サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
──さて、帝劇内で一悶着あったものの、梅里とそれぞれ青、緑、赤、黄と色とりどりの振り袖を着たせり、かずら、しのぶ、カーシャの4人は、明治神宮へとやってきていた。
一昨年の初詣は梅の花にこだわって湯島神社を選んだが、今回はカーシャに「これぞ帝都の新年」というのを体験させるために、帝都の初詣の定番ともいえる明治神宮を選んだのである。
そしてもちろん、その人出はかなり多く、周囲は人、人、人でごった返していた。
「それにしてもスゴい人出ね」
「そうね。うちの実家は神社だからお正月は忙しいけど、さすがにこんなには人は来ないもの」
「あぁ、そういえばあなたの実家って、神社だったわね。それなら実家に帰った方がいいんじゃいの?」
圧倒されたようなカーシャの呟きにせりも苦笑して返すと、忙しい実家を手伝わなくていいのかとカーシャは尋ねたが、せりは肩をすくめた。
「なんでせっかくの正月休みなのに、帰省して忙しい実家の手伝いをしなくちゃいけないのよ。さすがにそれはイヤよ。そもそも遠いから往復だけで疲れるし……」
「……でもせりさん、ぺんちゃん──なずなちゃんを代わりに帰したそうじゃないですか」
昨年中に、実家に帰る前の親友から愚痴を聞かされたかずらがせりへとジト目を向ける。
その話によれば、なずなもまた実家に帰るつもりはなかったようなのだが……
「なずな、どうせあなた暇でしょ?」と姉・せりから連絡が来て、「私もあなたもいないでは、
なずなだってさすがに忙しいと分かっている実家に帰りたくはない。
「え~、それなら姉さんが帰ればいいじゃない」と反論したのだが──
「私は夢組のみんなに迷惑かけたからさすがに無理」
「というか、しのぶさんも帰省しないって言ってて、そもそもかずらは実家から通ってるし、カーシャは海外だから残るのに、私だけ実家に帰るわけにはいかないでしょ!」
「かすみさんだって帰らないかもしれないなのに……」
──等と一方的にさんざんまくし立てられ、トドメとばかりに「暇でやることがないアンタが帰りなさい」と厳命されてしまう。
彼女は幼いころから親代わりの姉に怒られ続けたせいで強く言われると逆らえないのが身に染み着いており、泣く泣く帰省することになったのであった。
ちなみに、旅費や切符の予約等はせりがやっており、そのあたりの面倒見の良さはさすがではある。
「さすがに凹んでましたよ、彼女」
忙しいのが分かっている実家に帰省するのだから、それは気乗りしないだろうな、とさすがに梅里も同情する。自分だって実家の料亭の繁忙期にわざわざ帰省しようとは思わないのだから。
そして意外にもしのぶが同情的であった。
「わたくしもわからないではないですよ。天子様が帝都にお移りになられて以来、宮中行事もそちらが中心になって、京もそこまでは忙しくなくなったそうですが……陰陽寮も含め、正月の行事は仰山ありますから」
そんな中に自ら飛び込みたいとは思わない。
そもそも今のしのぶは、かつてと違って陰陽寮のためだけに生きているわけではなく──むしろ、その枷が外されて梅里のためにその身を捧げようと思っているのだ。実家に帰る理由は無い。
「それでこの前、封印・結界班の副頭がアナタと話した後に難しそうな顔で眉根を寄せていたのね」
カーシャの指摘にしのぶは心当たりがあった。陰陽寮派のナンバー2であり、しのぶを影で補佐している封印・結界班の男副頭から帰省するか否かを訊かれて、帰省しないと即答したので、それを聞いての反応だった。
彼にしてみれば、しのぶが正月にも帰らないのは陰陽寮から距離をとりたがっているから、というように見えているからだ。
そこでしのぶは梅里と同じように、昨年中に京都に帰っていた、という建前を出して押し通した。
梅里と米田が倒れている間に起こった陰陽寮の中での内紛──親華撃団派が主流だったのを反華撃団派が急速に力を付けて、協力体制を反故にしようとし始めたのが原因である。
それを収めるために華撃団に最も詳しいしのぶ自ら陰陽寮へと赴いて中間層の説得に当たり、それが効を奏したのと、米田が意識を取り戻して働きかけを強くしたために、協力体制が崩されることはなかった。
ただ、その後の話としてその男副頭から聞いたのだが──
「陰陽寮内で反華撃団派が一時期力を付けはったのは、かつての復古派が中心になっていたからですわ」
陰陽寮内で調べた結果としてもたらされたその情報を、しのぶは報告を受けていた。
(復古派、ですか……)
過ぎたこととはいえ、その名前に嫌な感覚を覚えるしのぶ。
復古派。それはかつての陰陽寮の力を取り戻そうとする派閥である。
徳川幕府が自ら政権を放棄し、『王政復古の大号令』によって天皇を中心にした政治へと戻ったのだが、それはかつての“王政”へ“復古”したわけではなかった。
