ダイの大冒険異伝―竜の系譜―   作:シダレザクラ

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第12話 契りの杯

 

 

「――以上で通達を終わる。各員奮励努力せよ、よいな!」

「はっ!」

 

 小気味よい号令と返礼。

 砦の防備を任された守衛長の作戦説明と訓示が終わり、続いてテムジンが兵士たちの前に出た。年輪を重ね老獪を身に着け始めたテムジンと、彼に付き従い押しも押されぬ賢者として名声を馳せるバロンのコンビは、なかなかどうして様になっている。堂々と振る舞い、細やかに兵士を鼓舞する様子は十分に手慣れていた。

 一方でバロンの存在も大きい。彼は兵士に呼びかけているわけではないが、立派な体躯と整った顔立ちに涼やかな立ち居振る舞いが合わさり、何はせずとも兵を落ち着かせる役目を果たしていた。

 

「ここで皆に紹介しておきたい者たちがいる。見知っている者も居るだろうが、遠くアルキード王国より参られたルベア殿とラーハルト殿だ」

 

 自身の言葉の浸透具合を確かめるように一呼吸待ってから、テムジンは幾分トーンを落とした声でさらに続ける。

 

「彼らは此のたび我らを襲った苦難を知ると、いち早く参戦の意志を示してくれた勇士である。私は彼らの義挙に感謝し、轡を並べるをよしとした。諸君らに断りなく進めたことを申し訳なく思うが、これも危急にあっての決断ゆえ許してほしい」

 

 斥候や衛生兵、内務専門の人間を除き、迫りくる魔物に対抗する兵士三百余名が集まった場で、緊張に張り詰めた空気を揺らすのは微かなざわめきと戸惑いだった。招かれざる客。針の莚。場違い感満載。率直に言ってそれらが俺とラーハルトに対する兵士たちの反応だったのである。

 

 それも仕方あるまい。というのもかつてない規模の襲撃を控えた今、一刻も早く迎撃態勢を整えたい彼らにしてみれば俺達の相手などしている暇などないというのが正直なところなのだ。向けられるものが敵意や悪意でないだけマシである。逆に言えば、そういったどろりとした悪性の感情を、憎き魔族の血縁に向けるだけの余裕がない証左でもあった。

 もちろんそれは最悪を回避しているだけであり、諸手を挙げて俺たちを歓迎していることを意味するはずもない。

 

「ルベア殿」

「ええ」

 

 テムジンに促され、俺とラーハルトが歩を進め、兵士らと相対すると、すぐさま何百という視線が集まった。決戦を前に皆が殺気立っているためでもあるのだろう、丹田に力を込めて気をしっかり持たなければと言い聞かせる。ともすれば萎縮させられてしまいそうな圧迫感があった。

 

「ご紹介に預かりましたルベアと申します。そして私の隣に立つのがラーハルト。若年ながらも我が国随一の槍の名手であり、必ずや魔物撃退の一助となりましょう」

 

 俺の隣でラーハルトが会釈する。兵士らのざわめきがさらに大きくなった。

 

「……テムジン様、疑問を解消させていただいてもよろしいでしょうか?」

「うむ、それも必要なことだろうて。申してみるがいい」

 

 兵の一人が戸惑いながらも神妙な表情で告げる。

 

「ルベア殿が戦列に加わる、これはよろしいかと思います。ですが、その……そちらのラーハルトと申す男は魔族とお見受けしますが?」

「正確には父に魔族、母に人間を持ったハーフと聞いている。そうですな、ルベア殿?」

「ええ、『この国で生まれ育ち』、長じてはバラン殿下に保護された半魔の戦士です。また先月のこととなりますがバラン殿下がパプニカ王宮を訪れ、両国の間でラーハルトの移住が認められておりますゆえ、その旨もご承知置きください」

「むっ、それは……」

 

 言外にラーハルトの境遇を告げてしまう。それだけでラーハルトの舐めた辛酸を理解できただろう。

 前提として、この場に集った兵士たちはパプニカでも忠誠心高く能力の高い人間で構成され、最前線を任されている戦士だということ。それはつまり彼らの知力、体力、矜持が一般の基準よりも遥かに優れ、また誇り高い男たちであることと同義でもある。だからこそ俺の言葉が浸透しやすい。

 これは俺がさっそく牽制を仕掛けた……というよりは彼らの罪悪感を喚起させて口を閉ざさせることで無駄な問答を避けるのが狙いだった。今が危急の折であることに変わりはないのだから。

 

「彼の裏切りや報復を懸念しているのでしたら心配は無用だと断言させていただきます。何故なら彼は虐げられた過去にあっても母の同族を傷つけるをよしとせず、山奥に隠れ住むことを選びました。十年以上もの間パプニカ王国にて居を構え、しかして今日まで一度としてパプニカ国民の皆様に牙を剥いたことなどなく、この先もそれは同様の足跡を辿りましょう」

 

 我ながら白々しいと思いつつ、至極真面目な顔つきで言の葉を紡ぎだしていく。言うまでもなく、過去は未来を保障するものではない。そのうえ、当時のラーハルトは下手に抵抗をすればモンスターと同様に狩り立てられるだけだと理解していたからこそ、恨みつらみを呑み込んで報復に走らず、大人しく隠れ住んでいたに過ぎなかった。

 が、不思議なことに言葉の選び方一つで印象は変わるものだ。不条理な境遇にあってなお正しきを貫く意志。人が、特に武人が好むそれを演出することでラーハルトの高潔性を補強し、パプニカ兵士の懸念を払拭していく。

 

「そして今は、アルキード王族にして竜の騎士を冠するバラン殿下の下にて武芸を磨き、忠義の騎士足らんと過酷な修練を重ねる日々を送っています。重ねて誤解なさらぬようお願い申しあげます。この男は決して騎士の誇りを違える真似などいたしませぬ。それは天地神明、否、我らが主君の名に懸けて誓いましょう」

 

 立て板に水とばかりに、反論しづらい論調で一気呵成に場の空気を作り上げてしまうのは、俺が今まで散々繰り返してきた十八番であり、もはやお家芸である。この場に臨んで嘘は言っていないが、本心からの真実も語っていない。けれどこれで十分なのだ。

 これだけ自信ありげに並び立てられ、さらに少数種族を虐げてきた自国の負い目と自身の持つ騎士の誇りがぶつかり合っている中では、これ以上ラーハルトの参戦に異議を申し立てる気概など持てたものではないだろう。

 

 そろそろかな?

 ざわめきが静まっていくのと併せて再び視線が集中し始める。彼らの表情を見る限り悪意は薄く、どちらかといえば混乱を収め切れていないようだった。ならば大勢は決したということだ。あとは追い打ちならぬ仕上げに移ればいいと判断し、テムジンに目配せする。すると俺と同意見だったのか、かすかに頷くことで同意を示したのだった。

 

 誰にも気づかれぬよう、内心でほっと息を吐く。

 一度受け入れに傾いた空気を覆すのは容易いことではなく、ましてこの場における上位者であるテムジンやバロンがそれを望まない。いってみれば趨勢などあってなきがごとしだった。

 それでも一定の成果が出るまで不安だったし、何事もイレギュラーはつきものと思えば心配の種が尽きることなどない。ともあれここまですれば俺達の参戦に文句を言う兵はいなくなっただろう。

 表向きだけでも結構、あとは戦場でラーハルトの力を嫌というほど認めさせてやる。

 

「しかしかつて魔族の王に蹂躙された貴国の兵が、魔の系譜に懸念を抱くは必定と存じあげます。今は些少であろうとも叶う限りあなたがたからの信頼が欲しい。――なればこそテムジン殿、我らが誠意、我らが覚悟を受け取っていただきたい」

 

 懐から巻物を取り出し、もう一方の手で腰から鞘ごとナイフを外す。

 書状と短剣。二つのキーアイテムを両手に抱え、そっとテムジンへと差し出した。

 

「我らが剣、我らが心、共にバラン殿下にお捧げした正義なす刃と心得ております。されど万一この者が志を違え、貴国の兵に槍の穂先を向けたならば、その時はこの銀の刃で私を刺し貫いてくださりますよう、伏してお願い申し上げます」

 

 一度礼を取り、さらに続けた。

 

「ここに彼の者が乱心せしめた咎と責の一切は私が負う旨と、我らが参戦に至った経緯も含めて全て認めてあります。奮闘空しく我らが祖国の土を踏めなくなったその時は、この書状をバラン殿下にお渡しください」

 

 俺を人質とし、ラーハルトの忠を保障する担保として扱えと申し出たのである。

 俺の言葉が浸透するのを待ち、その間重苦しい沈黙がふりかかる。そして――ついにテムジンがその足を進め、掌を胸に当てると、恭しく一礼してみせた。

 

「貴殿らの義、確かに頂戴いたしました。まこと見事な啖呵でありましたな、このテムジン感服いたしましたぞ」

 

 にこやかに笑う。大したものだ、そこに不自然さは一切ない。

 

「そのうえでお応えしましょう、このような無粋は不要であると。ルベア殿、そしてラーハルト殿、かようにご心配めされるな。我らの中に貴殿らの勇敢な心を疑うような不届き者はおりませぬ」

 

 そう言ってテムジンは微笑を浮かべたまま、広げた文書を躊躇なく破り捨て、隣に立つバロンに目配せする。すると意を解した彼が破れた書状をメラの炎で焼き払い、灰となった紙切れを見届けると、そ知らぬ顔で一礼した。

 その瞬間、兵士の間でわっと熱気が高まり、一気に爆発する。

 

「テムジン様万歳! バロン様万歳! パプニカ王国に栄光あれ!」

 

 渦巻く熱気のままに歓声があがり、唱和が続く。

 

「おお、なんと懐深きことか。さすがはテムジン様よ」

 

 なかには感極まったように涙すら流す兵もいる。武辺者にとってこういった粋な計らいは大好物なのだろうとしみじみ思う俺だった。

 当然この一連の茶番は俺の、否、俺達の仕込みである。俺とテムジンが共謀して一計を図ったのだ。目的はモンスターの軍勢を前にして内輪もめを防ぐことであり、俺達の安否について責任の所在を明らかにするものであり、ついでに兵士らの士気の向上も狙ったものだった。

 些か小細工が過ぎるが、それでもこの場合は必要なパフォーマンスだと納得しておくべきだろう。これでラーハルトも憂いなく戦場に立てるし、テムジンも俺たちを戦死させたとしても責を問われることがなくなり、パプニカ兵の士気も鰻上り。結果、この戦の勝率も高まった。誰も損をしていないのだ。

 

 こちらの提案を受け入れ、芝居に付き合ったテムジンにだって利はある。兵に対して自身の器量を見せつけながら彼等の迷いを払い、同時に度量の大きさを見せ付けることで兵士らの士気の昂揚を達成するのみならず、テムジン本人の声望も間違いなく上がったことだろう。上昇志向の強いテムジンにとって十分旨みのある取引だったはずである。

 

「……よくやる。まるで魔法だな」

「なかなか上等な代物だろう? もっとも本物の魔法も使ってみたかったけどな」

「そればかりは才能だ、諦めろ」

「お前らしい言い草だよ」

 

 熱狂が高まる中、隣で冷静そのものなラーハルトと小声で会話を交わす。ラーハルトが言うには兵から劣勢の戦を前にした恐怖やラーハルトを戦陣に加える戸惑いといった雑念が消え、純粋な戦意が昂ぶり始めているのが感じられるとのことだった。

 

「なんにせよ一つ目の山は越えた。お前の無茶な丸投げに迅速に応えた俺を少しは労ってほしいもんだ」

「心配せずとも礼は戦場の働きで十二分に返してやるさ。楽しみにしていろ」

「そこは心配してない」

「賢明だ」

 

 にやりと不敵に笑うラーハルト。声にも確信の響きしか込められていないあたり、さすがの自尊心である。

 もっともこいつが自信を喪失して打ちひしがれている姿なんて想像もできない以上、これはこれでいいのだろう。それにいずれ竜の騎士の片腕になろうというのだ、これくらいの我がなければとても務まりはしない。

