サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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─7─

 翌日の夜の営業が終え、その後片づけも終わって皆が帰った後にも梅里は残っていた。

 

「……う~ん」

 

 イスに腰を落ち着け、虚空を見つめる梅里。

 しばらくそうしている彼は、クリスマス公演が迫り、未だにメニューを決められず悩んでいたのであった。

 後片づけが終わった時も──

 

「私は帰るけど……あなたはどうするの?」

 

 着替えていない梅里を見たせりが心配そうに声をかけてきたのは覚えている。それに「もう少し考えを煮詰める」と言うと、せりはなにか言おうとしたが、結局それを飲み込んで、帰って行った。

 正直、悩みすぎて何が正解なのか、わからなくなっている節はある。

 それに気がついて梅里がため息をついたとき──

 

 

「梅里……様?」

 

 

 そこへ現れたのは給仕服から着替え、普段着の和服に身を包んだしのぶだった。

 訝しがるように暗くなった食堂をのぞき込んでいた彼女は、ゆっくりと部屋の中に入ってくる。

 

「やはり、そうでしたか……どうさなったんですか? 皆さん、とうに帰られたようですけど……」

 

 心配しながらも微笑を浮かべつつ言ったしのぶの言葉に、梅里は苦笑で返す。

 

「まだ、クリスマスの特別メニューが決まっていなくて……しのぶさんこそどうしたんですか? こんな時間まで残っていて」

「じつは、着替えた後にアイリスさんに声をかけられて、今まで少しお話をしていました」

 

 話した内容は乙女の秘密ですよ、と人差し指を口の前に立てていたずらっぽく笑みを浮かべる。

 思わず釣られて笑顔を浮かべる梅里。

 

「しのぶさんは……どうしたらいいと思う?」

「特別メニュー、ですか?」

 

 しのぶの確認に梅里はうなずく。

 彼女は少しの間うつむいて考え込むと、顔をあげて梅里の方を向き──

 

「梅里様……わたくし、ここでもう3年近く働いておりますが……申し訳ありません。料理のことは未だによくわかっておりません」

 

 心底申し訳なさそうに頭を下げる。

 しのぶは自分でそう言うだけあって、本当に料理に関してはサッパリ駄目であった。

 彼女の名誉のために言うと、けっして味音痴というわけではない。華族の家系に生まれた彼女は、さすが上流階級というような生活をしていたわけで、当然、出される食事も──魔眼のせいで疎まれていたとはいえ、粗雑な扱いを受けて恨みをかうようなことを避け──良いものが出されていた。

 おかげで舌は肥えており、味も分かるように育った。

 しかし、それと料理を作るセンスはまったく違う。良家の娘だった彼女は料理をすることはなく、それどころか調理とは無縁の世界で育ち──おかげで自分の調理センスが全くないことにも気づくこともなく──華撃団へと出向し、夢組幹部として食堂勤務になったのだ。

 それで根本的なセンスのなさを思い知らされて以来、さりげなく厨房を避けていた。どんなに厨房が多忙になろうとも、けっして手を貸すことなく給仕に専念していたのだ。

 

「……そんなわたくしが料理に関して、特別メニューについて何かを言うなど、おこがましいかと思います」

 

 それは厨房で働いている人や、なによりも梅里の片腕として食堂で彼を支えるせりに対する配慮だった。副主任として給仕だけでなく調理の方もこなせる彼女こそ、この問いに答えるにふさわしい人だろう、しのぶはそう判断したのだ。

 

「おこがましいとか、資格とか、そういう難しいことは考えなくていいんだよ。もっと忌憚のない意見を聞きたいんだけどな……」

 

 苦笑しながら頬を掻く梅里は本当に困っていた。

 その様子に、しのぶもまた苦笑を浮かべ、ここで遠慮するのは梅里を困らせるだけだと判断する。

 

「では……あまり奇をてらわずに、できる限りの手を尽くせばいいのではないでしょうか。食堂に来られるお客様は、変わった演出よりも味──梅里様が込められる気持ちを大事にされると思います」

「僕の込めている気持ち?」

「はい。梅里様、それにせりさんや食堂の皆さん、もちろんわたくしもですが……共通するのは来ていただくお客様方に、食事を楽しんでいただきたいということ。それを大切にすればいいかと思います」

「それって……普段通り、つまりは普段と同じメニューでいいってこと?」

 

 梅里の確認にしのぶは首を横に振る。

 

