サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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 水孤は倒された。

 直前にかえでや加山たちによって追われていた彼女こそ、米田司令を狙撃した犯人であり、その下準備の混乱のために鬼王に梅里を襲わせ、さらにはせりを操って狙撃させた犯人でもあった。

 その悪行が続々と明らかになる──その前に、せりは「梅里をうったのは私です」と申し出ていた。

 そして、夢組内ではその諮問委員会が開かれていた。

 

 花やしき支部の地下施設にあるその一部屋で、それは行われていた。

 正面に座るのは夢組隊長の梅里。そして、それを挟むように副隊長の宗次としのぶが席についている。

 その正面の証言台に立っているのは、諮問される相手──夢組調査班頭の白繍せりだった。

 諮問側の席には、先ほどの三人のさらに横に、副支部長であるティーラと特別班の面々がさらにいる。

 また、参考人として、梅里が襲われたときに現場に居合わせたかずらと、夢組でこそないものの同じく現場に居合わせた風組のかすみが呼ばれ、脇の席に座っている。

 すでにあらかたの聴取は終え、せりが最終の弁論を行っていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──私が覚えているのは、以上の通りです。梅里……いえ、武相隊長をこの手で射抜いたことに間違いはありません。いかなる処分も異議を申し立てることなく、甘んじて受けるつもりです」

 

 そう言って頭を下げ、自分の言うべきことはすべて言ったと意志表示する。

 それを黙って訊いていた面々。

 その中で、正面に座っていたしのぶが口を開いた。

 

「せりさん、あなたは敵である五行衆の一人、水狐に操られていたのは間違いないと思われます。そのような証拠も十分に認められておりますし、ここに居合わす皆が異論がないことと思われますが……それについて、なにも主張しなくてもよろしいのでしょうか?」

 

 しのぶの問いにせりは、しっかりと頷く。

 

「はい。敵に操られたのは、私の嫉妬心を利用されてのことです。それは私の未熟の証であり、利用されたのは、私の責任ですから」

 

 ハッキリと答えたせりに、しのぶは線のように細い目の上にある形の良い眉をひそめていた。

 正直、これは形ばかりの諮問会といってもいい。

 操られたせりが本気で悪いと思っているものはいないし、知らないうちに利用されたせりが制裁をうけるのも理不尽なように思える。

 だからせりには強い罰を与える気はないのだが──困ったしのぶは思わず宗次を見ていた。軍属の彼であれば、なにかちょうどいいくらいの処分を知っていて、それを下してくれるのではないか、という気持ちからだった。

 だが──次に口を開いたのは宗次ではなかった。

 

「あの……私からもよろしいでしょうか?」

 

 そう言って手を挙げたのは参考人席にいたかずらだった。

 本来であれば諮問委員会に入っていないかずらがなにかを聴取するのはおかしいところだが、同じ夢組──それも調査班頭と同副頭という上司部下の関係である。

 進行を担当している宗次はかずらの発言を認め、彼女はせりに尋ねた。

 

「せりさん、どんな処分も受けるって言ってましたけど……それが懲戒除隊であってもですか?」

「もちろん、そうよ」

「そうなったら梅里さんと会えなくなりますけど、大丈夫ですか?」

 

 ハッキリと頷くせりに、かずらは少し意地悪をする。

 だが、せりはそれに反撃し──訝しがるようにかずらを見た。

 

「なんで? 梅里とは会えなくならないと思うけど?」

「なんでって……だって、華撃団員じゃなくなるんですよ? 食堂副主任ももちろん解雇(クビ)でしょうし」

「あら? 心配してもらわなくても大丈夫よ。この人の側にずっと居ればいいことだから。例えば……結婚して、とかね」

 

 

「「「な──ッ!!」」」

 

 

 その場にいた中の三人の女性の間に緊張が走る。

 かずらが驚き、しのぶの眉が跳ね──

 

「ちょっと待ってください。どうして、三人の間に緊張が走ってるんですか? せりさん抜いて三人は計算が合いませんよ」

 

 眉をひそめて、かずらが文句を付けていた。

 そして、彼女はかすみを振り返る。

 

「なんで、かすみさんが緊張を走らせたんですか?」

「え? そんなこと……ありませんけど?」

 

