サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
それから数日後──帝劇は先月に引き続き、新しいメンバーを迎えていた。
まずは今までかすみと由里の二人だった事務局に、影山サキという女性が加わった。長い黒髪が特徴的な彼女は、立場的には米田の秘書ということになるらしい。
ともあれ、たびたびモギリの大神が手伝う羽目になっていた事務局の忙しさも少しは解消されれば、といったところである。
そして花組にも新しいメンバーが加わっている。その新戦力のレニ=ミルヒシュトラーセはドイツ出身で、感情表現が乏しく何事にも動じないのが特徴だが、織姫と同じく元欧州星組でその戦闘技術はかなりレベルの高いものだった。
それを証明するように、レニとサキの歓迎会の最中にあった帝都の鶯谷での敵襲でその実力を遺憾なく発揮し、明らかになった敵組織『
その後は、黒鬼会が戦場に設置したかなりの威力を誇る蒸気火箭による砲撃に対し、夢組は障壁で防いだり、霊力による幻惑で照準を誤魔化すなどして花組の戦闘を支援し、花組隊長の大神が、やはり五行衆で筆頭を自称する金剛の魔操機兵・大日剣との戦いで深手を負わせ、撃退することに成功したのである。
そして──その夜のことだった。
「しのぶ、ちょっといい?」
食堂での勤務を終えたしのぶは、食堂をでたところで声をかけられた。
幼さの残る高い声は花組のアイリスのそれだ。
振り返ると予想通り、アイリスがニコニコと笑みを浮かべながらしのぶを見ていた。
「ちょっと相談したいことがあるんだけど……」
「あら、アイリスさん。なんでしょうか?」
思わず笑顔になってしのぶも答える。
夢組メンバーの中でもっともアイリスと仲がいいのは、妹弟が多く、世話焼き好きで子供からも好かれやすいせり──と思われがちだが、実はしのぶなのだ。
それというのもアイリスがしのぶを姉のように慕っているからである。
せりの場合はその世話焼き
一方で、しのぶは国こそ違えど旧来の貴族の家系に生まれ育っており、また強すぎる霊力を暴走させて冷遇されていたアイリスにとって、一族から魔眼の力を恐れられていたしのぶは境遇が似ているのも要因の一つだろう。
「たしか花組の皆さんは、歓迎会のやり直しをするとお聞きしましたが……」
「うん。出撃のせいで途中になっちゃったから、このあとやる予定なんだけど……その前に、ね」
笑みを浮かべながらアイリスがしのぶに走り寄る。
「今度、フランスにお手紙を出そうと思うのだけど……どんな内容がいいかな、と思って」
「御両親に、ですか? それは悩ましいですね」
アイリスに言われ、細い目のまま眉根を寄せて悩むしのぶ。
誰に対しても丁寧な言葉で話すしのぶは、もちろんアイリスにも丁寧な言葉遣いのままであり、他の人と同じようにさん付けで話してくれるのは、他の人と同じように大人扱いされたいアイリスにとってはうれしいことで、それも好かれる要因の一つだ。
「しのぶだったら、どんなことを書くのかしら?」
「わたくし、ですか……両親に……」
まず浮かんだのは近況報告。帝都の様子から華撃団の活動、新たに現れた黒鬼会という敵対組織の動向──そんな内容に思わずため息をつく。
「どうしたの?」
「いえ、思い浮かんだのが業務連絡になってしまっていたので。昔のクセというのはなかなか抜けなくて、いけませんね」
思わず苦笑を浮かべるが、アイリスは不思議そうにしのぶを見るだけだ。
元々は、塙詰家が主要な家の一つである京都の陰陽寮の間者として華撃団に入隊したしのぶにとって実家への連絡とは成果の報告だったので、その昔を思い出してしまったのだ。
なお──陰陽寮への定期的な連絡は今も欠かしていない。が、今や陰陽寮は華撃団に友好的であり、定型的なものになってしまっている。
「よくわからないけど、しのぶはお父様やお母様に話したいこととか、ないの?」
「そうですねぇ……」
困り顔になるしのぶに、アイリスは少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そうねぇ……例えば、武相シェフのこととか、かしら?」
