サクラ大戦2外伝~ゆめまぼろしのごとくなり2~   作:ヤットキ 夕一

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【最終話】 ~ルート差分~

 どこまでも続く雲海の先に広がる、彼方まで真っ青な空。

 遥か上空という、人が普通に住む世界である地上にいては、絶対に見られない絶景。

 それを目の前にしながら──帝国華撃団・風組に所属し、その戦闘服に身を包んだ藤井かすみの目はその景色を捉えていても、彼女はそこを見てはいなかった。

 

 彼女がいるのは翔鯨丸の艦橋ではなかった。

 空中戦艦ミカサ──とてつもない巨体を誇り、さらには空を行く帝国華撃団の切り札。その艦橋へと彼女は移っていた。

 あの時、仙台へと大神とさくらを迎えにいった翔鯨丸。彼らを連れて帝都に戻るころには、他の花組隊員達は囚われの身となっていた。

 それらの救出と──突如現れた、かつて華撃団を苦しめた降魔を培養し、機械を組み込んで制御した降魔兵器の討滅を同時に行った華撃団。

 勝利したかに見えたそのとき、現れたのは維新軍騒動の最中で自殺したはずの首謀者、京極 慶吾。

 古い陰陽師の家系でもある彼は、今までの黒鬼会が出現した場所に施していた術式──八鬼門封魔陣を発動させ、巨大な空中要塞『武蔵』を帝都上空に召還した。

 

 その『武蔵』に立ち向かい、京極の野望を打ち砕くために、華撃団は切り札である空中戦艦ミカサを発進させ、風組であるかすみはその艦橋要員として出撃したのであった。

 

────1────

 

「……あの方のこと、考えていらっしゃいましたの?」

 

 大空を眺めていたかすみは、背後からの声に振り返る。

 

「すみれさん……」

 

 紫色の花組戦闘服に身を包み、肩付近で切りそろえた髪に切れ長の目をした──神崎すみれがかすみの方へと歩いてきていた。

 いつもの自信に溢れた彼女とは少し違う──重大な作戦を前にしての緊張があるのだろう、ほんの少しの不安感が見え隠れしている。

 しかしその目は──かすみを心配しているように見えた。

 

「武相主任……夢組隊長さんのことは、存じておりますわ」

 

 明治神宮にて黒鬼会の手の者に深手を負わされ、現在意識不明の重体。

 それを証明するように、本来ならこのミカサに乗り込んでいるのは夢組隊長の彼であるはずが、それに代わって副隊長の巽 宗次が乗り込み、夢組の指揮を執っている。

 

「そうですか……」

 

 かすみはすみれから視線を外すと、再び外を眺める。

 この青空と同じ空の下にある──花やしき支部にある医療ポッドでその傷を治しているはずだ。

 

「心配でしょうけど、そこまで深刻になられることは無いと思いますわよ。夢組のホウライ先生……とおっしゃいましたか、あの方がミカサに乗り込んでおられるようですから」

 

 そのホウライ先生こと、夢組錬金術班副頭の大関ヨモギは優れた技術をもつ医師でもある。作戦の要であるミカサ側での万が一の負傷者に備えて、彼女はこちらへ回されていた。

 

「気難しいところもありますけど、あの方の腕は確かなようですし。治療の途中で投げ出すような方ではないはずですわ」

 

 すみれが信頼しているのは、花組たちも大関ヨモギの世話になっているからである。少し横柄で皮肉屋なところもあるが、急病にも対応し、なんだかんだと言いながら癒えるまできちんと面倒を見てくれるのだ。

 

「あの方がこちらに来ていることこそ、治療が上手くいっている何よりの証拠でしょう」

「……ありがとうございます」

 

 すみれの気遣いをありがたく思い、かすみは微笑を浮かべて彼女に感謝を述べた。

 かすみとすみれの仲はいい。

 以前──それこそ華撃団が本格的に活動し始める前のことなので数年前になってしまうが──かすみとすみれは大喧嘩をしたことがある。

 しかし、それ以来わだかまりが解けたことで、なんでも言えるような間柄になり、今のような良好な関係を築いたのである。

 だからすみれは、かすみと梅里の仲を知っていた。

 

「でも──大丈夫ですよ、すみれさん。私、彼のことはそこまでは心配してません」

「あら……そうなのですか?」

「はい。なにしろ彼に言われてしまいましたから」

 

 意外そうに驚くすみれから視線を外すと、かすみは遠い目をしてそのときの言葉を思い出し──それを口にする。

 

「──僕を、信じてくださいよ。絶対に、死にませんから……だそうです」

 

 そう言ってかすみは微笑む。

 一方、すみれはその内容に驚いている様子だった。

 

「絶対に、って……そんなことをおっしゃったのですか? あの方は」

 

 先の戦いでの一度は死亡判定を出されたことは華撃団で知らない者はいない。すみれも知っていたのでさすがに呆れたのだ。

 

「ええ。ですから──私は信じます。彼のことを。すみれさんだって、大神さんの言うことは信じますよね?」

「それは……まぁ、少尉のおっしゃったことなら、わたくしは信じますけど……」

「それと同じですよ。すみれさんが大神さんのことを想う気持ちに負けないくらい、私も彼のことを信頼していますので」

 

 そう言って彼女は再び空へと目を向ける。

 そして──彼を愛する気持ちの強さならば、すみれの大神に対する気持ちにも決して負けないと、心の中で付け加えた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 ミカサの『武蔵』突入が迫り、かすみの様子に安堵したのか、すみれは自分の持ち場である霊子甲冑が搭載された轟雷号へと去っていった。

 

 さて──『武蔵』に突入する前後において、ミカサは二度の危機を迎えた。

 一度目は、霊子甲冑が動けないのを見計らったタイミングで、倒されたと思われていた土蜘蛛の駆る八葉が満身創痍の状態で奇襲を仕掛けてきた。

 ミカサを墜とす為、中央通風口から内部に進入して自爆を仕掛けんと迫る八葉。

 その通風口の整備をしていた夢組錬金術班が決死の覚悟で挑み、錬金術班頭の松林 釿哉、副頭の大関ヨモギ、越前 舞の三人が放った一撃でどうにか直前で撃破に成功した。

 そして二度目は、ミカサが突入した後のこと。轟雷号でさらに奥へと進んだ花組が倒した五行衆の最後の生き残りである金剛の大日剣を倒したのだが、今際(いまわ)の際にあげた断末魔の叫びに金剛専属の脇侍である黄童子が反応して周囲の怨念と大日剣の残骸を取り込み、ミカサへと襲撃してきたのだ。

