サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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─2─

 小詠の『読心(サトリ)』をカーシャはどうやって回避したのか、それを訊かれて口を開きかけた梅里だったが、それを遮って答える者がいた。

 

「……ソレは、彼女が特殊な呪術を使っていたカラです」

 

 碧眼の英国人、コーネル=ロイドだった。

 沈痛そうな顔をしている彼はカーシャとは縁が深い。除霊班副頭という立場も同じであれば、出身国が英国であるところも同じである。

 国教会所属の宣教師である彼と、英国貴族の子女である彼女という立場が違うくらいだ。

 

(とはいえ華撃団に、旧教派(カトリック)が介入しないよう国教会の者を迎えるよう助言したのは……彼女の父上でしたがね)

 

 自分がここにいるのは、そのおかげ……そう考えると何とも複雑な思いだった。

 

「彼女が使ってイタのは、簡単に説明するナラ人格を二つに分けるヨウナ呪術です」

「それって、つまり──呪術で強制的に二重人格を作り出していた、ということですか?」

 

 コーネルの説明に皆がピンとこない中、一人だけ──ヨモギだけが話に食いついていた。

 実際、誰もが訝しがるような顔の中で、ヨモギだけが驚愕したような表情を浮かべている。

 

「さすがDr.ホウライ、その通りデス」

 

 一方で、説明していたコーネルは感心したように頷く。

 

「……二人だけで分かっていても仕方ないだろ。その二重人格っていうのは、一体どういうものなんだ?」

「簡単に言えば、一つの体を二人分の意識が共有しているような状態です」

「う~ん、わかるようなわからないような……で、二重人格になったら人格間の記憶の共有はできるものなのかな? ホウライ先生」

 

 あまりピンとこないながらも梅里は感じた疑問をヨモギに話を振ると、彼女は考え込むような仕草をしながら続けた。

 

「ふむ……そうですね。一概には言えませんが、そもそも二重人格というのは精神的な苦痛からの防衛によって起こる症状なのです」

「ん? 俺はさっきの説明を聞いて、そういえば師匠からそんな状態を作り出す魔法薬があるって話を聞いたのを思い出したんだが……呪術や薬が原因で起こることじゃねえのか?」

 

 ヨモギの話に応じたのは意外に釿哉だった。

 彼はかつて子供の頃に欧州出身の錬金術師から指導を受けたことがあり、その先生からの話を思い出したのである。

 忘れかけていたような思い出話を記憶から引っ張り出した釿哉からすれば、多重人格という馴染みのないそれは人為的に作られるものという認識しかなかった。

 

「それが不正解ではありません。でも耐え難い苦痛を与えられた人が自分の心を守るために苦痛を一身に受ける別の人格を生み出して引き受けさせる、というものが本来の一般的な多重人格の原因と言われているんです。そちらはその症状を見て人為的に作り出そうとした研究の成果、といったところでしょう」

 

 ヨモギの説明に釿哉は「ふ~ん」と感心する。

 やはり医療系の知識は夢組内では彼女に勝る者はいない。

 

「元が苦痛から逃避するためですから、人格同士で記憶を共通していないことが多いようですね。自分の中の別人格を認識していたりしているかどうかは、ケースバイケースのようですが」

 

 そう言って、もともと尋ねてきた梅里の方を見ながら答えた。

 それをコーネルが補足する。

 

「そうイッタ症例を見テ、記憶が分かれてイルのに気ヅいた魔術結社や協会の派閥が諜報活動や秘匿のタメに魔導技術で再現シタノです」

 

 自白剤や嘘発見器といった科学的なものから、読心(サトリ)といった非科学的(オカルト)なものまで、記憶を辿られる危険は数多くある。

 諜報機関がそれを防ぐ手段を求めた結果の到達点の一つが、作為的な人格分裂による記憶防衛と証拠の隠匿だった。

 

「──ということは、普段のカーシャは知らなかったと、いうことかな?」

「梅里? あなた、まさか……」

 

 そんな梅里のつぶやきに反応して彼を見たのはせりである。

 そしてもう一人、コーネルが反応してそれを否定する。

 