「え? 梅里様のことですか!?」
ドキッとして思わず声が大きくなってしまう。
両親への報告──ということで、しのぶの想像をかき立て、梅里を両親に紹介する、というところまで想像してしまい、思わず顔が赤くなった。
そんなしのぶの反応に、アイリスは楽しげな笑みを浮かべる。
「やっぱりしのぶは、シェフのことが好きなのね」
「す、好きといいますか……お慕い申し上げているのは間違いないのですが……」
アイリス相手にしどろもどろになるしのぶ。
「それならもっと積極的にアタックしないと、ダメじゃない」
「せ、積極的……」
アイリスの言葉でまたいろいろと想像してしまい、さらに顔を赤くするしのぶ。
「い、いけません。大和撫子たるもの想いは秘めるものですから……」
「そんなこと言ってたら、せりやかずらに取られちゃうよ。それでもいいの?」
「そ、そんなことは……」
しどろもどろなしのぶだったが、ハッと気がついて気を取り直す。
「アイリスさん、わたくしのことではなく、あなたの御両親へのお手紙の件、ではなかったでしょうか?」
「あ、そうだった……でも、なにを書いたらいいと思う?」
その問いにも、しのぶはやはり答えに窮するのだが──先ほどのやりとりを思い出してピンときた。
「それなら、わたくしではなく大神様に相談して、お二人で文面を考えるのがよろしいのではありませんか?」
「お兄ちゃんと?」
アイリスの問いにしのぶが大きくうなずく。
「大神様ならアイリスさんのことを他の誰よりもよく見ていらっしゃるでしょうし、なによりお二人の時間を作ることができるのがいいと思いますが……」
しのぶの言葉に、アイリスは笑顔で大きくうなずいた。
「うん。さすがしのぶ、いい考えよ。じゃあ、早速お兄ちゃんを探してくるね!」
そう言って駆け出すアイリスを見送るしのぶ。
そんなアイリスが曲がり角でぶつかりかけたのは、彼女と同じように金髪の女性だった。
「あ、大丈夫? アイリス」
「平気よ、カーシャ」
短いやりとりでアイリスはそのまま走り去っていく。
それを見送ったカーシャは、気を取り直して進もうと振り返り、そしてしのぶの存在に気がついた。
「あら、しのぶ。今から帰るところ?」
「いえ、梅里様を探していたのですが……」
「彼なら、これから居残りで仕事みたいだわ」
カーシャが言うには、急に事務局から食材や備品の棚卸しのため、倉庫等の整理をするように言われたらしい。
あまり多人数でやっても混乱するので、梅里とせりの二人が行うということになったそうだ。
「せりさんと、梅里様が……」
主任と副主任なのだから、理にかなっているのだが、さっきのアイリスの話の関係でなにやら気になって仕方がなかった。
「やはり、わたくしも手伝った方が……」
そう言ったしのぶをカーシャが止めた。
「それはやめた方がいいんじゃない?」
「え?」
「今日は二人とも遅くまで仕事になるからきっと疲れるわ。それならアタシ達は今日はしっかりと休んで、明日に備えるべきじゃないかしら」
「なるほど。言われてみれば、たしかに……」
はやる気持ちに水を差された形だったが、しのぶは不思議とその言葉が正しく思えた。
「では、わたくしも早くかえって明日に備えることといたします」
「ええ、ゆっくり休みましょう」
ニッコリと微笑むカーシャと共に、しのぶは帰途についた。
さて、その後──カーシャがしのぶに説明したとおり、梅里とせりは仕事に追われていた。
そしてチェック作業を進める二人の間に、今まで会話は無かった。
「……せり、怒ってるよね?」
沈黙に耐えきれずに梅里が尋ねたが、せりはそれに答えなかった。
「ねぇ、せり……」
「主任、口を動かす暇があったら作業を進めてください」
「……なんだ、やっぱり怒ってるじゃないか」
強い口調で返すせりに、梅里は口をとがらせてつぶやく。
それを聞いてついにキレるせり。
「あのねぇ、誰だって仕事終わりの帰る直前に、残業押しつけられたら怒るでしょ? そんなの当たり前でしょ?」
「そんなのわかってるよ。でも、僕だって言ったじゃないか、明日で良くない? って。それでもかすみさんに、いろいろ事情があって今日中で、なんて言われたら仕方ないじゃないか」
