サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
煉瓦亭というのは、銀座にある洋食店である。
帝都でも屈指の洋食屋の老舗であり、この店発祥とされる料理も数多い。
梅里の得意としてるオムライスもその一つであり──そんなお店に梅里とかすみはやってきていた。
その店に入って席に着くや、注文を聞かれるよりも前にコックコート姿の者がテーブルの傍らにやってきた。
そして梅里へと話しかけてくる。
「誰かと思えば、帝劇食堂の主任さんじゃないか。こんなべっぴんさん連れて、デートかい?」
「ええ、まぁ、そんな感じで……」
相手の冷やかすような笑みに対し、梅里は誤魔化すように苦笑を浮かべる。
「しかし……わざわざウチにくるくらいだったら、自分で作って御馳走した方が株が上がるんじゃないか?」
からかってきた彼に梅里は──
「一緒に食事するなら、少しでも美味しいものを御馳走したくなるのが普通じゃないですか? 僕の腕なんてまだまだですから……」
そうやって返すと、店の者も満更ではない様子で「じゃあ、デートが成功したらウチの手柄だからな。ちゃんと報告するんだぞ」と言って厨房へと戻っていった。
その姿を見送り、かすみは意外そうに梅里を振り返った。
「……お知り合いだったんですか?」
「まぁ、そうです。銀座界隈で同じように洋食を出していればつながりもできますから」
かすみの問いにうなずく梅里。帝劇の食堂も洋食が中心になっており、それが縁で知り合ったのだ。
とはいえ、梅里の基礎は実家の料亭仕込み。洋食屋での修行経験もあるが和食の方が得意ともいえる。それになによりも経験の差もある。帝劇の食堂ではもっとも料理の腕の立つ梅里だが、この店はそれでもまだまだかなわない相手であり、ちょくちょく味を盗みにも来ている。
そんな事情を知ってか知らずかそれも黙認されており、ある意味では師匠のような存在でもあるのだ
それを説明すると、かすみは複雑そうな顔をした。
「それなら別のお店の方がよかったでしょうか?」
「そんなことないですよ。普段は味を盗みに来てますけど、今日は違いますから」
悪びれもせずに笑みを浮かべる梅里。
その彼に、かすみはふと思っていたことを尋ねてみる。
「前から聞きたかったんですけど、料理人の方ってよそのお店に行ったときはどうしているんですか?」
「目的にもよりますけど、美味しいものを食べたいという欲求は料理人だろうがそうでなかろうが変わりませんからね。美味しい店を探すときはそのように、見つけた美味しい店の味を盗もうとするときは真剣に、こうして誰かと料理を楽しみに来たときは普通に楽しみます」
そう言って、梅里は屈託無く笑い、それを悪戯っぽいものへと変える。
「なにより自分で作らなくても美味しい食事ができるのが素晴らしいですよ。こんなに楽なことはありません」
「なるほど……」
かすみもつられて笑顔を浮かべる。そして──
「でもそれなら……家でも誰かに料理を作ってもらえれば、楽をできるっていうことですよね?」
そう言って意味深な視線で梅里を見た。
才色兼備で家事もこなせる、そんなかすみからのアピールだったのだが……しかし残念なことに梅里は鈍感であった。
彼は笑みを浮かべながら──
「いえいえ。自宅では自分で作らないといけませんし、たとえ実家に帰っても結局は母に手伝わされるので……」
故郷を思い出したのか、遠い目をする。
「だから、お店にでも行かない限り、誰かに作ってもらえるなんてことは無いんですよね……」
そういって苦笑する梅里に、さすがにかすみもこの鈍感さにはあきれ果てた。
もちろんかすみは梅里の実家に帰ったときの事情を聞きたかったわけではない。暗に梅里に「家で私が料理をしましょうか?」という話に持って行きたかったのだが──
(これは……せりさんやしのぶさん、かずらちゃんが苦労するのもわかる気がしますね)
何の進展もしていない先駆者として三人を甘く見ていたところのあるかすみだったが、思わず心の中で苦笑する。
