ダイの大冒険異伝―竜の系譜―   作:シダレザクラ

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第06話 忠義の形

 

 

 言うまでもなく魔法とは便利な代物だ。とりわけ瞬間移動呪文(ルーラ)は極めつけの利便性を誇る移動手段にあたるわけだが、残念ながらその使い手は多くない。これは呪文習得の難易度も一因だが、それ以上に軍事利用の危険性を各国が恐れているからだった。

 何といっても術者のイメージ次第で瞬時に人を運べるのだ、テロ対策の観点から各国がルーラ使いの保有制限と習得機会の制限をかけてもおかしくはあるまい。まあ砦や城を築いてもその防壁を呪文一つで無意味にしてしまうのだから当然である。

 

 実際、アルキード王国でもルーラの習得魔法陣の詳細は国家機密とされているし、国家管理下の魔法使いであってもそう簡単には開帳されない。うちに限らず大抵はエリート揃いの宮廷魔道士ないしそれに準じる高い地位を持った魔法使いにしか習得と運用を許されていないのだ。

 

 このような理由でルーラの民間利用はほぼ不可能といえる。とはいえ、たとえ制限がなくとも大々的な民間転用は難しかったりするのが現実なのだが。

 というのも、その瞬間移動という特性を利用して荷物の搬送に用いるとして、一度に運べるのは五人前後の少人数にプラスしていくらかの手荷物を抱え込めるくらいのものだからだ。加えて着地時の衝撃を緩和する術が術者の力量に大きく左右するため、硝子や陶器のような脆い物資は運べない。それこそ数十、数百単位のルーラ使いを集めねば大商人の取引規模を満たすことはできないだろう。

 主要な移動手段といえば陸路ならば馬車、海路ならば船が一般的とされているのは、一度に運び出せる荷物の積載量が圧倒的に異なるからだった。……だからといってルーラの価値が減じるかといえば、そんなことはまったくないんだけどさ。

 

 魔王軍対策だけでも、ルーラ使いには各国の戦況を逸早く知るための連絡員として活躍してもらうつもりだし、攻勢にしろ防衛にしろ足並みを揃える密な連絡網の構築をしてもらわねばならない。なにより最悪の場合世界六箇所に投下される黒の核晶をどうにかしなきゃならないのだ、いくらでも彼らの使い道はある。

 だからこそ俺としてはもう少し制限を緩くしてもらい、失われる命以上のルーラ使いを育てたいわけなのだけど。

 

 ただ、習得難易度の高いルーラが使える魔法使いは大抵優れた戦闘能力を持ち合わせているため、前線投入もやむをえないことが多い。俺の一存で後方待機で温存するなどという安易な手も取れず、実際彼らが防衛戦力を担っている部分も大なのだからおかしなこともいえなかった。

 もう少しルーラの戦略的価値を重視して欲しいと切に願う一方、高位魔法使いの持つ戦術的火力の重要性もわかっているだけに歯がゆくなるばかりだ。実際彼らの殲滅力は貴重だ。魔法使いが戦場に立つ場合とそうでない場合では、予想される被害のでかさが雲泥の差となって表れてしまうだろう。

 

 問題は魔王軍の初期侵略において、彼らルーラ使いが優先的にその命を狙われるであろうことか。『あの』大魔王がルーラの重要性を理解していないとは思えない。下手をすればそこらの木っ端王族よりも戦略上重要になりかねない力を秘めた魔法使いなのだ、優先的に『処理』されるだろう。

 おそらくはそうした事情でほとんどのルーラ使いを失った正史では、各国の連絡線がずたずたに分断され、戦線を押し返すなんて夢のまた夢。地上はまさしく滅びを目前にした『ご覧の有様』に陥ってるしな。

 まあ、それだけ国家統制力が落ち込んだ世界だったからこそ、勇者一行も好き勝手ルーラが使えたのだろう。遵法精神なんぞケースバイケースだ、まして世界の危機を前にして文句をつける輩なぞいるはずもなかろうよ。

 

 とにもかくにもルーラを巡る問題というのは人類社会全体に影響を及ぼす繊細かつ重大な問題というわけだ。しかし戦時を基準にした社会作りなんて馬鹿なことはできないし、あまりルーラ使いの価値を高めるのも彼ら自身の安全に関わるのだから、人道的な意味でも無茶をすべきではなかった。ルーラ関連で妙な変革をすればそれだけで深刻な社会不安を招きかねないのだ、慎重にならざるをえない。

 

 ただし、長距離移動の安全性という観点ではルーラに勝るものはないだろうと思う。当然のことだが、陸路にしろ海路にしろ純粋な事故から人為的な襲撃まで一定の危険は内包している。絶対に安全な街道などないし、それは海上だって同じことだ。モンスターや悪天候に悩まされるのは渡航者や行商人、貿易従事者の常だった。

 

 とはいえ、海から生活の糧を得ている漁師が用いる小型船ならばともかく、中型以上の船が海難事故に遭うのは稀である。勿論年間通してゼロというわけではないし、魔王ハドラーが健在であった頃は海の魔物が活性化していた関係で、それはそれは無惨な事故率を示していたものだ。

 それでも勇者アバンが魔王ハドラーを討ち取った後は海も穏やかなもので、貿易船にしろ渡航船にしろ各国が船を出し渋るなんて話はきかない。つまり平時において海難事故というのは極めて不運な出来事だといえよう。

 

 そんな不運に巻き込まれたアルキード王国のディーノ王子――未来の勇者ダイが行方不明になってから、既に三年と半年が経過していた。

 

 ダイを乗せた船は大規模な嵐に巻き込まれたことで沈没の憂き目に遭ったわけだが、吹き付ける風と荒れ狂う波に舵を取られ、予定航路から随分と外れていたことが後の調査によってわかっている。元々はアルキード王国から西に針路を取った先にあるロモス王国、つまりラインリバー大陸の東海岸に一旦寄港し、そこから西海岸目指して地表を右手にぐるりと半周する予定だった。

 何故最終予定地をラインリバー大陸の東海岸に設定せず、わざわざ西海岸を目指すなどという迂遠な真似をしたかといえば、当時ソアラとバランの仲を完全に引き裂こうとしたのが一因である。とにかく物理的に母子の距離を離してしまうことで、ソアラに残る未練を断ち切らせようとしたのだろう。

 

 それが結果的には裏目に出たといえなくもないが、さすがに自然現象まで予測しろというのもいささか酷だろうと思う。当時のアルキード王とて孫に当たるダイの命まで奪うつもりはなかったし、多少強引ではあったがロモス王に話も通していたようだ。当然、ダイの移送先での住居や里親の手配、さらに彼らの生活を困窮させないための準備も含めて諸々の手続きは済ませていた。最低限の手は打った上での放逐だったわけだ。

 

 このあたりはソアラを不憫に思う父としての親心と、まがりなりにも血のつながった赤子を相手にあまりに苛烈な処置を取ってしまうのも憚られたのだろう。なんと無体な王様かと民の間にいらぬ風評がたちかねないと懸念があったはずだ。……俺に言わせればそれでも十分生ぬるい処分といえたし、正直なところ当時の情勢下ではバラン共々処刑にされてしまっても致し方ないくらいなんだけど。

 なんだかんだいっても甘いのだ、うちの王族様方は。それが悪いとまでは言わないし、言えば不敬になるのでさすがに口にしようとも思わないけど。というか個人的には好ましい。ついでにいえば、既に過ぎ去ってしまったことにぐだぐだと文句をつけることほど労力の無駄遣いもあるまいて。

 

 甘いといえば俺の目の前にいる老境にさしかかった王族様も十分お人好しの類なのだとしみじみ思う。この世界の指導者は揃って有能かつ情深い性質を持ち合わせているような気がしてほのぼのしてしまったくらいだ。