梅里の言うとおり、話を持ってきたのは事務局の藤井かすみだった。
彼女は本当に申し訳なさそうな顔で言ってきたので、梅里は断りきれなかったのだ。
かすみがそんな顔をするのは珍しい。基本的に仕事ができる女性である彼女は、そういう事態になることが珍しいからだ。
「また、かすみさん……あなたがかすみさんに甘いから、事務局がかすみさんを寄越したんでしょう? それくらい気がつきなさいよ!」
梅里の反論はせりの怒りに、火に油を注いだだけだった。
実際、梅里はかすみに頼まれると基本的に弱い。梅里は基本的に年上に敬意を払う姿勢でいるし、その上、かすみは同じ茨城県出身ということもあって梅里はすぐに彼女の言うことを引き受けてしまうのだ。
そこまで理由を知ってか知らずか、最近は事務局が食堂に無理難題を言ってくるときにかすみが来るようになった。もちろんせりは頑強に抵抗するのだが──梅里の方を突き崩されて、今回のように押し切られてしまう。
「ちょっと年上で美人だからって、甘過ぎよ。鼻の下伸ばして……」
梅里を睨むせりだが、彼女自身もかすみの落ち着いた物腰や丁寧な対応、包容力、そして見事なスタイルといったところにあこがれを感じている。
その上で梅里とは同郷というアドバンテージが向こうにあるので、コンプレックスを感じているところがあるのだった。
「僕の、どこが鼻の下を伸ばしてるっていうのさ!」
「わかるわよ! あの人の、大人な色気に完全にやられてるじゃない!」
カチンときた梅里に対し、売り言葉に買い言葉、ついに本気で喧嘩を始める二人。
「あぁ、そうだね! かすみさんは落ち着いているから、こんなことで怒ったりしないだろうからね」
「なッ……あんな時間に仕事を頼むのは、あまりに非常識じゃないの! 不機嫌になってどこが悪いの? それを非難するどころか庇うなんて……あなたこそ、かすみさんからよく思われたいって下心が丸見えじゃない!」
「あのねぇ……下心とかじゃないだろ。事務局にはいつもお世話になっているし、この時期は決算があって大変なのはせりだって分かるだろ?」
「それは、わかってるけど……」
帝劇の会計を司る事務局は、決算期が毎年大変そうなのはわかっていたし、同情もしていた。それを突かれてせりのトーンが下がる。
だが──
「それにかすみさんには、同郷で特にお世話になってるし……」
さすがにそれにはせりの目が不満そうにつり上がり、見る見る不機嫌になっていく。
「結局、それじゃないの! ことあるごとに、同郷だから同郷だからって……」
せりの逆鱗に触れたことに、梅里はいまいちピンときていなかった。
しかしせりにしてみれば出身地に関しては、どんなに想っても梅里と同じ茨城になることは無いわけだし、どうしようもないことだ。
しかしそれをかすみの話になるとそれを持ち出されてアドバンテージを見せつけられるのは、せりにしてみれば、かすみがズルしているのに等しい。
おまけに──
「私も、夢組に同県人いるけど。それも男の……」
「あ、そうなの? ふ~ん……」
梅里は自分の同県人に対しては嫉妬どころか、誰なのかさえ興味を持っていない様子だった。それがまた彼女を苛立たせる。
「もう、本当にあなたって人は……知らないッ! かすみさんの胸にでも顔を
「は……? なんだよ、それ」
梅里が尋ねるも、せりは「つーん」とそっぽを向き、再び黙り込んで仕事を始めた。
あきらめた梅里もため息を一つついてから、黙々と仕事をこなし──終わった頃には、時刻は夜も遅い時間になっていた。
それを事務局で報告すると──
「ご苦労様でした、武相主任、白繍副主任」
申し訳なさそうにかすみがリストを受け取る。
彼女もまた残業で残っていたのだ。
この時期、決算が近くて事務局も居残りで残業しているらしく、由里や新人のサキまで残っているのが見えた。
「まだ、仕事なんですか?」
たまらず梅里がかすみに尋ね──その横でせりがジト目を向けているのだが、梅里は気がついていない。
「とりあえず、今日のところはこれで終わる予定です」
「今日のところはって……大変ですね」
