サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
その日、大帝国劇場の出入口から普通に入ってきた人影があった。
年の頃は10代後半だろうか。
その若い娘は長い髪を頭のやや後ろの両脇で縛って流した髪型──いわゆるツインテール──で、勝ち気な顔立ちは「姉に似ている」と言われることも多い。
公演を行っていない日でも、開場している日は多く、やってくる客は売店にあるスタァのグッズ目当てだったり、または食堂での外食が目当てだったりする。
だが公演を行っていない今日やってきたその娘の目的は、そのどちらでもない。
そんな彼女は、入ってすぐの玄関ロビーで周囲を見渡し、売店で知った顔を見つけてホッとしたように笑みを浮かべた。
「こんにちは、野々村つぼみさん」
「あ……お姉ちゃんの同期生の……白繍先輩じゃないですか! お久しぶりです」
「こっちで研修しているって聞いたけど、本当だったのね」
売店の野々村つぼみに話しかけた娘は、笑みを浮かべて会話に花を咲かせる。
つぼみの姉である野々村 春香は乙女組の一期生であり、そのまとめ役だ。対して娘はその一期生の中でも、霊力等の花組への適正に関しては最も高かったのである。
そんな一期生の中で、花組の適正こそなかったものの、彼女以上の霊力を示して飛び級で抜けていったのが──そこへやってきた夢組の伊吹かずらだった。
彼女は娘を見ると、驚いたように大きめの声で話しかけた。
「あぁ! ぺんちゃん!!」
その声にビクッと反応した彼女は、思うところがあるのか、ゆっくりと振り返る。
そんな彼女の反応を意に介さず、かずらは駆け寄ると、手を取って再会を喜んだ。
「久しぶりだね、ぺんちゃん! 元気してた?」
「え、ええ、おかげさまで……ところでかずら、その“ぺんちゃん”はやめてくれないかな……」
「え? どうして? 乙女組のころはその愛称を喜んでくれてたじゃない」
「あ、いや……あのころは名字で呼ばれるのが、ちょっと、ね」
昔の自分を思い出しながら、娘は苦笑いをする。
当時は、優秀な姉にコンプレックスを感じていて、その姉と同じになる名字で呼ばれるのが嫌だったのだ。
(だって、姉さんと必ず比べられるし……まぁ、今もだけど)
あの人の妹なのに弓矢が下手なのね、とは乙女組で何度言われたことかわからない。
(那須与一の弟やら妹はみんな弓が上手かったとでも言うの? だいたい、神様だって、
心の中で愚痴る娘。
とはいえ、今はそのコンプレックスもだいぶ薄れた。彼女自身に姉のような才能はなくとも、別の才能が認められ、それで評価されているからだ。
「伊吹先輩もご存じなんですか? こちらの……白繍先輩を」
「ご存じもなにも、ペんちゃんと私は元々同期の同級生よ。私が能力を認められて、飛び級みたいにして夢組に入っただけで……」
かずらが答えると、つぼみは何かに耐えるような仕草をしながら急に後ろを向く。
「ぺ、ぺんちゃん、って……」
後ろ姿になったつぼみの肩が小刻みに揺れていた。
それを娘はジト目で見ることしかできないでいる。
(今度から乙女組に顔を出したら、ぺんちゃん先輩って言われるんだろうな……)
半ば悟ったような境地に達しつつ、呆然とそう思っていた。
それからかずらの襟首をガッとつかむと、顔を寄せて忠告する。
「……かずら、ここではぺんちゃん禁止ね?」
「え? なんで? ぺんちゃんって可愛くていいと思うけど……」
「あのねぇ。一応、先輩としての威厳ってものがあるんだから。それを、ぺんちゃんぺんちゃんと呼ばれてたら締まらないでしょう?」
「そうかなぁ……」
半信半疑のかずらに対し、もう一度、厳しい顔になってから注意する。
「いい? 絶対にダメだからね」
「う、うん……わかった。わかったけど……やっぱり姉妹よね。そういう仕草、すごくお姉さんにそっくり。なんだか懐かしくなっちゃった」
「……懐かしい?」
妙な形容語である。姉ならここで働いているはずだし、かずらとはほぼ毎日のように顔を合わせていておかしくないはずだ。むしろ妹の自分の方がずいぶんと顔を合わせていないので「懐かしい」はずなのだが……。
