サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
昨年の降魔との戦いで、空中戦艦ミカサは聖魔城に特攻をしかけ、現在はミカサ公園となっている。
そのミカサの艦橋は、大帝国劇場そのものであり、現在の大帝国劇場は新たに建て直されたものだ。
そうした新・大帝国劇場は以前とは新しく変わったものや、以前にはなかったものが新しくできていたりする。そんな新しくできた施設の一つが、帝劇1階にある音楽室である。
その音楽室で一人練習をしようと考えたのは、夢組所属で唯一の大帝国劇場楽団に所属の伊吹 かずらだった。
愛用のバイオリンが入ったケースを手に、その部屋に入ったところで先客がいるのに気がつく。
「あ……」
部屋に設置された立派なピアノには、赤いドレスを身にまとい、長い黒髪を束ねた見慣れない人が椅子に座って鍵盤と向き合っていた。
そんな知らない人──それも、花組に最近加わったというイタリア出身という彼女──を前に、思わず身を固くするかずら。
彼女が普段している梅里へのアプローチを考えると意外に思えるが、彼女はけっこう人見知りするタイプなのだ。
かわりに打ち解ければあっという間に素を出して距離を縮めるが、それまでは借りてきた猫のように警戒し、一定の距離を保つ。
そんなかずらが、まだ慣れない相手に警戒していると──彼女はかずらを意に介することなく、ピアノの演奏を始めた。
「わぁ……」
それに思わず聞き惚れるかずら。
自身も一流のバイオリニストであり、楽団に所属して耳が肥えているはずの彼女をもってしても、目の前で奏でられるピアノの旋律は素晴らしいものであった。
「情熱的で……でも、繊細で……」
込められる情感頼りになることもなく、技術に走りすぎることもなく、そのギリギリのバランスが絶妙で、かずらは一気に引き込まれた。
──その演奏が終わると、思わず拍手をするほどに。
「どちらさま、ですかー?」
という、独特のイントネーションによる相手の言葉で、かずらはハッとして我に返った。
そうしてからは、この状況をどうしようという戸惑いで一杯になった。思わず味方になってくれそうな人──特に頼りにしている夢組隊長にして食堂主任の姿を探すが、もちろん彼が都合よくここにいるはずがない。
そうしているうちに、相手がかずらの方を振り返った。少しキツめな視線に思わずビクッと肩を震わせ──手にしていたバイオリンケースを強く抱きしめてしまう。
だが、逆にそれが相手の気を引いた。
「アナタ……それ、演奏できるんですかー?」
「こ、これ? バイオリンを?」
思わず掲げたバイオリンケースに、相手はうなずく。
「もちろん、そうでーす。ただ運んできた、というわけでは無いですよね~?」
「は、はい……これは、私のですし」
かずらが言うと、相手は挑戦的な笑みを浮かべる。
「では、今度はアナタが演奏してみてくださーい。さっき、わたしの演奏を聴いたんですから、まさかイヤとは言いませんよね~?」
そう言われてしまっては、目下のところ人見知りが発動中であるかずらが、拒絶できるはずもなく、バイオリンをケースから出して部屋の真ん中で構えることになった。
(うぅ……なんでこんなことに……)
未練がましく助けを求めるが、やはり助けは現れない。
ただ──胸の内で助けを求めたその人の顔が頭に浮かんだのは幸いだった。
(うん。彼女じゃなくて、あの人がここにいると考えて……あの人に聞かせるために……)
目を閉じて、自分の世界に没頭し──そして演奏を始めた。
一心不乱に、自分のもっとも得意とする曲を、自分がもっとも聞かせたいと思う人を頭に描きつつ、その人のために演奏する。
それに集中し──演奏中は一切、雑念が消えていた。
演奏が終わり、大きく息を吐いて構えていたバイオリンを下ろす。
そして目の前に、彼女がいるのを改めて思い出し、思わずドキッとした。
(あ……どう思われるんだろう。あんな素敵なピアノの後に、私が演奏しちゃって……)
すると目の前の彼女は──急に笑顔になって拍手をした。
「アナタ、やるじゃないですか~。素晴らしい演奏でーす」
そう言ってひとしきり拍手をしてから、彼女はかずらへと近づき、スッと片手を差し出す。
「わたし、ソレッタ=織姫といいまーす。アナタ、お名前は?」
「え? あ……伊吹 かずらです」
「かずら、ね。覚えました。では、かずら……わたしとセッションしませんか~?」
「え、えぇ!? あの、私でいいんですか?」
突然の申し出に戸惑うかずら。
「当たり前でーす。他に誰もいないでーす」
音楽を通じて、かずらを認めた彼女──元欧州星組隊員にして、現帝国華撃団の新人花組隊員・ソレッタ=織姫はピアノを弾き、かずらの奏でるバイオリンと合わせる。
いや、どちらがどちらに合わせる──というわけではない。完璧な演奏をする織姫と、完璧さでは負けても込められた多彩な情感とその表現で対抗するかずら。
