サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
まだ幼かった
親に見つかれば注意されるだろう。しかしそれでも彼女はその部屋へと駆けつけたかった。
長い廊下といくつもの部屋の脇を通り抜け、目当ての部屋へとたどり着く。
「こちらに……」
ドキドキする鼓動と、わき上がる好奇心。
胸を押さえたしのぶは、開いている襖の陰に隠れながら、部屋の中をそっと伺った。
そこには、一人の若き青年が座していた。
太正の世にありながらも、ここ陰陽寮では未だに正装である束帯を身にまとい、静かながらも堂々とした様子で座り、待っていた。
「あちらの方が……」
その姿にしのぶは心奪われる。
その瞬間──相手もしのぶに気が付いた様子で「おや?」といった感じでしのぶの方を見つめた。
驚き、そして照れながらもしのぶは相手から目が離せないでいた。
それに対して彼は──優しく微笑む。
「しのぶさん、でよろしいのですね?」
さらに話しかけられ、しのぶは人見知りで顔を真っ赤にしつつ、躊躇いがちにうなずいた。
「はじめまして、
丁寧に、そして優雅に頭を下げた彼に対して抱いた感情。それはしのぶの初恋だったのであろう。
それは許嫁に対してのものとしては、もっとも好ましく、そして自然なものだった。
──そんなかつて見た光景を夢で見たしのぶは、目を覚ましてそれを思い返す。
「耀山……様」
襦袢姿で上半身を起こしたしのぶは自分の胸に手を当てる。
あのころはその名を聞けば心をときめかせていたが──今では鼓動の速さも変わらない。
現在に至るまでの間に様々あり、かつての土御門 耀山は姓を「
いや、追放されたのである。
そして、今となってはその行方さえ分からない。
「どうして今頃になってこのような夢を……」
今のしのぶの心に棲んでいるのは別の殿方である。その彼にわずかな罪悪感を感じつつ、しのぶはため息をついた。
ただなんとなく──漠然としたものではあったが、不安を感じる。
先の大正維新軍が起こした騒動の最中において黒鬼会はすでに壊滅し、憂いを感じるようなものは存在していないはずだというのに。
─1─
12月に入り、すっかり冷え込んできた帝都。
そんな中、大帝国劇場では暖房がきいているのだが、なにしろ劇場は部屋が広い。暖房の効きという面では、一般的な場所に比べるとどうしても悪くなる。
そんな中で暖かい場所といえば、火を取り扱う厨房と──最高責任者がいるここ、支配人室であった。
その支配人室には部屋の主である米田 一基と、彼を補佐する華撃団副指令の藤枝かえでがおり、それと対する形で厨房の主である武相 梅里と、ともに呼ばれたアカシア=トワイライトが立っていた。
「どうだ、カーシャ。最近は」
米田の漠然とした問いに、カーシャは笑顔で答える。
「はい。皆に暖かく迎えられて感謝してます。たまに複雑な視線も感じますが……それはアタシの犯した罪ですから」
サバサバとした様子でそう言う彼女の様子から、それが本心なのだろうと米田は思った。
「──それに、ウメサトがよくしてくれるので」
笑みを一段階さらに喜びを大きくさせたものへと変えたカーシャが隣の梅里の腕を抱きしめるようにとろうとする。が、梅里は素早くそれを防ぎ、カーシャをたしなめるために視線を向けた。
「随分と仲が良いみてえで、よろしいことじゃねえか。なぁ、ウメ」
そんな米田の冷やかすような視線に、梅里は思わず苦笑を浮かべた。
カーシャは感情表現がストレートなのだ。日本人の「妻は夫の三歩後をついてくる」というような奥ゆかしさに代表される独特の感性とは無縁の世界で生きてきたのだから当然なのだが──それを向けられた日本人である梅里は正直、困惑していた。
好意を向けてくる代表格の一人であるしのぶは、その日本人の奥ゆかしさを体現しているような人で、積極的なアプローチこそ少ないものの気が付けばそっと近くにいて安心できる。
