サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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 梅里は刀を振り抜いた姿勢で立っていた。

 その背後にいたはずの巨大降魔兵器は莫大な霊力を受けた一撃によって倒され、その威容を誇ったはずの巨大な姿は、まるで悪夢から覚めたかのように消え去っていた。

 

 ──そしてその姿勢で、顔をうつむかせたまま動かない梅里。

 

 それはあの日の再現のようで──誰もが黙り、一歩も動けずにいる。

 やがて……梅里の体がガクリと崩れ落ちる。

 

「梅里ッ!!」

 

 それを見てせりが大きな悲鳴を上げ、真っ先に駆けだしていた。

 彼女は飛び込むように抱き抱えていた。

 そして体を起こすと、せりは泣きじゃくりながらその体を力一杯、抱きしめた。

 

「バカ! だから言ったのに……無茶だって……アンタは自己満足して、それでいいかもしれないけど、残された私は、どうしろって言うのよ!!」

「私じゃないです! 私たち、です!!」

 

 せりには一歩遅れたが、駆け寄ったかずらが隣で泣き始めていた。

 しのぶも、そしてカーシャも駆け寄り──他の皆も慌てて集まってくる。

 

「バカよ、あなたは! また同じことをして……同じ失敗をして…………」

 

 作戦開始前に、もっとも強固に反対したのはせりであった。

 しのぶは早々に梅里の思いを尊重しており、カーシャはその作戦の概要を聞いて分の悪い賭ではないと賛成し、かずらも梅里の固い決意を感じて覆せないと思って賛同したのだが──せりだけは最後まで頑強に反対した。

 そんな彼女に業を煮やして「なら、アナタの妹が犠牲になってもいいの?」と言ったカーシャと「そういうことじゃないでしょ!」と本気で喧嘩になったほどだ。

 しかしそれはカーシャの策略だった。

 怒りの矛先が梅里から彼女にズレたことで、梅里本人の話を聞く猶予ができたせりは、それ以外の手段がないことと前回との違いを懇々と説明され──渋々ながら、本当に断腸の思いで受け入れたのである。

 そしてその結果──輪の中心で、せりは梅里の体をありったけの力で抱きしめていた。

 

 そんなせりの肩がトントンと叩かれる。

 

 払うような仕草をして無視するせり。

 再度トントンと叩かれると、今度は鬱陶しそうにバシッと振り払った。

 そして怒鳴り散らす。

 

「うるさいわね! 邪魔しないでよ! 梅里が、梅里が……」

「……あ、あの、せり? ちょっと……どころではなく苦しいんだけど……力、弱めてくれないかな?」

「ハァ!? なんで私が──」

 

 噛みつかんばかりに声のする方を睨みつけたせりの目が──梅里の目と合った。

 は? え? なんで? といくつもの疑問符が頭に浮かび──毒気を抜かれたように唖然としていた。

 それから2、3度瞬きをして──

 

「…………なんで?」

 

 やっと出た言葉がそれである。

 

「なんでって……なにが?」

「いえ……死んだんじゃなかったの? それとも今回はもう生き返ったの?」

「いや、生き返るも何も、最初から死んでなかったけど……」

 

 そう答えながら「今回は」ってヒドいなと思う梅里。

 だがせりの追求は止まらない。

 

「どういうこと? さっき倒れたじゃない……」

「さすがに霊力の消耗は激しかったからね、立っていられなかったし。しばらく話しもできなかったほどで……」

 

 実際、しゃべれるくらいにはなったが、今も足に力が入らずに立ち上がることができないでいる。

 

「というか、今回は、とか、生き返る、とか……」

 

 改めてそれを指摘して苦笑する梅里。

 その発言もだが、自分の勘違いに気がついて、顔から火が出そうなほどに恥ずかしさを感じたせりは──

 

「な!? な、な……なによそれ!! もう信じられない!!」

 

 梅里の顔面に、握った拳が振り下ろされた。

 とはいっても全力のパンチではない。

 

「痛っ!」

 

 軽くぶつけるようなせりの──照れ隠しで振り回した手がぶつかった程度のそれだった。

 

