サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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─6─

 その夜──大帝国劇場の中庭に、帝国華撃団副指令・藤枝かえでの姿があった。

 中庭の片隅にある植木の側に立った彼女の傍らには、その木陰に隠れるように人影がある。

 

「米田司令を狙撃した犯人は──やはりあの人物で間違いありませんでした」

「そう……やっぱりね」

 

 そのように評したかえでだったが、犯人はこと狙撃のみについてにいえば、その隠蔽はほぼ完璧だった。

 唯一の瑕疵は、狙撃された米田の側で待機しているべき、陸軍省へと米田と共に行った者がいなかったこと、くらいだ。

 

(その人が犯人だったのだから、当然なのだけど)

 

 しかしそれだって、後からの検証を重ねてやっと疑問が出たレベルだ。それを元に夢組の予知・過去認知班に極秘に依頼し、当日の過去認知を行って判明したことでもある。

 その過去認知を行った者こそ、予知・過去認知班副頭の駒墨 柊だった。

 彼女の墨と水によって和紙に描かれる未来予知はティーラに次ぐ精度を持っている、とされている。だが、彼女には意図的に伏せられた優れた能力があった。

 それは──過去認知。過去に起きた事象を見る霊視、『過去視』の力はティーラや他の隊員を上回っている。

 

「そういう意味では助かったわ、姉さん……」

 

 小声で思わずつぶやくかえで。

 彼女が残していった小さな種が芽生えて、米田司令を狙撃した上に彼女が愛した帝国華撃団に今なお巣くう憎き敵をあぶり出したのには運命を感じてしまう。

 

「影山サキ……まさか彼女が五行衆の一人、水狐だったとはね」

 

 華撃団は事務局という中枢に敵のスパイに入り込まれていたのだ。

 彼女を疑い出せばすべてがつながった。

 

「梅里くんへの襲撃も、彼女の工作が目立つわね」

 

 帰宅時間を遅くさせた食堂の棚卸しは事務局発のものだったが、その期日は改竄させられていた。

 由里とかすみが残業していたのも、聞けば着任間もないサキのミスだったという。

 さらには深夜の帝劇で情報攪乱──眠らせていた柊が電話に出るよう仕向け、断片的情報を得たさくらに対し大神を誘惑することで冷静さを失わせた──さえ行っている。

 また、その襲撃の結果によってかすみが米田の送迎をできなくなり、サキが単独で米田と陸軍省に向かっている。

 そんなサキを疑ったかえでは、ある計略を仕掛けていた。

 先月の夏休み期間中、米田が花組にプレゼントした温泉旅行に影山サキを同行させたのだ。

 疑わしいサキに花組不在中で人目が減っている帝劇内をウロウロされたくない、というのもあった。そして決定的だったのは「尻尾を出させるには、旅行に連れて行ってください」というティーラの予知である。

 その予知通り、同行したサキは大神に持たせた通信装備キネマトロンを盗みだした上に御丁寧に破片になるまで破壊してくれた。

 その破片の残留思念を過去認知班に所属する残留思念探知能力者(サイコメトリスト)が読みとり──月組と力を合わせてその他の証拠も集めて、ついに断定に至ったのである。

 

「これより、影山サキを拘束するわ」

 

 加山に指示を出すかえで。

 だが、その横に控える女性を見てかえでは動き出すのを止めた。

 

「その前に──小詠、あなたは梅里くんの方の事件の犯人、もうわかっているのでしょう?」

「え? あの、それは……」

 

 まさかそれをここで訊かれると思ってなかった小詠は躊躇い。

 

「それは……はい。そのとおりですが……でも信じられません。あの人が、そんなことをするはずが……」

「真実から目を背けることが信頼ではないぞ、御殿場。人を信じながらも事実を探り、真実を見つけることが信頼だ」

 

 隣に立つ加山が口を開く。

 

「お前の信頼する調査班頭は、普通ならウメに弓を引くような人ではないのだろう?」

「無論です……って、え!? 加山隊長、なぜそれを……」

「気がつかないわけないだろ。あんな行動不審者に目を付けていなければ、それこそ目が節穴だ」

「ご存じ、だったのですか……」

 

 脱力したようにがっくりうなだれる小詠。

 

「だが、オレもあの食堂副主任を信頼している。なによりも梅里を大事に思っている気持ちをな。ならば、なぜ弓を引いたのか、そこに隠された謎を明らかにするべきじゃないのか?」

「私も付き合いは短いけど、資料や姉さんからの話を聞いて、彼女が華撃団を裏切って梅里くんを撃ったとは思ってないわ」

 

 かえではそう言うと気を取り直して再度指示を出す。

 

「今は影山サキの捕縛を優先しましょう」

 

 それに加山と小詠はうなずき、三人は帝劇内を、サキを探して歩き回った。

 ──が、そこで彼女を見つけることはできず、それどころか、花組隊員のレニの姿も、忽然と消えていたことに気がついたのであった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──さて、今回の任務は捜索だ」

 

 居並ぶ夢組隊員を前に、狩衣を模した男性用の夢組戦闘服を身につけた副隊長の巽 宗次が説明をし始める。

 時刻はすでに夜になっていた。

 

