サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
周囲にはまったく何もなく、ただ床があるだけの、寂しいというのも生やさしい、空虚な空間。
「ここは……」
そんなこの場所に、
この場所にきたのは初めてではない。そう、あれは……先の大戦で無理をして夢組だけでなく、花組をのぞく華撃団全員の霊力を一身に受けて巨大降魔を倒したときのこと。
その負荷に体が耐えられず、命を落とした──少なくとも呼吸が止まり、心配停止状態で医師の大関ヨモギが死亡判定を出した──ときのことで、その時に、梅里は精神はこの世界にきて、幼なじみである守護霊と上司が生まれ変わった大天使と会った。
夢か幻か定かではなかったが──仲間の必死の蘇生のための行動があったとはいえ、少なくとも死亡したと思われた自分の命が助かったのは、超常的な力が働いて生き返ることができたと思っており、明晰夢の類ではなかったと思っている。
「──また会ったね。ウメくん」」
だから、ここで彼女と会うのはある意味予想通りのことだった。
「そうだね。鶯歌……」
その彼女に向かって微笑みかける。
亡くなって梅里の守護霊となった
しかし彼女は、再会を喜ぶでもなく──盛大にため息を付いた。
「あのねぇ……“そうだね”じゃないわよ? 本当ならこんなところで会いたくなんかないんだから」
「……ってことは、僕はまた死んじゃったのかな?」
頬を掻いて苦笑する梅里に、鶯歌はズイッと近寄る。
「またって──そう簡単にポンポンポンポン死なれてたまるもんですか。あたしはあなたの守護霊なんだからね? あたしが護ってるの。それなのにウメくんに頻繁に死にかけられたら、まるであたしが役に立っていないみたいじゃない」
「それは申し訳ないと思ってるけど……」
鶯歌の剣幕に気圧される梅里。
「ウメくんは生死の境目をさまよったけど、幸いなことに今回はしのぶさんが応急措置をしてくれたのと、ホウライ先生のおかげで一命は取り留めたって状況。二人に感謝しなさいよ?」
「うん……ゴメン」
「謝罪はあたしにじゃなくて、迷惑かけた他の人たちに、ね」
「うん……」
うつむく梅里に、鶯歌はやれやれとため息をつく。
「で、ウメくんが運ばれている間に、花組が危機になったのまでは知ってるでしょ?」
鶯歌の確認に梅里が頷くと、その後の状況を彼女は説明した。
しのぶが夢組の指揮を執って大神さんとさくらさんと協力し、捕らわれた花組を助けるのに成功したが……八鬼門封魔陣というものが発動して、封じられていた『武蔵』という要塞が、帝都上空に出現した。
「……まるで『大和』の聖魔城だね」
状況を聞いての梅里の感想がそれだった。
「そうね。状況的にはほぼ同じよ。止めるには乗り込まなきゃいけないところも、ね」
「じゃあ、僕もここでゆっくりしているわけには……」
「落ち着きなさい」
振り返ろうとした梅里を鶯歌が抑える。
「あたしだって、ウメくんが生死の境をさまよってるからって、ここにつれてきたわけじゃないの」
「じゃあ、なんで……」
首を傾げる梅里を、鶯歌は真剣な目でジッと見つめる。
「もちろん、あなたの命を守る為よ」
「僕の、命を……?」
うなずく鶯歌。
「そうよ……訊くけど、ウメくん。さっきの戦いであの“人形師”に自分が何をされたのか、サッパリわかってないんじゃない?」
「それは……」
答えに窮する梅里。
その時のことを思い出しながら、状況を整理する。
「あのとき、確かに僕は朧月で待ちかまえていた。アイツの妖力が最高潮にまで高まった瞬間──気が付いたら刺されてた。動きも見えなければ、気配を感じることもできなかった……」
目で捉えていたのに、まるで瞬間移動したかのように消え去った。
それと同時に、胸にはアイツ──幸徳井 耀山が持っていたはずのクナイが刺さっていたのである。
(状況的には、僕の朧月に似ている──でも、なんだろう。根本的に何かが違っているような……)
梅里の使う満月陣・朧月は相手の攻撃に反応して、敵の死角へと瞬間移動して反撃を行う技だ。
比較すれば、耀山の使った技はカウンターでもないので相手の動きに関係なく、瞬間移動と同時に攻撃も終えている、といった具合である。
