サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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※いわゆる二週目から現れる選択肢です。

【目次】
  ・─1──2──3─





 ──これは、あったかもしれない未来。
 ──ほんの少しだけ違う選択肢を選んだために、違う未来へと至った道。
 ──夢組の四人ではなく、別の……
 ──風組の彼女を選んだ……そんな、梅里の未来。





~if かすみ(ルート)
【第2話】 ~分岐点~ 


~ここまでのあらすじ~

 

 太正14年、人々が怪蒸気と呼ぶ魔装機兵が再び帝都を騒がせていた。

 それに対するは2年前と同じく帝国華撃団。

 霊子甲冑を駆る対降魔迎撃部隊・花組を主力に、そのサポートをする空挺輸送部隊・風組、隠密行動部隊・月組、極地戦闘部隊・雪組、そして霊力を使った戦術サポートを行う霊能部隊・夢組。

 それらの部隊が一丸となり、魔装機兵を使って世を混乱させる黒鬼会との戦いが幕を開けた。

 

 その夢組の隊長であり、普段は帝国華撃団の本部である大帝国劇場で食堂主任を務める武相 梅里は、ひょんなことから深夜に及ぶ残業をすることになった。

 同じく遅くなった夢組隊員の伊吹かずら、そして帝劇事務局の事務員であり風組隊員でもある藤井かすみと共に帰宅している最中、黒鬼会幹部・鬼王の襲撃を受ける。

 実力上位者である鬼王相手にどうにか戦い続ける梅里。かずらとかすみの存在が彼に逃げることを許さなかった。

 やむを得ず禁忌の奥義を使って鬼王に深手を負わせるも自身も重傷を負い、意識不明の重体となってしまう。

 

 どうにか一命をとりとめたが意識が戻らない。

 

 その後、意識を取り戻したもののショックでここ数年の記憶を失っていた梅里。

 そんな彼を甲斐甲斐しく世話をしたのは、共に鬼王の襲撃の襲撃を受けた風組の藤井かすみだった。

 その献身的な介護のおかげもあり、無事に記憶を取り戻した梅里は、戦線に復帰する前に禁忌を犯した報告を、実家にするために水戸へと向かう。

 ちょうどお盆の時期であったために、同じ茨城出身のかすみは里帰りのために、共に茨城へと旅立つのであった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 水戸の実家に戻った梅里。

 それに負傷の治りかけで心配だから、と付き添ってくれた藤井かすみに対し、梅里は──

 

 

「ここまでありがとうございました」

「気にしないでください。私の好きでしたことですし。なによりも、梅里くんには命を助けてもらいました。」

 

 頭を下げた梅里に対し、かすみもまた軽く頭を下げる。

 

「それはもうとっくに返してもらってます。入院中はかなりご迷惑をかけてしまいましたから」

「そんな……」

 

 謙遜するかすみ。そんな彼女に梅里は──

 

▼選択肢

 ①「本当に助かりました……次は帝都で、お会いましょう。お気をつけて」

 ②「暑いし疲れたでしょう? 少し休んでいってください」

 

 →②

 


ゆめまぼろしのごとくなり2 ~if かすみ(ルート)

 

 

「暑いし疲れたでしょう? 少し休んでいってください」

 

 

 ──梅里が実家の屋敷を見ながらそう言うと、かすみは慌てた様子で申し訳なさそうに手を振る。

 

「そんな……突然ですし、申し訳ありませんから」

「いえいえ、気にしないでください。うちは料亭ですから、突然のお客様にも慣れてますよ」

 

 そう冗談めかしつつ梅里が遠慮するかすみを説得する。

 そんな梅里の実家は、かすみが見た限りでは、規模が“家”ではなく“屋敷”だった。

 ここまでくる間の話で、彼が実家のことを「家で料亭をやっていて──」と称していたが、なるほど、この規模なら十分に可能だろう。

 そう思いながらかすみは、躊躇いながらも「では、せっかくですし挨拶くらいは……」と承諾する。

 梅里はそんな彼女を料亭である実家へと案内した。

 

 

────1────

 

「ただいま戻りました!」

 

 武相 梅里が声を上げると──奥から急いだ様子の足音がバタバタと近づいて来るのが聞こえた。

 梅里には聞き覚えのあるその足音を懐かしく感じていると、間もなく、その主が姿を現した。

 ──と、同時に梅里へ飛びついてくる。

 

「おかえりなさい! ウメ兄さ……ん?」

 

 満面の笑みを浮かべた妹、武相 カナだったが……梅里の隣にいる人──長い髪を三つ編みにして体の前に垂らし、優しげに微笑む大人びた和服の女性──に気がつき、怪訝そうに彼女を見た。

 

「……誰?」

「カナ、失礼だよ。御客様に」

 

 梅里が咎めると、カナと呼ばれた娘は一瞬、「む」と顔をしかめた。帰宅を待ち望んでいた兄に注意されてよほど面白くなかったのだろう。

 しかしふと思いついたように「ふふん」と意地悪げに微笑み──

 

「あら? 料亭の御客様なら入口が違いますよ。こちらは武相家の入口でございます。料亭にお越しの御客様は、あちらの出入口からどうぞ」

 