 

「ルベアよ、わざわざ足を運んでもらって済まなかったの。お陰で懸念が一つ片付いたわい」

 

 現在、俺はロモス王宮にて礼を取り、静粛な雰囲気の中一人跪いていた。

 にこにこと人の良さそうな顔で愛嬌を振りまいているのは、ロモス王国の王座に就くシナナ王である。恰幅の良さは健康に問題がないことを示し、温和な表情を浮かべた丸顔が自然と人懐っこさを表しているようだ。御歳五十を数えても溌剌とした印象を抱かせる人物で、このあたりは同じ王でもテランのフォルケン王とは大分異なる。

 

 シナナ王は和を尊び、何事においても人とのつながりを重視する人柄と聞くが、統治能力そのものは凡庸の域をでない。実際、現在に至るまで彼の政治手腕に際立ったところはなかった。

 しかし突飛な政策もとることもないため、よく国を治め、その朴訥で慈悲深い人柄ゆえか自国の民から非常に愛された良王だった。ロモスは八王家の中では国力に優れた国家ではないが、その反面とても安定した治世を続ける平和な国なのである。

 

「どうかそのように仰らないでください。シナナ様、あなた様にそう言われてしまっては我らの立つ瀬がありません。元々はこちらの駐在員が貴国の兵に無礼を働いたのが発端だったのですから、こうして駆けつけるのは当然のことです。此度はまこと申し訳ありませんでした」

「いやいや、少々の諍いなど酒の席の与太話とでも笑い飛ばしておけば問題にはならなかったろうて。わが国の兵が短気を催してしてしまってすまなんだの。ほっほ、『友人同士の語らいで始めたのならば無粋を挟むでない』と年甲斐もなく説教をしてしまったぞ、ワシのほうが無粋であったかもしれんな」

 

 そういって優しげな笑みを見せるくれるシナナ王に改めて目礼を捧げる。こんな時、俺はどうにも気勢が削がれる自分を自覚せずにはいられなかった。人の上に長年立っていれば否応なく身についてしまう悪癖――常に他人を疑い、時に蹴落とし、時に排除することに、まるで痛痒を抱かぬ者が持ち合わせる腐臭。それがシナナ王からはまったく感じ取れないのだ。

 

 シナナ王に限らずうちの王族様方にも見え隠れするその性質が、人間同士の争いだけに集中できなかった歴史ゆえなのか、それとも生物学的な意味で元々の精神構造が異世界を基準とする『俺』とは違うのか、その正確なところまでは判断がつかなかった。

 ま、結論を出したところであまり意味があるとも思えないけど。

 そんないくらかの自嘲を込めた笑みが自然と漏れそうになり、慌ててこらえる俺だった。

 

「それでは御身の御前にてご報告申し上げます。今回、貴国の与えてくださった厚遇を忘れて粗相をしでかした者は、一度わが国に戻らせ、物見遊山に興じるがごとく緩んだ心根を厳しく罰することになりました」

「これこれ、わが国の兵も反省しておったし、そちらもあまり厳しい処分をしてくれるでないぞ?」

「承知しております。ですから一度中間報告として本国に戻らせ、そこでバラン様に絞ってもらうつもりです。そうですね、三日ほどしごきあげてやれば十分反省するでしょう。それで今回の罰則は終わりです」

「ふむ。まあ仕方ないかの」

「ええ、うちにもメンツがありますから。御身のご温情に甘えて無罪放免とするにはいささか抵抗があります。ご了承いただけましょうか?」

「それこそ口出しできることでもなかろうて。こちらの意を汲んでもらえただけでワシは満足しておる。感謝するぞ、ルベア」

「いえ、シナナ様のお慈悲に感謝いたします」

 

 俺が神妙な顔で頭を下げると、困ったように「よいよい」と場を収めるロモス王だった。本当、お人好しな王様である。助かるといえば助かるのだが、その分申し訳なさも募るのは避けられないことだった。

 

 今回俺がロモス王国を訪ね、こうして謁見の間で貴人と顔を合わせているのは謝罪として頭を下げるためだった。諍いの内容そのものは大したことではない。

 ロモス王も口にした通り被害もほとんどなく、せいぜい殴り合いに発展した当事者たちの数人が多少の怪我を負っただけ。公務ではなく私的な親睦会の席だったのだが、提供された酒精の巡りが良かったのか思わず口が滑り、あれよあれよという間に手が出る事態まで燃焼してしまった。と、まあそういうことらしい。

 報告する方も面目なさげだったが、報告されるほうの俺だって泣きたくなったぞ。何が悲しくて酔っ払いの後始末をせにゃならんのだ。

 

 問題の原因というか背景に関してはある程度想像がつく。ようは自国の武力を恃んだ驕りだろう。

 かつてベンガーナ軍に示した竜の騎士の勢威を皮切りに、国内外の治安維持や演習を通して実績を積み上げ続けるバラン本人の風評もあって、近年アルキード王国はその声望を大いに高めている。

 またその張本人たるバランによって鍛えられた騎士団の精強化が実感できるようになってきたのか、武官の気勢が文官にも伝播しているところは否定できなかった。幾分増長した心根が今回の喧嘩沙汰につながっていたのは確かだろう。聞き取り調査の結果、うちの連中がロモス王国の兵隊を軽んじたことが発端だったのだから。

 

 アルキードの民の誰もが急激な変化に対応できているわけではない、というのもわかるんだけど。仕掛け人である俺が文句を言うのはやっぱり不遜なんだろうなあ……。どうしたものやら。

 元々アルキード王国の軍事力は八王家の中で比較するならばよくて中堅程度、敬意を払われるほどのものではなかった。世界最強の呼び声高い精強な騎士団を有するカール王国が頭一つ抜けていて、そこに追随していたのが城砦王国リンガイアだ。毛色はやや異なるが世界第三位をあげるならばベンガーナ王国になるだろう。つまり中央大陸の勢力圏においてはアルキード王国はカール、リンガイア、ベンガーナの風下に立っていたわけだ。

 

 軍事力を半ば放棄していたテラン王国は論外として海を隔てた三国、つまりパプニカ、ロモス、オーザムは一つの大陸をそれぞれ一国で統治しているため、隣接した国家がない。必然、外敵に攻め込まれる軍事的脅威が低下していたため、中央大陸に比べてやや弱卒の軍であることは否めない。ということで、贔屓目に見てもアルキード王国の軍事力は世界で四番目、実際はテランを除けばどんぐりの背比べだというのが現実だった。

 

 が、ここで一石が投じられる。

 竜の騎士たるバランが出現したことでパワーバランスに明確な変動が現れ、あるいは世界最強の看板はアルキード軍(うち)こそが相応しい、と思い上がるのもわからないではなかった。実際バランの頚木を外してしまえれば、軍略次第ではあるが本気でアルキード王国の下に七王家を従えることだって決して不可能なことではなかった。もっともバランにしても俺にしても、世界の覇権(そんなもの)に興味がないため、実行に移されることはありえないだろうけど。

 いずれ攻め寄せてくる魔王軍対策を抜きにしても、世界を統一する一大事業なんぞ冗談じゃないぞ。わざわざ平穏を乱してまでやる価値があるとも思えないし、後々の苦労を考えれば過労死必至なのだ。誰がそんな馬鹿な真似をするかっての。

 

 御国の盾を担う兵士諸君に力への自負や余裕があるのはもちろん嬉しいし、志気旺盛なのも望むところだ。練成の成果を誇るのも結構、時には自慢話だってしたくもなろう。仲間内で吠える分には俺だって何も言わんよ。

