サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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 それはまさに地獄のような光景であり、耀山は当初、覗いてしまったことを後悔していた。

 

 だが──後に思い直す。

 

 この光景を見せるために、天は自分に才を与えたのだ、と。

 この光景を避けてみせよ、と天から自身に与えられた試練なのだ、と。

 ゆえに耀山は動いた。

 これを避けるためにはどうすればいいのか、必死に考え──

 そのために自分がなにをできるのか、打てる手を全て考慮し──

 

 ──その結果、耀山は陰陽寮を追放され……京極と出会ったのだ。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 陰陽寮はこの国で最大にして最高の魔術結社である。

 その長い歴史の中で磨き上げられた術式の中には、未来予知のものもあった。

 もちろん陰陽師であれば誰もが扱えるようなものではなく、発動させるだけでも特殊な才能と高い技術が要求される──天才のみが使えるようなシロモノであった。

 そして耀山──当時は土御門の姓を名乗っていた彼は、その(たぐい)(まれ)なる才能をもって、それを使うことができたのである。

 ただ、彼の不幸はその秀でた才能ゆえに──他の者よりも見えてしまったことだった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

「今から十余年前──私は先見の術式により、今より二十余年後の未来を見た。そこにあった、起こり得る可能性の光景は……戦争の末路よ」

 

 世界の列強同士がぶつかる極めて大きな戦い──以前に勃発した欧州大戦をさらに拡大したような戦いで、日本は当時の世界最大級にして最強の国を相手にすることになる。

 序盤こそ優位な局面もあったが──地力が桁外れに違うかの国はその劣性をひっくり返し、やがて日本は追い込まれていく。

 同盟を組んだ他の列強が、欧州で降伏する中──無謀にも戦いを続けた。

 そして──

 

「──敗北寸前だった我が国の都市に、超高性能で極めて高い威力を誇る爆弾が落とされ……それがきっかけとなり、我が国は敗戦を受け入れる」

 

 耀山の語ったその未来は──現在の梅里から見ても、その国と戦えばそうなるだろうと予想できることだった。

 それほどまでに差のある国との戦争──むしろなぜ、そんな道を進んでしまったのか、とさえ思った。

 

「結果だけ見ればなんてことはない。超大国に対し、国力が劣る国が無謀にも戦争を仕掛け、順当に負けた。そう思うだろう……だが、それは問題ではないのだ」

 

 その敗戦を決定づけた、敵の落とした新型爆弾。

 それこそが生まれてはいけない鬼子だったのだ。

 

「たった一撃で──それが二つ落とされただけで、大戦が終わった。その爆弾こそが問題なのだ。あれは──地獄を生む、悪魔の爆弾よ」

 

 その光景こそ、耀山がその人生を変えたものである。

 

「爆心地付近にいた者は、影のみ残して消え去り──無数の肌が爛れた犠牲者達が、水を求めて川へ向かい、屍の山と化す。そこに救いなど無く、あるのは死と混乱の世界……その爆発の直前まで人々が営んでいた無辜なる市民たちの平穏をあっという間に変えた──そんな地獄絵図を私は見せつけられたのだ」

 

 思い出した耀山の体が、小刻みに揺れる。

 この光景に恐怖し、この光景を生み出したものに怒り、こんなことになるまで追い込まれた無能な指導者に激しい嫌悪を抱いた。

 

「これは──絶対に避けなければならない未来だ。私は、そう考えた。だが──そのさらに未来で見たのは、大いなる失望だった」

 

 全面降伏したこの国は、かの国によって改造された。

 その結果──この国はまるで違う国へと変わってしまう。

 

「今よりさらに科学に頼った社会は、この国を壊した。森を消し、空を(けが)し、海を濁らせた。花は枯れ、鳥は空を捨て、逃れられぬ魚は屍をさらして姿を消し……そしてそれらを失った人々は──微笑みを無くした」

 

 国土やその環境だけでなく、人さえも変えられてしまったのだ。

 戦前の体制を生んだ教育は悪であると決めつけられ、列島の山がちで僅かな平原を切り開き、災害多きこの列島で手を取り合い、協力してそれを乗り越えてきた日本の民族から、その特長である協調性を否定するような教育が施され、人々はその配慮し合う気づかいと絆を失ってしまう。

 

「互いを思いやり、協力し、手を取り合って危機を耐えて乗り越えてきた心優しきこの国の民は、自分のことしか省みず、他人を蹴落とし、己の欲望に任せて自分勝手に主張する、そんなくだらない民に成り下がったのだ」

 

 そしてそれを戦勝国から押しつけられて諾々と従った者達も、誉められるわけがない。

 

