サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
それが写真と決定的に違うのは、鮮やかな色が付いていたからだ。カラー写真は出始めてはいたが当時はまだ珍しかったし、なによりこんなに大きく現像されない。
そこに描かれている幻想的な風景を──ウェーブのかかった金髪に、鼻の周りにそばかすが残る少女が眺め──
「わぁ……奇麗……」
思わず感嘆の声を上げていた。
「気に入ったかい? カーシャ」
「ええ。もちろんよ、お父様」
幼い少女は父からの問いかけに、振り返りながら元気よく頷いた。
そんな愛娘の姿に、彼──トワイライト卿は顔をほころばせながら何度も満足げに頷いた。
幼い日のカーシャは、再び視線を絵へと戻し、感慨深げにじっと見つめる。
描かれていたのは、桜並木をダイナミックに描いたもの。数多くのピンク色の花びらが舞うという光景は、桜を見たことがないカーシャにとってはこの世のものとは思えない光景であった。
「
目を輝かせた彼女の口から思わず出た言葉。
彼女の、同年代に比べればはるかに広大な知見の中から出てきたそれだが、聞いた父親は首を横に振って否定し、ゆっくりとカーシャの隣に移動して視線を彼女に合わせるようにしゃがんだ。
「違うよ、カーシャ。桃源郷はお話の中の理想郷だ。しかし──これは風景画だよ、現実を描いた、ね」
「これが? ……世界にはこんな光景が、広がっている国があるの!?」
驚いて振り返った幼い我が娘に、トワイライト卿は笑顔で頷いた。
「そうだよ。でも本当に短い期間……一年でも10日かそこらしか見られない光景だそうだが、それでも毎年、間違いなく見られるそうだよ」
「へぇ……」
視線を絵へと戻したカーシャの目は再びそれに釘付けになった。
何かにとりつかれたようにじっとその絵を見続ける娘を微笑みながら見つめていると──彼女は不意に振り返った。
「お父様……アタシ、この国行ってみたい。なんという国なの?」
その言葉を待っていた父親。
自分の愛するこの国を、愛娘が興味を持ってくれたことに快哉の声を上げたかった。
そんな心中の一方で、それを決して表には出さずに穏やかな笑みを浮かべたまま、愛娘のクセのあるウェーブのかかった髪を優しくなでる。
「ジャパン……現地の言葉では『ニホン』という。日の本……日の出の国、という意味らしいが……この東の果てにある島国と我が
──このときの父は、この我が祖国と同じように大陸のすぐそばにある、遠く遠く離れた小さな島国を愛していた。
そしてそれは、今では逆の感情へとひっくり返っていた。
一年余り前──すでに親日家であった父の推しと、自身が持っていた強い霊力のおかげで帝国華撃団への派遣が決まっていたころのことだった。
当時の帝国華撃団は悪魔王サタンという世界規模の大規模霊障を鎮め、一躍脚光を浴びていた。だからこそトワイライト家の長子であるのを理由に難色を示されて帝国華撃団設設立時に参加できなかったカーシャが行くことを許されている。
そしてその影響はそれだけでなく、華撃団思想の注目を高めて再評価の動きとなり、欧州では欧州星組の失敗で一度は立ち消えになった華撃団構想が再燃したのである。
我が父は、祖国である英国の国外を活動拠点にしていたが親日家であり、帝国華撃団にもその設立段階から協力していた。霊能部隊に関しても、「異教徒の異能力者ばかり集めていたらバチカンに睨まれる」と警告したのは父であり、その対策で世界各地を回っていた国教会の神父を紹介している。
そのように好意的に協力していたはずなのに──
「──裏切られた」
欧州本土から帰国した父は、日本に出発直前の私に嘆いた。
そして──あの日から、父は華撃団の応援者ではなくなり、私の日本行きの意味合いもまったく違うものになっていた。
あの日──日本に到着して大帝国劇場の食堂で働き始めてしばらく経ったある日に、食堂の皆で勤務が終わってから向かった上野公園。
そこで見た──夢にまで見た、花びら舞い散る桜並木の幻想的な光景。