 大日剣と見紛うような姿となった黄童子はその力も比肩するほどであり、霊子甲冑のないミカサ防衛隊は苦戦を強いられるが──出撃した夢組副隊長・巽 宗次が命がけで放った最終奥義によって破壊されるのであった。

 

 しかし──それらの代償として、迎え撃った夢組錬金術班の頭と副頭二人、それに副隊長は爆発に巻き込まれてしまう。

 

────2────

 

 最高責任者であり指揮者の戦線離脱は、夢組内に動揺を与えた。

 中でも、宗次と恋仲であった夢組予知・過去認知班の頭にして、夢組副支部長だったアンティーラ=ナァムのショックは大きく──泣き崩れた彼女に、かすみは声をかけることさえできなかった。

(もしあれが──巽副隊長ではなく、梅里くんだったら……)

 ティーラの悲しみを考えると不謹慎なことだとは思ったが、それを考えないわけにはいかなかった。巽副隊長は、いわば梅里の代わりにそこにいたのだから。

 もしも梅里が、大日剣と相打ちのような形になったとしたら──それを考えるだけで足がすくむ。

 それでつくづく思い知らされる。今こうしてこのミカサの艦橋に立って、役目をこなせているのは、梅里が生きながらえているからだと。

 もしあの時──明治神宮の一件で命を落としていたり、今も生死の境をさまよっていたとしたら、とてもではないが仕事が手を付かなかっただろうと思った。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そして──戦いはミカサだけでなく、地上でも続いていた。

 

 銀座の帝劇本部がミカサの一部になったために、地上に残された華撃団の拠点となった花やしき支部。

 その防衛戦は、花組をミカサに総員をつぎ込んだため、降魔兵器相手に厳しい戦いを強いられていた。

 

『──アイゼンクライト、霊力数値が稼働ギリギリまで落ちています!』

 

 広域通信用の共通系の通信に、花やしき支部からの悲痛な声が響く。

 霊子甲冑アイゼンクライトは、欧州星組で採用された機体であり、その星組出身のレニと織姫の機体が帝国華撃団花組で運用されていた。

 しかし、天武のロールアウト後はそちらに乗り換え、この決戦においても二人のための光武・改が用意されたことと、アイゼンクライトは他の天武や光武・改とは規格や部品の異なることから整備性を重視されて、置いていくこととなった。

 その残されたアイゼンクライトを使用しないのはもったいないと、華撃団養成機関である乙女組の者に合わせて調整して出撃させていたのである。

 少しでも降魔兵器に有効である霊子甲冑を運用しようとしたために苦肉の策だったが──まだ未熟な搭乗者は、本来の搭乗者ほどの継続戦闘は不可能で、限界を迎えようとしていた。

 それでも、気丈にがんばろうとする搭乗者。

 しかしそれは──不用意な攻撃は相手にさしたるダメージを与えられず、逆に自分の大きな隙を生む。

 

『──なずなッ!!』

 

 思わずあがった搭乗者を呼ぶ悲鳴。

 その主は、搭乗者の姉である夢組幹部──白繍せりがあげたものだった。

 悲痛な声に、思わず艦橋にいた者達の視線が、モニターのその場面に集中する。

 そこから──まるでスローモーションのようにその光景が流れた。

 

 

 青いアイゼンクライトめがけて勢いよく伸ばされる降魔兵器の腕。

 その先にある鉤爪は、アイゼンクライト前面の装甲を貫かんとしている。

 攻撃のために伸ばされたアイゼンクライトの手にする錫杖での防御は間に合わず──

 無理な攻撃を仕掛けて姿勢を崩しているため、回避行動もとれない。

 その鉤爪が勢いよく、アイゼンクライトへと突き出され──

 

 

 ──横から来た白刃に斬り飛ばされた。

 

「え?」

 

 かすみは、その光景に呆気にとられていた。

 絶体絶命の危機だった。もし、あのまま鉤爪がアイゼンクライトの正面装甲に当たっていたら、間違いなく装甲を貫き──中の搭乗者もタダでは済まなかっただろう。

 しかし鉤爪は、突き出された勢いそのままに、アイゼンクライトの脇を通り抜けてスッ飛んでいった。

 さらには放物線を描いて宙を舞い──思わずそれを目で追いかけてしまう。

 

「──ャァァァァァ!!」

 

 続けざまに起こった、降魔兵器の断末魔の叫び声で我に返り、本体の方を見る。

 霊力による致命的な一撃を受けた降魔兵器は、降魔同様に、その体は霊力によって分解され──まるで塵のように崩れ去る。

 それを背景(バック)にその男は、刀についた降魔の血を振り払い──血もまた同じように塵となって蒸発する──それを流れるような動きで、収める。

 

「……あれは…………」

 

 その刀は鍔は梅花の意匠のそれであり、ほとんど黒の濃紫色でこしらえられた鞘へと収められ──彼の周囲に銀色の霊力の残滓がキラキラと舞っている。

 刀の銘は『聖刃・薫紫』。

 江戸の鬼門・北東に位置する水戸徳川家にあって、代々魑魅魍魎を狩ってきた家の、その役目に任命された者が持つ──魔を斬る刀の一振りである。

 そして、今代のその所有者は──

 

「梅里くん……」

 

 かすみの目から思わず涙がこぼれていた。

 狩衣を模した男性用夢組戦闘服は、隊長を示す独自色(パーソナルカラー)である白に染められ、金色の意匠や飾りがそれに花を添えている。

 顔立ちは年齢の割には若く見え、ともすれば頼りなくさえ思わせるが、纏う歴戦の猛者の雰囲気がそれを打ち消している。

 その姿に──かすみは思わずドキッとする。

 

(出来過ぎじゃないですか、あんな登場なんて……)

 

 誰かの危機に颯爽と現れ──そしてこともなげに救うその姿は、まるで演劇のようであった。

 

