サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
クリスマス公演に向けて、帝劇内がにわかに忙しくなりつつある頃のこと──帝劇にとある客の来訪があった。
その応対をした売店の売り子である高村 椿は──
「英国紳士が来たんですよ」
そう同じ風組で帝劇の事務局に勤務する由里に話していた。
「……コーネルさん?」
「いえ、あんな宗教勧誘員みたいな怪しい感じじゃなくて……」
慌ててそう言う椿に、由里はさすがにそれはそれでコーネルが可哀想だと思った。
(怪しい日本語と宗教勧誘さえなければ、けっこうモテてるみたいなんだけどね……)
帝劇内の噂に通じ、一番の事情通である由里の客観的な評価はそうなっている。
物珍しい外国人であり、整った顔立ちは見るものに好感を与えるし、その格好はスラッとしていて背が高い。
物腰は穏やかで、椿はああ言っているが、立ち居振る舞いは紛れもなく紳士なのだが──いかんせん、日本語がいつまで経っても片言混じりで、肝心なところで「アナタは神を信じマスカ?」と始まってしまい、女性には引かれてしまう。
「それで、その人……イギリスの人が何しに帝劇へ?」
「なんでも米田支配人に用事があったみたいですけど……かすみさん、知りませんか?」
「今日の急な来客のことかしら? それだったら、米田支配人に謝罪しに来たみたいですよ」
「謝罪? いったい誰が? なんのために?」
「それが……」
由里が何の気なしに訊いた問いに、かすみは気まずそうに目をそらす。
やってきた紳士が名乗った家名はトワイライト。
カーシャの父親であるトワイライト卿が、今回の件について米田に直接謝罪にきたのであった。
支配人室で米田と会い、直接謝罪して和解したトワイライト卿だったが、それだけでは目的を果たしたわけではなかった。
娘から話を聞いた卿は、もう一人──いや二人、謝罪したい相手がいると米田に申し立てた。
だが、目当ての人はあいにくその日は留守にしていた。
その二人に対してもどうにか直接謝罪したいという卿は──彼らを食事に招待することとなり、その数日後にそれは果たされることとなった。
「ようこそ、ミスター。以前は初めましての挨拶さえできなかったから、改めてさせてもらうよ」
都内某所の高級レストランで、トワイライト卿は
その卿が自身の自己紹介と共に差し出した手を──梅里は握った。挨拶の握手である。
「こちらこそ……あのときは大変失礼いたしました」
「いや、娘から事情は聞いたよ。本当に……すまなかった。私の逆恨みのせいでキミを命の危機にさらしてしまったのだから」
沈痛そうな面もちで頭を下げるトワイライト卿。その横では黄色を基調としたドレスを着たカーシャが、同じように神妙な様子で頭を下げていた。
そして卿は、梅里の隣にいた女性──こちらは青を基調としたドレスを身にまとった女性へと向き直り、再び頭を下げる。
「キミにも迷惑をかけてしまったようだね、ミス白繍。娘がいろいろと……」
「そ、そんな……」
頭を下げられて恐縮したせりは、困った様子で梅里を振り返った。
それを受けて梅里はトワイライト卿へ申し訳なさそうに言う。
「頭を上げてください。過ぎたことですし、今はせりも僕も無事でこうしてここにいるんですから」
梅里は「それよりも」と前置きをして、彼もまたトワイライト卿へと頭を下げた。
「欧州での会議では失礼しました。あのときは理由の委細を申し上げることができず、本当に申し訳ありませんでした」
「それも娘から聞いているよ。だからこそ──キミこそ頭を上げたまえ。キミが謝罪する理由など無い、違うかい?」
そんなトワイライト卿の言葉に梅里は首を横に振る。