 そう言って梅里を無視してかすみを店の入口へと案内しようとする。

 そうされれば当然に戸惑うかすみ。

 そして、まだ子供とはいえ妹が、自分の客に対してそこまで無礼を働けば、さすがに梅里も怒る。

 

「カナ! いい加減に……」

「あらあら、騒がしいこと……いったいどうしたの?」

 

 梅里が妹を注意しようとしたとき、カナに続いて落ち着いた雰囲気の女性が現れた。

 かすみも落ち着いている大人の女性だが、それよりも泰然としており、その年齢がもっと上であることを物語っていた。

 

「あら、梅里。おかえりなさい。それと……」

 

 先ほどのカナと同じように、彼女もまたかすみという見知らぬ女性を見て訝しがるような顔をした。

 

「梅里、こちらの方は?」

「ああ。藤井かすみさん。同じ大帝国劇場で働いている人だよ。手紙に書いたけど僕が大怪我して復帰間もないからって、心配して送ってくれたんだ。彼女も茨城出身で──」

「まぁまぁまぁまぁ……!」

 

 その女性は梅里をドンと突き飛ばすようにかすみに詰め寄ると、感激したように彼女の手を取った。

 

「これはこれは、わざわざ遠いところ申し訳ありませんでした。うちの梅里がお世話になりまして……」

「い、いえ……ええと……梅里く……梅里さんのお姉さんでしょうか?」

「あら、まぁ……藤井さんったらお上手ですこと。私、梅里の母の照葉(てるは)と申します」

「お母様だったんですか? これは失礼しました……」

 

 料亭の女将でもある照葉の見事な御辞儀と振る舞い、そして何よりも若く見えるその面立ちに、かすみは戸惑っていた。

 

「それで、カナ? いったい何をしているのかしら?」

 

 かすみには笑みを浮かべていた照葉だったが、一転して娘を見ると、先ほどの無礼を見ていたかのように、それを咎める視線を向ける。

 

「あ、それは……お兄さまが御客様とおっしゃったので、わたし勘違いして……てっきり料亭にきた御客様かと」

 

 冷や汗を流しながらごまかすカナ。それをジロッと見つめ続ける母・照葉。

 

「……まぁ、よろしいでしょう。カナ、かすみさんの荷物、もって差し上げなさい」

「は、はい……」

 

 しょんぼりとうなだれるカナを見てから、かすみを振り返った照葉は上品な笑みを浮かべて──

 

「娘が大変失礼しました。さぁ、お上がりください」

「いえ、私も実家に帰る予定ですし、長居するわけには……」

「そうおっしゃらずに。どうぞお入りくださいな」

 

 妙に押しの強い照葉に言われ、戸惑いながらも玄関へとあがるかすみ。

 そこへやってきたカナが、母に言われたとおりにかすみから荷物を受け取り──「いーっ」と歯を見せて威嚇する。

 

「カナ……」

 

 苦笑しながら妹の頭をポンとなでると、彼女は少し顔を赤くして──かすみに「ふん」とそっぽを向いてから母の後を追っていった。

 

「すみません、妹が……生意気盛りな年頃で」

「いいえ。妹さん、よほど梅里くんのことが好きなのでしょうね」

 

 かすみは苦笑気味に笑みを浮かべると、梅里が先導して屋敷の中へと進んでいった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 はたして、武相邸の中はやっぱり屋敷だった。部屋数も多く一つ一つも広い。

 確かに徳川の時代から水戸藩の家臣であり大事にされた武相家だが、ここまで大きな屋敷をもったのは維新後の話である。

 

 初代が家康公から直々に紹介されて水戸徳川家に仕えたという経緯はあったが、そこは外様の家臣である。他の外様に比べれば魑魅魍魎を討滅するという危険な役目のせいで優遇された方ではあったが、そこまで禄高は高いものではなかった。

 しかしその危険な役目で命を落とす者も無視できないほどにいた。

 そのため当主以外の者がその役目を負っていたのだが、代を重ねるうちに家の存続と表の食事方を主の役目とする武相本家と、裏の役目である魑魅魍魎と霊的守護を主の目的とする分家に分かれることを許されたのである。

 外様の家臣としてはかなり異例の優遇措置だが、逆に言えばそこまで危険な役目だったということでもあった。

 しかしそれは、一つの家分の禄で二つの家を維持しろというようなものであり禄高的には難しくはあったが、それを両家が協力して家の維持に務めたのである。

 

 風が変わったのは、維新後だった。

 武士としての身分を失い、禄を失った武相家は、食事方という代々の役目を生かして食事処を始めることとなった。

 世の他の士族が傲慢な態度で失敗する中、徳川の世の間、処世のために譜代の家臣や重臣達を相手に謙虚に務めたことで、それが当たり前となっていた武相の家はそのような“武士の商売”に陥ることがなかった。

 また、維新直前の動乱によって分家が絶えてしまっていたのも大きかった。

 

 水戸藩は幕末期に大きな動乱があった。尊王攘夷の急進として幕府に睨まれ、その反動で浪人となった元水戸藩士たちが桜田門外で事件を起こしたのはあまりに有名である。

 そんな武士の命が容易く失われた幕末期の動乱の中で、腕の立つ武相家を味方にしようという陣営があり、しかし「我が武相の剣は人は斬れぬ」と断ると命を狙われてしまったのであった。