天皇は帝都へとお移りになられ、そしてその後の改革によって陰陽寮は力を削がれた。
陰陽寮の表立った最も重要な役目であった暦について、新政府はそれまで使っていた太陰暦から西洋式の暦である太陽暦へと切り替えて、暦の役目を外したのである。
もちろんそれによって新政府への反発が生まれた。
今もなお燻る、陰陽寮を軽んじる政府へ反抗し、往年の力を取り戻そうと考える思想。
その考えの基に行動する派閥こそ復古派と呼ばれる者達であった。
そして、そのトップにいたのが……
「
しのぶは、思わずその名をつぶやき──
「……しのぶさん、なにか言った?」
「い、いえ、なんでもございません……」
呼びかけられて我に返る。
見れば、それがかすかに耳に入った梅里が振り返っており、しのぶはあわてた様子で笑みを浮かべて誤魔化すのであった。
初詣の参拝は、人出が多いながらも順調に進んだ。
いざ参拝となる直前で、せりはカーシャに参拝方法や注意事項を教え──その細かい指導はさすが神社の娘である──その一方で、それを知らなかったかずらにジト目を向けつつ、丁寧に教えてあげていた。
そうして無事に参拝を済ませて戻る道すがら、カーシャは首を傾げた。
「なぜ無言なのかしら? 拝む対象に対して呼びかけないのはおかしくない?」
「そういうのは心の中でするものなのよ」
カーシャの問いにせりが説明をする。
「願い事って、他の人に聞かれたら叶わなくなるって言いますもんね」
「へぇ、なるほどね。ちなみにかずら、アナタはなにをお願いしたの?」
そう言って悪戯っぽく笑みを浮かべるカーシャ。気がついたせりとしのぶは苦笑している。
それにかずらは──
「私は……今年も梅里さん一緒にいられますように、です」
「「──え?」」
あっさり答えたかずらとその内容に驚く他の者たち。さすがにこれが叶わなくなる、となるのは気まずい。
「あれ? 何でカーシャさんもせりさんも驚いた顔をしているんですか?」
「いえ、今自分で、他の人に聞かれたら叶わなくなるって……」
戸惑うカーシャに、かずらは「ああ、それですか」と言ってあっけらかんと答えた。
「だって……梅里さんと一緒にいることは神様の力を借りなくても、自分の力でできることですから」
そう言って自信あり気に「ふふん」と笑うかずら。
「お願いしたって言うよりも“宣誓した”のに近いのかしら?」
それを聞いたカーシャが、半信半疑といった様子で首を傾げた。
「そうですね……そんな感じです。神様にお願いするのは別のことがありますし」
「へぇ……じゃあ、それはなに?」
せりが少し意地悪な笑みを浮かべて聞くと──
「この平和が長く続きますように、です」
「「──はい?」」
迂闊にも内容を話してしまったかずらに、まさか言うとは思ってなかったせりとカーシャは呆気にとられた。
「え? あ……あぁッ!!」
気がついたかずらはあわてて口を押さえるが、時すでに遅し。
見ていた梅里は目を点にし、からかったせり自身もさすがに気まずそうな顔になる。
もちろんこの願いが叶わないというのも、とてもまずい。
「な、な……なんでそういうことするんですか!? せりさん!!」
かずらは怒ってせりに詰め寄る。
「せりさんって神社の人ですよね!? 巫女さんなんですよね!? どうして……なんで参拝の邪魔を! まったく……こんなことをして、どうするんですかッ!?」
「え? ええ、うん。ゴメンなさい。まさか本当に言うなんて、私も思わなくって……」
詰め寄られたせりは謝るが、もちろんそれで引き下がるかずらではない。両腕をせい一杯に振り回して抗議している。
それを苦笑しながら見つめる梅里だが、さすがにこれは全面的にせりが悪い。かばうことはできないのでどうおさめたものかと考えていた。
「それならせりも自分のお願いを言えばいいじゃない」
すると、同じように傍観していたカーシャがふと思いついて提案した。
「それです! ナイスですよカーシャさん。さあ! せりさんも神様にお願いした願い事を言ってください!! これでおあいこですから」
すると、かずらもそれに乗っかり、せりに詰め寄る。
それに対してせりは、驚いて反発した。
「はぁッ!? な、なんでそんな話になるのよ!!」
「だって、せりさんが悪いんじゃないですか。それとも私の願い事を無碍にして、自分だけかなえてもらうつもりですか? 神社側の人なのに……」
「そ、そういうつもりはないけど……」
困惑した様子でせりは目をそらして──それからダラダラと額から汗を流しはじめた。
(い、言えないわよ。だって、梅里と
心の中で慌てふためくせり。
なんでこんな願いをしてしまったのか、いや、願い事は本心だからいいとして、なんでカーシャに乗っかってかずらをからかおうとしてしまったのか、と後悔した。