「早く言いなさいよバカ! バカ! バカ! バカ! バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ! バカアアァァァッ!!」

 

 ポカポカと叩きながら、行き場のない感情を持て余しているせり。

 駄々っ子のようなその行動に、梅里はさすがにどうしたものかと困り果てる。

 

「やめろって、せり。それに、バカって言い過ぎだろ!」

「この……あっちゃけッ!! あっちゃけあっちゃけあっちゃけ! あっちゃけぇぇーッ!!」

 

 「バカ」を封じられ、それを地元の方言に変えて泣きながら叫ぶせり。

 どう対応したら泣きやんでもらえるか、悩んだ梅里は──困り果てて妹のカナにするように、その頭を優しくなでていた。

 妹はそれで泣きやんだという経験があったからだ。

 実際、せりも泣きやみ、驚いたようにきょとんとした目で梅里を見つめていた。

 梅里はそれに苦笑を浮かべ──次の瞬間、感極まったせりが抱きつくように、梅里の唇に自分の唇を合わせていた。

 

「「「なあぁぁぁぁ!?」」」

 

 周囲で見ていたかずら、カーシャ、しのぶはもちろん、他の観衆たちも驚いて声をあげる。が、せりはそれにさえ気がつかないほどに周囲が見えなくなっていた。

 

「よかった……本当に、よかった。梅里が生きてて……」

 

 唇を離したせりがもう一度強く抱きしめ──まるでその存在を確かめるようにしながら、そう言う。

 すると──梅里は顔をしっかりと捕まれ、強制的に横を向かされ──

 

「なっ!?」

 

 驚いた梅里に、今度はかずらのキスが待っていた。

 せりに負けんとばかりに数秒唇を重ね──それを離すと、

 

「よかった、梅里さん……よかったああぁぁぁぁ! うわ──ん!!」

 

 そう大声を上げて彼女もまた安心した様子で泣き出してしまった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そのころになると、周囲の人だかりも解け始めていた。

 せりの慌てっぷりから、その反応から梅里が死んだものと勘違いした隊員たちが大勢いた。

 そんな者たちも、存命が確認できたので皆ほっとしたのである。

 また、感極まったせりやらかずらが梅里にキスをするのを、さすがに気まずく思い、そそくさと退散する隊員たちが多かった──もっとも、盗み見ている隊員たちもそれなりの数はいたが。

 そんな隊員たちも、せりとかずらが泣きじゃくるだけになったために、興が冷めた様子で離れていく。

 そしてなによりも──その直後に、ミカサから花組が京極を討ち取ったという報が入り、その歓喜に沸き興味は一気にそちらへと移ったのである。

 

 その一方で梅里はといえば──そんな二人をなだめすかす羽目になっていた。体が過度の負荷からやっと立ち直りつつあるという、彼自身もそんなに余裕がある状態ではないのに。

 そうこうしているうちにようやく二人は最低限にまで落ち着き、梅里はどうにかその拘束から逃れた。

 その中でせりは、落ち着いて冷静を取り戻していた。そして今さっき自分のしたことを思い出したらしく、恥ずかし気に顔を赤くする。

 

「じゃ、じゃあ私は行くわね。うん、梅里の無事も確認できたし。隊の現状も確認しないと……」

「ではせりさん、いってらっしゃい──」

「あなたも、来るのよッ!」

 

 笑顔で手を振って、梅里の下に居残ってせりを見送ろうとしたかずらは、そのせりに頬をつままれ引っ張られていく。

 

いふぁい(痛い)いふぁい(痛い)!! ふぇりふぁん(せりさん)いいふぁふぇん(いい加減)ふぁたしのふぉっふぇはは(私の頬っぺたが)ふぉふぃ(伸び)ふぃっへ(きって)ふぉふぉひ(元に)ふぉふぉふぁらふ(戻らなく)ふぁふぃふぁふふぉ(なりますよ)

「それくらいで、ちょうどいいでしょ! 反省しないあなたの場合は!!」

 