 さあ、あとは砦に迫るモンスターの軍勢を撃退するだけだ。

 

 

 

 星々が巡る開戦を間近に控えた刻限。

 城砦の一角に佇み、望遠鏡の向こうでひしめくモンスターの大群を目にして背筋が震え上がる。それは紛れもない恐怖だ。

 けれど――。

 

 《戦神の加護ぞあれ》。

 

 身の内より湧き出たその言葉はあたかも祝詞のごとく力溢れる呪文となり、戦を前に萎縮した心根を奮い立たせた。心が軽くなれば相応に落ち着きが生まれるものだった。幾分の余裕を自覚したところで、さらにもう一押しと深呼吸を敢行。

 胸に取り込んだ夜の空気は思いのほか冷え切っていて、肌を撫でるたび体温を奪っていく。松明から漂う焦げた匂いは鼻孔を擽り、空気と塵が炎の中で断続的に混じって弾ける音は、どことなく寂寥の響きを奏でているように感じられた。

 

 その一方で、本来ならば眠りにつく時間帯でありながら俺達人間は忙しなく動き回る。ある者は矢種や投石用の石礫を運び出し、またある者は槍や弓の手入れに余念がなかった。

 最も緊張が高まっているのは見張り台から遠方を監視する兵だろう。テムジンら司令部は伝令兵を駆使して最後の確認と詰めを行っていた。

 

「血の気が戻ったようだな」

 

 すっかり落ち着いた己の心の動きを追い、存外信仰というのも馬鹿にしたものではないと一人笑みを噛み殺していた時、同じく配置についていたラーハルトが無関心一歩手前の体で声をかけてきた。

 声の主に視線をやれば、ラーハルトは暗闇の先を凝視しながら俺に見向きもしていない。もう少し素直に「心配してました」って顔をしてくれても、別段罰は当たったりしないと思うぞ?

 

「参考までに、どんな顔をしてたのか聞いていいか?」

「死人と見紛うばかりに青褪めていた。情けない奴め」

 

 と、ここでようやくラーハルトが俺と向かい合う。

 

「くく、困るな、上司殿。戦神で在らせられるバラン殿下の翼下と口にして参戦した以上、当の貴様が戦場に怖気づいていては格好がつくまい?」

「返す言葉もない――が、一言だけ言い返しておく。俺はお前と違って繊細なんだ」

「……さて、誰にも同意してもらえない戯言はともかくとして、だ」

 

 ひどい言い草だった。

 

「まあいいさ。で、何か気になることでもあるのか? 正直もう策がどうとかを検討する段階じゃないんだが」

「そんなことはわかっている。そもそも俺もお前も好き勝手動ける身分ではないしな、これでも弁えているつもりだ。もっともお前が堅固な司令部で大人しくせず、わざわざ城郭の上まで俺の邪魔をしにきていることには、一言物申しても良い気がするがな」

「おいおい、らしくないじゃないか。その点については説明をしたし、お前も頷いただろう。なんだって今更」

「なに、危急を含まぬ雑談を楽しむ前フリというやつだ。いってみれば戦慣れしていない貴様を思いやる俺なりの気遣いだな、感謝してくれて構わんぞ」

「そいつはどうも。ついでにその皮肉ぶった物言いが改まるとなお良いだろうよ」

 

 気遣いは有り難く受け取っておくけれど。

 そんな風にひょいと肩を竦めて承諾の意志を表明する俺に、常と変わらぬ自若な様子でラーハルトは薄く笑みを浮かべた。

 

 ふーむ……。目鼻立ちの整った男だけに、そんなわずかな動作さえ絵になるのは感心してしまう。

 十三歳という若輩ながら、凄腕の戦士として鍛えられた肉体はほど良く筋肉の鎧を纏い、日増しに精悍さを増していく。一目でわかる見事な銀髪は衆目を自然と引き寄せ、涼やかな目元は将来の色男ぶりを予感させるものだった。

 

 ラーハルトは複雑な生い立ちを持ち、人間社会との確執も残っているために多少陰気なところはあるが、それだって見ようによっては影のある男としてハードボイルド路線の渋さにつながる。あるいは母性本能を擽るタイプの魅力にだって昇華できなくもない、はずだ。

 さても加えてその将来を見据えれば、アルキード王国においてバランの秘蔵っ子という認識が徐々に浸透してきている。しかもその評はいずれ他国にも広がっていくことだろう。むしろ俺が広める。

 

 甲斐性という意味でも悪くない物件なのである。

 幾ばくかの歳月を重ねこのまま男ぶりを増していけば、ともすれば魔族の血脈というハンデを背負っていてさえ、平民貴族問わず世の娘さんたちが放っておかなくなるんじゃなかろうか?

 まだ何年か先ではあるが、いずれはラーハルトの縁談も考えなければいけないわけだし、候補を見繕ってもらえるよう折を見てソアラにでも相談してみようかね。

 

「広間での演説の件だが――」

 

 おっと、少し真面目な顔を作っておこう。

 

「破り捨てられたフェイクはどうでもいいとして、本物の書状をバダックに預けてよかったのか?」

「おいおい、それじゃまるで俺が偽の書状で兵士諸君を騙したように聞こえるじゃないか」

 

 違うとでも?

 そう言わんばかりのラーハルトの白けた視線がちょっとだけ痛かった。

 

「人聞きの悪いことを言ってくれるな、破り捨てたあれも本物だよ。単に俺が用意した書状は一通だけじゃないって部分を省略しただけじゃないか」

「テムジンらを巻き込んで一芝居打ったお前の小賢しさを褒めてやるべきなのか、その小芝居を素直に信じて意気軒昂になったパプニカ兵らの純真さを眩しく思えばいいのか、悩むところだな」

「両方でいいんじゃないか? それとバダックさんに手紙を預けたことなら心配いらないよ。元々あんなものなくてもバラン様なら大よそのことは察するし、変にこじれたりしないさ」

「だといいがな」

 

 ふう、と疲れたような顔で吐息を漏らしてみせるラーハルト。お前こそ小芝居が上手くなったじゃないか。

 

「そもそも俺が戦死したとしてもお前は生き残るさ。遺書じみた書状なんぞ用意しなくてもお前が口頭で報告すれば十分だろう。結局のところあれはテムジンを納得させるための方便に過ぎないんだから」

「だからこそ俺はテムジンに預けるものだとばかり思っていたのだがな。なぜバダックを選んだ?」

「やー、バダックさんは俺達がここに連れ込んじまった形だからさ。そのお詫びにあの人の点数稼ぎに協力しようかと思って」

「韜晦はいらん。本音は?」

 

 むぅ、風流を解さん男め、などと混ぜっ返してから。

 

「最悪の結果になった時、テムジンが自作自演で責任逃れをしようとしてるってパプニカ上層部(ご同輩)に責められないようにするための配慮だよ。その点、バダックは政治色皆無のくせにパプニカの国王と直接つながってる古株だからな、この手の信用が必要な仲介にはうってつけってわけさな。そのあたりに関してはテムジンだって何も言わず了承しただろ?」

 

 テムジンは国内の政敵がそれなりに多そうだしな。

 

「ふむ……。それはつまり、会談でテムジンが示した好意にお前も応えたと?」

「本気で言ってるのか?」

「まさか」

 

 社交辞令の応酬を真に受けるほど馬鹿な話もない。

 そも対談相手の気を引くことは初歩の初歩だ、ことさら論じるまでもない。警戒させるよりは油断してもらったほうが断然楽なのだし、話していてつまらない相手に口が軽くなることもないだろう。自然、「私はあなたに多大な関心と評価を向けていますよ」という顔を装うようになる。

 

 ましてアルキード王国とパプニカ王国は海を隔てた相応の距離があり、そこは埋め切れない情報格差が存在する。多少の齟齬など情報の行き違いで済んでしまうのだ。そういった諸々を踏まえて俺達は言葉の表と裏を探り合っていたわけで……。

 仕事で来ているのだ。いささかアイロニーに満ちた言い方をするのならば、それこそが友好というものだった。

 

 さても業が深いことだと嘆息する気分である。

 虚飾の中に実を求め、笑顔の裏に本心を隠し、握手を交わしながらも後ろでにナイフを隠す。ラーハルトの言葉じゃないが、陰険と謗られても一概には否定できない気がした。それこそいまさらである。

 

「お前達のような人種の好意をそのまま受け入れると、いずれどこかで痛い目に遭わされそうだ」

 

 とはラーハルトの弁である。過去形でないことが救いだ。お世辞にも和やかな出会い方をしてないもんな、俺達。

 それにしてもそんな嬉しそうに笑ってくれるな。もしかしなくても俺をいじめるのが楽しいのかね。はん、いらん趣味を持ちやがって。

 

「この手の駆け引きの基本は互いに損をさせないことだ、それだけ覚えておけばそうそう敵を作ることもないだろうよ。それと今回は俺が仕切ったけど、この程度のことはいずれはお前一人でこなせるようになってもらわないと困る。励め」

 

 バランの側近として、いずれは俺の代わりだって務められるようになってもらいたいのだ。

 なにせ今回のように予期せぬ窮地に置かれることもある。運命の天秤が少しでも悪意に傾けば俺なんてすぐにあの世行きだ。もちろんそう易々とくたばるつもりはないが、万一のことを考えるとラーハルトに多くを望まざるをえないのである。

 

 まずは目の前の死地を乗り越えないことにはどうしようもないんだけどな……。

 魔王軍対策はもちろん、次代の体制固めもまだまだ端緒についたばかり。雛形を作りだすのにも最低でもあと五年、できれば十年の時間が欲しかった。

 

「面倒ごとは任せると言ったはずだが?」

「そういう舐めた台詞は最低でも俺より偉くなってからだ、とも言わなかったか?」

「確かに聞いたな、ならば善処しよう」

「お前にそういうおためごかしは似合わないぞ。むしろ俺の専売特許だ」

「胸を張って言うことでもないがな」

 

 互いの口の端が綻ぶ。

 しかし残念ながらというべきか、俺より上となると実質王族しかいなかったりするのだ、これが。大臣職にあるお歴々だって俺に命令出す時は俺の上役、つまりバランに許可を取らなきゃ無理なくらいだし。ほんと、大事にされてるよ、俺。

 気遣い、という意味ならラーハルトにも感謝するべきだろう。戦場なんて何度立っても慣れるものじゃない。それでもこうして取りとめのない話で気が紛れてくれるのだから貴重なひと時だった。そうしてさらに一言二言交し合った時――。

 

「ここまでだな、連中の戦意が高まっている。遠からず仕掛けてくるぞ」

 

 抑揚のないラーハルトの囁き。その警告を受け取った俺は小さく頷き、深呼吸を一度だけ繰り返した。

 モンスターの大群は既に望遠を通してでしか視認できなかった距離にはいない。城砦の上から目視でも確認できるところまで影は近づき、うごめいていた。

 ずらりと並ぶ巨体。闇夜に光る赤い目、目、目。低く耳障りな獣の唸り声が不気味な音色となって心の臓を脅かし、無数の息遣いが冷えた空気すら無視して生暖かな熱気を運んでくるようだ。

 

 夜目の効かない俺にはモンスターの細かな機微を察することは出来なかったが、ラーハルトは奴らの動向がその優れた戦士の嗅覚によって理解できているようだ。ラーハルトとて大規模会戦の経験に乏しいはずなのに大したものである。

 

「……来る」

 

 モンスターの作法に戦端を開く合図や口上はない。けれど大地を鳴動させる大質量の移動は何よりも開戦の狼煙に相応しく、そこに問答を挟み込む余地など存在しなかった。そしてわずかに遅れてパプニカ兵からも鬨の声が挙がる。

 敵を倒して砦を守れ。騎士の誇りを示して祖国を安んじろ。そうして彼らは口々に勇気を得るための言葉を選び、叫び、胸に刻むのだ。己の正義と地上の平和を信じて。

 そしてこの手に固く握り締めた槍の柄は、ひどく無機質で冷たい感触ばかりを伝えていたのである――。

 