「イイエ。残念ナガラ私の知る限リ、本人ガ受け入れなケレバ、呪法は成立しまセン」

「……ということは、カーシャ本人も了承済みで、夢組に潜入していたということか」

 

 首を横に振ったコーネルの姿に、梅里は残念そうにため息をついた。

 それからは主に今後について、何より──敵の攻勢についての話し合い、会議は終了した。

 今後について──カーシャの後任の除霊班副頭については、除霊班で支部所属の一人を暫定的に指名し、喫緊に迫ってる大規模作戦終了後、正式に任命するという形になった。

 そのとき、梅里は気になったことがあった。除霊班頭の紅葉の様子が、いつもとは違うように思えていたからだ。

 案の定、会議が終わって参加した面々が席を立つ中で、紅葉は最後まで残っていた。

 そして──

 

「あの……チーフ、今回は本当に申し訳ありませんでした」

 

 梅里以外のメンバーが去った後で、紅葉は彼に近寄ってそう言うと、頭を下げたのだ。

 短めにしている彼女の髪が動くほどに頭を下げた紅葉を、梅里は不思議そうに見る。

 

「……なんのこと?」

 

 心当たりがない梅里が不思議そうな顔で困っていると、紅葉はショックを受けた様子だった。

 だがすぐに気を取り直して言葉を続ける。

 

「カーシャのことです。彼女は除霊班所属……それも副頭です。私がもっとよく見ていればもっと早く分かったかも──いえ、それ以前に裏切らせなかったこともできたはずです」

 

 真剣な紅葉の言い分に、梅里はそれに少し懐疑的だった。

 カーシャはそもそもからして潜入目的で華撃団に入っていた。だから反逆を防ぐことは不可能だっただろう。

 ただ、紅葉がカーシャという他人の行動について責任を感じていることには意外に思っていた。

 

(あの、紅葉がねぇ……)

 

 梅里は密かにそう思う。

 除霊班は紅葉が頭を務めているが、他の班とは少し事情が異なっていた。

 例えば、封印・結界班や予知・過去認知班は、頭である山野辺(やまのべ) 和人(かずと)とティーラがそれぞれ強い信頼を受けてまとめている。もちろん二人とも信頼を基にしていてもやり方は違っていて、和人は班員たちと積極的に接してコミュニケーションをとっている一方で、カリスマ的な占い師でもあるティーラの場合は班員達からの相談を親身に受けることで信頼を得ている。

 錬金術班頭の釿哉は錬金術等のものづくりに関する幅広い知識と、ノリのいい彼の性格でまとめ上げているし、調査班頭のせりも同班副頭である『音響探査(ソナー)』のかずらや『読心(サトリ)』の小詠という二人のような派手な特殊能力は無くとも、高い霊感を武器に班員の信頼を得た上で、本人の面倒見の良さで班を率いている。

 それらの班と違い、除霊班は圧倒的な強さを誇る紅葉は確かに班がまとまるための旗印ではあるが、彼女がまとめ上げたり牽引しているのではなく、他の者達が紅葉を隊長として支えているという認識だった。

 これは副頭のコーネル=ロイドと、カーシャの前任者で同じく副頭だった道師ことホワン=タオが人格者であり、実質的に班をまとめていたという面が大きい。

 

(いわば、班をまとめるための象徴──御輿のようなもので、他の班の頭たちとは違う……)

 

 彼女もそれに疑問に思うことなく、班員達のケアは副頭に丸投げしていたのだが、今回の件は紅葉にも考える影響を与えたようだ。

 そんな紅葉の成長が、この梅里にとっては非常に忌々しいこの件の中で、唯一の嬉しい要素だろう。

 

「どうして、そう思ったんだい?」

 

 裏切らなかったという未来が見えたというのなら、その根拠はなんだろうか。梅里は純粋な興味を抱いて尋ねる。

 正直、裏切らないという選択肢はなかったと思っている彼にとっては、紅葉の浅慮によるものと感じている。それほど期待はしていなかった。

 しかしその紅葉は梅里に訊かれ、逆に不思議そうな顔をしていた。

 

「だって、カーシャは楽しそうでしたから。食堂のときも、華撃団のときも」

「楽しそう?」

 