「そこで誤解が生まれたのなら、その誤解を解く努力をすべきでした。僕がそれを怠らなければ、不幸なすれ違いはなかったと思います」
梅里の言葉に、今度はトワイライト卿が優しく笑みを浮かべて首を横に振った。
「確かにそうかもしれないが……キミはそのすれ違いを正し、我が愛する娘の命を救ってくれたじゃないか。それで十分……いや過分なくらいだよ」
そう言ってトワイライト卿は再び梅里へと手を差しだし──梅里もそれをしっかりと握る。
「今宵はお互いの絆を強くするため、不幸な勘違いが今後起こらないようにするため、忌憚のない会食にしたいと思うのだが……どうかね?」
「お心遣い、ありがとうございます」」
梅里が頭を下げ、ドレスに不慣れながらもせりが礼儀に乗っ取って挨拶をし、こうして会食が始まった。
「今後の帝都の発展を……」
「英国の益々の繁栄を……」
トワイライト卿と梅里がそれぞれ言ってグラスを合わせ、随伴者であるカーシャとせりもグラスを掲げた。
そして運ばれてきたのはフランス料理であった。
「我が祖国の料理を──とも考えたのだが、残念ながら我が国は美食の探求という点においては他国に大きく溝をあけられていて、世界的にもあまり評判がよろしくない。そして考えた結果、わだかまりとなったフランスを食して解消してしまおう、という結論にいたってね。今日はそういう趣向だよ」
少し悪戯っぽく笑みを浮かべた卿に、カーシャも「お父様ったら」と朗らかに笑みを浮かべつつ、普段は見せないような貞淑さを見せていた。
梅里もその雰囲気に合わせて笑みを浮かべながら運ばれてきた料理に「さすが帝都の高級レストラン」と内心思いながら舌鼓をうちつつ、料理人としての本能を刺激されて味わった料理の分析を行っていた。
その隣にいたせりはといえば、そんな余裕はなかった。
というのも、せりはこういう西洋風の会食の経験が皆無だったからだ。
だからテーブルマナーはまったく分からず、梅里と共にトワイライト卿から会食を招かれて心底困ったのだ。基礎の基礎さえ分からないせりは、この数日の間に恥をかかないためにも、テーブルマナーの特訓を受けていた。
そしてその講師はかずらである。裕福な貿易商の娘として、上流階級出身である彼女はもちろんバッチリだった。
他にわかる人として──副司令のかえでは多忙につき無理。財閥令嬢である花組のすみれには「クリスマス公演を前にそんな暇はありませんわ」と断られている。
あとの上流階級出身者といえば、フランス貴族出身のアイリスだが、彼女は説明が抽象的で絶望的なまでに教師に向いていなかった。
しのぶもまた華族という上流階級出身者だったが、公家系統であり、彼女自身は京都からはほとんど離れたことがなかった上に、魔眼のせいでほとんど表に出さなかったこともあってテーブルマナーを知らない。
そんな経緯で教える側になったかずらだったが──ここぞとばかりにせりに仕返しをした。
「そのナイフとフォークはどこから取り出したんですか? とるのは外側からです! いったい何度言えば覚えるんですか?」と手にした指揮棒でピシリとせりの手を打ち据える。
叩く必要ないでしょ、と頭にきたせりだったが──どうにか我慢した。
「スープを飲むときに音を立てるなんて……なんて下品なんでしょう」とかずらが大仰に天を仰ぐ。
じゃあ、どうやって飲めって言うのよ、と根っからの日本の庶民であるせりは頭にきたが──どうにか我慢した!
「まったくせりさんときたら──食事をするのにガチャガチャとずいぶんと賑やかなお囃子を奏でますね。今日は料理を祭ったお祭りでしょうか? せりさんの地元ではナイフやフォークがバチでお皿が打楽器なんですか?」とかずらから蔑みきった嘲笑を向けられる。
私の地元をバカにしてんの!? と激高しかけたせりだったが──どうにか、我慢したッ!!