そして仕方なく話題を変えた。
「実家といえば、年末年始には帰省されるのでしょうか?」
「僕はその予定はないですよ」
黒鬼会との戦いが終結し、今度の正月は花組メンバーたちも帰省する人も多いらしいという噂を由里から聞いていたかすみの問いに、梅里はあっさりと否定した。
「今年は春先に実家に一度帰ってますし、それに夏にも無理を言って帰省してますからね。さすがに今回は居残りです。副隊長のしのぶさんも陰陽寮との折衝で一度は向こうに帰ったので今回は帰省しないみたいですから、今度の正月休みは宗次を実家の佐倉に帰してあげようかと──」
夢組トップ3の正月事情を話されても……とかすみは思った。
だが、密かに梅里が実家に戻らないという有益な情報と、しのぶもまた帝都に残る予定だという警戒すべき情報を入手できたのは間違いない。
かすみはさらに聞き込みを続け、他の動向を探ることにした。
「せりさんやかずらちゃんはどうなんですか?」
「かずらは帰省も何も、実家から来てますからね。せりも「正月に帰ったら休むどころか逆に忙しくて疲れるだけだから」なんて言って──」
「ああ。せりさんの実家は神社でしたね」
正月こそ忙しい神社ならではの悩みだろう。
「でも、それはそれで人手が必要なんじゃないでしょうか?」
「僕もそう思ったんですけど、せりは「なずなを帰せばそれで十分でしょ」なんて言って……それを聞いたなずなちゃんも怒って喧嘩し始めてましたからね」
「それは……結局、どうなったんですか?」
姉妹喧嘩を想像してかすみが眉根を寄せて苦笑を浮かべると、梅里は楽しげに答えた。
「結局はせりの勝ちです。今回は周囲に迷惑をかけすぎて、とても帰れる状況じゃないからって言われたら……さすがになずなちゃんも折れるしかなかったみたいですね」
そんな話を聞きながら「そうだったんですか」と相づちを打ちつつ、それを額面通りに受け止めるほど、かすみは鈍くはない。
せりもせりとて、梅里が帰省しない中で
もちろんかすみも後れをとるつもりはなく──
「かすみさんは、どうするんですか? やっぱり帰省します?」
「私も夏に帰ってますから。梅里くんにしても私にしても、茨城は関東ですからほかの地方に比べればまだ帝都から近いですけど、かといって他の人よりも目立って多く帰るわけにはいきませんからね。由里も静岡ですから、私よりも遠いですし」
「そうなんですよね──」
梅里の問いに答えつつ、自分も正月にはいるとアピールしながら──地元の話を交えつつ注文を決め、そして料理を待つ。
「それにしても──」
談笑しながら料理を待っている間、梅里はそう言ってかすみの姿を改めて見た。
彼女が着ているのは淡い水色の洋服に黒のスカートという出で立ちである。帝劇を出る際に着替えた──彼女の普段着である。
「かすみさんって、和服のイメージが強いから、ちょっと意外ですね」
「そうですか? あの服は仕事着ですし、普段は洋服も結構着るんですよ。通勤なんかもそうですし」
そう言われて梅里は不思議そうな顔をした。
「あれ? でも春のときは──あの服でしたよね?」
「あれは……あのときは、遅くなって着替える時間がなかったからです」
梅里がいつの時をさしてそう言ったのか、かすみは理解していた。あの鬼王の襲撃を受けた日のことだ。
確かにあの日はかすみは仕事着のまま帰宅し、その途中で災難に巻き込まれている。
梅里もまたそのときのことを思い出しながら、かすみに謝った。
「あのときはすみませんでした」
「……なにがでしょうか?」
なにか謝られるようなことをされただろうか、かすみは思い出すが心当たりはない。
「かずらから聞きましたけど、着ていた服が僕の返り血で汚れてしまったそうで……仕事着なら、なおさら……」
「そんな! それを言うなら私の方こそ、です。私やかずらさんがいなければ逃げられたでしょうし……あのときの怪我を考えれば、服の一着や二着は騒ぐようなことではありません」
