サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
トワイライト卿との会食の翌日──
「──で、私のいないところで、そんな危機的計画が進んでいたんですか?」
トワイライト卿との会食について、せりにテーブルマナーを教え込んだかずらが「粗相をしませんでしたか?」と訊いたために、その話になった。
そして話を聞き終えたかずらは、せりのテーブルマナーなどもはやどうでもよくなっていた。
今は食堂が昼の営業を終えた休憩時間である。クリスマス公演に向けて楽団の練習も密度を上げている時期であり、その休憩時間も押し気味でこんな時間になってしまっていたのだ。
今、そのテーブルにはかずらとせり、それにカーシャとしのぶが集まっていた。
「梅里さんの許嫁になろうだなんて……」
「そうはいうけど、梅里には元々いたことでしょ? それは別に気にしないの?」
不満げなかずらに、せりは冷静に指摘した。もちろん鶯歌のことである。
「それくらいわかってます。なんならせりさんも、許嫁の一人や二人、いるんじゃないですか?」
「あのねぇ、二人いたらダメでしょう? 一人どころか今まで付き合った相手だっていないわよ!」
「──え?」
「あ……」
かずらに言われてつい気持ちが高ぶったせりが思わず言ってしまい──戸惑ったような周囲の反応に自分の失言に気がつく。
だがもう遅い。それを聞いたかずらがニッコリと笑みを浮かべる。
「じゃあ、せりさんは初恋ってことですよね? でも大変ですね。初恋は実らないって言いますから」
かずらに冷やかされて怒ったせりは開き直る。
「ええ、そうよ、初恋よ。そういうかずらはどうなのよ?」
「私の初恋の相手は違う人ですよ? お父様です。ですから私の恋は──」
「なるほど、ファザコンね」
かずらの話を途中で叩き切って断言するせり。それにはさすがにかずらも反論しする。
「ち、違いますよ! 今では梅里さん一筋ですから」
「あら? 父を敬愛するのは美徳じゃないの? それが尊敬できる父親ならなおさら……」
そうフォローしたのはカーシャだった。
しかしせりはそんな彼女にジト目を向ける。
「そのあなたの尊敬できる父親の私怨のせいで、私も梅里もヒドい目にあったんだけど?」
「あら、それはゴメンなさいね」
「全っ然、悪いと思ってないわよね、その言い方」
まるでカンナに謝るすみれのようだ、とせりが指摘すると、聞いていたかずらとしのぶが思わず笑った。
それからカーシャはかずらの方を振り返る。
「せりはともかくとして、かずら、アナタはいなかったの?
「私は一人娘ですし、お父様が自分の好きな相手と結婚なさい、と言っているので……」
「ん? ちょっと待って。アナタ“は”って──カーシャ、あなたも許嫁がいないんだから、そこは“は”じゃなくて、“も”よ?」
カーシャの日本語の間違いを指摘しようとしたせりだったが──
「あら? いたわよ、アタシは」
「「「はい!?」」」
さすがに驚く3人。
そして切り替えの速いかずらが笑みを浮かべると、
「あ、そうですか。ではその方とお幸せに……」
そう言ったのだが、カーシャは笑みを浮かべてそれに応える。
「“いた”と言ったでしょ? 残念ながら、解消したのよ。彼の都合で」
それにかずらは優しい笑みを浮かべて応じる。
「わざわざ取り繕わなくていいですよ。カーシャさんの都合とか、もしくはカーシャさんに怖じ気付いたから、とかでも全然不思議じゃないですから」
そんな揶揄に、カーシャは笑顔ながらもさすがに怒っている様子。
そんな空気の悪さを何とかしようとしたしのぶは苦笑を浮かべ、やんわりとカーシャに問いかけた。
「では、その方はどのような方だったのですか?」
