サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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 ──時はさかのぼって昨年、それも梅里が欧州への出張が決まったころの話である。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──巴里(パリ)に大規模霊障の兆し、か……」

 

 その報告を受けた梅里は大きくため息をついた。

 ここは大帝国劇場の食堂で、今は昼の営業と夜の営業の間の休憩時間帯。

 普段ならその時期に報告に来るのは支部付副隊長の巽 宗次と相場が決まっているのだが、今日に限っては副支部長のアンティーラ=ナァム予知・過去認知班頭が来ていた。

 褐色の肌に長くサラサラの黒髪、そして身にまとったサリーという異国情緒あふれる衣装は彼女の花やしき支部での表の役割である占い師を如実に感じさせた。

 梅里は思わず彼女の異名を思い浮かべたが、彼女がそれをイヤがっているというのも思い出して、あわてて頭の中から消す。

 

「最初に“天啓”を受けたのは私ですが、他の者にも“視て”もらったところ、成功した者は一様にそれを訴えています」

「なるほどねぇ……」

 

 併せて提示された報告書。それを読みながら、休憩中でコックコートに濃紅梅の羽織という姿の梅里は唸るようにそう言った。

 

「具体的な内容は?」

「それは、誰一人として……申し訳ありません」

 

 頭を下げたアンティーラ=ナァム──ティーラを梅里は慌てた様子でそれを制する。

 

「いやいや、予知が不安定なのはよくわかってるから、気にしないで。僕ももしわかっていれば、程度でしか考えずに聞いてるし」

 

 ティーラを信用しているのだから必要ない質問だった、と反省する。

 だが、もちろん梅里にも尋ねた理由はある。

 というのも今まで、都市の大規模霊障を予知したことがあるのは帝都だけである。以前は黒之巣会との戦いにおける六破星降魔陣や、聖魔城の霊子砲がその対象だと考えていたのだが、それらが過ぎた現時点でも、未だに帝都への大規模霊障に対する予知は止まらず警戒中だった。

 もちろん具体的内容を把握しようと努力をしたのだが、予知・過去認知班はつかめず、その原因として「自分のことを占うことができない」という占い師の理論と同じだと結論づけている。

 だからこそ、いわば“他人事”である巴里の大規模霊障の詳細が掴めないかと期待したのだが──現実はそんなに甘くないらしい。

 

「……巴里かぁ。不謹慎な言い方になるけど、倫敦(ロンドン)だったらな……」

 

 そうすればここまで悩まずに済んだだろう、と梅里は思う。

 

「どういう、ことでしょうか?」

 

 そんな梅里の反応に驚いたのはティーラである。

 

「実は欧州でも華撃団を作ろうという計画があって──」

 

 その経緯を説明する。

 欧州華撃団構想の中心となる都市を決める会議がまもなく行われる。

 その候補地の有力候補は二つ、フランスの巴里とイギリスの倫敦。

 すでに成立して実績のある華撃団である帝国華撃団もオブザーバーとしてその会議に招かれていること、を話す。

 

「それで司令ときたら、そんなメンドくせえ会議になんて出ていられるか、って怒り出しちゃって……」

「海外でのことや、そういったことは副司令任せでしたからね……」

 

 梅里がため息混じりに言うと、ティーラも苦笑を浮かべる。

 

「そう。やっぱりあやめさんが抜けた穴は大きいよ。で、司令は誰を代理に立てて出席させようとしたと思う?」

「さぁ、見当もつきませんが……大神少尉でしょうか?」

 

 先の戦いの最大の功労者と言われており、しかも花組の隊長であれば司令や副司令の代理としては十分と言えるだろう。

 もっとも、ティーラは失念していたが大神は一時的に花組を離れている、という事情があるのだが。

 

「……かずらだよ。彼女、全日本のコンクールに優勝して今度は世界的なコンクールに出ることになったんだ。場所が欧州な上に時期的にも偶然、賢人機関の会議の日程に近かったから──」

「そ、それは……」

 

 梅里はそのときのことを思い出す。

 コンクールの期間が決まり、それに出場するために帝都を離れる必要があるためその報告をするかずらに付き添った梅里だったが、いつも通りに酔った様子の米田が「ちょうどいい。かずら、ついてにちょっとばかり欧州での会議に出てきてくれや」と言ったので思わず顔がひきつった。

 思わず「さすがにかずらにそれを任せるのは……」と進言したところ、「じゃあウメ、おめぇが行ってこい」と言われてしまい、さらには横にいたかずらが目を輝かせ「じゃあ、一緒に欧州旅行ですね!! はい、もちろん梅里さんがお受けします!」とはしゃいで、勝手に米田に承諾してしまったのだ。