思わず恐縮してしまうかすみ。足を引っ張ったのは自分たちの方であり、確かに助かったのは救援に来た秋嶋紅葉達のおかげではあるが、梅里が鬼王に痛打を与えて余裕がない状況にまで追い詰めていなければ、行きがけの駄賃とばかりに簡単に命を奪われていたかもしれなかったのだ。
「ですから、私は──」
かすみがさらに梅里に感謝を伝えようとしたところで料理が運ばれてきて、その話は途切れることとなった。
運ばれてきた料理に舌鼓を打つ二人。
だが──かすみはふと梅里が浮かない顔になったのを見逃さなかった。
「……どうかなさったんですか?」
「え? なにが……ですか?」
慌てて取り繕うように笑顔を浮かべる梅里。
それにかすみは眉をひそめた。
「誤魔化さないでください。ここにくる前、事務局でも悩んでいることがあるって言っていたじゃないですか。今、少しそれを考えてましたよね?」
かすみに指摘され、梅里は苦笑しながら頬を掻く。
「よくわかりますね……ホント、かすみさんにはかないません」
「ええ、私もせりさんやしのぶさん、かずらちゃん達に負けないくらいよく見てますから」
笑みを浮かべるかすみに対し、梅里は正直にクリスマス特別公演に合わせた特別メニューで悩んでいるという話をした。
「クリスマス定番のものを作るべきか、それとも自分の作れる自信のある料理を作るべきなのか……そもそもその定番の料理さえまだよくわかってなくて……」
クリスマスの定番を調べるために、外国出身の華撃団隊員から話を聞いたことも説明した。国ごとに差違が大きくて却って悩む原因になってしまっている。
そんな中で定番と言えそうなのが七面鳥を使った料理くらいだが、そもそも日本で七面鳥の認知度が低すぎて調達が難しいだろう。
「──かといって、
う~ん、と悩みつつ梅里は目の前の料理を口に入れた。
「そういえば以前、絶叫オムライスというのがあると聞きましたが……」
「──ッ!?」
危うくむせかける梅里。
少しせき込んだ彼は、苦笑いでかすみを見つつ──
「それってただの噂話で──」
「嘘ですよね? 特別なオムライス……あるんじゃないでしょうか?」
かすみが鋭いところを見せて、梅里に詰め寄った。
視線を逸らして誤魔化そうとした梅里だったが──じっと見つめるかすみの視線に耐えきることはできなかった。
目をそらして頬をかきつつ、それに答える。
「アレは……せりに作るの止められているんですよね。せり以外に食べさせるなって」
「そう言われると余計に気になりますけど……でもどうしてせりさんの許可が必要なんです?」
「材料費が、いつものに比べて掛かりすぎるからです。だからせりの許可がなければ作れません」
梅里の説明に、かすみは「なるほど」とうなずく。
「でも、たまに作ってる、と?」
「まぁ、そうですけど……あくまで試作扱いなんです」
「それを、せりさんに食べさせている、というわけですよね?」
まるで取調べのように畳み掛け、ずいっとさらに詰め寄ってくるかすみに梅里は苦笑を浮かべるしかない。
「あ~、まぁ……たまにかずらやしのぶさんが割り込んでくるときもありますが」
そんな梅里を、かすみはジッと見つめる。
「私も、食べてみたいです」
そして笑顔でそう言った。
「か、かすみさんも、ですか?」
「ええ。叫ぶほどにおいしいんでしょう?」
「いやいや、叫んだ人は最初だけですし。しのぶさんは泣いていたけど……」
それを聞いて、さすがに少しだけ怖じ気付く。
食べた人が叫んだり泣き出したりするような料理とは、いったいどういうものなのか。
だが──せりが独占し、かずらやしのぶも食べたことがあるというそれに対する興味の方が上回った。梅里を含めた4人で秘密を共有しているような状況は面白くないし、その牙城を崩したいという欲求もある。
「私だって美味しいものを食べたいという欲求はありますから」
「でも……」
なおも躊躇う梅里に、かすみは思いついた提案をした。
「では、以前言っていたお礼……梅里くんが意識がなかったときに私が世話をしたお返し、ということではどうでしょうか?」