「そうね……英国の中でも古い有力貴族の長男だったわ。でも日本人の血が入ってるからそれを忌避する大貴族が多くて──おかげでウチのような新興貴族にも縁談の目が回ってきたのよ」
貴族の長男と言うことは嫡子ということになる。有力貴族の嫡子といえば結びつきを強める格好の材料になるはずだが──自分の家に外国、それも黄色人種である日本人の血が入るのを良しとしない貴族がいるのもまた確かなことだった。
もっとも、カーシャのトワイライト家のように気にしない家もまたあるのだが。
「でも、そこの当主が英国人と再婚して子供が産まれてからは音沙汰もなくなり──この話も現状では立ち消えになったのよね。まぁ、おかげでウメサトに出会えたのだから、主の思し召しに違いないわ」
最後に一転し、明るい調子でカーシャが言う。唯一の男児ということでやむなく嫡子という扱いになっていたところで、生粋の英国人の次男が生まれたことで廃嫡になったらしい。そんな事情の気まずさから疎遠になったのだろう。
そんな彼女をジト目で見つつ、せりがポツリと言う。
「まったく、その人もきっちりとカーシャを捕まえていてくれれば、よかったのに……」
などとどこの誰かもわからない相手に愚痴るせり。
そうして3人の事情がわかったところで、カーシャが残る一人、しのぶを振り返った。
「で、せりとかずらは分かったけど、しのぶは? 許嫁とかいたのかしら?」
そう尋ねたカーシャだったが、その質問にせりとかずらが気まずそうな顔になる。
そして、そんな二人の反応をカーシャは不思議そうに見て首を傾げる。
せりとかずらは夢組にいる期間も長いのでしのぶの生い立ちを知っており、その能力のせいで一族の中でも忌避されたという経緯を聞いていたのだ。
さすがにそういう状況では縁談もなにもないだろう、と二人は思っていたのだが──
「はい。おりましたが……」
「「えぇッ? いたの!?」」
思わず声が重なるせりとかずら。
それに微笑みながら答えるしのぶ。
「はい。わたくしよりも少し歳が上で、わたくしにはもったいないくらいに優秀な方でした……でも優秀すぎるが故に立場を追われまして、わたくしとの婚約もなかったことになりまして」
「あら、アタシと似た感じね」
「ええ、奇遇ですね」
そう言ってしのぶはにっこりとカーシャに笑み向ける。
「で、どんな方だったんです?」
「そうですね、あの方は……」
目をキラキラさせて尋ねるかずらに対し苦笑を浮かべつつも、それに応えるしのぶ。
昔のことはあまり話したがらないしのぶにしては珍しく、多くを語るその姿を見てせりは──
(あぁ、しのぶさんの初恋ってその人なのね)
──と思った。
一方、そのころクリスマスのメニューで悩む梅里は思考が完全に迷走していた。
そして思考どころか行動も迷走し、悩みながら帝劇内をウロウロしていた。
コックコートに濃紅梅の羽織という姿こそいつも通りだが、周囲が見えないほどに考えに没頭していた。
そんな梅里だったが──ふと事務局の前を歩いている自分に気がつく。
その事務局では、かすみが一人伝票整理に勤しんでいた。奥の窓を見ればすでに日は落ちており、時計を見れば午後5時過ぎである。
「かすみさん、一人なんですか? 由里さんは?」
気になった梅里は事務局の中へと入り、かすみに話しかけた。
すると彼女は「あら、こんばんは」と挨拶をしつつ、それに応じる。
「由里は来賓用玄関のポスターの張り替えに行ってるんです。それも大事な仕事ですし、もし間に合わないと大変なことになってしまいますからね」
「でも……さすがにこの量をかすみさん一人では大変だと思うけど」
書類の山を見て梅里が苦笑する。
「実は、大神さんに手伝いをお願いしたんですけど、どうやら由里や椿と被ってしまったみたいでして……」
そんな梅里につられたように、かすみも苦笑を浮かべてそう説明した。
