サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
「……正直、ウメくんを命を奪おうとする手伝いをして、さらには傷つけようとしたあなたにここには来てほしくなかったんだけど、それじゃあフェアじゃないからね」
真っ白い空間に立っているのは、セミロングの黒髪をポニーテールにした娘だった。
それに対しているのは、同じくセミロングの髪をポニーテールにした──しかしこちらは金髪でウェーブがかかっている──金髪碧眼の娘だった。
彼女は何が起こったのかよくわからず、呆然と目の前の娘を見ている。
「ここは──?」
「簡単に言えば夢の中ね。それ以上難しく言う必要もないでしょ? 時間の無駄だし」
「……それもそうね。じゃあ早速訊くけど、アナタは?」
「あたしの名前は
鶯歌に問われ、金髪の娘──アカシア=トワイライトは状況が未だよく把握できず、呆然としながらうなずく。
「ウメサトの元フィアンセの……」
「おぉ……
うんうんとうなずく鶯歌だったが、カーシャがじっと見ているのに気がついて咳払いをした。
「と言っても、今は訳あって死んでしまったので、ウメくんの守護霊をしているんだけどね」
「それは、ゴシュウショウサマ……ね」
なんと言っていいかわからず、カーシャも困惑気味だった。
「で、そのシュゴレイ? が、アタシに何の用かしら?」
「あなたくらい強い霊力の持ち主で、条件さえ満たせばあたしのことは見えるはずなんだけど、それじゃあろくに話ができないから、いろいろ確認したくてこうして直接話をしにきたの」
梅里の守護霊になった鶯歌を見ることができるのは、梅里に惹かれていることが大きな要因となる。もっとも
「なにしろあなたは……ウメくんの命を狙ったこともあったから、その気持ちをキチンと確かめようと思って」
「アタシの気持ち? もちろん、ウメサトを愛してるわよ?」
「……ずいぶんとあっけらかんと……ストレートに言うのね」
「ええ、隠しても仕方がないし、言わないと彼に伝わらないでしょ?」
奥ゆかしさを美徳とする日本人の感性からは対局ともいえる考え方だった。
しかし鶯歌の感性は日本人のそれとしては少しばかり異端だったので、どちらかと言えばカーシャの考え方に賛同できた。
「まぁ、その考え方、嫌いじゃないけど」
そう言って、鶯歌はカーシャをまっすぐに見つめた。
そして──
「カーシャさん、キミは……本当にウメくんと一緒に人生を歩むつもりがあるのかな?」
もしもカーシャが梅里と共に生きようとしたら様々な弊害が立ちはだかるだろう。
たとえば人種。カーシャが梅里を認めようとも、黄色人種の日本人を下に見る目は祖国では避けられないだろう。
貴族という彼女の家系も同じだ。士族の出身というのが通じるのは日本だけ。平民であることには変わりなく、カーシャの相手として受け入れられるかは甚だ疑問である。
もちろん、カーシャ側から見た梅里だけではなく、梅里側から見たカーシャも同じようなものだ。
考えの古い武士の家の嫁に外国人が受け入れられるのは難しいだろう。
文化の違いは大きく、カーシャがそれに合わせることができるだろうか。
それらをすべてをひっくるめて困難に立ち向かう覚悟があるのか。鶯歌はそれを訊いたのだ。
「──嵐を恐れていては、新天地にはたどり着けない」
カーシャは厳かに言い、うつむいていた顔を上げる。
「ウメサトには返しきれない借りができたわ。でもそれ以上に、優しくて真っすぐなあの人の心に惹かれたの。それに我がトワイライト家は船乗りの家系よ? 困難を乗り越えるからこそその航海に価値があるし、そのハードルが高ければ高いほど価値が高くなるのだから。アタシはその荒波に立ち向かってみせるわ」
勝ち気な笑みを浮かべた彼女に対し、鶯歌もにっこりと笑みを浮かべる。
「あなたの霊力属性のせいで、ウメくんが私の面影をあなたに重ね合わせていたのは、はじめは正直イヤだったけど……今は思うわ。あなた、やっぱりあたしとちょっと似てるって」