 だがな、TPOくらいは弁えてくれ、というのが今回の件に関する俺の率直な意見だった。他国に派遣されてるんだから普段以上に自重に努めねばならないのは道理だろう。小さな諍いで済んで本当によかった。

 

 もっともバラン抜きでカールやリンガイアとやりあえば、分が悪いのはまだまだアルキード(うち)なのは変わらないのだけれど。根拠のない判断が一兵卒のものならともかく、騎士団の幹部クラスまで似たような声をあげているようだと目も当てられないと苦笑をこぼす。

 ともあれ今回はロモス、アルキード、どちらの人間も軽傷で済んでいるし、ロモス王も鷹揚な態度で許しているので大事には発展しなかったのが幸いだった。

 

 そうした中で俺がロモス王国に遣わされたのは、問題を起こした人間の職務がディーノ王子の捜索――アルキード王族が関わる重大事案だったためだ。

 かつてダイを乗せた船の沈没座標を省みれば、漂流先として一番可能性の高いのはロモス王国南部の海岸線である。里親としてつけられていた者が生きていれば既に本国に連絡が入っていたはずなので、もしもダイが生きているとすれば赤子の素性を知らぬ第三者が善意で拾い上げ、わが子として育て上げている、というのがおおよその見解だった。そこには何らかの思惑を秘めた悪人に拾われたりしていないでくれ、というソアラたちの希望的観測も入っているだろうけど。

 いずれにせよ次期女王の嫡子を放置する意味はない。真っ先にロモス王へ協力を要請するのは火を見るより明らかな帰結だった。

 

 俺がロモス王をお人好しと評するのはこの要請への快諾にも理由を求められるだろう。彼は当時のバランとソアラ、そしてディーノを巻き込んだ一連の騒動、つまりアルキード王国に大混乱を招いた顛末の概要を聞き及ぶと、それはもう我が身の痛みのように同情と共感を示し、アルキード王室の苦境を駆け引きや取引材料として利用することもなかった。

 

 協力を約してくれたシナナ王はロモス王国に点在する町や村への通行や滞在、調査に便宜を図ってくれたし、今回騒動を起こした駐在員も快く受け入れてくれたのである。ルーラ使いは数が少ないため、彼ら駐在員が部下として調査員を統括し、ロモス王国とアルキード本土をつないで迅速に情報をやりとりする役割を果たしていたわけだ。うちとしてもつまらない諍いでこの協力体制を崩したくないのが本音のため、事態を重く見た上層部が少しでもロモスに誠意を見せる目的で早々に俺を送りこんだ、という裏事情があった。

 

 何故、俺? と首を傾げるほどでもない。率直に言ってバランの傍近くに侍る俺が『使いぱしりにするのに便利かつ最適』だからに他ならなかった。

 なにせ平民出身ゆえに国家に傷をつけることなく容易に頭を下げることができて、そのくせ王族に近いため相手に対する『格』の問題が解消できてしまうのだ。なるほど厄介事解消係としてはこれ以上ない人材だな、と俺自身感心してしまったくらいだ。

 俺としては両国のメンツを立てた上で穏便な着地を図るという一見難しい案件処理を任された、と胸を張って言えればいいんだが、その実態は単なるクレーム処理業務でしかなかったりする。

 

 ――そうそう、俺に回される仕事はこういうのでいいんだよ。平和な仕事って素敵だ、切った張ったの鉄火場に放り込まれるよりはずっとマシだっての。……だから俺の平穏の邪魔をせずに引きこもってろよ、傍迷惑な大魔王。

 

 しっかし、偉くなればなるほど『ごめんなさい』の一言が言えなくなるってのも因果な話だとつくづく思う。

 王様なんて最たるもので、王の謝罪はイコールで国家国民の謝罪と同義になるため、おいそれと公の場で非を口にするわけにもいかない。非を認めればそれだけ敵国や政敵につけこまれる余地が増えるのだから、ほんとヤクザな商売だよ。ま、程度の差こそあれその問題は、人の上に立つならばどんな立場だろうとついてまわるものだろうけどさ。

 

「シナナ様から賜ったお骨折りの数々、幾重にも御礼申し上げると陛下よりお言葉を預かっています。また、厚かましくも今後とも良好な関係を続けていきたいと重ねてお願い申し上げます」

「こそばゆいのう。アルキード王には困った時はお互い様だと伝えておいてくれい」

「かしこまりました。陛下もお喜びになられると思います」

「おぬしは相変わらず固いの。いま少しリラックスしてはどうじゃ?」

「お言葉はありがたく。さりとてこの堅物も性分なれば、御前にて自侭に振舞うは小人のゆえ、と笑って許してくだされば幸いにございます」

「仕方ないのう」

 

 割と本気でしょんぼり落ち込んでいる王の姿に冷や汗を流しながら、これ以外に打つ手はないと決めて苦笑を浮かべ、やりすごす。

 俺、そんなにおかしなことしてるか? 一応俺たちがいるのは謁見の間なんだけど。当然警護の兵をはじめ幾人もの廷臣が俺とシナナ王のやりとりを注視している。そんななかで下手な真似ができるはずもなかった。

 

 なんだってこの世界の統治者はこうフレンドリーな人が多いのだろうか? そんな答えの出るはずのない疑問を覚えては内心首を傾げてばかりの俺であった。悪いことじゃないはずなのだが、だからといってよいことなのかどうかも判断が難しい気がする。

 いや、まあ、公務は滞ることもなくしっかりこなしているのだからやっぱり問題はないのだろうけど。……今も公務中だ、という突っ込みは忘れておくのが吉なのだろう、きっと。

 そんな風に無理やり納得している俺に、シナナ王は変わらぬ恵比須顔で語りかけてくる。

 

「バラン殿は息災かの? 忙しく過ごしているとも聞くが」

「時間を見つけては世界中を飛び回っていますよ。我が子を想う父の情とはかくも強いものかと頭が下がる毎日です」

「なに、そなたもいずれ実感することになる。ワシが保障しよう」

「そんなものですか」

「うむ」

 

 親しげに言を積み重ねるロモスの王。不要領気味に困惑を浮かべる俺。

 語るまでもなく妙な空間が形成されていた。周囲もいくらか戸惑っているような気配が伝わってくる。すいません、こんな緊張感のないやりとりを見せてしまって。

 

「して、今は何処(いずこ)に? ……いや、こうも詮索するのはまずかったかの」

「いえ、そのようなことはありませぬ。ただ今回はパプニカ王国に出向いているはずなので、声を大にして、というには些か厳しいかもしれません」

 

 ロモスやテラン、ベンガーナのようにこちらの調査団を受け入れてくれている国に対しては半分以上部下任せの捜索になっている。年単位の活動をしているため、その調査範囲もかなりのものになっていた。

 その一方、バランが主に担当するのは王都や人口の多い街を除いた辺境の地である。小さな農村やモンスターの生活圏と隣接しているために離散を繰り返しているような小さな集落など、ルーラだけではカバーできない部分をバランが補っている。なにせ体力魔力とも無尽蔵ともいえる竜の騎士だ、トベルーラで飛び回ってよし、幾里も駆け抜ける健脚ありと、華やかさとは無縁の地点でこれ以上の人材はいなかった。

 

 ただし、それはあくまで正規の調査団の補佐であり、今回足を向けたパプニカ王国への用向きとは少し異なる。パプニカ王国はアルキード王国から見ると、海を渡った南東のホルキア大陸に覇を唱えている。ダイの乗った船が沈んだ場所を考えると、ロモス王国には劣るが漂着の可能性がないとはいえない。当然調査協力の申し入れはしたわけだが、残念ながら事故から三年以上が経過した今に至っても実現していなかった。

 

「ふむ……。かつての大戦、その傷跡未だ塞がらず、か。儘ならぬのう」

「致し方ありません。かの国は最初から最後まで激戦区だったのですから」

 