かずらに対して「ぐぬぬ……」とひたすら耐えるせり。
一方、何も言い返せないせりに対し、調子に乗ってどこまでも強気になっていくかずら。
そんな悪ノリの結果として厳しくなった指導に、せりはひたすら「忍」の一文字で耐える。
その甲斐あって、せりは、短期間だったものの恥ずかしくないテーブルマナーを身につけることができていた。
──ところで招待されたもう一人である梅里はといえば、料理屋一家で育ち、さらには舌を鍛えるために西洋料理を食べに連れて行かれることもあったので、マナーはきちんと教え込まれており、そもそも昨年の欧州行きでもなんの問題はなかった。
そんな付け焼き刃のテーブルマナーで苦労しながらもせりがどうにかボロを出さずに会食は続き──
「ミスター武相は、シェフだそうだね?」
「ええ、その通りなのよ、お父様」
トワイライト卿が言うと、カーシャがうれしそうに、そして大げさな身振りで梅里の料理をほめたたえた。
そんな娘の様子に笑みを浮かべるトワイライト卿。
「それは私も是非食してみたいものだね」
「機会があればお越しください。世界を股に掛けて回られている卿の舌のご期待に答えられるかどうかは怖いですが、来てくださった際には、精一杯務めさせていただきます」
梅里がそう言って恭しく頭を下げると、トワイライト卿は笑みを浮かべた。
「いやはや、日本の方はやはり奥ゆかしい。その文化に私も魅入られた一人なのだが……」
そしてふとカーシャを見て、それから改めて梅里の方を見た。
「ミスター武相、あなたは我が娘の命を守るためにずいぶんと尽力していただいたようで、本当に感謝いたします。心の底からありがとう、と言いたい。あんな仕打ちをしてしまった我がトワイライト家に対して……」
「そんな……僕はあのままだとカーシャがあまりに不憫だと思った、ただそれだけですよ」
「それでもだよ。家という立場を抜きにして──私自身が追い込んでしまった我が愛娘の命を、よくぞ助けてくださった……この恩は、生涯忘れない」
「そんな大げさな……」
照れる梅里に対し、卿は──
「いいや、けっして大げさなことじゃない。そこで相談なのだが──キミが助けてくれたこの娘を、嫁にもらってはくれないか?」
「「──は?」」
呆気にとられる梅里。
そして動揺するせり。彼女は思わずフォークを落としてしまう。
「あ……」
さらに動揺してそれを取ろうとしかけ──
「──せり」
素早く小声で梅里にたしなめられてマナーを思い出し、あわてて拾おうとした動きを止める。
店員がせりのフォークを交換している中で、梅里は卿に言う。
「トワイライト家は騎士の家系と伺っております。その子女──それも長子であるカーシャさんを、というのは身に余る光栄ですが……しかし私は卿の御期待に添えないと思いますが?」
「──と、言うと?」
トワイライト卿が問い返し、カーシャ、せりが見つめる中で梅里はさらに続ける。
「トワイライト家は商才もおありで、その才覚を植民地経営で見事に発揮していたと聞いております。ですから私程度の者にその大事な娘を嫁がせるなんて、何のメリットもなければしない、と思っておりますが──」
ただの感謝だけで娘を嫁がせはしないだろう、という予測だった。
「その上で言いますが、私は米田中将の後ろ盾がなければ華撃団にはいられないような者です。そして夢組隊長でなくなれば……私には何もありません。他の隊長たちと違って、華撃団を離れても軍人ではない私にはその功績はまったく意味がない。そんな
そう言って自虐的に苦笑を浮かべる梅里。
それに対し、トワイライト卿は「ふむ……」と考え込むと、まるで無関係なような質問をぶつけてきた。
「では一つお聞きしたいが……商売においてなにが大事だと思うかね、ミスター武相」
「えっ? ……お金、ですか?」
突然の問いに戸惑いながらも、とっさに思いついた梅里の答えに、卿はうなずく。
「確かにそれも大事だ。なければ話にならないからね。だが、それは──自分の才覚でどうにでもなるものだよ。手腕さえあれば借りてでも集められるものであり──それを利子を付けて返せばいい話だ……そちらのお嬢さんは、先ほど何か言い掛けたね? 何だと思う?」
トワイライト卿に促され、せりは恐る恐ると言った雰囲気で答えた。
「人、ですか?」
その答えには満足げに大いにうなずく。
「私が考える正解と概ね一緒だ。正確には、画一的な価値が付けられないものの価値を正確に見抜くこと、だったがね」
「どういうことでしょうか?」
梅里が問うと、トワイライト卿は考え込み、懐から同じ2枚の貨幣を出した。
「たとえばキミが挙げた資金の話をしよう。この二つの硬貨は、かたや汚れてくすみ、傷ついてさえいる。逆にもう一つは新しく美しい光沢を放っている。が……どちらも価値は同じだ」
それはもちろんそうだろう、と梅里も、せりも思ってうなずく。二つの違いは鋳造されてからの期間でしかないのだから。
その様子にトワイライト卿は満足げにうなずいた。