 微笑みながら首を傾げるかすみ。

 その表情が苦笑めいていることを見抜いたかずらは、さらに問いつめる。

 

「かすみさん、関係ないですよね? 関係ない部外者じゃないですか。なんでかすみさんが緊張を──」

 

 関係ないことで騒ぎだしたかずらにため息をつく宗次。

 

「近江谷姉妹、つまみ出せ」

「「了解!」」

 

 宗次の指示で絲穂と絲乃によって両腕を掴まれて連れて行かれるかずら。

 

「なっ? ちょっ……放してください、二人とも。話はまだ……」

 

 出て行く最後までかすみに「この、泥棒猫ー!!」と叫んでいたので、居なくなった瞬間に宗次が再度──今度は深くため息をつき、かすみに「申し訳ありませんでした。ウチの若いのが」と軽く頭を下げる。

 それから気を取り直し──

 

「さて、どうする? 梅里」

「どうするって言われても……僕は民間登用でこういうのはまったく経験がないし、目安さえもわからないよ?」

 

 懲罰内容を決める実質的な最終決定権は隊長である梅里にあるだろう。

 その内容を、華撃団司令の米田中将の名前で命令することになるが。

 ちなみにそこにいる中で、懲罰内容について話し合うのはあくまで隊長と副隊長の三人であり、副支部長というそれに準ずる地位のティーラが参考意見を言える程度だ

 他の特別班の面々は、書記や司会進行役、また先ほどかずらを連れ出すような役目を担っているのだが──もっとも大きな役割は目立たぬように、夢組戦闘服の上にフードを目深に被って顔を隠している『読心(サトリ)』の御殿場 小詠が嘘をついていないか確認していることだ。他の四人は小詠がいることのカモフラージュのために出席しているようなものである。

 

「ふむ。ではこの場合は、そうだな……」

 

 しのぶもまた陰陽寮に所属していたが、同族経営のような組織では余程のことでなければ懲罰はない。

 実際、しのぶも過去に離反するような動きを見せたのに、お咎めなしで復帰していた。

 頼りになるのは実質、宗次のみ。

 彼が下した判決は──

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「不当です! 不服です! 控訴しますッ!!」

 

 そう不満を主張しているのは、諮問委員会から叩き出されたかずらだった。

 すでに委員会は終了し、せりに下された処分が張り出されたのだが──それを見て騒いでいるのだ。

 その手には、柊に頼んで書いてもらった紙──立派な字で“不当判決”と書かれたもの──を掲げている。

 

「なんですか、この隊長預かりって……こんなの、罰じゃなくてご褒美じゃないですか!!」

「でも、せりさんは操られてたんでしょ? 私たちだってそうなっちゃうかもしれないわけだし……それなら、あまり厳しいのは、ねぇ」

 

 隣で見ていた、結果が気になり、わざわざやって来ていた舞がフォローする。

 自分が同じように操られ、意に反して誰かを傷つけたとしたら……厳しい罰を課せられるのは理不尽だと思うだろう、と彼女は思ったし、それは他の隊員達の感覚も近い。

 しかし、そんなもので引き下がるかずらではない。

 というか、処罰の軽重を問題にしているのではなかった。

 

「だったら、私も誰かを瀕死に追いつめれば……そうすれば梅里さんに預かってもらえるわけで……」

「あの、かずらちゃん? そういうわけじゃないと思うけど……」

 

 舞の声はかずらに届かない。

 

「そうですね、梅里さんを狙うわけにはいきませんから、巽副隊長あたりを鈍器で、渾身の力で殴れば……」

「──それは明らかな殺人未遂だな、伊吹」

 

 かずらの計画で手に掛けられる予定の被害者、宗次本人の冷たい声で我に返るかずら。

 

「……た、巽副隊長……これは、その……えっと……」

「しかしその細腕と体力では無理だな。よし、鈍器に渾身の力を込められるように、乙女組のころを思い出して特訓といくか。なぁ、伊吹?」

 

 そう言う宗次に肩を掴まれたかずらは、それ以上騒ぐことはなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 その少し前──委員会が終わり、宗次が指示していた特別班の遥佳が、下された処分結果を掲示しに真っ先に部屋を出て、それ以外のメンバーも続々と出て行く。

