サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
振り袖姿のかすみと出掛けた梅里は、何の因果か明治神宮へと初詣に来ていた。
(さすがに二回目は……)
と心の中で苦笑する梅里。かすみから初詣の行き先として「明治神宮がいいかと思います」と言われれば、さすがに彼女から「他の四人とは初詣に行っているのでしょう?」と言われていても、「それは元日に行ったので別の場所にしたい」とは言い出せなかった。
一昨日と比べるとさすがに人出は少なくなってるように思えたが、それでもやはり帝都である。太正に入ってからできたまだ歴史の浅い参拝スポットではあるが、新しいもの好きの江戸っ子気質と相まって却って人気があるらしく、賑わいを見せていた。
大鳥居をくぐって御社殿へと参道を進み、参道でお参りを済ませると、再び大鳥居へと戻る。
その間──
「梅里くんは、地元では初詣はどこに行っていたんですか?」
「水戸の東照宮ですね。駅に近いのでバスでそこまで出てしまえば行けますから」
──梅里はそう答えて、その経緯を話し始めた。
「僕の家は水戸徳川家の家臣でしたし、初代様が水戸徳川家に仕えたのも権現様の紹介によるものと言われているので、権現様を祭る東照宮へお参りするのは昔からの恒例行事なんです。もっとも……一度は初日の出を見に大洗まで行って、磯前神社でお参りした年もありましたけど」
などと自分の家の事情なんかを含めて話をしたり──
「──笠間稲荷とか、鹿島神宮はさすがに遠いですからね」
「でも、筑波山神社は縁結びとか、夫婦和合、家内安全なんかのご利益があるそうで……女難の相が出ていそうな梅里くんはそちらへ行った方がいいのではないでしょうか?」
冗談めかして笑みを浮かべるかすみ。
そのように茨城県内の参拝スポットの話をしながら、大鳥居をくぐり──少し開けた場所へと戻ってきた。
そこは元日同様に屋台のような出店や、集まる人を目当てにした大道芸人が集まっており──その一角が、不自然に人気が捌けているのを見て、梅里は違和感を感じた。
「……人払いの結界?」
そうとしか思えないが、それはそれでおかしい。
なぜこんな場所でそのようなものが使われているのか。そもそも神宮の敷地内であり神域に近く──神宮の管理者に喧嘩を売っているようなものだ。
「神職の人達が理由あって敷設した……ようには思えないけど」
多くの人がごった返している中で、そんなことをする用事もメリットもないように思える。
「……梅里くん?」
腕を組んでいた梅里がふと立ち止まったので、足を止めざるを得なかったかすみ。
彼女は梅里が厳しい目で一定の方向を見ているので、不思議に思って視線を追い──そこに人が不自然にいないので疑問に思い、再び梅里へと視線を向け、呼びかけた。
かすみに呼ばれ、我に返った梅里は笑みを浮かべる。
「はい? どうかしました?」
「それはこちらの台詞です。なにやら難しい顔をしてあちらを見て──何かあったんですか?」
かすみに指摘されて、梅里は苦笑を浮かべる。
それから笑みを消して真剣な面持ちになると、見ていた方を指した。
「いえ、あの一帯に人払いの結界が張られているようで……少し気になったものですから」
「結界? それも人払いの……ですか」
「不自然ですよね。こんなところで人払いなんてすれば人の流れが滞って余計に混雑することになるでしょうから。神宮側がそれをわからないはずがない」
そしてあえて混雑させる理由もない。梅里の言葉に思案していたかすみも頷いた。
「ですよね。でも、だとすると、誰かが無断でこのようなことをしているということでしょうか」
しかし参拝客が騒いで周囲に迷惑をかけているのとはわけが違う。普通の人に人払いの結界を使えるはずもないのだから。
人を遠ざけてなにをしているのか。帝国華撃団の一員として気になった。
「──かすみさん、ちょっとこの辺りで待っていてください。僕、見てきますから」
「私も行きますよ。私だって帝国華撃団の一員ですからね?」
安全確認は風組のモットー。
状況の確認に乗り気になった様子のかすみは梅里の申し出を断ったのだ。
それにはさすがに焦る梅里。
「いえ、だって……危険かもしれませんよ。なにが行われているのかわからないんですから」
「それでしたら危ないのは梅里くんも同じじゃないですか。もしも予断を許さない状況だったら二人いた方が、私が連絡役になれますから」
「でも、危険だったら……」
心配して納得しない梅里に、かすみは悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「もし危なくても……自分自身と私一人くらい守れますよね?」
そう言われては梅里も頷くしかない。
確かに、緊急を要する場合に対応役と通信役が欲しいのはかすみの言うとおりだ。
