サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
数日後、昼の営業を終えた食堂には、コックコートに濃紅梅の羽織姿の梅里がついたテーブルには、その対面に帝国華撃団夢組副隊長の巽 宗次がついていた。
毎度おなじみになった定例の報告なのだが──それをが終わるころになって、営業が終了して休憩時間になっている食堂内に、つぼみが姿を現す。
それを見て、宗次が露骨に顔をしかめ──すぐに元の表情に戻ってから報告を終了させた。
その報告に対する考察や指示を行い、話し合いが終わると、梅里は宗次に尋ねた。
「何か思うところでも?」
「……何がだ?」
その質問に宗次は意外そうな顔をしつつ、問い返してきた。
「つぼみちゃん。彼女を見たとき表情が険しかったから」
そう言って宗次につぼみを見た時に様子がおかしかったと指摘すると、彼は「そうか」と答え、小さくため息を付いた。
「……研修だとは分かっているが、正式な隊員でない者を華撃団の本部で勤務に就かせるのはさすがに、な」
大帝国劇場は秘密部隊・帝国華撃団の本部である。機密の固まりのようなその施設に、半ば一般人のような──それも子供のような年齢の者が立ち入るのは、軍属として、正直に言えば許し難い。
「風組の高村が出張のために、その穴をふさぐ形で売店の売り子をやらせるのまでは分かるが、戻ってきたら食堂で勤務させるとは思わなかったからな。司令には深慮遠謀があるのだろうが……いささか面倒なことになっている」
「面倒なこと?」
梅里が問うと、宗次は深くうなずいた。
「オレ達夢組にとっては、大帝国劇場での勤務は幹部の証だ。支部にいる隊員たちなら食堂での勤務をあこがれている者も多い。だからこそ、研修とはいえ一般隊員でさえない者が食堂で勤務するのはおもしろくは思わない者もいるからな」
宗次に言われ、梅里はなるほどと納得する。言われてみればその通りだし、つぼみはいらぬ嫉妬を背負ってしまっていることだろう。
「でも、研修だよ?」
「それでもだ。こういうのは理屈ではなく感情の問題だ。だからこそ自分の中で整理をつけるのが難しいんだろう」
宗次がそう言ったので、梅里は意外そうな顔をした。
それを見咎めた宗次は怪訝そうな顔をする。
「まさか、理論派の宗次からそんな言葉が出るとはね」
梅里が苦笑すると、宗次は肩をすくめる。
「オレが理論派? それこそまさか、だ。最初にお前と会ったとき、納得できないと感情も露わに決闘を申し込んだんだぞ?」
「……それに僕が勝ったら、その感情に理屈で蓋をしてたじゃないか」
「当然だろ。それでもまだ不満を爆発させていたらただの子供だ。オマケに、あそこまで完膚無きまでに実力差を見せつけられれば誰でもそうなる」
自虐的に苦笑を浮かべる宗次。
その例として紅葉を挙げ、それから周囲を見渡し──手元の資料を見て、大きく息を吐いた。
「ともあれ、そうやって研修を行うのは、今はこうして一件落着したからこそなのかもしれないがな」
太正維新軍のクーデター騒動が終わり、その最中に黒鬼会は壊滅した。
幹部の五行衆はことごとく華撃団に倒され、鬼王もまた花組が倒している。彼らが「あのお方」と呼んでいた京極も自ら命を絶ち──今は月組が中心となって残党狩りをしていた。
久しぶりの平和。それを勝ち得たからこそのクリスマス公演、でもある。
だからこそ大帝国劇場を挙げて盛り上げ、帝都市民達の心を癒なければならない、と梅里は自覚していた。
そして劇場の一部である食堂もその一助として特別メニューを考える必要があるのだ。
しかし──
「……本当に、終わったのかな?」
それは、梅里がポツリと言った一言だった。
しかしそれで宗次は顔色を変えた。
「どういう……意味だ?」
「なんか、どうにもイヤな予感がしてね。感じ的にもスッキリしないし」
その後半を宗次はほとんど聞いていなかった。
梅里の言葉の前半で出てきた「イヤな予感」。霊能部隊の隊長である梅里はときどきこのフレーズを使い、そしてそのときは大抵ロクなことにならない。彼は露骨に顔をしかめていた。
ともあれ気を取り直し、梅里の話に耳を傾ける。
