サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
1月3日──
朝起きて、梅里は大きく息を吐いた。
「……疲れたなぁ」
本来なら連休──1日の午後から始まったはずの正月休みのはずなのだが……年の始めの三が日、その最終日にして早くも疲れていた。
元日は花組と自分たち夢組の新年会があったので早い時間から出勤するのは分かっていたし、その後の初詣までは予想していた。だから覚悟はしていた。
だからこそ、明けて2日はゆっくりしようと心に決めていたのだが──朝も早くからやってきたのはかずらだった。
ニコニコと笑みを浮かべる彼女を追い返すわけにもいかず、迎え入れた梅里だったが、しばらくするとカーシャの来訪があり、かずらがそれを邪険にしようと頑張り始めて、途端に騒がしくなった。
その後は雑煮の準備をしたせりまでやってきて──女性が三人集まればかしましいとはよく言ったもので、実際に3人集まったら、とてもにぎやかなことになった。
もちろん、それはそれで楽しいことではあったが──彼女たちは朝から晩まできっちりと居座り、しかも牽制し合ったせいで誰も帰ろうとしないのには、さすがに梅里も閉口せざるを得なかった。
それから些細なことで騒ぎ始めた矢先、隣の住人──隊長官舎であるため、風組の隊長だった──から「うるさい」と苦情がきたおかげで彼女らを立ち去らせる口実ができ、渋々といった様子で帰って行った。
そんな三人を見送り──三人について行って送れば、それはそれで泥沼になるのが目に見えていたし、怒られて冷静になったせりとカーシャが3人で帰ると辞退した。
──悪いとは思いながらも梅里は内心、風組の隊長に食堂で御馳走、しかもせりに内緒で全力のオムライスを出してあげたいと思ったほどに感謝していた。
「楽しくはあったけど、落ち着けなかったからなぁ……」
せっかくの休日をのんびり過ごしたかった梅里としては、いささか不本意ではあったのだ。
そして──今日のこの3日という日も、おそらくはやって来るであろう昨日と同じメンバーによって、平穏でのんびりとした休日にはなるまい。
「いや、昨日はしのぶさんは陰陽寮の用事があるって言ってたから。今日は彼女も来そうだし……」
さらにメンバーが増えると思うと気が重い、というか一人でゆっくりしたい。
あきらめの境地でついたため息と共に──
「これなら実家に帰った方がマシだったかも……」
そう呟くが、即座に浮かんだ母の顔にその考えを打ち消した。
「……母さんが、のんびり過ごさせてくれるわけがない」
実家に帰れば妹であるカナがかまえとばかりにやってくるので、その面倒を見るくらいならわけはない。
だが、母は容赦なく梅里をこき使うだろう。そして梅里はそれに逆らうことができない。
想像だけで疲れた梅里は、もう一度ため息をつき──
「いっそ、このまま一人で出掛けようかな」
家でのんびりというわけにはいかないので、散策して回って四人が来るのをやり過ごすのもいいかもしれない。
「時期的に外を出歩くのが寒いのが玉に疵だけど……」
それも案外悪くないように思える。
そうと決まれば善は急げである。なにしろこの計画はあの中の誰かがやってくる前に、ここを逃げ出さなければ破綻してしまうのだから。
冬用の、裾が長めで厚手の羽織──色はもちろん濃紅梅──を、厚着した上に着込んで、「さぁ、でかけよう」と準備万端整ったとき──呼び鈴が鳴った。
「………………はぁ」
もろくも崩れ去った梅里ののんびり正月休み計画に落胆しつつ、玄関の戸を開くと──予想とは違う人がいた。
「あれ……?」
「おはようございます、梅里くん。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたしますね」
梅里の家の玄関前には、せりでもかずらでもカーシャでもなく、しのぶでもない彼女が振り袖姿で微笑み、恭しく頭を下げた。
「あ……すみません。あけましておめでとうございます、かすみさん。本年もいい年でありますように……」
慌てて新年の挨拶を返す梅里。
とはいえ、彼女がここにやってくるとは思っていなかったので、梅里は戸惑っていた。
すると──
「あの……今日はお暇ですか?」
「え? あ、まぁ……はい。予定はありませんけど」
「でしたら、初詣につきあってはいただけないでしょうか? 梅里くんのことですから、夢組の誰かと一度は行ったのかもしれませんけど、もう一度くらい行って良い年になるように念を押した方がいいと思いますし」