そしてその笑みをいたずらっぽいものへと変える。
「それにあなた……ダメって言われると、逆に燃えるタイプでしょ?」
鶯歌の問いにカーシャは明確に肯定はしなかったが、しかし浮かべた勝気な笑みが如実に語っていた。
そういうところも自分に似ている、と鶯歌は思った。
「だから、ウメくんのことをダメっては言わない。でも認めてはあげる。あなたもまた、ウメくんと共に生きる運命を持つものとして──」
そう鶯歌が言うと、カーシャの意識が覚醒へと向かうのがわかった。
夢から覚めようとしているのだと、何となくわかる。
そんな中で、鶯歌は笑みを浮かべると
「ガンバりなさいよ、あたしに似てる人」
そうエールを送ると彼女は去り、そしてカーシャの意識はより深い白へと染まっていく──
──さて、黒鬼会が壊滅した一方で太正維新軍がどうなったのか、その末路について説明しよう。
彼らは海軍が中心となった部隊によって、わずか数日で鎮圧された。
あてにしていたはずの魔操機兵が黒鬼会の壊滅によって戦力ではなくなったのは、維新軍にとっては大きな痛手だったというのも大きな原因だろう。
そして首謀者である京極慶吾は自宅で拳銃を使って自殺しているのが発見され──この騒動は一気に終息に向かった。
そうして終結した事件について帝国華撃団の中でも論功行賞というものがあった。
夢組では隊長の梅里と副隊長の宗次、しのぶの3人の前に──封印結界班の女副頭と、彼女と行動を共にして維新軍へと参加した者達が立たされていた。花やしき支部攻防戦で維新軍の一部隊として動いていた者達であり維新軍の敗北で投降したのだった。
リーダー格だった女副頭は凛とした佇まいでいるもののそれ以外の者達は皆顔色が悪かった。ある者は青ざめ、またある者は諦めたような表情をしている。 彼女達がここに立っている経緯を考えれば当然のことだろう。どれほど過酷な罰を受けるのか、乱に加担し国に弓を引いた罪が軽く済むわけがないのだから。
そして梅里は女副頭の前に立った。
「ご苦労だったね。よくやってくれた」
「──ハッ。ありがとうございます」
『──は?』
唖然とする一同。
していないのは笑顔の梅里とそれに冷静に対している副頭。それに難しそうな顔をしている宗次と、苦笑気味に眉を歪めているしのぶくらい──つまりは副頭の後ろにいた全員である。
「ど、どういうことだ!!」
その中の一人が大きな声をあげるが、それを宗次が鋭く睨みつけて視線と威圧だけで黙らせた。
「今回の維新軍に対する潜入工作、見事にやり遂げてくれて助かったよ。おかげで敵の動きや狙いがこちらも把握できたからね。この功績は、もちろん司令にも伝えておく」
「光栄です」
戸惑う一同をよそに、梅里の讃辞に対して副頭はキビキビと答えた。
一方で、後ろの隊員たちはにわかに騒ぎ始める。「潜入工作?」「どういうこと?」と小声が聞こえてくる。普段であれば先ほどと同様に宗次が睨んで黙らせるところだが、今回はあえて黙殺した。
──維新軍の蜂起よりも少し前のこと。
普段の姿である花やしきの清掃員の姿をした宗次がその敷地内を移動していると、眼鏡をかけた花やしきの事務員が近づいてきた。
それに気がついた宗次だったが、彼女はすれ違いざまに「占いの館で」と耳打ちをしてきたのである。
彼女を見送り、宗次は即座に占いの館へと向かい、事前に連絡をお受けて人払いがされていたその建物へと入った。
待っていたのは、副支部長のティーラと封印結界班の女副頭──先ほど宗次に耳打ちをしてきた事務員──である。
「こうまでしてオレを呼び出したってことは、緊急の内密案件か?」
宗次の問いに副頭はうなずくと軍派閥隊員、それも陸軍出身者からクーデターに誘われたことを明かした。
彼女はすぐに返事をするとは約束したが、即答は避けて一時的に保留しているとのことだった。
「それは……」
思わずティーラと顔を見合わせる宗次。
この時期はすでに夢組は維新軍の蜂起を予知しており、その対策に動いていた。