「ワケわからないでしょ?」
「うん……あれをまた使われても、正直、対処しようがない」
「でしょうね。ワケが分からなくて当然だもの。あんな技、反則よ」
そう言って憮然としている鶯歌を、梅里は驚いた様子で見つめる。
「鶯歌? まさか……なにが起こったのか、知っているの?」
「ええ。というか、守護霊のあたしだから分かるけど、ウメくんには絶対分からないわよ」
そう前置きをして、彼女は耀山が何をしていたのか、説明した。
「──だから朧月で対抗するのは、間違いなく無理なの」
あのとき起こっていたことを説明され、梅里は絶句する。
あの現象を理解して、だからこそそれが対抗しようがないのが理解できた。
正直、八方ふさがりである。
この状況に悩む梅里。
そんな彼に鶯歌は──
「でも安心して、あれに対抗できるのは──ウメくんだけだから」
そう言って、勝ち気な笑みを浮かべた。
─1─
帝都上空に現れ、まるで市民を威嚇するかのように威容をさらす『武蔵』。
その出現を受けて、帝国華撃団は正月返上で集結し、各部隊が集結していた。
霊能部隊・夢組もまた非常参集し、銀座の帝劇本部には幹部達が集結していた。
「──そういうわけで、我ら帝国華撃団はこれより、空中戦鑑ミカサを使用して『武蔵』への攻撃を敢行する」
その場を仕切り、戦況と作戦を説明しているのはいつも通り、濃い青色に染められた狩衣を模した夢組男性用戦闘服に身を包んだ副隊長の
だが、その近くにいるはずの隊長の姿は──無い。
「ミカサの使用は二年前に続いて、今回で二度目だ。前回のミカサは未完成だったために帝都に長大な地面を割って出撃することとなったが、今回は正式な直立連結でのダルマ落とし方式での出撃となる──」
華撃団の誇る切り札──空中戦艦ミカサは先の戦いで大破したと思われていたが、東京湾にある記念公園の鑑首以外は回収され、帝都の地下で「新ミカサ」として修理・改造されていた。
そんな巨大なミカサだが、発進方法が変わったおかげで帝都に与える被害の面積を少なくできていた。それは夢組が発進時のミカサを守るために展開する結界の範囲が狭くて済むということでもある。
「なお、前回は艤装も不完全で、夢組は全員が居残って帝都防衛にあたったが、今回は部隊をミカサに搭乗して花組の支援及びミカサの防衛を担当する組と、帝都防衛のために残る組の二つに分ける」
そう言って、宗次は居並ぶ幹部達を見た。
「ミカサの霊子核機関と霊子甲冑の整備のために、錬金術班は基本的にミカサに乗り込む。封印・結界班はミカサを守る結界も重要だが、ミカサ出撃後には華撃団の拠点となる花やしき支部の防衛のための要員も必要だ。人選は和人、お前に任せる」
「承知……」
瞑して頷く封印・結界班頭、
「それから──調査班は基本的にミカサ組だ。花組の突入に際し、できうる限り安全なルートを構築するサポートが必要だからな」
「……私は、帝都に残るわ」
宗次の指示に反する主張に、周囲の者が戸惑って発言者を思わず見た。
後頭部で二つに分けてお下げにしている髪型がトレードマークの女性隊員。シアン色の袴の女性用夢組戦闘服に身を包んだのは──
「白繍、お前……」
夢組調査班頭・
彼女は目を閉じたまま、先ほどの言葉をキッパリと言ったので、それにはさすがに憤る宗次。
「話を聞いていたのか? 本作戦は、帝都の未来を左右する重要なものだ。お前一人の感情で──」
「その感情の影響を強く受けてしまうのが、私たち夢組でしょう? 悪いけど、今の精神状態でミカサに乗り込んだとしても、まともに役に立てる自信はないわ」
「く……」
苦虫を噛み潰したような渋面になる宗次。
その彼は、せりの隣で手を挙げている、くすんだ黄緑色──萌木色の袴の女性用夢組戦闘服を着た、
「伊吹……一応聞くが、なんだ?」
「私もせりさんに同じ、です」
かずらの言葉で宗次のこめかみに青筋が浮かぶ。
「……お前達は、本当に…………」
「でも、十全なパフォーマンスができないのは同じですので」