「難しく考える必要はないということです。でも普段と同じでは面白くないでしょうから、とっておきのものを出してはいかがですか? もっとも得意とするアレとか……」

「それって……」

 

 梅里が躊躇いがちに確認すると、しのぶはゆっくりとうなずいた。

 

「ええ。オムライスをクリスマス風に仕上げてみてはどうでしょうか?」

「クリスマス風ねぇ……」

 

 クリスマスと言えば、モミの木、サンタクロース、トナカイ、そして……雪。

 

「そうか……雪の白をモチーフにして……なるほど。うん、イメージわいてきたよ」

 

 梅里はバッとイスから立ち上がり、それから考えを巡らせる。

 見た目、味、それを作り出すための調理行程……それらを考えて、より現実的なものへと考えを巡らせる。

 そして──それが頭の中でまとまり、梅里は思わず近くにいたしのぶの手を取った。

 

「ありがとう、しのぶさん! おかげで考えがまとまったよ」

「は、はい……」

 

 驚いた様子のしのぶ。

 突然手を握られて驚いたが、それから覚めるとギュッと握りしめる梅里の力強さと温もりに意識してしまい、思わず顔が赤くなる。

 

「なんていっても特別メニューなんだから──せりに相談して、多少のコスト高には目をつぶってもらうとして……」

 

 梅里はようやく決まった特別メニューを、頭に浮かんだレシピと共にメモに残し──気がつけば、だいぶ遅い時間となり──見守ってくれていたしのぶを送りつつ、帰路についた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 その翌日──梅里はメニューの概要をせりに話していた。

 

「……ホワイトソースをオムライスにかけるわけね。まぁ、確かに、雪に見えなくもないか……」

 

 雪を連想させる──と話を聞けば、関東出身の梅里なんかよりもはるかに雪と共に暮らしてきた東北・雪国出身の身としてせりも黙ってはいられない。

 そんなせりは及第点を出しつつも、中のチキンライスの赤とのコントラストが、クリスマスを連想させるだろう、とも思い至っていた。

 

「いいんじゃない? 他の案の七面鳥とか雉肉は正直、入手が難しそうでコストも上がりそうだし……これなら普段のアレンジで十分いけるでしょ?」

 

 そう言ったせりだったが、梅里がなにやら言いづらそうにしているのを見て、首を傾げた。

 

「……これ以外に、なにかあるのかしら?」

「うん、あとは……かずらから聞いたんだけど、数年前から洋菓子屋さんがクリスマスに合わせてショートケーキを売っているらしいから、それに便乗してうちでもショートケーキを売ったらどうかな、と思ってね」

 

 後世では定番となるクリスマスケーキの代名詞、ショートケーキもこの3年ほど前に不二家が売り出したものである。

 生クリームの白とイチゴの赤がクリスマスを連想させるのもあって、売り出したのだが──しかし、この当時、冷蔵等の保存技術が発達していないこともあって値段は高く、庶民的とはいえないものであり、爆発的に広がるのはやはり冷蔵が一般的になる時代を待たなければいけなかった。

 そんな風にそれが庶民的ではないのを知っているせりは、思わず顔をしかめた。

 

「ショートケーキなんて高すぎるんじゃないの? さすがにそれは……」

 

 不二家のショートケーキはせりも知っている。食堂副主任という立場になってから、そういう料理や食べ物に関するアンテナを高くしていたからだ。

 だからその値段の高さも知っていた。

 かずらは商家の娘で実家が裕福だし、帝都近郊に住んでいるからこそ流行にも敏感でそういう発想が出たのだろう。

 だが地方出身の庶民派であるせりにはやはり抵抗があって難色を示したが、意外に梅里はそれでも乗り気な様子だった。

 

「そこはそれ、うちの菓子担当に頑張ってもらって自分のところで作って、それをホール単位じゃなくて切り分けて売れば、現実的な値段になるんじゃないかな?」

「う~ん。そうねぇ……」

 

 梅里が聞いて回った各国のクリスマス菓子も魅力的ではある(ただし英国式は除く)が、やはりどこか他の国に合わせるというよりは、“日本の定番”の確立をしたいという思いがあった。その点でショートケーキの流れに便乗するのはやぶさかではない。

 

「でも、舞はショートケーキ作れるの? それが一番重要じゃない?」

「レシピはどうにかして手に入れるよ。あとは本人が承諾するかだけど……」

「──ああ、それならオレに任せとけ!」

 

 いつの間に近くに来ていたのか、突然話に割り込んできた釿哉がいい笑顔でサムズアップする。

 