 その中で最後まで残っていたのは、共に花やしき支部所属になっている宗次とティーラだった。

 他の本部メンバーが出て行ったあと、宗次は大きくため息をつく。

 

「おつかれさまでした、巽副隊長」

「ああ。こういうのはあまり気分いいものではないな」

 

 珍しく苦笑する宗次に、ティーラも微笑みを浮かべた。

 

「お前にも苦労をかけたな。梅里襲撃時の一件、花組の真宮寺が気にしていたぞ」

「あら、存じてますよ。どうやら庇ってくださったようで……ありがとうございます。そのさくらさんから、想い合っているんですねと言われましたよ」

「な……」

 

 クスクスと笑うティーラに絶句する宗次。

 咳払いを一つしてから、気を取り直した宗次は「む……」となにやら考え込む。

 

「……どうかしました?」

「いや……疑問に思ったことだが、呪術というのは術者が死ねば、その効力は完全に消え去るものなのか?」

「……せりさんのことですか?」

 

 ティーラの確認に頷く宗次。

 副隊長になって三年目になる宗次だが、やはり魔術、呪術といった専門的な知識は分からないことも多い。

 

「司令から言われたが、アイツはこの前も梅里を狙おうとしていた。隊長預かりという処分にはしたが、その影響が残るのなら、梅里の近くに居させるのはマズいことになりかねない」

 

 その恐れは頭にあったにも関わらず、せりを梅里の預かりという処分にしたのは、距離をおく方が彼女の嫉妬心を煽るという判断からだった。

 距離をあければ嫉妬心を煽り、近づければ命を狙う危険が増す。いかんともし難く、宗次の頭痛の種でもある。

 

「そうですね。呪術の種類によると思います。力が残るのも消えるのも、どちらもあり得ることかと……」

「今回の、水狐の呪術はどっちだ?」

 

 宗次の問いにティーラは首を横に振る。

 

「わかりません。ですが隊長から魔操機兵・宝形が倒されたときにせりから呪力が抜けるのを見た、という話もありますし……不安なら検査を実施してはどうでしょう?」

 

 ティーラの提案に、宗次は腕を組んで難しい顔をする。

 

「元々、検査に引っかからなかったからな。反応するかは疑問だろう」

 

 梅里襲撃事件後、巽は特別班と共に隊員を対象にした検査を密かに実施しており、犯人のあぶり出しを行っていた。無論、反応はなく、犯人がせりと確証を得るのは、小詠がなずな相手に真相を語ったのを隠れて傍聴するのを待たなければならなかった。

 

「二度も三度も不覚を取りはしない、と信頼はしているが……身内には甘いからな、アイツは」

「それが隊長の良さ、でもありますけどね」

 

 二人してため息をつく。

 そこへ──

 

「……外が、騒がしいな」

「……声からすると、かずらさんでしょうか?」

 

 なにやら聞こえてきた大きな声に、宗次はこめかみを押さえ、ティーラは苦笑を浮かべる。

 

「他の組に迷惑だからな。止めてくる」

「いってらっしゃいませ……」

 

 席を立ち、部屋から出て行く宗次を、ティーラは見送った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 処分が下されて委員会が終わり、せりはある人を追いかけた。

 和服のような服を着て静かに歩く彼女に追いつくのは、それほど難しいことではなかった。

 

「かすみさん!」

 

 せりが呼び止めると、かすみは足を止めてゆっくりと振り返る。

 長い編んだ髪を体の前に垂らした彼女は、落ち着いた物腰でせりに微笑んだ。

 

「あら、せりさん。そんなに急いで、どうかしたんですか?」

 

 見る人の気持ちを落ち着かせるその雰囲気。

 大人の余裕を感じさせるその佇まいに、せりは──

 

(やっぱり、あこがれちゃうなぁ)

 

 ──そう思ってしまう。

 だが、もちろんそれを確認するために呼び止めたわけではない。

 せりは頭を下げた。彼女のトレードマークである左右のお下げが勢いよく揺れる。

 

「あのとき、止めてくださってありがとうございました」

 

 せりの唐突な謝罪に、かすみは面を食らった。 

 顔をあげたせりはさらに続ける。

 

「あれがなければ、きっと私は、取り返しのつかないことを……」

 

