サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
紅葉が立ち去ったのを見て、人知れず梅里は一息ついていた。
カーシャと話をしたい、というのは梅里の本心である。
というのも、彼女がどういうつもりで黒鬼会についたのか──というよりは華撃団と敵対する立場になったのか、それを知りたいと思ったからだ。
コーネルの話では、彼女の実家であるトワイライト家、その当主である彼女の父親は親日家で、華撃団構想にも協力的な人物だと聞いている。
その彼女が反旗を翻した理由──それに梅里は心当たりがあった。
しかしだからこそ、彼女と話をする余地があると思えるのだ。
「──梅里様、こんなところでどうしたんですか?」
考えにふけっていた梅里は、近くからの優しい声で我に返る。
声のした方を向けば、その特徴的な閉じているかのような細い目で微笑みを浮かべた女性がいた。
彼女は身にまとった食堂給仕の服と合うように長い髪を結い上げている。
塙詰しのぶ。夢組副隊長を務めている、非常に実力の高い女性陰陽師である。
「ちょっと、ね……しのぶさんこそ、どうしたの?」
「わたくしは梅里様のことを待っていたんですよ」
「僕のことを?」
梅里の問い返しに笑み浮かべつつ「はい」と答えつつ、しのぶはさらに一歩梅里へと近づいた。
「……カーシャさんのこと、気になっていらっしゃるんですよね?」
しのぶは笑みを浮かべたままそう言ったが、梅里は顔色を変えていた。
真剣みを帯び、視線を逸らせて黙り込む。
「紅葉さんとの会話、盗み聞きするつもりはありませんでしたが、聞こえてしまいましたもので」
しのぶにそう言われては何も言い返せなかった。沈痛そうに目を伏せる梅里。
対してしのぶはそんな梅里の反応に不思議そうな顔をした。
「聞かれてよくない話でもないように思えますけど?」
「敵のスパイとして確定している人を、信じて話してみようという内容だよ? マズくないとは思えないよ」
苦笑を浮かべる梅里だったが、しのぶは微笑みを浮かべたままだった。
そして彼女は首を横に振る。
「いいえ。わたくしは知っておりますから。組織の一番の危機に際して逃げようとした裏切り者を、こともあろうかその現場で説得した人のことを」
そう言ってじっと梅里を見つめる。
「しのぶさん……」
夢組の陰陽寮出身者たちは先の黒之巣会との戦いで、六破星降魔陣を完成させられて絶体絶命となった帝都から、華撃団を見捨てて離脱するように指示された。
陰陽寮派のトップであり、陰陽寮の密偵であったしのぶはそれを実行しようとしたのを、梅里に説得されて留まったのである。
「この期に及んでも、カーシャさんを敵視できないのですか? 御自身が傷つき、仲間が害されていても」
「僕が狙われたのは気にしていないよ。そういう立場にいるし、僕にも原因がある……せりのことは、思うところがないわけじゃないけど」
せりを追いつめたことは、梅里も許せないところではある。
だが、彼女をそうさせてしまった原因が──もし梅里の考えるとおりであったのなら、それはカーシャだけの責任ではない。
「梅里様に原因、ですか? いったいどのような……」
しのぶの問いに、梅里は返答をためらう。
それに気づいたしのぶは、笑みを消して細いながらも真剣な眼差しを梅里へと向けた。
「梅里様。カーシャさんを助けたいとお聞きしたときに、わたくしは「相変わらず甘いお人」と、ついそう思ってしまいましたが……わたくしの考えは変わっておりませんよ」
一度言葉を切って、しのぶはさらに一歩踏み出す。
梅里とくっつかんばかりの距離。そこまで詰めたしのぶは、そっと梅里の手を取る。
「以前申し上げましたとおり、わたくしの居場所は華撃団にも陰陽寮にもございません。梅里様の
そう言って見つめるしのぶ。
「味方であるわたくしには隠し事をしてないでくださいまし」
丁寧に頭を下げてそう付け加えられては、梅里も言わないわけにはいかなかった。
小さく息を吐くと、梅里は自分が思う原因と思われるものをしのぶへと語った。
「昨年、僕が欧州へ行ったのを覚えてる?」
「ええ、もちろん。コンクールに参加されるかずらさんだけを連れいかれまして……わたくしも梅里様とともに長期間の旅行に行ってみたいものですね」
しのぶの言葉にトゲを感じて、梅里は苦笑を浮かべるしかない。
「あのときは、かずらのコンクールだけが目的じゃなかったんだ。しのぶさんも副隊長だし、陰陽寮関係からも聞いているかもしれないけど、欧州に華撃団を作るという話があるのは聞いてるよね?」
