サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~ 作:ヤットキ 夕一
共に帰ることになった梅里、かずら、かすみの三人は帝劇前で乗った都電を降りて歩いていた。
「──それで、てっきり一緒に船だと思ったのに、梅里さんがまさか陸路だなんて……騙されたんですよ。せりさんってばやっぱりズルいんです」
そうやって話しているのはかずらであり、それをかすみが聞いている。
内容はといえば去年の欧州渡航のことだった。かずらはせりを非難していたが、完全に客観的なかすみから見れば、自分のコンクールの出場に半ば強引に連れて行ったかずらの手口を考えると、お互い様といったところである。
たまに行きすぎるかずらの描写を、誤解が生まれないように止めていた梅里。これがかすみではなく、由里だったなら間違いなくとんでもない尾鰭背鰭がついて、梅里がかずらと結婚でもしなければならないような空気になっていただろう、と心の中で苦笑した。
つくづくかすみでよかった──とため息をついた梅里が足を止めた。
同時に、腕を横に出して他の二人も止めると、かばうように一歩前に踏み出す。
「梅里さん?」「武相主任?」
驚いた様子のかずらとかすみ。だが、梅里は前を凝視したまま、二人の方を見ようともしなかった。
それどころか、二人が見たこともないほどに厳しい顔で前方を凝視し、手は腰に帯びた自分の愛刀を探し求め──その柄をしっかりと握りしめていた。
「……武相隊長、なにごとでしょうか?」
かすみが華撃団員の顔になって状況を尋ねると、梅里はようやく口を開く。
「マズいことになった。二人は……絶対に不用意に動かないで」
額から汗を流して梅里が警告する。そして──夜の闇から月の光の下へと、滲み出るように“それ”は現れた。
鬼面で顔を隠した、和服姿の男。そしてその手には、自ら
「鬼王、とか言ったな。何が狙いだ」
梅里の問いに、鬼王は淡々と答える。
「華撃団の見えぬものを見る目にして聞こえぬものを聞く耳を、塞ぎにきた。帝国華撃団夢組隊長、武相 梅里……覚悟してもらう」
「狙いは僕ってわけか」
かすみやかずらへの執着が無いことに少しだけホッとするが、それでも彼女たちが助けを呼びに走れば、それを許しはしないだろう。
それが察することができたからこそ、最初の段階でどちらかを走らせることはしなかったのだ。
「──二人とも聞いての通りだ。絶対に手を出すな。決着が付くまで逃がすこともできそうにない」
「はい……わかりました」
ただならぬ気配を察したかすみはうなずく。このあたりの肝が据わっているところは、さすが冷静な戦況分析が求められる風組所属であると言えるだろう。
さらには、反論しようとしたかずらをも抱きしめるように押さえ込んでいる。
そして──かき消えるように動いた影がぶつかり合った。
抜き身の刀を振りかざした鬼王と、鞘に収めたまま抜き打ちで仕掛ける梅里。
両者のほぼ中間で、刀を合わせてつばぜり合いとなる。
「叉丹のときのような
「使ったところで、気づかれては意味がない。その刀がある限り」
「──ッ!?」
梅里が見せたわずかな驚きで生まれた隙をつくように動かれ、あわてて距離をとる。
鬼王が詰めてこなかったために、再び両者の距離が開き、お互いに刀を構えて対峙する。
(この刀を──『
驚きの原因はそれだった。
梅里の使う刀は『聖刃・薫紫』。
水戸で代々魑魅魍魎と戦っていた武相家が秘蔵していた名刀の一振りであり、鬼王が使っている『光刀・無形』や花組のさくらの『
しかしその最大の特徴は危機察知能力であり、所有者に危機が迫ると刀身から霊力のオーラを立ち上らせたり、瞬間的な閃きのように警告を発する。
そういった能力も含め、高名な二剣二刀にけっして劣る刀ではないのだが──
(一番の違いはその知名度。『破邪の血統』真宮寺家の代名詞のような『荒鷹』に代表される二剣二刀と違い、『薫紫』は武相家が秘蔵してきた刀だというのに……)
それというのも武相家の顔とも言うべき刀は他にあるからだ。しかしそれは宗家の当主が引き継ぐものであり、梅里ではなく兄が持つべき刀である。
『薫紫』はより実戦的な能力から、嫡男以外の者や分家筋が指名される魑魅魍魎と戦う役目を負った者が、武相家の当主から「与えられるもの」で、役目を辞するときに返却するのが
(そんな裏の顔の『薫紫』を──なぜ知っている)
そんな疑念を抱きながら、梅里と鬼王は再び刀をぶつけ合った。
近づいては切り結び、距離をとっては仕掛け合い、再び距離を詰める。
もちろん『薫紫』を武相家以外の者が知っているのがおかしいというわけでもない。
この刀を手に梅里は黒之巣会との戦いを含めたあの一年を戦い抜いたのだし、夢組内では刀の銘とともに、その能力までも知っている者もいる。
敵対組織だろうとも諜報活動を行えば把握できてもおかしくない話だ。
だが──梅里は刀を合わせるうちにもう一つ違和感を感じ始めていた。
それは、徐々に劣勢になっていることにも起因している。
「なら──これで!」
梅里が霊力を高め、そして霊力による銀色に輝く球状のフィールドを纏った
「──奥義之参、満月陣」
霊力を使って爆発的に身体能力を高める武相流の奥義。それを使って鬼王へ挑む梅里。
だが──
「なッ!?」
今までとは比べものにならない速さで距離を詰めて振り下ろされた刀を、鬼王は戸惑うことなく、ごく自然にそれを回避した。
返す刀の一撃も、今度はそれに刀を合わせて逸らされ、梅里は逆に焦る。
「いけない。このままでは……」
察したかすみが厳しい顔になる。
「どうしたんです? かすみさん。梅里さんは、負けませんよね? 勝てますよね?」
それに頷けないかすみ。
満月陣を使った梅里の身体能力が跳ね上がったのは、
(あの技が通じない……いったい、なぜ?)