『そこの、アイゼンクライト……無事?』

 

 モニター越しに聞こえたその声は間違いなく──かすみの想い人、武相 梅里のそれである。

 それに──

 

「は、はいィッ!!」

 

 中の搭乗者が声を裏返らせていたが、それも無理もないだろう。

 絶体絶命の窮地を助けられ、平然としていられる者などいるはずがない。

 

(まったく、天然であれをしてしまうのですから……)

 

 油断も隙もない、と苦笑するかすみ。

 あれをされたら──惚れてしまうのも無理はないだろう。命を助けられたのならなおさらだ。

 ともあれ、仲間の危機を助け、命を一つ助けたのは間違いないのだから、とかすみが自分を納得させ──

 

「まったく──遅いわよ、梅里ッ!!」

 

 刀を納めた彼に、白繍せりが抱きつき──それを見て、かすみの表情が固まった。

 

 そして、にっこりと笑みを浮かべる。

 

「う~め~さ~と~く~ん~?」

 

 かすみが無理につくった笑顔のこめかみには明らかに青筋が浮かんでいた。

 それを横目に見た、由里が顔をひきつらせる。

 

「あの、かすみ……気持ちは分かるけど、今は戦闘中だからね?」

 

 恐る恐るといった様子で、隣の由里が声をかけてくる。

 

「ええ……わかってるわ、由里。わかってるのよ……でも、おさえられない感情ってあるじゃない?」

「あ……うん、そうね。だったらかすみは、とりあえず…………」

 

 想わず救いを求めてかえでと米田を振り返ったが、二人とも苦笑を浮かべて、我関せずと言わんばかりに視線を逸らす。

 それじゃあ、とばかりに椿を振り向くと、彼女はあわてて手元の計器をわざとらしくチェックし始める。

 

(まったく、夫婦喧嘩は犬も食わないっていうけど──痴話喧嘩に巻き込まれてもろくなことにならないわね)

 

 ──そんなことを考えながら、由里は深くため息を付いた。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 そんな風にかすみに見られているとは露知らず、復帰した梅里は帝都に残っていた夢組幹部たちと合流する。

 そこに現れたのは──梅里を今の今まで出撃不能にまで追い込んだ黒装束の男“人形師”幸徳井 耀山だった。

 現れた敵は、梅里に明治神宮のときと同じ技を仕掛ける。

 切り札である空間支配による範囲限定での時空間停止。その止まった時の中で動ける耀山に対し──梅里は満月陣・月食返しという相手と同じ能力で返す技で対抗し、一矢報いる。

 切り札を破られた耀山は自身の操る妖力の糸で魔法陣を描き──彼が自分の夢として集めていた巨大魔操機兵のパーツを組み合わせた、超巨大魔操機兵を召還し、それに乗り込む。

 そして──超巨大魔操機兵・「六道」は起動した。

 

────3────

 

 その巨大な偉容に、ミカサの艦橋内にも緊張が走った。

 それは今まで黒鬼会が繰り出してきた巨大魔操機兵の集合体だった。

 八葉の頭部と胴体。

 三対の腕は、上から闇神威、大日剣、宝形のもの。

 下半身は智拳をベースに、五鈷のパーツで補強されている。

 それらが一つとなり──暴れて周囲を破壊しながら花やしき支部へと迫っている。

 

「マズいな、霊子甲冑なしにアレとやり合うのは無理だ」

 

 さすがに米田が苦々しい表情でモニターを見つめる。

 隣に立つかえでも厳しい表情でそれを見つめており、気持ちは同じようだ。

 

『くッ……花やしき支部外苑の結界、限界寸前です!!』

 

 支部に常駐している風組隊員が、支部の作戦指令室から切羽詰まった通信を飛ばしている。

 

『とりあえず、アイゼンクライトを再起動させて』

『しかし、搭乗者が……少しは休憩して回復していますが、すぐに限界になりますよ?』

『近江谷姉妹は? 複座型は使えないの?』

『白繍候補生以上に深刻です。霊力同調の維持を考えたら、とても戻せません』

 

 良い報告がないまま、各所からの通信が艦橋内にも流れる。

 そこへ──

 

「米田指令、武相夢組隊長から緊急の具申です」

 

 由里の凛とした声が艦橋内に響きわたった。

 その名前に、かすみは想わず顔を上げてしまう。

 

「内容は?」

「その……先方の希望なのでそのまま読み上げます……ミカサの主砲で、あのデカブツをぶっ飛ばして欲しい。以上です」

 

 困惑気味に報告する由里。それに米田は──

 

「アイツ……」

 

 イライラとしながらこめかみを押さえる。

 

「ウメに通信つなげ!!」

「は、はい!」

 

 怒鳴られた由里が首をすくめつつ、梅里へと通信をつなげる。

 かすみとしてはさっきの件も問いただしたいところだが、とりあえず米田とのやりとりを傍観するしかない。

 

「長官、先ほどの件、よろしいでしょうか?」

「バカか、オメエは!! 素人のオメエにはわからねえだろうが、戦艦の主砲なんてものは、初弾命中なんてしねえもんなんだよ!!」

 

 受理されることを疑ってないような梅里の発言に、米田がキレる。

 米田の言うように、海上の戦艦の艦砲射撃を初段命中させるのは非常に難しい。

 一発撃ち、着弾を見て補正してさらに射撃……を繰り返し、精度を上げていって当てるのである。

 そして──

 

「ミカサの主砲が外れてみろ、そこら周辺一帯は壊滅的損害が出るぞ! できる訳ねえだろうが!!」

「では……僕らが、“目”になったらいかがですか?」

「……なに?」

 

 梅里の提案に、米田は目が点になった。

 彼が考えた作戦は、発射側であるミカサと、着弾側である帝都地上で『六道』と対している夢組隊員たちを精神感応でつなげた上で、狙撃用の照準機とする。

 もちろんそこに、弾道予測も入り──そこは未来予知も入れて精度をさらに上げる──それら夢組のサポートを入れて、確実に初段を命中させる、というものだった。

 

「かなり無謀な作戦ね……」

 

 ため息混じりにかえでが評価する。

 