娘が訝しがるようにかずらを見たとき、後ろを向いて何かに耐えていたつぼみがようやく立ち直ってこちらを向いた。
「し、失礼しました……あ、大神さんだ」
「ほ、ほら、大神隊長だよ? ここは挨拶しておいた方が……」
つぼみは通りがかった大神を見つけ、それで気がついたかずらも興奮した様子で娘に伝える。
乙女組同期の娘の優秀さを知る彼女は、大神にアピールしておいた方がいいと思い、親切心からそう言ったのだが……
「いいわよ、別に」
「「へ?」」
つれない彼女の反応にかずらとつぼみが戸惑う。
乙女組の大半があこがれる花組の、その隊長である大神は、当然に乙女組内では大人気である。
そうでなくてとも将来の上司となる人に挨拶をするのは、決してマイナスではないだろう。
だが、彼女は大神には興味はない様子だった。
すると──
「大神さん! ちょっといいですか……」
そんな大神が呼び止められる。呼び止めたのは若い男の声だった。
それを聞いて──かずらがピクッと反応する。
やってきたのはコックコートに
「梅里さんッ!!」
大神の元へやってきた彼へとかずらが飛びつくように近づくと、驚いた様子で彼女を見た。
「かずら?……どうしたの? こんなところで」
「練習の休憩中です。で、こっちまできたら親友に会って──」
かずらはそう言って先ほどまで話していた娘の方へと振り向く。
その視線を追ってその娘を見つめ──目が合う。
「キミは……」
「は、はじめましてッ!! 乙女組所属、白繍なずなですッ!!」
なずなと名乗った娘は緊張した様子で、勢いよく頭を下げた。頭の左右でまとめた髪がそれに合わせて大きくたなびく。
「はじめまして。夢組隊長の武相 梅里です」
「は、はイッ! 知ってます!!」
声を裏返して答えるなずなに、名乗った梅里は苦笑する。
「ずいぶん元気のいい
ふと気がついた梅里がまじまじとなずなの顔をのぞき込む。
それから半信半疑な様子で、尋ねた
「キミ、ひょっとして……お姉さん、いるよね?」
「は、はい! 姉は武相隊長の下で勤務している白繍せりです!」
なずなが言うと、梅里は我が意を得たりと笑顔になった。
「やっぱりね。うん。確かに面影があるよ」
「なるほど。確かに、言われてみると食堂の副主任にそっくりだね」
梅里の言葉に、隣にいた大神も同意する。
「梅里さん、聞いてください。このぺんちゃッ──!」
ゴスッと鈍い音を立てつつ、かずらに対しその死角から脇腹になずな肘が衝突して、その言葉は強制的に止められた。
痛みで涙目になるかずら。
「ん? どうかした? かずら……」
「い、いえ……なずなちゃんってすごく優秀で、乙女組では“もっとも花組に近い人”って言われてるんですよ」
「へえ、それはすごいね」
感心した様子の梅里。大神も驚いた様子でなずなを見る。
それに感激したなずなは──
「あ、あの! 握手してもらっていいですか!?」
──そんな二人に向かって、なずなは思い切って手を差し出した。
顔を真っ赤にしてうつむき、片手を目一杯延ばす。
その姿に、梅里はそっと大神を見た。
共に隊長である梅里と大神だが、今まで二人でいてこういうことはたまにあった。華撃団関係者だけや、軍の関係者しかいない場面だったが。
そういうときに求められているのは大神の握手だった。帝国華撃団の花形である対降魔迎撃部隊の隊長であり、従事した作戦の大きさとその貢献度は他の隊長の追随を許さない。
梅里は自分が裏方だとわかっているし、おまけに軍人でない自分が握手を求められることなどないとわかっていた。
それゆえの行動だったが──戸惑いながら大神が出ようとしたとき、なずながうつむいたまま言った。
「お願いします、武相隊長!!」
「──はい? え? 僕、なの!?」
「はい! よろしいでしょうか?」
今まで無かった展開に戸惑った梅里はチラッと大神を盗み見る。
苦笑していた大神だったが、彼に促されて差し出されたなずなの手を握った。
すると──なずなは感無量といった様子でうっとりした表情を浮かべた。
「この人が、あの……」
そんな表情に、見ていたかずらが驚く。
「……花組に一番近い人、じゃなかったの? なずな」