かすみは笑顔でそう言うと、梅里へと一歩近づいた。
その誘いに、梅里は頬を掻きながら考え──
「うん、そうですね。出掛けようと思っていたし、ちょうどいいです。いきましょう」
そう言って梅里は快諾した。
かすみと二人で行けば、落ち着いた散策になるだろうし、あの四人にしても、一度初詣に行った梅里がまた行っているとは思わないだろう。意表を突くことでその目を欺けるかもしれない。
それにかすみには去年一年は大いにお世話になった。
鬼王との戦いに敗れた後は命を守ってもらい、その後は献身的な御見舞いをしてもらっている。
自分の目論見はともかく、恩人であるかすみの提案に乗ることとした。
同じく1月3日──
塙詰しのぶは一日あけて再び明治神宮へとやってきていた。
彼女は昨日、せりやかずら、カーシャと違って梅里邸へ押し掛けることはしていない。というのも、陰陽寮のどうしても外せない行事に参加しなければならなかったからである。
しかし、しのぶにはもしそれが無かったとしても梅里のところへ行くつもりはなかった。それ以上に、気になることがあったからだ。
「たしか、この辺りだったはず……」
元日ではないにしても三が日であるこの日も、明治神宮は初詣の参拝客で混雑していた。
しかし、やはり人の集まる中心は参拝所のある御社殿の周辺であり、その前の大鳥居前の広場は元日よりも人の数が少ないように感じられた。
初詣をすでに済ませているしのぶの目的地は御社殿ではなく、ここであった。
彼女が元日にそこで見たはずの操り人形の大道芸人。梅里にいないと指摘され、まるで夢幻の如く消え去ったそれが、どうにも心に引っかかっていたのだ。
そして、しのぶは操り人形という芸に馴染みもないのに、どこか懐かしさを感じたという謎も気になる。
屋台を巡り、ジャグリングや火を吹く大道芸人達を見て回り──
「やはり、いませんね。わたくしの見間違いだったのでしょうか……」
ため息をついてあきらめかけたその時、しのぶの目に観客が誰もいない大道芸人が映った。
彼が手にしているのは細長い木の板を十字に組み合わせたハンドル。そしてそこから延びる糸が人形の四肢へと繋がっており──大きめの人形は、彼の手によってまるで命を吹き込まれたかのように動いていた。
マリオネットに見られる不自然な動きはなく、それがまるで操られていないかのようで、生きているような滑らかな動きになっているのだと気がつく。
そして──操られた人形は、しのぶの前まで来ると滑稽な動きを止め、優雅な仕草で恭しく一礼して見せた。
「まぁ……」
素直に驚くしのぶ。そんな彼女に──
「この人形と貴方は、初めまして、かもしれませんが……お久しぶりですね、塙詰しのぶさん」
人形と同じように恭しく頭を下げる、それを繰る傀儡師。
その顔を見て、しのぶが驚きで固まった。
「あなたは、まさか……」
「お会いするのは何年ぶりになりますか……私が土御門を放逐され、幸徳井の家に押し込まれて以来、でしょうか」
しのぶよりもさらに年上であり、その落ち着いた物腰は昔と変わっていない。
「ああ……」
思わず感激してしまう。当時の思いが沸き上がり、それを抑えることができないでいた。
「
元々は陰陽寮を取り仕切る、もっとも主要な家である土御門家に生まれ、「現代の賀茂 忠行か安倍晴明か」と称されるほどにまで優れた陰陽師であり、その天与の才は陰陽道のみならず神道に通じるほどであった。
それほどまでに優れた者ゆえに、魔眼の忌み子であるしのぶを御しうると判断されて許嫁になったのである。
歳が10歳近く上ではあったが、逆に幼いころはそれが大人として憧れを抱き──しのぶが慕っていた、初恋の相手でもあったのだ
「私が陰陽寮を去ったことで、苦労をかけたようで……すみませんでしたね」
それほどまでに高い能力で将来を有望された耀山だったが、ある事情により土御門家から家格の劣る幸徳井家へと養子に出され、陰陽寮の中核から外され──そして出奔し、行方不明となっている。
耀山がそうなったことで、手綱を握れる者がいなくなった“魔眼の忌み子”──しのぶは、耀山との許嫁という関係が連座のように影響を与え、ほぼ屋敷に幽閉状態となった。彼の失脚及び失踪は、しのぶにも少なくない影響を与えていたのである。
「お懐かしゅうございます、耀山様……」
「まったくですね。幼かったあなたが、こんなにも美しい女性になられるほどに」
そう言って大道芸人──耀山は目を細めた。
「ありがとうございます……今、耀山様はどこでなにをしてらっしゃるのでしょうか?」
