ほっほっほ。おヌシは去年、忙しかったからのう。無理もないわ。降魔の騒ぎが終わってからは、東北へ行ったり、欧州へいったり、戻ってきてからも落ち着かず……」
「そうですかね?」
もちろんその自覚はあるが、せりやかずらに振り回された面も否めない。
ともあれ、忙しかったことだけは間違いなかった。
「ま、ワシが教えられたのは肉体言語くらいじゃ。再び不幸にあわぬくらいには鍛えてやった程度じゃがのう」
ポツリと言った道師の言葉に、梅里は驚いた。
今まで、柊が戦う姿を見たことがなかったが、それが本当なら彼女はかなり強いはず。
「それって道師の基準ですよね? なら、充分すぎるような気がしますけど」
梅里は思わずそう言ってから苦笑を浮かべる。
道師は厳しいことで知られている。確かに支部の一般隊員に稽古を付けるくらいならばまだ優しい──あくまで梅里基準で一般の女性隊員にしてみれば十分キツかった──もので、彼女が「鍛えた」と言っているのは以上は、一人前に戦えると判断しているということ。
そのため、その「一人前」がハイレベルであるのは間違いない。幹部の中でも間違いなく戦える側に入るだろう。
「あとは……おヌシらが教えてやってくれ。おそらくあやめ嬢がもっとも教えたかったもので、教えられなかったことを悔やんでいること……人の優しさや仲間との絆、をな」
遠い目をした道師が思いをはせているのは、きっとあやめのことだろうと思った。
梅里も彼女によって華撃団に招き入れられている。後から聞いた話だが、初めて会った梅里の「危うさ」を危惧し、それを解決するために隊長に推薦したのはあやめだった。
直接的には支えてくれた仲間たちだが、あやめがいなければ、梅里は未だに死に場所を求め続けていたかもしれない。
だからその恩を返すためにも気持ちは道師と同じだった。
「精一杯、がんばりますよ。彼女が、敵の間者にはめられたのもわかってますから」
「なんじゃと?」
梅里の言葉に顔色を変えた道師は、彼をのぞき込むようにして見つめる。
道師にとって、面倒を見た柊は娘や孫のような存在だ。それを害する存在があれば気にならないわけがない。
「今、駒墨は情報操作を疑われています。それもティーラの予知を妨害した、というものなんですが……実際のところは、ティーラが本部にかけた緊急連絡を受ける人がおらず駒墨が受け、それを花組の真宮寺さんが勘違いした、という話でした」
このことは、さくらにも確認済みである。
しかも彼女はそれを気にしていたらしく、梅里に何度も頭を下げてきた。
「ここまでは本当にあった事実。だからこそ、これを理由に駒墨が疑われてしまっている」
柊が裏切り者とする、もっとも大きな理由がコレだ。
「ただ、疑問が残るんですよ……」
「疑問、じゃと?」
道師の問い返しに梅里はうなずく。
「あの日、僕やせりは残業をしましたけど、それ以外の食堂のみんな帰ったはずなんです」
「あの日というと……襲撃を受けた日か?」
「ええ。あのとき、僕はせりと厨房で残業をしていました。結構遅くなったので、しのぶさんをはじめ食堂のみんなは間違いなく帰ってます。でも……彼女は残っていた」
「ふむ…妙な話じゃのう」
梅里の話を聞いて考え込む道師。
柊が残る理由は無い。しかし残っているのが不自然というのは逆に言えば疑われるということでもある。
仮に柊が敵と通じていて、梅里への救援をはばむために残っていたのだとしたら、それらしいキチンとした理由──例えば、梅里やせりを手伝う──がないのは余りに不備がある。
「聞けば、眠ってしまったというのですが──僕は敵に眠らされた、と考えてます」
「……柊を信じておるなら、そう考えるのが自然だのう」
考え込んでいた道師がチラッと梅里を見た。
「そうやってティーラからの連絡を花組や他の人が受けるのを邪魔して、駒墨に受けさせ──しかも暗示をかけて詳細を伝えられないようにしておけば、僕への救援を遅らせられる」
実際遅くなり、梅里は重傷を負っている。
「あの鬼王の襲撃のために、敵の工作があったのは間違いありません」
突然の残業は仕組まれていた、と考えるべきだ。
さらには、襲撃から逃げ出せないようにするため、梅里一人で帰らないようにお膳立てされてもいたのだろう。
そして救援を少しでも遅らせるため、情報の遮断をするのに失語症の柊を利用した。