「あら、あたしはずっと夢組志望よ? かずらと違ってね」
勝ち気な笑みを浮かべて言うなずなの表情は、やはりせりによく似ていた。
「あれ? 伊吹先輩って最初から夢組志望じゃなかったんですか?」
「そうよ、つぼみちゃん。かずらも最初は、花組志望だったの。霊子結晶との相性が悪くて霊子甲冑を動かせない、って分かって──あのときは荒れたわよね、かずら?」
「ああッ! その話は絶対にしないって前に約束したじゃない!! しかもよりにもよって梅里さんの前でするなんて……」
話を止めようとつかみかかるかずらを容易くかわすなずなは意地悪く笑う。
それに梅里も乗っかった。
「へぇ、かずらって本当は花組志望だったんだ」
「ご、誤解です、梅里さん。私はずっと梅里さん一筋で、大神少尉に浮気なんてまったくしてません! 好きでも何でもないです! 梅里さんが嫌えというなら親の仇のように憎んでみせます!!」
「あ、あの……伊吹くん? 本人を前にそれは……さすがにオレも傷つくかな……」
大神が苦笑を浮かべるが、必死なかずらは気がついていない。
「それにしても、夢組志望とは珍しいね。白繍……いや、なずなちゃん、だっけ?」
「は、はいィィ!!」
名字だけだとせりと一緒になってしまうので、名前を呼んだ梅里だったが、呼ばれたなずなは妙に興奮していた。
「あこがれの……武相隊長に…………名前呼んでもらえた……もう、死んでもいい」
「ちょ、ちょっと、ぺんちゃん! あこがれてる娘が意外といるって言ってたけど、ひょっとして自分のこと?」
なずなの本心に気がついたかずらが彼女をジト目で見る。
が、それに悪びれずに笑顔を返すなずな。
「あら? あこがれるのは自由だし、恋愛もそうでしょ?」
そういって手した手を自分の胸に抱き、「もう、手を洗わない」と言ったとき──悪寒が走った。
振り向いたなずなはその圧力に思わず霊力を使って防御する。
幸いなことに、即席の障壁はその霊圧を防ぐことができた。
ホッとしたなずなが見たその先にいたのは──
「まったく誰の仕業? こんな危ないことして……って、え? ね、姉……さん?」
うつむき加減にした顔から睨め上げるようにしてこちらを見ていた、白繍せり──なずなの姉であった。
そして力を使ってきたこと──しかもむしろ妖力に近いような
「そんな、なんで……?」
なずなが驚いていると、せりは一瞬我に返ったようにハッとすると、慌てて逃げるようにして去ろうとした。
「姉さん、待って!!」
なずなはそれを追いかけようとしたが、せりはそのまま帝劇の外へと飛び出していった。
──その場を走り去りつつ、せりは自分のしたことに驚いていた。
まさか、妹にまで嫉妬してしまい、さらにはそのせいで霊力が暴走してしまったことを。
(あれは、なずなだから止められた。他の人──
もし今のが乙女組でもトップクラスの実力を持つなずなではなく、まだまだ未熟なつぼみだったら、まちがいなく惨事になっていただろう。
いや、そもそもつぼみは夢組隊長の梅里に敬意を持っているが、それだけだ。露骨な好意を見せることもない。
問題は──かすみである。
彼女と梅里がいれば間違いなく嫉妬する。それはせり自身、わかりきっていた。
そして風組である彼女に、夢組幹部であるせりの霊力が攻撃的に暴走すれば、それを防ぐことができる霊力をもっているわけがない。
(でも……もう、嫉妬が抑えられないのよ。いったい、どうしたら……)
せりは先が見えない絶望感を振り払うように、一心不乱に走った。
──やがて、体力が底をつき、その足が止まる。
そこへ──
「まったく……姉さんは……そんな格好で……どこに、行くつもり?」
帝都に来るまで聞き慣れていた妹の声で、せりは我に返った。
ふと顔を上げると、せりを追ってここまで走ってきたらしく、息を整えつつも「仕方がないなぁ」とばかりに苦笑を浮かべているなずながいた。
ともあれ、せりに追いついたなずなは「いろいろ説明して」と姉を諭して近くにあった喫茶店へと入った。
給仕服で帝劇を飛び出したせりだったが、なずなが持ってきた濃紅梅の羽織を上着にしてそれが目立たないようにしている。