ただし気がついているのを気がつかれないために極秘で行っていたため、一般隊員は当然のこととして副頭や頭クラスでも知らされているのは少数。女副頭はその中に入っていなかったのである。
とはいえこの副頭からの報告は大きかった。夢組内で太正維新軍へ参加しようとしている者が少なからずいるということなのだから。
「しかし、どうしてキミを誘いに?」
訝しがる宗次に、副頭は──
「私は陸軍出身だからといったところでしょう。ついでに言えば、海軍出身の副隊長とは仲が悪いとでも思われたのだと思います」
──と答えた。 そのときわずかに彼女が憮然としていたことに宗次は気がつく由もなかったが、ティーラはしっかり気がついている。
「ふむ……」
宗次はしばらく考えこみ──それがまとまると顔を上げる。
「その話、受けてほしい」
「………………え?」
さすがに戸惑う副頭。かけていた眼鏡が思わず傾き、あわてて直す。
そんな彼女に宗次はすべてを打ち明けた。クーデターは予知していたことでその対策も進めている。
そして副頭が誘われるくらいなのだから、陸軍出身者を中心にその蜂起に参加する者が複数いるであろうこと。
「副頭のキミなら指揮官になる可能性が高い。情報を逐一オレに流してほしい」
「私に、スパイをやれと?」
副頭の問いに力強く頷く宗次。
「ああ。キミならできると信じているからこそ、だ」
「りょ……了解しました」
敬礼をして答礼する女副頭。いつもの歯切れのいい敬礼ではなくどこかぎこちなさを感じるそれは彼女らしくはなかったが……ともあれ彼女はその指示を受諾したのである。
……そんな彼女の顔がわずかに赤みが増しているのにティーラは気がついていた。
(言った側は信頼という以上の感情は無いのかもしれませんが……この人も隊長に負けず劣らず、ですね)
そう思いながらそっとため息を漏らした。
「そうしたらそれに陰陽寮派まで参加していたのですから……本当に助かりました」
何の罰や沙汰もなくお咎め無しで煙に巻いた会議を終えて別の部屋に場所を移した梅里、宗次、しのぶの三人は今回の件の反省会をしていた。
宗次の判断に礼を言ったのは陰陽寮派のトップであるしのぶである。
「二年前のあの時、わたくしが自己判断で陰陽寮からの撤収指示を蹴って帝都に残るのを決めた際に反発しようとしたものの帰るに帰れずやむなく残った者達だったとは……わたくしの配慮が足りませんでした。申し訳ございません」
今回、太正維新軍に走った陰陽寮派は、黒之巣会が六破星降魔陣を完成した際に残ると決めた陰陽寮派に埋もれた少数の離脱派。逃げようとしたことに負い目を密かに感じていた彼らの心はゆがみ、平等な人事であっても「陰陽寮派は冷遇されている」と身勝手に内心で怒りを募らせ、不穏分子になってしまっていたのだ。
そこを維新軍につけ込まれ、そちらへ走ることになってしまった。
「まぁまぁ、しのぶさん。気にしないでよ。気が付かなかったのは僕も同じだし」
「その通りだ塙詰。あいつらにはそれから今まで帰る時間や機会はあったはず。にもかかわらず残っていたのはあいつら自身の決断だ。そこにお前の責はない」
2人に言われても表情が冴えないしのぶに梅里は笑顔で慰め、それから宗次に視線を向ける。
「それを察知した宗次が陸軍出身の副頭を潜入させた。敵の情報収集と攪乱のために部隊丸ごとに潜入作戦をさせていた──ということにして反乱組の立場を守るために、と……」
さすがだね、と言う梅里だったが、宗次はそれにあきれたような顔をした。
「なにを言うかと思えば……違うぞ梅里。お前がカーシャを迎えたいなんて無茶を考えていたからだぞ」
幸いなことに花やしき攻防戦では女副頭が率いた部隊はもう一人の封印・結界班副頭が率いる部隊と戦わせるのに成功した。
その上でお互いにあえて決め手が出ないようにダラダラと戦闘させて結界破りを持った者達が拡散を防ぎ各所で結界が破られるという最悪の事態を防いだため、その計略にも十分な説得力が出たのである。