「対象は花組隊員のレニ=ミルヒシュトラーセ。その乗機である青いアイゼンクライトまで一緒に姿を消しているので、それに乗っている可能性が高い」

「そいつはわざわざ御丁寧にどうも、ってところだな。見つけやすくしてくれるなんて、我々に気を使ってくれてるんですかね」

 

 釿哉にチャチャを入れられて一瞬顔をしかめる宗次。

 

「どこかのバカが今言ったとおり、人を探すよりも大きな霊子甲冑を探す方が確かに楽だが、けっして容易い任務ではない。現在、台風が接近しており、気象条件は最悪だ」

 

 台風接近の報はすでに届いており、大帝国劇場でも昼間に花組のカンナが中心になってそれに備えていた。

 

「夜間で視界も不良だ。雨と風で音もほとんど通じないだろう」

「……待ち伏せには有利な条件、だよね」

 

 梅里の言葉に、宗次は大きくうなずいた。

 

「ミルヒシュトラーセの失踪は、おそらく黒鬼会幹部、五行衆の水狐が関わっている。その可能性が高い以上、隊長が言ったとおり、敵の待ち伏せは十分に考えられる。むしろ罠と想定するべきだろう。だから任務に際し、二次遭難と敵の襲撃に十分に配意すること」

 

 宗次の指示に「了解」という声が返ってくる。

 

「──そして、その対策として捜索部隊は常に三人一組(スリーマンセル)もしくは二人一組(ツーマンセル)での行動を絶対とする。組み合わせはこちらで決めてあるので追って指示を出す……」

 

 宗次の指示が続く中、梅里は五行衆の水狐──影山サキのことを思い出していた。

 彼女が来て間もなく、梅里は戦線離脱したので正直なところあまり接点はない。

 だが──

 

(あの件に、絡んでいたとは)

 

 レニをつれてサキが失踪したことで華撃団の中で手配がかかった際、その疑惑の説明を副指令のかえでと月組隊長の加山から聞かされていた。

 梅里自身が鬼王の襲撃を受けた事件で、そのお膳立てをしたのが水狐だという。襲撃役が鬼王なだけで、おびき出すまではほとんど彼女の差配によるものと聞いた。

 梅里は帝国華撃団の隊長であるし、今までも戦場に立って戦っているので命のやりとりは経験している。人以外ではあれば帝都に来る前の水戸にいたころからだ。

 しかし、名指しで、それも密かに誰かに命を狙われたというのはもちろん初めての経験だった。

 しかもそれが、影山サキという身近にいた顔を知っている人間だったということに驚きと怖さを感じてもいる。

 

(潜入工作、か……)

 

 自然と目はしのぶを見ていた。彼女もまたかつては華撃団に潜入工作をしていた。

 しかし、彼女の所属していた陰陽寮は表向きは華撃団の協力者であったし、敵対的行動といっても隊員の命を狙うようなものはなく、所属者の集団離脱を計画したくらいだった。

 そんな梅里の視線に気が付いたのか、しのぶは梅里を見て小首を傾げると、声を潜めて尋ねてきた。

 

「どうかなさいましたか?」

「いや、水狐のことを考えていただけだよ。春以来、どんな思いでこの帝劇にいたのか、と思ってね」

「……それで、陰陽寮の間者だったわたくしのことを?」

 

 しのぶが少し意地悪そうにクスッと笑みを浮かべる。

 その反応に慌てる梅里。

 

「そんなことないよ。しのぶさんは彼女とは違う。彼女は……僕を、そして支配人を殺そうと企んでいた。全然違う」

「──そうでしょうか?」

 

 しのぶの思いがけない言葉に梅里は戸惑い、慌てて彼女を見る。

 どこか遠い目をしたしのぶは、昔を思い出しながら言う。

 

「もし、あのころ……陰陽寮が、わたくしを隊長にするのを強行し、梅里様を亡き者にしろ、という指示が出ていたら……当時のわたくしなら、実行していたかもしれませんよ。それこそ、この眼を使って」

 

 ほとんど閉じているように見えるその細い眼を指さして、しのぶは冗談めかせて苦笑した。

 しかし梅里は真面目な目で見つめながら、首を横に振った。

 

「前も言いましたけど、しのぶさんは優しいですから、そういうことができる人じゃないですよ。今はもちろん、昔もね」

 

 そういう意味では、根っこのところでしのぶと水狐とは違う、と梅里は思っていた。

 仮に彼女が組織の命令に逆らえず、どうしても殺さなければならなくなった場合だとしよう。

 梅里のことを鬼王に襲わせたのをしのぶがやったとしたとしても、そこまで一緒だろうと最期の手に掛けるところはきっとしのぶは自分でやっただろう。それは他人を信用しないというのではなく、むしろ逆に背負わせないため、その罪を自分で一生背負っていくためであり、そこまで命に責任を持つ人だ。

 

「梅里様……」

 

 その信頼が伝わったのか、しのぶは嬉しそうに微笑む。

 

「でも、影山サキは……水狐は、おそらく違うと思う」

 