姉を追いかけて飛び出そうとしたなずなを梅里が呼び止め、「持って行って」と自分が着ていたものを貸したのだ。
その際、梅里は──
「今のせりは、僕と話しても心を開いてはくれない。でも姉妹ならできる話もあるでしょ。落ち着いたところで話を聞いて、せりがため込んでいるものを少しは吐き出させてあげてくれないかな?」
──と言っていた。
せりが着ていた給仕服ではあまりに目立つ。かといって帝劇に一度戻ってから再び出掛けるのもおかしい。それを見越して上着を渡したのだ。
なお、この羽織はなずなにとってはあこがれのスタァのような存在である人が直前まで着ていた、脱ぎたての羽織であり、それをここまで来るまでの間に、こっそり顔を当てて匂いをかいだのは乙女の秘密である。
そんな妹に対して姉の方はと言えば、こっちはこっちでその羽織が誰のものかは一目で分かっていたし、妹に言われて着込んだ後は、神経質そうにちょこちょこと袖の先やらに触れて、気にしている。
だが、その姿勢は喫茶店のテーブルについてから、じっとうつむいたままであった。
「姉さん……いったいどうしたの?」
なずなの問いかけにせりは黙ってうつむいたままだった。
改めて姉と対面したなずなだったがその変貌には少なからず驚いていた。
世話をやくのが好きで明るく勝ち気、そんな姉の面影がなかったからだ。
うつむく姿勢は暗く、その顔色も隈のようなものさえあって悪いとしか言いようがない。
それに久しぶりに会ったのだから、矢継ぎ早に妹の体調や近況を気にした言葉が次々と出てくるはずなのに──それは全くない。
(姉さんらしさの欠片もない。まるで抜け殻よ)
それがなずなの感想だった。
返事を待ち続けたが無言は続き、頼んだ飲み物が運ばれ、二人の前に置かれても変わらることなかった。
飲み物は手をつけられることなく、その温度を常温へと近づけていく。
埒があかない、と思ったなずながため息混じりに先に飲み物に口を付けると、それを置きながら口を開いた。
「さっきの、しゃれにならないんだけど。まったく、あたしだったからよかったようなものよ……ついでに言えば、霊力の質。あれはなに? まるで、妖力みたいだったよ」
なずなの指摘でせりはビクッと肩を震わせる。
自覚は──あった。自分自身の昏い心から発せられた霊力が、いつものそれとは質が異なってきていることに。
「姉さん、私たち姉妹でしょ? 他の人に言えないこと、たとえお父さんやお母さんにも言えないようなことでも話してよ。姉さんのすぐ下なんだし、年齢的にも
詰め寄られ、せりの目が泳ぐ。
何かを言い掛けるが──躊躇いがちに口は閉じてしまった。
「……姉さん!」
「ごめん、なさい……」
やっと出たのは謝罪の言葉。
求めていたものではないが、それでも姉がようやく口を開いてくれたことになずなはとりあえず安堵した。
「……姉さん、覚えてる? あたしがまだ小さいころに悪戯してこっぴどく姉さんに怒られたときのこと。あのとき、姉さん言ったよね? ただ謝るんじゃなくて、キチンと自分のしたことを説明してから謝りなさいって」
今では7人となった兄弟姉妹の一番上であるせりは、昔から母親がより下の弟・妹の世話や神社の祭礼等で手が放せないことも多く、母親代わりを務めていた。
それは直下の妹であるなずなにとっては顕著で、その経験が一番多いということでもあった。
彼女にとってせりは、姉であると同時に自分や妹、弟たちの面倒を見る第二の母親のような存在でもあるのだ。
だから、しっかり者のせりは、少しお転婆気質のあるなずなにとって、幼いころは一緒に悪戯をするというよりは、悪戯がバレて怒られる側の人だった。
そんな思い出を頭に浮かべていると、それはせりも同様に昔を思い出したらしく──責任感の強い姉は自分が注意したことを律儀に守って、渋々ながら口を開いた。
「……嫉妬が、止まらないの」
「嫉妬? どういうこと?」
なずなが訝しがるのも無理はない。それだけでは断片的すぎて要領を得なかった。
せりは促されて、少しずつ説明を始める。
「あのね……私の中で、とある人と、私以外の女の人が仲良くするのが許せないのよ」
(とある人って……隠す必要あるの?)