そのあたりの計算をしてしっかり計画通りにやり遂げるのが宗次の優秀さの顕れなのだが、本人はどうやら気がついていないらしい。
「潜入作戦があったから辻褄をあわせられたようなものだ。純粋に加担した連中を許すことになっているのには納得していないぞ」
本来なら女副頭のように敵に潜入させた以外の明確に敵対した彼らを許すつもりなど宗次は毛頭なかった。
しかしカーシャは黒鬼会のスパイとして送り込まれた維新軍に参加した者達よりもずっと前から敵だった者と判明しているのだ。そんな彼女を許しておきながら維新軍に参加した者達を処罰するでは公平さに欠けることになってしまう。
宗次個人としてもカーシャを許すことに不満はあるが、彼女の境遇を知ればその行動は腑に落ちないわけではなかった。
しかし背負うものなく自らの判断で裏切った者達は違う。
(いずれ理由をつけて除隊させるつもりだがな。罰を与えないだけマシだと思え)
宗次は梅里ほど甘くはない。一度裏切った彼らへの信頼は宗次には皆無である以上、組織に残しておくわけにはいかなかった。
しかも加担した陰陽寮派に至っては二度目の裏切りということになる。軍派閥の方は今後の行動を見て信頼回復の余地を残すつもりはあるがそちらに対して慈悲はない。
(塙詰側の派閥なためにやりにくさと配慮の必要性はあるが、手を緩めるつもりはない)
とはいえ今では梅里を最優先で考えるしのぶである。今回の件で梅里にも危険があった以上は彼女が協力的に動いてくれることに疑いはなかった。
「とはいえ、戦闘終了後にアイツらみたいに潔く降伏したわけじゃなく逃げ出して帰ってこなかったヤツらもいたがな」
夢組の中でもそういった者が複数いた。
それについては夢組についてくる気がない本当の裏切り者として処罰するべきだと宗次が進言し、さすがの梅里もそれに応じている。
華撃団全体の問題にした上で隠密部隊の月組に調査と粛正を依頼しているのでいずれ決着がつくだろう。
──そして残るはカーシャへの処分だった。
その処分が発表されるやいなや支配人室には三人の訪問者がやってきたのである。
「これはいったいどういうことですか? 支配人」
「ぜんぜん納得いきません。不当判決です!! 即日控訴です!!」
すごい剣幕で不満をぶつけてきたのはせりだった。そのあとに続いたかずらも、いつぞやの垂れ幕を持ってきている。
もう一人のしのぶは言葉にこそ出さないが不満な様子だったが、それでも抗議しに来たというよりは他の二人の抑え役として来た、というように見える。
支配人室の机についていた米田は、三人の様子を見てため息をつく。
「いいじゃねぇか。お前の方は晴れて安全が確認されて解除になったんだからよ」
「なにですか、その天気の警報みたいな扱いは!! それに解除なんて余計なことをしなくとも……」
米田のフォローはせりを余計に怒らせただけだった。
──アカシア=トワイライトを隊長預かりとする
それがカーシャへの処分である。
ちなみに先ほど米田が言ったとおり、同じ内容だったせりへの処分はこれをきっかけに解除されて自由の身になっていた。相当の期間を経過して、後遺症無しと判断されたためである。
もちろん不満なのは、せりだった。
「どうして! スパイだったカーシャと! 敵に操られた私の処分が一緒なんですか!?」
声を荒げるせりに対し、米田は一度ため息をつくと、トボケたように言った。
「スパイ? いったい誰がだ?」
「カーシャですよ! カーシャ!! 物忘れが始まったんですか、支配人?」
「あの……せりさん、さすがにちょっと抑えた方が……」
さすがにしのぶが苦笑混じりに止めようとするが、せりにはその声は届かない。
「除隊ではなくとも、謹慎や降格、他にいろいろあるじゃないですか!!」
立った状態で抗議するせりに対し、机についている米田は、さらにため息をついてから睨め上げるようにジロッと見た。
「あのなぁ、せり。敵組織の密偵なんて、捕まったらろくな目に遭わねえんだぞ。普通なら殺されて当たり前。運良く裁判を受けられても除隊だけで済むわけねえだろ」
