サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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 かえでの登場で、どうにか騒動が収まり、食堂に集まっていた夢組の面々は思い思いに散っていく。

 そんな中、梅里は夢組隊長として、また食堂主任として責任者であるためにかえでからお小言を言われる羽目になった。

 かえで曰く、「魔眼を使おうとしたしのぶも悪いけど、責任者なんだからその前に止めなさい」「場の空気に流されないように」とのことであり、きっちりとクギを刺された。

 うなだれて話を聞いていた梅里に、反省の色を見たかえでが「以後、気を付けるように」と去り──そのころには食堂にはほとんど誰も残っていなかった。

 思わずため息をつく梅里。

 そこへ──

 

「お疲れさま、ウメサト」

 

 そう言って苦笑を浮かべて声をかけてきたのは、ウェーブのかかったセミロングの金髪をポニーテールにしたカーシャだった。

 

「残っていたの? カーシャ」

「ええ。アタシもあの場所にいたのだし、しのぶの暴走を止められなかったのはアナタと同じだもの」

「義理堅いなぁ。他のメンバーなんてみんな逃げたのに……」

 

 梅里が苦笑混じりに言うと、カーシャはクスクスと笑う。

 

「そうね。キンヤなんて真っ先に逃げ出していたわ。あの人が原因なのに」

 

 そう言っていたカーシャが──梅里に尋ねる。

 

「ねぇ、ウメサト。アタシ、どうしても分からないことがあるの。訊いても良いかしら?」

「僕が答えられることなら構わないけど……」

「ええ。アナタが答えられる、というかアナタの意見が聞きたいんだけど──」

 

 そう前置きしたカーシャは、尋ねた。

 

 

「なぜ、罪を犯した者をそのままにしておくのかしら?」

 

 

 そう言ったカーシャは、笑みを消し、真剣な眼差しで梅里を見ていた。

 思えば、彼女が笑みを消しているのは珍しく、まして真剣な眼差しで見つめられたのは春に出会って以来、今までになく──初めてのことだと気がつく。

 その空気に、梅里は言葉を選ぼうと頭を働かせ──

 

「……それって、せりのこと?」

 

 ──答えることなく、逆にカーシャに訊いていた。

 今までの経緯を考えれば、原因なのに逃げ出してすべてを梅里に被せた釿哉のことのように感じられなくもない。

 だが、真剣な彼女の目を見ているうちに、梅里はふと思ったのだ。

 勘といっても良い。

 そして、得てして梅里のこういうときの勘は──

 

「ええ、そうよ」

 

 ──よく当たる。

 頷いたカーシャはさらに続けた。

 

「確かに、彼女は敵である水狐の洗脳を受けて、操られていたのかもしれない。でも、アナタを攻撃したという事実は変わらないのだから罪も変わらないわ。そもそも操られるというミスを犯したのはせり自身よ」

「それなら僕を攻撃したという罪ではなく、敵に操られたという罪を問われるべきだ。僕も……なにより被害を受けた僕自身がせりを許していることだしね」

 

 梅里は微笑さえ浮かべて淡々と答える。

 

「アナタが許しても、ことはコマンダー米田の狙撃という大事件に繋がる一連のこと。アナタだけの一存で許して良いことじゃ──」

「──だから、米田司令の許可は得た。今回の処分は夢組隊長の個人的なものではなく、華撃団として正式に下した処分だよ」

 

 梅里が言っていることは本当のことだった。

 この場では確認しようもないが、処分内容が書かれた紙には米田の名で出されており、そこに印まで押されている。

 

「甘すぎるわ……アナタも、コマンダーも……」

「僕はそうかもしれないけど、米田司令はそんなことないよ」

 

 呆れたようなカーシャの感想に、梅里は苦笑を浮かべて反論する。

 

「正直、反対された。他の隊に示しがつかないってね」

 

 事情はどうあれ、華撃団の一隊員が自分の上官の隊長を弓で射殺しかけたのだ。

 軍の部隊である以上、上官への攻撃など言語道断。悪ければ銃殺。どんなに軽くとも除隊は免れないところだろう。

 それを、射られた本人の預かりにするなんて、聞いたことがない。

 

「当然よ。預かりだなんて、そんなの実質的には無罪でしょ?」

「刑罰的には、そうかもね。でも、さっきも言ったけど、彼女が問われるべき罪は、僕を殺そうとしたことじゃない。操られてしまった、ということだけだ。それがそんなに重い罪だとは、僕には思えないけど」