なずなはそう思ったものの、話の腰を折らないように黙って聞く。
「前は……少なくとも今年の春先くらいまでは、それは、もちろんモヤモヤはしたけど、許せたのに……ううん、許せたっていうよりも彼にぶつけていただけかも」
せりは梅里と出会って最初こそ彼をよく思っていなかったが、彼の深い哀しみに触れ、その弱さと同時に立ち向かえる強さを感じて惹かれた。
ちなみに故郷では明るい性格から親しみやすい彼女ではあったが、由緒正しい神社の長女ということで敬われていたことや彼女自身が妹、弟たちの世話に追われたりで恋愛経験がほぼゼロだった。
そんなせりが梅里に惹かれて戸惑ったのは、自分の嫉妬深さである。
世話をやくのが好きなことは自覚していたので、たとえ好きな人ができてその人が他の女の人と多少仲良くしているのを見てもきっと妹や弟を見るような感覚で「しょうがないな」と思う余裕のある態度になる──と思っていたのだが、実際には全然違った。
そういう性格だからこそ、特別な存在への独占欲がかえって強くなってしまっていたらしく、自分が思うような寛大な態度とはかけ離れた態度になってしまっている。
寛容という意味では恋敵であるしのぶの方がよほどそうだろう。そういう意味でしのぶのことを手本にしたいと思っているのだが、ことは恋愛絡みなだけに感情のコントロールが難しくなかなか上手くいかない。
──少なくとも、以前はそういうレベルの話だったはずだ。
「でも、あのとき以来……」
梅里と共に残業したあの日──突然の残業からついイライラして、ちょっとした口喧嘩になり──自分を置いてかずらと、そしてかすみと共に帰ってしまったあの時以来、せりの心はまるで大事なブレーキが壊れてしまったかのようだった。
「あのとき?」
事情を知らないなずなが訊く。
それに答えることを躊躇うせり。
「姉さん……」
「ダメ……駄目よ。それだけは、言えないわ……たとえ、なずなでも」
なずなに促されるも首を横に振るせり。
誰かに話して重荷を降ろしたい、という欲求はあった。しかしそれは──
「言えば私は居場所が無くなる」
──その恐怖を伴っていた。
とても言いづらいことだと理解したなずなはさらに踏み込む。
「姉さんの仲間は、そんなに薄情な人達じゃないでしょ? 事情があるのならそれを含めて話をすれば……」
「違うのよ。そんな問題じゃないの。事が大きすぎて……」
再度、今度は先ほどよりも強い調子で何度も首を横に振るせり。
それに対して悩める姉を心配し、世話になった姉に少しでも恩を返したいなずな。
「……あたしは、どんなことがあっても姉さんの味方だよ? だって……姉妹なんだから。姉さんも、あたしが大失敗したとき、ずっと味方になってくれたことがあったじゃない……力にならせてよ」
話して楽になりたいという欲求がさらに強まる。
対して躊躇う気持ちもまだ強い。自分を守りたいというズルい気持ちだ。それが分かっていても──彼の側から離れたくないという気持ちは何よりも強かった。
うつむいたまま、自分の肩を抱くように身を縮み込ませたせりは、無意識のうちに濃紅梅の羽織をギュッと握りしめていた。
それで意識したのは、彼の優しさだった。
こうしてなずなを追いかけさせたのは、きっと彼だろう。自分よりも身内のなずなの方が話しやすいだろうし、身内のなずなならどんな事情──たとえ自分には話せないようなことでも、きっと味方になれるだろうと判断した、と分かるくらいには彼を理解している。
