サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
せりが──
しのぶが──
カーシャが──
その後ろにいる梅里もかずらも──ピクリとも微動せず、完全に動きを止めていた。
それどころか彼女たち以外──その周囲の景色も動かず、風で舞った枯れ葉さえ空中でその場に停止していた。
音もまたまったくなく、完全な静寂に包まれている。
「武相 梅里。お前はあの時──明治神宮で、私と対峙したときに何をされたのか、理解できなかったはずだ……」
その全てが停止した中を、耀山は悠々と進む。
踏み出したカーシャの脇を抜け──
しのぶが出した写し身を押しのけるように進み──
弓矢をつがえようとしているせりの手から、その矢を引き抜き──
慌ててバイオリンを構えたかずらを視界に捉えながら──
満月陣を発動させて銀色の光球に包まれた梅里の前に立つ。
「この術の前ではどのような迎撃も無意味なのだよ。あの朧月とやらも、攻撃を認識してから、それに反応して発動するのだから意味がない」
抑えていた霊力を一気に爆発して空間に焼き付けて残像を残そうにも、そもそも動くことができなければ不可能だ。
「せっかくキサマの大事な大事な代用品が用意してくれた
手にした矢を握りしめる。
「先のクナイでは命を奪うに至らなかったが、今度はありったけの妖力を込めて確実なる死を与えてくれよう……」
妖気を込められた矢がドス黒く染まり──それ目の前の梅里の心臓めがけて振り下ろす。
「反応したときにはすでに殺されている。そんな状況ではどうすることもできまい!!」
この術の維持にも莫大な妖気を消費し、さらに矢を妖気を込めたことで持続時間は短くなるが──それでも十分だ。目の前の男の命を奪うには。
邪なるオーラをまとった漆黒の矢は梅里の胸へと向かう。
その時、満月陣の銀光が煌めき──
──梅里が構えていた、刀が動いた。
「なッ!? バカなッ!!」
耀山にとって驚天動地の衝撃だった。
動くはずがないものが動き──次の瞬間、その切っ先は耀山を袈裟懸けに斬り付けていた。
「ぐぅッ!!」
耀山は斬られた箇所を手で押さえつつ、慌てて距離をとるべく下がっていた。
その時には──耀山の妖力は術を維持できるほどに残っておらず、術は解除された。
そして──景色が動き出す。
「「「「──え?」」」」
かずら、カーシャ、しのぶの三人は、突然目の前から姿を消した耀山に戸惑い、せりは手にしてつがえようとしていたはずの矢が一瞬で消えたことに戸惑っていた。
ただ一人──梅里だけは刀を振り下ろした状態で、大きく息を吐いていた。
「……なぜだ? なぜキサマが、あの止まった時の中で動くことができた?」
矢を取り落とし、斬られた傷をおさえて膝を付いた耀山。
その姿を見ても四人の女性は、何が起きたのかサッパリ分からない。ただ分かるのはその何かが起きた中で、梅里が斬り、耀山が斬られた、という結果だけだ。
それが──普通の人間であれば、それが普通の反応なのである。
そして梅里は、自分が意識不明の間に見た、あの白い空間でのやりとりを思い出していた。
「いい? あの“人形師”は時間を止めたのよ」
「時間を? ……止める?」
鶯歌の説明にピンとこない梅里は首を傾げた。
「その止めた時間の中で、アイツは動けるの」
「う~ん……?」
やっぱり理解できない梅里はさらに首を傾げていた。
「そうね。普通の感覚なら感知できないし、理解できないものね」
腕を組み、首を傾げて考え込む鶯歌。
「……ウメくんが感知できない、一瞬にも満たないその時間の間に、相手は好きなように動ける──ってところかしら。そして、その間に起きたことを把握できない。だから、ウメくんは訳も分からず胸にクナイを刺されていたの」
鶯歌の説明では、あの時、“人形師”は素早く動くどころか悠然と梅里の前まで動き、手にしたクナイを胸に突き立て、そのまま背後まで歩いた、とのことだった。
「とりあえず、何が起こったのかは分かったけど……」
時間を止めている間のことを把握できないのは、それはほかの人間も同じだろう。
「私は守護霊、つまりは幽霊だから普通の人間とは時空を捉えている感覚が違うんだけど……まぁ、こればかりは実感してみないとわからないし説明しづらいのよ。ウメくんも死んで幽霊になれば分かるけど……そういうわけにはいかないもんね」
悪戯っぽく苦笑する鶯歌に、梅里はため息をついた。
傷を抑え、膝を付いた耀山は、恨みと憎しみに燃える目で梅里を見ていた。