 パプニカ王国の復興そのものは順調に進んでいる。世界に名高い風光明媚な王都の景観もすっかり往年の美を取り戻し、民の間にも笑顔と活力が戻っているようだ。だが、人の心はそう単純なものではない、とりわけ王族の責務と重責の前では。

 パプニカ王国には今でも地底魔城――つまり魔王ハドラーが本拠地として居座っていた巨大な要塞が残っている。前大戦で痛手を被らなかった国は皆無といっていいが、中でも辛酸を舐め続けたのはほかならぬパプニカ王国だったことは疑いない事実だ。幾たびも軍勢に攻め寄せられ、よくぞ国の命脈を保てたものだと敬意を表する程度には絶望的な戦況だったらしい。

 

 そして、パプニカ王は亡国の危機を前にしてもはや悲鳴と変わらぬ救援要請を幾度も他国に送り――そのほとんどを無視された過去がある。

 

 どうしようもないことではあった。攻められていたのはパプニカだけではなかったし、どの国でもぎりぎりの攻防を続けていたのだ。純粋な戦力不足だったというべきだろう、自国の防衛に手一杯で援軍を差し向ける余裕など何処にもなかったのだから。

 王家の義務としてまず自国の安寧が先立つのは避けえぬことだ。その程度はパプニカ王家とて当然承知していただろう。……だが、理解と納得は別のものであることも天地開闢以来変わらぬ真理であった。

 

 つまり各国の王は『パプニカ王国の見殺し』ともいえる苦渋の決断を下さねならず、パプニカ王国は魔王ハドラーの勢威の前に滅亡まで秒読みの段階だった。

 あわやというところでアバンの一太刀がハドラーに届いたために亡国の憂き目は避けられたものの、そのときのツケがパプニカ王国から他国七王家への不審と恨みという形で現在まで続く不和の種になっているわけだ。アルキード王国からのディーノ王子探索への協力要請が断られたのも、過去の遺恨が故のことだったろうとは推測に容易かった。

 

 とはいえ他国との交流全てを排除する鎖国政策を取っているわけではなく、あくまで『国として』調査団の受け入れを拒否するにとどめている、という経緯がある。アルキード王国縁の人間が『観光客ないし旅人として』動く分には文句を言われていないのは譲歩といっていいのかもしれない。

 なにせ誰だって自国で他国の人間が内情を探りまわるなんて面白くはないものだし、これ幸いと諜報活動をされてはかなわないからだ。人の良いロモス王やバランに敬意以上の信頼を寄せているテラン王が例外なだけだろう。

 

 そういった按配で根気よく調査団の受け入れ交渉を続ける一方、バランがパプニカ王国の支配域であるホルキア大陸を縦横無尽に調べまわっているという、笑うべきか嘆くべきかわからない状況が出来上がっているのだった。うちもうちで、竜の騎士の強行軍に誰もついていけないからバランの単独行動を黙認するとか、それでいいのかアルキード王室並びに騎士団、と乾いた笑いしかでなかったことを覚えている。

 いくら一人でも心配ないとはいえ、バランに護衛をつけるのは喫緊の課題だよなあ……。王族の風聞的な意味でもこの状況はまずいだろ、絶対。

 

「現在パプニカが陥っている苦境と頑なさは、不甲斐ないわしらの責任でもあるからのう。耳が痛くて仕方ないわい」

「シナナ様がお気に病むことではありますまい。いずれの国もパプニカ王国が憎くて救援を出さなかったわけでもなし、魔の王の軍勢に各国の限界を冷酷に突きつけられただけにございます」

「それはそれで困りものなのじゃが……」

「かつての悔恨を生かすのが為政者の務めと愚考いたします。至誠をもって語り続ければ、いずれパプニカ王とて心動かされると信じておりますゆえ」

「今は思い悩んでも益はない、そういうことかの」

 

 無力を噛み締めるシナナ王に神妙な様子で頷いてから、ふっと緊張を和らげて笑いかける。

 

「それに然程心配はいらぬやもしれません。幸いといいますか、パプニカ王も最近は頬を緩める毎日だと聞き及んでおります。レオナ王女が日々お美しく成長遊ばされ、また幼くも聡明な姫君と声望が広まるのが嬉しくて仕方ないのでしょう。やがてはその光が積み重なった鬱屈を吹き払ってくれるやも、と考えるのは不敬でしょうか?」

 

 パプニカは『賢者の国』と異名を取るほど智と伝統を重んじる国だ。王家に将来を期待させる才気が芽生えたのは慶事以外の何者でもなかった。

 実際、五歳だか六歳だかの幼い姫君が既に幾つかの魔法を披露し、あらゆる呪文を使いこなす『賢者』の素養を見せ付けているのだから、親としては自慢の一つや二つしたくなるだろう。

 

「――ふ、ふふ。そうよな、そなたの言も現実にありえるやもしれぬ。子煩悩はどの国も同じか。ほんに善きことよの」

「然り。尊い方々のいと深き慈しみの御心に感嘆するばかりです」

 

 幼子が王の不信を吹き飛ばすと冗談めかした俺の言葉にシナナ王は一度目を瞬かせてから、自身の家族に思いでも馳せていたのかとても安らいだ顔で同意してみせたのだった。

 俺もこの時ばかりは不敬を意識的に忘れ、追従するままに声をあげて笑いあった。脳裏にアルキードの子煩悩王室の姿が描かれていたのは言うまでもない。

 

 ふむ。ダイの行方――デルムリン島の調査か。

 問題はダイを連れ戻した後に連鎖して起こる幾つもの問題への対処だが、国内情勢も整ったことだしなんとかなるだろう。そろそろ頃合だ、となるとバランやソアラに話を持ち込むべきだな。

 そして、いずれはアルキード王の承諾をえて世界に波紋を投げかけることになるだろう。既存の秩序を乱すことになるだろうから混乱は必至だろうが……大丈夫、乗り越えることはできるはずだ。多分。

 

「それではシナナ様、私はそろそろ失礼させていただきます」

「うむ」

 

 そう言って礼をとりながら辞去を告げ、立ち上がろうとする俺だったが、ふと思い出したように口を開いたロモス王の言葉にわずかながら驚くことになる。

 

「ああ、いい忘れておった。此度貴国が望んだ取引品は少々厄介な代物じゃて、くれぐれも扱いを間違えぬようにな。件の発案者はお主と聞いておるゆえ、いらぬ心配だとは思うがの。余計な口出しじゃったかな?」

「――いえ、ご忠告ありがたく受け取らせていただきます。成果があがった暁には必ずご報告に参りますゆえ」

「楽しみにしているぞ」

 

 会談が終わって幾分気負いが抜けた瞬間だっただけに意表をつかれた思いだ。さすがに一国の王だけあってよく聞こえる耳をお持ちのようだ、と内心で苦笑してしまう。どこか皮肉気味な感想になってしまうのは性分だった、こんなの口にできるはずもない。

 あとは船に積んだ荷物の最終チェックをして帰国の途につくだけだが、確かに扱うものがものだけに一層の警戒は必要だろう。随伴してきた兵に改めて通達を出しておくか。

 なにせ俺にとっちゃ今回の謝罪会見よりこっちの荷物のほうが重要度が高い。油断したせいでつまらない結果を招きたくもなかった。

 

「ではこれで。シナナ様も過日までご壮健であられますよう」

「うむ、また会える日を楽しみにしておるぞ」

「もったいないお言葉です」

 

 こうして特に波乱なくロモス王国での謁見は終了した。

 王座の前を辞し、あとは細々とした些事を済ませて船に乗り込むだけだ、と今度こそ緊張から解放されてほっと一息つくのだった。

 

 

 

 

 

 ロモス王宮を辞した後はルーラでラインリバー大陸の東海岸へ飛び、そこから海路でギルドメイン大陸を目指す。幸い海は穏やかなもので、数日波に揺られて大過なくギルドメイン大陸に到着した。

 港町で幾つかの書類にサインし、馬車に揺られて数時間の旅をしてようやく王都に帰還することができた。諸事に時間を取られた俺がアルキード王宮に戻ったのは、結局太陽が傾き、夕日が顔を覗かせようとする宵闇迫る刻限のことだった。

 

 この分だと今日は報告をあげるだけで精一杯かも……。

 幾分の憂鬱を抱えながら、城を留守にしている間にたまっているであろう書類の束を想像する。明日はいつもより三十分早く作業を開始しようと決めながら王宮を歩き――ふと違和感を覚えた。何か目に見える変化があるというわけではないが、時折廷臣とすれ違うたびにその小さな齟齬は大きくなっていく。どうも城全体が戸惑いの空気に満ちているようだ。

 待てよ、以前もこんなことがあったような……?