 

 

 城砦を巡る攻防においてポピュラーな攻城兵器は雲梯(うんてい)、つまり長い梯子である。これを利用して歩兵が城壁をよじ登り、敵の弓兵を制圧。そして外からでは破壊が困難である堅固な城門を、内部に侵入した兵が開け放ち、一気に雪崩れ込むことで勝負を決める、というのが一般的な流れだろう。

 

 この世界でも攻城兵器の類は存在するし、それは人間だけでなく魔物の一部も用いる。だが、そうした事実以上に留意すべきは飛行モンスターの存在である。そう、奴らは攻城兵器など必要とせず、直接城砦に乗り込むことが出来る。さらにいえば、飛行能力を持たない地上モンスターを輸送して奇襲することすら可能とするのである。人面蝶のような小型の魔物ならばともかく、ガルーダのような大型種だと相応の魔物を送り込めるため警戒が必要となるのだ。

 

 とはいえ空が飛行モンスターの独壇場かといえばそれも否である。連中が仲間モンスターを抱えて強襲するとなれば必然的にその重量から動きが鈍るし、迎撃手段は投石や弓を用いる兵だけでなく、威力と命中に優れた魔法使いが待ち構えているのが常なのだ。魔物側に制空という優位はあってもそれは絶対ではない。

 

 そして飛行モンスターと同列に語るわけにはいかないが、高位の術者限定とはいえ人間側にも空を己の庭とする者が少数ながら存在する。ゆえに両者の種族的な優劣に絶対といえるほどの差はない。

 そう、この世界には魔法があり、魔物が存在し、剣や弓の威力すら俺の常識を容易く上回る。当たり前のことだがそうした前提をきっちり認識しておかなければおかしなことになってしまうのだった。

 

 攻め寄せてきたモンスターが始めたのは二つの攻めだった。

 一つは地上のモンスターが梯子や板べりを利用した足場を作り、城壁を登ろうとする動き。これは城門を打ち砕くための準備とも連動している。城壁に配置された弓兵や投石兵、あるいは虎の子の魔法使い部隊を引き付けることで城門に詰める兵を薄くし、その隙に強大な破壊力を秘めた魔物――大抵はゴーレム種だが、これが破壊槌の代わりに城門を幾度も打ち据えることで破壊を目論んでいるのである。

 

 これに対してパプニカ側も当然迎撃する。城壁の各所に配置された兵が弓と投石、呪文をもって城門や城壁に張り付こうとするモンスターを攻撃し、牽制を繰り返す。また城壁を上り詰めたモンスターに対しては剣や槍をもって迎撃し、力ずくでお引取り願うのだ。ちなみに俺もこの迎撃部隊に配置されていて、ひたすら投石を繰り返して城壁をよじ登るモンスターを叩き落していた。

 きついのはモンスターのタフさだ。彼らは強靭な体躯と生命力を持つ種が多く、高所から落下しても簡単には絶命しない。無傷で戦線に復帰することすらある。

 

 場合によっては回復呪文の使い手すら同道していることもある。こうなると最悪で、怪我や体力を持ち直す手段があるということは不死身のゾンビのごとく侵攻を繰り返されることを意味する。モンスターにしろ人間にしろ、僧侶呪文の使い手は真っ先に潰すのがセオリーとなっているのは当然のことだった。

 幸いにして今のところは回復呪文が使われた形跡はないが、だからといってモンスターの耐久力が無になるわけではなく、彼らの攻勢は雨後の筍のごとく途切れることがない。

 つまるところ城壁を巡る戦いとは根競べの側面が強いものだった。

 

 そしてもう一つの攻めが城門や城壁を無視した空襲であり、それはすなわち飛行モンスターへの対処に追われることを意味していた。ただでさえ無限に立ち上がってきそうなゾンビじみた軍団を追い払うのに忙しいのにこれである。体力と精神力がガリガリと削れていくのは避けられなかった。

 こちらは賢者バロン配下の魔法部隊が主力となって対応しているが、これは何も魔法使いに任せきりというわけではない。ほかの兵とて弓で射落とそうと奮闘し、剣や槍で切り払おうと努めているのだが、いかんせんその戦果が魔法使いに遠く及ばないのである。これは迎撃手段の関係上仕方のないことであり、弓は牽制、剣や槍は魔法使いの警護という役割が自然と出来上がっていく。

 

 ――だから異色なのはラーハルトであり、彼が繰り出す弓矢の一撃なのである。

 

 地上の対処に追われる俺とは別に、ラーハルトは主に空を住処とするモンスター群を相手どっていた。力自慢の戦士でも弦を引くのに苦慮するような強弓を容易く使いこなし、空を飛ぶモンスターの翼を難なく撃ち抜き、あるいは城壁のこちら側に兵を送り込もうとモンスターを運ぶ前脚を正確に射抜いて叩き落とす。百発百中を体現するような脅威の命中率を誇っていた。

 

 その弓の腕は正しく神業である。当初はラーハルトに懐疑的な目を向けていたパプニカ兵も、今はラーハルトが弓矢を引き絞り撃墜数を増すごとに感嘆の吐息を零し、城壁に取りつき切り込んできたモンスターを十八番の槍で鎧袖一触きり払うたび、その武への畏敬が深まるのがわかった。元々多種多彩な武器を操る器用さを見せる男ではあったが、武芸百般を自他共に認めるアバンとの出会いがより技に深みをもたらしたのかもしれない。

 

 そしてまた一射。

 上空より飛来せし大型鳥獣――山吹の羽毛と翼をはためかせる空の雄ガルーダと、やつが抱えた灰色の体毛を持つ森の狩人グリズリーを視界に捉えると、狙いをつける予備動作も省略したかのように二本の矢を連射するラーハルト。

 その矢は鋭い風切り音を響かせながら、狙いたがわずガルーダの前脚を貫き、さらに放たれたもう一矢はやはりガルーダの片目をえぐり穿ちぬいた。強弓から放たれた烈風の矢である。その強烈なダメージに耐えられるはずもなく、ガルーダに運ばれていたグリズリーの巨体は城内にたどり着く前に、哀れ地面を目的地に勢い放り出されたのである。

 

 けれども魔物の強襲は終わらない。

 痛みと憎悪に突き動かされたガルーダの巨体は自陣に引き返すでもなく上空をぐるりと旋回し、自身の脚と眼を奪った不埒な輩を探し出そうとしているようだった。

 そしてすぐに獲物を見つけ出す。闇に煌々と光るぎょろりとした眼は血走った朱に染まり、その様は報復をなさんとする暗い歓喜に燃えているようですらあった。ガルーダがラーハルトの背後を襲うべく急降下を開始する。豪風を纏いて襲いくる大質量のそれは、体当たりと呼ぶよりもぶちかましと評したほうがずっと相応しく思われた。

 

 

「――所詮は獣か。その程度の力量で俺の首を取ろうなど思い上がりも甚だしい」

 

 だが、味方をすら疑わねばならぬ男に油断などあろうはずもなく、竜の騎士をして感嘆せしめたその才能は伊達ではない。ラーハルトはガルーダの強襲など知らぬとばかりにほかのモンスターを打ち落とし続けながら、ぎりぎりの間合いを見極めるや獲物を弓から槍に持ち替え、ほんのわずかなステップでガルーダの巨体をやり過ごす。

 

 否。さながら演舞のごとく最小限かつ優雅な動きで回避に成功するのみならず、ラーハルトはすれ違いざまに翼から胴体まで一文字に引き裂く鋭利な一撃をも見舞っていた。

 大量の鮮血が迸り、遅れてガルーダの巨体が石畳に衝突し、止まる。弱弱しい獣のうめき声と、かすかな痙攣のみが許されていた。近づいて検分するまでもない、間違いなく致命傷である。

 見事、としかいいようがなかった。ほんの一瞬、されど圧倒的な決着である。

 

「放っておいてもすぐに死ぬだろうが……ルベア、頼めるか?」

「わかった、止めを刺しておく」

 

 ラーハルトは既に武器を弓に代え、砦に攻め寄せるモンスター群の迎撃に向かっていた。一射、二射、三射と立て続けに弦を引き絞り、その都度モンスターの身体に鏃を突き立てていく。ラーハルトがこの場の最大戦力だからこそ、可能な限り有効利用せねばならない。最後の力を振り絞って命がけの攻撃をする『かもしれない』瀕死モンスターの処理に時間を取られるくらいならば、その仕事は手の空いている者に任せてしまったほうが全体の効率は良いのだ。

 そして今回の場合はこの場の最低戦力である俺にお鉢が回り、その穴埋めにラーハルトとパプニカ兵が奮闘することで急場を凌ぐことになった。予備兵力にも限りがある以上、うまく回していくしかないのである。

 

「ふっ……!」

 

 短い呼気と同時に地を強く蹴りだし、倒れ付すガルーダの元へと急行する。ラーハルトの一撃は回復の見込みのない深手を与えていたが、それでも虫の息を保って今なお存命していた。ガルーダはその爪や牙だけでなく、口から閃熱の魔法力を吐き出すことで攻撃の手段とする。死んだはずの敵に後ろから殴られるのは面白くない、確実に仕留めておくのは当然だった。

 

 悪く思うなよ。

 形ばかりの哀悼を捧げ、冷えた心のままに槍の柄を握り締める。まず振り上げたのは腕ではなく脚。力なく横たわるガルーダの頭蓋を踏みにじり固定することで準備を済ませ、地に旗を打ち立てるように両手に握った槍を振り下ろした。

 

 満足に槍を振るえない俺だ、ラーハルトのように縦横無尽に振るうのはおろか、『槍を真っ直ぐに突き出し、刃を垂直に接触させる』ことさえ容易ではない。しかもそれは空気を裂くためではなく、モンスターの固い皮膚を貫き、強靭でしなやかな筋肉を刺し通し、その奥に位置する臓腑を慈悲なくえぐるための一閃なのだ。膂力が足らず、闘気も持たず、武技も修められない俺には少々ならず難しいことだった。

 だからこそ準備を整え、対象に可能な限り理想的な角度で、かつ最高速度で振り下ろせるように腐心した。非才には非才なりのやり方がある。空いた時間を作っては足繁く騎士団を訪ね、連中に幾度も転ばされてきた成果といって差し支えない。

 

 肉を抉る重い感触が鉄の槍を通して鮮明に伝わる。その鈍色の刃はガルーダの喉を無慈悲に貫き、瀕死なれどまさに生を主張するがごとく勢い良く赤の液体が噴出した。それは穂先を生ぬるく染め上がるのみならず、俺の着込んだ鎧に、そして素肌を晒す頬にまでびしゃりと朱色の血化粧を彩った。

 

 もはやぴくりとも動かず、生命活動の全てを停止したモンスター『だった』ものを見下ろす。

 自身の振る舞いを振り返り、これではまるで屠殺だと凍りつかせた心の最奥が悲鳴をあげるも、すぐに深奥に押し込めるよう心を強く持てと言い聞かせた。

 ……何を馬鹿な、俺に武人の矜持などない。そう思うことが既に言い訳を欲しているようで居た堪れなかった。だから戦場は嫌いだ。そんな愚痴と共に。

 

「戻ったぞ。俺も戦線に復帰する」

「ご苦労――といいたいところだが、少々風向きが変わった」

 

 戦端が開かれてから既に二時間近く。前哨戦としては長かったのか短かったのか。

 

「城門か?」

「ああ、これ以上は持たない」

 

 言うが早いか、今夜最大の轟音が響き渡る。見ればラーハルトの言葉通り、堅牢を誇った城門が哀れなほどにひしゃげ、吹き飛ばされたところだった。それをなしたのはやはり怪力自慢のゴーレムだったが、そのゴーレムも度重なる矢種と呪文の集中砲火に深いダメージを受けており、自身の仕事を果たしてすぐに崩れ落ちてしまった。

 ともあれ、これで砦内部にモンスターが雪崩れ込んでくるわけだ。

 