せりは感情表現こそ豊かだが、自身が恥ずかしがり屋なためにブレーキがかかることが多いし、なにより時と所をわきまえており、他人の目があるところではあまり露骨な積極的態度はとらない。
そんな中でもっとも積極的なのがかずらだったのだが──それでもカーシャと比べれば、彼女の方がまだマシだったのだと思い知らされる。かずらは甘え上手であり、自分からするというよりはお願いしてくることの方が多いからだ。
かといって梅里はカーシャを邪険にしているわけではない。明るい性格には好感が持てるし、整った容姿には惹かれる。
(そりゃあ僕だって男ですから……)
特に大きな胸には自然と目がいってしまうこともある──そして、高確率でそれに気づいたしのぶに圧のある微笑みを向けられる。
また、ときに強引な性格は普段の明るさと親しみやすさも含めて、彼の婚約者だった幼なじみを連想させ、それゆえに梅里自身が気を許しているところもある。
だが、やはり時と所と場合はわきまえてほしい、とは思う。いや、本当に。
現に今も、米田は面白がってニヤニヤしているが、隣のかえでは冷めた視線で見ており、怒られるのではないかと梅里はヒヤヒヤしていた。
そんなかえでに気が付いたのか、米田は本題に入った。
「──さて、二人にきてもらったのは他でもない。お前らにちょっと報告があってな」
そう言って米田がかえでをチラッと見る。それで話を引き継いだかえでが口を開き──
「早速だけど本題に入るわね。実は最近の調査で判明したのだけど……夢組の中に霊子甲冑を単独で動かせる人が二人見つかったのよ」
「二人も、ですか?」
さすがに驚く梅里。
帝国華撃団の主要5部隊──花組、風組、月組、夢組、雪組──の中で、メンバー選考の課程で花組と夢組は霊力が重視されるという共通点がある。
そして花組隊員と夢組隊員での一番の大きな違いは「霊子甲冑を動かせるかどうか」であった。
霊子甲冑での戦闘を任務とする花組になるためにはもちろん絶対条件であり、強い霊力を持ちながらも稼働レベルに満たない場合や、満たしていても機体にある霊子水晶との相性が悪い場合には動かすことができず、そういった者たちは夢組所属になることが多い。
そんな経緯だからこそ、夢組メンバーの中で「霊子甲冑を動かせるのが判明する」というのはきわめて稀なことであり、それが二人も、となればなおさらだった。
「その一人があなたよ、カーシャ」
かえでがカーシャを見つめながら言うと、彼女はそれほど驚いた様子もなく──
「そう……やっぱりね」
覚悟していた様子でそう言った。
「驚かないのかい?」
梅里の問いにカーシャはうなずく。
「実は、本国の調査では搭乗可能の判定は出ていたわ。でも入隊が決まって配属先が決まる前にあんなことが起きたから……いろいろ理由があって誤魔化したのよ」
そう言って悪びれずにいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「花組隊員になれば帝劇本部での寝泊まりが絶対になって、身動きの自由が制限されるのがわかっていたわ。それに注目度も高くて迂闊に動けなくなったでしょう?」
間者として、反華撃団の立場で入隊した彼女にとってそれはどちらも好ましくはなかった。おまけに、場合によっては黒鬼会の幹部と正面切って戦う必要が出てきてしまうことになる。
「夢組の『
それが──黒鬼会との最後の戦いの最中でローカストという人格が再びカーシャと融合し、霊力も一つになった。それで霊子甲冑を動かせるレベルにまで霊力が戻ったのだろう、ということだった。
「カーシャなら戦闘技術も折り紙付きだし、霊子甲冑での戦闘には全く不安はないと思っています。ただ……」
「わかってるわ、副指令。アタシ自身のことだもの。いい顔されないんでしょ?」
かえでは気まずい顔でうなずいた。
そう、カーシャはつい最近まで黒鬼会のスパイだったのだ。さすがに立場が悪すぎる。表向きは「ローカストという謎の存在に憑依されて操られていた」という理由をこじつけて処分を回避したものの、それはそれで長期間にわたって「操られていた」ということになってしまい、それを危惧して花組隊員とするには反対意見が強かったのだ。
