サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
──帝都全域に緊急警報が発令された。
それは今から二年ほど前にあったのとほぼ同じであり──用件も変わらない。
違うのは、以前は割れた帝都の地面が長方形だったものが、円形へと変わっていることだろう。
帝都の地下の広大な空間をドックとして横たわっていた超巨大空中戦艦ミカサ、かつては未完成のためにそのまま収納されていたが、新ミカサは分割されて収納されており、出撃に際して部分ごとに連結され、徐々に天に向かって延びていく。
そして──推進器が付いた最後部の部分が連結されて完成すると、一気に垂直上昇する。
帝都上空へと飛び立ったミカサは、そこで向きを変えて水平飛行へと移行する。
これにて華撃団の切り札──空中戦艦ミカサは戦闘態勢を整え、『武蔵』へと向かうことになる。
だが──それを京極サイドが黙って見ているわけがなかった。
ミカサ内部で異常が起こったのは、『武蔵』へと向かう途中のことであった。
心臓部とも言うべき機関部への攻撃。
巨体を誇るが故にどうしてもできてしまう隙をつかれ、ミカサは内部に敵の侵入を許していた。
襲撃してきたのは三対六本の腕を持ち褐色の肌が特徴的な、その女性的な豊かな胸とは裏腹に野獣のような好戦的な性格を持つ五行衆の一人、土蜘蛛であった。
彼女が駆る、彼女と同じように多数の腕を持つ巨大魔操機兵・八葉は、その指揮によって暴れ回る降魔兵器と共に、ミカサ機関部を攻撃しようとしたが──駆けつけた花組の天武によって防がれ、八葉はダメージもあって撤退することとなった。
だが、戦いはそれで終わりではなかった。
今度はミカサの甲板上において、弱点である中央通気口を狙って、降魔兵器の第二波が飛来してきたのである。
翼を持ち、飛行が可能である降魔兵器は次々とミカサめがけてやってくる──が、ミカサももちろん無防備ではない。
配置されている高射砲が応戦し、次々と降魔兵器を叩き落とす。
だが──分が良い戦いではなかった。
まず、押し寄せる降魔兵器の数が多かったこと。
そして何より、降魔兵器もまた降魔や魔操機兵のように通常兵器の効果が薄いことだった。
通常なら高射砲の厚い弾幕を、降魔兵器サイズの敵が突破することなど不可能である。
高射砲でダメージをくらいながらも、また他のものが高い耐久力にものを言わせて囮になっている間に、降魔兵器は甲板へとたどり着く。
甲板上へたどり着いた降魔への攻撃手段を、ミカサそのものは持っていなかった。
──そこへ、機関部を守りきった花組達が到着する。
甲板から通じる中央通気口を攻撃されれば、ミカサは高度の維持ができなくなってしまう。それを守るために再び戦闘となった。
降魔兵器の直接攻撃で高射砲そものが被害を受けてしまい、弾幕が薄くなる。
無限に続くかのようなその戦いの中──気が付けば、降魔兵器の飛来がおさまっていた。
降魔兵器の飛行限界高度を、『武蔵』目指して高度を上げるミカサの飛行高度が突破したのである。
そしてホッとしたのも束の間──先ほどの戦いで傷ついた八葉が、甲板に姿を現したのだ。
「京極様の命令は──絶対に完遂する!!」
現れた八葉は、中央通気口めがけて吶喊した。
「みんな、気をつけて! 八葉に侵入されたら、通気口の隔壁を全て破壊されてしまうわ!!」
副指令のかえでから警告の通信が入る。
ミカサの弱点である中央通気口も無防備というわけではなかった。
そこには7枚の隔壁があって防御しており、実際に先ほどの戦いでも、侵入を許した降魔兵器を隔壁で足止めをし、隔壁内部の防衛機構を利用した華撃団員(主に霊力で攻撃できる夢組隊員)によって排除されていたのだ。
しかしそれはもろとも破壊するような乱暴なもの。
何枚かはすでに破られている上に──八葉は強い。
その防御力は隔壁を犠牲にしての足止めでも破壊は不可能である。隔壁を全て突破され、中枢部を破壊されてしまう。
かえではそう判断したのだ。
「八葉は行く手を塞いでも抜けられる! みんな、総攻撃で破壊するんだ!!」
『了解!!』
花組隊長である大神の指示に、隊員各員から明瞭な返事が届く。
今まで八葉と戦い、さんざん苦しめられたその特殊能力は、この戦いでも健在だった。