「見ての通りだ、作戦も次の段階に移行する。お前ももう戻れ、これ以上この場に留まってもさして意味はない」

「わかってる。しかし、できれば向こうさんの頭を見つけておきたかったんだがな。……そう上手くはいかないか」

「俺も闇夜では万里を見通すと豪語するわけにもいかなくてな。すまん」

「謝るなよ、それこそ仕方ない。……この先が正念場になる。こっちでもやれるだけのことはやってみるから、あとは手筈通りに頼んだ」

「ああ、任せておけ」

 

 そうして二人意志を確認し、俺はラーハルトと別れてテムジン達と合流することにしたのだった。

 

 

 

 飛行モンスターの襲来と輸送を凌ぎ、砦内で統制の取れない乱戦となる可能性は減じた。兵の損耗も許容範囲内だし、まだまだ戦意も衰えていない以上、ここまでの推移は悪くないといえた。いや、陽動に兵を割かれている現状を省みれば上々の成果だろう。身内賛美になるが、やはりラーハルトの働きは大きい。

 

 五分五分ないしやや優勢、この戦況にも大きく寄与していたことは間違いなかった。

 ……そう、ここまでは想定以上に優位な状況を築いているのだ。だというのに兵の間から、いや、テムジンら司令部人員の中ですら動揺が広がっている原因は、敵方の想定外の動きに他ならなかった。

 

「むぅ、攻めてこんな」

「ええ、静かなものです」

「何故動かん。奴ら、何か企んでおるのか?」

「某には何とも……」

「ええい、なんだというのだ、腹立たしい……!」

 

 テムジンが部下に向かって不愉快気な様子で吐き捨てたのは、城門が突破された後は遮二無二攻めかかってくると思われるモンスター群を、その進行速度に合わせて各個撃破する漸減作戦が使えなくなった苛立ちもあったのだろう。

 城門が破壊されるのも、そこからモンスターが雪崩れ込んでくるのも、テムジンたちにとっては想定される範囲内のものでしかなかった。彼らとて城門を守りきったまま追い返せるとは端から考えておらず、モンスターの来襲に備えた防護柵や隊列を組んだ重装歩兵を用意し、さらには温存した魔法部隊を本命として控えさせていたのだ。

 

 そうしてすぐに本格的なぶつかりあいになるかと思われていたのだが、ここでモンスター側はこれまでの動きを一変させ、人間の軍隊さながらの統制を見せて整然と歩を進めたのである。

 彼らの突進を待ち構え、引き込んで殲滅するという基本方針を定めていたパプニカ兵らにとっては出鼻を挫かれたようなものだ。そして待ちに徹した戦術を組んだことで能動的に対処することが難しくなり、その間にモンスターが砦内に入り込み、パプニカ兵らと集団で対峙するという構図を作られるまで指を銜えて眺めているしかなかったのだ。

 

 人間側にとっては予期せぬ正面決戦の図が形作られようとしていたが、これをテムジンたちの失策とするには些か酷だろう。小回りを犠牲に防御と火力に特化した陣形を組んでいた以上、下手に陣を崩して一部隊を突出させてはそれこそ無駄な犠牲を招くことになる。事、ここに至っては相手の思惑に乗る以上の方策はなかった。

 そしてだからこそ敵の指揮官、モンスター群の首領が容易ならざる敵だということを改めて認識する。兵力に劣る以上、正面決戦はこちらに不利なのだ。急造の備えでどこまで立ち向かえるかは不安が残るところだった。

 

「むぅ、ちとまずいかもしれんのぉ」

「確かに。血気盛んになって攻め寄せてくるかと思えばこれですからね、こちらの目論見を外された格好です」

 

 意外なことにバダックは眉間に皺を寄せながらも、存外落ち着いた顔で敵軍勢を眺めていた。

 

「口惜しいがあちらさんのペースに持ち込まれてしまったようじゃ。厳しくなるの」

「同感です。ところでバダック殿、別働隊を相手どっている守衛長殿らの部隊から報告はきていますか?」

「それなんじゃがな、どうも芳しくないようでの。こちらが押せば引き、逆に引けば即座に押し寄せてくるのを繰り返しているらしくてのう。突破口が開けんらしい」

「腹立たしいくらい陽動として徹底していますね、随分と知恵の回る連中だ」

 

 これはいよいよ主導権を持っていかれたか。粛々と隊列を整え、一気呵成の機を伺う静かな闘志を滲ませる敵勢を、今にも舌打ちが飛び出そうな苦々しい思いで見つめる。

 広い敷地内とはいえ数百の数を揃えた二つの軍勢が向かい合っているのだ。あちらは攻勢のため、こちらは守勢のためと違いはあっても、自然と密集陣形が形成されていた。

 

「この分だとモンスター連中にも魔法自慢の熟達者がいる可能性がありますね」

「そのために両軍の距離を詰め、兵が密集せざるをえない状況を作り上げている?」

「おそらくは。もちろん火力を生かしたいのはこちらも同じですし、このままだと火力合戦の短期決戦になる公算が高いです」

「バロン殿に期待ですな」

「ええ。ですが、その前に――」

「ルベア殿?」

 

 魔物が砦内に集結し、危うい均衡が保たれているこの局面、一手仕掛けてみるにはおあつらえむきの状況だ。不思議そうに目を向けてくるバダックに苦笑を返し、テムジンの傍まで歩み寄った。そのまま一言二言交わして手早く了解を取ると、彼に借り受けたバロンと人の良さを発揮したバダックを従えるように一歩前へと進み出る。

 こちらの動きを感じ取った多種多様なモンスターの目がぎらりと光った。内心、一斉に攻撃されなくてよかったと安堵を得ながら、なにほどのこともないという顔をして大きく息を吸い込んだ。そうして眼光鋭く吐き出す。

 

「暴虐なる魔物の一団に告ぐ! 貴殿らは何の故あって人間の領地、このパプニカ王国が支配する砦へとその矛を向けたのか! 汝ら、その正義に偽りなく、また臆することなくば疾く応えてみせよ! できぬならば無頼の一団として悉く滅してくれようぞ!」

 

 しん、と静寂が漂い、けれどそれはほんの一時のものに過ぎなかった。魔物の軍勢のうち、俺の言葉を理解した者から烈火のごとき憤怒を瞳に宿し、闘気と魔法力の交じり合った異様な力場が立ち上り、凝縮された殺気の渦が一身に叩きつけられたのがわかる。ともすれば震えだしそうな身体に活を入れてどうにかやり過ごす――が、これは本気でやばいと冷や汗が流れた。確実に寿命が縮む重圧だった。

 ただ立っているだけで吐きそうな最悪な気分に陥りながら、敵陣の変化をつぶさに伺う。時間にして数十秒、体感にして三分以上はゆうに続いた緊張は、やがて魔物が形成した壁の一部が割れることによって終焉を告げられた。

 

 ――刹那、開いた壁の向こうから有無を言わさぬ返答が届く。轟々と渦巻く炎が一直線に吹き荒れ、全てを焼き尽くさんと迫っていたのだった。おそらくは、人一人黒こげにするのに十分すぎる熱量と衝撃を伴って。

 

「お下がりあれ!」

 

 立ち尽くす俺の前に割り込む影が一つ。パプニカの誇る俊英、賢者バロンである。彼は俺と炎の間に急ぎフバーハの壁を張り出し、間一髪俺を救い出してくれたのだった。

 呪文の威力を減衰し、炎や冷気を防ぎ、爆炎や爆風の二次被害を押さえ込むフバーハは高等呪文であり、それを魔法力を集中させる『溜め』もわずかに使いこなしてみせたバロン。彼の非凡さが伺える一幕だった。

 なるほど、優秀だ。叶うことならヘッドハンティングしたいくらいの手練れである。

 

「舐めた口上を垂れる小僧への仕置きのつもりだったが……ふん、人間にしては良い腕の魔法使いを飼っている」

 

 残念、バロンは俺の部下じゃない。そう見えるように振舞っているだけだ。

 内心で舌を出してから、睨みつけるように割れた壁の向こう、暗がりの中を見通そうと目をこらす。そこから現れ出でるのは二足歩行で距離を詰めてくる巨漢の影だった。

 彼の者が発する重々しくも明瞭に響く声音はなにをせずとも自然強者の風格を醸し出し、それは魔物の間に走るぴりぴりした空気と畏敬交じりの視線でも明らか。特別な目など持たなくともこのモンスターの格付けをありありと教えてくれていた。……決まりだ、こいつが連中の親玉。

 

「無礼な対応はお互い様でしょう。先の有無を言わさぬ返礼が貴公の流儀と仰るつもりか?」

「我らが義挙の理由など貴様ら自身の胸に尋ねればよかろう。――畜生にも劣る貴様ら人間の所業、許しがたし。それがこの場に集った我らの総意ゆえな」

 

 ……耳が痛い。

 

「我は長き眠りから覚めてより、無慈悲な人間どもに弄ばれる地上の同胞の苦境を知り、こやつらを解放するためにこの力を振るうと決めた。ただそれだけのことよ。いまさら人の子と交わす言葉など一片たりとも持ち合わせておらんわ」

「歩み寄りの余地はない。そう仰るのですね?」

「無論」

 

 さもあらん。その魔物の蔑むような言葉に、内心では道理だと納得してしまう自分がいる。

 地底魔城に何年もの間押し込められ、その間ひたすら狩り場として数多の命を奪われ続けたのだ。虐げられた者達の解放。理は確かに彼らにあろう。仮に正義の御旗などというものがあるのなら、それは間違いなく俺達ではなく彼らの頭上にこそ翻っているはずだった。

 だからといって、はいそうですかとその言い分を受け入れてやるわけにもいかないのだが。故に詭弁を弄すのが俺の役目である。

 

「笑止ですね。かつての大戦で魔王ハドラーの走狗として働き、無警告で攻め入り各地を戦火で焼いた挙句、力持たぬ女子供ですら無慈悲に虐殺した畜生どもが何を囀るか。先に殴りかかってきたのはあなたがたであり、やったらやり返されるは世の必定。その程度のこと、分別定まらぬ童子ですら自明の内でしょう」

「だから魔物を虐げて当然だと? なるほど、人の理屈よな」

 

 やがてモンスターの一団を越え、単身姿を晒した魔物を篝火の光が照らし出す。

 凶悪な牛面に相応しい鬼のような角が長く伸び、その筋骨隆々の巨躯は人間など及びもつかぬ威圧感を発していた。黄金に染まる体表は無数のイボによって鱗のように覆われ、胸から腹にかけて青に染まる分厚い筋肉が盛り上がっていた。背に広がる悪魔の翼はやはり腹と同色の青色に染まっている。

 そして奴の丸太のような太い腕から繰り出される一撃は、紙細工を潰すがごとく人を粉砕するには十分な膂力を備えているのだろうと伺わせ、その手に握られるは一見して巨大なフォークを連想させる長大な三叉戟(トライデント)だった。

 

 と、その時、黄金のモンスターが怒りも露に天高く吼えた。

 びりびりと心の臓に響く力ある雄たけびに押しつぶされそうになりながらも睨みつけるのを止めない。彼の者が全貌を露わにしたことで遂に判明した敵の親玉の正体に戦慄すると共に、今あるピースを掻き集めてこの場における最適解を再構築していく。今この時がこの砦を巡る争いのターニングポイントに当たることを嫌というほど実感していたからだ。

 濃密な魔法力でも込められているのかと錯覚しかねない怒号がおさまると、牛面の魔物はトライデントの穂先をぴたりと俺に照準し、嘲る口調でこう続けたのだった。

 

「地上の人間は変わらん。いつまでもどこまでも傲慢で在り続けるその醜悪な性、毒に染まる沼地よりもなお耐えがたき腐臭を発しておるわ」

 

 返すのは冷笑。だからどうしたと鼻で嗤って退けた。

 

「そちらも変わりませんね。いつの時代も好戦的で野蛮。我ら地上の民を見下し、肥沃な領土を略奪することに何らの疑問も抱かず押し寄せてくる。戦に明け暮れる不毛の大地に根ざした蛮族だけのことはあると感心します」

 