しれっと言ってのけるかずら。彼女はこの数年でガラッと変わった。前は自信なさげでオロオロしていた雰囲気があったのだが──今ではこの状況でこんなことが言えるほどに、精神的に図太くなった。
そんな彼女は調査班の副頭である。
そのため二人並んで着座しており、共に澄まし顔で目を伏せているせりとかずらを睨みつけ、宗次は──どうにか怒りを押さえつける。
かつて、夢組隊長心得という地位に宗次はいた。正式に設立されれば順当に夢組隊長になる予定だった。
そんな軍の教育を受けた彼は、もちろん軍の方式での部隊運用を図り──失敗した。
軍の中から優れた霊力を持ち、かつそれを様々に制御・行使できる者を一定数そろえるのは難しかった。
そのために陰陽寮という魔術結社──つまりは別組織から派遣されてきた者や、民間登用組が多く所属するこの夢組で、軍隊式の部隊運用は付いてこられない者が続出し、不満の温床と化したのである。
結局は、宗次は隊長心得から隊長になることはなく副隊長になり、軍属ではない民間登用の隊長を支える立場となった。それで部隊が上手く回っていたが──今の二人の反応は、その隊長心得時代を宗次に思い起こさせた。
(特に、白繍……)
あの頃、もっとも反発した女性幹部が彼女だった。
今にしてみれば、その面倒見のいい性格が、宗次のやり方に付いていけない隊員達を心配して代弁し、またそういった者達もせりを頼っていたのだろう。
そういう意味では──今の彼女が宗次に反している理由は当時とはまったく違う。
「お前達は……梅里が、隊長が心配だから残りたいだけだろう?」
「ええ、そうよ」「その通りです」
即答するせりとかずらに、宗次の心はますますささくれ立つ。
「副隊長……」
それを見かねた宗次の隣にいた紫の袴の戦闘服を着た女性──予知・過去認知班頭にして夢組副支部長のアンティーラ=ナァムが声をかけてきた。
それに宗次は軽く手を挙げ「大丈夫」と言外に伝え──深呼吸をする。
「わかった。お前達を連れていっても役立たずになるというのなら、二人は居残りだ。調査班の指揮は副頭の御殿場、お前に任せる」
「了解しました」
かずらとは別の──支部付副頭である御殿場 小詠が恭しく一礼する。『
今回の主目的である「花組を最深部へ送り届けるための安全なルート構築」という点においては、その能力を生かせない可能性が高く──宗次を悩ませる結果となった。
「あの……」
それらのやりとりの直後、おそるおそるといった様子で手を挙げた者がいた。
見れば、緋色の袴を履いた、髪をショートカットにしている女性隊員だった。除霊班頭・
夢組で直接戦闘を請け負う除霊班の頭にふさわしく戦場では先陣を切る姿は勇ましく、しかし平時は思慮が甘く脳天気な残念な子──というイメージだが、今の彼女の様子はそのどちらにも当てはまらなかった。
「せりとかずらが残るのなら、その分、私がミカサの方にいきましょうか?」
そんな彼女の申し出に──居合わせた一同の目が点になった。
あまりに意外だったからである。
「ど、どうしたんですか? 紅葉さん」
「なにか悪いものでも食べたの? 大丈夫?」
自分たちが元凶なのに、かずらとせりがかけた言葉はあまりにひどい。
他の者達は声こそかけなかったが、心底驚いているのは二人と同じである。
隊長である梅里が着任してすぐに、紅葉は梅里に決闘を申し込んだ。それに梅里は応じて、彼女を負かし──以来、彼女は梅里の「一の家来」を自称している。
それは、せりやかずらのような恋慕とは違う尊敬という感情でこそあるが、彼に認めてもらいたいという願望は人一倍強い。
その彼女が、梅里の側を自ら離れようとするのは、「家来である以上は近くで守るべき」とも言い出しかね無かったので、想定外だった。
「いえ、別におかしなものは食べていませんけど……でも、チーフがいない今だからこそ私が頑張らないといけませんし。二人が抜けるのは、副隊長は想定外なんですよね? なら、そこに私が──」
紅葉に自分だけのことではなく、全体を見る目が生まれていたことに、宗次は驚いていた。
だが──残念なことに、やはりまだ考えが浅い。
「いや、ありがたい申し出だが……秋嶋、お前には別の重要な役割がある」
「え? そうなんですか……」
不満げではなく、不安げに宗次を見る紅葉。