二重スパイとして生き残らせることもあるが、肝心の黒鬼会が壊滅では意味がない。
しかもカーシャは米田狙撃と梅里襲撃の幇助。さらに梅里に対しては二度も命を直接狙っている。
それに加えてこの前の戦いで光武・複座試験型を単独で撃破して近江谷姉妹を負傷させるという豪華なオプションまでついた。
そんな敵対行動のフルコースのような数々はとても復帰できるような罪状ではない。
「それなら逆に、そんな重罪がなんで梅里の預かりで済まされるんですか!?」
「それは私から説明するわ」
米田に詰め寄るせりを制して脇から挟んだのは、副司令のかえでだった。
彼女が入ることでせりも幾分落ち着きを取り戻した様子だったが、それでもまだ納得してない様子でかえでをジッと見る。それは隣のかずらも同じようで、声にこそ出さないものの不満そうな顔をしていた。
「英国人であるアカシア=トワイライトは帝国華撃団着任直前に黒鬼会所属のローカストなる謎の人物に憑依され、その上で彼女の預かり知らないところで諜報活動や妨害活動に利用された──これが公式上のカーシャに対する見解よ」
かえでの説明を聞いてなんとも微妙な表情になり、せりとかずらは顔を見合わせた。
「なんというか……無理が、あるように見えますけど」
「ところどころ事実が入ってますけど──それってつまり、カーシャさんはなにも悪くないです、って言ってるだけですよね。ローカストっていう人に責任を全部押しつけているだけのような……」
苦笑しながら眉をひそめるかずらに、かえでも苦笑気味の笑みを浮かべる。
「その通りよ、かずら。悪いことは全部“黒鬼会のローカスト”がやりましたってことにすれば、カーシャにスパイの責任を問うことはできなくなるから。逆に言えば、彼女を助けるにはそうするしかなかった、というのが本当のところね」
それほどまでに彼女の罪は大きかった。
「でもそれって……ズルくないですか?」
かずらはチラッとせりを見てから言う。彼女の気持ちを考えれば、さすがに「すべて他人のせい」はあまりにヒドいと思うのも当然のことだ。
「もちろん、まったくお咎め無しというわけにはいかないわ。だから彼女にも“憑依されたことに対する過失”と“ローカスト消失の確認及び再発防止”の責任をとってもらう形で、武相隊長の預かりという形になったのよ」
それを聞けば案の定、せりが反論する。
「だ・か・ら! それじゃあ反省もなにもない、って言ってるんですよ! 公衆の面前で、素っ裸で、梅里に抱きついて、そのままじょ、情事を──」
せりの顔が怒りで赤かったが、言葉を続けるうちに羞恥でそれ以上に真っ赤になり、そして先を続けられなくなる。
それを見ていた米田は「小っ恥ずかしくて言えねえくらいなら、最初からいわなきゃいいじゃねえか」と半ばあきれながら小声でつぶやいた。
それが聞こえたらしく、せりがキッと米田をにらむが、彼は肩をすくめて受け流す。
威勢を取り戻したせりは気を取り直し、改めて抗議する。
「──ともかく! あんな破廉恥な人を、梅里の近くに置くなんて、認められません!!」
「でも、せり……カーシャの処分は、この前のあなたの処分に準ずるものなのだけど?」
敵に操られただけなので責は問いません。でも再発が心配なので、隊長が近くで監視します──せりが隊長預かりになったときの論理だった。
そして状況と処分はかえでの言うとおり、見事に合致している。
それを理解してしまったせりは、反論できず──苦虫を噛み潰したような顔で悔しげにかえでを見ることしかできなかった。
せりを擁護することでカーシャの処分への不満をあげていたかずらも、せりと同じ処分だと言われてしまえば、それ以上、援護のしようがない。
ついでに言えば──その場にいるしのぶは、副隊長としてそこまで処分の理由と状況を理解していたので最初から反論せずに見守っていただけ。
(勝負あり、だな)
途中から相手をするのをかえでに任せて傍観者になっていた米田は、せりの苦々しい顔を見ていくぶん溜飲を下げていた。