 だから、と。

 俺もまた槍を持ち上げ、その穂先をぴたりと魔物に向けた。

 

「――答えていただきましょう。何故、魔界のモンスターが何食わぬ顔でこの地上に在しているのです?」

 

 嫌な静寂が降りかかる。

 自分達の指導者が何者であるかを知っていたのであろう魔物たちは大人しく彼の号令を待っていたが、パプニカ兵は俺の言葉に少なからず動揺しているようだった。俺だってここまでの大物が出てきてほしくはなかった。

 

「ルベア殿、あの者に心当たりが?」

 

 問い質すバロンに抑揚のない声で答える。

 

「ええ、奴は魔界でも強豪の一角に数えられるアークデーモン種に酷似しています。しかし通常のアークデーモンの体表は淡い赤に染まっていたはず。つまり今私達が対峙しているあれは単純なアークデーモン種ではありません」

「では?」

「……ベリアル。おそらくはそう呼ばれる、魔界でも滅多にお目にかかれない最上位モンスター種だと思います。その正体はアークデーモンの突然変異として生まれつき凶悪な魔力を秘めた魔物、あるいはアークデーモンがその長い生を過酷な修練と闘争に費やし、遂には独自に進化した希少個体だと聞かされています」

 

 誰ともなく、ごくりと生唾を飲み込む音が生々しく響きわたる。俺とて徒に脅したいわけではなかったが、虚偽の情報を流して侮ってもらうようでは本末転倒になってしまう。こうして事実を並べ立てることでパプニカ兵を萎縮させかねない物々しさは避けようがなかった。

 

「心してくださりますよう。私も直に見たのは初めてですから正確なところはわかりかねますが、その力はおそらく魔王ハドラー傘下の軍団と比しても屈指のもの。かつての魔王軍大幹部であり、地獄門にて勇者と死闘を繰り広げたという地獄の騎士バルトス、彼と伍する強者と考えて間違いありませんから」

 

 いや、こうして広く開けた空間で矛を交える以上、この戦場ではバルトスよりも手強いだろう。バルトスは剣士ゆえ、局地戦を得手としたはず。だからこそ魔王の間につながる地獄門の守護が最適だった。

 しかしベリアルはその種族上、強靭な肉体を駆使した肉弾戦以上に、優れた魔法力を生かし、広範囲を殲滅する魔法戦を得手としているはずだ。

 

 そして一軍を指揮する戦術眼も侮れない。砦の城門を開いた直後、配下の魔物を突撃させてはパプニカ兵と入り乱れる乱戦に突入してしまう。それでは広範囲に効果を及ぼす呪文が使えないと判断したベリアルは、あえて敵と味方を綺麗に二分する密集陣形を作るように誘導し、自身のポテンシャルを最大限生かせる展開に持っていったのだろう。実に強かな頭脳である。

 

 そしてベリアルの選択は正しい。

 なにせこの魔物が得手とする魔法は、一軍を壊滅させかねない極大爆裂呪文(イオナズン)。それも凡百の魔法力で放つそれでなく、魔王ハドラーに迫る潜在魔法力で放たれる凶悪な攻撃威力を秘めた呪文だ。

 このまま対策もなしに撃たれては、控えめに言っても二桁の戦死者が出る。呪文の威力に関係なく反射させるマホカンタならともかく、バロンのフバーハで凌ぎきれるレベルの呪文ではないのだ。

 しかし残念ながら、この砦に詰めるパプニカ兵の中にフバーハ以上の高等呪文に当たるマホカンタを使えるものはいなかった。つまり、ベリアルのイオナズン一撃でこの戦の決着がつきかねない。

 

 しかし否が応にも高まる俺の緊張とは裏腹に、この場における絶対強者は悠然と余裕の笑みを浮かべ、あたかも挑発のごとく耳障りな哄笑をあげた。一頻り喉を震わせて満足したのか、やがて唇に愉悦を浮かべながら口を開く。

 

「確かにこの身はベリアル。魔界で生まれ、魔界に育った生粋の魔物よ。正直驚いたぞ、よもや無知蒙昧な地上の輩に我を知る者がいようとはな。小僧、名は何という?」

「……ルベア。あなたの敵です」

「くく、この期に及んでなお吠えるか。その気概だけは認めるが、そう死に急ぐこともあるまい? それとも脆弱な身で我と切り結ぶか、知恵者気取りの小童」

 

 その言葉で、その態度で、俺などベリアルにとっては歯牙にもかけぬ雑魚に過ぎないと全力で示されていた。しかしながら虚勢がばれたと落ち込むことはない。もとよりこんな三文芝居で俺を歴戦の戦士と思わせられるなどと思い上がってはいなかった。

 

「まだ私の質問に答えてもらってませんよ」

「答えてやる義理はない、といったら?」

「勝手にこちらで推測するだけです」

 

 表情は動かさず、睥睨する瞳はどこまでも傍若無人な色を乗せ、言外にお前など何ほどのものではないと挑発を繰り返す。

 

「ほう、続けてみよ」

「あなたは旧魔王軍の残党だ。おそらくは魔王ハドラー配下として、彼の魔力と呪法に便乗する形で魔界から地上にやってきた。それを可能とした手段は魔道の秘法によって作り出される呪具――すなわち黄金に染まる魔法の筒」

 

 その時、ベリアルの視線が一瞬険しくなったのを確かに見た。

 魔王の資質、というのも定義する気になればいくらでも項目を並べられるのだろうが、俺が判定基準を設けるならば肉体の強靭さや豊富な魔法力は当然として、最大の条件を《地上の魔物を強制的に指揮下に置く洗脳能力》と《地上と魔界を隔てる壁を乗り越えることの出来る呪法解析者》と位置付けるだろう。

 魔界から地上に大軍勢で攻めあがることは不可能。だから魔王は地上のモンスターを配下に置くことで地上征服を進めるのが定石だった。逆説的に、魔界のモンスターを連れてこれるなら地上制覇に大きく近づくのである。

 

 アルキード王国やテラン王国に残る古い文献、竜の騎士バランから得た世界の深奥に触れる知識、そして地上一の切れ者である勇者アバンと短い時ながらも互いの知見を交換した結果、魔王ハドラーが好んで使った魔法の筒は地上では精製不可能な極めて精巧な魔法具だという結論を出した。

 つまり通常の魔法の筒が生物を一時的に封印、保存する魔道技術であるのに対し、ハドラーが特殊加工した金色の魔法の筒は、通常の機能のほかに『地上と魔界の境界を越えさせる』機能を持たされている、ということである。これによってハドラーは魔界勢力の一部を地上に持ち込んだ。

 

 もっともその大事な戦力の大半をブラス老に預けたり、こうしてベリアルがアバン一行と戦わずに終戦を迎えてしまったように、全てがハドラーの想定通りとはいかなかったのだろう。

 地上のモンスターほどには魔界から連れてきた連中にハドラーの威光が通じなかった、彼らの気性なり解放条件なりで素直に従わせることが出来なかった可能性がある。あるいは世界征服ないし対勇者パーティー迎撃の戦略上、ここぞという局面で投入すべき予備兵力として確保していながら、アバン一行の電撃作戦で機を逃し、筒に封じられたまま取り残されてしまった線もあろう。

 

 いずれにせよ地上に残された魔界のモンスターは現代に残る魔王の爪痕の一つだった。……穏健派のブラスが大半の筒を預かってくれていて本当に助かる。

 

「その口ぶりから、あなたが魔法の筒から解放されたのはそう昔のことではないと判断しました。地底魔城の奥深くで目覚めたあなたは主君であるハドラーの敗北と、同僚になるはずだった地上のモンスターが苦境に立たされていることを知った。先程、義挙といいましたね? あなたはあなたの持ち合わせる良識と義心に従い、地上のモンスターのためにこうして私達に対する反逆作戦を計画した。私の推測は以上です、訂正の必要があればどうぞ」

「……既に答えたであろう。我に貴様らと交わす舌などない」

「そうですか、残念です」

 

 大よそは正解、ということで良いらしい。わかってはいたが気が重くなるのは避けられなかった。

 

「だが、一つ訂正をしておこう。我は貴様を取るに足らぬ小僧と思っておったが、気が変わった。お前のような男は是が非でも殺しておかねばならん」

 

 今までにない殺気を漲らせ、ベリアルはそのごつい両手を頭上高く掲げる。時置かずして莫大な魔法力が両手に集まっていき、やがて凝縮された魔の力が指向性を持って高温のプラズマを生み出し、さらに拡大、巨大化を繰り返す。その夜闇を煌々と照らす光は断じて月明かりのような優しいものではありえず、刻々と高まる魔法力の輝きによって正しく恐怖の顕現として現世を照らしていた。

 

 バチバチと空気の爆ぜる音だけで心臓を焼き尽くされそうな悪寒が走り、もはやそれは天災の前触れでしかない。これこそ極大呪文――精強な騎士団すら灰燼に帰す魔の最奥。

 

「我が最大最高の一撃で葬ってくれよう。そこな魔道士のフバーハごときでこの極大爆裂呪文(イオナズン)を防ぎ切れると思うてくれるなよ」

「口喧嘩に負けたからといって、いきなりそれは些か短絡的ではありませんか?」

「許せとは言わんよ。我らはもとより敵同士ゆえな」

「……歩兵部隊に告げます。可能な限り射線から逃れて備えてください。優先するのは魔法部隊の防御です、ダメージを最小限に抑えつつ反撃のタイミングを見逃さないでください」

 

 当然、俺に命令権などないのだから兵が俺の言うことを聞く必要はない。しかしそこは俺の意を汲んだバロンが動き、復唱することで戸惑う兵を黙らせてくれた。

 ナイスアシスト。気が利くね、賢者殿。

 

「いじらしいことよな。そこまで小賢しい頭を持っておるなら、このような自殺志願の真似をせねばよかったものを」

「性分なんですよ。それと、私からも貴公に申し上げたいことがあります。よろしいでしょうか?」

「ふむ、それが貴様の遺言になろう。慎重に言葉を選ぶと良い」

「ありがとうございます」

 

 すうっと深く息を吸い、ほんの少しの切なさを胸に押し込めて唇を湿らせる。

 

「――我が兵法の師は竜の騎士バラン、万の敵を単騎にて切り伏せる戦神の化身なり。その名の重みを知るがいい、義侠の勇士(バケモノ)

 

 瞬閃。

 その時、確かに一条の閃光が空を奔り、戦場を駆け抜けた。それははるか上空よりの空襲、気合一閃放たれた銀の刃。速く、早く、疾く、それでいて鋭すぎる断罪の牙だった。

 非凡なる半魔の戦士は無音暗殺術(サイレントキリング)を体現するかのように深く静かにベリアルへと襲い掛かり、瞬きすら置き去りにして、全てを過去に変えてしまったのである。そこには断末魔すらもなく――。

 

 それは未完成の技ながら、竜の騎士の頂に届かんとする疾風の槍。全てを瞬断する必殺の一撃。神速を以ってなる絶技の名を――ハーケンディストール。

 

 ラーハルトによる完璧なる奇襲にして、これ以上のない会心の一撃だった。いかな魔界の猛者といえど即死のはずだ。もはやベリアルにはいかなる回復魔法も作用せず、これほどまでに肉体を損傷した以上、神の御技とされる蘇生呪文でも現世に蘇ることは不可能である。

 

 戦場の全てが停止していた。

 けれどそれは両陣営の者全てに意図せず訪れた心の空白であり、時間は等しく流れ続ける。そうして一拍の後、巨体を両断されたベリアルの身体から噴水のように鮮血が吹き上がった。

 

 竜の騎士直伝――斬首戦術。

 

 竜の刃は常に敵の急所を穿つ。それが単騎にて全てを屠る竜の騎士の戦だ。たとえ吹けば飛ぶような脆弱な身の上であっても、常勝不敗の主に恥じるような戦を出来るはずがない。

 未熟ながらも知恵と技巧を凝らした俺とラーハルトの合作は、存分に楽しんでもらえただろうか? もっともベリアルは何が起こったのかすらわからず三途の川を渡ったのだろうけど。