 見せしめに家のものの命が奪われ、それを見かねた分家の嫡子が水戸藩の尊王攘夷急進派の天狗党に参加し──天狗党の乱の鎮圧後にそれを咎められ、今までの功績で本家は生き残ったが、分家は取り潰しとなった。

 

 後に梅里の祖父である梅雪が、魑魅魍魎討伐の役目を行うために復活させることになるが、それまでの間はかえって負担が軽くなっていたために、分家を再興させられるほどの余裕があったのも確かである。

 そして調理の腕が確かなことはもちろんのこと、元士族であり、さらには裏の役目である魑魅魍魎の討伐は他に任せられる者がおらず、新政府になってからも依頼されていたのである。

 それが縁で市や県の上役と知己になり、利用の機会を得るなどして事業はトントン拍子に上手くいき、太正の世になったときには元々の屋敷を拡大して、その敷地に料亭を構えるほどになっていたのであった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんな和室の一つに通されたかすみは、梅里の父親と改めて母親に挨拶をした。

 静かでありながら凛とした、武家の娘の鑑のような雰囲気を持つ梅里の母親に対し、父親は穏和そうで大人しそうな雰囲気の人だった。

 

「梅里の父、雲雀(うんじゃく)と申します」

 

 そう言って優しげな笑みを浮かべる梅里の父親。

 その表情から、かすみは普段の梅里は父親似だと理解した。

 互いの挨拶が済んで少し歓談したところで、梅里の母が夫である雲雀に声をかけた。

 

「……あなた、梅里、御爺様のところへ挨拶に行くのでしょう?」

「ああ。梅里の破門はないとは思うが……」

 

 祖父への挨拶──というよりはむしろ報告。それこそ梅里が水戸に帰ってきた理由だった。

 今の帝都は黒鬼会が跳梁跋扈している状況。梅里は春先に帰省していたこともあったし、長期の戦線離脱で迷惑をかけている。盆とはいえ本来であれば帰省するつもりはなかった。

 だが先の戦いで禁忌を破ってしまったために、その報告と裁定を受ける必要があって戻ってきたのだ。

 不安そうに厳しい顔をする父に、梅里は逆に晴れやかな顔をしていた。

 

「気にしないで、父さん。そうなったら仕方ないよ。それでも後悔しないから。事実、アレを使わなければ僕は命を落としていたし、もしそうなっていたら──」

 

 梅里は隣のかすみを見る。

 

「彼女を助けられなかった。人の命を助けるためにやったことに、後悔はないよ」

 

 そんな梅里を見ると、かすみは逆に申し訳ない気持ちが膨らんでしまう。

 それ故、自然とその言葉が出ていた。

 

「あの、私も一緒にいって事情を説明した方が……」

「それは止めた方がいいでしょう」

 

 しかし、それを制止したのは梅里の母だった。

 丁寧で落ち着いた物言いだったが、明らかな拒絶の意志がある。

 

「言い訳のようなことを、父は好みません」

 

 キッパリと言う母・照葉。

 梅里の祖父である梅雪は本家先代の弟であり分家筋でこそあるが、その先代が若くして亡くなる間際に家のことを託され、嫡男であった雲雀の後見となった長老的な立場である。

 照葉はその実の娘であり、祖父のことを一番知っているのは彼女で間違いない。

 その言葉に、梅里も雲雀も疑問を挟まず、そしてかすみは余計に不安そうな顔になった。

 だが、照葉は微笑んでフォローを入れる。

 

「大丈夫、梅里がキチンと説明すれば、悪いようにはならないでしょう」

 

 それにホッとしたかすみが梅里を盗み見ると、彼も幾分安心した様子だった。

 梅里の父も笑みを浮かべて「うんうん」とうなずいている。

 

「──それに、もし梅里が破門されても武相の分家はカナが婿をとればいい話ですし。安心して出て行きなさい、梅里」

「母さん?!」

 

 そんな母の言葉によって、一瞬で梅里の顔色が変わる。

 相変わらず笑顔で言った照葉に、さすがにかすみも呆気にとられていた。

 一方、梅里の父親はマイペースに笑みを浮かべたまま、妻の方を振り返る。

 

「照葉さんも冗談がきついなぁ。梅里が困ってるじゃないか」

「いえ、本気ですよ。さ、梅里。さっさと御爺様のところへ行ってきなさい」

「ちょ、ちょっと!? 母さん、さっきの話は冗談だよね?」

「こと武相流が絡むことについて、私が冗談なんて言ったことがありますか? 早くなさい。御爺様が待っていますよ」

 

 聞く耳持たない母親は梅里を部屋からつまみ出し──

 

「あなたも、父親として梅里の付き添いで行くのでしょう? 早く行ってらっしゃいな。ちなみに……変に梅里をかばって機嫌を損ねないようにしてくださいね」

「あ、ああ。わかってるよ」

 