事情を聞けば、ポスターの張り替えは今日中にどうしても終わらせる必要があり、それを大神が手伝うことになったらしい。椿の方は彼女が不在中に最近まで売り子をしていたつぼみが手伝うという話になっていた。
しかし、そうなると──
「じゃあ、かすみさんは、一人でやるしかない、と?」
「そうですね。でも、やらないといけないことですから」
そう言って頑張ろうとするかすみの様子は、カラ元気のようにも見える。
だからこそ梅里はつい──
「じゃあ、僕が手伝いますよ」
──思わずそう言っていた。
そんな梅里の申し出に、かすみは呆気にとられたように驚いて梅里の顔をまじまじと見ている。
それから我に返って、慌ててそれを辞退しようとした。
「さすがにそれは申し訳ありませので……それに主任は食堂のお仕事があるじゃないですか」
「今日は早出だったので、夜の営業では数に入ってませんので大丈夫ですよ」
笑顔でそう言う梅里。
今日は華撃団の方の仕事で早く出勤していたので、夜の営業からは外れていたのだ。
「でも、それならなおさらです。お疲れでしょうから早く帰った方がいいのではありませんか?」
「ところがそういうわけにもいかなくて……」
体調を気にしたのか心配そうにそう言うかすみに対し、気まずそうに苦笑する梅里。
「とある仕事が残りっぱなしになってて、しかもちょっと考えが煮詰まり過ぎちゃってまして……別のことをしたら、すっきりするかもしれませんから」
言うや、梅里は事務局内に入り、かすみの側の席へと座った。
「でも、大神さんのように慣れてませんから、お手柔らかに……」
「いいえ、手伝っていただくからには厳しくいかせてもらいますよ」
いたずらっぽく笑みを浮かべるかすみ。
その席は近くにストーブがあるおかげで、思いの外に暖かく──
「あ、そうだ。そういえば実家から……」
梅里はどこからともなく、その手にあるものを取り出した。
それを見て、かすみは──目を輝かせる。
「それは……」
「……他の人には内緒ですよ?」
ストーブの上にそれを並べながら、梅里は笑みを浮かべる。
干し芋──皮を剥いて厚めにスライスしたサツマイモを干して乾燥させたものであり、茨城県の名産品の一つである。
二人は程良く熱せられた干し芋に手を伸ばしつつ、伝票整理を始めた。甘さと糖分で頭の回転がよくなったおかげか、予想以上にそれははかどったのであった。
「ところで、う……主任?」
「梅里、でいいですよ」
書類を処理する手を休めずに話をしていたかすみと梅里だったが、そこに油断があったのか、かすみが梅里を名前を呼びそうになってしまい、梅里は笑みを浮かべてうなずいた。
かすみは自分の失敗に小さくため息をついてから、改めて彼に話しかける。
「梅里くん……何を悩んでいたんですか?」
「あれ? 悩んでいるって言いましたっけ?」
「考えが煮詰まっている、と言ったじゃないですか。それに事務局にきたのも、心ここにあらずといった様子でしたし……あまりそういう姿を見たことがありませんから」
微笑むかすみに、梅里は憮然とする。
「ヒドいなぁ。僕だって悩みますよ……僕のことを悩みのない脳天気なヤツって思ってません?」
「そんなことありませんよ」
そういってかすみがからかうようにニコニコと笑みを浮かべた時のことだった。
すぐ近くでガサッと物音がする。
思わずそちらを見て──
「きゃあああぁぁぁぁぁぁッ!!」
突然の悲鳴と共に、梅里は頭をガッチリとホールドされていた。
「え? え!?」
同時に視界は真っ暗になり、顔には何か柔らかいものに押しつけられているような感触がある。
そんな状況に戸惑うしかない梅里だったが、それでもだんだんと状況を把握し始めていた。
(あれ? これって、頭の後ろに腕が回されて……押さえられている? ってことは、この体勢……悲鳴はどうやらかすみさんで……ってことは、この感触って!?)