 

 ベリアルと交わした対話にさしたる意味などない。可能ならば有益な情報を得たいとは思っていたが、そんなものは所詮余禄である。

 最初から俺の目的は一つ。敵の指揮官を引きずり出し、その目と心を俺に向けさせること。そしてわずかでも隙を作り出し、砦高くまで登りつめたラーハルトが強襲を仕掛ける瞬間のお膳立てを整えることだった。要は囮の役さえこなせればそれでよかったのである。

 

 そうして策は成った。俺もラーハルトも致命傷を負うこともなく、最高の結果で敵首領の首を取ることができた。味方であるパプニカ兵のほとんどは未だ士気旺盛のまま健在。対して魔物の一団には少なからずショックダメージを与えたのだ。誇るべき大戦果だろう。

 けれど、その大戦果とは裏腹にまったく気分は晴れなかった。

 

 叶うならばベリアルとは別の出会い方をしたかったと思う。そう後悔させるほど、彼は士として実直で気高い為人をしていたからだ。武人として、あるいは指導者としても。

 しかし。

 ベリアルを惜しむその心は確かに俺の本心で、それでいてつまらない感傷でしかないことも、この時の俺はどうしようもなく理解していたのである。

 

 ――戦はまだ終わっていない。敵の首魁を討っても、まだ彼の数百の部下は五体満足で眼前に存在しているのだ。

 

「ベリアル様!? ……この卑怯者共がァ!」

「何を寝惚けたことを口にしているのです。ここはあなた方にとっての敵地であり、我らは既に矛を交えあっている間柄。不意を打つも打たれるも、全ては戦場の習いでしょう。違いますか?」

「猪口才な! その減らず口、すぐに叩けなくしてくれる! 覚悟……!」

 

 興奮も露わに気勢をあげているのは槍を持ったオークの二人組だった。仇討ちのつもりなのか、揃って鼻息荒く全力疾走を開始する。狙いは勿論俺だ。

 しかしいいのかね、この場にいるのは俺とお前たちだけじゃないぞ?

 

「俺に背を向けるとは良い度胸だ。その軽率な判断を悔やみながら死んでいけ、下郎」

 

 銀の軌跡が二度翻る。それだけで屍が二つ増えた。お前達魔物にとっての最大の脅威から眼を離せば、それだけ黄泉路を渡る不吉な切符を手渡されやすくなると自覚しろ。

 俺はラーハルト以上の強者としてバランを知っているからまだ冷静に見ていられるが、パプニカ兵を含む大多数の連中にとってはラーハルトこそがこの場の死神であり、化け物に見えていることだろう。魔界の強豪ベリアルを一撃の下に屠り、それを一度きりのまぐれと思わせない再びの精緻な槍捌きが、戦士としてのラーハルトの格を、そしてその膨れ上がる存在感をこれでもかと際立たせていた。

 

「行け、ラーハルト。決着(ケリ)をつける」

「――承知」

 

 一陣の風はやがて暴風となって戦場を荒れ狂う。死をも恐れぬ突進、そこが最も敵の密集した狩場と言わんばかりにラーハルトは躊躇なく敵陣深くに踏み込む。槍本来の間合いで敵を瞬殺し、剣の間合いに踏み込まれても巧みに槍を操ることで危なげなく魔物を屠る。そしてさらに内側に潜り込まれてしまえば、一体どんな反射神経をしているのだと呆れるような身体運用を見せてするりと攻撃をかわし、置き土産とばかりに蹴りを叩き込んで鈍い音を響かせる。

 

「奴を殺せ! いや、まずはその勢いを止めるのだ! とにかく落ち着いて――」

 

 誰かが焦りも露わに声を張り上げ、次の瞬間には槍を突き込まれて絶命する。いよいよ魔物の陣に混乱が始まった。正確にはベリアルが討たれた時点で浮き足立った連中に、回復する時間を与えずに畳み掛けることで混乱の拡大を図ったというべきか。

 

 しかし所詮はラーハルト一騎。いかに彼が暴虐の嵐を作り出しているとはいっても、それは一振りの槍が暴れまわっているに過ぎず、その戦果は限定されざるを得ない。ましてラーハルトは未だ歳若く、その体力も有限だ。いつまでもこの動きを保てるはずもなく、やがては失速して魔物の餌食となろう。

 なればこそ今が好機。

 そう確信し、己が拳を強く握り締め、けれどその唇には薄く笑みを浮かべる。全てが予定通りと嘯くような、今日一番の不敵な面構えで振り返った。

 

「テムジン殿、敵陣は混乱をきたしました。砦兵の陣も万全に整っている様子。この機を逃して私達の完勝はありません。――決断を」

 

 テムジンはすぐに返事をよこさず、見るからに戸惑った様子で俺の顔を見つめていた。けれどラーハルトが死線を潜って作り出したこの絶好の機会、生かして貰わねば困るのだ。早く号令を出せと内心怒鳴りつけたくなるのをどうにか抑え、最後の一押しをするつもりでじっと視線を合わせたまま合図を送るように頷く。それで腹も決まったのか、テムジンの表情に諦観が生まれ、改めて口を開いた。

 

「本当によろしいのですな? 彼の安全は保障できませんぞ?」

「元より覚悟のうえ。今ならば魔法使いの火力を最大限発揮できるはず。パプニカの誇る精鋭魔法部隊の全魔法力でもって広域殲滅を仕掛けてください。その際、前線で囮を続けるラーハルトはいないものと扱ってくださって結構。私も、そしてあの者も事前に申し伝えたとおりですよ。――どうぞご決断を」

 

 再度促し、これ以上の言葉は不要とラーハルトの暴れる前線へと目を移す。雪崩のように襲い掛かる魔物の群れをラーハルトは良く凌ぎ、時に反撃を繰り出しながら縦横無尽に駆け続けている。一瞬たりとも足を止めないのは、止めた瞬間八つ裂きにされる未来が待っていることを知っているからにほかならない。

 

「全魔法部隊に告ぐ! 殲滅せよ! 殲滅せよ! 殲滅せよ! 被害は問わぬ、撃って撃って撃ちまくれぇーッ!」

「お、おおおおおーーーーーッッッ!」

「弓兵も同様、矢種の尽きるまで撃ちこみ続けろ! 歩兵は作戦通り槍衾(やりぶすま)を形成! 一匹たりとも後衛まで通すな! 奮戦せよ、パプニカ王国の興亡はこの一戦にあり!」

 

 テムジンが吠えるように命令を下し、兵が戦意も露わにその声に応える。それはようやく暴れられるという鬱憤晴らしと、よそものの活躍を黙って眺めているだけで終わってたまるかという奮起も混じっていたのだろう。いっそ異様ともいえるほど迅速に作戦行動へと移った。

 

「……恐ろしい、と心底思います。あの半魔の男の信じられぬ戦いぶりも、彼を捨石のごとく扱うあなたの冷徹さも。本当に恐ろしい」

 

 右手にベギラマの魔法力を溜め込みながら、あえて俺と目線を合わせることなくバロンは言った。

 だから俺も前方を見据えたまま――魔物の大波のような攻撃を捌くだけでなく、味方から間断なく打ち込まれる弓矢、メラ、ギラ、ヒャド、イオ、バギの多種多様な呪文爆撃に晒されるラーハルトを思い、胸を痛めた。

 過酷過ぎる戦場、綱渡りのような死の淵で踊り続けねばならぬ苦境に部下を追い込んだ自身の無能を呪いながら、ひとでなしの顔と声音でバロンに言葉を返すのだ。

 

「私は出来ぬ者にやれとは言いません、この局面を任せられると判断しただけのことです。……あれは最後まで立っていると、そう信じていますから」

「苛烈に過ぎますな。貴殿の部下にはなりたくないものです」

「返す言葉もありませんよ」

 

 そして後戻りするつもりもない。

 なにせ俺達が相手にせねばならないのは大魔王バーン。天界の神々すら食らわんとする魔界が生んだ超越者である。余人が想像しうる尋常のまま抗しえる相手などでは、間違ってもありえないのだから。

 

「私のことはいかようにも。ですが我が身を犠牲に人の身命を救い出そうとする、あの者の尊き意志だけは忘れないでいただきたい」

「無論。前線をラーハルト殿がかく乱し、彼の一撃によって司令塔を失った魔物たちの目標を、自身に引き付けることで進行経路を限定したルベア殿。お二人の武勲は計り知れませぬ。ならば私もパプニカの賢者として、その名に恥じぬ戦いで貴殿らの献身に応えさせていただきましょう」

 

 そう言って俺の隣で端整な顔に微笑を浮かべたその男は、一転して柔らかな賢者の顔から戦場を駆る騎士の顔に変わり、ベギラマの閃熱で数体の魔物をまとめてなぎ払ってみせたのだった――。

 

 

 

 戦の趨勢は既に決し、覆ることはない。一刻、二刻と時の階を刻み、戦況は佳境を過ぎて大詰めに入っていた。この分だと遠からず終結を迎えるだろう――俺達人間側の勝利によって。

 

 戦模様をチェスの盤面にたとえるならば、この戦の司令塔たる(キング)はテムジンとベリアルだった。だがこちらのキングは早々に俺が誤認させるよう動き、テムジンの肩代わりをしてしまった。少なくともモンスター側から見て目についたのは俺とラーハルトだったろう。変則的ではあるがキング入城による位置交換(キャスリング)の動きをしていたことになる。

 

 そしてキングでありながら最大戦力の女王(クイーン)を兼ねていたベリアルを、チェスの駒のなかで唯一障害物を越えて移動できる騎士(ナイト)の役割を負ったラーハルトが強襲し、これを粉砕せしめた。

 立て続けにラーハルトは動く。ナイトの次は敵陣深く侵攻し、縦横無尽に切り裂く僧正(ビショップ)となって強烈な活躍を残したのだ。キングにしてクイーンであるベリアルを失い、指揮系統を失った兵士(ポーン)ばかりの魔物勢にしてみればたまったものではなかっただろう。

 

 仕上げは突進力が特色の戦車(ルーク)である。

 これはパプニカの精鋭魔法部隊がその秀でた火力によって担当した。力で押しつぶすのがルークの本領であり、同時に兵士の前進を止める最後の砦でもあるのだ。

 無論、そのルークを守るために奮闘した最多兵科である歩兵は最後まで敵兵を防ぐ壁となってキング以下全ての駒を守りきった。目立たぬながらも彼らがいなくては全ての作戦が破綻してしまう最重要の駒、すなわち立派な兵士(ポーン)の役目である。

 

 

 こうしてベリアルを核として攻め込んできたモンスターの悉くが冥府に送られ、残存する連中だってもう長くはなかった。指揮官を失ったことで魔物から連携が失われ、逆に人間側はラーハルトの獅子奮迅の活躍によって兵達の士気も鰻上り、着々と戦果を拡大していく。その流れが覆ることは終ぞなかった。

 

 しかし現実は盤上の駒ではない。いくら怖いくらいに作戦が果たされ、理想的に戦場が推移したとしても、元々大きかった戦力差を埋め、ひっくり返し、完全に押さえ込むには、人間側の兵数と練度が少しばかり足りていなかった。

 魔法部隊の活躍によって敵勢の勢いをそぎ落とし、一気に敵数を減らせたことは確かだが、それで殲滅しきったわけではない。連中は隊列を崩す代わりに射手の目標を分散させ、無理な突進によって屍を積み上げながらなお前進を繰り返し、ついには歩兵部隊の壁をすり抜けて小規模な乱戦を作り出すに至ったのである。

 

 その様を評すならば、決死隊以外になかっただろう。

 いや、彼らは元より命を捨てて攻めかかってきていたのだったか。地底魔城に篭っていても緩慢な死を待つだけ、ならばと乾坤一擲に賭けたのが今回の一戦だった。ならば彼らのことごとくが死兵であったことに疑問を挟む必要もない。

 ただ前へ、人間を打ち倒すためだけに命の全てを使い切る。そんな壮絶な連中を相手に余力を残して勝利できるはずもなかったのだ。だからこそ俺は、またしても命の危機を迎えてしまう。