「春先から、むしろそれ以前よりも前から動いていたにも関わらず、最後はクーデターなんて博打に出て、それが失敗したから自殺だなんて……そんなに分の良い賭けだったようには、思えないんだよね」
維新軍のクーデターが無謀なものだったかどうかは、宗次には判断が付かなかった。
確かに単純な兵数的に言えば無謀ともいえるかもしれないが、黒鬼会の魔操機兵があればそれほど現実味のない話ではないのではないかと思う。
通常の攻撃が効かない、効いてもダメージの減少が著しい。倒すことはおろか、傷つけることだって難しいようなものを味方にしているのだから。
「……一番解せないのは、魔神器をあっさり返したことだよ」
大帝国劇場を襲撃して奪おうとしたものは花組・真宮寺さくらの身柄と、魔神器だった。
その二つがあれば──『破邪の血統』であるさくらの命を代償に大きな力をもたらすことができる、だからこそそれらが狙われた。
どうにかさくらと魔神器の“珠”こそ守ったが、他の二つは奪われたというのに──意外なほどに執着せず、華撃団の手元へと戻ってきた。
そして魔神器は、華撃団サイドにしてみても大きな力をとなるものだったが、人の命を犠牲にすることを厭った花組隊長・大神一郎の手によって破壊されている。
「魔神器を破壊させるつもりで華撃団に戻した……んだったりして?」
苦笑を浮かべ、梅里は軽い口調で言う。
だが宗次は内心、驚愕していた。その発想が無かったからだ。そしてそれが正解と考えることもできる。
その内心を取り繕い、苦笑するのが精一杯だった。
「お前がそう言うとまったく冗談には聞こえん。むしろそっちが真実なんじゃないかという疑念が強くなるくらいだ」
そう誤魔化しながらも、宗次もまた嫌な予感を膨らませていた。
「しかし、それが真実だとして魔神器が無くなって奴らにどんな利がある? 魔神器を失えば例え奴らが真宮寺を連れ去ったり、別の『破邪の血統』を探してきたとしても使うことはできなくなるんだぞ?」
破邪の血統──裏御三家は真宮寺家だけではない。
それが宗次の考えついた、梅里の発想を否定する大きな根拠だった。
「う~ん……例えば、黒鬼会が使うのが目的じゃなくて、華撃団に使わせないのが目的だったとしたら?」
「な……」
さすがに絶句する宗次。そしてその顔は青ざめていた。
「まさか……いや、しかし……」
仮に敵に絶対に阻止されたくない切り札的なものがあったとしたら──それが華撃団が『破邪の血統』を犠牲にしなければ防げないものであり、犠牲にしてでも防がなければならないものだったとしたら──それへの対抗手段を失ったことになる。
「だとすれば……真宮寺の身柄と魔神器を確保しようとしたのも、頷ける。いや……」
宗次の脳裏に呼んだ報告書の一文が思い出された。
──劇場内に侵入した維新軍は真宮寺さくらの身柄を確保しようと捜索し、その際に生死は問わない旨の発言があった。
「生死を問わないというのは、山崎同様に反魂の術で蘇らせるからと思ったが、魔神器の力を使わせないのが目的ならば……」
さくらの命を奪うだけで、その目的は果たされる。逆に黒鬼会がその力を使おうと企んでいたのなら──戦闘の結果としてやむなく命を奪った状況ならともかく、最初から生死を問わないという指示は出さないだろう。
だが、結果的にはさくらは無事に生き延びて、その身柄も守りきった。そして魔神器を手にした大神はさくらの身を案じて──破壊した。
「ということは、華撃団の手元に魔神器を戻したのは──」
「大神少尉の気性をよく理解していたのか、向こうにも予知能力者がいたのか……ひょっとしたらそこまで読まれていたのかもしれない」
その指摘に宗次は愕然とする。この結論にはさすがに梅里も苦笑は浮かべていなかった。
「一つ聞きたいんだけど、黒鬼会のアジトの最奥にそれらしきものは無かった?」
「ああ。迎え撃ったのは鬼王が乗った大型魔操機兵・闇神威だ。春に山崎──いや、葵 叉丹が乗っていたのと同じタイプのな」
昇降機の手前で結界を敷設して維持していた梅里と違い、花組に随行した宗次は味との奥にまで行っている。しかし心当たりはない。