 

 だからこその“預かり”である。

 強制的に何かをさせられるわけでもなく、一定の期間自由を強く制限されて束縛されるわけでもない。

 梅里の目の届く範囲で自由にしていろ。ただし何かあったら梅里にも責任がいく、といったレベルだ。

 

「そんなの不当よ。彼女は、真相を話すべきなのにそれを隠匿した罪もあるわ。それは重罪じゃないの? 罪は、裁かれなければならない。責任を問われないなんてあり得ないわ」

「……せりが責任をとってない? 僕はそう思ってないよ」

 

 梅里の言葉に、カーシャは怪訝そうな顔になる。

 そんな彼女に、梅里はキッパリと言う。

 

「カーシャ、罪は裁かれるだけじゃないんだ。罪は──犯した者が背負うものだ」

 

 梅里はかつて罪を犯した。

 彼の幼なじみ──カーシャの笑顔にその面影を、他ならぬ梅里が感じている人──である四方(しほう) 鶯歌(おうか)の命を、その手で奪った。

 とある事情で降魔の種を植え付けられ、降魔になりかけた彼女の命を絶ったのは、梅里が手にした刀であった。

 

「僕はある人の命を奪った。事情を認められて刑罰を受けることはなかったけど……だから僕は自分を責めて、勘違いした」

 

 彼女が降魔となればさらに大勢の人に危害が及ぶであろう可能性と、人へと戻ることができないという事実、さらには自ら梅里の持つ刀の切っ先へ飛び込んだという自死にも等しい彼女の行動、それらが考慮されて梅里は罪に問われるどころか、事情の説明しか求められなかった。

 だが──その手に残った感触は梅里をさいなめ、激しい自責の念を与えた。

 ゆえに、死に場所を求め、前副司令の藤枝あやめからの帝国華撃団の誘いを受けたのである。

 

「今にして思えば、自分を犠牲にしてでも誰かの命を助けるだなんて、ただの逃げだったんだよ。そうすることで自分の気持ちだけを満足させる……他の人の気持ちをまったく考えない、ただの自己満足だった。アイツのような人を出さないために、降魔によって、霊障によって理不尽な目に遭う人を無くすために、僕は力の続く限り戦い続ける」

 

 梅里の過去を、カーシャは知っていた。

 事情も知っており、「多数の命を助けるために、一を殺した」という緊急避難と認識しているために責めるつもりもない。

 

「それが、アイツの──鶯歌の命を、そして思いを背負うということだと思ってる」

 

 ただ、事象・事件として知っているのと、当事者の生の意見・考えにはこうして大きな隔たりがあった。

 刑罰として無罪。だが──責任を背負って生きる。

 梅里が実践していることであり、それには説得力があるように思えた。

 事実、あの日、弱々しく笑みさえ浮かべていた彼女の顔を、梅里は一生忘れずに生きていかなければならないと思っている。

 

「──それに気付かせてくれたのが、せりだよ」

「え?」

「せりは、僕が死に場所を求めて帝都に来たこと……いや、自暴自棄になっていたのに気がついた、唯一の人だ。そして、僕を心配する鶯歌の霊に気がつき──その真意を教え、正してくれた人だ。そんな彼女が、今回のことを気に病まないわけがない」

 

 むしろせりのことだから、思い悩みすぎてしまって今まで誰にも話すことができなかった、と梅里は思っている。

 

「そんな責任を背負った彼女を、わざわざ僕の目の届く距離に置こうというんだよ? 除隊の方がよほど温情のある処分かもしれない」 

 

 冗談めかして笑みを浮かべる梅里。

 罰は他人が罪を償わせるもの。ゆえに自分で罪を背負っているせりにはこれ以上与える必要はない。梅里の考えはそうだった。

 

「それと……僕は、仲間を疑うよりも、信頼したいと思っている」

「それは……」

 

 戸惑うカーシャに梅里は再び──今度は本気の、優しさを帯びた笑顔を浮かべて見せた。

 それに対し、カーシャは少し厳しい目を向ける。

 

「……甘いわ、ウメサト。華撃団は軍隊よ?」

「華撃団は、たしかにそうだね。でも──僕は、軍人じゃない。だから甘くていいんだよ」

「そんな、乱暴な……」

「だから僕は基本的に仲間を信じるようにしている。疑うのは……宗次に任せているよ」

 

 そう言って軍属の副隊長の名前を出す梅里に、カーシャは唖然とする。

 