「わかりました。じゃあ、いきますよ」
歩く梅里について行くかすみ。
一緒に参拝したときと同じように彼女は梅里の腕を掴んで離さなかった。
身動きを制限されているのは危険なように思えたが、そこはそれ気遣いの出来るかすみのこと、いざというときには素早く離すと信用している。
さらには危険への対応を考えれば二人が近づいているに越したことはないので、あえて黙殺することにした。
そして向かった先で出くわしたのは──
「──あれ? ひょっとして……しのぶさん?」
後ろ姿だったが見間違えるはずがない。
一昨日、一緒にここにきたうちの一人のはずの塙詰しのぶである。もっとも服装はその時の赤を基調とした振り袖ではなく、普段着ている着物だった。それに見覚えがあったからこそ後ろ姿だけで彼女と分かったのもあった。
梅里の声に気がついて振り返った彼女の顔を見て、間違いなくしのぶだということを確認し──
「梅里様! ……え?」
しのぶが驚いた様子でこちらを見ている。
こちらというか──微妙に梅里から視線がずれているように思えた。思わず視線を追いかけ、自分の腕をしっかりと掴んでいるかすみを見ていることに気がつく。
腕に感じる温かさと、柔らかな感触を思い出し──梅里は「しまった」と後悔した。これは後が怖い。
梅里がとっさに言い訳しようと考えたとき──しのぶの向こうにいる人影に気がついた。
「……あれは?」
予想外のしのぶの登場に驚いてしまったが、もともとは人払いの結界という不審な状況を調べるためにここに来たことを瞬時に思い出していた。
しのぶか、彼女の向こうにいる人影が術式を使ったのだと推測する。
(しのぶさんが、こんなところで?)
彼女が人払いをしたとは思えないが、陰陽師である彼女が使えるのは間違いない。
仮に使ったのだとしたら、そうまでして会うのを他の人に隠したい相手ということになるが──梅里は、その相手をよく見た。
やや長めの髪に切れ長の目が特徴的な整った顔立ちの優男、といった印象の男だった。年齢に関しては30歳前後だろうか。梅里は自分よりも一回り近く上のようだと判断する。
そして、その服装──街を歩けばよく見かけるような、ありふれすぎて印象の残らないような服装だったのだが……それが妙に気になった。
(なんだ? なんであの服装……いや、あの服の印象がどうして妙に引っかかるんだ?)
違和感を覚えるはずがない服装に、なぜか感じる違和感。
それに戸惑いながら──男と目が合う。
そして──梅里の目が驚きで見開く。
「……“人形師”」
「えっ!?」
腕を掴むほど梅里の近くにいたために、彼のそのつぶやきが聞こえたかすみが驚いた。
「“人形師”って、あの……カーシャさんの供述にあって、所在が不明になっていた黒鬼会のメンバーの、ですか?」
かすみの確認に梅里はうなずく。
カーシャだけでなく梅里もまた“人形師”とは面識があった。秋の浅草で火車が起こした祭りでの騒ぎのおり、せりを人質にとって梅里を抹殺せんと仕掛けられたことがあった。
しかし、その時に相対した男とは顔立ちがまるで違っていた。
あのときの顔は捕らえ所のない、本当にこれといった特徴がない顔──あえて印象を消すために特徴をなくしているような顔だった。また服装も同じであり、街を歩けばその模様の着物を着ている人を見かけるような、ありふれた服装だった。
“人形師”の名前が出たことで、一番驚いていたのは、その男と会っていたであろうしのぶだった。
「えっ……?」
かすみの発した言葉で驚くと、唖然とした様子で梅里を見て──それから彼の方へと振り返る。
「梅里様……いったいどういうことでしょうか? この方は──私の古い知己で元陰陽寮の陰陽師、幸徳井 耀山という方で──」
「よくわかりましたね、武相 梅里」
戸惑うしのぶの言葉を遮るように、男が言った。
「いかにも私は“人形師”……そして
見せるにしても強い術式でその素顔を隠していた、と説明する“人形師”こと幸徳井 耀山。
「殺気でわかったよ、“人形師”」
武相 梅里は霊的障害を納める霊術師であると同時に、帝国華撃団の中でも指折りの剣士でもある。
相手の放つ殺気を感じとる力は並外れているのだった。
「浅草であった時と顔も服装も全く違うけど──今日のその“どこにでもありふれた服装”っていうのが、妙に引っかかってね。僕に向けた敵意だけだったら疑う程度だったけど、あのときの印象と全く同じだったのが逆に裏付けになった」
今の彼の服装とあのときの服装は明らかに違う。しかし服装というのは時期によって変わるものであり、秋と冬では“ありふれている服装”というものが異なるのだから、当然、違うものになる。
目を合わせた際に向けてきた、明らかな敵意──それも殺気に近いようなシロモノ──は梅里の直感を刺激し、真っ先に頭に浮かんだのがあのときの“人形師”のそれであった。
