サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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─2─

 その日、食堂では新しいメンバーが加わり、始業前にその挨拶が行われていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「みなさん、よろしくお願いします」

 

 そういって野々村つぼみが頭を勢いよく下げると、まとめた髪の毛についた飾りが揺れた。

 直後に彼女を歓迎する拍手が起こる。

 

「今日から研修終了まで、よろしく頼むね」

 

 食堂を代表して、その主任である梅里が言うと、彼女は「ハイ!」と元気よく笑顔で答えた。その反応に思わず目を細める。

 先月まで椿の代わりに売店の売り子をしていたつぼみ。

 一方、椿の新型霊子甲冑の輸送という任務が無事に終わって帝劇に帰ってきたので、売り子の役目を解任され、今度は食堂の給仕係という立場になったのだ。

 そんな彼女なのだが──元気一杯に返事をし、それを見て笑みを浮かべる梅里に対し、食堂副主任であるせりは、内心最大級の警戒をしていた。

 梅里を巡る戦いの、新たなる挑戦者の登場──ではない。

 

(一般人と勘違いして一悶着起こすなんて最悪の出会いをしてるから、それについては心配していないんだけど……)

 

 などと、自分が当初は梅里のことをどう思っていたのかをすっかり棚に上げて安心しているせり。

 彼女が心配しているのは、つぼみが聞きしに勝るドジッ子であることだ。

 基本的に方向音痴で、目的地とは逆の方向へと踏み出すことが多々あり、売店の売り子の時も閉店後に釣り銭が合わなくて涙目になっているのを何度も見ている。

 持ち前の明るさと前向きさのおかげで温かく見守られて、売店の売り子は乗り切った感はあるが、そんな彼女が自分の管理下へとくることに一抹の不安は隠せない。

 

(配膳での失敗は、お客様に多大な迷惑をかけることになるし、食堂の評判にも直結する。ここはしっかり見ておかないと)

 

 せりが決意してつぼみを見る。

 すると視線に気づいたつぼみと目が合い──彼女は一瞬不安そうな顔をしたが、どうにか笑顔を繕った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 一方、そんなつぼみもまたせりを警戒していた。

 

 食堂の研修が始まるにあたって、自分がドジであることを自覚している彼女は、乙女組の先輩に相談していたのである。

 その相談先は──

 

「──食堂で一番怖いのは、せりさんですよ」

 

 つぼみの質問にサラッと答えた伊吹かずらだった。

 

「主任の梅里さんは、料理に関すること以外は厳しくないので、調理にでも回らなければ怒られないはずだけど」

 

 しかしそれは逆に、調理に回れば厳しい目で見られるということでもある。

 

「給仕方は……しのぶさんは大らかな人ですし、紅葉さんは自分のことで精一杯。カーシャさんは立場的には今一番弱い人なので怒れない。調理サイドはコーネルさんも山野辺さんも食堂で怒ってるの見たことないし、釿さんが厳しいことを言うかもしれないけど、気のいい人なので冗談めかしてくれるんじゃないかな」

「……じゃあ、せりさん……白繍副主任はどんな人なんですか?」

 

 つぼみに尋ねられると、かずらは目をそらし──それから改めて笑顔を繕って、つぼみの肩に手をおく。

 

「がんばってね、後輩♪」

「ちょ、ちょっと……もっと詳しく教えてくださいよ! 全然答えになってないじゃないですか」

 

 焦った様子のつぼみだったが、かずらも困り顔で答える。

 

「そう言われても……私が言うと、食堂のことじゃなくて梅里さんに関することの話になっちゃって参考にならないと思うけど?」

「それでもいいですから! なんでも良いから教えてください!」

 

 不安を煽るだけ煽って放置されてはかなわない、とつぼみはかずらにすがりついたのだが──結果的には失敗だった。聞けたのは、あらかじめかずらが言っていたように、ただの愚痴でしかなかったからだ。

 しかも他人の色恋に関することで、つぼみにとっては正直どうでもいい話である。

 すると、この大した収穫のない話につきあっているつぼみに救世主が現れた。

 

「──そういうわけでしのぶさんもせりさんも私の邪魔をするのですが、せりさんはその後の説教が長くて──」

「あら、かずら。こんなところでなにしてるの?」

 

 その声で、肩を大げさにビクッと震わせるかずら。

 恐る恐る振り返る彼女の前にいたのは──

 

「驚かせないでよ、ぺんちゃん……」

「ぺんちゃん言うな」

 

 髪をツインテールにした、これまたつぼみの先輩である乙女組の白繍なずなだった。

 

「せりさんかと思った……声が似てるんだもの」

「それは姉妹だもの。当然よ」

 

 しれっと答え、まだドキドキしている様子のかずらをジト目で見た。

 

「というか、姉さんに聞かれて怒られるような話をしてる方が悪いのよ。しかもそれをつぼみちゃんに聞かせて……つぼみちゃん、嫌だったんじゃない?」

「そんなことない。つぼみちゃんの方から聞いてきたんだから。ねぇ?」

 