改めてその姿を見れば、長めな髪や切れ長の目といった面立ちは変わっていないが、その服はありふれた庶民の──昔の耀山からは考えられないような服装であった。
だが、その才を知るものとして、繰り人形の大道芸人で収まるような器ではないように思えたのだ。
「私ですか? そうですね……今の私は、昔とそんなに変わりませんよ。天より与えられた能力を生かせる仕事をしておりますので」
「え……?」
さすがに戸惑うしのぶ。
陰陽道を生かせる仕事というものはそうはない。なにしろ公には陰陽寮は“存在しない”ということになっている組織なのだから。
もっともそれは公然の秘密というもので、他国の魔術結社系の組織に対抗するために残されているのは、その筋のものなら常識と言っていいほどの認知度はあった。
「まさか、他国の……」
しかし同業他社というものがそうあるような世界でもない。
考えられるとしたら彼が通じていた神道系の組織に所属していた可能性もあるが、だとしたらあれほどの才能があった者が陰陽寮の中核に近いところにいた、また帝国華撃団の霊能部隊という数少ない“同業他社”にいたしのぶに耳に彼の名前が全く聞こえてこなかったのは不可思議だ。
しかし海外の魔術結社であれば、その秘匿性からもしのぶに情報をつかめなかったという可能性も十分にある。
だが、耀山は首を横に振った。
「しのぶさん……私が、陰陽寮を去った理由、ご存じでしょうか?」
「ええ、一応は……」
今から10年ほど前に──当時はしのぶの年齢がまだ12、3歳のころだったために詳細がよくわからなかったが、今では知っている。
「たしか……政府に、陰陽寮の復権を要求しようとしたと伺っております」
耀山は、そのあふれる才能ゆえに当時の若手陰陽師から絶大な支持を集めており、一大派閥を形成するほどであった。
維新以降、陰陽寮は新政府から、暦が太陰暦から太陽暦へと変わることでその管理を剥奪される等の冷遇措置を受け続け、最終的には歴史の表舞台から消えることとなった。
地下組織となった陰陽寮は太正の世になるまでの間、不満をため続け──土御門 耀山という天才の出現がその火薬庫に火をつけてしまったのである。
若手が中心になっていた耀山の取り巻きだったが、長いこと陰陽寮に在籍していた不満を抱く者達もそれに加わり、『復古派』と呼ばれる派閥を結成するに至る。そして──
「その通りですよ。私は陰陽寮で『復古派』の旗頭となり、政府に異を唱えようとした。それゆえ──主流派から危険視され、疎まれ、遠ざけられたのです」
その結果、名門・土御門家から幸徳井家へ養子として出され、力を削がれた。
しのぶと会えなくなり縁談が破談になったのも、魔眼の悪用を恐れられてのことだろう。
「このままではいけないと思い、陰陽寮を去った私は流浪の末に、私と同じ志を持つ人と出会う幸運に恵まれたのです。そう、“あのお方”に──」
耀山が言った“あのお方”という言葉。それがしのぶは引っかかった。
黒鬼会との戦いでたびたび耳にした、その特定の者を指して言われた指示語。それをこの場で改めて耳にして──嫌な予感に襲われる。
「耀山様、まさか……」
「ああ、キミも知っているだろうね。姿も見ているでしょう。帝国華撃団夢組副隊長のキミなら──」
「──ッ!!」
疑惑が確信へと変わる。
秘密部隊である華撃団の、しのぶのその肩書きを知っているのは帝国華撃団の仲間か協力組織である陰陽寮、もしくは──敵対組織に所属する者以外に考えられない。
「陸軍大臣・京極慶吾……」
「その通りですよ。あの方も陰陽道に通じておられて──それが縁で拾ってくださったのです」
「つまりは黒鬼会の……」
眉をひそめつつ──しのぶは警戒して自分の武器である扇の位置を確かめる。
「だから反魂の術を使役できたのですね……」
先兵として使われた葵 叉丹こと山崎真之介。先の戦いで死んだ彼を蘇らせたのも京極本人だったのだろう。
「ええ、その通りです」
笑顔で答える耀山に、しのぶは戦慄し──嫌悪感さえ覚えた。
「反魂の術は禁忌の術のはずです! それをどうして──」
「それは陰陽寮の勝手な判断ではありませんか。そこを追い出されたような私のような者は強要される覚えはありませんし、それに属さない人も同じです。従う謂われはありません」
意に介さずそう言ってのける彼にしのぶは唖然とする。その彼女に耀山は問うた。
「そしてそれは、キミとて従う必要など無いのではありませんか?」
「なにをおっしゃるのですか? わたくしは陰陽寮の陰陽師です!」