確かに闇神威の強さは桁外れだったが、それでもあくまで魔操機兵だ。先の葵 叉丹との戦いにおける『大和』の聖魔城や、結果として復活した悪魔王サタンといった人知を越えた存在ではなかった。
「しかし、首謀者の京極はすでに自殺しているんだ。五行衆も鬼王も戦いの中で倒されて残っていない……」
「だと、いいんだけどね」
小さくため息をついた梅里を見て、宗次は人知れず顔をひきつらせた。さすがにこれ以上のバッドニュースは勘弁して欲しい。
「なにか気になることがあるのか、梅里?」
これ以上、話を聞きたくないところだが、宗次はそこまで楽観主義者ではない。
「改造五鈷の自爆に備えて、縦穴を利用しようとして昇降機を上昇させたんだけど……あのとき、大日剣の残骸が残っていたか、ハッキリ覚えてないんだよね」
花組の突入時にはその場で数多くの脇侍と戦いになったらしく、その最後に現れたのが金剛の駆る大日剣だった。そしてもちろん、花組はそれを倒したのだから、その残骸が残っているはずなのだが──
「ついでに言えば、僕らの戦った土蜘蛛の八葉もその縦穴に落ちていき、爆発するのを確認している。でも──その残骸があったのかもやっぱり記憶にない」
そう言って、テーブルにおいてあったグラスを手にして口を付ける。
他と区別が付かないほどに爆散していた可能性ももちろんあるが──やはり、こうなると確実に倒したという不安は出てくる。
考え込んだ宗次は、チラッと梅里を見た。
「──過去認知、やってみるか?」
「さすがに無理じゃないかな。あの場所は霊的環境が悪すぎるから。妖力が高すぎて下手に感応しすぎて失神させるのも嫌だし、最悪の場合には再起不能者を出しかねないレベルだよ」
梅里は首を振って却下する。本音を言えばやってみる価値はあるとは思うが、それでも隊員たちには危険すぎる賭けになってしまう。
「そうは言っても京極が死んでいるのは確認されていることなんだし、頭をつぶされているのは間違いないからね。あと気になるとしたら僕らが何度か遭遇している“人形師”の行方がつかめていないくらいだけど、それも残党狩りをしていればそのうち片が付くと思うよ」
黒鬼会にしても維新軍にしても、京極 慶吾というカリスマに惹かれて集まった組織という印象が強い。その象徴がいなくなれば、組織が瓦解するのは自明の理であった。
残党狩りは主に隠密行動部隊の月組が担当している。一応、隊長の加山 雄一に“人形師”の情報は渡したが、それらしきものの存在は未だに確認されていないらしい。
「ところで梅里……」
「うん?」
「この件、司令には話すのか?」
宗次の問いに、梅里は苦笑を浮かべながら腕を組んでうなる。
「う~~ん、どうしようか迷ってるんだけど……結局の所はなんの根拠もない、予知でもなんでもない“最悪の想定”でしかないからね」
根拠が予知・過去認知班によるものであれば話も変わってくるのだが──これに関する確たる証拠は物的証拠はもちろん、夢組の調査によるような霊的証拠さえもない。
黒鬼会が切り札を“残していたかもしれない”
魔神器を取り戻せたのは“壊させるためかもしれない”
五行衆が“生き残っているかもしれない”
全部、“かもしれない”で終わってしまう話だ。だからこそ躊躇われた。
「米田司令のことだから、治にいて乱を忘れず、と言ってこれくらいの想定はしているだろうし……」
梅里がそう言うので、宗次も「そういうことならば……」とこの話を己の胸の内に留めることに決めた。
結果的にはそれが後々に失敗であったと分かるのだが──今の宗次にはそれが分かるはずもない。
そして一方で梅里は、米田を信頼する余りに自身の勘の良さが米田の戦況分析よりもピンポイントで正解を引くという可能性を見誤っていた。
さらには梅里自身が、鬼王が真宮寺 一馬だと疑っているのを隠している負い目を持っていたからこそ──不確かなことを報告するのを躊躇ってしまったのだ。
【よもやま話】
まぁ、もしあれで話が終わっていたら、この話も第4話で完結しているわけで……と身も蓋もないことを言ってみる。
ただ……この時点で今後の危機を予知できなかったのは夢組の汚点になってしまうのですよね。それが仕事ですから。