 かずらの問いに思わず笑顔を苦笑いへと変えてしまうつぼみ。

 彼女はせりについて質問をしたのであって、かずらの梅里へのノロケとグチを所望した覚えはない。

 

「……というか、せりさんのことを一番知っているのは、ぺんちゃんよね」

「ぺんちゃん言うな、って言ってるでしょ」

 

 ついになずなは手刀をかずらの頭頂部にお見舞いする。そうして制裁を加えてからつぼみの方を振り返った。

 

「姉さんのことが聞きたいの? どうしてまた……」

「あ、あの。今度、研修が売店から食堂になる予定なんです」

「あ~、なるほどね。確かにあの中で一番厳しいのは、姉さんだわ。それで不安になったってわけね」

「はい、伊吹先輩にお聞きしたんですけど……」

 

 かずらをチラッと見て再び苦笑するつぼみ。それで察したなずなは、後輩のために考えを巡らせる。

 姉は、厳しい。その姉を怒らせずに──いや、つぼみのドジっ子気質のことを考えるとそれは不可能に近いだろう。

 

(姉さん、厳しいからなぁ……つぼみちゃんもへこたれるような子じゃないと思うけど、怒られ続けるのもかわいそうよね。機嫌を損ねないようにすればいいかしら)

 

 ──というようになずなは考えていたが、彼女は重大な思い違いをしていた。

 確かにせりは厳しいが、その分、面倒見もいいのである。

 それに気が付かなかったのはなずながせりの妹だからだった。せりは妹を思うからこそ、かわいい妹だからこそ身内に甘くならないように、ことさら特別に厳しくなっていたのである。

 ともあれ、それにまだ気がつかないなずなは、せりの顔を思い浮かべて機嫌を良くする方法──しかもつぼみが確実に実行できる手段──を考え、

 

「……武相隊長と姉さんはお似合いのカップルですね、とか言っておけば、それで十分じゃない?」

 

 そんななずなの出した、あまりに適当すぎて投げやりとも言える方策に、さすがにつぼみも笑顔がひきつった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そして迎えた食堂初日。

 

 梅里から皆へ紹介され、始まった研修だが──案の定、つぼみはやらかしてしまっていた。鍋を火にかけっぱなしにしてしまったのだ。

 気が付いた厨房の煮込み料理担当の松林 釿哉が火を止めてくれたので大事には至らなかったが、一歩間違えば火災を起こしていたことである。

 これにはノリと勢いを信条にしていて基本的には楽観的な釿哉もさすがに庇うことができない。もちろんそのミスはたちまち食堂主任、そして副主任へと伝わっていた。

 そのうち主任の梅里はといえば、初日だろうが素人だろうが、火災になれば火は待ってくれないと、火災の恐ろしさを十分に説明した上で、火への警戒の心構えを説いた。

 声を荒げることはなかったが、普段は温厚で笑顔を絶やさない梅里は見せた厳しく真剣な表情に、つぼみは彼の言った言葉が心に響いていた。

 そして──いよいよせりである。

 

「主任が今言ったように、火災っていうのはとんでもなく怖いの。この大帝国劇場だって大きな火事になれば無くなってしまうかもしれないのよ? あなたは落ち込んでいる帝都市民から大帝国劇場さえも奪いかねなかったのよ?」

 

 12月に入り大帝国劇場はある発表をした。12月24日のクリスマスイブに、一夜限りの特別公演を行う、と。

 その特別感もさることながら、太正維新軍騒動で意気消沈した帝都市民は娯楽に飢えており、そんな中で発表された数少ないグッドニュースである。

 帝都市民の期待する声は日に日に増すばかりである。

 だというのに、もし火災になって大帝国劇場が無くなってしまったら──ショックは計り知れないだろう。

 

「華撃団に属する者の端くれとして、帝都市民のクリスマスの楽しみを奪うようなことは──」

「あ、あの! 副主任は、クリスマスはやっぱり主任さんと過ごすんですか!?」

 

 

『──はい?』

 

 

 突然のつぼみの発言に、聞いていた者達は一様に呆気にとられた。

 それはそうだろう。説教されている最中に突然そんなことを言い出したのだから。釿哉は笑いを耐えきれなくて思わず「プッ」と吹き出し、その横で今まで最もせりの説教を食らってきたであろう紅葉でさえ──

 

(ああ、終わりました、つぼみさん……せりさんは間違いなく大激怒ですよ)

 

 空気が読めなくてせりの怒りの火に油を注ぐことが多い紅葉だったが、客観的な視線で見ていたためそう思っていた。

 もちろん、当事者であるせりもそうであり、唐突すぎるその言葉は彼女の神経を逆撫でるには十分過ぎた。

 

(このポンコツ娘……突然、なにを言い出すのよ……)

 

 つぼみを見つめるせりの表情が見る見るうちに厳しくなり──

 

「いえ、せりさんと武相主任って、とってもお似合いのカップルだな~、と思いましたので!!」

 

 必死なつぼみの大きな声が響いた。

 そんな場に、初日ということで相談を受けて心配していたかずらはなずなと共に来ていたのだが──

 