「でも正直な話をすれば、即戦力である貴方を花組隊員とするのは魅力的なのよ。もし貴方が望むのなら、多少強引な手を使ってでも反対派を──」
「お断りします」
かえでの言葉を遮るように、カーシャは笑顔でバッサリと切った。
「アタシがここにいるのは、花組や霊子甲冑に惹かれたからじゃない。入隊が決まった直後だったらそうだったかもしれないけど、今は──」
カーシャは隣の梅里をじっと見つめる。
「この人の側にいたいからよ。それにアタシには正義を語る資格もないし」
帝都で破壊活動を行い市民を苦しめた黒鬼会に所属していたような自分が、どの面下げて正義を掲げて戦おうというのか、カーシャにとってはその想像の中の自分の姿がひどく滑稽に思えてしまい、思わず苦笑いを浮かべる。
「ミスター大神の下ではなく、アタシはウメサトと一緒に戦いたいわ」
ちょっとだけ眉根を寄せ、僅かに寂しげな色を帯びた笑顔を浮かべたカーシャに、かえでは微笑む。
「わかったわ。貴方の考えを尊重しましょう。ただし、この後でやっぱり花組に、なんて言ってもおいそれとは変えられないわよ?」
「それはもちろん覚悟の上。ウメサトが霊子甲冑を動かせるようにでもならない限り──」
「お、よく分かったな」
カーシャが冗談めかして言った言葉に、米田が食いついた。
その内容に──
「はい?」
カーシャは唖然とし、そして思わず梅里を見る。
梅里も梅里で話半分に聞いていたのだが、カーシャに見られてその内容を反芻し──
「え?」
思わず声を上げていた。
「……僕が、霊子甲冑に?」
驚いている様子の梅里に、その話の流れに苦笑を浮かべたかえでが説明する。
「ええ、そうよ。梅里くん、あなたが霊子甲冑を動かせるのが判明したのだけど……でも、条件付きなのよ」
「条件ですか? いったいどんな……」
「朧月……梅里くんが修得したあの技を使っている間に限って、霊力の特質が変化して、霊子水晶との相性の問題が解消されるみたいなの」
梅里の使う、満月陣・朧月は己の心を「無」に没頭させている。
明鏡止水とも言うべきその心境に達した影響で、霊力にある梅里の「個性」が消えたことで霊子水晶とぶつかっていた部分が消えたのかもしれない、と思った。
「でも、ということは……」
「ええ。梅里くんも気がついたと思うけど、つまりは朧月を使用中に限って動かせるということよ。カーシャみたいに普段から動かせるようになったわけじゃないの」
「それって、意味あるのかしら?」
少し呆れ気味で言ったのはカーシャだった。
確かに彼女の言うとおり、動かすには条件が限定されすぎているせいでほとんど役に立たない。
光武・複座試験型を動かす近江屋姉妹よりも条件が厳しいだろう。
動かせるとは言ってもごく一時的なもの限定されるし、その有り様では作戦行動なんてできるはずもない。
「ま、動かせる、というのを頭に入れておいてくれ、といった程度だ。ぬか喜びさせたようで悪いがな」
米田に言われ、梅里も苦笑を浮かべる。
「別に、気にしてませんから。元々動かせなかったわけですし、それに僕は夢組の隊長ですから……」
「あら? でも本当はちょっとだけ、残念なんじゃない?」
夢組の隊長であることに満足しているという思いに嘘偽りはない。
ただ──ほんの少しだけ思い描いたことをカーシャに見透かされた気がして、梅里はドキッとしながらも──
「そんなことないよ?」
平然と笑みを浮かべて、カーシャに答えた。
【よもやま話】
タイトルはなぜか完全になにも思いつかず。
でも付けないといけないし……切羽詰まって年末年始だから、でなんとなく付けました。良いのが思いついたら変更するかもしれません。
そして、霊子甲冑に乗れるようになったのは──もちろんただ「わーい乗れるようになったー」という話ではなく、伏線です。
ええ、私があとで回収するのを忘れなければ、という条件付きですが。