幼い頃に見た絵画に描かれていたのは
─1─
「──ッ!」
帝劇を抜け出して逃走したアカシア=トワイライトは、たどり着いた黒鬼会のアジトの一つの中で、その体をビクッと動かして意識を覚醒させた。
帝国華撃団の内情を探る立場から一転し、そこから追われる身となった彼女は、逃走中に気を張りつめていたのだろう、到着してしばらくすると、ウトウトしていたようだ。
「まったく、イヤな気分ね……」
乱れたウェーブのかかった銀髪を不快そうにかきあげる。
幼いころ、この国に興味を持つきっかけになったことの夢。
そして──その思いが叶かけたときにスルッと手のひらから逃げていったときの夢。
人を待つ間の不自然な姿勢であり、眠りが浅かったのもあって寝起きは最悪だった。
そして、ほどなく──待ち人は現れた。
この国の伝統舞台でよく見かける、役者の邪魔にならないよう黒一色の装束を身にまとい、その顔にさえ黒い布で隠した黒子と呼ばれる者達と同じ様な姿をした男。
「待っていたわ、人形師……」
女の声に、表情は隠されて見えなかったが、あからさまに落胆した様子でその男は答えた。
「こちらは待っていませんよ。これは一体どういう状況ですか?」
「潜入が発覚し、これ以上は不可能と判断して撤収してきたところよ」
彼女の言葉に、男はこれ見よがしに盛大なため息をつき、布の奥から蔑んだ目で睥睨する。
「──この前、言わなかったか? 水狐のようなことにはならないように、と」
口調さえ変えて、呆れを露わにする男。
「……聞いていたわ」
「それでこの体たらくとは……あきれ果てる」
「その水狐こそ、原因よ! あの女の失敗が華撃団全体の警戒を強めさせたのよ」
「それを覆せるほど、アカシア=トワイライトとして華撃団内で実績を稼げるほどの時間は十分にあったはずだが? それを生かせず、疑念を抱かれたことそのものが、お前の無能さの証だ」
「無能、ですって……?」
さすがに感情的になって睨みつける。
相変わらず顔は見えない。が、それに怯んだ様子は微塵もなかった。
「ああ、その通りだ。人を惹き付けて騙すくらいしか能がないのだから潜入工作以外に使い道が無かろう。それを自ら放棄してきて、黒鬼会に居場所があるとでも思っているのか?」
「く……、ワタシは、黒鬼会の『
悔しげに反論しようとするが、それを『人形師』が遮る。
「本来、『
「な……んですって?」
与えられた名さえ借り物だった。
それは──自らの地位が、黒鬼会では軽いものである何よりの証拠でもある。
「……京極め、英国を騙すつもり? 我が一家を愚弄するつもり!?」
「黙れ小娘。あのお方の名前、気安く出していいものではない。それ以上、戯れ言を吐くつもりなら──強制的に黙らせるぞ」
“人形師”がかざした手から出た極細の糸が舞い、虚空でわずかに光を反射させる。
それを使えば、他者を意のままに操ることはもちろん、その命を刈ることも可能なことは、十分に分かっていた。
「今この時より『
諜報部からの除籍。
そして手足ともいうべき襲撃部隊の一兵卒。それが新たに与えられる彼女の場所であった。
「貴様のその“家の恨み”とやらは、それで十分に晴らせるだろう? せいぜい励めよ。それまで……お前は名前の通り、夢でも花でもなく、その辺の草でも喰っていろ
嘲笑をしつつ、その場から去る『人形師』改め真なる『
それとローカスト=トワイライトは、恥辱に拳を震わせながら、じっと耐えることしかできなかった。
カーシャが姿を消した翌日──その後始末を勤務員総出で終わらせた夢組幹部達は綺麗になった──いや、綺麗にした食堂に集まり、会議を行っていた。
「──で、掃除が終わったところにちょうどやってくるなんて、見計らっていたのかしら、副隊長殿」
そう言って開口一番にジロッと副隊長の
あまりのタイミングで着いてしまったという自覚のある宗次は、苦笑を浮かべるしかない。
「ええ、私の予知でちょうど終わるのを見計らっていたんです。あまりに大人数で片づけたら、こんな事態を巻き起こした誰かさんの反省にならないでしょうから」