自分の顔が当たっている──否、埋めているものの正体に気がついた梅里は慌てて顔を上げようとしたが、後頭部にしっかりと回された彼女の腕が思った以上に強い力が込められていて、外すことができない。
それどころか、梅里が外そうとしたことで逆に力が込められ、さらには少し体勢が変わり──
(な!? 息が……)
ついには完全に鼻と口が塞がれ、呼吸ができなくなってしまった。
口がふさがれて言葉も発せなくなったために、かすみの肩をポンポンと叩くのだが、パニックになっている様子で悲鳴をあげるばかり。梅里の必死の主張は彼女にまったく伝わらなかった。
(と、とにかくここままはマズい。本当にマズい)
今の自分の姿勢を考え、これを誰かに見られるようなことがあれば盛大に誤解されて大変なことになる──それが例えばしのぶだったらさらにマズく、命に危険が及ぶ──可能性がある。
(というか、今まさに命の危機が……)
顔に押しつけられたもので呼吸を阻害されている現状。『窒息』という言葉が頭に浮かび──しかもそれが、かすみの胸に顔を埋めてそうなったとなれば、男の浪漫とかそういうのではなく、本当に間抜けなことになってしまう。
(なんとかしないと……)
梅里はどうにか頭を動かし──その際に頭を左右に振ることになってしまい、罪悪感にさいなまれつつ──どうにか口を解放させる。
そして──
「ちょ、かすみさん……ストップ、死んじゃ、う……」
そこまで言うのが精一杯だった。
悲鳴をあげて、梅里の頭に必死にしがみついていたかすみだったが、梅里の言葉で少し冷静さを取り戻し──それがきっかけとなって心が落ち着いていく。
やがて、完全に我に返り──
「ご、ごめんなさい!!」
──慌ててその拘束を解く。
自由を取り戻した梅里は天を仰ぎ、大きく息を吸い込んだ。
そうやって呼吸を落ち着かせてから、梅里はかすみをチラッと見る。
彼女は恥ずかしそうに視線を逸らせていた。それが我を失って取り乱すほどに錯乱したことに対してなのか、それとも梅里の顔を自分の胸に押し抱いたことによるものなのか、どうにも判定はできないものだった。
「……いったい、どうしたんですか?」
ようやく呼吸を整えた梅里が問うと、かすみは視線を逸らしたまま、恥ずかしそうにポツリとつぶやいた。
「そ、その、ネズミが──」
「ネズミ?」
思わず問い返した梅里に、かすみは顔を赤くしながらうなずく。
「私、ネズミが苦手で……」
「かすみさんが?」
思わず笑い出す梅里。彼にとってネズミは、実家の食事処では絶対に出さないようにと注意している害獣であるが、やはりどうしても現れることもあってそこまでの苦手意識はない。
そんな梅里の反応に憮然とするかすみ。
「なにも笑うことはないじゃないですか」
一方で、しがみついていたことを思い出して恥ずかしくなった。
「まぁ……もういなくなったみたいですし。作業に戻りましょう」
そう言って立ち上がった梅里だったが──かすみはなぜか立ち上がらない。
不思議そうに彼女を見るが──顔をさらに赤く、視線を逸らしたままの彼女はやはりしばらくしても立ち上がらなかった。
「あの……かすみさん?」
「……それが、腰が抜けてしまったようでして……」
顔を真っ赤な顔を隠すようにしてポツリと言ったかすみに、梅里は呆気にとられ──吹き出しかけたのをどうにかこらえ、右手を差し出す。
「あ、ありがとうございます……」
「いえ」
笑いをこらえている梅里は短くそう答えて、手を掴んだかすみを引っ張って立ち上がらせる。
すると彼女は礼を言い──
「申し訳ありませんでした。でも……」
そこまで言ってから急にジト目になって睨んでくる。
「笑いをこらえてますよね?」
「ぷっ……」
それでバレていたのが分かって梅里はついに吹き出して遠慮なく笑い始めた。
「そ、そんなに笑うことないじゃないですか」
「すみません。かすみさんって何でもできる人ってイメージがあったので、意外な弱点がおかしくて」
恥ずかしげにしながら怒るかすみに対し、笑いのツボに入ってしまいしばらく笑い続けていた梅里。
それが収まるころには、冷静になったかすみの怒りを含んだ圧のある微笑みを前にして、一生懸命に伝票整理へと取り組むことになった。
おかげで伝票整理は思った以上に早く終わったのだが──
「お、おかげさまで伝票整理も終わりましたし、食事でも行きませんか?」
確認作業を終えたかすみがそう申し出た。
「先ほどのお詫びもしたいですし……」
「あ、あのネズミの──」
再び笑いそうになった梅里。
それをかすみは含みのある目でじっと見つめて制すると、一度咳払いをして気を取り直し──
「それに、他の人の料理を食べるというのも悩みを解決する刺激になるかもしれませんよ」
彼女に笑顔でそう言われ──その誘いを梅里には断る理由はなく、二人は着替えを済ませると、彼女のオススメの店──煉瓦亭へと向かうのであった。
【よもやま話】
かすみさんがネズミが嫌いなのは公式設定です。一応。
茨城出身なのも公式設定なのですが──意外と知られていないようですね。
ちなみにこのシーン。原作ゲームだと大神が帝劇三人娘の誰かを手伝うところですが、この世界の大神は由里を手伝ったようです。