サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
水狐の死の影響はもちろん華撃団だけでなく、黒鬼会にもあった。
彼女に想いを寄せていた金剛はその死を受けて荒れていた。
しかし、それ以外の五行衆の反応は冷めたものだった。仲間意識というものがほぼない彼らにとって仲間の敗死は、敵へ怒りよりも死んだ仲間への嘲りの方が強かったくらいである。
参集した五行衆だったが次に華撃団と戦うのは火車と決まり、解散──となりかけたところで
「あの……少し、よろしいでしょうか?」
その場に来ていた『人形師』が割り込んだ。
「なんだ? 貴様……」
「水狐様の死亡により生じた空席に、ついてですが……」
金剛が、怒りのこもったキツい視線で睨みつける。
「テメェ……」
「いえいえ、別に五行衆の……というわけではございません。我が黒鬼会の諜報部門、その長について──でございます」
視線に怯むことなく、慇懃に頭を下げるその人影。
舞台の黒子のような顔を隠した黒装束。
それを憎々しげに見ていた金剛は、興味を失ったようにぶっきらぼうに答えた。
「どうでもいい。好きにしやがれ」
「金剛様は異議なし、と──」
人形師はその前面を黒い布で覆われた顔を、別の人物へと向ける。
「ワシも構わんよ。計算を狂わさない、と約束できるのなら……」
老人──木喰が、含み笑いをしながら頷いた。その横では、眼鏡をかけた長髪の男──火車も答える。
「私も異議はありません。邪魔だけはしないようにお願いしますよ」
残るは──六本腕の異形の女、土蜘蛛は厳しい顔をしていたが、まるで意識はここにないかのように無反応だった。
「……土蜘蛛様?」
「やれやれ、夢組隊長とやらに付けられた傷がうずくのでしょう」
火車が揶揄するように言うと、土蜘蛛が視線をあげて睨みつける。
「あん? キサマ……なんて言った?」
「おや、ちゃんと聞こえているじゃないですか。それならきちんと反応してあげてください。彼が可哀想ですよ」
ニヤニヤと笑みを浮かべる火車を不快げに睨みつけた土蜘蛛は面白くなさそうに視線を黒装束の男へと向ける。
「勝手にしろ。水狐の部下どもなどに興味はない」
「興味があるのは傷を付けた敵のみ、ですか?」
火車の言葉に、土蜘蛛は改めて激昂し、手の一つで彼の胸ぐらを掴む。
「いやいや、恥じることはありませんよ。あれは、そこにいる彼も水狐の要請で襲撃したものの反撃にあって深手を負わせるほどの手練れ。おかげで、今まで動けずにいたくらいですからね」
胸ぐらを掴まれたまま、涼しい顔で言う火車が顎で示した先には、鬼面に着流し姿の男──鬼王が無言で佇んでいた。
「フン……」
掴んだ胸ぐらを離す土蜘蛛。不満も露わな顔で睨みつけていたが、それ以上は何も言わずに引き下がった。
「さて、鬼王様……承諾、願えますか?」
その傍らで見守っていた顔を完全に隠した黒装束の『人形師』が、土蜘蛛が矛を収めたので鬼王へと振り返る。
「異論はない。が、“あのお方”の裁定は仰ぐべきであろう」
「それは抜かりなく……すでに得ております」
恭しく一礼する『人形師』に、鬼王は「ならば、その通りに」と言い残し、消えるようにその場から去った。
他の五行衆もそれを合図に次々と姿を消していく。中には、すでに許可を取っていたことを、却って面白くなさそうに捉え、不満を露わに睨みながら去っていくものさえいた。
「まぁ……とりあえずは、目障りな上がいなくなったのは、良いことです」
『人形師』はそう一人
そして──彼は、その地位を得てから指示を出した。
その対象は、目の前にいる──『
帝都某所で密かに接触した彼は、ローカストに対し、冷徹に事実を突きつけた。