(さすがにこれはないなぁ……)

 

 心の中で苦笑する。

 先のなずなからのアドバイスを参考にしたのだろうが、それにしても余りに展開が雑すぎる。

 却って逆鱗に触れたのは間違いない。そう思ってかずらがせりを見ると──

 

「──え?」

 

 その反応に思わず戸惑う。なぜかその怒気が完全に吹き飛んでいたからである。

 さらには照れているのを隠すように目を逸らしつつ「そ、そうかしら?」と満更でもない表情をしていた。

 あまりの展開に呆れて開いた口がふさがらない。

 

「はい! やっぱり食堂主任と副主任ですから! 以前からお二人はお似合いだと……」

 

 必死なつぼみがせりと梅里がお似合いな理由を上げるたびに、その態度は軟化していき、仕舞いには威厳もへったくれもないような状況にまでなってしまうのであった。

 

「ちょっと、姉さん……私の時とは違いすぎるじゃないの……」

「……せりさん、チョロすぎ」

 

 ジト目で見つつグチるなずなの隣では、やはり後輩が心配で様子を見に来ていたかずらがこっそりため息をついていた。

 それは周囲も同様であり、釿哉にいたっては笑いをこらえながら「コレ、なんの騒ぎだったっけ?」とつぶやく有様だった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──そのほんの少し前……つぼみに対して、注意するべきことを言い終えた梅里は考えを巡らせていた。

 花組の行うクリスマス特別公演。

 それに併せて食堂でも、特別メニューを出してはどうか、という意見があがっているのだ。

 

(特別メニューねぇ……)

 

 そう言われても、なにを出したものやら、と梅里は悩む。

 というのも、日本のクリスマスを祝う風習は1902年にここ銀座の明治屋がクリスマスツリーを飾ったことに始まる。

 太正14年=1925年であり、それなりに年数は経っているのだが一般的に浸透しているかといえばそこまでではなく、クリスマスならではの料理といっても梅里にはイメージできないのも無理はない──当然、クリスマスにはチキンという定番はまだない──ことだった。

 

(とりあえずは七面鳥だろうけど……一般的じゃないしなぁ)

 

 キリスト教圏では定番であるクリスマスには七面鳥の風習も、そもそも日本では七面鳥が一般的ではない。

 

(あとは、洋菓子くらいだけど……)

 

 クリスマスといえば菓子ではあるが、これは世界中の各国でいろいろ違うらしい。

 たとえば、フランスなら木や丸太を模したロールケーキ「ブッシュ・ド・ノエル」、ドイツでは焼き菓子の「シュトーレン」が一般的……というのはそれぞれ花組のアイリスとレニから聞いた情報である。さらにはそこに「なに言ってるんですかー」と割り込んできた織姫からはイタリアの定番は「パネトーネ」という甘い菓子パンのようなものということを教えてもらった。

 そしてイギリスはといえば──

 

「それはもちろんプティングよ。クリスマスプティング!」

 

 カーシャに聞いたら勢い込んだ様子でそんな答えが返ってきた。

 彼女が言うにはドライフルーツやらナッツやらスパイスをたっぷり含んだ濃厚なケーキ、とのことだった。

 だが、梅里にはイメージがつかない。話を聞いて「え? スパイス? ナッツとか干した果物入れるのに?」と戸惑い、味も見た目も皆目見当が付かなかった。

 そんな梅里を見かねたカーシャが「じゃあ、アタシが作ってあげる」と言い出したので、じゃあ、お願い──と梅里が言おうとしたとき、アイリスが顔色を変えて逃げ出したり、あのレニがわずかに眉根をひそめたり、イギリス人のはずのコーネル(彼の場合は宣教師として各国を渡り歩いたので味覚が変わっていたらしい)さえも天を仰いだので、「じゃあ、またの機会で」と、どうにか修正した。

 ……ちなみに織姫はカーシャの発言の直後にいつの間にか姿を消していた。

 

「カーシャの英国式はともかく、他のも参考にはなるけど、どれを選ぶかでその国の色が強くなり過ぎるのがね。いっそ日本の定番が欲しいところだけど……」

 

 とはいえ、イメージが無いわけでもない。日本のとある大手の洋菓子店が数年ほど前から「クリスマスにはケーキ」と宣伝しショートケーキを売り出している。値段が高価なために庶民にはそれほど定着はしていないが、それでもイメージの全くない梅里としては藁にもすがりたい思いである。

 

(それに便乗するのも悪くない。でもまったく同じじゃ面白味がないよね)

 

 模倣では意味がない。

 しかし梅里にとって洋菓子は完全に専門外なのもあって、その考えはまとまらなかった。

 

 ──それゆえ、つぼみとせりの会話は、彼の耳には全く入っていなかった。

 




【よもやま話】
 日本のクリスマスの歴史──はほぼ史実からです。
 各国の定番お菓子……は現代のを参考にしていますので、史実と合わない可能性があります。
 それにしてもなぜあの国の食文化はカオスなんだろうか。英国面を覗いてしまった……。
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