 妻に言われて、雲雀もまた部屋から出ていった。

 男二人が慌ただしく出て行き、残されたかすみは──目の前の女性こそ、武相家のすべてを握っている人だと実感していた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 二人を追い出し送り出してから、正座して改めて居住まいを正した照葉と目が合い──思わず微笑むかすみ。苦笑気味にならなかったかと気が気ではなかった。

 

「あ、あの……そろそろ私も、お暇した方が……」

「あら、そんな遠慮なさらないでください。それに、梅里のいない間に帰したとなったら、あの子から怒られてしまいますわ」

 

 それに対して、「はい、絶対嘘ですね」とかすみは心の中で思った。

 梅里は絶対母親に頭が上がらないだろう。さっきの反応からまず間違いないと確信している。

 そして、その推測は正しい。

 梅里にとって母の照葉はただ母親というわけではない。剣の師匠の一人──それももっともよく指導された相手でもある。

 家の存続を目的とした本家は、武相流調伏術の数々を伝承目的で受け継ぐが、分家は実戦で使うのが役目である。分家筋の照葉はより実践的なものを受け継いでいたし、梅里の兄は本家の嫡男であるために伝承が目的。一方で梅里は嫡子が途絶えている分家を継ぐ予定であり、そのため祖父と共に教えたのが照葉だった。

 その指導は厳しく──それは、魑魅魍魎との戦いで我が子が命を落とさないための愛の鞭であった──それによって少年の梅里に母への絶対服従が植え付けられ、今に至ってもその呪縛は解けていない。

 しかし──

 

「かすみさん。あなたの目から見て、あの子は……愚息は帝都でしっかりとできていますか?」

 

 ──そう尋ねる彼女は、自分の子供を心配する普通の母親だった。

 その気持ちを察し、安心させるべく、かすみはしっかりと頷いた。

 

「はい。大帝国劇場の食堂主任として腕を振るい、帝都市民の皆様から好評いただいています。私は劇場の事務局に勤務していますが、その声はこちらにも届いておりますよ」

 

 かすみの丁寧な説明でその活躍を聞いて思わず目を細める照葉。

 だが、すぐに目を閉じ──次に開いたときには冷たささえ感じる落ち着いたそれへと変わっていた。

 

「表の役目は分かりました。ですが私も武相家の者であり、華撃団についても少しではありますが存じております。そちらについてはいかがでしょうか? 我が武相の者は、お役に立てておりますでしょうか?」

 

 今度は母ではなく、武相家の一人としての質問だった。

 その雰囲気に思わず緊張しつつも、かすみは答えた。

 

「そちらも梅里さんは立派に果たされておりますよ。先の戦いでは降魔を相手に文字通り命を懸けて帝都を守り、華撃団の誰もがその功績を認めております」

 

 お世辞ではなく、かすみは心の底から思う。

 確かに多くの上級降魔を倒し、首謀者を倒し、復活した悪魔王も倒した花組の活躍は大きい。組織外部からの評価も極めて高い。

 だが──彼らが帰ってくる場所を守り、その不在中に現れた巨大降魔を倒し、本当に命を失いかけた梅里も、民間人登用ということもあって花組の功績の影に隠れてしまっているが、他の人には真似できない立派な功績である。

 表にはなっていないため外部からの評価は皆無だが、それでもかすみをはじめとして華撃団内部での評価は高いのだ。

 

「今の戦いでは、確かに春に負傷して意識不明の重体になってしまいましたが、それは私のような足手まといがいたからです。確かに強敵でしたが、梅里さんが一人だったなら、そのような不覚はなかったと思っております」

 

 そう言い、自分のせいで梅里を命の危機にしてしまった謝罪を含めて丁寧に頭を下げるかすみ。

 すると、照葉はため息のように大きく息を吐き──堅い雰囲気を解くと、再び笑みを浮かべた。

 

「これはこれは、うちの梅里を過分に評価していただきまして、本当にありがとうございます」

「そ、そんな、過分だなんて……私が本当にそう思っているだけです」

 

 かすみが言うと、照葉はますます嬉しそうな笑みになる。そして口調も砕けたものへと変わった。

 

「あなたのような素敵なお嬢さんに、そこまで言っていただけるなんて、ね。それだけで梅里が帝都(あちら)でしっかりと務めができているのだと確信できましたわ」

「お、お嬢さん……」

「あら? 失礼だったかしら? 気分を悪くしたならごめんなさいね」

 

 もちろんかすみは気分を害してなどいない。

 誰かから「お嬢さん」と言われたのが久し振りで戸惑っただけである。なにしろ大帝国劇場の女性陣の平均年齢は低い。

 自分よりも上は……見当たらないのである。あの副指令の藤枝かえでも年下である。

 

(あやめさんよりは下だったんですけど……)

 

 さらに悪いことに、かすみはその落ち着いた物腰と雰囲気からより年上に見られてしまう。そのせいで「お嬢さん」と呼ばれるのは、いつも他の人ばかりであった。

 

「いえ、そんなことはありません」

 

 かすみも女性である以上は若く見られたいし、「お嬢さん」と呼ばれたいのだ。

 

「そう? それなら──帝都でのあの子の話、他にもあったら話していただけないかしら? 戻ってくるのはもう少し時間がかかるでしょうから」

 