「まぁ、それなら……」
その言葉には、梅里も躊躇いがちににも頷いた。そのときの恩は強く感じているし、何かお礼をしたいという気持ちはずっと残っているのだ。
梅里が承諾したことに内心喜ぶかすみだったが、そこまで躊躇わせるせりとの約束の拘束力には少し驚いていた。
(……ずいぶん強力な
心の中でそっとため息をつく。
梅里と夢組の三人の仲がさほど進展していないように見えていたので、侮りこそしていなくとも楽観視していた部分もあったが、なかなかどうして、絆や信頼はかなり強固に築き上げている様子だった。
ともあれ、この件はここで切り上げるとして──かすみはもう一つ、気になっていたことを尋ねた。
「もう一つお訊きしたいのですけど……あのとき、どうして鬼王と一騎打ちを仕掛けたのですか?」
「あのとき? 一騎打ち……って、この前の11月の話ですよね?」
梅里の確認にかすみはうなずく。
あのときの梅里の行動は、あまりに普段の梅里の行動からは予想外なものだったからだ。
危うく処分をくらいかけたほどなのに──かすみはいろいろ考えたが、その動機がさっぱり分からなかった。
「以前の、帝都に来て間もなくの危なっかしいころならともかく、今の梅里くんでは考えられないような行動でしたから」
「危なっかしいって……」
思わず頬を掻く梅里。
かすみが言っているのは、梅里が守護霊の鶯歌に気がつかず、死地を求めていた頃の話だろうと思った。
確かにあのころは、自分を追い詰めるために無謀な戦いにあえて一人で向かったりしていた。せりと絆を深めるきっかけになった蒼角モドキとの戦いがまさにそれだった。
あれ以来、心を入れ替えた梅里は自分からそういった状況を作り出すことはなかったのだが──少なくともこの前の鬼王との一騎打ちは、そう思われても仕方がなかったという自覚はある。
「あ、あれは……そう、魔神器を取り戻そうと思ってですね……元々、アレの守護は夢組の役目の一つだったわけですし……」
そう言ってから梅里は食べようとし──思わず洋食器と皿でカチャカチャと音を鳴らしてしまった。もちろんそんな動揺はかすみにも伝わっている。
「わざわざ、あのタイミングで仕掛ける必要はありませんでしたよね? 花組が攻勢を仕掛けていたわけですし」
あのとき、新型霊子甲冑を導入した花組には勢いがあったし、むしろ優勢だっただろう。もし鬼王が魔神器を持って戦場から離脱しようとしているのであれば仕掛けるのはわかるが、そういった状況でもなかった。
「そ、それに……鬼王には一度痛い目に遭わされたっていう経緯があったわけだし、やられたらやり返すというか、倍返しというか……」
「……梅里くん?」
業を煮やしたかすみが、怒った様子で梅里をじっと見つめる。彼がそういう性格ではないのがわかっていたからだ。
それに梅里は、妙に焦った様子になり、ひどく
実は、梅里には年上の女性に怒られると弱いという弱点があった。剣の基礎を教えた梅里の母親による指導の賜物というか副産物というか──とにかく、かすみが無意識についたその弱点によって彼は観念する。
また、梅里自身も、悩みの種で誰かに話したいところだったというのもあった。
「かすみさん、突然ですけど……司令や副司令にも言えない秘密って、作れますか?」
「──はい?」
唐突な言葉にかすみは思わず眉をひそめた。しかも内容が華撃団の隊員としてどうか、というような内容である。
だからこそ梅里はさらに説明をした。
「今からするのはとてもデリケートな話で、そして僕の推論を出ない話です。確たる証拠は全くないんですけど……だからこそ、司令に話すのはそれが確実にならないと耳に入れたくない話です」
「梅里くんが言うな、というのなら私は守りますよ」
仮にも華撃団の誇る『五組』の一つ、夢組の隊長を務めている人の言葉であり、判断である。
もちろん、個人的に信用している相手でもあるのだから、当然のことだった。
かすみの言葉で梅里は居住まいを正し、そして口を開いた。
「黒鬼会の首魁だった鬼王の……仮面の下の顔、謎のままでしたよね?」