それをフォローしたのは、褐色の肌に長い黒髪にゆったりした衣装を身に付け、神秘的な雰囲気を醸し出しているアンティーラ=ナァム夢組支部長兼予知・過去認知班頭である。
もちろん、そんなことで能力を使ったりしないのは百も承知。ティーラの皮肉に、食堂を滅茶苦茶にした張本人であるせりは図星を指されて「ぐぬぬ……」と悔しげに黙り込むしかなかった。
「あれは、せりが僕を助けようとしてくれたことだよ。ティーラも宗次を庇うのはわかるけど、あまり責めないでくれないかな」
夢組隊長である
「さて、今回の件だけど……」
「待ってください、チーフ」
梅里が切り出そうとしたところで、いきなり除霊班頭
そして真剣な顔で言う。
「カーシャがまだ来ていないのですが──」
「………………」
なんとも気まずい空気が流れた。
梅里やしのぶは苦笑し、宗次は沈痛そうにこめかみを押さえ、錬金術班頭の
「……そのカーシャのことが議題ですよ、秋嶋嬢」
ボブカットの髪に半眼の目が特徴的な錬金術班副頭の
梅里は咳払いをして気を取り直すと、再び切り出した。
「……知っている者も多いと思うけど、カーシャが離反した」
普段は穏やかな表情を浮かべていることの多い梅里には珍しく、厳しい顔で言う。
「えぇー!?」
それに対して大げさなまでに驚いたのは、案の定、紅葉だけだった。
さすがの紅葉も、そんな空気に気がついて周囲を見渡し──
「あれ? 驚いているのは私だけですか?」
「……というか、片づけの時も話してたし」
そう言って苦笑を浮かべるのは、ヨモギと同じ錬金術班副頭の
紅葉に説明した舞だったが、当初からの疑問をぶつける。
「でも、どうしてカーシャに疑いを持ったんです?」
それに答えたのは、しのぶだった。
「彼女を疑ったのは、いろいろな要素を総合的に判断した結果ですが、まずは──せりさんからの聴取結果です」
自然と、せりに視線が向く。それを感じ取ったせりが説明した。
「私が、嫉妬を暴走させ始めたきっかけは影山サキ──水狐に嫉妬心を煽られたときに妖力を植え付けられたからだけど、その後は彼女との接点はほとんどなかったわ。でも、たびたび嫉妬が暴走させ始めて……そのときにいたメンバーを思い出したり、特別班の聴取を受けたりしているうちにわかったのよ。カーシャが常に近くにいたって」
「もちろん、それだけでは偶然の可能性が高いので、決め手にはなりませんでした。しかし、彼女を疑い出すとわたくしにも思い当たることがありました。梅里様が襲撃を受けた日のことですが……」
しのぶが言ったのは、梅里とせりが棚卸しの残業になったあの日、しのぶも手伝おうとしたのだが彼女に止められていた、ということである。翌日疲れているであろう二人の為にも、今日は早く帰って休むべきだ、と言われて──不思議としのぶは納得してしまったのだ。
「あと、梅里さんの御見舞いに来ていたみたいなんですよね。意識を取り戻す直前に」
夢組の中ではもっとも見舞いに訪れていたかずらが付け加えた。
彼女自身は見ていなかったが、同じく頻繁に見舞いに来ていた風組の藤井かすみが一度見かけたと言っていたのである。
「でも、一度きりだったし、しかもそれを誰に話すわけでもなかったですし……正直、妙だったんですよね」
そのとき、実は梅里の命が狙われていたとは、誰も知らないことである。
唯一、夢枕に立った梅里の守護霊である
「決め手になったのは、そのかすみさんからの情報です」
かずらの発言を受けてしのぶが言うと、宗次が口を開いた。
「梅里が記憶喪失になったことを、ここでこうして皆に伝えたと思うが、そのとき、オレは皆に箝口令を敷いた。それは覚えているな?」
皆が一様に頷く中──
「あの、箝口令とはなんでしょうか……」
「誰にも言うな、ということです。秋嶋嬢は特に念を押されていましたよね?」
紅葉の質問に、すばやくヨモギが答える。
「ああ。それなら覚えてます。私はもちろん誰にも言っていません」