 そう言って楽しげに笑い、完全に母親の表情になった照葉に、かすみは自分が知っている話を披露した。

 

 

 いろいろと話に花が咲いたが──さすがに、あの大晦日の話はできなかった。

 

 

────2────

 

 

 話はかすみが話す梅里の近況だけでなく、照葉からの幼いころの梅里の話、さらには最近の帝都の様子から、水戸や茨城の話に及んだあたりで、梅里とその父親の雲雀が戻ってきた。

 ついでに梅里と祖父の席に、ちゃっかり同席していたカナも一緒にやってきており、かすみの姿を見るや敵意丸出しで威嚇している。

 

「……梅里、どうでしたか?」

 

 さっきのかすみと打ち解けた雰囲気はどこへやら、母が冷めた口調で訊く。

 それに梅里は正座してから答えた。

 

「とりあえず、即破門ということはなかったけど……ちょっと予想外だった、かな」

 

 首を捻る梅里の態度は困惑という表現が最もしっくりくるだろう。

 

「御爺様は、新月殺を使った感想を訊いてきて、その上で、新しい境地──技を会得しろ、極意を掴め、ってさ。そうしたら破門は無しだって」

 

 破門という言葉を聞いて焦ったのは、妹のカナだった。

 

「もし、ウメ兄様がそれをできなければ、破門?」

「カナ、もしできなければ……などと考えているようでは、何事も成し遂げられませんよ。できなければと不安になるのではなく、なんとしてでもやり遂げるのです」

 

 それを照葉がピシャリとたしなめる。

 決まり悪そうにうつむくカナの姿に、かすみは思わず微笑ましく思ってしまう。やはり兄である梅里をとても慕っているのだろう。

 するとその視線に気がついたのか、再びカナはかすみを威嚇するような表情を浮かべた。

 それに気づいていなかった梅里が、かすみに振り返った。

 

「そういうわけで、かすみさん、申し訳ないんですけど、帝都に戻ったら事情を支配人に話してもらえませんか? 二、三日の滞在で済むような話ではありませんし、言わば再修行のようなものですから、逆に何日かかるのかもわかりません。一緒に帝都に戻るのも無理でしょう……」

「わかりました。構いません。支配人への伝言、必ずお伝えします。ですから梅里さんは修行に集中なさってください」

「ありがとう」

 

 微笑むかすみに、梅里は頭を下げて礼を言う。

 それから、かすみはそういう事情ならと思い立ち、その場から立ち上がろうとして──

 

「あら、かすみさん。どうなされたの?」

 

 それを照葉に見咎められる。

 

「いえ、梅里さんの事情も分かりましたので、あまりお邪魔するのも失礼かと……」

「そうですね、それではさっさと──」

 

 と言い掛けたカナに、照葉がすまし顔でげんこつを落として黙らせる。

 そして何事もなかったかのように笑みを浮かべる。

 

「そんなそんな、どうぞウチで食事していってくださいまし。わざわざ梅里を送ってくださったのに、そのまま歓待も労いもせずに帰してしまっては、武相の家の名折れになってしまいます」

 

 そう言って引き留める照葉。

 さすがに家名を出して名折れと言われては無碍にもできず、困るかすみ。

 

「さあさあ、どうか夕飯だけでも召し上がっていってください。他はともかく、料理だけは自慢ですからね」

 

 料亭なのだからそれも当然だろう。

 照葉は振り返って自分の夫を見る。

 

「あなた、今日は料亭は休みにしますからね」

「え? そんな、いきなり……いったい、どういうことだい? 大事なお客様からの予約とか入ってないよね?」

「梅里が連れてきたお嬢さんですよ? それ以上に大事なお客様なんて、存在するわけないでしょう?」

 

 少し怒り気味の照葉。

 一方、父の雲雀といえば「ええ~? 大丈夫なの?」と言わんばかりの困惑顔である。

 

「女将である私が決めました。今日は臨時休業。予約のあったお客様には私から丁寧に連絡いたしますので、ご心配なく。あなたは腕によりをかけて、調理してくださいね」

 

 照葉は、ついには強権を発揮する始末。

 彼女の夫は人の良さそうな顔で苦笑しながら、席を立ちつつかすみに「どうぞごゆっくり。せいぜい頑張りますので」と挨拶し、部屋から出ていく。

 それに対して「あなた、くれぐれもよろしくお願いしますね」と念を押す照葉。

 こういう仕切る姿を見て、かすみは食堂副主任を思い出してしまう。梅里が彼女に頭が上がらないのは、母親のせいなのではないだろうか、と密かに思っていた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 さて──こうして食事を用意するまでの間、暇になったかすみに対して、照葉は梅里に「屋敷の中でも案内なさいな」と言ったので、梅里の案内で屋敷内を歩くこととなった。

 それにカナがついてこようとしたのだが、照葉に「あなたは学校の勉強でもしてなさい」とキツく言われて渋々それに従い、去っていった。去り際にもう一度「いーッ!」と歯を見せて威嚇することも忘れなかったが。