「釿さん……」

「……なんか一気に不安になったんだけど」

 

 味方を得て笑顔を浮かべる梅里に対し、釿哉へとジト目を向けるせり。

 

「ついては作戦がある。大将が協力してくれればきっと上手くいくさ」

 

 せりの視線をものともせず、親指を立てている釿哉の計画に梅里は乗ることとした。

 そしてせりは──ジト目を釿哉から梅里へと向ける。

 

「……それだけじゃないわよね? 話をそらそうとしたみたいだけど……オムライスのこと。そしてわざわざ私に相談しに来たんだから」

 

 せりの視線を受けて、梅里が「う……」とヒドく言いづらそうにしながら苦笑を浮かべる。横ではそんな様子を見た釿哉が「大将、尻に敷かれてんなぁ」と密かに思っていた。

 

「例の──全力オムライス、出したらダメかな?」

「……やっぱりね」

 

 梅里の頼みにせりは大きくため息をついた。

 特別メニューにオムライスというカテゴリーを選んだ以上は、そうくるだろうと覚悟はしていた。

 梅里にとって最も思い入れが深い料理であり、最も得意とする料理──亡き幼なじみにして婚約者の四方 鶯歌が好み、梅里が彼女から何度も作ってくれるように頼まれたもの。それがオムライスである。

 彼女のために腕を磨き、彼女をより喜ばせるために改良を重ね──亡くなった後も最高の一皿として墓前に供えるために、精進を欠かさず進化し続けたそれは、間違いなく梅里が作る中では最高の料理だった。

 帝都に来た当初、頑なにそれを作るのを避けていた梅里が、わだかまりがとけてそれを初めて作ったときに食した客が「美味い」と絶叫したことから、絶叫オムライスという都市伝説のようなあだ名が付けられている。

 その後は食堂では、コスト面や手間を考えて「ふつうに美味しい」レベルにまでランクを下げたものを提供しているので、騒ぎにはなっていないのだが──

 

「──却下」

 

 せりは冷たく言い放った。

 

「オイオイ、白繍よ……お前さんがアレを独占したいっていう気持ちは分かるが、大将はきっと、お客さん全員を喜ばせるために最大のおもてなしをしたいって考えてるだけだぜ? それを無碍にするのは──」

「あのねぇ、私がそんな了見の狭い女に見える?」

「「うん」」

 

 綺麗にハモった二人の声の直後、パチーンとビンタする音が食堂に響きわたった。

 

「……なんで、僕だけ…………」

 

 綺麗に手跡がついた頬を抑える梅里を横目に、釿哉は苦笑を浮かべて頬をひくつかせる。

 問答無用で梅里を黙らせたせりが次に狙うのはもちろん釿哉である。睥睨するような目がしっかりと彼に照準を合わせていた。

 

「どういうことかしら? 釿さん?」

「いや、それは……今年あれだけ嫉妬深いところを見せつけられたら、そう思うだろ? 普通……」

 

 嘘を言うわけでも茶化すわけでもなく、素直な感想を言うとせりの手は飛んでこなかった。さすがにせりも痛いところをつかれ、さらにはそれで逆ギレするわけにもいかない部分だったからだ。

 全力を封じられている梅里のオムライスだが、その精進は未だに続いており、たまに腕試しとして作るときがある。

 ただしそれは食堂副主任のせりが許可したときのみ。そして原則的に彼女が食している。

 女性陣ではもっとも料理のスキルが高く、その上で味について忌憚なく意見が言える──そしてなによりも梅里がオムライスを再び自分で作り始めたきっかけを作ったのが彼女だったからである。

 そういったせりによる独占状態が続いているからこそ、それを彼女が手放すはずがないと釿哉は思ったのだ。

 その指摘に、せりは一つため息をついた。

 

「思い違いをしているようだけど……あのオムライスは私のものじゃないのよ? 私じゃなくて鶯歌さんのものなの」

 

 それは常日頃からせりが思っていることだった。

 オムライスを得意になったのは梅里の鶯歌に対する想いがあればこそであり、今も進化を続けるそれはその強さの証拠でもある。

 食堂内──むしろ帝劇内でも「せりが独占している」と思われているそれだが、せりにとっては梅里との絆でありながら、最強の恋敵(ライバル)への格の違いを思い知らされるものでもあるのだ。

 

(もっとも、負けるつもりはないから、これを生きてる人に譲る気もないけど)

 