 

「ベリアル様の弔いだ、死ねェー……ッ!」

 

 玉砕覚悟の一団が大挙して押し寄せてくる。

 俺の前には歩兵の壁を抜け、片翼をずたぼろに傷つけながら、それでも確かな足取りで、ぎらりと光る剣を握ったガーゴイルが血走った目を見せながら迫り来ていた。皆がそれぞれモンスターの対応に追われている様を見やり、早急な救援は望めないと結論付けて槍を構えなおした。

 

「せあーッ!」

 

 俺の首筋を狙う刃の軌跡をどうにか捉え、間に合えと身体を動かし始める。

 再三繰り返すまでもなく、ルベア・フェルキノに武芸の才はない。これっぽっちもない。だから俺が騎士団の連中に転ばせられるため、もとい修練のために通っていた時、口を酸っぱくして言われていたことが『お前は戦うな』というものだった。それはバランに言われるまでもなく自明でしかなかっただろう。……泣くもんか。

 

 そして彼等にもしも俺が最悪の状況に陥った時は、決して『攻撃するな』と忠告されていた。理想は相手の攻撃を避けること、それが出来ないのならばなんとか一撃を受けてすぐに逃げ出せと。

 そうして俺は四年近くの間、回避のための技法に傾注し、俺の戦闘スタイルを逃走につなげる防御術に特化してきたのである。

 

 それゆえ俺の首を断たんと横薙ぎに放たれた一閃を、崩れ落ちるように身を投げ出して回避を成功させられたのは、まさしく運と修練の賜物だった。そして返す刃によって容易く槍を弾かれてしまったのは、いわずもがな順当な実力差によるものだったといっていいだろう。

 一撃目と二撃目を凌いだがために体勢を崩しきった俺の、無防備に晒される頭蓋を叩き潰そうと振り下ろしてきた無骨な刃を、腰から素早く引き抜いたナイフでぎりぎり受け止めることが出来たのは、もはや奇跡の産物と評して差し支えなかっただろう。

 だからこそ次の一撃が俺を冥府に誘う死神の鎌だという事実も、変えようのない現実だったのである。

 

「ルベア殿!?」

 

 俺と同じく魔物と切り結んでいたバダックがどうにか敵を退け、俺を救い出そうとした時には全てが遅かった。血しぶきが舞い、臓腑が抉られ、飛び散った赤が再度俺の頬にべたりと付着する。すえた鉄の匂いが鼻孔を擽った。

 ただしそれは俺が流した血ではない。剣を振り上げ俺に襲い掛かってきたガーゴイルは、背後から正確に心臓を貫かれ、その表情にありありと無念を浮かべながら事切れていたのだ。

 

「遅かったか?」

「いいや、タイミングぴったりだよ。俺が女ならお前に惚れても良い場面だ」

 

 下手人の名はラーハルト。どれほどの血を吸ったのかも定かでないその槍を投擲、寸でのところで俺を窮地から掬い上げてくれたようだった。ただしラーハルトの姿は一目見て満身創痍だとわかるものであり、身体の至るところで流血し、打撲の痕によって腫れ上がっている。

 常の余裕綽綽な佇まいと大きく異なる姿は、それだけ過酷な戦場を駆け抜けた証左だった。

 

「ふん、相も変わらずつまらん戯言を。頭でも打ったか?」

「かもな。次からは気をつける」

「そうしてくれ。お前が死ねば皆が悲しむ。自分で宣言した通り、せいぜい醜く生にしがみついておけば良い」

「へぇ、お前も少しは悲しんでくれるのか?」

「お前が望むなら流す涙の用意くらいはしておいてやるが?」

 

 真顔で冗談を飛ばすとはやるな、盛大に噴出すところだった。

 

「いらん。俺はお前より先にくたばる気はないんでな」

「それでいい。お前はそうでなくてはな」

 

 そうしてさしたる感慨もなくガーゴイルの身体から槍を引き抜くラーハルトを、頼もしいと思うべきかほんの少し迷った。そのラーハルトは血に濡れた刃を一瞥し、小さく「もはや使い物にならんか」とだけ呟いたようだ。刃こぼれか、さもなければ刃が折れでもしたのかもしれない。

 

 元々大層な武器でもなく、数打ちの量産品だ。この過酷な戦場でラーハルトに武技を振るわれたとあっては、その槍もよくもったほうだろう。

 武器の性能が使い手の技量に追いついていないのは明らかだ。バランの持つ神具たる真魔剛竜剣ほど高望みはしないにしても、やはりラーハルトの技量についてこれる優れた武具が必要だった。

 当面は王宮ご用達の優れた鍛冶師に全力の一振りを打ってもらうことで急場を凌ぐとして、最終的には魔界の名工の力を借り受けねばならないだろう。

 

「さて、あちらはあらかた片付いた。お前に襲い掛かったのでまともに動ける奴は最後だ、間もなく動けるモンスターはいなくなるだろう」

「そうか」

 

 すまん、と思わず謝罪が口から吐いて出そうになり、慌てて堪えた。

 

「任務完遂ご苦労、ラーハルト。お前の働きを誇りに思う」

「ああ。だが、その労いを受け取る前にもう一仕事済ませておかねばな。ルベア、お前のナイフを寄越せ」

 

 わかった、と一度は腰元の鞘に収めた刃を再度取り出し、疑問を挟むこともなくラーハルトに手渡す。ナイフを受け取ったラーハルトは眼光鋭く砦の高層、すなわち見張り台の辺りを睨みつけると、無言のまま刃を投げ放った。

 おそらく今まで誰も気がついていなかっただろう物陰に、確かに小さな魔物の姿を捉えたことで目を見開き、息を呑んだ。そしてその時にはラーハルトの投じた刃が魔物を貫き、見張り台の床裏から撃墜せしめていたのだった。

 

「ラーハルト、今のは?」

「悪魔の目玉だ。いつから見張っていたのかは知らんが、地底魔城の連中とは別勢力だと考えるべきだろう」

 

 ラーハルトは不覚を取ったと言わんばかりの苦々しい顔をしていた。味方側の陣地に払う注意が疎かになっていたことを自省しているのだろう。本当に自身に厳しい男である。

 

「今回のような激突は今の地上では最大規模の戦に当たるからな。間に合うならば『目』を放って然るべきか。……バダック殿、聞いての通りです。ラーハルトもいるのでこれ以上私を護衛していただく必要はありません。急ぎテムジン殿への報告と、叶うならば後日国王陛下に、努々油断なさらぬようにと御奏上願います。どうもきなくさい匂いがしますから」

「あいわかった。確かに承りましたぞ」

「助かります」

 

 慌てた様子でテムジンの元に駆けていくバダックを見送り、溜息一つ。マジで頭が痛い。

 悪魔の目玉が映像と音声を届けていたのは十中八九バーン勢力だろう。だとしたら今回の一戦でラーハルトが注目を集めることは間違いない。あの白兵戦能力はバーンをして賞賛に値するものだろうから。

 

 もう一つの問題は俺だ。バーンは戦士への評価を高く見積もる傾向があったが、俺のような銃後を支える側の人間にどういった判断を下すかは今ひとつわからない。

 ……しくじった、こんなことなら大見得きったブラフ込みの口上を連発するんじゃなかったと、今更の後悔が押し寄せる。

 嫌だぞ、キルバーンの暗殺対象に挙がるとか。ラーハルトなら自力で撃退できるかもしれんが、俺じゃ天地がひっくり返っても無理。かといって四六時中バランに引っ付いてるわけにもいかないし、どうしたものか。

 

 とはいえ、だ。いくら悲壮感に暮れていても事態が何一つ好転しないのは明白である。ならば今は無事にこの危機を乗り越えた幸運を噛み締めるべきだった。

 それに疲弊しきった五体と茹った頭でいくら考え込んだところで、都合よく妙案など出てきてくれるはずもなし。休息こそが今の俺に課せられた急務なのである。そして見上げた先には確かに希望を伺わせる光が差し込んでいるのだ、この光景に心を委ねるのも一興だろう。

 

「夜明けだ……」

 

 多大な安堵を滲ませた声がぽつりと零れ落ち、さわやかな朝の空気に消えていく。

 こうしてパプニカ王国の長い長い一夜が、ようやくにして明けようしていた。

 

 

 

 俺の信条の一つは『帰るまでが遠足』である。

 というわけで砦の死傷者、怪我人の確認や治療、消費された物資の補充や戦闘報告書の作成等、戦にまつわる面倒ごとの全てはテムジンたちの仕事であることを良いことに、早々とパプニカを出国、我が家に帰るのだと息巻いていたのだが、そうは問屋が下ろさなかった。

 

 これだけでかい騒動の渦中にいたのだからさようならの一言で帰してもらえるはずもなく、戦直後は砦に数日缶詰にされ、事態が沈静化してくればパプニカ王宮にラーハルトを伴って参内する。そんな日々を送らざるをえなかったのである。

 これは何も帰国の妨害工作を受けているわけでもなく、俺にしろラーハルトにせよ重軽傷者として最優先に治療を受けないことにはパプニカ側の面子も立たなかったうえ、半ば無理やり参戦したとはいえ功が大きくなりすぎて何を以って報いるかと王宮で紛糾してしまったのが背景事情にあったりした。

 

 結局、それはラーハルトがまだアルキード王国で正式に武官として任官していない、つまり今のラーハルトがパプニカで大々的に表彰されてしまうと、今度はアルキード(うち)の面子が立たないのだと訴えた。そして国許に帰国し、ラーハルトを騎士として認める叙勲式を行い、再度パプニカ王宮に赴くということで決着がついたのである。その頃には俺たちへの褒賞も決まっているだろうし、双方にとって無難な選択だったと思う。

 

 なにより、なし崩しにラーハルトを偉くすることの出来た俺としては万々歳である。今回の騒動に巻き込まれたのは不幸だったが、ラーハルトを引き上げる計画は前倒しできたことには感謝しておかないとならないだろう。

 そんなこんなで戦後のごたごたをどうにか切り抜けて帰国、ようやくアルキード王城で通常業務を再開できるところまで漕ぎ着けたのだった。

 

「あー、久しぶりの執務室は落ち着く。いいか、ラーハルト、俺は今日一日この部屋から出ないぞ。書類に埋もれて暮らすんだ」

「それは構わんが、シンシア様が遊び相手としてお前を所望しているらしいぞ? ソアラ様もパプニカでの話を直接聞きたいと仰られていたな」

 

 第一、書類に囲まれて一日中サインと訂正に明け暮れることが癒しと公言するお前の神経が俺にはわからん、と呆れるラーハルト。はん、俺だって休日返上で一日中鍛錬に明け暮れるお前の生活が楽しいとは思わん。つまりお互い様ってやつだ。

 

「趣味嗜好は人それぞれということにして……遊び相手? 俺は何時の間にシンシア様の教育係を引き受けてたんだ?」

「何を寝惚けている、教育係が遊び相手を務めるはずがなかろう。ただでさえ世継ぎ候補の姫に近づける者は少ないのだ、察するにソアラ様もバラン様もシンシア様の情操教育に苦慮しておられるということだろう。つまりお前には協力する義務があるということだな」

「ふーむ。王宮にあがる前は近所の悪ガキ共を世話してたものだけど、さすがに姫様をあやすのは勘弁してほしいな。しかし最近とみに便利屋扱いされてる気がするのはどういうことだ……?」

「知らん」

 

 にべもない返答ありがとう。だがな、お前も俺の便利屋稼業に回されてきた一人だってことを忘れてやしないだろうな。本来俺の業務に、お前を預かって友人関係含めて私生活の面倒まで見るなんて項目はないんだぞ?