「呆れた……考えるのを放棄して丸投げしているだけじゃない」

「そうかもね。でも思うんだ。何でも一人でできる完璧な人なんてものはいない。ひょっとしたらいるのかもしれないけど、少なくとも僕はそうじゃない。だから──できないことは人に任せることにしてるんだよ」

 

 そう言った梅里は視線を外して遠い目をする。

 

「その分、僕は僕のできることであれば、仲間の求めに応じて助けるつもりだよ。そしてそれは──」

 

 梅里は視線を戻し、カーシャを見つめる。

 

「──キミも対象に入っているよ、カーシャ。なにか困ったことがあれば、言って欲しい。僕のできる範囲であれば全力で力を貸そう」

 

 数秒視線を合わせていた二人だったが、ため息混じりに視線を逸らしたのはカーシャだった。

 

「……ありがとう、と言っておくわ。でも今は大丈夫、間に合ってます。それに……食堂でせりを困らせているアナタの姿を見たら全力で力を貸すという言葉も疑わしいもの」

 

 呆れた様子で言った彼女に、梅里は思わず声を出して笑う。

 

「確かに、それもそうかもね。でも、それだって適材適所だよ。僕が食堂の運営に口出しするよりも、せりに任せた方が管理も経営も上手くいくんだから」

 

 そう言ってのける梅里に、カーシャはもう一度ため息をつき──

 

「まぁ、いいわ……分かったわ、せりに関してのアナタの考え方。賛同はできないけど、納得はした。あなたが優しいというよりもお人好し、ということも理解したわ」

 

 ──そう言ってカーシャは微笑を浮かべる。

 その姿にホッとした梅里。

 

「そっか。ありがとう、カーシャ」

 

 自分の考えを理解してもらえたと思った梅里は、自分を呼び止めたカーシャにそう言うと食堂から去ろうとする。

 それゆえに彼は──

 

「──その言葉、決して忘れないようにね。罪を自覚していないのなら償わなければならない、ってことでしょう? ウメサト」

 

 離れつつある梅里を見つめながら言った、カーシャのつぶやきは聞こえていなかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──さて、さらに数日後の話。

 

 このころ、秋はすっかり深まっており、落葉樹の葉は色が変わり始めていた。

 日が傾くのもずいぶん早くなったと感じ始める今日この頃であり、その夕方にやってきた花組の面々は今日、行ってきた祭りのことで盛り上がっていた。

 

「秋祭り、ねぇ……」

 

 話を聞いて物思いに耽っているのは、食堂副主任の白繍せりである。

 彼女の実家は神社であり、神社の祭事に関しては詳しい。秋祭りの内容や状況を聞きながら、どこの神社の祭りなのか考えている。

 

「すっごく、楽しかったんだよ」

 

 ──とは、嬉しそうに話すアイリスの言。彼女は姉のように慕っているしのぶに一生懸命それを伝えていた。

 実家では運営する側に回っていたせりとしては、そこまで楽しんでもらえたのなら、運営に携わっていた人たちはさぞ冥利に尽きることだろう、と思う。

 ただ──

 

「楽しい、か……」

 

 思わずポツリとつぶやいていた。

 子供のころの彼女は祭りの間は忙しい両親に代わり、なずなをはじめとする妹、弟たちの面倒を見ていた。

 

(なずなとか護行(もりゆき)を連れて、一緒に屋台を回っていたころは楽しかったけど……そういう感覚もずいぶん懐かしいなぁ)

 

 しかし、せり自身がある程度大きくなってからは祭礼の運営へと携わり、母や親戚から受け継いで神楽舞を行ったりしていた。

 そうなると、神社として、またそれを預かる家として大事な行事という意味合いになり、祭りは楽しむものではなくなっていた。

 帝都に来てからは、忙しかったのもあって祭りに出かけるような雰囲気ではなかった。東雲神社の祭礼は何度も手伝っているが、あくまで運営の手伝いであり、当日もあくまで楽しむ側ではなく楽しませる側だった。

 

(そういう感覚、もう何年も……)

 

 学生だったころ、同級生がせりの実家である神社の祭りに遊びに来たことがあった。

 もちろんせりは運営側で、奉納の神楽舞を担当していたころだった。

 友達たちは、せりの巫女姿を見て「可愛い」とか「似合ってる」ともてはやし、また神楽舞を「すごい」「決まってた」と評価してくれたが……皆で一緒に回っている友人達の姿がうらやましくなかった、というわけでは決してない。

 

(それに……)

 