あの時──術を発動させる際に、耀山は広げた両手の五指から妖力の糸を放っていた。
かつて、せりの自由を奪った
それはまさに繋いだものを支配し操る操り糸なのだ。
(糸の能力と我が強力な妖力があれば──全てを支配できるのだ)
そして、その繰り糸が繋がれたのは──梅里たちを含めた、付近の空間そのものだった。
耀山の切り札は、それによって時空間をも支配し──限られた空間内の時間を停止する秘術であったのだ。
ゆえにこれを発動させれば、巻き込んだ空間の中であれば時間を止めることができた。
そしてその中を動くことができる。
ただし、それは対象の空間のみであり、範囲外へは到達することができない。
しかしその空間内であれば、余人は身動きがとれず、一方的に蹂躙される──はずであった。
「──それを、キサマはなぜ……キサマも、時を止める術や能力を持っているとでも言うのか?」
「僕にはそんな力はないよ」
あっさりと答える梅里。
斬った刀を振り、さらに油断無く構える。
「それができたのは、そっちの術のおかげだ」
「何?」
訝しがる耀山。
「満月陣の派生技……月食返し。相手の技や術を
「くッ……我が術を、キサマが使ったというのか!!」
それで納得した。
時を止め返したからこそ、梅里もその止まった時の中で動くことができたのだろう。
そして──耀山は躊躇した。
何かの間違い──そう思って再び時を止めて梅里への攻撃を考えていた耀山だったが……
(アイツの方が、消耗が軽い──)
耀山は梅里を見ながらそう思う。
先ほどの術は、耀山が密かに高めていた妖力が無くなるほどの消耗だった。ドトメとばかりに矢に強い妖力を込めてさらに消費したせいもあるが──それに比べて梅里はまだ余裕があるように思えた。
そんな状況だからこそ、いかに強力で相手を一方的に殴れるこの術を、相手が対策を立てて通じなかったという事実が、絶対の自信を持っていたこの術に対して生まれたわずかな不信感から、再度、時を止めることを、耀山は躊躇したのである。
だが、実を言えば梅里の方が苦しかった。
(次に使われれば──対応できない可能性が高い)
先ほどの月食返しの説明で、梅里は一つ嘘をついた。
月食返しは、消費する霊力や体力に左右されることもあるが、基本的に相手よりも明らかに実力が上の場合は同じ技や術を同じ威力で返すことは可能だが──もしこちらの方が劣っていた場合には、その威力は落ちることになる。
例えば──帝都に上京した初日に宗次と対決した時には、明らかに梅里の技量の方が上だっただめに宗次の放った技を、同じ威力の同じ技で相殺できた。
しかし昨年の深川の料亭の火災で、かずらを助けるために焼け落ちる建物へとアイリスの瞬間移動を模した時は梅里の体に大きな負荷をかけることになった。
これはアイリスの霊力がけた外れに強く、梅里自身に瞬間移動の素養がなかったためである。
そして先ほどの術は、耀山の方が明らかに梅里の霊力──耀山は妖力だが──を上回っており、術の難易度も高かった。
そのため──止められた時間の状況認識している間に少しずつ霊力を消費し、動くために術を発動させて莫大に消耗した。
耀山に比べて恐ろしく燃費を悪く発動させた術は、梅里が刀を振り下ろすのが精一杯だった。
だからこそ梅里は──ハッタリを仕掛けたのだ。
そして耀山はそれに引っかかり、再度の術の行使を躊躇した。
だからこそ、耀山は──次なる切り札を切る。
「おのれ、武相 梅里……忌々しい。なぜだ! なぜ貴様は私の邪魔をする!!」
梅里を睨みつけ、耀山はその手を振るう。
延びた糸が地面を走り──巨大な円を描き、その中に複雑に線や文字をを描いていく。
走った妖力で描かれた赤黒い模様。
それは──魔法陣。
「あれは、あの時と同じ……!!」
梅里が思わず叫ぶ。思い出したのは浅草で“人形師”と戦ったときに、彼が切った切り札であるそれを、呼び出すための儀式だった。
ただしあの時とは大きさがまるで違う。二回り以上大きな──巨大な魔法陣が描かれていたのだ。
地面に描かれた円陣からあの時の数倍の強い妖力が溢れ──
「いざ来たれ……
目を伏せ、眼前で五指を揃えて伸ばした右手を立て、祝詞のように唱え呼びかける耀山。
その目がカッと開かれ、ひときわ強く声を出あげる。
「現れ
──魔法陣から、巨体がせり上がるように、ゆっくりとゆっくりと姿を現していく。
まず見えたのは──八葉の頭。
銅色のそれが見えた直後には、黒く大きな肩部装甲──闇神威のそれが見え、そこからその両腕が繋がっている。