「それは百も承知です。でも……それ以外に手がありません。なずなちゃんは限界ですし、そもそもアイゼンクライト一体でどうにかできるような相手ではありません」

 

 梅里の反論に、米田はガリガリと頭を掻く。

 そして苦々しい顔で──

 

「わかった。難しいことは間違いないが──それをやらなければ花やしき支部は壊滅する。そうなればアレを止めることはできん。一か八か……いや、絶対に命中させて、ヤツを──『六道』を倒せ!!」

「了解!」

 

 米田が手を振って指示を出すと、梅里は敬礼を返した。

 それで作戦が開始された。

 急遽、逆噴射で『武蔵』を離れたミカサは回頭しはじめた。

 

「鑑首、浅草・花やしき方向へ」

「了解」

 

 艦橋に響く指令。それに応じて舵を取るかすみは、ミカサの鑑首を花やしき方面へと向けた。

 そしてミカサ内部では、乗り込んでいた夢組隊員たちが集まり、座禅を組んで精神を集中させていた。

 彼女らが練り上げた霊力は、ミカサの主砲へと込められ──それに合わせて発動している念動によって微細な弾道修正がかかる。外すことができないからこそ、確実に命中させるためのものだが、気休め程度にしかならなかった。

 それでも──さらには『六道』の強力な妖力の壁をぶち破るためにも夢組隊員たちは霊力を全力で込める。

 さらには乗り込んでいた調査班が中心になって狙いを定めている。

 

「主砲、展開……」

 

 鑑首に装備された九十三尺の口径を誇る主砲が姿を現す。

 そして──

 

「──えッ!? 緊急報告です! 花やしき支部からの通信、途絶えました!!」

「なんだと!?」

 

 椿から焦った声が発せられ、米田の顔がひきつった。

 花やしき支部を襲っていた『六道』の攻撃が、ついにその結界を破り、通信用の塔を破壊されてしまったのだ。

 それでミカサと繋いでいた遠距離通信が切れてしまったのである。

 

「クソッ! こんな時に……夢組の精神感応で、フォローできねえのか?」

「細かな調整までは難しいかと──」

 

 そう報告しながらかすみは沈痛そうに目を伏せる。

 その調整を通信を使ってやる予定だったのだが、その手が潰されてしまったのだ。

 おまけに通信が途絶えたせいでミカサからは『六道』の位置がまったくわからない。これでは狙いようがない。

 そこへ──

 

(かすみさん、聞こえてますか?)

 

 目を伏せていたかすみの頭に、突然に声が響いた。

 

「え──?」

 

 思わず周囲を見渡す。

 そして確認するが──相変わらず地上との通信は切れたままだ。サブの施設を使うにしても、復旧までにまだ時間がかかる。

 

(念話をつなげてもらいました。梅里ですが……)

「う、梅里くん!?」

 

 驚いて思わず声を上げる。

 それをいぶかしげに見る艦橋の面々。

 

(普通なら、特殊な装備を使わなければここまでの距離の念話は不可能だそうなんですけど……かすみさんと僕の間の強い繋がりを利用すれば、できるらしくて……)

 

 梅里自身も半信半疑な様子だったが、とにかく念話での通信はつながっている。

 夢組特別班所属の『念話(テレパシー)』の専門家が、その力を使ってつなげたようだ。

 経緯はともかく、今はその通信ができている事実こそ重要だ。

 そして梅里は指示を出す。

 

(敵は……六道は、僕の少し前…………)

 

 その位置が、かすみの脳裏にハッキリと捉えることができた。精神感応の(たまもの)である。

 そして、梅里とつながったことで影響を受け、さえ渡ったかすみの霊感はそこまでの弾道がイメージされ、頭ではその計算が行われる。

 そして──

 

「由里! 鑑首を0.2度補正して──」

「え?」

 

 かすみからの指示に驚く由里。

 そのかすみは──米田に叫ぶ。

 

「夢組隊長と精神感応で繋がっています。今ならあの超巨大魔操機兵に……直撃させられます!」

「うむ! よし! かすみ、お前に照準からなにまで、すべて任せる。キッチリ、ぶち当てろよ!」

「はい!」

 

 米田の言葉にうなずき、ミカサの微調整が行われる。

 だが、六道は巨大とはいえ魔操機兵である。相手は動き回る。

 なかなか的が絞りきれない。

 さすがに焦れるかすみ。

 そこへ──

 

(かすみさん、落ち着いて。今からあれの足を止めますので、それまで少し待ってください)

(あんな大きな敵の足を?)

 

 巨大魔操機兵よりもさらに大きなそれを、生身で止めるということがにわかに信じられない。

 だが……

 

(──それでも、信じます!)

 

 彼がやると言ったのだから、必ずやってくれる。間違いなく。

 そこへ──

 

 

「こんなところにいたのか! 武相 梅里ォォッ!!」

 

 

 梅里を見つけた六道が、迫る。

 満月陣──霊力によって生み出された銀の光球に包まれたまま、ジッと見ている梅里へと襲いかかる六道。

 それに梅里は──

 

「月食返し──」

 

 梅里の使う武相流は月の属性を持つ。

 その真の能力は月という“天に浮かぶ巨大な鏡”という性質の具現化である。

 迫る六道は、その巨体で梅里を威圧する──が、そのサイズ差の威圧をそのまま返した。

 

「なッ!?」

 

 突然、超巨大になったと錯覚するほどに増した、梅里の存在感に思わず怯む耀山。

 六道の足は完全に──止まった。

 それを見た梅里は人差し指を向け──

 

「かすみさん、今だ!!」

 

 そう叫び──そこから遙か彼方の空の上で、それに応じる者がいた。

 

「了解です、梅里くん!!」

 

 その脳裏には即座に弾道計算も入れた照準が描かれ、六道を正確に捉えていた。

 かすみは一瞬の躊躇もなく──

 

 

「ミカサ、主砲──発射!!」

 

 

 超絶的な威力と射程を誇るその大砲をぶっ放す。

 巨大な爆炎や轟音と共に放たれたミカサの九十三尺砲の弾丸はわずかに弧を描き──

 

「な! にィ──!?」

 

 音速を超える速度で飛来する巨大な物質に、六道の中にいた耀山は目を見開いた。

 直後──狙い違わず六道を打ち抜く。

 