 深刻そうなせりに対し、かすみは笑みを浮かべる。

 さっきの微笑みとは違う、なにか含みのある笑みだった。

 かすみは、そんなせりの謝罪にもちろん心当たりはあった。せりが妖気の矢を放とうとしているとき、通信を使い大声で話しかけて、結果的に正気に戻して止めている。

 

「はい。ですから、完全にせりさんのために、というわけではありませんよ」

「え?」

 

 戸惑うせりをよそにかすみはキッパリと言った。

 

「あくまで梅里くん──いえ、武相隊長を助けるためです」

「な!? それって……」

 

 せりを見るかすみの顔は──普段、彼女が見せる顔とは明らかに違っていた。それに気がついたせりは──

 

「まったく。素直に頭を下げたのに……」

 

 小声で思わず不満が口をついて出た。少しだけ怒気が頭を出している。

 一方、それを聞いたかすみは澄ました笑顔で返した。

 

「ですから、頭を下げていただく心当たりがありません。あくまで彼のため、そして自分のためにしたこと。それとも……せりさんが恩と思うのなら、なにか恩返しをしてくださるのでしょうか?」

「はい。それはもちろん。私も恩知らずではないつもりですから。でも──」

 

 せりはそう言って苦笑する。

 

「──彼が絡まない話でお願いしますね。また嫉妬が暴走して、今度はかすみさんに矢を放っちゃうかもしれないですし」

「まぁ、それは怖い。私にはそれを防げませんし、誰かせりさんの矢を防げる人に守ってもらわないと」

 

 せりの冗談に、かすみは大げさに芝居がかった様子で怖がる。

 

「一人だけ心当たりがありますが、いつ飛んでくるかも分かりませんし……困りましたね。彼に付きっきりで守ってくださいと、頼むしかありませんね」

 

 そう言って笑みを浮かべたかすみ。

 その顔を含め、先ほどからの彼女から浮かべているものは──明らかに女の顔だ。普段、彼女が見せている誰にでも優しい穏和なそれとは異質な、そしてほとんど見たことがない、競うための目。

 しかし、それに怯むせりではない。

 

「かすみさんって、意外と意地悪なんですね」

「ええ。私は手強い敵に塩を送れるほど、自分に自信があるわけでも、聖人君子なわけでもありませんので」

 

 先ほどからチクチクとせりの心を刺激してくる。今のもわざわざ彼の愛刀『聖刃(せいじん)薫紫(くんし)』と同じ音の語を出したのだろう。

 

「それって……宣戦布告、ってことですか?」

 

 せりの問いに、かすみは笑みを浮かべたまま、じっとせりを見つめるだけだった。

 手強い、と思う。

 落ち着いた大人の女性としてせりもあこがれる彼女が恋敵(ライバル)となるのは、気が気ではなかった。

 しかし──せりはふっと警戒心を解いて笑みを浮かべる。

 せりは、かすみの意図に気がついたからだ。わざわざこんな場所で挑発するようなことを言い出した、彼女の真意に。

 

「……やっぱり、優しいですね。かすみさん」

「なにがでしょうか?」

「いえ……私、負けませんから」

 

 勝ち気な笑みを浮かべながらの宣言。それを受けて浮かべたかすみの笑みは──どこか安心しているように見えた。

 

「では、恩返しは貸し一つ、ということで……」

 

 彼女は笑みを浮かべたまま軽く頭を下げ──振り向くと、そのまま去っていった。

 

(かすみさんの取り立てかぁ……怖いなぁ)

 

 それを見送りつつ、せりは思わず苦笑していた。

 そして──ようやく主任が戻り、副主任が復調し、メンバーがそろった食堂へと、戻っていった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──数日後の夜、かすみは同僚の由里と帝劇近くのバーにいた。

 

「まったく、かすみは優しすぎよ……」

「せりさんと同じようなことを言うのね、由里は」

 

 呆れたような由里に対して、かすみは苦笑を浮かべる。

 

「夢組の子から聞いたわよ、せりとのやりとり……」

 

 帝劇一の情報通である由里の情報網は広い。せりへの処分はもちろんとっくに知っていたし、それを聞いた女性夢組隊員が、偶然、せりとかすみが話をしているのを聞いており、その内容も聞いたのだ。

 もっともその夢組隊員が由里に話したのは、あまりに意外なものを間近で見聞きしたからであった。

 