 その後、もちろんせりにこっぴどく怒られ、「主任が、そんな長期間食堂を留守にするなんて、どういうつもり?」とさんざん文句を言われたのだ。

 

「年齢的にも立場的にも、帝国華撃団の良識を疑われてしまいますね」

「……だよね」

 

 ティーラに応えつつ、もう一度ため息をついた梅里。

 コンクールに何度も出場して、注目を集めることに慣れているという点においては適任かもしれないが、それ以外では大丈夫な要素がない。むしろ大事な会議に格が低い者を出すことで侮っているという間違った認識を持たれてしまう。

 

「それで、隊長が欧州に行くわけですか。納得しました」

「そうなんだよ。で、どの都市を推すかも任せると司令に言われてさ。普通に考えれば倫敦だから、それでいこうと思っていたのだけど……さすがにコレは無視できないもんなぁ」

 

 巴里での大規模霊障という予知情報は頭痛の種になった。

 そんな梅里の言葉に、ティーラは不思議そうな顔をした。

 

「……なぜ普通に考えると倫敦、なのでしょうか?」

「英国とは日本がロシアと戦争する際に結んだ同盟があるからね。もちろん今回の会議とは無関係で強制力はないけどそれでも友好国。しかも帝国華撃団設立でもお世話になってる」

 

 梅里がそう言ったのは、コーネルが華撃団に所属することになった件である。

 帝国華撃団を組織するにあたり、そのスカウトをおこなったあやめは、世界中から霊力の強い者を集めている。

 それは欧州も対象であり、アイリスもスカウトされていたのだが──それが旧教派(カトリック)の総本山であるバチカンを警戒させた。

 なぜなら彼らはアイリスについての情報を持っており、その強い霊力を警戒していたからだ。

 

 さらには帝国華撃団は、霊能部隊である夢組を組織している。

 予知や過去認知などの異能を持った者を集めて組織するのは、かつて教会の管理外の異能力者を『異端』とし、魔女裁判に代表される迫害を行った彼らを警戒させるには、十分な要素だった。

 ところが米田は欧州でのそんな動きに気が回らなかった。それを指摘してくれたのが親日家で知られる英国貴族のトワイライト卿だった、という事情があるらしい。

 打開策として、組織運営にまで口出ししかねないバチカンとは距離を置きつつも、英国というそこが口出しできない程の後ろ盾がある英国国教会の神父が監視するという案を持ちかけたのである。

 すでに軍派閥と陰陽寮派の対立が問題になりかけていた夢組にとってこれ以上の混乱を避けるのに渡りに船だったこともあり、卿の紹介を受けて宣教師だったコーネルを夢組の幹部として迎え入れて事態を打開した。

 その恩は米田はもちろん華撃団としても無視できないほどに大きい。

 

「一方でフランスとはそういうものがあるわけじゃない。同盟もなければ、そういった経緯もない」

 

 花組のアイリスがフランス貴族の生まれであり、まったく関係がないわけではない。

 しかし彼女の場合、令嬢として大事に育てられていたのを迎え入れたのではなく、幽閉に近い状態だったその存在自体がデリケートな部分であり、スカウトしに行ったあやめはそこに露骨に触れていったのだからいい印象を与えたとは言い難い。

 

「──英国は同盟国、フランスとはそれがない。そのことが理由だよ」

 

 そして梅里を悩ませている。そのような関係がなければ予知を根拠に巴里を推せる。

 だが、同盟というしがらみが事態をややこしくしているのだ。

 

「では、司令はなんと?」

「任せる、だって。それも含めて判断しろという指示はあったけどね」

 

 事実上の丸投げ──梅里にとってはそう感じるところだが、米田の視点では梅里なら間違った選択はしないだろう、という期待でもあった。

 今までも、梅里は自身の「勘」のような判断で正解を引き続けている。だからこそその直感を信じているし、悪い結果にはならないと踏んでいる。

 最悪──冷たい言い方にはなるが──もし大規模霊障が発生し、それを発足する華撃団が防げなかったとしても、遠い欧州のことと割り切ることもできる。地球の反対側と言ってもいいほど離れている日本には影響は少ないだろうという狡猾な推測だ。

 だが、その“丸投げ”もまた梅里を悩ませる原因だった。

 それに対して、ティーラは微笑を浮かべて居住まいを正すと、まるで普段、占いをしているような雰囲気をまとう。

 