 

 まことしやかに奏でられる心を粟立たせるさざめきに落ち着かず、漠然とした不安がわきあがってきたころ、通路の先から見知った顔が出てくるのに気づいて足を止めた。恰幅の良い年嵩の女で、ソアラ付きの侍女だったはずだ。

 とりあえず挨拶をしなければ、と胸に手を当てて軽くお辞儀をする簡略化された作法を取るが、そんなことはどうでもいいとばかりにほっと息をつかれてしまった。はて、普段ならこんなにも露骨な態度を見せたりはしないものだが?

 

「――あぁ、よかった。お戻りになられていたのですね」

「ええ、さきほどロモス王国より戻り、急ぎ参内にあがりました。これからバラン様へ帰還のご報告を申し上げるつもりなのですが、何か私に御用がおありでしょうか?」

「はい。現在バラン様はソアラ様の執務室にいらっしゃいます。私はルベア様が戻られたらその旨伝えおくようにと申し付けられました」

 

 なるほど、それで俺を待つためにバランの執務室に向かっていたのか。そこで俺を捕まえるつもりだったのだろう。

 

「承知しました。私はこのままお二人を訪ねても問題はないのでしょうか?」

 

 時間をずらしたほうがいいのかという俺の問いかけに、女は迷いを見せることなく首を振って否定した。

 

「至急ソアラ様の執務室にお向かいなさってください。何でもルベア様にご相談があるとか」

「相談……? ああ、いえ、失礼しました。ご用向きは承知しました。わざわざ足をお運びいただきありがとうございます」

「滅相もございません。これも職務なれば、過分なお言葉はご無用に願います」

 

 内心で堅物な人だと苦笑をこぼす。ソアラの傍近くに侍るくらいなのだから、この女性も相当な名家出身だった。それが俺のような身分低き者にまで馬鹿丁寧に接せねばならないのだからご苦労なことだと思う。それだけ俺の後ろ盾(バランとソアラ)が大物だという証左でもあるのだろうけど。次期女王とその夫なのだから当然といえば当然か。

 まあこの女性とは顔見知りといってもさして親しいわけではない。それ以上の無駄話を挟まず、いたって事務的に別れを告げると、お互い惜しむそぶりもなく足を別の方向に向けた。

 

「ルベアです。帰国のご報告に参りました」

「入りなさい」

 

 目的の部屋の前で身嗜みを整え、一度深呼吸をしてから扉をノック。用向きを伝えると程なく入室の許可が下りた。物音を下品に立てぬよう注意を払いながら扉の開閉を終え、部屋に入った途端に膝をついて目を伏せる。

 ここには何度も出入りしているだけに特別な緊張も必要なかった。ソアラが普段政務を執っているこの部屋は俺に割り当てられたものよりずっと広い。高級木材を加工して丁寧に作り上げられた執務机や床に敷かれた柔らかな絨毯、随所にアクセントとして置かれた陶器や硝子の調度品は高価な品でありながら上品さを失わずに輝きを放っている。最初にこの部屋を訪れたのはもう何年も前のことになるが、そのときも部屋の主の趣味の良さが表れていると頷いたものだった。

 

「面をあげなさい、ルベア。遠慮は無用です」

「はっ。では失礼しまして――」

 

 伏せていた顔をあげ、片膝をついていた姿勢もすぐに解いてしまう。ソアラが苦笑している通り形式以上の意味はないとはいえ、仮に部屋の中にいるのが気心の知れた相手だけではなかった場合、面倒なことになりかねないのだから仕方ない。成り上がりの身なればこそ、普段から弱みを晒すような無様は戒めねばならなかった。

 

 そして、その用心は半分正解、といったところだろうか? この部屋、つまり俺の眼前にいるのはソアラとバランだけではなかった。かといって宮廷の高位貴族ではない……はずだ。断定できないのは見覚えがないのではなく、単純に顔が見えないせいだった。

 なにせバランの隣に控えている人物はすっぽりと身体全体を覆うマントに、やはり顔全体を隠してしまう怪しげなフードを被り、そのうえ口元までもが布で覆われていたからだ。

 

 ……おいおい、王宮の中で顔を明かせないとか厄介事の匂いしかしないぞ。密偵でなければ可能性が高いのは他国の要人……それも外聞を憚る事情で尋ねてきた王族やら貴族あたりか?

 即座に幾つかの当たりをつけるものの、そのどれもがしっくりこないのは明らかだった。不自然に過ぎる。

 

 と、いうのも、本当に相手がやんごとなき身分の方ならば、通達もなしに俺と鉢合わせるような杜撰な真似をするのはおかしいのだ。加えて気になる点をあげるとすれば、マントに包まれた四肢が幾分小柄な人のそれに見えることか。長身のバランと並ぶと明らかに小さかった。

 そうなると年少の男子かあるいは女性の可能性が浮かぶが、ぱっと見の印象では俺とそう歳も変わらぬ男ではないだろうか? わずかに覗く顔の輪郭もシャープで、視線を降らせてよくよく観察してみれば、かすかに喉仏が見て取れた。やはり男だろう。

 

 そんな俺の詮索を目的とした視線に気分を害したのか、フードの向こう、鮮烈な光を宿したきつい眼差しが遠慮呵責なく俺を射抜いてみせた。その威に押され、防衛本能が刺激されたのか反射的に眦をつりあげると、しばし睨み合うように時を潰すことになってしまう。

 

 ……まずった。

 

 意図せず睨み合うような形になってしまったことに反省するも、欠片も張り詰めた緊張を緩めることはできなかった。なんといってもこの無遠慮なまでの警戒と敵意の視線が怖すぎる。なんだってここまで強烈な眼光と迸る威圧に晒されねばならないのか。

 いつぞやのバランに比べれば幾分ましだと強がってはみても、やはりきついことにはかわりなかった。フード男の研ぎ澄まされた気迫に思わず息苦しさを覚えて喘ぐ。……動けない。

 

 しかし、なんて不躾な……。ほんと何者だこいつ。そんじゃそこらの人間にここまでの芸当ができるとは思えんぞ。

 これは俺が試されているのか、さもなければ喧嘩を売られているかのどちらかだろう。いずれにせよこの時、俺の脳裏では眼前の人物は危険だと即座に警鐘が鳴らされていた。

 そして恐らくその直感は正しい。そう確信できるくらいには目の前の人物は危うかった。形容するならば抜き身の刃だろう。取り繕うこともなく力を突きつける獣のごとき闘争本能が見え隠れし、相対するだけで緊迫感溢れる戦場の空気にしてしまうのはいただけない。

 