「それは……一応、存じております。」
「その欧州華撃団構想の会議に僕は出席してきたんだよ。帝国華撃団の代表として、ね」
「そうだったのですか……」
驚くしのぶ。
しかしそれも無理はない。梅里が参加したのは極秘だったし、それを知っているのは彼を送り出した司令の米田と副隊長でも軍属であり梅里不在時の隊長代行になっていた宗次、渡欧の理由にしたかずら、それ以外には華撃団全体を見ても他に数名程度である。
「それは欧州華撃団構想の中心都市を決定する会議だった。候補地は数カ所あったけどそのうち最有力だったのはフランスの
候補の中にはドイツの
他にイタリアの
「そこで僕は……フランスの巴里を推薦した。帝国華撃団代表として、ね」
「そうだったのですね……でも、たしか英国は……」
「うん。英国は日本の同盟国。確かにその通りだよ。だから普通に考えれば倫敦を推すべきところだった。でも……事情があったんだ」
かつて欧州大戦よりも前、それこそ米田中将が頭角を現すことになったロシアとの戦争を前に、日本は英国と同盟を結んでいた。それは現在でも有効であり、そういったつながりから関係も良好なのだ。
しかし梅里は、巴里で大規模な霊障が起こるのを予知した、と報告されていたのだ。
さらには、巴里の寺院でも聖母像が涙を流す等、それを裏付けるような怪奇現象が起こっているという情報も知っていた。
「それらを踏まえていろいろ動いたんだけど……結果として、巴里を推すしかなかった。大規模霊障への備えを疎かにして、その犠牲になる人を、助けられた人をみすみす見殺しにするわけにはいかなかったから……」
梅里は悔しそうに首を振る。
黒之巣会との戦いもその後の降魔との戦いも、華撃団が勝利したとはいえ帝都では大規模な破壊が起きていたし、それで犠牲になった人も多い。華撃団とて万能ではない。救おうとしたその手からこぼれ落ちた命もあるのだ。
そうやって備えをしていても、そうなのだ。もし備えなければ──どれほど多くの犠牲がでるのか、計り知れない。
「それで巴里を推薦したのですね。ということは、欧州華撃団構想の中心都市は……」
「結果的に巴里になった。だから──帝国華撃団は英国の怒りをかうことになったとしてもおかしくはない」
梅里が沈痛そうに言うと、しのぶは驚いた。
「結果的にはそれで多くの人が助かるのではないですか! それなのになぜ……」
「イギリスとフランスの対立は根深いらしくてね。それに英国からしてみれば、たった一度の霊障に対する対策のために、華撃団構想という大きなプロジェクトの中心を安易に巴里に持って行かれた、と見えているだろうから納得できないんだと思う」
「そんな……」
しのぶは嘆くが、梅里の言うことは的を得ていた。
巴里に欧州華撃団構想の本部ともいえる組織ができれば、後続となる他の都市は支部扱いになるのは明白だ。
かくして巴里は本部となり倫敦は支部扱い。
しかもそれは未来永劫──華撃団構想が終焉を迎えるか、さもなくば巴里やその華撃団が壊滅でもしない限り変わらないだろう。
しかし支部である倫敦が本部である巴里の壊滅を静観するというわけにはいかないことも明白である。
それを考えれば本部扱いとなる巴里の華撃団と支部扱いになる倫敦の華撃団は一蓮托生であることが予想される。
そうなれば設立以降はよほどの想定外なことがなければその立場がひっくり返ることはない。
不倶戴天の敵の下に居続けることなど、我慢がならなかったのだろう。
「だからといって帝国華撃団が、いえ、梅里様が責を問われるようなことではないではありませんか!」
それで愛する彼の命を狙われたのだとしたら不条理だ、としのぶは憤る。
だが当の梅里は首を横に振った。
「でも、あの時あの場で巴里を推したのは間違いなく僕だよ。米田司令にも僕の意見として巴里推薦の具申もしたし、その責は僕にある。もっとも……何ものにも恥じることはないとは思っているけどね」
間違えたことはしていない。その自負だけはあった。
「でも──カーシャには違う。彼女にはひょっとしたらこの面倒なことに巻き込んでしまった可能性があったから」
「カーシャさんに、ですか? いったいどうして……」
「彼女は出自であるトワイライト家こそ英国で華撃団計画を進めてきた家なんだよ。かつては帝国華撃団も設立の際にお世話になっている。それがもし、去年の件で手のひらを返していたら……そんな家の方針に彼女が従っているだけなのだとしたら、話し合う余地はあると思わないかな?」