「なっ……ワタシが、キサマの下につくですって!? 冗談じゃない!!」
「真剣な話ですよ。諜報部門の長だった水狐の地位は私が引き継ぎ、それを幹部も認めています。正式な手続きを経たものですよ」
「そんな話、聞いていない!! ワタシが預かり知らないところで、そんな引き継ぎなど……認められないわ!!」
「貴方が認めるとか認めないとか、そんな権限無いじゃないですか。そもそも、ただの協力者でしかなかったあなた方が、“どうしても”と頼んできたから入れてあげただけですよ?」
「そうよ。その通り。だからこそ、ワタシの立場は“あのお方”と対等に近い──」
「──黙れ小娘」
『夢喰い』の言葉を遮るように、殺気さえまとった『人形師』がきつい口調で言い放った。
「お前ごときが対等? そんなわけないだろう、ただの虎の威を狩る狐が」
「な……侮辱するつもり!?」
「侮辱? 事実を述べただけだろうが!」
普段の慇懃な口調をかなぐり捨て、『人形師』は本性を露わに言葉を吐き捨てる。
「貴様同様、水狐とて三流よ。米田狙撃までの手腕は誉めてやるが、それ以降はまるでなっていない。あの色惚け
あきれ果てるといわんばかりの大仰に肩をすくませた。
「そのせいで却って悪目立ちする始末。深川での海軍大臣暗殺計画ではあろうことか華撃団の花組隊員に対し、第三者を介することなく直接「料亭に京極陸軍大将がいる」と偽の情報を流し、さらには旅行先では敵の通信機に細工すればいいところをわざわざ物理的に破壊だ。バレるのも当たり前……むしろなぜバレ無いと思ったのか、聞いてみたいものだ」
心底呆れ果てた様子の『人形師』。
それから、彼はローカストを振り返る。
彼の顔を覆い隠す黒い布で隠れたい眼光が、射抜くように銀髪の女を睥睨し──
「貴様はそんな下手を打つなよ、ローカスト」
その口調のままで釘を差した。
そのあまりの豹変に、ローカストは言い返すことができず、その力関係も完全に定まっていた。
──さて、大帝国劇場の食堂は昼の営業を終えて、夜の営業の準備開始までの間の休憩時間となっていた。
梅里が戻り、せりも完全に復調し、メンバーもそろって完全となった食堂は、余裕さえ感じさせる安定ぶりだった。
特に、梅里の負傷は下町の神社の氏子衆が知っていたほどの話になっていたが、その彼が復帰したという話題もあっという間に知れ渡り、それを目当てに戻ってきた客もいて、繁盛を極めていたのだが、それでも人数のそろった体勢の食堂はビクともしなかった。
「──で、主任ったらレニを男の子だと勘違いしていたのよ。この前の戦いの時まで」
梅里をからかうように言うせりの言葉に、食堂勤務の面々が思わず笑う。
中でも釿哉は──
「──え?」
真剣な顔で戸惑うほどに驚いている様子だった。
「いや、主任殿はしばらくおりませんでしたからな。戻ってこられたころには話題になっておらず、分からずとも仕方ないことでしょう」
苦笑する和人と、それに対して──
「イヤイヤ、皆気づいていたんだカラ普通わかるデショウ?」
珍しく笑みを浮かべて言うロバート。
女性陣も、カーシャも苦笑を浮かべており、あの紅葉に至っては──
「え? レニって最初から女性だったじゃないですか」
天性の勘が働いたのか配属当初から気がついていたという驚きの事実も判明しつつ、梅里は憮然としていたのだが──
「……あれ? 釿さん、いつもと調子が違いますけど、どうかしたんです?」
どうにも反応が薄い釿哉を不思議に思った舞が、訝しがるように彼をのぞき込むように表情を伺っていた。
「ど、どうもしてねーよ?」
「……ひょっとして、釿さんも気づいて……なかった、とか?」
急にニヤニヤし始める舞に対し、釿哉はごまかすように視線を逸らす。
「そんなことねーし。もちろん気がついてたから」