 

 魔操機兵が持つ妖力の壁が通常兵器の威力を削ぐといっても、あまりに強大なその威力の前には、減衰させてもなお破壊するには十分な威力がある。

 超巨大魔操機兵は超威力の巨砲が放った砲撃の前に砕け散った。

 

 

────4────

 

「──ッ!!」

 

 着弾の直前、梅里は自分の前に結界を展開させ、さらに地面に伏せていた。

 長々と続くその猛烈な衝撃派をどうにかやり過ごす。

 だが着弾の轟音と爆発したような衝撃の中で──梅里は違和感を感じていた。

 

「威力が、減衰されてる?」

 

 梅里が当初考えていた以上に衝撃が弱かったのだ。

 正直な話、この至近距離での着弾で、梅里は自分の命に危険があると覚悟していたほどである。

 しかし、そこまで考えていたのに、襲ってくる衝撃波は予想よりも明らかに弱い。

 

「考えられるのは──」

 

 ミカサの主砲の威力が弱かったということはあり得ない。

 そうでなければ妖力に守られた六道を破壊することなどできなかっただろう。

 叩く側に威力に想定外が無ければ、考えられるのは当然、叩かれる側──梅里が想像する以上に、その威力が減衰させられた可能性だ。

 やがて巻き上げられた粉塵も収まりつつあり、視界が徐々に開けてくる。

 そして──

 

「やはり……」

 

 そこには、辛うじて破壊を免れていた六道の──八葉のそれでもある胴体と搭乗席が、原形をとどめて残されていた。

 三対の腕は根本から完全に消し飛んでおり、胴を支えるはずの下半身も、かかった負荷に耐えきれなかったように、上からの力でぺしゃんこにつぶれていた。

 無論、胴体が残っているからといって損傷が軽いわけではない。歪んだ搭乗席のハッチは開くことができず、わずかに開いて隙間から中が覗ける程度でしかない、

 

「まだだ!」

 

 その搭乗席で、耀山は叫ぶ。

 今の一瞬──砲撃に気づいて着弾するまでのほんのわずかな時間で、耀山は六道の三対六本の腕を全て眼前につきだし、ありったけの妖力を込めた。

 突き出されたそれぞれの腕から生まれた障壁は少なからず、その砲撃の威力を削いだのである。

 それでも威力は殺しきれず──どうにか逸らしてかろうじて直撃は避けたが、その恐るべき威力に下半身が耐えきれなかった。

 しかし──それが逆に功を奏し、そこで下半身がつぶれたからこそ力が逃げ、搭乗席のある上半身がつぶれずに済んでいた。

 そんな破壊の中心点で、叫んだ耀山の声に応じ──周辺から降魔兵器が続々と集まってくる。

 

「これは!? まだ……諦めないのか」

 

 その光景に戦慄する。

 耀山自身を追い詰めたが、これはさすがに分が悪い。

 梅里も一対一なら降魔と正面から戦える実力を持っているし、降魔兵器にもけっして遅れをとらないが──さすがに複数体を相手にするのは無理だ。

 

「それこそ、霊子甲冑でも無いと……」

 

 あっても、それが乙女組隊員の乗るアイゼンクライト一体では、さすがに無謀だ。

 光武・複座試験型も搭乗者である近江谷姉妹がまだ戻らない。

 梅里がギリッと悔しげに歯を食いしばったとき──それは起きた。

 薫紫にいつもの危険感知とは違う反応の、所有者に知らせようとして霊感に触れる感覚があった。

 

「──今のは?」

 

 梅里がそれに疑問に感じて周囲を探ると──耀山の下に集まっていた降魔兵器が動きを止めているのに気が付いた。

「な……馬鹿なッ!!」

 戸惑う耀山。

 

 

 地上にいる彼にとって、『武蔵』の最奥に鎮座した降魔兵器を制御する宝玉が、帝国華撃団花組の隊長・大神 一郎と、隊員である真宮寺さくらによる『二剣二刀の儀』によって破壊されたことを知る由もなかった。

 

 

 どんなに呼びかけようとも応じない降魔兵器。

 それに焦れた彼は──

 

「例え降魔兵器が動かずとも、まだ終わらぬ!! 私はまだ京極様に恩返しもしておらぬ。そして──この国を救うためにもまだ……まだまだ、止まるわけには、いかんのだァッ!!」

 

 彼が中に入った搭乗席から、無数の黒い糸が放出される。

 わずかに開いた部分は、まるで縫合されるように塞がれ──無数の糸の先端は、先ほどからピクリとも動かない降魔兵器へと襲いかかる。

 

 

「まだだ! まだだ! まだだまだだ!まだだまだだまだだまだまだまだだまだだまだだまだまだまだまだまだだまだまだまだだまだだまだだまだまだまだだまだだまだだまだまだまだまだまだだまだまだまだだまだだまだだまだまだまだだまだだまだだまだまだまだまだまだだまだまだだあああぁぁぁッ!!!」

 

 

 無数の降魔兵器が、糸に捕まり、搭乗席の元へと集められていく。

 圧し潰されたそれは、降魔の体液をまき散らし、さらには虚空に淀んだ瘴気を広げる。

 何度も何度もそれが繰り返し行われ、ドス黒い靄となったそれは中心の搭乗席へと集まり、さらにその濃度を高め──漆黒をした球状の瘴気の塊となる。

 まるで卵のようなそれは、身動きの取れぬ降魔兵器からも瞬く間に妖力や瘴気を集めて一気に肥大化し──漆黒の卵が、ついに割れる。

 

「な!?」

 

 梅里は、生まれたそれを見て絶句した。

 通常のものの何倍もの巨躯を誇る──巨大な降魔兵器が生まれたのである。

 そしてそれは──梅里にとってかつて対峙した敵を思い出させていた。

 

「あのときの、再来ってわけか……」

 

 上位降魔『十丹』が、十人全員で融合して生まれた巨大降魔。

 その姿はまさにそれとうり二つであり──巨大降魔兵器ともいうべき代物であった。

 

◆  ◇  ◆  ◇  ◆

 

 巨大降魔兵器出現の報は、予備回線を使って通信がかろうじて回復したミカサにも届いていた。

 その艦橋に、由里の報告が響く。

 