なぜなら彼は、先ほどせりに「物忘れが始まった」と言われて内心カチンときていたからだ。
そんな米田は席に座りながら三人をジロリと一瞥し──
「そんなことよりもお前ら、こんなところに来てていいのか? 梅里とその“破廉恥な人”とやらが二人っきりになってるかもしれねえぜ?」
そう言って意地悪な笑みを浮かべた。
「「「──ッ!?」」」
顔を見合わせる三人。
そして──米田に挨拶するのも忘れて、三人はあわただしく支配人室から走り去っていった。
その様子を呆れた様子で見ていたかえでは「あとできつく注意しますので」と米田に言う。
「ま……ほどほどに、な」
そう言って苦笑を浮かべる米田は、今回の件について考えを巡らせる。
支配人の顔になった米田は、思考するついでとばかりに酒を注いだ杯をあおる。その横ではかえでが複雑な目で見てきたが完全に無視した。
カーシャへの処分が甘いものになったのは、彼女が英国貴族の子女だからという側面も、もちろんあった。
なにも梅里の一存で助けるために理屈をこねたのではなく、そういう立場だからこそ重い罪を課すわけにもいかないゆえの方便でもあるのだ。
「英国には世話になったのに……悪いことをしちまったからな」
米田も欧州での梅里の判断を間違ったものとは思っていない。
ここまで予知や異常現象が重なるのなら、巴里で何かが起ころうとしているのは間違いないだろう。それに備えるのは万全であるべきだと思っている。
しかしそれ故に、英国を蔑ろにしてしまったのは間違いない。
それは米田にとって──日露戦争の英雄である彼にとって、戦争を勝利に導く力となってくれた同盟国に対して感じている負い目でもあった。
交友があり、親日家でもあったトワイライト卿の顔が浮かぶ。彼が反華撃団になってしまうほどに激怒していたのは驚きだった。
そうして袂を分けた彼であっても──その愛娘を助けることができたのは僥倖だったと本当に思う。
「……かつての盟友に」
杯を人知れず捧げる。
願わくば、彼の道が再び同じ方向を向いてくれることを──そう思い描いて、米田は杯をあおった。
そして今度は、巴里の大規模霊障について考える。
(帝都に平和が戻ったのなら、アイツを一時的に巴里に出すのも……一つの手だろうな)
ふとした思いつきだった。
霊障での戦闘経験豊富なあの男──大神一郎を巴里へ送り出すという奇手。米田が目をかけている彼に海外での研修も含めて、さらなる大規模霊障での戦いを積ませるのは最終的には帝国華撃団のためになることだろうし、もちろん巴里にできる新設の華撃団の助けにもなるだろう。
「ま、アイツらには、ちょっとばかり可哀想なことになっちまうが……」
大神を慕う花組隊員たちを不憫に思い、米田は再度杯をあおった。
米田がそうして支配人室で酒をあおっている少し前のころ、ちょうど三人が支配人室へと押し掛けたのを見計らって、食堂から梅里を連れ出した人がいた。
しかし、それは彼が予想したカーシャではなく──風組の藤井かすみであった。
長い髪を三つ編みにして、体の前に垂らした彼女は、食堂を訪れると「ちょっとお話が──」と梅里に声をかけた。
仕事ともプライベートともつかぬその様子に、梅里は戸惑いながらもそれにつきあって食堂を出る。
そうやって連れ出すことに成功したかすみは、来賓用玄関まで連れて行った。
そしてそこで──
「梅里くん。ちょっと由理から気になる噂を聞いたのですけど……」
そう言って、圧のある笑顔を梅里に向けたのである。
ひきつった苦笑を浮かべて頬を掻く梅里。
「ど、どんな噂でしょうか……」
「カーシャさんを助けたときの話を少々……」
やっぱりそれか、と思う梅里。
内心、頭を抱えたかった。なぜなら自分は悪くないからだ。
「あの、かすみさん……それはですね、アレは僕がしたことではなく不可抗力? いや、むしろ僕の方が被害者というか、なんというか……」
あわてた様子で弁解を始める梅里を、かすみはジッと見つめ──そして思わずクスっと笑う。
「──え?」