 運営サイドとして見ていれば、逢い引きの現場に遭遇することもあるし、祭りを見て回るのが恋人同士のイベントになっていることも分かっていた。

 それに興味を持ち、うらやましいと思う気持ちがあったのは間違いない。たとえ対象がおらずとも「もしも、いたら……」と考えるのは自然なことであった。

 そして現在のせりは──思わず梅里をちらっと見ていた。

 彼は──

 

「で、主任さんよ。こういう屋台があったんだけど……」

「へぇ、地方や外国の料理を屋台にすることもあるんですね」

 

 屋台で見つけた珍しい料理を説明するカンナの話を、興味深げに聞いていた。

 大きな体で、大きな動きを使って説明するカンナに、梅里は苦笑しながらも料理の特徴なんかを聞いて、「それは、あの料理ですね」と元になったものを説明したり、「へぇ、それは食べたことがない」と感心したりしている。

 もちろん二人きりで話をしているわけではなく、それを周囲で聞いていて「カンナさん、それは違いますわよ」と話を遮るすみれがいたり、他にも夢組のメンバーが聞いたりしているのだが──

 

「む……」

 

 その明るい性格で、大げさなほどに楽しげに話すカンナとさりげなくツッコミを入れるすみれ、そしてそれを料理の探求心を刺激されて熱心に聞く梅里という構図は、せりにとっては面白くはなかった。

 もちろんカンナとすみれが、梅里ではない別の隊長のことを想っているのは、せりとして百も承知なのだが……

 思わずジト目を向けてしまい──同時に、少しだけホッとする。

 

(前みたいに嫉妬しすぎるってことはなくなったみたい、かな)

 

 下手をすれば、梅里やその近くにいる女性を憎み、害そうと試みるほどになっていたのだから、その解消はせりの心を安堵させた。

 

(もっとも、アイツの周囲に関しては、安堵できないけど……)

 

 以前からのかずらやしのぶに加え、最近は露骨に動き(モーション)を見せる、とある人がいる。

 それらの恋敵(ライバル)に対しては、なんらかの対策をとらなければいけない。

 そう思ったせりが、人知れずポンと手のひらをたたいていた。

 

「あ、そうか。その手があった……」

 

 さきほどふと思い出した学生時代に抱いていたあこがれと、今まさに彼女が対面している問題、その二つを同時に解決する手があった。

 せりはカンナと話している梅里のところまで行く。

 すると、カンナがせりに気がついて話を振ってきた。

 

「お? せりも興味あるのか。祭りの屋台の料理。珍しい屋台が出ていたんだけど……」

「へぇ、それなら……一緒に行きましょうか、梅里」

 

 

「「「──え?」」」

 

 

 周囲が驚く。

 せりがストレートに梅里を誘ったのが珍しかったからだ。素直ではない彼女の性格からそんなド真ん中の直球がくるとは思いもしていなかった。

 梅里も驚いたようで、戸惑いながらその頬を掻いていた。

 

「だ、駄目ですよ! せりさん、謹慎中なんだから、楽しいことはしてはいけません!」

 

 真っ先に驚きから立ち直って言ったのかずらである。

 

「別に謹慎って言われてないわよ? 隊長預かりってだけなんだから、隊長の梅里と一緒に行くのなら問題ないんじゃない?」

「大ありです!! ……私だって行きたいのに

 

 手を振り回し、プンスカと怒るかずら。

 小声で付け加えたのは、公演のための楽団全体練習や、個人で参加するコンクールが迫ってきていて練習が増え、忙しくなってきているからだ。そうでなければ彼女の方が先に「梅里さん、私達もいきましょう!」と誘っていただろう。

 

「……そもそも、楽しいこと禁止ってなにそれ。ひどくない?」

「だって、せりさんは反省中なんですから。当然です」

 

 せりの抗議に、かずらは「ふふん」と上から目線のしたり顔で対する。

 

「そう? なら私は謹慎して調査班頭の仕事の自粛するから、副頭のかずらが一人で代行してね」

「な……なんてこと言い出すんですか!? ただでさえ忙しくなって梅里さんに接する時間が減っているのにそれを奪おうとするだなんて、せりさんのオニ! アクマ! そもそも、副頭ならもう一人、小詠さんがいるじゃないですか」

「小詠はいろいろ忙しいもの。暇なあなたがやるべきでしょ?」

「そんな、ひどい……私だって忙しいのに……」

 

 ウソ泣きをするかずらにジト目を向けるせり。

 