 密かにそう思えるくらいに、せりの気持ちが強いのもまた確かなのだが。

 

「私だけのものじゃないんだから……きっと鶯歌さんだったら、許すだろうから私も許したいわよ。一夜限りなんだしお祭り的な部分もあるからある程度はコスト面も目をつぶりたいけど……」

「なにが問題なんだ?」

 

 釿哉が問うと、梅里も問いかけるような視線をせりに向けてきた。

 それに少し呆れたような雰囲気でせりは言う。

 

「……食べるのに絶叫するような料理を食堂で出して、混乱しないと思う?」

「「あ……」」

 

 梅里は合点が行ったように納得し、釿哉にいたっては「なるほど」と言ってポンと手を打つほどだった。

 何度も試食しているせりだからわかるが、あれは覚悟を決めて食べなければ本気で絶叫しかねない。そうでなければ、初めてしのぶが食べたときのように涙を流すか、もしくは感動のあまり呆けてしまうか──いずれにしても普通の精神状態ではなくなる。

 

「そもそも、うちは“劇場の食堂”なのよ? 主役はあくまで劇であり、公演なの。それを開演前から異常な精神状態にしたり、観劇後の余韻をぶちこわしにするような料理がふさわしいわけないでしょ?」

 

 食事のみが目的の洋食屋で出すのならともかく、そこまで影響力のあるものを出すのは出しゃばりすぎだとせりは思ったのだ。

 

「そっか……そうだよね。せり、ありがとう。それについては僕は気がついてなかった」

 

 せりにそれを指摘され、梅里は頭を下げる。

 

「いいのよ、それで。私は貴方ほど美味しい料理が作れないんだからその分だけ気を回して、貴方が気がつかないことを指摘するのが仕事なんだから」

 

 正面から礼を言われたせりは、照れを隠しながら目をそらす。

 

「だから、特別感が出るほどに美味しくて、それでありながら観劇の余韻を壊さないような──そんなお客様に満足してもらえる料理を目指して、微調整しましょ」

「そうだね。わかったよ、せり。よろしくお願いします」

 

 梅里がそういうと、せりは自分に言い聞かせるように「うん」と決意を込めて頷く。

 そして梅里は──

 

「……ありがとう、せり」

 

 梅里は自分の意見を通してくれたことを──なによりも鶯歌の気持ちを汲んでくれたことを感謝し、改めてもう一度お礼を言った。

 その背後には、うっすらと姿を見せた彼の守護霊もまた、にっこりと微笑んで「ありがとね」とお礼を言うのが、せりにはわかった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ──12月24日。朝。

 

 ついにこの日がやってきた……と、彼女にとっての舞台を前にして心が沸き上がるのを懸命に抑えていた。

 大きく深呼吸し、そして──調理台に並んだ食材を手に取る。

 そして整然と並べられた計量カップ等の調理器具を見渡し──

 

 

「確保ーッ!!」

 

 

 どこからともなく聞こえた、その声に越前 舞は驚き──次の瞬間には、自宅調理場の床にひれ伏すように取り押さえられていた。

 

「……え? えぇ?」

 

 戸惑う舞の前に、一人の男が立つ。

 

(かしら)? なんですか、この状況。朝っぱらから人の家に乗り込んできていったい何を……」

 

 頭と呼ばれたその男──松林 釿哉は舞の問いには一切答えず、逆に質問を返す。

 

「ゼンマイ……お前、今から何をするつもりだった?」

「はい? それは今日の食堂の営業は夜のみですから。その前に隊長……じゃなかった主任が教えてくれたショートケーキのレシピを試そうと……」

「つまり、クリスマスイブの日に一人寂しくケーキをむさぼり食うために、自分で作ろうとした、そういうことか?」

「なんかずいぶん語弊のある言い方ですが……その通りですが、なにか!?」

 

 突然の朝っぱらのこの仕打ちの上に、なぜか言葉でも責められ、舞はカッとなって逆上した。

 

「ええ、ええ、そうですとも! そりゃあ独り身ですし? 予定も何もないですけど、そもそもクリスマスイブの夜に仕事──それも忙しいのがありありとわかるような状況にしてくれたのは、他でもない頭とか隊長じゃないですか!!」

 

 言いながらヒートアップしていく舞。

 これが花やしき支部勤務だったら──そこまでヒドいことにはなっていなかっただろう。

 いくら娯楽施設であっても、夜の闇が未だ暗いこのご時世で、夜まで営業している可能性は低い。昼のみの営業ならば夜には帰れたはずである。実際、錬金術班副頭に指名される前の去年のクリスマスイブはそんな余裕があった。