「僕への工作は別にかまわない。でも……隊員達に駒墨を疑わせるような、そんなやり方は、許せない」
拳を握る梅里に、道師は笑みを浮かべる。
「おヌシは、相変わらず優しいのう。その調子なら柊も心を開くじゃろ。安心して任せておける」
「──え?」
敵の柊を使った工作へ怒りをかみしめていた梅里は、突然の道師の誉めに戸惑う。
「すべて任せる、と言ったんじゃ。お前さんなら柊への疑いも晴らして、丸く納めてくれるじゃろう、と思ってな」
笑みを浮かべたまま、道師は「頼むぞい」と言って立ち上がった。
「さて、安心したところで──何か飲むか?」
そう言って付近の売店を指した道師。
梅里も一度は遠慮して断ったのだが「ワシが飲みたいんじゃ。一杯つき合え」と半ば強引に飲み物を二つ買って、一つを梅里に押しつけた。
苦笑しながら「すみません」と受け取り、口を付ける梅里。
そんな梅里に、飲み物を飲んだ道師はその笑みを──少し意地悪いものへと変えた。
「ところで隊長殿。おヌシ……かすみの嬢ちゃんにも手を出したんじゃって?」
「──ッ!!」
その指摘に、思わずむせる梅里。
「──ォホッ……フッ……な、なんで知ってるんですか!? って、まぁ、少しはありましたけど……」
「刺されんようにな」
しれっと言った道師の言葉の物騒さに、梅里は言葉を失いかける。
「へ? い、いや、それは……かすみさんは帝劇でも男性人気高いですし、それはわかりますけど」
「そっちじゃないわい。あ~、よく考えたら、もう刺されとるようなもんじゃな」
「はい?」
ピンときていない梅里に、道師は苦笑する。
「忘れたのか? ワシもティーラの嬢ちゃんには及ばんが、八卦が得意じゃったんじゃぞ? お前さんには、ずいぶんと大きな女難の相が見えとるのう」
梅里の顔をのぞき込んで、さも面白そうに──そして意地悪く笑みを浮かべる。
彼女の言うとおり、道師は八卦を使った占いを得意としていた。
彼女が予知・過去認知班にならなかったのは、あくまで“占いが得意”なだけで予知能力を持っていないことと、そのきわめて優れた戦闘能力という除霊班の適正がずば抜けていたからだ。
「ま、かすみ嬢ちゃんとの一本道を行くも、しのぶとせりとかずらともう一人……そちらへの道を行くも、好きな方にするが良かろうて」
「……どういう意味ですか、まったく道師は……って、もう一人?」
心当たりがないわけではない話をされて、梅里はため息をつくが、聞き捨てなら無いことにあわてて顔を上げる。
しのぶとせりとかずら、この三人との未来といわれれば、わからなくもない。だが、あと一人とは──正直、心当たりがない。
「その通り。ワシの八卦で見えたのは、大きな二つの道。そのうちの片方がかすみ嬢ちゃんとの道なんじゃが、もう片方は……複数が入り交じっておって少々複雑でなぁ。あまり見通せんのよ」
誰のことだろうか、と疑問に思いながら──
(え? 誰? 千波? いやいや、まさか……絲穂とか絲乃じゃないよね? この流れで駒墨だったら道師も言ってくると思うし……)
──などと考えを巡らせ、もちろん結論がでるわけもなく、ゲンナリとした様子でため息をつく。
「なんですか、それ……わからないなら、教えてくれない方がいいですよ」
「ほっほっほ。不安ならかすみ嬢ちゃんとの道を行けばよいじゃろ。まぁ、あの三人からは恨まれるかもしれんがのぅ……だから、刺されんように、と言ったんじゃ」
再び梅里をチラッと見る道師。
その視線に思わず背筋が寒くなる梅里。
季節が変わって高くなりつつある空に、道師の笑い声が響いた。
【よもやま話】
光武・複座試験型は旧作で出していた思い出深い霊子甲冑です。特別班の双子用にと考えたものでしたので……それが「サクラ大戦4」で双武が出てきたときには驚きました。
一応、こっちの方が先出でしたので、対抗心を出してあえて今作でも登場させました。
後半の道師と梅里の柊に関する話は、旧作ではヒロインだったために語られたものの、今作ではヒロイン落ちして語られることがなくなりそうな柊のためにあえて入れたシーンです。
道師のメタ的な発言は──まぁ、コメディということで。
この本編では4人のルートへと進んでいきますので、念のため。
もう片方はゲーム的に言えば、一度クリアしたら出てくる隠しルートと思ってください。