 水狐も米田に関しては自ら手を下しているが、それは意味合いが違う。

 影山サキとして多少の接点があったときの様子から推測するに、彼女は他人を信用していないように思えた。信じているものがあるとするならば、華撃団に潜入工作しろと命じた、彼女が忠誠を尽くす絶対的上位者にのみだろう。

 それに成果を捧げるため、もしくは最終的な目的達成を他人に任せることができないため、だから自ら手を下したのだろうと思っている。

 

(そうでなければ、同行した陸軍省で自ら狙撃するなんて、工作員としては下策をとった理由が付かない)

 

 狙撃後に逃走するならその手も悪い手ではないが、その後も華撃団に留まっている。そのつもりなら別の場所にいるというアリバイがある状況で狙撃するか、狙撃を他の者に任せなければ、自分に疑いの目がいくのを防げない。

 事実、混乱から覚めた華撃団に見抜かれ、こうして間者としてバレているのだ。

 

「他人を信用せず、自分のことしか考えられない、そんな寂しい人だ……」

 

 それが梅里の水狐という人物に対する評価だった。

 

「自分の眼が他人を恐れさせることや、その眼で支配した人の心配までするしのぶさんとは違います」

 

 酷な命令をされて実行するのに、もっとも楽なのは上からの命令に盲目的に従うことだ。自ら道具と成り下がって考えを放棄することで、上が望んだこと、自分のせいではないといくらでも言い訳ができる。

 しのぶがそうではないというのは、黒之巣会との戦いの最中に分かったことだ。上から切り捨てろと言われた部下をどうにか救おうと考えていたし、人の心を支配することにも躊躇いを覚えていた、優しくも強い人だ。

 

「そして、魔眼という強い力を持ったのが、あなたのような優しい人でよかった、と心から思いますよ。しのぶさんさんにとっては、迷惑かもしれませんけどね」

「そんな……過分な評価ですよ」

 

 そう言いながら、しのぶは頭を下げる。

 頭を上げたしのぶは、熱い視線──といっても、瞳は見えないのだが──を梅里に向ける。

 しかし──

 

「梅里、まだこんなところにいていいのか?」

 

 ──という宗次の言葉が邪魔をした。

 思わずしのぶが宗次を睨むが、彼は気にした様子もなく、梅里へと話しかけていた。

 

「相方ならとっくに出て行ったぞ?」

「──相方?」

 

 ピンときていない梅里の訝しがるような顔に、宗次は思わずため息を付く。

 

「さっきのオレの説明、聞いていなかったのか? 天候悪化を配慮に伴う二次遭難を警戒して、単独行動を禁止。おまえの場合は二人一組(ツーマンセル)で行動するように、と言っただろ?」

 

 確かにその辺りまでは聞いていた気がするが、二人一組か三人一組だったと記憶していた。

 自分が二人一組を当てられていたのは聞いていなかったし、おまけにその相手が誰なのかも聞いていない。

 とはいえ、この流れでは宗次は間違いなく相手が誰なのかは言っていただろう。

 気まずくなりながら苦笑を浮かべる梅里に、宗次はそれを察した。

 

「相方は白繍だぞ」

「え? せりなの!?」

 

 驚いた梅里だったが、宗次はそれに対して逆に不思議そうな顔をした。

 

「そうだ。広範囲の探索になるが、この暴風雨では伊吹の音響探査は役に立たない可能性が高い。現状では白繍が一番頼りになると判断し、その護衛にもっとも信頼がおける者をつけたつもりだが……」

 

 なるほど、確かにそれならうなずける理由である。敵の待ち伏せに言及したのは他ならぬ梅里自身だ。

 だが、肝心なことを考慮していない。今、梅里はせりに避けられているのだ。

 そう梅里自身は思っていたのだが、宗次の考えはやはり少し違っていた。

 せりは、梅里だけでなく他の誰とも距離を置いているので連携をうまくとれそうな相手が皆無なのである。

 それゆえ、もっとも親密である梅里をつけたのだ。

 

「不満でも今更変えられないからな」

「了解……で、肝心のせりは?」

「せりさんなら、ずいぶん前……巽副隊長の説明が終わるや、出て行かれたようですけど?」

 

 しのぶが小首を傾げながらそう言うと、梅里はあわてて追いかけるように部屋から飛び出した。

 

 

 ──それから他の隊員たちに確認すると、せりは会議が終わるや梅里を待つどころか接触しようともせずに、探索のために飛び出していったことが判明する。

 

「──こういうのを、二次遭難っていうんじゃないの?」

 

 単独行動で飛び出していったせりの行方を知っているものは誰もおらず、思わず梅里がつぶやく。

 やむを得ず、梅里はせりが向かったと言われる方へ、当てずっぽうで進んでいくしかなかった。

 




【よもやま話】
 やっと、原作ゲームでの「レニよ、銃をとれ」の戦闘直前あたりまできました。
 そういうわけでそろそろ水狐退場なんですけど……当作ではまだ3話なんですよね。早い感じがしてしまう。
 後半は最近、書いていてしのぶのシーンが少ないのに気がついて、あえていれました。
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