 そう言って怒るせりにかずらもつれていかれた。

 そのころには足にも力が入るくらいには回復しており、梅里は「さて状況確認でも──」と立ち上がり、一歩踏み出した。

 そんな梅里だったが──ホッとしたのもつかの間、目の前には不適な笑みを浮かべたカーシャが仁王立ちしているのに気がつく。

 イヤな予感がして後ずさる梅里。

 それにズイッと近寄るカーシャ。

 

「あの……カーシャ?」

「ウメサト、アタシは前に言ったわよね。英国人は──」

「戦争と紅茶に全力を注ぐんだっけ?」

「ええ、それに加えて──恋にもね」

 

 そう言うや、かずらに負けじと梅里にキスをし──こちらは梅里が窒息しそうなほどに長時間、梅里の唇を求め続ける。

 

「~~ッ!!」

 

 息苦しさを覚えてあせる梅里。

 その接吻は外れるときに「ポン」と音を立てんばかりに強いものであった。

 その(一方的に)情熱的なキスで満足したのか、カーシャは笑顔で──

 

「じゃあ、続きはまた後で、ね♪」

 

 そう言い残してウェーブのかかったポニーテールを翻していった。

 そんな彼女の奇襲に驚き、息を整えつつ──「後で」があるのか、と思い、それをせりやかずらに聞かれなかったか、と心配する。

 周囲を見渡し、幸いなことにせりもかずらもいなかったが──最後に残っていたしのぶと目が合った。

 直前のカーシャとのやりとりから、つい身構えてしまう梅里。

 しかししのぶは距離を詰めてくるようなことはしなかった。

 代わりに、深々と頭を下げる。

 

「梅里様、ありがとうございました」

 

 そうしてから礼を言ってきた。

 そんな彼女に梅里は思わず首を傾げた。

 

「ありがとう……って何のお礼?」

「耀山様のことです」

 

 彼女はそう言って振り返った。

 巨大降魔兵器が討たれ、消え去った方向だった。そこには基になった巨大魔操機兵の残骸──もはや破片と呼ばれるくらいに細かくなった金属片が散乱している。

 ──そして、そこに人影は無かった。

 

「降魔さえも取り込むほどの妖気を放っていたあの方の怨念を祓い……あの方の魂を救ってくださいました。話し合いは──不可能でしたから」

 

 あの狂気をまとった耀山は、明らかに正気を失っていた。

 それ以前に──

 

「あの方は、だいぶ歪んでおられました。どこでどのようにしてそうなってしまわれたのか……元はあのような方ではありませんでしたのに」

 

 しのぶの言葉に、梅里は頷く。

 それはあの最期の瞬間に垣間(かいま)見えた穏やかな笑みこそ、その人の本性のように見えたからだ。

 

「これは僕の推測だけど、耀山……さんは優しすぎたんだと思う」

「梅里様……?」

 

 その言葉に驚いたようにしのぶが振り向き、彼を見つめる。

 

「あの人がどんな未来を見たかは分からない。でも多くの人が──それこそ都市や国単位で不幸になる人達を不憫に思い、憂い……その末にそれらすべてをたった一人で背負ってしまったんだと思う」

 

 それは人一人の手に余るのは間違いない。

 だが──なまじ優秀だったばかりに、それを背負い込もうとしてしまった。

 もちろん人が耐え得るはずもなく──潰れかけ、歪み、そして道を間違えた。

 いつの間にか、最初は人々を助けるというものだった目的が、不幸を避けることそのものが第一の目標になっていることに気がつかないまま。

 

「それを支えられなかったのは、わたくし達、陰陽寮の責任でもございます」

 

 梅里に頷いたしのぶ。彼女も梅里に共感しいていた。

 もし、周囲の者が助けていれば、共に支える人が大勢いれば──違う未来もあったかもしれない。それこそ華撃団側にいたことも十分あり得ただろう。

 それを考えると、しのぶは胸が痛かった。

 

「わたくしが、あの方をお支えできていれば……」

「いや、あの人は……自分からしのぶさんから距離をとったんじゃないのかな」

 

 しのぶは、自分の言葉を遮った梅里を思わず見つめる。

 

「──どういうことでしょうか?」

「あの人が、本当に自分が見た未来を避けるためになりふり構わなかったのなら、『覇王の魔眼』を持つ幼かったしのぶさんを利用したはずだよ」

 