「隊長が悩んでいるのはわかりました。それで隊長は、どうしたいのでしょうか?」

「それがわからないから悩んでいるんだよ。国同士の関係を優先するなら倫敦、霊障への備えを考えるなら巴里ってところだけど……」

「私も、隊長が帝都にやってきて以来、その指揮を見ていますが──隊長は民間出身という自身の立場も考慮して、国という大きなくくりよりもそこに住む人のことを第一に考えていらしたと思いますが、どうでしょうか?」

 

 姿勢良く座り、笑みを消して真面目な顔になったティーラの問い。

 

「市民を思うからこそ、その脅威である降魔を憎み、世を騒がす魔操機兵とも戦ってきた。私はそう思っておりますが」

 

 その言葉に梅里は頷く。

 国を優先するという考えは軍人的な考え方だ。それを他の隊長に任せて構わないだろうし、夢組内なら宗次に任せている。

 民間登用されたという自分の立場と、そこから求められるものを考えれば、同じ視点ではなく違った視点だと判断していた。

 

「うん。そうだね。でも、国の加護を無視して市民が生活できないのも確かだろ?」

「それはもちろん、理解していますよ」

 

 カーシャはそう言ってわずかに苦笑を浮かべた。

 国の経済政策や復興政策があったからこそ、黒之巣会や降魔との戦い後の復興がスピーディに進んでいる。そもそも、帝都を守った華撃団は国が組織したものだ。

 国を無視して華撃団の活動はできない。それをより痛感したのは、それから一年近く後に財界の支援を打ち切られかけたときなのだが──今の、二人はまだそれを知らなくとも、そういう認識はあった。

 

「では、大規模霊障が起こった際に、どちらがより多くの人命を助けられるか、そういった視線で見てみてはどうでしょうか?」

 

 ティーラはそう進言した。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「──それで巴里を選んだというワケ?」

 

 梅里の話を黙って聞いていた、銀髪のローカストが怒りを抑えるかのようにその体をワナワナと震えさせる。

 

「そんなの、当たり前じゃない! 巴里の異変に対して、巴里にいる部隊が迅速に対応できるなんていうのは考えるまでもない。よほどの無能か居眠りしている図太い神経でも持っていない限り、倫敦からの部隊の方が活躍できるわけがないわ」

 

 これ以上の話をする意味がないと、カーシャは愛剣である波状刃の大剣(フランベルジュ)、『ヒート・ヘイズ(陽炎)』を両手に構える。

 だが、梅里は刀を抜かない。

 

「とんだ出来レースだわ。やっぱりアナタは自分の大事な部下の予知を鵜呑みにしたに過ぎないわ。だから巴里を──」

「違う。そんな理由で、僕は巴里を選んだんじゃない」

「言い訳なんて聞く耳持たないわ。同盟国の日本なら倫敦を推してくれると信じていたのに、ワタシ達は裏切られた」

 

 感情露わににらみつけ、剣の切っ先を梅里へと向け、突きつける。

 

「恩を徒で返すような者達など滅んでしまえ! だからトワイライト家は反華撃団となったのよ」

 

 感情は、殺気となって梅里へとたたきつけられる。

 

「裏切られる前に決まっていたワタシ──いえ、カーシャの帝国華撃団への入団を利用し、潜入した」

「それで、反華撃団である黒鬼会と通じたのか……」

 

 沈痛そうな梅里のつぶやきに、ローカストはうなずく。

 

「その通りよ。アナタ達夢組の能力は分かっていたし、普通に潜入すればあっさり見破られる。だから呪術で新たに人格を生み、ワタシであるローカストと──」

「──アタシ、カーシャを分けたのよ」

 

 一瞬で銀髪が金髪へと変わる。

 

「アタシの記憶は、後から生まれた人格のローカストには伝わる。でも彼女の記憶は基本的にアタシには分からない。だからいくらアタシが検査や捜査されようとも、気づかれることはなかった」

 

 それから再び彼女の髪は銀髪へ──人格はカーシャからローカストへと戻った。

 

「だから、彼女の剣の技も腕前もワタシは振るうことができるのよ。抜きなさい、ウメサト……ワタシは誇り高き英国貴族。剣を持たない者を一方的になぶることはしない」

「……なるほど。じゃあ、ローカスト……キミも分かるはずだよね。カーシャと記憶を共有しているのなら」

 

 相変わらず梅里は刀に手を伸ばすことなく──

 

「僕が、そんな子供でも分かるほどに簡単な理屈だけで、巴里に決定しないってことを」

 

 そうして梅里はさらに語るのだった。

 




【よもやま話】
 そして突然の回想シーン。
 梅里とティーラの二人ってあまりない組み合わせ──と思ったのですが、前作で2回くらいやってましたね。
 花やしき支部の占いの館でのシーンと、巨大降魔戦の直前の2回。
 そういう思い込みはけっこうやってしまいます。
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