お互いに自分とは違うタイプの優れた演奏者として相手を意識し、その存在が心地いい。
それをしばらく繰り返し──ようやく演奏を止めた二人は、その熱の入った演奏のせいでお互いにいっぱいいっぱいになっていた。
「今日のところは、このあたりにしてあげまーす」
「あ、ありがとう……織姫さん」
お互いに笑顔になって、今度はおしゃべりを始める二人。
音楽を通じ、一気に親密になった彼女たち。
織姫はプライドが高く、現時点では花組の輪の中に入ろうとさえしない様子だった。
だが、音楽という共通項を持ち、高い技術を持っていることで同じような視点で語り合える相手を得られたことは、彼女にとってプラスであった。
今の時点で、かずらは織姫ともっとも仲のいい華撃団員と言っても過言ではないだろう。
話が一段落したタイミングで音楽室から出て──そこで遠目に濃紅梅という色の羽織が目に入り、かずらの顔が変わるのを織姫は驚きながら見る。
「──梅里さんッ!!」
織姫が声をかける間もなく、駆けだしたかずらは一気に距離を詰めて、飛びかかるように赤い羽織の男に飛びついた。
「ッ!? ……かずら? さすがにびっくりするから、いきなりそういうのは止めてくれないかな」
かずらをやんわりと注意しつつ、ひっついたかずらを降ろし、苦笑を浮かべる。
「以後気をつけますね、梅里さん」
ニッコリ笑みを浮かべたかずらは、後ろでゆっくりと近づいてくる気配に気がついて振り返る。
怪訝そうな顔で、警戒しながら近づいてきた織姫だった。
「織姫さん、こちら……私が所属する帝国華撃団夢組の隊長、武相梅里さんです」
そう紹介してから振り返って梅里の方を見る。
「梅里さん、こちらはイタリアから来られて、今度、花組に入ったソレッタ=織姫さんです。彼女、ピアノがすごく上手なんですよ」
「へえ、かずらが言うのなら、かなりの腕前なんだね」
かずらの頭の上にポンと優しく手を置き、笑みを浮かべる彼女から目を離した梅里は、目の前の褐色の肌に黒髪の女性の前に手を差し出した。
「武相 梅里といいます。霊能部隊夢組の隊長とそこの食堂の主任をしてます。よろしくお願いしますね、ソレッタさん」
「ふ~ん……」
織姫は腕を組んだまま、差し出された手を一瞥する。
睨むようなその目が、次は梅里へと向けられ──いつまでも手を差し出したまま彼の姿も相まって、妙な緊張感が高まっていく。
「……あなた、かずらとどういうカンケイなんですか~?」
「夫です!」
笑みを浮かべつつ、慌てたように梅里の出された手にしがみつくように抱え込むかずら。
温厚な梅里は怒りはしないだろうが、あの態度──なによりもあの空気は良くない。
それを祓うのは成功したようで、織姫は驚いた顔をしているし、梅里も呆れたような苦笑いをかずらに向けている
「またそうやって……かずら、いい加減に外堀から埋めようとするのをやめないと怒るよ?」
「ごめんなさい、梅里さん」
しゅんと落ち込んだ──フリをするかずらの姿に、梅里は騙されたようで、苦笑を浮かべながら織姫を振り返る。
「ソレッタさん……かずらとは結婚も婚約もしていないので……上司、ですかね」
「あ~、そうやって自分はフリーですよって主張して、織姫さんのことまで狙ってるんですか? 梅里さんは」
「な!? 誤解だよ、それは。初対面の人だからこそ、変な先入観を持たれないように──」
「かずら、安心して下さい」
織姫は二人に近づきながら笑みを──かずらにだけ向ける。
「わたし、ニッポンのオトコ、大っ嫌いでーす」
「「え?」」
さすがに戸惑うかずらと梅里。
目の前で言われた形になった“ニッポンのオトコ”である梅里は困惑して頬を掻きながら苦笑を浮かべる。
そして、かずらは──織姫を見てニコッと笑みを浮かべる。
「なるほど。それなら、好きな人が被ることはありませんから、安心ですね」
屈託無く笑うかずら。
「梅里さん、意外とライバルが多くて困ってるんですよ。せりさんに、しのぶさん……口数が少ないから分かりにくいけど、特別班の
指折り数えていたかずらに詰め寄られ、今度は織姫の方が面を食らったような顔になった。
それから、織姫は新しくできた友人であるかずらと別れ、花組の歓迎会へと向かった。梅里たち食堂メンバーも協力して準備した大神の帰還と新人の歓迎のための会であり、主役の一人である新人こそソレッタ=織姫その人だったからだ。
──しかし、そんなせっかく準備をした歓迎会は、突然の警報で水を差されることになる。
銀座に、魔操機兵・脇侍が現れたのだ。
【よもやま話】
このあたりで、今回はどうも一回が長いことに気が付く。
そのため、後ろ半分だった─4─を独立させました。
織姫とかずらは、同じ演奏家同士で仲良くさせられそうだな、と思ったので採用。
というか、織姫が花組の皆と打ち解け始めるのはまだ後の話だし、レニと違ってアイリスのように間に入るキャラもいないので、最初のころにすごく寂しかったんじゃないかと思って、意気投合できるキャラを入れてあげたいと思い、こうなりました。