 アバンとの会合からこっち、バランが竜の騎士として一層修練に励む時間を捻出するため、政務の一部を俺が肩代わりしてもいるんだ。あまり厄介事を持ち込まれても困る。

 もっとも姫様のご機嫌伺い程度なら可愛いものかと思い直す。最上級のお茶が飲める極上の癒し空間でもあるし、書類の少ない時期なら歓迎ですらある。

 

「ところでそれはなんだ?」

 

 上質な包装紙で包まれた箱を目敏く発見したラーハルトが疑問を浮かべる。目敏くもなにも、普段羽ペンと書類の束しか置かれていない俺の執務机に妙なものが鎮座していれば誰でも気づくか。

 

「ああ、それか。ほら、俺たちパプニカでの褒賞が一時棚上げになってる形だろ? それを不憫に思ったのか、バダックさんが個人的に贈り物を届けてくれたみたいでな」

「それはまた人の良いことだ」

「そう、とても有り難い心遣いではあるんだけど……」

「そういえばあの御仁は発明が趣味だとか言っていたな。用途不明なカラクリ細工でも入っていたか?」

「んにゃ、一から十まで質実剛健を形にしたような一品」

「ならよかろう、俺にも見せてみろ」

 

 贈り物を貰っておいて溜息は失礼だろうと苦笑を浮かべるに止め、包装に包まれた箱のふたを開く。箱の中には一尺にわずかに届かぬ黒塗りの棒状の武器が収められていた。

 

「ほう、鉄扇か。これはまた珍しい品を贈ってきたな」

「あの戦いの後、雑談の中で長柄の獲物は使いづらいって話したのを覚えてくれてたのかもな。王宮で携帯するにも便利だし、取り回しにも長けた俺向きの武器だろうってさ」

「なるほど、確かに悪くない着眼点だ。俺とてお前に剣や槍が使いこなせるとは思っておらん、刃筋を立てるという基礎すらおぼつかんのだからな。扱えるとすれば鈍器の類だろうが、それとて膂力が不足しすぎていて無理ときている。ならば鉄扇のような比較的軽く、守勢に長けた武具を用意するというのはなかなかに慧眼だといえよう。大事にするのだな」

 

 頑張って鍛えている俺の戦闘能力がぼこぼこに貶されていた。ちなみに全て事実である。俺に敵を打ち倒す攻撃力など初めから期待されていない。

 

「もちろん大事にするけど、これ、困ったことにパプニカ王家の紋様入りなんだよ。バダックさんが王様から許可を貰って刻んだらしいけど、身に着けるだけならともかく、これで切った張ったするのは無駄に緊張しそう……。名誉の品すぎてもう俺の分の褒賞はこれで十分すぎるくらいだ」

「妙なことを言って褒賞を辞退してくれるなよ。俺一人でパプニカ王宮に向かうなど針の筵だ、断じて御免被る。それから武器は使ってこその武器、いらん気遣いなどするな。見事な品なのだから鑑賞するだけではいかにももったいない。……む、これは?」

「おい待て。その手紙はダメだ」

 

 最近俺に対する遠慮が消えうせているラーハルトにその程度の抗議が通じるはずもなく、同封されていた手紙に素早く目を通されてしまう。すると案の定、ラーハルトの表情に俺を揶揄するような色が浮かび上がり、ご丁寧に失笑まで付け加えてくれた。ちくしょう、だから見せたくなかったんだ。

 

「『勇敢なる我が友にして、アルキード王国の誇る若き軍師殿へ贈る』か。ふ、随分と洒落た一文だな。精々メッキが剥がれぬよう励むと良い」

「あの爺さん、絶対何か勘違いしてやがる……。もちろんやれるだけのことはやるけどさ」

 

 戦術講座は今まで同様に受け続けるとして、折角貰った贈り物を飾りにしないためにも、誰かに鉄扇術を仕込んでもらわねばならない。俺の乏しい才能で一から鉄扇術の基本形を構築できるとは思えん。

 もちろん闘争の申し子であるバランや武芸百般のアバンなら鉄扇だって問題なく使いこなしてくれるのかもしれないが、俺の自衛力強化のために彼らの修練時間を削いでしまうのは申し訳なさ過ぎて無理。

 

 と、なるとどうしたものかな? 鉄扇は珍しい武具であると同時に、女性が護身用に好んで使うものだと聞いたことがある。この武器の扱いに長けた教師役を探すのが鉄扇術習得の早道となる以上、女性の使い手(そちら)の線から当たってみるべきなのかもしれない。

 

「それにしてもおかしな話だと思わないか? 俺はペンで数字や法律と戦うのが専門の文官だったはずなんだよ」

「何を言う。それならば俺なんぞ今以って文官のままだぞ。書類上はお前の部下なのだからな」

「ああ、言われて見れば……。けど来週には叙勲式を控えてるわけだし、そうなればお前も晴れて騎士団に復帰だ。よかったな」

 

 ラーハルトはパプニカ砦の功績もあって見習い期間もすっ飛ばし、正式に騎士位を賜るのみならず、数人の部下を持つ小隊長格として遇せられる予定だ。以前に騎士団で騒動が起こった時とはラーハルトの気構えも全く違うし、バランの秘蔵っ子という風評もその実力とともに浸透してきている。過分な心配は不要だろう。

 よしよし、俺も骨を折った甲斐があるというものだ。

 

「そのことだが、騎士位を賜った時点で新たな辞令を受け取ることになっている。バラン様からも今のうちに次の上司に内諾を取っておけと言われていてな、こうして足を運んだわけだ」

「そうかそうか、そいつはめでたい。……ん?」

「騎士団に復帰すると共に、お前が外遊するときは必ず護衛に付けとのお達しだ。要は騎士団から派遣される形で兼務をこなすことになる。引き続きよろしく頼むぞ、上司殿」

 

 呆然とする俺。片目で俺を見やり、してやったりといった顔のラーハルト。

 この野郎、この沙汰はバランと共謀した結果に違いあるまい。実際、悪魔の目玉によって俺やラーハルトの情報が確実にリークされた以上、より一層の警戒は必然。それに今回のようなモンスター襲撃の危機が今後もないとは言い切れん。そこで俺がアルキードから外に外遊するときはラーハルトをつけて安全を図るというのが王族会議で決定されたらしい。

 なるほど、いまの今まで俺の元に欠片も情報が降りてこなかったはずだ。首謀者は国王陛下も含めたこの国のトップスリーを占める全員だったのだから納得するほかない。

 

「護衛をつけないデメリットが護衛をつけるデメリットを上回った。陛下たちはそう判断したわけだな」

「そういうことだ。言うまでもないが、この件についてお前に拒否権はない」

「念押しされなくても不服はいわないって。実際ありがたいことなんだから」

 

 護衛をつけるということは国の内外に重要人物であると触れ回るに等しい。それはつまり護衛をつけぬということは国にとって重要視する必要のない人間と判断させることも出来る。

 俺はそうやって出来るだけ目立たぬよう努めてきたのだが、今回の一件で魔王軍に隠し立てすることは不可能と判断されたのだろう。あとはあちらさんが俺のことをどれだけ小物と判断するかで俺の安全度が変わって来る。

 

 それに昔は国内対策の意味もあった。平民からのし上がった俺に過剰な護衛をつけては当然貴族らは面白くないだろう。無駄に反発を呼ぶくらいならばと、俺のほうから断っていた経緯がある。

 しかしこれから俺を守るのはラーハルト――竜の騎士バランが手ずから見出した秘蔵っ子とあっては嫌でも注目が集まるだろう。それはラーハルトが勇名を馳せれば馳せるほど顕著になっていく。強い戦士が大好きな魔界の勢力にマークされやすい環境に置かれるわけだ。

 俺としては路傍の石ころと無視してくれて一向に構わんがね。むしろそうしてほしい。

 

「お前は以前、魔界勢力から向けられる暗殺が怖いと口にしていたな。ならば武人の風上に置けぬような薄汚い殺し屋ごとき、バラン様のお手を煩わせるまでもない、この俺の槍の錆にしてくれる。……つまりお前の安全はこの俺が確保してやるというわけだ。泣いて感謝するがいい」

「ああ、ありがとう」

 

 感謝を口にしつつ、迂遠な物言いのラーハルトのあまりのらしさに笑い出したくなった。

 バランやソアラにも改めて礼を言いに行かなきゃならんな。ああ、それでソアラがシンシアを引き合いに出して卓を囲む口実を用意してくれたのか。色々状況が動いたことだし、ここらで打ち合わせも確かに必要だろう。となるとバランも一緒かな?

 

「それではまた会いにくる。次は気のきかぬ貴様に茶の一杯も用意してもらうぞ。――ではな、兄者」

 

 うん? と妙な展開に首を傾げた。おかしいな、俺の耳は正常だったはずなんだが、今日に限って調子が狂ってるのか? なんだか今ありえない宣言が聞こえてきたような?

 しかしどう考えても空耳としか思えない妄言を残して去っていくラーハルトの後ろ姿を、俺は呆然とした面持ちで見送ることしかできなかったのは仕方ないことだと思う。

 

 多分俺は今、相当に間抜けな顔を晒していたことだろう。その程度の自覚はある俺に向かって、人間を憎んでいた魔族のハーフは扉の前で振り返り、ふっと小さく笑みを浮かべると、出会った当初に浮かべていた鬱屈が綺麗さっぱり消えた声音で、はきはきと折り目正しく辞去の挨拶を告げたのだった。

 そして――。

 

「何を呆けた顔をしている。書類の上では俺のほうがお前よりも年上らしいが、捨て子だったお前の正確な生誕日など誰にもわかるまい? そういうことだ」

「ラーハルト、お前……」

「人間の世界も存外悪くないと思ったのさ。バラン様を奉じ、お尽くし申し上げる片手間に、お前達を守ってやっても良いと思ったまで。……そうだな、いずれ元服を迎えた日にお前と契りの杯を交わすのもよいのかもしれん。その日を楽しみにしている」

 

 最後にもう一度驚きの言葉を投げかけられ、するりとラーハルトは扉の向こうへと姿を消してしまう。……良い酒を用意しておかなければ、って待て俺。落ち着け、落ち着こう。

 どうにも認識が現実に追いつかない……。今日はよくよくラーハルトに驚かされる一日なのだと上の空で考え、しばしの間ぼうっと頭を空っぽに、たゆたうような時間を費やすことに腐心した俺だったのである。

 

 長い沈黙を経て、ふと思い立つ。

 そうだ、報告書を書こう。書かなきゃいけない。書くべきだ。なにせあの二人だってラーハルトの交友関係その他諸々を心配していたのだからな。ここは俺が率先して安心させてやらねばなるまいて。

 ということで、まずは一筆。

 

 『拝啓、ソアラ様。ラーハルトがデレました』

 

 ……間違えた、書き直し。

 

 それにつけても不思議な縁だと首を傾げてしまう。険悪な初対面を経て共に死線を潜ったこの時、俺とラーハルトは未だ十三歳の子供だった。

 そう、俺達は出会い、衝突し、手を携えあった。この短くも濃密な時の全てが運命だったというのならば、なるほどこれは長い付き合いになりそうだと頷いてしまう。そんな確信としか思えぬ予感に胸を暖かくしながら、目元は自然と和み、口元には柔らかな微笑が浮かび上がっていた。

 そうして俺は一人軽やかなタッチで筆を走らせる。

 

 『前略、バラン様。年上の弟が出来ました』

 

 

 

 

 

 そして季節は巡り、雪解けの時節を迎えた、とある晴れた昼下がりのこと。

 南海の孤島デルムリン島にて。

 

「おじさん、誰?」

「私の名はバラン。竜の騎士バランだ。ようやく会えたな、ディーノ。我が息子よ」

 

 こうして四年前に生き別れた竜の親子の絆が、数奇な運命を経て、ついに交わる時を迎えたのだった――。

 




 何度か言及していますが、この世界の元服(法律上の成人年齢)は16歳です。これはDQ3の勇者が16歳で魔王討伐に旅立ったことを参考にしています。

 またダイ大原作では敵としてのアークデーモンの扱いが不遇すぎて大物感が出そうになかったため、今回は上位互換モンスターとしてベリアルを登場させました。とはいえ破壊神なシドーさんが軍団長として出てきたりといったことはありませんので、その点はご安心ください。

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