「別に私、そこまで気にしませんよ。なにしろ私は一昨年の大晦日を目の当たりにしているんですからね?」
「あ……」
悪戯っぽくかすみに言われ、梅里はあのときのことを思い出した。
梅里が帝都にきた年の最後の日──大晦日に夢組の忘年会と称して、大帝国劇場の食堂で始めた宴会は未成年が複数いるので禁酒となったはずが──
「あのときは、本当にご迷惑をおかけしました……」
「まったくです。しのぶさんに着付けをしたのは、私だったんですから……」
梅里同様にあのときの惨状を思い出したのか、かすみは少し呆れた様子で苦笑した。
あのときも、酔っぱらったしのぶが服を脱ぎだして全裸になっていた。
「しのぶさんにしても、カーシャさんにしても、なんというか……もう少し自重されることを覚えた方がいいと思います。もっとも、しのぶさんはあのとき、お酒が入っていたので仕方ない側面もありますけど、カーシャさんは……」
眉をひそめるかすみに、梅里は苦笑を浮かべてうなずいた。
「そうなんですよね。でも彼女は、ちょっと感情表現が激しいだけですから──」
そんな梅里に、かすみはズイッと顔を近づける。
「あら……梅里くんの場合、それくらいでないと気がついてもらえない、ということですか?」
至近距離に近づいた二人の距離。そんなかすみの突然の行動に思わずドキッとする梅里。
「──なんて、冗談ですよ」
驚いた梅里の顔を見て満足したのか、フッと表情をゆるめて笑みを浮かべるかすみ。
そんな彼女に梅里がホッとした瞬間を狙って──かすみは梅里にキスをした。
「──え?」
唖然とする梅里を横目に──
「でも私、意外と負けず嫌いなんですよ?」
梅里を見つめたかすみはそういって珍しくいたずらっぽい笑みを浮かべる。
呆然とする梅里を後目に、かすみはそこから悠然と去っていった。
そうして梅里が突然のことに衝撃を受けて立ち尽くしていると──今度は突然、顔を捕まれた。
そして強引に顔の向きを変えられ──背後に「ズキュウウン」と写植が書かれそうな勢いで、彼の唇を奪われていた。
驚いて目を見開いていた梅里の眼前には、ウェーブのかかった金髪が目に入っていた。
数秒、その接吻が続き──それが解放されると、梅里は思わず後ずさった。
「な、な……」
絶句している梅里をよそに、その女性──ウェーブのかかったセミロングの金髪をポニーテールにした、アカシア=トワイライトが、勝ち気な笑みを浮かべて梅里を見つめている。
「アタシはもっと負けず嫌いよ? ウメサト」
カーシャが悪びれず言い、それに対して梅里は衝撃でなにも言えなかった。
「知ってる? 恋と紅茶には本気でかかるのが英国流なの。そして恋と戦争では手段を択ばない。それからこれはあたしの信条なのだけど──やられたらやりかえす。時間的には10倍返しってところかしら?」
カーシャがドヤ顔で笑みを浮かべる。
するとそこへ──
「梅里、あなた……なにやってるの?」
「もう!もう!もう! 二人ともズルい!! それなら私は千倍返しです!!」
「かずらさん、どいてください。もはや魔眼でお二人の心を歪めるしか手だては……」
支配人室から出てきたせり、かずら、しのぶが乱入する。
「カーシャ、いい加減にしなさいよ! あなた後から来て、本当に図々しい……」
「あら、日本人は恋も順番待ちの行列を作るの? そうして自分の番がくるまで待っているのかしら?」
せりが猛然と抗議すれば、カーシャは澄まし顔で返し、せりは「ぐぬぬ」と怒りをこらえる。
「負けないでくださいよ、せりさん。こんな雌狐に……カーシャさん、あなたは反省中なんですからね? くれぐれも行動には注意してください。風紀を乱すような真似は……」
「わかったわ。でもかずら、アタシは日本語がよくわからないから、“風紀を乱す行為”というものがどういったものか分からないの。教えてくれない?」
「なぁッ!? そ、それは……いやらしい行為とか、破廉恥な行為とか……」
カーシャの切り返しに、あせったかずらはしどろもどろになりながら答えた。
「う~ん、よくわからないニュアンスね。具体的なことを教えてくれない?」