 屋敷の中は広く、表に面した場所に料亭があった。

 その料亭部分から母屋を挟んでその反対には道場があり、その付近は梅里の祖父の離れまである、と説明してくれた。

 道場があるとは言っても、武相流の技は門外不出で一族のみに伝わっているので弟子がいたりとか、そういうことはないんですよ、と梅里が説明する。

 そうこうしているうちにあっという間に時間が経ち、梅里の母がやってきて「お食事の準備ができました」と再び母屋に案内された。

 そうして、そこでかすみは梅里と共に食事をしたのだが──かすみは「さすが」という感想しか出なかった。

 それは、さすが水戸徳川家の台所を百年単位で支えた家の伝統、であり──さすが水戸でも評判の料亭を営む家の技、であり──さすが帝都でも評判の帝劇食堂の主任を育てた家の味、であった。

 もっとも、かすみにしてみれば帝劇の食堂のイメージから、梅里=洋食という印象だったので純和風の料理には少し意外にも思えていたのだが、梅里にしてみれば本来は和食料理こそ原点なのである。

 そんな料理に舌鼓を打ち、名残惜しくも料理はすべて食べ終わったころに、再び照葉が現れた。

 かすみが料理を絶賛し、お礼を言うと照葉が謙遜する。

 やがてかすみが「それでは、そろそろ……」と申し向けると、照葉はにこやかに言った。

 

「──外はもう真っ暗ですが……泊まっていかれてはかがでしょうか?」

 

 その言葉に、すっかり時間を忘れていたと気づかされ、竜宮城での浦島太郎もこんな気分だったのかしら──と、ふと思った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 こうなってしまっては致し方ない。

 暗くなってしまった今から実家に戻るのは難しいと判断したかすみは、照葉の言葉に甘えることとした。

 電話を借りて実家に一日遅れる旨を連絡し、今日のところはこの武相邸でお世話になると決めた。

 連絡を終えたかすみに、照葉は──

 

「部屋の準備をいたしますので、その間に入浴なさってくださいな」

 

 と言い、さらに──

 

「なんなら、梅里にお背中を流させますけど?」

 

 ──と付け加えて含み笑いをしたので、かすみは苦笑を浮かべて「さすがにそれは」と丁寧に辞退し、風呂を頂戴することにした。

 

 

 ……さて、かすみが入浴中のこと。

 

 屋敷を歩き回っていた梅里が、ようやく母親を見つけて詰め寄っていく。

 それに気がついた照葉も、足を止めて梅里を待った。

 

「母さん。僕の布団、どこにやったの?」

「あら? それなら敷いておいたけど?」

 

 照葉の答えに「え?」と困惑する梅里。

 二年前に家を離れた梅里だったが、屋敷は広く部屋が余るほどであり、兄夫婦に子供ができたとはいえまだ赤ん坊なので、梅里の部屋はそのままにされていた。

 その部屋を確認したのだが、もちろん布団など敷いてなかった。

 そもそも敷いてあれば梅里は布団を探してなどいない。

 

「敷いたって、どこに?」

「どこにって……ここに、よ?」

 

 そう言って母が(ふすま)を開け放つ。一瞬、母が含み笑いを浮かべた気がした。

 そこは客間であり──布団が二つ、並んで敷いてあった。もちろん二つはくっつかんばかりに近づけて敷かれていた。

 

「え……」

 

 唖然とする梅里。

 もちろん、その意味が分からないわけではない。

 

「は? え? ……なんで?」

 

 分からないのは、どうしてそうなったのか、という状況である。

 この状況を作り出した犯人は──今さっき自白している。梅里の隣にいる母だ。

 その犯人はなぜか笑顔で梅里を見ていた。

 

「梅里。あなた、今夜キチンと決めなさいな」

「な……なにを?」

「なにをって……あなた、母親に言わせる気なの?」

「そっちこそ、息子になに決めさせる気だよ!?」

 

 動揺しまくっている梅里に、照葉は「はあぁ……」と大きなため息をついた。

 

「梅里、あなたは武相の分家を継ぐ身なのはもちろん分かってるわよね?」

「……それは、もちろん」

「そのためにはなにが必要?」

 

 母の問いに梅里は眉根を寄せて考え──

 

「魑魅魍魎を退ける剣の腕?」

「全っ然、違う」

 

 出した答えは即ダメ出しを食らった。そうして母が言った正解は──

 

 

「──嫁と跡取りよ!」

 

 

 梅里を絶句させるのに十分だった。

 

「かすみさんの話や雰囲気から、あなた達が“いたして”無いのは分かっています」

 

 追い打ちをかける母の言葉。

 それにしばらく固まっていた梅里だったが、それから立ち直ると母に反論する。

 

「あのね、母さん。かすみさんと僕は、別に交際しているわけじゃないんです。さっきも説明したけど、僕が意識不明の間とその後の記憶喪失の間、親切に面倒を見てくれただけだからね。それをこんな……冗談にしてもかすみさん、怒るよ?」

「…………アンタは、バカねぇ」

 

 梅里に言われて再びため息をついた照葉は、思いっきりためて断言した。

 

「バカって、なにがさ?」

「女心が分かってないバカだって言ってるの。ちょっと考えれば分かるでしょ?」

 

 やれやれと肩をすくめる母の仕草にカチンとくる梅里。

 