それがきっかけとなり、疑ってしまえば受けた印象が全く同じという現象は逆に目立ったのだ。
「なるほど。毎回毎回、木を森の中に隠すだけ、というのも愚策というわけですか。勉強になりますね」
そう言って肩をすくめた耀山。
そして彼は──しのぶへと振り返る。
「さて、先ほどは断られましたが──これを見ても、あなたの気持ちは変わりませんか、しのぶさん」
「……いったい、なにがでしょうか?」
警戒するように──しのぶにとって今まではただの“陰陽寮から出奔した後に京極に心酔して協力していた陰陽師”という印象だった耀山だが、五行衆の直ぐ下に就いて華撃団と戦っていた“人形師”となれば話は違う。そのコードネームの『
「見なさい。あなたが信じ、愛する者──居場所を作ったという男は、別の女と浮気の真っ最中じゃありませんか」
ギクッとなる梅里。何の反論もしようが無い。
「そんな男の言うことを信じるのか? その眼はどこだろうと誰だろうと忌み嫌われるのだぞ? その男がその全てから守ってくれるとでも──今の姿を見て、確信できるのか?」
感情が高ぶり、口調が変わる耀山。
「私ならばその力を存分に活躍できる場を作れる。その力でもって、全てを黙らせることが出来る。しのぶ……お前は私の下へと来るべきなのだ!!」
再び、今度は力強く手をさしのべる耀山。
その手と、かすみを腕に抱きつかせたままの梅里を交互に見たしのぶは、一度目を伏せて、深呼吸し、そして──
「何度言われようと、答えは同じでございます。わたくしの心は揺らぎません。あいにくと間に合っております」
毅然としのぶは言い切る。
そして、ほとんど閉じたように見えるその目で、耀山を睥睨する。
「確信いたしました。あなたは結局、わたくしではなくこの魔眼が必要なだけではありませんか」
「その魔眼も含めてのお前だろう、しのぶ!」
「いいえ。梅里様は違います。わたくしを見て、わたくしを受け入れ、居場所を作ってくださいました。あなたとは違うんです!!」
「お前だけを見ていないような男でもか!? いや、あの男が見ているのはそこの隣にいる女でも、お前でも、そしてお前以外のあの女達でさえないぞ」
耀山は自分の指摘に無反応な梅里を見て、断罪するように言い放った。
「過去に自ら手を下して命を奪った、かつて大切だった女の幻想を、お前達を通じて見ているだけだ! 現在に生きてないような男に、なにを期待するのか!!」
激高する耀山に対し、しのぶは対照的に冷徹なまでに抑えた口調で答える。
「耀山様、しばらく見ない間に、その
それはどこか蔑んだような──幼いころには抱くことがなかった彼に対する失望の表れでもあった。
「確かにあの方は、最も大切だった方の命を奪っておりますが──その時から今も残る心の涙が、あなたには見えなかったのですか? その慟哭を想像する心さえ失ってしまわれたのですか? そんな梅里様が自分を許せず、死地を求めていたのをどうして責められましょうか。その後に生きる意味を見いだしたあの方を、あなたが責める権利などありません!!」
ピシャリと言い放ったしのぶは、普段からは想像できないような語気であった。
その勢いのままに、彼女は言葉を続ける。
「現在に生きていない? 空っぽだったわたくしの居場所を与えてくれたような方が、そんなわけはございません。わたくしの大切な方を愚弄することは……絶対に許しません!!」
「だが、あの男がお前だけを見ていないことには変わりがないではないか!!」
耀山の反論に、しのぶは語気を弱め、自らの気持ちを見つめるように、目を伏せて胸に手を当てる。
「わたくしだけを見ていないなんて……そんなこと、百も承知でございます。大切な方を失った梅里様は、心に傷があるからこそ困った方に手を差し伸べる優しさを持っておられます。それに惹かれるのがわたくしだけとは思っておりませんし、他の方が慕うのを邪魔するのは、わたくしのワガママでしょう」
そう言ってしのぶは梅里を見て──その傍らにいるかすみをチラッと見る。
「大事なのはわたくしが梅里様を慕っていて、梅里様がわたくしを疎んでいなければ、それでよろしいのです。他の
しのぶの声が、人払いされた一角に響きわたる。
これ以上ない、ハッキリとした彼女の拒絶に──耀山は絶句していた。
梅里はといえば、しのぶからの熱い想いを伝えられたに等しいのだが、一方でその腕には別の女性──かすみがいるわけで、なんとも居心地が悪く、空いている方の手で頬を掻いていた。
そんな中、ショックから立ち直ったと思われる耀山がゆらりと動き──
「なるほど。ならば──」
やおら梅里へと振り返る。
「──あの男がいなくなれば、いいのだな」
狂気さえ宿すその目で睨みつけ、殺気を放った。
【よもやま話】
やっとしのぶのヒロイン回っぽくなりましたね。