そして今まで一番イヤらしく機能している。
特殊な突破能力のない通常の敵──例えば黒鬼会本部で夢組が相手にした改造五鈷『陽鈷』は、数にものを言わせてその行く手を阻むことができれば、その進行を止めることはさほど難しいことではない。
だが八葉にはまるですり抜けるように霊子甲冑の間を通り抜ける特殊な能力があった。黒鬼会本部で、夢組が敷設した強力な結界さえも抵抗を受けずに突破した、あの能力である。
そのせいで、行く手を阻むような布陣をしようとも、たやすく突破されて無意味になってしまう。
対抗するには本当に単純な作戦──火力にものを言わせ、八葉が中央通気口に到達するよりも早く撃退する以外にない。
「くそッ!!」
天武の大神機の二刀が阻むが、足は止まらない。
先ほどの戦いから感じていたことだが、どうも自分を含めた隊員達の調子がおかしいのもあって、攻めきれない。
そこへ紅欄機とマリア機が弾幕を形成し、さらにはそれらの穴を塞ぐように織姫機の指先から放たれた赤紫の光線、アイリスの宝石状の霊力塊が八葉を貫くが──それでも、その足は速度は緩めど止まらない。
「止まりやがれ!」
──カンナの拳、
「止まりなさい!」
──すみれの長刀、
「止まれ!」
──レニの槍が、八葉を抉る。
だが、そうして傷つきながらもその足は止まらない。
そして通気口まであと少しというところにまで至っていた。
このままではマズい──花組だけではなく、戦闘をモニターしていたミカサの艦橋にいた米田とかえで、それにかすみ、由里、椿の三人も思ったそのとき、
「さぁ、行こう。さくらくん……」
「ええ、行きましょう。大神さん……」
「さくらくん……」
「大神さん……」
「「二人は……さくら色」」
八葉の行く手を遮るように立ちはだかった白とピンクの天武。足止めできなかった大神は、迎撃を他に任せてさくらと合流していたのである。
その二体の天武から発せられた霊力が同調し──そして爆発する。
大神機とさくら機が霊力を合わせた合体攻撃だ。
「な……んだと!!」
爆発的に膨れ上がる霊力によって、ついには足を止められた八葉は、そのまま甲板を押し戻され──甲板の端まで吹っ飛ばされ、そこで限界を迎えたのか、八葉はついに動きを止めた。
「ここまでだ……、土蜘蛛!!」
その八葉を前に、白い天武──大神機が刀を突きつける。
「まさか……このワタシが……こんな人間どもに……」
それを睨みつけ、悪態を付く土蜘蛛。
「土蜘蛛、あなたはなぜ……そんなに人を憎むんです?」
どこまでも人間を敵視する土蜘蛛の態度。その妄執じみた怨念に、さくらは疑問を感じており、思わず尋ねていた。
「生まれたときからこんな姿で、ワタシは迫害を受けた。だからこそワタシはその復讐ゆえに人を憎み、それを行う力を与えてくれた京極様の言うことに従い、その命令を忠実に実行するのさ」
返ってきたのは、生まれながらの姿に対する迫害と、それへの復讐。そして──それを行うことができる力を与えてくれた京極への、絶対的な信頼と服従だった。
「人間どもに復讐できるのならワタシは、命だって惜しくないのさ!」
そう言って、何の躊躇いも──疑問をも抱かない土蜘蛛。
その怨念の根深さに、さくらは恐ろしささえ感じていた。
「自らの意志で……京極様のために、死ぬのだ! この帝都が、京極様の手で死の都と化すのを……地獄で眺めるのさ」
そう言い残し、吹き飛ぶ八葉。
機体は爆発に巻き込まれ、甲板を越えて空へと舞い──落ちていく。
それを眺める花組達。
誰もが、何も言えなかった。
彼女が受けた迫害こそ、彼女の心を歪めた元凶であり──霊力という特殊な力を持つ彼女たちにとって、「常人とは違う」という点においては、土蜘蛛と共通するものがあったからだ。
「……みんなは、ああはならないさ」
そんな中でポツリと言ったのは大神だった。
「人の痛みを感じられる、そんな優しいみんなが──どんな状況になろうとも、世の全ての人間を恨み、憎み、排除しようなんて、考えるわけがない。少なくともオレは……そう信じている」
「大神さん……」
思わずさくらが彼の名前をつぶやいた。
それは他の隊員達も同じ想いであり──そう信じてくれる彼が隊長で、本当によかったと思うのであった。