 どうしたものかと溜息が出そうになり、慌てて堪えた。こちとら向けられる悪意には敏感なんだから手加減してほしいものだ。もっとも隠す気もないのだろうけど。

 フード越しだろうとお構いなく読み取れる無遠慮なまでの警戒と敵意の大きさの前に、俺とて愉快な気分にはなれず、不審者に向ける目は自然と厳しさを増していた。――断言しよう。初対面の印象は最悪だ。

 

「穏やかな初顔合わせにはなるまいと思っていたが、ここまで険悪なものになるのも予想外だな。お前らしくないのではないか、ルベア?」

 

 時間にして十を数えるかどうか、といったところだろうか。俺にとっては命の危険を突きつけられたせいでもっとずっと長い睨み合いだったように感じたが、実際はそこまででもなかったはずだ。……走馬灯とか冗談じゃないぞ、おい。

 俺とフード男の対峙を、不敵な笑みを浮かべながら『険悪』と評したバランの一言で当事者二人の気勢が削がれ、ようやく息をつく余裕が生まれた。多分あと十秒続けていたら膝を折っていた。解放された今ですら背中が冷や汗でびっしょりだ、寿命がまた縮んだ気がする。

 

「私に不手際があったのならば謝罪もしましょう。ですが、多少の疑念を向けただけで射殺すような返礼をされてはたまりませんよ」

 

 まだばくばくと煩い心臓を宥めるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。多分、俺はこの時少しばかり不貞腐れていた。

 

「バラン様もソアラ様も先ほどは仲裁に入る様子が見られませんでした。ならばそちらのお客人の振る舞いを是としたも同義。私は歓迎されていないことが十分に伝わりましたゆえ、拝謁の栄誉はご辞退させていただきます。後日、改めて伺わせていただきたく――」

「まあ待て、先程の不手際は確かにこちらの落ち度だ。それは認めるゆえ、そう腹を立ててくれるな。このままお前に帰られては私がソアラに叱られてしまうではないか」

 

 努めて無表情を装い、これ以上となく完璧な作法で頭を下げてから、さっさと踵を返してしまう。船旅に馬車旅とそれなりに疲労しているところにこの仕打ち、少しくらいは意趣返ししてもいいだろう。と、半ば冗談、半ば本気の行動にさすがに悪ふざけが過ぎたと判断したのか、引き止めるバランの声には常にはない焦りがわずかながら読み取れた。

 それで溜飲は下がったため、素直に機嫌を直すことにする。引き際を誤るととんでもないことになるし、このへんがじゃれあいの限界だろう。……フード男の視線が明らかに強くなったが無視だ無視。

 

「私からも謝らせてちょうだい。夫を止められなくてごめんなさいね、ルベア」

「とんでもありません、私こそ年端も行かぬ童子のような振る舞いをお見せしてお恥ずかしい限りです」

 

 ところでバラン様、と気持ち柔らかめの声音で呼びかける。

 

「私で遊ぶのは結構ですが、それがあなた様の稚気だけとも思えませぬ。私の不在の間に何か不愉快な出来事でも起こりましたか?」

「……何故そう思った」

「普段はおやりにならないような隙を晒す――それはつまり『甘え』ゆえのことでございましょう? 畏れ多いことですがそれほどまでにお心をお許しいただけたこと、我が身の誉れと致します」

「む……」

 

 そんな青臭い台詞を大真面目な顔で告げると、バランは照れくささからか視線を逸らし、ソアラはそんな俺たちを嬉しそうに見守っていた。さてさて、これで多少なり空気が弛緩したことだし、話を本筋に戻すには十分だろう。

 

「改めまして、この度ロモス王国より帰還致しました。侍女の方からお二人が私にお話になりたいことがあると伺いましたが、それはそこのお客人のことでよろしいのでしょうか?」

 

 そう問いかけると、バランは小さく頷いてフード男に目配せした。それだけで言いたいことが伝わったのか、彼は顔を隠していた布とフードを即座に取り去ってしまう。今の今まで隠されてきた客人の素顔が衆目に晒された瞬間、俺は驚愕から大きく目を見開くことになった。

 

「魔族……」

「正確には魔族の父と人間の母を持つ混血児(ハーフ)だ。名をラーハルトという」

 

 フードを払ったことで長く伸びた見事な金の髪がばさりと広がる。その強い光を帯びた切れ長の瞳は獲物を捉えた肉食獣のような獰猛さを予感させ、目元から頬にかけての縁取りは戦化粧のようですらあった。なにより特徴的なのはその肌の色だろう。浅黒い色彩は俺たち人間とは種族が違うと、一目で確信させるに足るものだった。

 

「ラーハルトよ、先程の非礼を詫びておけ。お前に不満があるのはわかる。だが、それは本来私に向けるべきものであり、ルベアに当たるのは筋違いだ。此度は見逃したが次は許さん、そう心得ておけ」

「はっ! 自身の不明を恥じ、猛省に努める所存でございます。……そこな御仁、憤懣を叩き付けるがごとく気当たりを向けてすまなかったな。この通り反省しているゆえ、責は全てこのラーハルトにあるのだとご理解願いたい」

「貴殿の謝辞は確かに受け取らせていただきました。私も早くに忘れられるよう努めましょう」

「かたじけない」

 

 逡巡する素振りも見せず、深く頭を下げるラーハルトの素早さに面食らってしまう。頭を下げることに躊躇いがないのもそうだが、バランへの忠義の深さに驚いたのだ。バランとラーハルトはどう考えてもまだ出会って半月足らずのはずなのに、既にこの二人は君臣の在り方が確立しているようだ。

 にしても、お寒い限りだと内心で溜息を零す。ラーハルトの言葉には俺に対する申し訳なさや敬意など欠片もない。そんな形だけの謝罪であったことも事実なのだが、わざわざ蒸し返すこともあるまいと口を噤んだ。

 

「バラン様はパプニカ王国を訪れていたはずですが、やはりそこで?」

「山間の集落の外れでこやつを保護した。いや、この際言葉を飾るのはやめておこう。ラーハルトは魔族の父を亡くした後、魔族の血を理由に人間の母諸共に迫害されて幾度も村を追われたようだ。私が見つけた時は人の寄り付かぬ山奥に隠れ住んでいたよ」

「……保護されたのはラーハルト殿だけでしょうか?」

「母親は残念ながら数年前に亡くなってしまったようだ。病だったと聞いた」

 

 父を早くに亡くし、魔族の血を理由に人間の母諸共迫害に遭った。種族を理由に石持て追われる苦しみはバランも経験していることだ。まるで我が身を切られるがごとくの心境だったのだろう、ラーハルトを不憫に思っても何ら不思議はない。

 聞けばバランの息子探しの調査にも一週間近く同行しており、その際に武芸の手ほどきも受けていたらしい。ラーハルトがバランに信服した一因にもなっていそうだ。もっともバランの話では元々我流で磨いた槍の腕前も相当だったようだけど。

 

 バランがラーハルトを伴って帰国したのが四日前。今はラーハルトの希望もあって騎士団に所属させているそうだ。官舎も騎士団所有のものを利用しているとか。

 つまり――ラーハルトはバランの後ろ盾によって些か強引にアルキード王国内部に食い込んでいる、という形になるわけだ。

 王宮を包んでいた妙な空気の正体がようやくわかった。かつてのバラン処刑騒動の後にそっくりなのだ。王宮がやけに浮き足立っているように感じられたのもラーハルトの存在に戸惑いが広がっていたせいだろう。

 そりゃ魔族が王都どころかその中枢である王城を闊歩していれば落ち着かないというのもわかる。魔族の王宮勤めなんて前例、遡るだけ無駄だろう。ラーハルトはある意味平民の俺以上に異邦人なのだといえた。

 