 問答無用で人を従属させる力を持つその魔眼を、使わない手はなかっただろう。

 

「その方が、手っ取り早かった。未来を回避するためには時間はなによりも貴重だったはずだし……」

 

 根拠が予知なので期限がハッキリと分かっていた。その期限までに何とかしなければ、破滅が起こってしまうという状況では、基本的には駒がそろっていれば計画して動き始めるのに早すぎるということは無かっただろう。

 

「でも、あの人は陰陽寮の一部の勢力は利用しても……しのぶさんを利用しなかった」

「それは……」

 

 そして許嫁という立場であれば──まだ精神的に未熟で幼く、世間知らずなしのぶを言葉巧みに操ることも可能だっただろう。

 その手段を、耀山はとらなかった。

 

「実はさっき──巨大降魔兵器を倒したとき、あの人の姿が見えたような気がしてさ」

 

 梅里はしのぶをじっと見つめる。

 しのぶも視線を梅里に向けて、次の言葉を促す。

 

「あの人は、しのぶさんの未来も予知していたんじゃないかな。だから──たぶん、巻き込めば不幸にしてしまうと分かったから、だからしのぶさんとは違う道を選んだ、そう思えて仕方がないんだ」

「わたくしのことを考えて、わたくしを巻き込まないようにするために?」

 

 しのぶの確認に梅里はうなずく。

 魔眼を利用しなかったからこそ、陰陽寮で派閥を作り、それを大きくして発言力を強め、政府に働きかけるという手間と時間がかかる方法を使った。

 そのせいで目論見が外れ──耀山の理想とはさらに遠くなってしまうことになった。

 

「ありえません。それで失敗してしまったのなら、元も子も無いじゃありませんか」

「でもね、あの人は最期に言っていたんだ。しのぶさんが笑っている未来を見たこと、そして──僕に、しのぶさんを頼むって」

「──っ!!」

 

 愕然とした。

 梅里の言葉を聞いて、しのぶは思わず両手を顔に──その口にあてて、声が出るのをどうにかこらえた。

 初恋の人は……最期に自分のことを考えてくれたということに感極まり──その彼がもうこの世にいないことに、ひどく哀しく思う。

 それを考えて足から力が抜け──思わず崩れ落ちそうになる。

 

「──っと。大丈夫?」

 

 倒れかけたしのぶを慌てて支える梅里。

 しなだれかかって、身を預ける形になったしのぶ。彼女は彼の顔が思いの外に近くにあるのに驚いていた。

 そしてその優しげに笑みを浮かべるその顔を見た瞬間──幼いころに初めて耀山と会ったときに彼が浮かべた顔と重なった。

 

「ッ!!」

 

 そして、もう我慢ができなかった。

 涙が止めどなく溢れ、それをどうしようもない。しのぶはそれを隠すように、彼の胸に顔を埋めることしかできなかった。

 

「────っ! ──っ!!」

 

 声にならない泣き声を彼の胸にぶつけ──そして目一杯のやり場のない悲しさは涙となって流れていく。

 その背中を優しくさする梅里。

 幾分、落ち着きを取り戻し、涙に塗れた顔を上げたしのぶは──先ほどと同じ笑顔を浮かべている彼の唇に──自分の唇を押しつけていた。

 そしてそれを受け入れる梅里。

 

 遠く背後には『武蔵』の威容が、さながら“(つわもの)どもが夢の跡”とばかりに、物悲しく空虚にたたずむ中──梅里の手は、そっとしのぶの背中に伸び、彼女を抱きしめるのだった。

 

 

 ──こうして、京極慶吾が起こした反乱は、その野望を防いで平和をもたらすという歓喜こそ生んだものの、それ以外に大きな悲しみを残し──幕を閉じた。

 




【よもやま話】
 以前、これを読んでくれている友人から「主人公、唇奪われすぎじゃない?」という指摘をいただきました。読み返してみると確かにそうなわけで……
 ワンパターンはいけないとは思っているのですが……梅里はまだ鶯歌のことを引きずっているので、他に前向きになれないから、という理由だったりします。
 そんなわけで、彼が前向きになるのを気長にお待ちください。
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