「為政者もまた敗戦の指揮を執った者達はその責を負わずに逃げ、ほとぼりが冷めればその子孫が舞い戻り、己とその近しい者達の利益のみを考えて姑息に振る舞う──そんな誰も責を取らぬ、汚れた国に……この国はなってしまうのだ。今のままでは!」

 

 それを許容することは、耀山には到底できないことであった。

 

「私の愛する国が死ぬ。それが、私はそれに耐えきれぬ。では、どうするべきか? どのような国にも負けぬよう、強くなるしかないのだ!!」

 

 それは個人の意見であり、わがままとも言える。

 だが──滅びを避けようと考えるのは、人として生き物として、至極当然の思考であった。

 

「この国は維新以降、西洋化に走り、文明を開化させ、蒸気技術を始めとした科学技術の発展に傾倒してきた。それが悪であるとは言わん」

 

 そう言う耀山の目には狂気はない。

 言っていることも併せて、理知的でさえあるようにさえ、端で見ている梅里には思えた。

 

「だが……西洋から渡来した技術をどんなに押し進め、研究し、解析開発したところで、欧米列強に迫るのがやっとというのが現実。どんなに頑張っても追いつくのがせいぜいで──追い抜くことは決してできん」

 

 悔しげに手を握りしめる耀山。

 それも当然だろう。科学とは西洋発祥の技術だ。彼らの得意とする土俵の上で戦ったところで、勝てるわけがない。

 そもそもの発想の根本が日本人のそれとは異なっている西洋人(彼ら)を、発想の段階において追い抜くということは──あるいは個人単位では可能なのかもしれないが──国全体としては不可能だろう。

 

「だからこそ、それゆえに──この国が欧米列強を越えて世界一の強国となり、私が見た未来を撥ね除けるには、我が国が古来より引き継ぎ研鑽し、明らかに西洋にも負けぬ優れた技術と、現代の最高技術である科学を融合させることで、より高みに至る以外にない」

 

 耀山の言う西洋に負けない技術の代表の一つが、平安の御世より伝えられてきた陰陽道だった。

 他にも神道系や気──霊力を使った古武術など、維新以降の近代化で失われつつある技ではあったが、まだこの国には残されている。

 

「私は維新による文明開化を否定することなく、されど維新前の我が国独自の技術を復古することで、この国をさらに強く──世界一とするのを目指し、陰陽寮の復権を唱えたのだ。しかし──それに政府は応じることなく、陰陽寮さえも政府の犬となり果て、私を追いやったのだ」

「そんなことが……」

 

 思わずそう言ったのは、しのぶであった。

 あくまで陰陽寮内で起こったことであり、外部に漏れて良い話でもない。それゆえこの件は秘匿され──当時子供であったしのぶが、現在に至るまでも知らされることが無かった話だった。

 耀山の高い志と、それを否定された無力感が伝わり、しのぶは憐憫の情さえも抱いていた。

 

「このままでは見てしまった未来の可能性を潰すことはできない。土御門家からも追われて地位を失った私はそう思い、陰陽寮から離れた」

 

 米国の南北戦争におけるゲティスバーグの奇跡以降、霊子技術という蒸気機関という西洋物質文明の寵児と、霊力という魔術(オカルト)技術の融合という流れはすでにあったものではあった。

 だが、西洋が捨て去りかけていた技術であったそれは、一気に世界を席巻するとはいかず──その波が遅まきながらようやく日本にもやってくる段階となって、耀山は自分の考えが正しいという証明を得た。

 そしてその「己は正しい」という一念こそ、耀山を支えた原動力だった。

 陰陽寮の庇護を離れたがために背負った苦労に彼は耐えた。

 洋の東西を問わず魔術結社というものは閉鎖的だ。しかも日本では陰陽寮がこの業界を牛耳っていたためにそれ以外の組織が育っていなかったというのもある。

 その才を生かすことができる、かつ自分が見た未来を避けうるほどの力を誇るほどの組織を求めて各地を流転することになる。

 そして──

 

「どんな状況であろうとも諦めなかった。あの光景を──地獄を現実のものとしない、その一念で。そしてついに出会った。このままではこの国が駄目になってしまう。そう憂い、この国を根本から変えようとする、志を同じくするあの方に!!」

 

 京極 慶吾。

 すでに軍の幹部となっていた彼の持つ裏の組織──黒鬼会。そこに耀山は身を投じた。

 五行衆をはじめ、思惑は様々だった。自分の腕を存分に振るえる場所を求めていた者もいれば、人そのものへの恨みを晴らす機会を求めた者もいた。

 しかし、共通するのは──京極という人物への畏敬である。

 

「そして──あの未来を見ていないキサマらに、私を止めることなどできん!!」

 

 絶対に譲れない思いを胸に、耀山は叫び──それに応じた魔操機兵・六道の蒸気機関が吠えた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