「……現状なら、梅里に接する暇はあるんじゃなかったの?」

「せりさん……そんな風に性格悪いから梅里さんに矢を……」

 

 頬を膨らませたかずらがボソッと言った皮肉が耳に入り、さすがにせりが怒り出す。

 

「かずら! それを言う? 言っちゃう? まったくあなたって()は本当に……」

「いひゃい、いひゃい……頬を引っ張らないでくださいよ、せりさん。こんな攻撃的だなんてやっぱり呪いの影響がまだ──」

 

 などとせりとかずらがじゃれ合っていると、なにやら考え込んでいた梅里が──

 

「うん……そうだね。行こうか、せり」

 

 突然、返事をしたので、今度は逆にせりの方が驚いた。

 少し時間をおいてからの反応だったので戸惑ったのだ。

 

「え? いいの?」

 

 言葉とは裏腹に晴れやかな笑みを浮かべるせり。

 

「いいの?、って自分で言い出したことじゃないか」

 

 そんな反応に思わず苦笑する梅里。

 彼女の表情を見ても承諾して良かったと思っている。

 

「せりと一緒なら、良い料理や参考にできるものがあればその場で相談できるし、費用も含めて現実的なところまで決められる……」

 

 そんな梅里の無粋な一言で、せりはたちまち不満げな顔になったが、「まぁ、梅里だししょうがないか」と半ば割り切って、諦める。

 しかし、諦めきれないのがかずらであったのだが──

 

「なッ!? せりさんずる──」

「よろしいじゃないですか。お二人で行ってきてくださいな」

 

 ──そんなかずらを止めたのは、穏やかな笑みを浮かべたしのぶだった。

 てっきり同調してくれると思っていた彼女の反応に驚くかずら。

 そしてそれはせりも同感だった。まさかしのぶが賛同するとは余りに意外だった。

 

「せりさんは、今まで精神的に苦労なされていたのはわかっていますし、その慰労になるように楽しんできたら良いと思います」

「……いいの? 本当に?」

 

 警戒しながら確認するせりに、しのぶは笑顔のままでもう一度頷く。

 

「わかったわ。うん……ありがとう、しのぶさん」

「どういたしまして」

 

 せりの感謝にしのぶが答礼すると、せりは梅里のところへ行って、具体的な内容──神社の祭礼が行われている間に、訪れる日程を調整し始めた。

 その横で、かずらが「む~」と不満そうにしながらしのぶの元へとやってきた。

 

「よかったんですか? しのぶさん」

「ええ。せりさんの心を少しは慰めてあげたいと思っているのは嘘偽りのない本心ですよ」

 

 しのぶは食堂勤務でせりの近くで働いていたし、その上で給仕側の実質的なナンバー2だからこそ、彼女の精神が追いつめられている様子を間近で見ていたし、弱っていくのを原因が分からず何もできないで放置してしまった。その贖罪という意味もある。

 しかし──

 

「それに、ここで反対してこっそり行かれるよりも、行くのを認めて監視した方が効率がいいですからね」

 

 二人には聞こえぬよう、かずらにだけ聞こえるようにしれっというしのぶ。

 素直にせりに塩を贈るほどしのぶはお人好しではない。こう見えて陰陽寮の工作員でもあるのだから。

 かずらは驚き、そして思わず唖然としてしのぶを見つめる。

 自分もしのぶがあっさりと身を引いたときは気を付けなければならないと、密かに思う。

 

 しかし──かずらにそう警戒させるのも、もちろんしのぶの術中のうち、なのである。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 それから間もなく、梅里とせりも花組達が訪れたという縁日を訪れていた。

 祭りに行ったという話から、どこの神社かあたりをつけたせりは早々とやってきていた。

 本当なら、江戸っ子で詳しいはずの椿に相談して、何日ころまでやっているのかを確認するところだが、あいにく彼女は今、帝劇を離れていていなかった。

 濃紅梅(こきこうばい)の羽織に薄黄色のシャツ、濃紺のズボンといったいつも通りの和洋折衷スタイルといういつも通りの服装の梅里。

 その横にいるせりも、左右のお下げ髪に青の小袖姿という普段通りの服装──のはずなのだが……

 

「せりさん、気合い入ってますね」

「あら? そうなんですか?」

 

 二人の歩く姿を盗み見ていたかずらの言葉に、しのぶは意外そうな顔をして、改めてせりの服装を見ていた。

 