「好きでもない何でもない相手を甲斐甲斐しく見舞いに通ったりお世話したりしますか? なんとも思ってない相手の里帰りに付き沿う人がいますか? 帰省が偶然同じ日になって途中まで一緒になることはあっても、あの年齢(とし)の人が実家まで付いてきているのよ? これは据え膳でしょ?」

「なぁッ!? な、なんてこと言うのさ!?」

 

 母のデリカシーのない発言に顔を赤くしつつ、さすがに咎める梅里。

 だが、照葉は気にした様子もなくあっさり答える。

 

「うちは料亭ですからね。上げ膳とか据え膳なんて日常会話です」

「なに上手いこと言いました、みたいな顔してるのさ。母さんは知らないだろうけど、かすみさんは優しくて親切な人なんだよ? だから負傷明けの僕をわざわざ連れて来てくれたのに。その気持ちを曲解して……」

 

 そう言って怒る梅里。

 そんな煮え切らない我が子に。照葉もまた──ついに怒った。

 

「あのねぇ、帝都からはるばる水戸くんだりまで来ているんだから、脈がないわけないでしょ!」

「くんだりって言うな! 母さんは全水戸市民を敵に回す気か!?」

「いいのよ! 私は生まれも育ちも水戸なんだから。とにかく、あの()はアンタに気があるわ。自信持ちなさい」

「えぇ~」

 

 自信満々の母に対し、半信半疑の梅里。

 

「ところで梅里。彼女、水戸の出身?」

「え? いや……茨城出身とは聞いていたけど……どこかまでは聞いてない」

「なにやってるのよ、まったく……後できちんと聞いておきなさいよ」

 

 盛大なため息をつく母に、梅里の方こそため息をつきたかった。

 

「例え水戸だったとしても、わざわざうちまで来てくれたのよ? ましてそれが土浦か古河か結城か笠間か下館か麻生かしらないけど、余所(よそ)だったらなおさらじゃないの」

「なおさらって、なにがさ?」

「今日は何度となく帰る機会はあったのよ。もちろん、母さんが引き留めたんだけど距離があるならそれが断る理由になるでしょ? 大丈夫。その気がないならとっくに帰ってるわよ」

「また乱暴な理屈を……」

「とにかく、四の五の言わずにとりあえず試してみなさいな」

「……試してみて、母さんの勘違いだったら、帝都に帰ったら職場でものすごく気まずくなるんですけど?」

 

 梅里が言うと、照葉は苦笑を浮かべた。

 

「そうしたら私のせいになさい。明日、一緒に謝ってあげるから」

「いや、一緒にじゃないでしょ。一人で謝ってよ。共犯だったら気まずさ変わらないからね?」

「ああ、もう煮え切らない子ね。覚悟を決めなさいよ! 男でしょ!?」

 

 母親にジロッと睨まれると、幼いころのトラウマが発動して梅里はなにも言えなくなってしまう。

 大人しくなった梅里に満足したのか、照葉は良い笑顔で言う。

 

「今晩はカナも眠らせたから安心しなさい。私もお父さんも御爺様も気にしないから──遠慮なく大きな声を出していいから」

「は?」

 

 寝かせた、ではなく眠らせた、というのが怖い。

 そして後半の言葉は輪をかけてひどい。

 

「な、なんてこと言うのさ!?」

 

 梅里が顔を赤くしながら抗議すると、母は気にした様子もなくクスっと笑う。

 

「かすみさん、風呂上がったみたいだから間もなくこちらに来るわよ」

「……なんでそんなこと分かるのさ?」

「女将の勘、よ」

 

 そう言うと「じゃあ、がんばりなさいね」と一切合切を梅里に投げ捨てて、その場からそそくさと去っていく照葉。

 それを呆然と見送った──見送ってしまった梅里は、ふと我に返る。

 この敷かれた布団という状況をどうにかしようと考え──

 

「お風呂、お先にいただきました……」

「はイィィッ!!」

 

 後ろからかすみに声をかけられ、飛び上がらんばかりに驚く。

 

「ど、どうかしました?」

「な、なにが?」

「いえ、突然変な声を出していたので……」

「そ、そうかな……特に変わったことは……」

 

 それからぎこちない動きで振り返った梅里は、湯上がりのかすみにドキッとしつつ、彼女の視界に布団が入らないよう、自分の体で遮るように立ち位置を気にする。

 もちろんそんな姿は不自然であり、かえってかすみの気をひくだけで──

 

「──え?」

 

 梅里の背後──客間に並んで敷かれた布団に気が付いた。

 

「あ……」

 

 それを目にしたかすみは、顔を少し赤くしながら視線を逸らす。

 そんな反応に焦る梅里。

 

(やっぱり、職場で気まずくなるパターンじゃないか!)