「キミたちはさも当然とうなずいたが、これは非常に重要なことなのだよ。貨幣の価値が統一されていなければ人の世は物々交換にまで退化してしまうからね」
貨幣の価値を国が保証しているからこそ、その信用によって取引が行えるのである。
「だが──たとえば一人の女性は画一的な価値があるわけではない。うちの娘とそちらのお嬢さん、どちらの方が好みかというのはそれは人によって違うだろう?」
あくまで冗談めかしたトワイライト卿のそんな話には、カーシャとせりが露骨に顔をしかめた。
そして娘であるカーシャは冷たい目で父をにらんでさえいる。
「父様、あまり良い例えとは言えません」
「それは申し訳ない。でもそうやって人や場所や時期によって変動するような価値を見極め、得難いもの……それこそ唯一無二の価値があれば理想だが、それを手に入れることこそ、商売では重要なのだよ」
一般的に流通しているものであれば、足りているものの価値は下がり、足らぬものの価値は上がるのは商売の基本だ。
そして芸術品のような物に関してはまた違う。それらの価値をいかに認めるか、である。
「例え見た目が石ころでも、それに価値があるのを見極める目。それが商売で重要なのさ。そして私は──キミのことを、我が娘を託す価値のある人間だと認めた。だからこその先ほどの申し出だと思ってくれ。軍での立場とかそういうものは関係ない。今後のキミの人生に対する投資──いや、同じ船に乗りたくなったのだよ」
それは船乗りの家系であるトワイライト家の人間として、最大級の賛辞である。
とはいえ、簡単に「はい、わかりました。受け取ります」と言えるようなことではない。
梅里は思わず頬を掻きかけ──食事中で手が塞がっているのに気づいて思いとどまった。
そんな戸惑いに気が付いたカーシャは、ため息を一つ付いて父へと話しかけた。
「父様、一つよろしい?」
「なんだい、カーシャ?」
「余計なことはしないで。アタシは、欲しいものは自分で掴み取るわ」
そう言って真剣な目で父親を見る。
そんな娘の剣幕にポカンとしていたトワイライト卿だったが、彼女の気持ちに気がついて苦笑を浮かべる。
「ふむ……キミの気持ちに関係なく、彼を我が家に引き入れたいと思っているんだがね」
「そうであれば、アタシに任せて。必ずトワイライト家に引き入れてみせるから」
「しかし、私も本気で彼を気に入って──」
「あまり強引に出て、彼女を刺激しないで欲しいのよ」
そう言ってカーシャはせりをチラッと見る。
それでトワイライト卿もせりが不満そうな顔をしているのに気がつき──彼女の気持ちを察する。
「これは失礼したね。私や我が娘と同じように、その宝の価値に気が付いているお嬢さんがおられたようだ」
苦笑を浮かべたトワイライト卿はせりを見てそう言った。
だが、悪びれもせず笑みを浮かべて付け加える。
「とはいえ、早い者勝ち、というわけではあるまい。許嫁という話は引き下げさせてもらうが、いつでもトワイライト家の門戸はキミに開いていると思ってくれ。それこそ華撃団を辞めることがあれば、我が家を頼ってくれて構わない」
「あの……そこまで過大な評価をいただいて光栄ですが、なぜそこまで?」
間者として、また日本という国の反逆者になりかけていたカーシャを助けたから、というのはならわかるが、トワイライト卿からの評価はそれ以上のものを感じていた。
だからこそ疑問に思う。自分の取り柄といえば、刀の腕と料理の腕くらいしかないし、それがトワイライト家の家業である貿易といったことに役立つようには思えないからだ。
「キミの目だよ。先を見抜く確かな目を持っていると思えたし、その見つけた未来に向かう行動力もそうだ」
トワイライト卿は“目”と評したが、それは梅里がたまに見せる「勘の良さ」だった。
「それらは余人にはない、他に得難いものだと思ったからこそ、私はキミを誘ったのだよ。もし我が家で働きたいがカーシャをいらないと言うのなら、それはそれで構わないよ。なんならそちらのお嬢さんが奥方になっていても、私にはなんの支障もないからね」
冗談めかして笑みを浮かべる父親の言葉に、さすがにカーシャは驚いた。あっさりと父親に裏切られたからだ。
「父様!? アタシの味方じゃないの!?」
「おや? 宝は自らその手で掴み取るものだろう?」
そう言ってトワイライト卿は笑顔を浮かべ、カーシャは怒り、梅里とせりはそんな親子の様子に笑ってしまう。
それから会食は談笑を交えながら、楽しく終わった。
あまり料理の評判がよくない英国の貴族とはいえトワイライト卿は世界を股に掛けている人物。梅里の予想通りに舌が肥えている人であり、その店の料理は徹頭徹尾すばらしい物だった。
もっとも──せりは、不慣れなテーブルマナーと、突然飛び出した梅里への縁談のために、それを味わう余裕は全くなかったのだが。
【よもやま話】
トワイライト卿は物語に出さない謎の人物のつもりだったのですが、結局出してしまいました。
しかし──せりは叩けば光る、良い素材だなぁ。いじりやすくて助かります。