『くッ……花やしき支部外苑の結界、限界寸前です!!』

 

 通信には花やしき支部に詰めている風組隊員から切羽詰まった内容が盛んに送られてきていた。

 魔操機兵・六道の出現に影響を受けたのか、ここにきて降魔兵器が力を得たように動きを活発にし始め、次第に圧されてきていたからだ。

 そして六道自身も、右上段の腕には刀、左中段の手に木刀型の鈍器、そして下段両腕には鉄扇──とそれぞれの武器を振るい、余った手や五鈷や智拳の遠隔攻撃端末を駆使して破壊の限りを尽くす。

 除霊班が中心になって相手をしているが、とてもではないが生身で相手にできるようなものではなかった。

 それに対し華撃団は──

 

「帝都に残っている封印・結界班は全力で花やしき支部の結界の強化だ! 除霊班を除く各班はその補助を!! あとは──」

 

 指示を出した梅里は、思わずアイゼンクライトを見た。

 ハッチを開き、操縦席には長い髪を左右二つに分け、女性用夢組戦闘服を着た女性──白繍なずなが再び座っていた。

 彼女とその青いアイゼンクライトこそ、帝都に残された唯一の戦闘可能な霊子甲冑である。

 

「六道との戦いには、霊子甲冑は不可欠。でも……」

 

 そんな彼女の顔色はあまりよくない。先ほどの戦闘での疲労が響いているのだ。

 傍らではその姉のせりが激励しているが──

 

(休んだとはいっても短時間。こんなんじゃ、霊力も体力も回復したうちになんか入らないね)

 

 内心、顔をしかめる梅里。

 なずなはまだ正式な華撃団の団員になる前の見習いである乙女組の者だ。

 そんななずなを軸とするしか無く、彼女に過剰な負担を強いることに負い目を感じていた。

 

『──ッ!! 花やしき支部の結界、一部突破されました!!』

『通信塔、破損!! 長距離間の通信に影響が──ミカサとの連絡、付きません!!』

 

 悲痛な風組隊員の叫びに、梅里は唇をかみしめた。

 

「……これで、ミカサへの遠方砲撃要請も、できなくなったか」

 

 いざとなれば、ミカサの艦首九十三尺主砲で吹き飛ばすしかない、と考えていたのだが──その威力のあまりの高さに、外れたときの悪影響が大きすぎて躊躇っていた。

 そもそも巨大な戦艦の砲撃を当てるのは容易ではなく、狙った場所に初弾で命中させるというのは不可能に近いのだ。

 背に腹は代えられなくなるまで──と思っていたのだが、それも厳しくなった。

 

『霊子甲冑アイゼンクライト、再起動します』

『霊力レベル……最低限ですが、戦闘は可能です』

 

 その報告に、梅里は迷う。

 このままでは、なずなでは極めて厳しい。

 自分自身も精一杯彼女を補助し、共に戦うつもりだが──それでも勝機が見えない。

 

(おそらく僕の攻撃では、六道の妖力を突破するのは無理だ。でも、今のなずなちゃんでは六道の攻撃に耐えられない)

 

 梅里や紅葉といった生身で魔操機兵や降魔兵器で戦う絶対条件は、相手の攻撃を喰らわないこと、である。そして身軽で素早い生身は──あくまで二人のようなレベルの動きだからこそ、だが──それを可能にする。

 それに比べて霊子甲冑は攻撃に耐えられる格段に高い防御力を誇るが、その分、身軽さには欠ける。その防御力も搭乗者の霊力に左右され、今の状態が悪いなずなでは、障壁結界の使用を考えても、そこまでの継続的な頑強さを期待できない。

 

「いったい、どうすれば勝てる?」

 

 別の霊子甲冑があれば──

 それを動かせる隊員がいれば──

 浮かぶ考えは無い物ねだりでしかなかった。

 焦り、周囲を見渡した梅里は──

 

「え? あれは……」

 

 とあるものを見つけた。

 そして思い付き、理解する。あれこそこの絶望的な状況を打開する──勝利の鍵だ、と。

 




【よもやま話】
 耀山が見たのは、我々のいる世界の第二次世界大戦であり、原爆です。
 その爆発直後の映像を、耀山は見てしまいました。
 そのために悲嘆し、こんなことをする人間に絶望し──この未来を回避するために全力を注ぐことになりました。
 ただ──もちろん我々の世界とサクラ大戦の世界は繋がっていないので、「起こり得る可能性の一つ」ではあっても、その確率はけっして高いものではありませんでした。
 そんな事情を、耀山は知る由もなく──その優しさと責任感ゆえに暴走していったのです。
 もっとも──彼が絶望したのは、敗戦後に古き良き日本を捨て去ったせいでもありますが。
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