「ええっと……たしか、そうですね」
「それなんですけど、その正体が花組の真宮寺さんのお父さん、真宮寺 一馬さんなんじゃないかと思いまして……」
「えッ──?」
さすがに絶句するかすみ。
正直、梅里に対して「この人は何を言い出すのだろうか?」と正気を疑うような、失礼な感想を持ってしまった。
しかし梅里とてなんの根拠もなくそのトンデモ説を提唱したわけではない。その理由を説明する。
「もちろん、真宮寺大佐は降魔戦争後に亡くなっているのはわかっています。黒鬼会は反魂の術を使って蘇らせたのではないか、と……」
それを皮切りに梅里は事情を話していった。
反魂の術という死者を蘇らせる外法を黒鬼会が使用できるのは、先兵のように使われた葵 叉丹こと山崎 真之介が現れたことで明らかだった。そのように死者を蘇らせて使役する技術があるのは間違いなく、決して荒唐無稽な話ではない。
その上で、梅里は襲撃されたときにさくらの──いや、真宮寺の技である『桜花放神』を使っている。
梅里があのとき使ったのは『満月陣・月食返し』という相手の持つ技を放つ技なのだが──さくらがいないあの場所で使ったというのは、鬼王が真宮寺の技を使えるという証でもある。
他にも、交流のあった梅里の祖父から聞いた構えの話などの根拠を並べ立てた。
それらを聞き終えたかすみは──
「確かにその話は、うかつにできるような話ではありませんね。それに……司令に話すのを躊躇ってしまうのもわかります」
根拠はあるが確証はない話である。しかも一馬は米田の戦友だったのだから。
かすみは真剣な面持ちで、握った手を口に当てるように近づけて考えを巡らせ──
「なるほど。それで、ですか。納得がいきました」
「──なにがですか?」
梅里が何のことかわからずに問うと、彼女は笑顔を浮かべて答えた。
「鬼王と戦っていたことです。司令にも相談できず、かといってそれが本当なら──さくらさんと戦わせたくなかった。だから花組が到着する前に片を付けたかった。違いますか?」
「それは……」
思わず視線を逸らし、虚空を見上げながら頬を掻く梅里。
「誤魔化すことありませんよ。あなたの優しい性格はよくわかっていますから。そうでなければ、せりさんもかずらちゃんもしのぶさんも、あんなに一生懸命に追わないでしょうし、カーシャさんのことも助けようとは思いませんからね」
かすみにそう言われては観念するしかない。梅里は小さくため息をついて、うなずいた。
「僕が優しいかどうかはさておいて、やっぱり親子で戦わせるわけにはいきませんよ。ましてそれが亡くなった人で……しかも蘇らせられて操られているような相手であれば、なおさらです。真宮寺さんには辛すぎる」
反魂の術で蘇った者は蘇らせた者への絶対服従を強いられる。
仲違いしたわけでもない、悲しい別れをした
ましてそれを──倒さないとならないとなればなおさらだ。
それを聞いてかすみも優しげに微笑む。
「ええ、そうおっしゃると思ってました。でも……その優しさ、少しくらい、私に向けてくださってもいいんですけど?」
かすみがそう思わせぶりに言えば、梅里も返す言葉に困ってしまう。
どう言ったものか、と言葉を探していると──
「──大神さんて、やさしすぎるのよね」
どこかで聞いたような声が聞こえた。
思わず顔を見合わせる梅里とかすみ。そして──
「大神さん。思い切って、一番好きな人を選びなさいよ」
そんな声が聞こえた方を二人して振り向き──近くのテーブルで、いつものモギリ服を着た髪が逆立っている男と、赤い帽子こそ普段と同じだが、めかし込んだ私服を着た由里が向かい合って座っているのを見かけた。
「あ、大が──」
声を上げかけた梅里を、かすみは思わず口をふさいでいた。
動揺した目で「何を?」と言外に問う梅里に対してかすみは首を小さく横に振る。
「静かに……由里に見つかったら、帝劇中の──いえ、花やしきでもあっという間に噂になりますよ、私達の方が」
そう言ってかすみがそっと梅里の口から手を離すと、梅里も小声で返す。