同時に思う。土蜘蛛も京極ではなく、大神のような者に出会い、ついて行ったのなら──また違う結末を迎えられたのかもしれない、と。
その後、花組は『武蔵』が吸い上げる都市エネルギーの影響をモロに受けて、それが過供給となって不調になっており、そのまま使用すれば搭乗者に深刻なダメージを与えると判断され──天武から降りることとなった。
そこで予備として搭載してきていた霊子甲冑・光武改の出番となる。
天武の前はアイゼンクライトを使用していた織姫とレニの分も配備されており──花組は一丸となって、『武蔵』に乗り込むこととなり──突入まで鋭気を養うのであった。
土蜘蛛の襲撃がもたらした危機を脱したミカサ。
降魔兵器の飛行限界高度を超えていることで襲撃の心配もなくなり、その艦橋もホッと一息……といった雰囲気であった。
その艦橋へ──突入前のつかの間の休息中であり、まさに突入する役目を帯びた帝国華撃団花組の隊長である大神 一郎が顔を出した。
彼はミカサによる『武蔵』への突入作戦と、その後の『武蔵』内部での敵との戦いに備えて花組隊員達を激励して回っている最中であった。
「あっ、大神さん。先ほどの戦い、おつかれさまでした」
やってきた大神に声をかけて微笑むかすみ。
「ホント、一時はミカサが沈んじゃうかと思いましたよ!」
「でも、降魔の防衛線をとうとう突破しましたね! さすがは大神さんです!」
笑顔で言う由里と椿。
「みんな、ありがとう。ミカサがここまで来ることができたのもみんなのおかげだ。ミカサ突入の時も、よろしく頼むよ」
そんな三人に対して大神は、来るべき突入に備えて激励する。
その律儀さは彼の性格をよく表しており、三人は笑顔のまま頷いた。
「はい。ミカサのことならあたしたち、風組にまかせてください」
三人を代表するかのように由里が言い──
「──それでは、私たちも少し休憩してきます」
「突入作戦、成功させましょうね!」
かすみと椿がそう言うと大神は「ああ。もちろんだとも」と言い残してその場を去っていった。
それを見送り──かすみは大きく息を吐いた。
大事な作戦を前にした大神を前にして、自分は平静を保てただろうか、と自問する。
心優しい彼のことだ。もしもかすみが表情をかげらせていたら、心配したことだろう。
たとえそれが大神とは別の隊長──夢組隊長・武相 梅里への心配だったとしても。
そこへ──
「あ、あの! お茶の準備ができました!!」
そう言って茶道具の入ったワゴンを、つぼみが艦橋へと運んできた。
乙女組である彼女もまた、ミカサに乗り込んだ隊員の一人だった。今は風組の戦闘服を借りて、それに身を包んでいる。
食堂で勤務しているので、本来であれば巫女服を模した夢組戦闘服なのだろうが、このミカサに乗り込んでいる夢組隊員達はミカサの霊子核機関や霊子甲冑の調整を行っている錬金術班か、ミカサの防御結界を補強していた封印・結界班、花組の戦闘をサポートするべく乗り込んでいる調査班といった実際に霊力を使ってサポートする実働員ばかりだった。
それを理由に、「同じ制服でウロチョロされると紛らわしい」と言って彼女が夢組戦闘服を渡すのを拒んだのは、夢組の副隊長で、目下のところ隊長代行を行っている巽 宗次である。
その厳しい物言いに、夢組戦闘服を渡そうとしていた隊員と共に、つぼみもまた思わず肩を震わせていた。
それで、近くにいた椿が、不在中に売店の売り子をしてもらった縁から「それなら──」とかすみに掛け合い、そこを通じて風組戦闘服のサイズの小さい予備を彼女に渡していたのである。
「……かすみさん、ありがとうございました」
お茶を出しながらその時の礼を言うつぼみ。
「いいえ、お礼なら椿に言ってください。彼女が気が付かなかったら、渡せていなかったでしょうから。それと……とても似合ってますよ」
「えへっ、ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべるつぼみに、かすみも思わず笑顔を返す。
それからお茶をいれたのだが、その様も大分板に付いている様子だった。
「お茶をいれるのも、食堂での研修のおかげで大分上達しましたから……」
「あら、じゃあ、せりさんに感謝しないとね。彼女の厳しい指導の
冗談めかしてそう言ったのは由里だった。