そう言ってしのぶを見た梅里。その表情はしのぶからは苦笑気味に顔をしかめているようにも、切実な望みを訴えかけているようにも見えた。
そして同時に感じていた。カーシャの置かれている状況が、かつて華撃団を見捨てようとした実家を含む陰陽寮と自分の構図とよく似ていることに。
(だからこそ、梅里様は……)
さらに今回は、こうして外から見ることで見えてきたこと──しのぶのふとした思いつきだったが──もある。
正直、自分の時もそうだが梅里がこんなに気にかけるようなことではないように思える。
特に今回は、陰陽寮派という多数の離脱がかかっているわけでもないし、それどころか梅里は自分がひどい目に遭わされた完全な被害者だ。苛烈に責める側になって当然のはず。
梅里が前回も今回も気にかけているのはもちろん理由があるのだろう。
それをしのぶは、家の宿命によって翻弄され、彼が目の前で消えることとなった命を目の当たりにしたからなのではないか、と思っている。
彼にとって幼なじみの鶯歌という女性の存在が本当に大きなものだったことは、彼に惹かれて以来、しのぶは常に感じていることだった。
その彼女が命を落としたのは、武相家代々が背負ってきた魑魅魍魎の討伐という役目と、夜に出歩く梅里をことさらに心配する原因となった許嫁という立場。それらをひっくるめれば、鶯歌は武相の家の宿命に命を奪われたと言えるだろう。
(わたくしの時も、今回も、梅里様は鶯歌さんを重ねて……)
おそらく梅里は無意識だろう。しかし悔しくはあった。
自分の想う人が自分のことではなく、自分を透かして他の人を見ているのだから。
(でもそれは、それがもう果たせない想いだから……そう考えれば、光栄と思うべきなのかもしれませんね)
今はもう果たし得ぬ、彼にとっては至高の想いを代替とはいえ向けられることは、しのぶにとっては幸せであった。
だが──そこはそれしのぶも乙女である。それを独占したいと思うのは当然のことだろう。
彼女は気を取り直し、その細い目で改めて梅里を見つめる。
「梅里様。お気持ちはよくわかりましたが……わたくしから一つ、よろしいでしょうか?」
「かまわないけど……」
改まった様子のしのぶに戸惑いながら頷く梅里。
「陰陽寮の者も申しておりますし、調査班の調査結果もそうなのですが……カーシャさんの霊力は『陽』属性となっております」
「うん。それは知っているけど?」
「それで彼女の霊力は特殊な波長を出していて、人が無意識のうちに太陽の光を求めるように、彼女の霊力には人を魅了する力があるとのことですよ。もっとも好ましい人の姿を思い浮かべて照らし合わせてしまう、そうです」
「え? あ……なるほど、ね」
しのぶの説明に、梅里は少なからず納得した様子だった。
それを見て、しのぶはにっこりと微笑む。
「それで、梅里様は誰の面影を重ね合わせていらしたのでしょうか?」
「あ、いや、それは……」
焦り、戸惑う梅里の様子を見て、しのぶはクスクスと笑った後、それを消して──
「では、カーシャさんの件……彼女からしっかりと真意を伺うことにいたしましょう」
──と、表情を引き締めた。
そんな彼女の様子に梅里は──
「え? あれ……さっきの件、聞かなくていいの?」
「はい。梅里様が誰の面影をカーシャさんに重ねていようとも、わたくしの行動は変わりません。あなた様の思い描いたことを実現させることこそ、わたくしの使命……先ほど申し上げましたように、華撃団のためでも陰陽寮のためでもなく梅里様に尽くすため、わたくしはこの場にいるのですから」
そう言ってしのぶはもう一度、笑みを浮かべるのであった。
ただ一つ、懸念があるとすれば……
(あの方へ魅了を仕掛けることがどれだけ危険なことか、はたしてカーシャさんは理解と自覚がおありでしたのでしょうか。それを無しにやってしまっていたのだとすれば……)
心の中で苦笑しつつ、しかも彼女を梅里が助けようとしていることを考慮すると……諦めに似た感情を抱きつつ、そっとため息をついていた。
【よもやま話】
しのぶは次の話のヒロインの予定。
そんなわけで今まで出番が少なかった彼女の露出も多くしないと──というか、カーシャが出てこられない状況ですから、ほかのヒロインにがんばってもらうしかないわけで。
しのぶは健気だなぁ。
そして彼女の懸念……的を得てます。彼を魅了しようとすれば、そうなってしまいますからね。