梅里の言葉に苦笑を浮かべるかすみ。
「ええ、まぁ……明日以降も残業かもしれません」
「それは……」
思わず梅里も苦笑する。ちなみにせりは相変わらず冷めきったジト目で梅里を見ている。
そんな二人に──
「あら、食堂のお二人も今から帰られるんですよね? 着替えた方がいいんじゃないかしら?」
そう言って苦笑を浮かべたのは、黒髪のサキだった。
彼女に言われて梅里とせりはお互いの服を一度見て、自分の服を見直す。
「あ……、忘れてた」
梅里は濃紅梅の羽織にコックコート、せりは給仕服のままで、着替える前に頼まれたのでそのまま仕事をしていたのだ。
「とりあえず、着替えてきます」
梅里とせりはそれぞれ事務局から出て行くのであった。
着替えを終えて、濃紅梅の羽織の下を、コックコートから黄色のシャツにした梅里が帝劇内を歩いて、ロビーの椅子に腰掛けて一休みしたところで──
「だ~れだ!?」
──と両目を塞がれた。
声の感じと、そういうことをしそうな人の心当たりは──
「かずらちゃん」
「……正解ですけど、ちゃんは要りませんよ、梅里さん」
手がどけられたので振り返ると、少し不満げな雰囲気のかずらがこちらを見ていた。
「どうしたの? こんな遅い時間まで」
「いえ、カーシャさんに梅里さん達が遅くなりそうって話を聞いたので、居残りで練習してました」
そういって彼女はバイオリンが入ったケースを掲げて梅里に見せる。
「居残りって、遅すぎやしないか?」
「ええ。思いのほか、梅里さん達が遅かったもので……」
苦笑を浮かべるかずら。
そのかずらを見て、小さくため息をつく梅里。
「……遅くなったのは僕のせいでもあるようだし、なにより遅い時間だから、送っていくよ」
「え? 大丈夫ですよ……梅里さんの家に泊まりますから」
「──え?」
それを偶然通りかかって耳にしたかすみが驚いた様子で見ていた。
呆気にとられたかすみと、梅里の目が合い、時が止まったかのようにお互いに固まる。
どうにか動き始めた梅里は目の前のかずらに言い聞かせた。
「……かずら。も・ち・ろ・ん、ダメだからね?」
てへっと言わんばかりに舌を出して笑みを浮かべるかずら。
「というわけです。安心してください、かすみさん」
「いえ、別に私は……他人の恋路に口出しする気はありませんし……」
振り向いた梅里に対し、苦笑を浮かべるかすみ。
そんな彼女に、梅里は──
「ちょうどいい。かすみさんも一緒に帰りましょう」
「え? 梅里さん、かすみさんのことも家に泊めるつもりなんですか!?」
「かずら、そう言ってかすみさんを遠慮させようとしてるだろ」
梅里が叱ると、かずらは再び、悪びれた様子もなく笑みを浮かべつつ謝る。
「あの……よろしいんですか、私が一緒にいっても? さすがに今日は時間が遅くなりすぎたので、できればお願いしたいんですが……」
「もちろんです。普段からお世話になってるし、こんなことでそれを返せるとは思いませんが……」
遠慮がちに言うかすみに梅里は笑顔で応じる。
かくして、梅里は遅くなった帝都の街を、かずらとかすみを送ることとなり、二人を連れて、ロビーを抜けるとそのまま帰路へとついたのであった。
その様子を見ている者がいた。
その影は三人を見送りながら──
「あら、私が手を出す間もなく……主任さん、いえ夢組隊長殿もお盛んで手が速いこと。まあ、手間が省けて助かるわね。あとは……」
──そう独り
梅里とかずらとかすみの三人が帝劇から出て間もなくのこと──
せりがひょいと覗くと厨房も食堂も真っ暗だった。
「あ~、もう。アイツってば帰っちゃったのかしら」
確かに仕事中、梅里と喧嘩になったが、それでも待っていてくれると思ったのだが──梅里は帰ってしまったらしい。
「それは喧嘩したのは確かだけど、今まではちゃんと……」
梅里は本当に怒ったことでもない限りは、意外と根に持たないタイプだ。だから基本的にそれを引きずらないのだが、今回はそうではなかったようだ──というのは、せりの勝手な思いこみで、本当のところ梅里は喧嘩したことをそれほど気にしていなかったのだが──ともかく、せりが不機嫌さを隠さずに食堂で一人、グチる。
そうしていると──