しかし実際、厳しい指導があったらしく、つぼみは苦笑混じりの笑みを浮かべていた。
「夢組は……意外と、厳しい人が多いみたいで……」
「それはせりさん? それとも、さっきの巽副隊長のこと?」
椿の問いに、つぼみは素直に頷いた。
それに苦笑する椿。
「仕方ないと思う。夢組も戦場では矢面に立つ側の人達だし、それに巽さんも気が立っているんじゃないかしら。今の夢組は隊長が──」
「椿ッ!」
由里が椿の言葉を止める。
それで椿も気が付き、「あ……」とあわてて言葉を止め──二人は気まずそうにかすみの様子をうかがった。
「──二人とも、気遣いは嬉しいけど大丈夫よ。特に過剰なのは……ね」
思わず苦笑するかすみ。
だが──由里は分かっていた。事務局内で年がら年中顔を合わせているので、彼女が無理をして、それを隠していることに。
先ほど大神に見せた笑顔も無理をしていたはずだ。
「……大神さんと花組は無事みたいだけど……武相主任はどうなの? かすみ」
だからこそ、遠慮なく、ストレートに質問をぶつけた。
それにはさすがに椿が「え?」と思わず由里を見たが気にしない。気を使えばかえってかすみが無理をするとわかったからだ。
「わ、私も気になります!」
つぼみも真剣な面もちでかすみの言葉を待つ。食堂の研修でお世話になっているからこそ、彼が重傷を負ったという話を聞いたときはショックを受けていた。
思い返せば、梅里との出会いはあまり良いものではなかった。彼が実家から戻ってきたときに騒動を起こしてしまったからだ。
だが、それ以降は梅里の、他の隊長にない親しみやすさ──それは軍の教育をうけていないのに起因する──や人懐っこいつぼみの性格もあって良好な関係を築けていた。
その梅里が意識不明となれば、心配するのも当然だろう。
「──意識は戻っていないみたいだけど、容態は安定しているそうよ」
かすみは知りうる限りのことを話した。
その情報をもたらしてくれたのは、夢組特別班の八束 千波だったので間違いないだろう。
負傷の際に一緒にいたかすみに気を使って、同じくその場にいたしのぶが、定期的に念話で症状を報告するようにと、千波に指示を出していたのだ。
「それは安心していいの?」
「今、ホウライ先生がそこを離れてミカサに乗り込んでいるくらいだから。命に別状は無いのは間違いないと思うわ」
由里の問いにかすみはそう答えた。
ホウライ先生こと大関ヨモギは口調こそぶっきらぼうだが、医者としては優秀なのは誰もが認めている。そして、決して無責任ではない。
そんな彼女が離れているという事実こそ、容態が安定している何よりの証拠だろう。
そこへ──
「──彼なら、心配いらないわ!」
艦橋の入り口付近で声が響いた。
思わずその場の面々が振り返る──賢明なる読者諸君はこんな口調だから間違いなく勘違いしていると思うのであえて解説するが、思いっきり男の声だった。
声の主は眼鏡に長髪の男性──中性的な風貌を持つ彼は、ともすれば男装の麗人に見えなくもない──であり、薔薇組を自称する集団のリーダー、清流院 琴音だった。
その琴音はかすみを見ながら言い放つ。
「彼の帝都を思う心は美しく、そして彼を思う貴女の気持ちも美しいものだわ。そんな美しく尊いものが失われるはずがないのよ!!」
突然艦橋に乱入し、自信満々に胸を張っている琴音だったが──
「……あ、あの人の言うことがよくわからないんですけど……椿さん、わかります?」
「え? う~ん、そう言われても……」
つぼみの問いに苦笑してごまかす椿。そんな感じで、ほとんどの者がその意味や意図が分からない。
それでも──かすみはそんなやりとりでクスッと笑うことができた。
そしてなぜか説得力のある琴音の「心配いらない」という言葉を信じることができた。
(そう、あの人──梅里くんなら、きっと戻ってくるはず。そしてこの危機を乗り越える手助けをしてくれるはず)
そう思えた彼女は、気を取り直して──ミカサの『武蔵』への突入作戦の準備を行うのであった。
【よもやま話】
実はこのシーン、前作から今までで唯一の珍しいシチュエーションだったりします。
というのも、当作オリジナルの登場人物の名前は出てきても一切登場しない、原作キャラのみで構成されたシーンでした。