 紅葉の答えに思わず訝しがる梅里。一方で、紅葉はそれに何の疑念も抱いていない。

 

「ええ。実のところ私……サキさんの笑顔は苦手でした。歓迎会のときも、その後の米田司令の快気祝いの時も、あの人の笑顔は違和感がありました。心の底からではない、形だけの笑顔のような気がして」

 

 思い出したからか、顔をしかめる紅葉。

 そして彼女はカーシャはそうではなかった、と言った。

 

「それはカーシャの方が演技が上手かった、というだけじゃないの?」

「かもしれません。でも──私は、彼女の笑顔は信じられる、と思ったものですから」

 

 紅葉の直感だろう。

 しかしこの直感というものは夢組に限っていえば馬鹿にできないものである。なにしろ霊感の強い人がそろっているのだから。

 その最たる例がせりであり、探索や捜索任務での彼女の勘は本当に良く当たる。この前も行方不明のレニ機を発見したのはせりだ。

 また、直感でいえば梅里も鋭い。「なんとなく~」という理由でいろいろ決めるが、それが結果的に見れば危険を回避していたり、的を得ていたり、ということが多い。本人は根拠も理由もないのでやむなく「なんとなく」と言っているだけなのだが。

 その梅里の直感は魑魅魍魎との戦いで鍛えられたもの。

 同じく戦闘を得意とする紅葉も、戦闘と同じ様な直感でカーシャとサキの違いに気がついていたのだとしたら──カーシャへの印象が変わってくる。

 

「……わかった。でもそれは紅葉が気に病むことじゃない。カーシャがどんな状況で華撃団にやってきたのか、そこに紅葉が負うような責任はない」

「でも……」

 

 梅里に言われ、かえって焦ったように一歩踏み出す紅葉。

 その頭に、梅里はポンと手のひらを乗せる。

 

「だから──僕に任せてくれないか? 決して一方的に、彼女の言い分や主張を聞かずにこちらの都合だけで断罪するようなことはしない。そう約束するから」

「は、はい!」

 

 それを聞いて紅葉の顔がパッと変わる。安心したような笑顔を浮かべ、彼女は大きく頷いた。

 

「さすが……さすが隊長です!! ……あ、チーフ、でした」

 

 思わず隊長と言った紅葉が、自分の失言に気がついてあわてて口を押さえる。

 そんな姿に苦笑する梅里。

 

「紅葉には今まで何度も助けられているからね。こんなことで恩を返せるとは思ってないけど……」

 

 戦場において、彼女の戦闘力ほど頼りになるものはない。

 特に対魔操機兵や人に比べて巨大な怪異等においては、巻き付けた鎖と火炎の制御による気流操作を使ったトリッキーな動きで翻弄し、勘で見抜いた弱点に強力な一撃を叩き込むスタイルは、他に代え難い戦力だ。

 その高い戦闘力は、梅里を襲撃した鬼王を手負いの状態だったとはいえ警戒させ、撤退させている。

 

「そんなことありません。私の力はチーフに捧げているものですから。私はチーフの剣であり鉾、そして(やじり)。いかようにもお使いください」

「僕は紅葉のことを大事な仲間だと思っているよ。そして、それはカーシャに対しても同じ……そう思いたい。彼女には事情があったからあんなことをしたんだ、と。その事情が解決すれば、僕らと手を握ることができると信じたいんだ」

「チーフ……」

 

 感極まったように梅里を見つめる紅葉。

 

「そのためにも、彼女と話をしなければならない。もし、その機会が作れる状況になったら、協力してくれないかな?」

「はい。わかりました。私の一命を賭して、チーフをカーシャの眼前まで送り届けて見せます」

 

 そう言って頭を垂れる紅葉の大仰な反応に、梅里は苦笑しながら彼女の下げられている頭を軽くポンと触れ、「ありがとう」とその気持ちに礼を言った。

 それを受けた紅葉はもう一度改めて頭を下げると、梅里の前から去っていった。

 




【よもやま話】
 相変わらずの会議ですが──しばらくこんなシーンが続きます。
 紅葉は戦闘以外で真面目なシーンが無かったので、今回少しイジってみました。
 多少は成長しないとやっぱりおかしいですし。
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