「……せりさん、なんで赤くなってるんですか?」
「えぇッ? そ、そんなこと無いわよッ!?」
「声も焦ったように裏返って……ひょっとして……」
せりをジト目で見つめるかずら。
「な、なによ?」
「もしかして、せりさん……エッチなこと、お願いしたんですか?」
赤かった顔をさらに真っ赤にするせり。
そして焦りながら泡を食って怒り始める。
「なッ!? はぁ!? はいィィッ!? そ、そそそそんなわけないでしょ!! 私を誰だと思ってるの!? 神事まで執り行っちゃう巫女よ!? そんな私が、神様に、そんなふしだらなお願いをするだなんて、ありえるわけない! ええ、そうよ。ありえないものッ!! だって
「……せり、そんなにムキになったら、自白しているようなものじゃない?」
早口でまくし立てたせりを同情したような目で見るカーシャ。そんな彼女の言葉さえ聞こえていない様子でかずらにくってかかっている。
「──やれやれ、ね」
カーシャは苦笑しながら振り返り、「これが
「……あら? ねぇ、ウメサト。しのぶは?」
「え? しのぶさんなら──あれ? いない」
せりとかずらのやりとりを優しく微笑んで見ていた梅里だったが、カーシャに言われて振り返り──さっきまでいた位置にしのぶがいないのに気がつく。
「しのぶさん、いったいどこに……」
5人はすでに参拝を終えて、その御社殿からだいぶ離れたところまで歩いてきていた。相変わらず人並みは混雑していたが、大鳥居をくぐって広い場所まで出てきたおかげで多少の余裕はある。
それでも、人は多く──はぐれれば合流は難しくなるだろう。
そんな状況に焦りを覚えつつ、しのぶの姿を探し求め──呆けたように立っている赤い振り袖の彼女を見つける。
「しのぶさん!!」
梅里は彼女へと駆け寄り、彼女の手を掴む。
「あ……梅里、様?」
腕を掴まれて初めて梅里の存在に気がついたように、しのぶは驚いた様子で梅里を見た。
「梅里様、申し訳ありません。わたくし、つい足を止めてしまって……離ればなれになりかけていたんですね。ありがとうございます」
そう言ってしのぶは嬉しそうに微笑み──梅里の手をそっと握りしめた。
──少しだけ時間は遡る。
御社殿から戻る際に、参道を通って開けた場所に出るとその人混みは少し解消された。
人混みに疲れていたしのぶは人知れずホッとため息をつく。
そして周囲を見渡す。
開けたそこには屋台が出ており食べ物の匂いがした。そして、そこにはそれだけではなく──大道芸をやって周囲の歓声を浴びている者達がいた。
その芸に、素直に感嘆し──ふと見た視線の先で、“それ”を見つけた。
「あれは……」
ふと巡らせた視線の先に捉えた対象に、しのぶは思わずそう呟いていた。
彼女が見つけたのは、上のハンドルから伸びた糸で人形を操る──人形劇だった。
それは妙にしのぶの心を惹き付け、彼女はその目が離せないでいた。
不思議な懐かしさ──子供の頃は半ば広い屋敷に軟禁されていたような生活をしていた彼女に、操り人形の大道芸を懐かしく思うような思い出などあるはずもないのに──それを感じて、しのぶは首を傾げた。
「なぜ……」
そして思い出す──この感覚が初めてではないことに。
そう……あれは、去年の秋、浅草の祭りでのことだ。梅里とでかけたせりを追いかけている最中、操り人形の大道芸人を見かけて──
「──しのぶさん!!」
突然、腕を掴まれてしのぶは我に返った。
「あ……梅里、様?」
見れば、心配した様子の梅里の顔が近くにあり、しのぶと目が合うと安堵したように笑顔に変わった。
その変化にしのぶもつられて笑顔に変わり──
「梅里様、申し訳ありません。わたくし、つい足を止めてしまって……離ればなれになりかけていたんですね。ありがとうございます」
梅里の手をそっと握る。
すると梅里は、申し訳なさそうに謝罪した。
「ついてきていると思っていたので、すみませんでした。でも……どうしたんですか? 何か気になることでも?」
「え、ええ……そこの大道芸人が……」
「大道芸人?」
しのぶが指した方へと梅里が見て──
「はい。
「──どこです? いませんけど?」
「え?」
しのぶは驚いて、梅里から視線を外して自分が示していた方を見る。
だが、そこには──操り人形を繰る者の姿はなく、代わりに口に含んだ燃料を噴き出し、火を燃え上がらせて歓声を受けている、大道芸人の姿があった。
「そんなはずは……」
慌てて周囲を見渡すが、彼女が見た大道芸人の姿はなく──しのぶは狐につままれたような気持ちで、呆然としていた。
【よもやま話】
ところで、ほとんど終わりまで書いてから疑問に思ったのですが──サクラ大戦の世界で元号の大正が「太正」であるように、明治も「明冶」なのですが……『明“冶”神宮』じゃなくてよかったんですかね。
直すのが結構大変そうなので、調べるのも放置してしまっているのですが。