「でも……あっちの方こそ、噂が流れたら困るんじゃ……」
由里が花組全員から睨まれることになるのだから大変だろう。
そうこうしている間に、由里と大神の話は続く。そして、それを眺める二人。
どうやら大神も梅里と同じく悩んでいたことがあったらしく、由里に相談した様子だった。
「──でもそんなことを気にしていたら舞台なんてできないですよ。幕は開けなくちゃ」
「たしかに、ずっと悩んでいてもしょうがないな。ありがとう、由里くん。相談に乗ってくれて……」
「いえいえ。新しい情報を仕入れられて、あたしこそありがとうございました。」
由里は気を取り直してテーブルの上の料理を見る。
「それじゃ、大神さん。せっかくですから、お料理を楽しんでいきましょうよ。あたしも大神さんと一回くらいデートしたって、バチは当たりませんよね?」
そう言って笑みを浮かべる由里に、笑顔で返す大神。
彼はなにげなく視線を動かし──見慣れた濃紅梅の羽織を着て頬を掻いている男と、三つ編みを体の前に垂らした女性が向かい合ってテーブルについており、こちらを見ているのに気がついた。
大神の笑顔が固まり──それを見ている梅里も苦笑するしかない。
「なッ!? 武相主任!? それにかすみくんも……」
「こ、こんばんは……」
驚く大神に気まずそうな梅里。
「あら、かすみ。武相主任と一緒ってことは……やるわね、あなたも」
「由里……」
いい笑顔でこっそり親指を立てて見せる由里に、かすみは苦笑する。
そのまま由里はいたずらっぽくウィンクする。
「これは貸しね。このことは噂にしないで黙っててあげる」
「そっちこそ、大神さんとのデートを花組に話されたら困るんじゃないかしら?」
笑顔で言い合うかすみと由里。
その横では、お互いにどう話したものかと困惑する男二人……
──その一方で、
「はぁ……お腹すいたなぁ……」
売店の整理をしながら、ため息混じりにつぶやく椿。
視線を上げて──
「煉瓦亭のオムレツ、誰か御馳走してくれないかな……」
「え? 椿さん、食事ごちそうしてくれるんですか?」
離れた場所で作業していたつぼみが驚いたように顔を上げる。
その顔を見つめ──さすがに彼女と一緒に行ったら払いは間違いなく自分になると判断し──こっそりため息をついた。
「聞き間違いよ。それに……今日中に整理が終わらないと、食事もなにもないもの」
「え~」
不満げなつぼみだったが、椿がそう言うのも無理はなく──明日からはクリスマス公演に向けた新商品が続々と入荷されてくるので、それに間に合うようにガンバらなければいけないのである。
「不満そうだけど、私のいない間に、つぼみちゃんがもう少し丁寧に整理していてくれたら、ここまで大変にならなかったんだけど……」
「ご、ごめんなさい……」
しゅんとして頭を下げるつぼみ。
クリスマス公演に向けた新商品を並べる関係で整理を行うというのを椿から聞いた食堂副主任のせりが、「物のおいてある場所も分かるでしょ?」とつぼみを食堂給仕の仕事を免除させて応援に派遣してくれたという事情があった。
食事抜きの脅しもあってつぼみが切羽詰まって集中力を高め──その甲斐あって椿とつぼみは売店の整理をどうにか終わらせた。
結果としては、煉瓦亭のオムレツは食べれなかったが──せりが食堂で食事を出してくれて、もちろんそれにかなわないまでも、十分に美味しいそれに二人は幸せを感じるのであった。
【よもやま話】
大神は由里を手伝ったという設定から、由里と大神の会話は原作ほぼそのまま引用しております。
そして椿は可哀想なことに……
原作ゲームでは帝劇三人娘から「好きなヒロイン選びなさいな」と割とあってもなくてもいい、帝劇三人娘ファン向けのイベントだったのですが……梅里とかすみの会話は結構重要な話をしている気がするのですが。
──そういえば、宗次の実家が佐倉と出てきましたが、サクラ革命のヒロインの佐倉しのとは全く関係なく、江戸時代には佐倉藩のあった千葉県佐倉市です。藩外不出の武術である