「ぐ、具体的なッ!? 私になにを言わせようとしているんです!? なんて破廉恥な……」
「うん。その“破廉恥”の具体的なのをお願い。どこまでならオッケーなの? ボディタッチ? キス? それともその先……」
「ダメですダメです!! 全部ダメです!!」
カーシャにぐいぐい迫られて質問責めにされたかずらは、具体例を突きつけられてテンパると、首をブンブンと横に振ってすべてを禁止する。
それは相手の罠に追い込まれたのと同じだった。カーシャがわざとらしい様子で首を傾げる。
「あら? それはアナタがウメサトにしていたのも含まれているはずだけど?」
「うぇッ!?」
「つまりかずら、アナタが破廉恥でいやらしいということに──」
「違います! 絶対に違います!! まったく、カーシャさんはなんて失礼なことを……」
それから猛然と抗議するかずらを、カーシャがからかいながらも軽く受け流している。
その姿をしのぶはどうしたものかと苦笑を浮かべながら眺め──視界の端に、こっそり逃げ出そうとしている人影を見つけた。
「……梅里様、どちらにお逃げなされるおつもりですか?」
冷たい口調でのしのぶの言葉で、かずらとカーシャはピタッと言い争いをやめ、せりはハッと我に返って彼の姿を探す。
そして──皆の視線が苦笑を浮かべて頬を掻く、一人の男へと集中した。
「──梅里!」
「──梅里さん!」
「──梅里様!」
「──ウメサト!」
四人に呼ばれて、梅里はこれは面倒に巻き込まれると確信し──脱兎のごとく走り出した。
「ああッ! 逃げた! まったくあなたって人は……」
「逃がしませんよ、梅里さん!」
「……梅里様の悪いところは、こういうところです」
「アタシは、アナタの預かりの身なんだから、そっちから離れられると困るのよね」
口々に言いながら、もちろん追いかける四人。
その逃走劇の道すがら、梅里は人影を見つける。
一瞬、その人に助けを求めようということも頭をよぎったが──それが髪を三つ編みにした和装のような服を身にまとった大人な女性だったので、梅里は断念した。
そして他に道を探すが──無かったのでやむなくその横を駆け抜けた。
彼の必死な姿を、追い抜かれた女性──かすみは「あら……」と驚いたが、その直後に現れた追いかける4人の姿を見る。
「なるほど。そういうことですか」
かすみは苦笑し──負けていられない、とそれに加わる。
帝都は大きな動乱を終えて──まもなく、年末年始……その前の聖夜を迎えようとしていた。
─次回予告─
ティーラ:
維新軍の、そして黒鬼会の壊滅によって訪れた平和な日々。
それでも太正維新軍の余波は大きく、未だに不安を感じる帝都市民の希望となるべく、大帝国劇場はクリスマス特別公演を行うことになり──我らが食堂も特別メニューを出すことになったのですが、どうやら隊長は悩んでおられるご様子で……
はぁ、何を出したらいいか決められない、と? 七面鳥でも出しておけば、よろしいのではないでしょうか。え? 投げやりじゃないか? ですか……はぁ、私、キリスト教徒でありませんのでなんとも……申し訳ありません。
次回、サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~、第5話
太正桜に浪漫の嵐。
次回のラッキーアイテムは、『オムライス』ッ!! ……って、久しぶりですけど、またコレですか?
【よもやま話】
前作のしのぶ回もそうでしたが、戦いに一区切りつける話はどうしてもそっちがメインになりがちで、ヒロインの話を盛り込みづらいんですかね。どうにもカーシャの印象が薄かったように思えました。
維新軍騒動やら巴里華撃団関係で広げた風呂敷を畳む必要があったので、ラストシーンもカーシャの印象薄くなってしまいました。反省。
正直、二つに分けたいくらいの文量になってしまったのですが、本当のラストでもないのに戦い終わったあとを二つに分けるのに抵抗があって、普段よりも長めながらも一つのままにしました。