「主任さんのことですか?」
後ろから急に声をかけられ、彼女は飛び上がらんばかりに驚いた。
恐る恐る振り返ると、そこには長い黒髪が特徴的な女性が立っていた。
「あら、驚かせてしまいましたか?」
「い、いえ……大丈夫ですよ」
せりは苦笑いして答える。
彼女には見覚えがあった。さっきも事務局で目にしている。
最近になって事務局に配属になった米田の秘書官で、名前は確か──
「影山サキといいます。よろしくお願いしますね、白繍食堂副主任」
「え? 私のこと……」
「はい、もちろん知ってますよ。しっかり者の副主任で、実質的に食堂を支えてると聞き及んでます」
そう微笑みながらサキに言われ、せりも悪い気はしなかった。
「そんなことないですよ……やっぱり、主任の料理の腕があってこそ、ですからウチの食堂は」
「いえいえ、そんな謙遜しないでください。経費や効率なんかをしっかりと見つめて、シビアに現実的な判断をしているそうじゃないですか。武相主任を公私にわたって陰日向で支えている、と評判ですよ」
「そ……そうかしら?」
せりをさらに評価して持ち上げるサキ。
そこまで言われればせりも悪い気はしない。
ところが──
「でも、白繍さんも可哀想だわ。そんなに一生懸命支えているのに、武相主任はあなたを置いて帰ってしまうんだなんて」
「そんなこと……だって、もう時間も遅いですし」
仕方がない、とせりは時計を見ながら言おうとしたが──
「それも、かすみさんと伊吹さんの三人一緒で帰るのに置いていってしまうだなんて、ちょっと冷たすぎると思います」
「──え?」
呆気にとられた。
てっきり梅里は一人で帰ったものだと思っていたが──事務局の藤井かすみと、夢組の仲間である伊吹かずらと一緒に帰ったのだという。
(私のことは待たなかったのに……)
驚き、そして嫉妬した。
かすみと梅里は同郷で、以前から二人が仲良く地元の話をしているのは知っていたし、今日の喧嘩はそれが原因である。
喧嘩の最中の言葉は、普段からせりが思っている不満でもある。
かずらに至っては、せりの気持ちなど考えずに無遠慮に梅里にアタックしている。今回のように美味しいところをかっさわれるのは今まで何度もあった。
(なんで、かずらばかり良い目を見て、かすみさんにもデレデレして……それに比べて私のことはぞんざいで……許せない)
そんな気持ちが起こった。
そのときである。
──ドクン
胸の奥で何かが脈動する。
同時に先ほどの「許せない」という感情だけが膨らんでいく。
「──せっかくあなたは一生懸命つくしているのに、彼は気にもとめてくれないし、見てもくれない」
「え? あ……そ、んな……」
「それじゃあ、あまりに報われませんよねぇ」
せりの心に言葉が染み込んでいく。
それは深く深く染み渡り、さっき意識した感情をどんどんと成長させていく。
「あなたは権利があるはずよ。あなたが献身を捧げているのだから、彼から寵愛を受ける権利が……」
そう……自分はもっと愛されていいはずなのだ。
でも、それは自分には注がれずに他の人、かずらや──果てはかすみへと注がれている。
こんなに尽くしているはずなのに──
「ああ、愛しい人。そして憎らしい人……でも……あの人が、与えてくれないのなら……自分で取りに行けばいいんじゃないかしら?」
「取り……に?」
「そうよ。あの人をとってしまうの。そして自分だけのものにしてしまえばいい」
「私、だけの……ものに……」
傍らでささやき続ける存在を忘れ、せりの目は明らかに正気から逸したものへと変わっていた。
「そう、あなただけのものに……決して他人に、そして永久に奪われないように……」
その焦点定まらぬ目には嫉妬に染まり、梅里という標的をだけしか目に入らなくなっていた。
【よもやま話】
というわけで、アイリスとしのぶは仲がいいのです。
せりに関して付け加えると、お姉さん風を吹かせてくるのが「子ども扱い」にとらえれれてしまって反発しているところもあります。
事態がいよいよ動き始めるわけですが──これは旧作と大まかでは変わらない流れです。
細かいところを変化させたら、後々大変なことになったわけですが。