「現在、夢組が中心となって討滅作戦を実施中……夢組が……え!?」

 

 報告していた由里が──突然、戸惑うような声を上げて言葉がとぎれた。

 それに米田は思わず眉をひそめる。

 

「どうした?」

「由里、報告は速やかに、明瞭に」

 

 すかさずかえでからも叱責が飛ぶ。

 それで気を取り直した由里が再び報告を再開させるが──

 

「は、はい。失礼しました。それがその……夢組が『陰陽七曜の陣』を使い、武相隊長の『満月陣・望月』で迎え撃つ、そうです」

 

 そう言って、気まずげに、複雑な表情で由里は報告した。

 

「な──」

 

 さすがに絶句する米田。

 前回の大戦と同じような相手に対し、ほぼ同じ作戦を行う──それで敵を倒しているのだから正解に思えるが、違う。

 

「バカな! アイツは前回、それで──」

 

 激高する米田。

 そのときその場にいなかったかえでさえも、事情を知っており顔を青ざめさせていた。

 

「梅里くん……ダメよ! 命を賭けるなんて……全員生きてこそ本当の勝利なのよ」

 

 彼女の脳裏には、あの戦いで犠牲となった姉の姿が浮かんでいた。

 そして──報告した本人である由里と、その傍らの椿は考えていた。

 

(でも、そんなの、かすみが許すわけがない!)

(かすみさん、絶対に止めるはず……)

 

 同僚として、かすみと梅里の関係に気が付いている由里と、概ねわかっている椿が、かすみを振り返った。

 そんな二人が心配する中で、彼女は──完全に動揺し、肩を抱いて己の身が震える…………ことなく、泰然と通信を行っていた。

 

「「え……?」」

 

 拍子抜けしたような二人。

 それに気が付いたかすみは、怪訝そうに二人を見る。

 

「いったいどうしたの? 由里、椿……作戦行動中よ?」

「それはこっちの台詞よ、かすみ! なんで平気な顔してるわけ? あの、主任さんが、武相隊長が前回命を失いかけた方法をやろうとしているのよ!?」

 

 由里がかすみに詰め寄る。

 だが、かすみは毅然とした表情で──

 

「そうね」

 

 ──とだけ答えた。

 

「そうねって……かすみ、あなた…………」

「かすみさん! 前に助かったのは、奇跡みたいなものだって、ホウライ先生も仰ってましたよ? 一度完全に死んでいたのに生き返ったとしか思えない、医学ではまったく説明ができないって……そんなことが都合よく何度も起こりませんよ!?」

 

 椿もまた、かすみに問いかける。

 二人の様子は、当事者であるはずのかすみ以上に取り乱しているようにしか見えなかった。

 その一方で──かえでは梅里に説明を求めていた。二人の懸念はまさにかえでや米田もまた同じだったからだ。

 それに梅里は、前回の「五曜の陣」と異なり、カーシャが入り「七曜の陣」となったことで日=陽属性という皆の希望の象徴である霊力を集める存在が入り、梅里の負担が格段に減ったことを説明した。

 さらには彼が会得した『満月陣・朧月』が、「無」へと没頭することで個性が無くなり、大神の霊力特性である『触媒』とそっくりな特性を持つことが判明していたことも付け加える。

 その説明にかえでは──

 

「わかったわ、梅里くん。何よりほかに手段がない。あなたの作戦に異論はないわ──」

 

 そう言ってかえでは米田をちらっと見る。

 米田もまた「うむ」と頷いてそれを追認した。

 そんなかえでだったが──米田の後に、ちらっと視線をかすみに向ける。

 

「かすみ……あなたはそれでいいのかしら?」

「はい。私は彼を……信じていますから」

 

 そう尋ねてきた彼女に、かすみは力強くうなずいた。

 

「そう。わかったわ……梅里くん、頼んだわよ」

「了解!」

 

 その返答を最後に──夢組の作戦は実行された。

 

────5────

 

 円形に陣を敷いた夢組達。

 その外周から生まれたおびただしい量の霊力は、奏でられた調べによって導かれ、陣の中心へと集まっていく。

 そこでは陰陽五行の属性である木・金・火・水・土の強い霊力属性を持った者達が五人が集まり──劣性属性から優越属性へと霊力を回して増幅し、さらに回す。

 強大な渦となったその霊力の中心には、皆の希望の象徴──太陽の力である陽属性の霊力を持った夢組隊員が力を発揮して束ねている。

 そしてそれを──

 

「頼んだわよ、ウメサト!!」

 

 その傍らで無の境地へと至り──歪みも曇りも無き鏡となった梅里が、受け止める。

 淡く銀色に光る満月陣・朧月から──金色に光り輝く満月陣・望月へと一瞬で切り替わり──梅里は瞬間移動していた。

 

「かすみ、いいの? 平気なの?」

 

 もはや手遅れな段階ではあったが、由里は訪ねずにはいられなかった。

 そんな由里を振り向くことなく──梅里の姿を一瞬たりとも見逃さないとばかりにじっと見続けながら、かすみは答える。

「あの人は……梅里くんは自分を信じて欲しいと、絶対に死なないと、私に誓ってくれたのよ。だから私は……彼を信じるだけ」

 そう答えるかすみの目は、完全に彼を信じ──迷いがなかった

 金色の光を放つ球状のフィールドに包まれた彼が、巨大降魔兵器の眼前へと瞬間移動する。

 そして──そのとき、かすみは思わず手を差し出していた。

 巨大降魔兵器の傍らで囮をつとめていた月組達が梅里に気が付いて手を向けるよりも早く。

 広げた手のひらは熱く──そこから放たれる霊力が、彼へと届くイメージがハッキリと浮かんだ。

 

(梅里くん……お願いします。そして、どうか無事で……)

 

 自分の手のひらから流れ出る霊力に、思いを込め──その手にはしっかりと握られた感覚が感じられる。

 

「え──?」

 

 戸惑った彼女の脳裏に──

 

(ええ、もちろんですよ。かすみさん!)