感情露わに言い返すしのぶ。だがそれを耀山は不思議そうに見ていた。
「はたしてそうでしょうか? いえ、あなたはそう思っていても──陰陽寮の連中はそう思っていますか? 忌み嫌う魔眼を持つあなたを危険視し、都合よく使い、あわよくばいなくなって欲しい──そう思われているのではありませんか?」
耀山に言われ、身に覚えがないわけではないしのぶは、反論することができない。
「道具のようにいいように使われ、利用されているだけではありませんか。そんなあなたを……私なら救うことができる」
手をさしのべる耀山。
その顔は──しのぶが初めて彼を見たときと同じ笑顔を浮かべ、しのぶの胸がひどく締め付けられるように痛んだ。
「──私と共に来てください、塙詰しのぶさん。それがあなたにとって最善の道です」
そう言った彼に対し、しのぶは──躊躇うことなく首を横に振った。
「お断り申し上げます、耀山様。わたくしの居場所は、あなたの側にはございません」
ハッキリと、そしてキッパリと拒絶したしのぶに、耀山は驚いた様子だった。
「なぜですか? 陰陽寮はあなたを利用することしか考えていないのですよ」
「はい。それも存じております。父も母も……わたくしに情を抱いてくださっておりますが、陰陽寮の意向には逆らうことはできないでしょう」
塙詰家は陰陽寮を構成する華族の一員とはいえ、最有力の土御門家でもなければその意向を覆すことはできない。
「ですから、陰陽寮にわたくしの居場所があるとは思っておりません。それは華撃団も同じ──陰陽寮からの出向であるわたくしは、陰陽寮から指示があれば、居続けることはできなくなるのですから」
「では、居場所などないではありませんか。その眼を持ったままのあなたを、陰陽寮が野に放つとでもお思いですか?」
耀山の問いにしのぶは眼を伏せて静かに首を横に振る。
「ええ、思っておりません。しかし、それでもわたくしの居場所は陰陽寮ではなく──ある方の傍らこそ、わたくしのいるべき場所でございます」
「ある方……だと?」
ボソッと呟いた耀山の言葉はひどく冷たいものだった。
「わたくしの居場所を作ってくださった方……武相 梅里様こそ、わたくし自らが定め、望む居場所でございますゆえ──耀山様のお誘いは、ハッキリとお断り申し上げます」
「なぜ……です?」
口調は戻ったが、わずかに言葉を震わせながら、耀山は尋ねる。
「なぜ、そのような……あんな男の方が、私よりも上だというのですか!?」
静かな口調はかなぐり捨てて、耀山は言い放った。
「上とか下とか、そういう問題ではございません。あなたが抱く夢は京極慶吾殿と共に歩むものでございましょう? 他人を傷つけ、蔑ろにしてまでも省みずに突き進み、周囲の者達が泣いていようが構わず進み続ける。それが京極殿の──黒鬼会のやり方です。わたくしにはそれが正しいとは思えません」
それは黒鬼会と戦ってきたからこそわかる、しのぶの実感だった。
「でも……梅里様は違います。あの方は倒れている人がいれば手をさしのべる方です。助けを求める者がいれば、助ければより困難な道のりになることがわかっていても、助ける方です。わたくしは、そんな時として危うくさえある彼を側で見守り、支え、応援し続けとうございます」
そう言って微笑んだしのぶの顔は──かつては耀山に向けられていた、思慕の笑みであった。
それに気がついて打ちひしがれる耀山。
そんな状況の中で──
「──あれ? ひょっとして……しのぶさん?」
突然聞こえてきたのは、その話題になっていた男のそれである。
偶然にもその場にバッタリと出くわしたのは濃紅梅の羽織を着込んだ男が驚いた様子で見ている。
それに気がついたしのぶは思わず彼を振り返り──
「梅里様! ……え?」
武相梅里と、その横には──やはり驚いた様子の藤井かすみの姿があった。
【よもやま話】
思いつきと思いこみで書いている部分と、きちんと調べて書いている部分が混在する本作。
幸徳井家という陰陽寮系の家は実在していました。華族申請したけど通らなかった、という史実から「こういう人のせいで通らなかった」みたいな話をでっち上げてしまいました。もちろん実在の幸徳井家とは全く関係ありませんからね、この話はフィクションですから。
ちなみに思いこみで書いていたのは──陰陽寮が明治時代には廃止されており、とっくの昔になくなっているというのを史実を改めて調べてみたら分かった、というところです。
ここまで書いてしまったので「表向きには廃止になったけど、魔術結社という裏組織として残り続けた」という設定をぶっ込みました。