この羽織はそんな彼の優しさの象徴だった。
それに触れ、包まれたせりは思わず涙がこぼれそうになる。
だから──せりは懺悔した。
他でもない、彼に申し訳ないという気持ちからであり、その優しさに報いるためにである。
「……あの人を撃ったのは……私なの」
ポツリと姉が言った一言に、なずなはその重さに思わず硬直する。
「──え?」
さすがに戸惑った。
だが、姉はそれ以上何も言わない。
「え? あの……あの事件の? 狙撃されたって……ひょっとして……」
要領を得ないなずなだったが、なにを指しているのか察して頷くせり。
「そんな……」
絶句するなずな。
信じられなかった。華撃団に激震を起こしたあの事件の、その犯人がまさか自分の姉だったとは。
さすがにこれは想定外だ。
その告白を無意識に否定するように、思わず首を横に振りつつ、なずなはつぶやく。
「米田司令を狙撃したのが、姉さんだったなんて!?」
ゴンと、とても痛そうな音が喫茶店内に響きわたる。
思わず脱力してうなだれたせりがテーブルに額をぶつけた音だった。
その姿勢のままポツリとつぶやいた。
「……違う。そっちじゃない」
米田が狙撃される前の晩に起きた、夢組隊長襲撃事件。
華撃団のトップが狙撃されたという大きすぎるそれに隠れてしまったり、そもそもその件の布石として一緒くたにされている事件だが、夢組に、そして夢組隊長にあこがれているなずなはその事件をもちろん知っていた。
(まったく……なんてことをしたのよ、姉さん。私じゃどうしようもないよ)
あまりに大きく、そしてあまりに重い事件に関わっていた姉から事情を聞かされたなずなは、荷が勝ちすぎているこの状況に、話を聞いてしまったことを後悔さえしていた。
梅里から「話を聞いてきて」と送り出された以上は戻れば絶対に確認される。
かといってこれを素直に報告するのは、身内として──なによりも姉の想いを知っている者としては躊躇われる。
話を聞いてから、「正式入隊前の私に、なんて重い役目を課すのよ!」と、話を聞いてくるよう頼んだ夢組隊長と、話を打ち明けた夢組幹部に対し心の中ながら大声で愚痴を叫んだなずな。
悩んだあげく、身内としての感情を優先し、姉には「いつかキチンとみんなに話すんだよ?」と言いくるめて責任を放棄するのも無理はないことだろう。
そして不思議と──大帝国劇場へ姉と共に戻ったなずなは、梅里からさらに詳しく聞かれることはなかったのである。
──もちろんそれには理由がある。
二人とも最後まで気がついていなかったが、喫茶店内には姿を隠していた夢組特別班監察係・御殿場 小詠が、その本来の役目のためにいたのである。
【よもやま話】
名前や存在だけは前作から出ていたせりの妹、なずなが初登場です。
旧作ではシリーズの制作順が「1外伝」→「2外伝」の途中→「3外伝」→「2外伝」のつづき……となったため、なずなの元になったキャラは「3外伝」のヒロインでしたから「2外伝」のつづきでは登場してました。
一応、今作終了後に予定している「サクラ大戦3外伝」で、なずなもまたヒロインになる予定ですので。花組候補だけど空きがないので輸出された、ような感じです。
ちなみに、髪型は旧から変えました。途中までは同様に長い髪を後ろでまとめた、としていたのですが、よく考えるとサクラシリーズってツインテール不在なことに気がつき、他とかぶらないので完全に変更です。
Fateシリーズの遠阪 凛とか見て「良い」と思っていたので。