かすみは梅里が他の隊長と稽古をしているのを偶然見かけたことが二度あった。
中庭で花組隊長の大神と剣術稽古をしているのと、地下の鍛錬場で月組隊長の加山と稽古をしていたとき。
そのいずれもで梅里は満月陣を使い、二人から一本をとっている。
「身体能力が上がるとわかっていても、戸惑って対応できない」
二人の隊長は異口同音にそう評価していた。
突然変わるし、どれほど強化されるかわからないので初見ではまず対応できない。よほど慣れれば別かもしれないが……と大神が感想を言っていたのを思い出す。
(それに鬼王という敵は対応して見せた)
満月陣は身体能力向上もさることながら、その変化によって相手の虚をつくという二次的な効果もあるのだが、それさえも通じていなかった。
なおも尋ねるかずらに思わず目を閉じて黙り込んでしまうと、かずらは悲愴な面持ちで梅里と鬼王の戦いを見た。
「梅里さんが……負けちゃう?」
今まで、かずらの前でどんな敵にも負けなかった梅里。
満月陣で銀色の光に包まれた彼は、かずらにとっては絶対不敗のヒーローなのだ。
ただの一度、満月陣・
その彼がここまで追いつめられている光景は、初めてだった。繰り出す刀は読まれているかのように受け止められ、受ける刀の隙をついた攻撃は梅里に届いている。
致命傷にこそなっていないが、梅里は傷を負い始めているし、これが続けばじり貧になるのは明らかだった。
「そんな……」
夢組では最強を誇り、華撃団全体でも生身で最強候補に名前が挙がる梅里が人──少なくともその大きさと姿をした
思わず手にしていたものをぎゅっと抱きしめるように握りしめ──それがバイオリンケースと気がついてハッとする。
「これなら、梅里さんを応援できる……」
愛用のバイオリンが納められたケースを見て、かずらは「うん」と一度うなずいた。
そして、ケースを開けようとしたとき、それに気づいたかすみが驚く。
「かずらさん、いったい何を──」
「やめろッ!!」
制止の声は梅里だった。
思わず反応してそちらを見ると、急接近してくる鬼面が見えた。
梅里の抹殺が目的である鬼王は、その目的成就のために全力を注いでいた。
そのため、付近に立ちすくむ同行者など歯牙にもかけていなかったのだが、それが鬼王を直接攻撃したり、攻撃せずとも仲間を呼びに行ったり、梅里を支援するようなことがあれば即座に敵と認識した。
今のかずらの行動で敵と認識し、その上で梅里よりも遙かに弱いかずらを攻めるのは実に理にかなった行動だった。
かずらの傍らには武器を持たないかすみしかいない。梅里は取り残されて鬼王の後方だ。
(私、殺され──)
そう思い、血の気が引いて猛烈な寒気が襲ってきたときだった
──桜吹雪を伴う一陣の猛烈な風が鬼王の背後から吹き荒れた。
とっさに鬼王が避けたその風は、ペタンと腰を地面につけたまま呆然としているかずらに害を及ぼすことなく、その三つ編みにした髪を強くなびかせただけで吹き抜けていった。
風が舞わせた桜吹雪も、溶け落ちた雪のように──いや、それが存在した痕跡を残すことなくかき消えていた。
「い、今のは──桜花放神?」
「ということは……さくらさん!?」
思わず開催の声をあげかけるかすみ。かずらもかすみもその技は何度も見ている。花組の真宮寺さくらが放つ、直線上であれば距離をものともしない必殺の一撃だ。
だが──鬼王の背後には期待した彼女の姿も、共にくるであろう花組の姿も無かった。
避けて体勢を崩した鬼王に梅里が斬りかかり、それを避けて鬼王が大きく距離をとった。
梅里も庇うようにかずらとかすみの前まで戻ってきた。
【よもやま話】
このあたりって原作ゲームでは2話の部分なんですけど……見返してみると、第2話のスケジュールがタイトなんですよね。
一戦目の鶯谷(木喰がレニにやられて戦わずに撤退した金剛戦)と、二戦目の渋谷(木喰との戦い)がどう考えても翌日にしか見えない。
しかも渋谷での戦いは午前中だし。
おかげで襲撃されるチャンスは一晩しかなかったので無理矢理感があります。