「バラン様、ラーハルト殿を私にお引き合わせになった理由をお尋ねしてよろしいでしょうか?」

「うむ。突然の通達ですまぬが、明日からしばらくラーハルトをお前に預けることになった。そのことはラーハルトも承知している。今はそれだけを理解しておけばよい」

 

 承知している、ね。納得しているようには見えないし、間違いなく望んでのものではないだろう。

 ただ、『今は』と念押しされた以上、ここで仔細を尋ねるのはやめておいたほうがいいだろうな。詳細な事情はこの場では――少なくとも『ラーハルトがいる前では口にしづらい』。つまりはそういうことなのだろう、だから『相談したいことがある』と俺に言伝があったわけだ。

 

 ラーハルトに目を向けると、一瞬表情に迷惑そうな色が浮かび上がったが、すぐに感情を抑えてかすかに目礼を返してきた。ラーハルトも俺の部下として配属される、あるいは補佐を務めあげることを言い含められているとはいうが、はてさてどうなることやら。

 いきなり舐めた態度をとってくれたのだって、望まぬ配置換えに不満を溜め込んでいるせいだろう。暗雲渦巻く前途多難な有様にずきずきと頭痛が襲い掛かってくるようだった。

 

「謹んで拝命致します。通達は以上でしょうか?」

「ルベアは少々残ってくれ、明日の予定を確認する」

「わかりました」

「ラーハルトはご苦労だった。これで下がってよいぞ。ああ、申し付けておいた鍛錬を怠るなよ」

「はっ!」

 

 短く了解の声をあげ、落ち着いた所作で一礼すると、ラーハルトはきびきびとした動作で部屋を出て行った。

 まだまだ幼げな風貌を残してはいるが、その堂に入った仕草は既に武人の片鱗を身に着けているように見える。とにかく動きに無駄がなくて見ていて心地よいのだ。ソアラのようなしなやかな美とは違う。やはりというべきか、バランに近いものを如実に感じさせるラーハルトの立ち居振る舞いだった。

 それからしばらくの無言を挟み、改めてラーハルトを俺に付けた件について切り出そうとすると、ソアラの気遣いで備え付けの椅子が用意される。長話を見越してのものだろう、三人で車座になって顔を見合わせた。

 

「それで、よろしかったのですか。彼はあからさまに不満そうでしたが?」

「あれもまだまだ未熟者ゆえ、多少は目溢しもしてやれ。それに……残念ながらあれにとっては見えるもの全てが敵なのだ」

「例外はバラン様とソアラ様のみ、ですか」

 

 バランほどではないとはいえ、ラーハルトの敬意はソアラにも向けられていた。安心材料とするには、ちょっとばかりか細すぎるがな。

 

「正確にはバランに連なる者、というべきでしょうね。あの子は私とシンシアには丁寧に接してくれているわ。そんな時、あの子の目元には確かな優しさも浮かんでいるから、演技ではないでしょうね」

「ぎりぎりですね。やはり彼は人を憎んでいますか」

「魔王ハドラーの侵略が開始された頃、ラーハルトは七つだった。それから六年、いわば人生の半分を悪意と迫害の中で育ってきたのだ、根は深いだろうな」

 

 物心ついてからの時間を思えば人生の大半を迫害の中で育ったわけだ。その過酷な半生を思い、三人が三人、不景気な顔で黙り込む。話していて気持ちの良いものでもなければ、聞いていて愉快になれる話でもなかった。

 

「ルベア、これを見てもらえる? ラーハルトから口頭で得た身上書と騎士団からあげられた報告書よ」

 

 沈み込んでいてもしかたないとでも思ったのか、ソアラが束になった書類を取り出し、俺に差し出してきた。確認を取るまでもなく二人は承知している内容だろう、となると事態の認識をすり合わせるためにも急いで読破しなければならない。

 しばらくの間書類をめくる音だけが執務室を支配していた。

 

「うちの騎士団連中の一部――おおよそ十人を相手に一人で立ち回り、挙句全員を叩き伏せた? なんです、これ?」

「残念ながら事実なのよね」

「勘弁してください」

 

 既に俺の心は泣き出しそうだった。なんでいきなり乱闘なんだよ、まがりなりにも騎士団は国の管轄化にある正規の軍隊だぞ? それがどうしてそこらの無頼者みたいな軽率な真似をやらかしてんだ。しかもその乱闘には隊を預かる幹部クラスまで含まれていたと記載されているわけで……マジで何やってやがる、あの馬鹿共。冗談じゃなく脳筋呼ばわりするぞ、こんにゃろう。

 騎士団でも血の気の多い馬鹿がラーハルトの出自を理由に喧嘩を吹っかけた、というのが発端というのだから情けなくもなるし、バランが不機嫌になるはずだ。俺がロモスに渡っていた理由も合わせると、これは本気で騎士団の引き締めを考えたほうがよさそうだ。一度バランと相談してみるべきなのかもしれない。

 

 と、今はそれよりラーハルトだよ。こいつもこいつでやりすぎだ。もちろん非はアルキード騎士団側にあるし、重傷者は出ているものの幸いなことに死者が出る最悪の事態にまでは発展していない。そうである以上、不問にして有耶無耶のうちに収めてしまうのが無難な線か。

 実際そういう方向で玉虫色の解決に終わろうとしている。下手に問題を大きくすると収拾がつかなくなりそうだから多分正解だ。もはやラーハルトへのしこりが残るのは避けえぬ未来ではあるが、それはこれから何とかしていくほかあるまい。

 

「多少の怪我を負うも、最後まで立っていたのはラーハルト殿ですか。彼はまだ十三歳の少年でしょう?」

 

 溜息しか出なかった。眩いほどの鬼才だ、おそらくは地上随一の戦闘センスを持ち併せているのだろう。こんなのが俺と同い年かよ、化け物め。

 とはいえ、人類最弱を標榜する俺がラーハルトに対抗心を持ち出す意味は欠片ほどもないんだけどさ。体内で練る闘気は認識できず、魔法使い系にしろ僧侶系にしろ初級呪文の契約すら成立しなかった時点で俺の将来性はゼロだ。戦場に出るだけ無駄、足手纏いになるだけだ、とバランに太鼓判を押されているのだからこれ以上の保障はない。

 

「もうここまでくると天賦の才としかいいようがありませんね。過酷な生い立ちゆえに自衛できるだけの力と狩りに困らぬ技量を身に着ける必要があった、それはわかります。しかし、それでもこれは異常でしょう。うちの連中だって隊列を組めばゴーレムやライオンヘッドとやりあえる程度の練度は持ってるんですよ」

 

 だからこそ伸ばしてやりたくなる、というのはバランの弁だった。これぞ武人って感じの言い分だ。

 まあ才能の原石を磨くという意味なら俺にもそこそこ共感できる。出来の良い若者を見るとお節介を焼きたくなるし、何処までいくのか見てみたくなるものだ。

 

「つまりあれですか、このまま騎士団にラーハルト殿を置いておくのはあらゆる意味でまずい。ついては冷却期間として別の部署に預け、然る後に騎士団に戻す。そういう目論見がお二人の胸のうちにあると見てよろしいでしょうか?」

 

 じとりとした目を向けるくらいは許してほしい。なにせこれ、俺が完全に貧乏くじ引かされているのだから。

 

「いずれ騎士団の一翼を率いる立場に、と考えている」

「随分高く買っているのですね」

「それだけの器量だと見込んでいるのだ。さて、そろそろお前の忌憚ない意見を聞かせてくれ。難しいと思うか?」

「生憎私は一目で相手の才覚を見抜ける便利な目は持ち併せていないのですが、現時点で十分に未来を期待させる逸材だと思いますよ。とはいえ、国の重鎮として迎え入れるのならば兵としての力量ではなく、将としての器量を試されましょう」