自信ありげに頷くと、梅里をじっと見る紅葉。その姿は誉められるのを待っている犬のようである。
その視線を受けて、梅里は「よくやった」と言外に示した笑顔を浮かべてそれに応じる。
「紅葉の言ったとおり、あの指示はほぼ守られていたんだが──藤井隊員から気になる話を聞いてな。同僚の榊原由里が知っていた、と」
梅里の見舞いに足繁く通うかすみに、由里が「大変ね」と言ったときに、確かに彼女は記憶喪失のことを知っていた。
箝口令のことは実は月組隊長・加山雄一が考案した策である。情報の漏れを調べ、敵の間者を特定するための策であった。
そのため、記憶喪失を最初に知ったかすみにももちろん口止めしていたし、知っている人がいれば教えて欲しいとも言われていた。
由里が間者とは考えづらかったかすみは、彼女にそれを誰から聞いたか尋ねたところ──「サキさんからよ?」とあっさり答えたという。
「それを受けて、疑念が深まった彼女に対してかすみさんが、小詠さんのいるところで敢えて訊いてもらったところ……カーシャから聞いた、と答えたんです」
夢組内でも『
その小詠の能力を知りつつ、知っているからこそ「嘘をつけない」という強迫観念にとらわれたサキは嘘にならない範囲で答えた。
「そのときはまだ、サキが水狐と判明する前の話……この時点ではカーシャが箝口令を破ってしまった、というだけのウッカリで済まなくもない」
梅里が口を開く。
「でも……サキが黒鬼会幹部の五行衆であるならば、話は違ってくる。敵対組織に華撃団の不利な情報を漏洩させている──その疑いが生まれた」
それを考慮して、再びせりへの捜査で判明した疑惑や、事件当日のしのぶへの工作といった不審点を集めていけば──限りなく怪しく見えてくる。
「決め手は『読心』が通じなかったことだよ。サキへ記憶喪失のことを話したという記憶が、彼女のどこにもなかった。影山サキがカーシャから聞いたという話には嘘であるという反応はなかったのに。この矛盾は『読心』対策を施しているために生まれたと推察できたからね」
梅里はさも残念そうにため息をついた。
正直な話、未だに仲間を疑うという行為には抵抗があるし、気が滅入っていた。
しかし、『読心』対策をするのは何かを隠す必要があるからなのは間違いない。
「それでほぼ確定したけど決定的証拠はない。だから僕は彼女に対し、あえて無防備に隙を見せて彼女の行動を促した。そして案の定、それに乗ってきた──というのがその経緯さ」
梅里の説明で、状況を知らなかった者達が驚いたように、また感心したような顔で頷いていた。
「なんかけっこう、大がかりな判明劇──という感じでしたけど、どうして隊長はそんなに複雑そうな顔してるんです?」
不思議そうに舞に言われて、梅里は自分がそんな顔をしていたのに気づかされる。
そしてもう一度、ため息をついていた。
身内を疑う嫌な仕事、というのが如実に顔に出てしまっている、と深く反省した。
そこへ──
「私からもいいかしら?」
そう言って手を挙げたのは、せりだった。
「──小詠の『
それは、小詠の能力を知っている皆からすれば、当然に抱く疑問だった。それほどまでに小詠の能力は、対人捜査において絶対の能力を誇るのだ。
皆の視線が梅里に集まった。
【よもやま話】
タイトルは旧作『其は夢のごとし2』のカーシャにあたるヒロインであるセラ=クロッカスのヒロイン回(同じく原作8話に相当)と同じ題名になりました。
ほかに思いつかなかったもので。まぁ、末尾に「……」をつけましたが。
前作の『1』では全部のタイトルの途中に「、」を入れていましたので、今回は全部末尾に「……」を入れて統一しようと考えてそうなってます。
本編は前回からの流れ……説明的な会議シーンで面白味に欠けるのは重々承知です。
しばらく私の自己満足につきあってください。ホントすみません。
ローカストは確かにイナゴの意味なのですが……もちろんイナゴの意味で名付けたわけではなく、ニセアカシアことハリエンジュの英名からとりました。アカシア(カーシャ)の偽物ですから。