「かすみにしては、ずいぶん乱暴な手……に見えるけど、実際はそうじゃないんでしょ?」

 

 温厚で誰にでも優しく丁寧なかすみの印象とはかけ離れたせりへの態度。

 まるで挑発してせりの悪感情を煽るような手は、彼女の同僚でもある夢組隊員にも悪い印象を与えているようであった。

 それを心配したからこそ、かすみの同僚である由里の耳に入れた方がいいと判断して、話してくれている。

 もちろん、かすみとの付き合いも長くなる由里には、かすみのやったそれは──彼女の優しさからくるものだと気がついている。

 

「なんのことかしら?」

「とぼけても駄目よ。せりを煽ったのは嫉妬心が暴走しなくなったのを確かめるため。万が一に備えて、勤務員の多い──もしもの時に止められる人が多い花やしき支部で、わざわざ確かめたんでしょ?」

 

 由里の確認に、かすみは苦笑を浮かべるだけで、肯定も否定もしなかった。

 かすみのあのときの言葉の裏には、彼女の、

 

 ──本当にもう大丈夫なんですか?

 ──嫉妬心をまた暴走させて、人を傷つけるようなことは、ありませんね?

 

 そんな問いが、せりの嫉妬心を煽った言葉の裏には隠されていた。

 

「言葉の内容聞いたけど……かすみらしくない、なんてものじゃないんだから、バレバレよ」

「かもしれないわね」

 

 答えつつ、手元のグラスに目をやる。

 

「でも、私だって命懸けにはしたくないわ。だから確かめさせてもらったのよ。安全確認は私達風組にとって基本中の基本でしょう?」

「それは……まぁね」

 

 空挺輸送部隊風組のモットーは確実に、迅速に、そしてなによりも安全に、である。かすみも由里もそれを叩き込まれていた。

 答えた由里は、グラスを一気に傾けて飲み干し、かすみを睨むようにジッと見つめる。

 

「それで、かすみ……あなたの恋は発車オーライなわけ?」

 

 絡むような物言いになった由里に、かすみは苦笑混じりに由里の顔を見る。

 由里の顔は明らかに、酒に酔って赤くなっていた。雰囲気も少しあやしくなり始めている。

 

「突然、何を言い出すの? 由里。あなた少し飲み過ぎじゃ……」

「あ~、飲んでますよ。素面(しらふ)じゃ聞けないもの、こんな話」

 

 開き直る由里。だが、かすみの年齢からデリケートにならざるを得ない部分も多いこの話題、突っ込んだ話をするのに、酒の力を借りないわけにはいかなかったのだ。

 

「いい? この際だからハッキリ言うけど──さっきの話は、たぶんせりも気がついてると思うわよ。あの娘、気持ちを汲むのが上手いから。だとしたら、宣戦布告の意味も半減するじゃない?」

 

 据わった目でみつめる由里に、かすみは苦笑を浮かべる。

 

「心配するということは、由里は私の応援してくれる、という解釈でいいのかしら?」

「推奨はしないけどね、あの人気物件は。すでに三人も狙ってるわけだし、しかも周回遅れのハンデスタート。かすみ……あなた、もう、そんな冒険できるような歳じゃないでしょ?」

 

 酒に酔いながらも呆れた様子の由里の物言いに、かすみは確かに酒でも入ってなければ言えなかったでしょうね、と思う。

 そしてそこまでしてでも本音を言ってくれた同僚に感謝する。

 だからかすみも本音で答えた。

 

「あら、勝ち目が無いなんて思ってないわよ」

「……どういうこと?」

「たとえハンデ付きでも、競争相手がその場で止まったり、ほとんど動いてなければあっという間に追いつけるんじゃないかしら? 私たち風組のモットーは“安全に”と“確実に”、それともう一つ……」

 

 そう言ってから手元のグラスに口を付け、流し見るように由里へと視線を向ける。

 

「“迅速に”でしょう? それに関して夢組に負けるわけにはいかないもの」

 

 そう言ってフッと笑みを浮かべるかすみの表情は、間違いなく女のそれだった。

 




【よもやま話】
 かすみって人がよすぎるから、肝心なところで取り逃がしたり横取りされてしまっているのではないか、という憶測で書いてみました。
 だって、あのスペックで婚期を逃しかけてるとか、あり得ないでしょ。
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