 

 思いに応える梅里からの返事が聞こえた気がした。

 そして──

 

 

「帝都を害するその悪意と怨念を──断つッ!!」

 

 

 梅里が叫びと共に振り下ろした金色の光の刃は、延びて巨大降魔兵器を切り裂き──断末魔の叫びをあげ、降魔兵器は吹き散らされるようにして、その姿を消し去るのだった。

 

「やった!!」

 

 思わずあがった由里の快哉の声が、隣から聞こえる。

 かすみもその光景を見て、無意識のうちに胸に溜めていた空気を、ほぅと大きく吐き出した。

 だが──まだ気を抜くわけにはいかなかった。

 梅里は刀を振り下ろした姿勢で固まっていた。

 

 その姿は──2年前のそのときの姿を連想させた。

 

 それを同じくミカサの艦橋で、モニター越しに見ていたのを覚えている。

 あのときのかすみはまだ彼に特別な感情を持っていなかった。

 だからこそ、あの時のことを思い出し、恐怖に体が震えそうになる。

 

「梅里……くん?」

 

 唖然とするかすみ。彼への信頼にほんの少しだけ疑念が──信頼ではなくそれが妄信でしかなかったのか、と背筋が寒くなったとき──グラリと体が揺れる。

 

「──ッ!?」

 

 思わず息をのむ──が、次の瞬間、彼はグッと足で地面を踏みしめた。

 同時に刀の切っ先を地面に突き立て、杖のようにして体を支える。

 

 そして──握りしめた右手をしっかりと上空へ突き上げた。

 

 言葉こそ発することができなかったが、それは戦果を何よりも雄弁に語った──凱歌であった。

 次の瞬間──爆発的に沸き上がる歓声。

 モニターの向こうでは、梅里の下へと夢組はもちろん、月組や雪組、さらには現地にいる風組隊員達もまた勝利の祝福をせんと駆け集まっている。

 それを見ながら──かすみの目からは涙が溢れていた。

 

「梅里くん……よかった…………」

 

 笑顔でありながら、溢れる涙は止めることができない。

 

「それに……ズルいですよ、あんなこと…………」

 

 梅里が突き上げた拳。

 その真っ直ぐ先には──空中戦艦ミカサ。そしてその艦橋であり──そこにいる彼女に向けて正確に伸ばされ、その心臓を文字通り打ち抜いていた。

 思わず戦闘服の上から左胸を押さえるかすみ。

 

「あんなことをされたら、私…………」

 

 かすみの目からは涙があふれる。

 その心臓がドクンドクンと強く奏でる鼓動が、ハッキリと感じられた。

 そして顔を赤らめながら思う。

 今すぐにでも彼の元に飛んでいきたい、そう思ったが──それはできない。

 今の二人の間にはあまりにも遠い物理的な距離があった。

 それがひどくもどかしかった。

 モニターの向こうでは、夢組の皆が梅里の元へと集まり、それ以外の月組や付近の雪組、風組といった者達が彼を称えるのに──その歓喜の輪に入ることができないのだから。

 

「悪ぃな、かすみ」

 

 そんな彼女の心境を察したのか、米田が苦笑混じりに言う。

 

「オレも馬に蹴られたくねえから送り出してやりたいんだが……ちょいと距離が離れ過ぎちまってるからな」

 

 そんな米田に、かすみは首を横に振る。

 

「いえ、司令……私は私の役目がありますので。それを全うしなければ、彼に会う資格がありませんから」

 

 それにはさすがに驚く米田。

 

「まったく……(かて)えなあ、お前さんは。そんな固っ苦しいと、ウメに逃げられちまうぞ?」

 

 米田の冷やかしに、かすみは胸を張って答える。

 

「あの人は、あれだけのことを──命がけで帝都を守ったんですから。私も自分の仕事を全うしなければ、彼に顔向けできませんから」

 

 気を引き締めるかすみ。

 そこにミカサに配属されていた夢組調査班から、武蔵内部で強大な妖力反応が、それを上回る霊力反応によって打ち消されたという報告が入った。

 

「これは……」

「ああ、大神達もやってくれたようだな」

 

 かえでの言葉に、米田は大きく頷く。

 

「約束通りの大宴会……準備頼むぞ、かえで」

「はい、お任せください」

 

 米田の言葉に、頷くかえで。

 その直後、予知・過去認知班のティーラから「鑑首を突っ込ませてください」とポイントを指定した依頼がくる。

 彼女の話によれば、武蔵内部で崩壊が起こり、そうしないと花組が巻き込まれて帰還できなくなるとのことだった。

 それを聞いた米田は、これ幸いとばかりに──かすみに指示を出した。

 

「かすみ……最後に一仕事、頼むぞ」

「了解しました! お任せください、司令!!」

 

 かすみの操舵でミカサは武蔵に再突入を敢行する。

 ティーラが指定したポイントへと寸分違わずに鑑首が貫き──その甲斐あって花組を無事に救出することができた。

 

 

 こうして帝国華撃団は犠牲者を出すことなく、この戦いを終えるのであった。

 

 

 ──ちなみに、戦闘中に行方不明になっていた夢組の幹部達は、全員通信機が壊れて音信不通になっていただけで──意識を失っただけだったり、落下傘で無事着地したりして、皆無事であった。

 


 

【かすみエンディング】

 

 黒鬼会との──京極 慶吾との戦いが終わり、それが巻き起こした混乱がようやく収まりつつある早春のころ……

 

 戦い終えた帝国華撃団にはいくつかの変化があり──それは夢組にもあった。

 その最たるものは、カーシャとコーネルの退団である。

 当初、帝国華撃団に対立したカーシャだったが、誤解が解けて道を同じくしていた。

 そのはずの彼女は祖国である英国へと戻り、倫敦での華撃団設立を目指して退団することとなった。

 道は違えど見ている方向は同じであり、いつかまた重なるであろう道をとった彼女。

 その彼女が同じく英国人であり、彼女よりも長く帝国華撃団に所属していたコーネルを自分の活動に誘ったのである。

 そして彼は、それに賛同した。

 倫敦に華撃団を設立するというよりも──夢組が対峙した敵、“人形師”幸徳井 耀山が見た日本を襲う不幸を、海外から支援して回避させるという、もう一つの目的のために。

 

 そしてもう一つの大きな変化は──ティーラの姓が、“巽”になったことだ。

 