腕が繋がっている胴体は頭から繋がる黄緑色の八葉の胴体であり、複数あるその腕は、闇神威の下の一対は金色に輝く──大日剣の腕。
さらにその下には、青い──宝形の腕が取り付けてある。
下半身は、その異形の上半身を支えるに十分なほどに巨大で、四本足のようになった巨大な下半身は、緑色に染まった──智拳のそれと、赤い──五鈷が組み合わさったものへとなっていた。
八葉、闇神威、大日剣、宝形、智拳、五鈷──黒鬼会が今まで出してきた幹部用の大型魔操機兵の六機の集合体。それこそが“人形師”耀山の切り札である超大型魔操機兵・『
完全に姿を現し、魔法陣が消えると耀山はその機体へと近寄り、八葉の胴体にあるハッチから、その操縦席へと乗り込んだ。
「この六道と降魔兵器で華撃団を叩き潰し、帝都を蹂躙してくれようぞ!!」
背中と下半身の機関から、力強く蒸気が噴き出し、六道は起動した。
もしこの場に、花組の李 紅欄──もしくは夢組錬金術班の松林 釿哉や越前 舞といいった霊子技術に詳しいものが居たら、『六道』を見て「ありえない」と言ったことだろう。
なにしろ各専用機の寄せ集めである。
妖力の強さも質もバラバラなら、属性もまったく異なる。
特に“五行衆”と名乗るほどの者達の属性は、陰陽五曜の視点で見れば、それぞれ土・金・水・木・火と優位属性と劣性属性が部位ごとに複雑に入り混じっており、とても成立する様なシロモノではなかった。
パーツごとの相性の関係で妖力の経路はズタズタになるはずで、そうなれば腕一本動かすことさえできないはず──なのだが、それを耀山は自身の糸を経路として通して自分の妖力を機体全体に行き渡らせて、この無茶苦茶な魔操機兵を半ば強引に成立させていた。
「これよ……この力よ! この強さこそ、この国を救いうる唯一の手段よ!!」
圧倒的な妖力をまき散らし、快哉の声をあげる耀山。
それに対し──
「なぜだ! 幸徳井 耀山!! なぜアンタは、それほどまでに力を求める。その過剰なまでの力で、何を手に入れるつもりだ!!」
六道と正面で対峙し、それを睨む梅里が大声をあげた。
「何を、手に入れるか? だと……」
生身で──霊子甲冑一つ満足に動かせないその男を、耀山は蔑み、睥睨しつつ答えた。
「未来よ!! 帝都の、この国の未来を、私はこの大いなる力で手に入れようと言うのだ!! この力で、正しき未来に導く──それこそ我が使命!!」
「こんなことが──おぞましい降魔を利用し、禍々しい妖気を際限なく放つその力が、正しいわけがない! そんな力を利用したところで、強さのみを求めても生むのは破壊のみだ!!」
「強さは力だぞ、武相 梅里……その力こそ、強さこそがこの国を守ると、貴様はなぜ分からん!!」
耀山は言い放ち、怒りを爆発させる。
その怒りは妖力の暴風となって吹き荒れ、梅里は吹き飛ばされないように耐えるので精一杯だった。
「……予知を司る霊能部隊を率いながら、お前は自身は予知能力を持たないのだったな」
そう言った耀山の声は蔑むようであり──同時に、羨ましそうでもあった。
「そんな甘いことを言えるのだから、知らぬのだろうが……予知ができるものから報告を受けていないのか? あの、忌まわしき未来のこの国の姿を」
「忌まわしき未来?」
訝しがる梅里の様子を見て、耀山は大きく落胆した。
「やはり、知らぬか。貴様ら夢組さえもあの未来を知らぬ……いや、かの『見通す魔女』であれば、知っているかもしれん。むしろ、知っているからこそ黙っているのだろう」
「いったい、何の話だ。未来予知の話なんて……」
戸惑う梅里に、耀山は語りかける。
「私は見たのだよ、この国のあり得る、辿り得る先に──至ってしまうあの光景を、私は見てしまったのだ!!」
六道の中で、耀山は頭を抱えた。
それを思い出すことはすぐにでもできる。
そしてそれを忘れることは──絶対にないだろう。
耀山は、その未来を──この国の行く末となりうる可能性の一つを語り始めた。
【よもやま話】
はい、前回ラストのネタばらしです。
耀山は周囲の空間を支配し、そこの時間を止めてました。そのために朧月も反応できなかったのです。
というか朧月への有効な対抗手段がそれくらいしか思いつきませんでした。
ところで、時間停止っていいですよね。やっぱり圧倒的な強さはすごい。
──そこにシビれるあこがれるぅ。
そんなわけで対抗手段もやはり“時を止める”しかないのです。
そして超巨大魔操機兵・六道。
六つの力を一つにするので耀山に「六神合体!!」と叫ばせるか迷いました。
……今では叫ばせなくてよかったと思ってます。