 

 そう確信して母を恨む。

 かくなる上は、すべて母に責任を持っていくしかない。

 というか、すべて母がやったことであり、梅里もまた被害者のようなものだ、と自分に言い聞かせつつ、誤魔化そうと試みた。

 

「は、母が、ははは母が、なんか僕とかすみさんが恋人だと勘違いしたみたいで……いや、まぁ、困っちゃいますよね。まったく。アハハハハ……」

 

 動揺しまくって言い訳した後、乾いた笑いを浮かべる梅里。

 もちろん、そんなことをしようとも布団はそこに変わらず存在し続けるわけで──慌てた梅里は諸悪の根元であるこの布団をどうにかしようと振り返った。

 そして自分の布団を掴もうと手を伸ばし──

 

「まったく母さんったらこんなことをして……僕が小さいころは他人(ひと)のイヤがるようなことはしてはなりません、なんて注意していたくせに……あ、僕は自分の部屋ありますのでそっちの方で寝ますから、かすみさんは──」

 

 ふと──その袖が引っ張られた。

 

「……え?」

 

 何かが引っかかったのかと、思わず自分の袖を確認する。

 そこには透き通るような白さをした手が梅里の服の袖を掴み──布団を掴もうとした彼の行動を制止していた。

 

「かすみ、さん?」

 

 思わず問いかける。

 思わずとっていた自分の行動に驚いていたようなかすみだったが、その意味に自身で気がついて顔を赤くしていた。

 そんな彼女は、梅里の問いかけによって意を決し──答える。

 

「……イヤでは……私は、嫌ではありませんよ?」

「──え?」

 

 顔を上げたかすみと目が合う。

 

「梅里くんは……どうなんでしょうか?」

 

 恥ずかしがるように顔を赤くして目を逸らしつつ言った彼女の決意に──今度は梅里が応える番だった。

 

 

 ──その夜、しばらく耳を澄ませていた照葉だったが……夜半過ぎには、満足げな笑みを浮かべて眠りについていた。

 

 

────3────

 

 

 ──翌朝のこと。

 

 武相カナは訝しがっていた。

 別に寝不足というわけではなかった。昨日に限って、なぜか夕食後にやたらと眠くなって寝てしまい、ぐっすりと眠りこけた。

 気が付けば明るくなっており、その間、全く目が覚めなかったようだ。

 むしろ寝過ごしたくらいで、てっきり母に怒られると思ったのだが、その母はといえば……

 

「いいのよ、今日は。明日からは気を付けなさい」

 

 そんな感じで妙に優しかった。

 その様子も変だったが、それよりなにより、朝食を囲んだ武相家の家族団らん──父に母、長兄夫婦と、昨日返ってきた次兄の梅里、と彼に付いてきた女性──のはずなのだが、どうにも様子がおかしかった。──ちなみに祖父はいつも通り離れで一人で食事をしている。

 長兄夫婦と父親に変化はない。

 おかしいのは──次兄の梅里と彼が連れてきた女性、それに母親の三人だ。

 梅里とかすみというその女性は、昨日と比べると明らかに雰囲気が違う。

 

(なに? ウメ兄さんと、この人の感じ……)

 

 なにやら目を合わせず、どこかよそよそしい。

 しかしお互いに気をつかいあっているのが分かる。醤油差しをとってあげたりしているのは、タイミングといい妙に通じているような気がする。

 

(なんなのよ、この空気は……)

 

 梅里を慕う妹としては、なにやら由々しき事態な気配はするのだが、その決定的なものもモヤモヤとして感じられなかった。

 そして──もう一人様子がおかしいのが母である。

 

(朝から妙にニコニコして、逆に不気味……)

 

 なにやら明るい。そして優しい。先ほどの寝坊へのお咎め無しもその一環だ。

 笑みを浮かべながら配膳し、上機嫌の彼女はやたらと梅里と、彼が連れてきた女の人を気にしている様子だった。

 先ほども、その女の人が配膳を手伝おうとしたのだが、笑みを浮かべながら「大事な体なんだから」と気を使うような素振りを見せた。

 ちなみに──カナが「おかわり」と茶碗を出したら「自分でやりなさいね」と圧のある笑顔で断られている。

 

「いったい、何事……なにが起きているのかしら?」

 

 訝しがるカナが見る中で目を合わせない梅里とかすみ、

 そしてそんな二人をニコニコと見守る照葉。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんな光景を残しつつ──その日の午前中にかすみは去っていった。

 別れ際に──

 

「一刻も早く極意を会得して、帝都に帰りますので」

 

 と言った梅里に対し、かすみは──

 

「はい。お待ちしていますよ」

 

 と優しく笑顔で頷く。

 しばらく見つめ合っていたが、名残を惜しむかのように一度影を合わせ──二人は水戸で分かれたのであった。

 

 

 ──たとえその場で分かれ帝都と水戸で離れようとも、今の二人の間には確かな絆が生まれていた。

 




【よもやま話】
 元が短編だったので、慣れてきたのもあって、少し今までと変えました。
 その一環で、ちょっと一ページが長めなので文頭に頁内目次を付けました。

 さてコレは、11月13日の茨城県民の日記念に出した、茨城県出身の二人のifルートでした。
 本来ならこのように本編のエンディング後にだすべきだったのですが、さすがに一年温め続けるわけにもいかなかったので本編完結前に先出しました。
 完結記念に本来予定していた場所に再アップです。

 ゲーム的な解説をすると、二週目で出てくる選択肢、というヤツです。
 それを選んだら……という展開でしたが、本編でも道師が占いの結果ということで言及しており、それが伏線になっていました。
 そして──梅里の母のせいでR-15になりました。(笑)
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