「お前をはじめ、除霊班は花やしき支部に居残りだ。これは絶対に外せない、お前達にしか任せられない役目があるからだ」
そう言って宗次は除霊班頭の紅葉、そして副頭のコーネル、カーシャの三人を次々に見る。
「敵はあの降魔を培養して人工的に作り出し、それに機械を組み込んだ降魔兵器というものを出してきた」
降魔の名前に、三人のみならず幹部達に緊張が走る。
先の大戦で葵 叉丹こと山崎 真之介が操り、支配して戦うこととなった異形の怪物・降魔。
紫色の肌に、ほぼ口だけの頭部。手には鋭い鉤爪があり、長い尻尾とコウモリのような皮翼を持って空を飛び、霊子甲冑と並んでも見劣りしない巨体を支える強靱な足腰を持つ。
その最大の特徴は、脇侍のような魔操機兵同様に通常兵器の効果が薄く、霊力が込められた攻撃が有効な相手であること。
過去の儀式の失敗により封じられた地に生きていた者達が怒りと憎しみのために異形と化したものと言われ、生きとし生ける人への憎悪を巻き散らかす人類の天敵──それへの対抗こそ、対降魔部隊を前身とする帝国華撃団が設立された主目的である。
夢組は、その降魔と直接戦わざるを得ない事態になったことがある。二年前に降魔が現れたとき、それと戦うべき対降魔迎撃部隊・花組の誇る初代光武が限界を迎え、より強力な霊子甲冑の開発・生産を行う期間、単発的に出没した降魔との戦闘を、霊力で戦うことができるのを理由に一手に引き受けていたのである。
その時の強さは、夢組一同には身に染みて理解している。だからこそ、それを基にした降魔兵器なるものへの警戒は強かった。
「おそらくだが……『武蔵』へと向かうミカサに降魔兵器が集中することになるだろうが、それでも全戦力が集中するわけではない。帝都を破壊するための戦力が残されるだろう。しかし──花組をそちらに裂く余力は、今の華撃団にはない」
宗次が言うように、帝国華撃団花組の隊員は大神一郎以下9名。しかも『武蔵』内部にいる京極を討つという起死回生の一発こそ今度の作戦のキモであり、そこに全力を注ぐのは当然のことだ。
「地上での降魔兵器への対応は、我々夢組が主として行うことになる。その中でもっともアテにしているのは──除霊班、お前達だ」
宗次にジッと見られ、紅葉は呆気にとられる。
「先の夢十夜作戦を思い出せ。あのとき降魔と単独で戦うのを許されたのは、梅里とオレとお前だけだっただろう?」
二年前に降魔が出現し、光武が限界を迎え、神武が開発されるまでの間、修行等明け暮れる花組達に代わって、散発的に出現する降魔を討滅していたのは、当時『夢十夜作戦』と称して対降魔にあたった夢組だった。
その中核を担ったのが、梅里と宗次、それに紅葉である。
「降魔兵器が降魔と同等かそれ以上の強さを持つのだとすれば、現状で一対一で戦えるのはオレとお前、それにカーシャくらいだ」
前回はいなかったカーシャだが、紅葉と互角に戦える実力を見てそう判断した。
とはいえ、前回の経験の差は大きい。
「しかしカーシャは降魔との戦いは未経験でオレがミカサに乗り込む以上、現状で地上での降魔兵器との戦いはお前が中心になる。そしてそれは、この場にアイツがいたら、同じことを言っているはず。最も頼りにするのは、お前だ」
だが、言葉の意味を理解し──その心に火がつき、紅葉は力強く頷いた。
「はい! 一命に変えても、帝都市民を守ることに全力を尽くします」
アイツ──宗次が言ったその言葉が誰を指しているのか、紅葉はわかった。
その人の期待を裏切らないためにも、きっと戻ってくるその人が姿を現したその時に、誉めてもらえるように──紅葉は全力を尽くすと心に誓った。
【よもやま話】
人(にん遍)に夢で「儚い」はよく使われるフレーズ。最終話のタイトルに「夢」を使いたかったのでこれにしました。
「夢」の入った、最終話にふさわしい、私にとって思い入れのあるタイトルが一つ残っているのですが──それは「4外伝」の最終話のために温存しておきます。
そして、梅里と鶯歌……前作の最終話でいい別れ方をしたので、あまり梅里と鶯歌を再会させたくはなかったのですが──これは必要なことだったので、やむなく入れました。