 そして今夜、クリスマス特別公演が行われるのだから、食堂も多忙なのは間違いない。そんな食堂勤務にしてくれたのは自身の長期出張のための本部勤務員補充のために本部付副頭を新設してそこに推薦してくれた釿哉と、それを認めた隊長の梅里である。あとは、強いて言えばそれを承認して辞令を出した米田くらいだろう。

 

「だから? せめて昼間のうちに趣味の洋菓子作りをしておこうと思ったのに!! なんですか、この仕打ちは!?」

「安心しろ、ゼンマイ……お前の趣味を邪魔しに来たわけじゃない」

「はい?」

 

 笑みを浮かべた釿哉に、首を傾げる舞。

 しかしその菩薩のような笑みで、その男は舞を地獄へたたき落とした。

 

「むしろ逆だ。思う存分作らせてやる。いや、作らせる。もうイヤと言うほどに……今日は朝から夕方まで、ただひたすらにショートケーキを作るのが、お前の仕事だ!!」

 

 その内容にさすがに焦る舞。

 

「は!? なんです、それ? というか、仕事!? 仕事って言いましたよね? それなら趣味じゃないんじゃ……」

「趣味を仕事にできる人間なんて、ほとんどいないぞ。よかったな。楽しくお仕事ができて」

 

 ニヤリと邪悪な笑みを浮かべる釿哉。それを見て舞は──

 

「あなたこそ趣味を仕事にしてるようなもんじゃないですか!! 機械いじりにしても薬品調合にしても戦場でのドンパチにしても! それに今も、そんなに楽しそうにして──」

「あ~、結構マジで時間無いんだわ。さっさと帝劇にいくから早く支度しろ」

「なっ!? 余りにひどい仕打ち……」

 

 愕然としながらも解放された舞は、渋々と支度して、釿哉が運転してきた車に乗り込んで帝劇へと向かい──着いた食堂で用意されていたプロ用の器具や、厳選された材料に驚きつつ、少しだけ胸が高鳴り──

 

 

「……なんで、あのとき逃げなかったんだろう」

 

 

 数時間後にはただひたすらケーキを作り続ける作業の中で、彼女の「手にしている物本体やその一部を回転させる念動力」を効率よく作動させ、手早くさせる攪拌ための調理器具(つまりは霊力を動力にしたハンドミキサー)である彼女専用の調理器具『ヨクマゼール』を手に、ホロリと涙を落としながら──越前 舞は一人グチるのであった。 

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんな彼女の──夕方には多くのケーキを完成させて規定数を作り終えると「あ、もう帰っていいから」と釿哉にすげなく言われた──涙ぐましい努力のおかげで数が用意された上に、小分けにしてリーズナブルになったショートケーキも人気を博すこととなった。

 そしてそれと共に、特別メニューであるホワイトソースのオムライスは「とても優しい味」と好評を呼び──あまりの好評に、後には伝説とまで語り継がれることになったこの年の花組クリスマス特別公演『奇跡の鐘』の影にすっかり隠れてしまったが、隠れた伝説の味として、その日に食堂を訪れた客の間でひっそりと語り継がれることとなった。

 

 ──おかげで、食堂メンバーでは一人だけ早めに帰ることを許された上に報酬として自分で作ったケーキを渡され、

「来年こそは素敵な恋人を見つけて、勝ち組クリスマスイブを過ごしてやる!」

 とそれをやけ食いしつつ、そのときに浮かんだ顔が元凶である錬金術班頭の良い笑顔で──

 

「なんであの悪魔の顔がああぁぁぁッ!!」

 

 イラッとして絶叫し寮の隣の部屋の住人から煙たがられた越前 舞は──その好評を受けて来年も同じようにショートケーキを作ることになるとは……予知能力のない彼女には知る術もなかった。

 

 

 後の世における日本でのクリスマスケーキ──それもショートケーキ──の定番化に、そんな彼女の涙ぐましい一幕が貢献したかどうかは……残念ながら定かではない。

 




【よもやま話】
 前の─2─で出てきたクリスマスにショートケーキを売り出した洋菓子店とは、ぺこちゃんで有名な不二家さんのことでした。(これは史実)
 時代的に売り出したのがサクラ大戦の時期と合致していたので採用しました。
 釿哉と舞は……人生楽しいんでるなぁ。
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