 帝都を去る前に、宣教師でもあるコーネルから祝福されたいと教会で結婚式を挙げたティーラと宗次。

 その結婚式の最後を飾ったのは──ブーケトスであった。

 ティーラが投げたブーケは、結婚を望む者が集まっていた梅里の方へと投げ出され──五つの手が伸ばされる。

 しかしその中で──

 四つの手は、梅里の本当の気持ちに気が付いて、どこか遠慮や萎縮が入り──

 一つの手は、なんとしてでも彼の心を離さないという強い思いでしっかりと伸ばされ──

 それが結果となってハッキリと現れた。

 

「「「「「あ…………」」」」」

 

 そのブーケを掴んだのは──

 

「──ということですので、次は私達の番ですね。梅里くん」

 

 そう言って笑みを浮かべるかすみ。

 その姿を見てホッとしたのは、帝劇三人娘のほかの二人──かすみと椿であった。

 そんなかすみの笑みにはどこか悪戯っぽさを感じさせるもの。

 しかし、その奥に感じた本気に、梅里は──

 

「ええ、そうですね。かすみさん」

 

 ──と笑顔で応えた。

 そんな彼の素直な反応に、かすみは驚きの表情でその顔を見つめるのであった。

 

 

────1────

 

 水戸で花といえば、やはり偕楽園の梅である。

 しかしだからといって桜の名所がないわけではない。もちろん、きちんとそれもある。

 

 偕楽園と対なるものとして、水戸藩の藩校として建てられたのが、かつての水戸藩の藩校である弘道館だ。

 江戸の幕府が倒れて水戸藩そのものが無くなってだいぶ経ち、現在は公園となっているそこへ──梅里とかすみはやってきていた。

 

「こちらで、よかったんですか?」

 

 そう尋ねたのはかすみだった。

 梅里が今回の件を実家に報告しに行くため、帝都を離れて水戸へ向かうとなったとき──梅里はかすみを誘った。

 それに応じたかすみは休みを合わせ、先刻、鉄道を使って水戸駅へと降り立ったのだ。

 普段なら、梅里は水戸に到着すれば、自宅に向かう前に水戸駅の南へと向かい、偕楽園へ行く。

 そして、その一角にある、一本の梅の木に参拝するのだ。

 それは──彼の幼なじみ、四方 鶯歌が最期を迎えた場所である。

 その場所が彼にとって特別な場所であることは、かすみも十分に知っていたのだった。

 

 だが、今日の梅里は南ではなく北へ向かった。かつての水戸城の三の丸付近にあった弘道館。

 そこには──見事な桜の木が、一本植えられている。

 梅の時期を終え、桜の季節となったこの時期に、その桜の木は満開の花を咲かせていた。

 左近の桜と呼ばれるその桜の木は、弘道館でも有名な桜の木であった。

 その桜の木の下に立った梅里は、花を見上げながら、先ほどの彼女の言葉に応える。

 

「ええ……ここでいいんです」

 

 梅里はそう言って、上げていた視線をかすみへと向けた。

 

「彼女の命を奪ったことは、僕は忘れないし忘れてはいけないと思ってます」

 

 それは梅里の心に、奥底まで刻み込まれた深い深い傷。

 しかし、どんな深い傷も痛みは薄れ──やがて遠い記憶となるものだ。

 梅里は、かすみをじっと見つめて、ふと自虐的な笑みを浮かべる。

 

「でも……そこに囚われすぎていてもいけないって……思えるようになってきました」

 

 忘れるわけではない。

 でも──それに縛られるのは違う。そしてそれを、彼女は望んでいないように思える。

 彼女のためにも、自分のためにも──そして目の前にいる女性のためにも、新しい一歩を踏み出さなければならない。梅里はそう思っていた。

 

「だから……僕は改めて、ここから始めたいと思ってます。梅の花が散ってから咲く、この桜の花の下で──僕の……あの件に囚われない人生を」

「梅里くん……」

 

 かすみもまた、梅里をじっと見ていた。

 それはとても信じられない思いでもあった。彼にとって鶯歌という女性は特別であるのはかすみもわかっていた。

 そして亡くなった彼女に勝つことは──決してできないと思っていたからだ。

 しかし、梅里は──自ら一歩踏みだそうとしていたのだ。

 梅里は、笑顔でかすみを見つめる。

 

「そしてそれを、僕の新たな人生を……かすみさん、一緒に歩んではくれませんか?」

「え──?」

 

 驚いたかすみの脇を、一陣の強い風が吹き抜けていき──桜吹雪が舞う。

 その桜の花びら舞い散る中で、かすみは潤んでしまう目を拭う。

 それを何度も、何度も。

 拭っては溢れる、キリのない涙を、それでも拭いつつ──彼女は笑顔で応える。

 

「はい。ふつつか者ですが、よろしくお願いします」

 

 その応えで梅里はかすみへと、かすみは梅里へと踏みだし──桜の木の下で二人の距離はゼロになった。

 お互いを宝物のように大事に、しかし、その存在を確かめるように荒々しく求める二人。

 

 まるで舞台のワンシーンのように、二人が抱き合う姿を紙吹雪ではなく桜吹雪が彩っていた。

 

 

『ゆめまぼろしのごとくなり2 ~if かすみ√~』 了

 

 

 




【あとがき】
 ──うん? (元)学校の、伝説の桜の木の下で告白してるぞ!?
 なんてこった! サクラ大戦じゃなくて、ときメモになってるじゃねえか!!


 というわけで、いかがだったでしょうか?
 “かすみ√”もこれにて終了し、“ゆめまぼろしのごとくなり2”は本当の本当に完結です。
 お付き合いいただきありがとうございました。

 個別ルートのエンディングということで共通(ハーレム)ルートとは異なり、きちんとかすみに向かい合う形で終わらせました。
 本来なら他の各ヒロインも、こういったエンディングを用意したいところなんですが、それだと次につなげるのに矛盾が出そうで……ということで無難なものにしています。
 ブーケを掴むシーンは、ヒロイン全員の“個別ルート”の導入部分と思ってください。

 ちなみに弘道館の左近の桜ですが、現在では偕楽園にあったりします。
 サクラ大戦2の年代的には弘道館にあったので、そのようにしました。
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