「しのぶさん、あまりジッと見ないでください。霊感の強いせりさんに気が付かれます」

「大丈夫ですよ、かずらさん。それくらい、抜かりありません」

 

 陰陽寮の優秀な陰陽師であるしのぶが、それに気が付かないはずもなかった。その対策をしながらせりを監視する。

 

「せりさんの服装こそ似た感じですけど、髪型はいつも以上に丁寧に整えてますし、お下げを纏めてる帯とか着ている服はすごくお気に入りのヤツですよ」

 

 そういうさりげないおしゃれをしてくるのがせりのやり方である。

 これがかずらだったら、明らかにめかし込んで「私を見てください!」とアピールするし、しのぶも言葉に出さずとも、しっかり着飾るタイプである。

 そして案の定──

 

「それ、いい帯だよね?」

「え? 服の……?」

(って……せりさん、わざと言ってますよね? 髪を結んだヤツだって気が付いてますよね?)

 

 ──耳の良いかずらが、それを生かして聞き耳をたてつつ、そんなことを突っ込んでいる間に、梅里がせりの髪をまとめた小さな帯──リボンを誉め、それを謙遜しながらも内心ものすごく喜んでいるせりの姿を見張っていた。

 

「この流れはいけませんね。せりさんのことですからきっと下着は勝負下着を──って、しのぶさん、どうしたんです? 梅里さんとせりさんのこと監視しないでいいんですか?」

 

 ふと気が付けば、二人を監視しているのが自分だけなのに気が付いたせりは、しのぶを振り返った。

 見れば、彼女は少し離れた場所で、全く別の方──大道芸人等が自慢の技を披露している辺り──を気にしている様子だった。

 それもつかの間で、かずらに言われて慌てて、意識をこちらに戻した。

 

「え? あ、いえ……ごめんなさい。ちょっと気になることがあったものですから……」

「別にいいですけど……でもこの状況で、梅里さん達以上に気になるものなんてあります?」

「ええ。そこにいた人形劇をしていた青年が気になって……」

「知ってる人だったんですか?」

 

 かずらの問いにしのぶは首を横に振る。

 

「雰囲気が似てるように思えたんですけど、よく見たら似ても似付かない別の方でした」

 

 そう言って苦笑を浮かべるしのぶ。

 それに興味なさ気に「ふ~ん、そうですか」と答えたかずらの興味は、すでに梅里とせりの動向に向かっていた。

 そこへ──

 

 

 唐突に少し離れた場所で爆発が起こった。

 

 

 同時に悲鳴が起こり、そちら側から逃げてくる人達と戸惑ってその場に戸惑う人が入り交じり、あっという間に辺りが一気に騒然となった。

 そんな中で、しのぶとかずらに「緊急召集」の連絡が入る。

 

「えぇ~!? まったく、こんな時に……でも、梅里さんとせりさんから目を離すわけにも行きませんし、どうしましょう?」

「かずらさん、落ち着いてくださいな。召集はここのことでしょうから──」

 

 召集よりも梅里とせりが気になるかずらを、どう説得しようかとしのぶが考えつつ声をかけていると、横から大きな声で呼ばれた。

 

「Oh! せりとしのぶ、ちょうどいいところに!!」

「……カーシャさん?」

「いったい、なぜこちらへ……」

 

 現れたのはカーシャだった。彼女はせりとしのぶに問われると、悪戯っぽい笑みを浮かべて明るく答える。

 

「ウメサトとせりがデートするって聞いたから、見物しに来たのよ。でも、なんか大きな騒ぎがあったみたいね」

「そうなんですよ。でも、二人のことも気になるし……」

「かずら、心配御無用よ。こんな状況ならデートは中止でしょ? ウメサトもせりも、騒ぎの方へ来るはずよ」

「ええ、カーシャさんの言うとおりだと、わたくしも思います。召集に応じればそこに来るはずですから」

 

 カーシャとしのぶに言われ、不満げだったかずらも渋々とそれに従う。

 一度そう決めればかずらもまた帝国華撃団の一員である。裏の顔──帝国華撃団夢組隊員の顔になって、人の流れに逆らうようにしてその場を去った。

 

 

 そんな二人の思惑とは裏腹に──梅里とせりは召集に応じなっかったのである。

 




【よもやま話】
 カーシャはリアリストで結果主義者──であろうと努力してます。
 また、罪を犯したなら罰せられるべき──ということを盛んに主張しているのは、ある理由からですが、そう遠からず明らかになると思います。
 そのあたりが、彼女のヒロイン回の主軸になると思いますし。
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