「いやいや、嘘つかないでいいですよ、釿さん。主任みたいに留守にしていたわけでもないのになんで知らなかったんだろう、とかみんな思ってませんから」
「思ってんだろーが! というか、まぁ、気づいていたけどね。大将はともかく、オレは気付いていたけどね!」
ムキになる釿哉に対し、舞は日頃のお返し──むしろ最初のセクハラのお返しとばかりにからかいはじめる。
「そうですね~。釿さん気付いていましたもんね~」
「その優しい目をやめろーッ! 当たり前のことだろ、そんなの。むしろレニは女以外ありえないし。だって、レニが女じゃなかったら──それに負けてる薄っぺらい胸の塙詰も男ってことになっちまうだろ、なぁ、大将?」
「え……」
釿哉の発言で、し~ん……とその場が凍り付いた。
誰も黙り込み、気まずそうに目をそらす。
もちろん、釿哉はその場にしのぶがいないことは確認済みで言ったのだが──
「あれ? ……スベった? ゴメンよ……いや、違くて、ヨモギの言う「せくはら」とかそういうんじゃなくてだな……」
「釿さん、釿さん……」
「なんだよ、大将。少しは笑ってくれたって……」
振り返って梅里を見た釿哉は、梅里が表情をこわばらせたまま、こっそり釿哉の背後を指さしているのに気がつく。
その直後──背後からは、凍てつくようなひんやりとした空気を感じられた
背筋が寒くなる中、氷点下の声が背後から聞こえてくる。
「あら、梅里様は……どう思ってらっしゃるのでしょうか? わたくしの性別について……」
「はいッ! 誰がどこからどう見ても、とても素晴らしい大和撫子だと思います!」
釿哉がいないと思っていたしのぶは、いつの間にかこの場に戻ってきていた。
梅里は彼女の放つ迫力に負けて即答していた。
その顔に引きつり気味の笑顔を張り付かせて答えると、彼女は菩薩のような笑みを浮かべる。
「あら、うれしゅうございます。お褒めの言葉、しかと刻ませていただきます。この──」
胸に手を宛てて感じ入ってそう言ったしのぶは言葉を切り──
「わたくしの“
つかの間の春が終わり、再び極寒の冬へと戻る、その場の空気。
そう続けたしのぶは、視線を梅里から釿哉へと変えて睥睨し、その細い目からは金色の瞳が見え隠れしていた。
「さて……なにやらおもろい話、してましたなぁ、釿はん」
「──ッ!!」
まだほとんど開かれていないその瞳と目が合う。
(まずい、アレに睨まれたら動けなくなる!)
釿哉はそう判断して脱兎のごとく逃げ出す。
しかし──その動きは一歩で止められ、それ以上はどう頑張っても動きはしなかった。
「まさか、縛界だと!? ずるいぞ、塙詰ッ!!」
釿哉を捕縛結界が捉えていた。しのぶの手には扇──深閑扇・樹神が握られており、バッと開かれる。
その扇の向こうに、見下ろしているような金色の瞳。
「さて、いろいろと意識改革、してあげまへんとなぁ……」
そう言って静かにほほ笑むしのぶの姿に、身動き取れない釿哉の顔が引きつった。
……そんなふうに一悶着起こしている間に、魔眼の強い力を感じたかえでが血相を変えて飛んできて──どうにか事態は収まるのだった。
それから釿哉は──しばらくはしのぶの胸をネタにするようなことはなかった。
【よもやま話】
梅里が、レニが女であることを知らないのは、よく考えたらタイミング的に知らないままになってそうなことに気がついたからです。
釿さんが知らない件については、理由はわかりませんが、面白そうというだけで知らなかったことにしました。普通なら、知っていて当たり前のはずなんですが、どうしてしらなかったんだろうか。
酔っぱらった由里のかすみへの確認は、帝劇三人娘のキャラソン『恋の発車オーライ』から。さすがに素面であのセリフは言えませんわ。