 

 戦士の才能という意味では不足どころかお釣りがくる。その片鱗は既に示されているし、『俺の知る』歴史においてもラーハルトの力は絶大だった。

 陸戦騎ラーハルト。古今無双の槍使いにして、竜の騎士バランの腹心中の腹心。バラン亡き後は彼の遺言に殉じ、人間を憎む私心を捨ててバランの息子であるダイに忠誠を誓った、まさに忠義の士と称すに相応しい男だ。

 別の未来ではバランが統括する超竜軍団の指揮官として、その任を見事に務め上げたのだから、兵として、将として、不足などあろうはずがない。もちろん現時点の彼は未だ経験浅く未熟な若輩者ではある。しかしそれもいずれ時が解決してくれよう。

 

「ネックとなるのはやはり魔族の血を引いていることです。これを臣下の皆様に受け入れていただくには相応の時間がかかりましょうし、指揮官として強大な武力を率いさせることに危惧や嫌悪を抱く者とておりましょう。加えて部下が素直に心服するかどうか……。大変申し上げにくいのですが、現在の彼の振る舞いを見るに周囲との軋轢は深まるばかりなのではないでしょうか? いくらバラン様の望みであろうと、ラーハルト殿を無条件で引き上げることに頷くわけにはいきませんよ」

「わかっている。ではお前と似た立場に置くのならばどうだ?」

「それこそおやめになられたほうがよろしいかと。もちろん形だけでよろしければ今すぐでも実現できましょうが、それは最悪の選択になると思います」

 

 強権はいざという時に振るうものであり、普段からそんなことを続けていてはそれこそ暴君のやりようだ。いたずらに臣下の反発を誘発することもあるまい。

 

「私の場合はまだバラン様の地位も定かならずの微妙な時期ゆえ許されましたし、なし崩しのまま現在に至っている事情も少なからずあります。ですが今の御身は身代が重くなりすぎ、かように無茶な人事を断行すれば、長く忠勤に励んできた譜代の臣の反発が強くなりすぎる恐れがあります。バラン様の存念があの者を傍近くに置くことにあるのでしたら、今は時期を待ち、然るべき功を立てさせてから登用すべきでしょう」

 

 つまり順番が逆なのだ。ラーハルトをバランの傍近くに侍らせるにしても、まずは騎士団で頭角を表し、磐石の地位を築いてからでないとまずい。そうでないとそれこそ『王族の我侭、えこひいき』になってしまうだろう。

 ある程度ラーハルトが周囲に認められてさえいれば、護衛任務の名目でも作って騎士団から出向させるなりで、何の憂いもなくバランの傍にも置いておけるとは思うが……。

 

「やはりそうなるか。歯がゆいものだな」

「……あの、バラン様? それだって本来は無茶なんですからね? 正規の手続きを踏んでいない私が言うのもどうかと思いますが、出来るならどこぞの名家と縁組をすることで明確な後ろ盾を得てもらい、さらに有無を言わせないくらいの大功と長年の忠勤を経てようやく、といったところなんです。それくらいあなた様の身分は重いのだとご自覚ください」

「惚れた相手がたまたま王家の娘だったのだ、多少は大目に見るが良い。というのは言い訳になるかな?」

「はい、言い訳です。そんな戯言は全力でポイしてください。あとさらっと惚気ないでいただけますか?」

「くく、そういってくれるな」

 

 真面目な顔でしれっと冗談を口にするから妙な笑いを誘われてしまうんだよなあ……。

 自重しやがれ王族兼竜の騎士。レアリティという意味でも慣習という意味でも、既にこの地上で並ぶ者のいない高貴な身分になってんだぞ、あんたは。

 

「とにかくバラン様のご要望は理解しました。当面はラーハルト殿の才覚に期待するとして、私も出来る限りの助力はさせてもらいます。お二人にお目をかけていただけるなら彼に功を立てさせる機会も用意できましょう。精々励むことにしますよ」

「すまぬな、苦労をかける」

「もう慣れました」

 

 良い感じにまとまったところで、じゃあ解散、というわけにはいかなかった。ここでソアラが口を開いたからだ。

 

「ルベア、もう少しだけ話を続けさせてもらってもいいかしら」

「……何故かとても嫌な予感がするのですけど、ソアラ様の御用向きもやはり拝聴せねばなりませんでしょうか?」

「あら、寂しい。バランのお願いは聞き届けておいて、私のお願いには耳を傾けてくれないの?」

 

 そのにこにこ笑顔が眩しくて怖いです、ソアラ様。

 とりあえず形ばかりの抗議として小さく息をついておいた。これ、降伏のサインになっていやしないだろうか?

 

「出来ればこれ以上の荷物を抱えたくないのが正直な気持ちというか、割とバラン様の要望だけで手一杯だと思うんです」

「あなたはもう少し自分自身を知ってもいいと思うけれど……そうね、本当に無理なら考え直すわ。でも、私はあなたになら任せられると本気で思っているのよ。駄目かしら」

 

 ……困った。

 

「ソアラ様はずるい言い回しを心得ておられます。そこまで見込まれて否といえるほどの胆力を、私は残念ながら持ち合わせておりません」

「ふふ、ありがとう。男の子は大変ね」

「安いプライドだけは一丁前に持ち合わせているんです」

 

 ひょいと肩を竦めて適当な口上を垂れ流す。男の矜持を十三で語るにはちと早い気もするが、まあ志に早いも遅いもないだろう。女性の口車に上手く乗せられて差し上げるのも紳士の務めというものだ。ただし相手が美人の時に限る。

 そんな阿呆な冗談はともかく、俺もこの二人には大概甘いよなあ、と改めて自覚した。しかもそれが悪い気持ちではないのだからここから抜け出せる可能性はゼロだ。厄介な夫婦に見初められたものだと唇を吊り上げて笑う。

 

「お聞きしましょう。ソアラ様は私に何を望むのです?」

「私はラーハルト(あの子)に狭い世界で満足してほしくないの。そう考えてしまうのは傲慢だと思う?」

「いえ、大変慈悲深きお言葉かと」

「ありがとう、では賛成してもらえるかしら」

 

 一度目を閉じ、すうっと深呼吸をしてからゆっくりと唇を湿らせた。

 

「私の心根を明かすならば、彼がバラン様のお血筋のみに忠誠を誓うのも悪くないと考えています。彼の我ら人類への恨みや憎悪はそう容易く払えるものではありませんし、その生い立ちを考えれば国家への帰属意識を素直に受け入れられるとも思えません」

 

 真剣な顔で聞き入る二人の顔を交互に見やりながら、淀みなく言葉を紡いでいく。

 

「アルキード王国の国政に携わる立場から判断するのならば、潜在的な敵対因子を放置するのは危険です。さりとてバラン様が手放しで賞賛される途方もない才覚は失うには惜しい代物であることも事実。となれば下手に手出しするよりも現状の追認、すなわち『個人への忠誠』を是とする判断に落ち着きます。付け加えるならば、彼の忠誠の在り処が間違っていると断じることなど、この世の誰にも出来ることではありません」

「ええ、そうね。『国』ではなく『人』に仕える。程度の差こそあれ、それ自体は珍しいことではないわ。けれどあの子の忠義は……」

「危うい、ですか?」

 

 言いよどむ言葉に被せるように俺が補足すると、こくりと頷くソアラだった。

 

「今のままだとあの子の忠誠がバランへの崇拝に変わりかねないのよ。王族は民から敬意を得なければならない立場だけれど、狂信まで歓迎するつもりはないわ。もちろん最終的にあの子が納得して選び取るなら何も言うつもりはないけれど、初めから選択肢がそれだけしかなかったというのは、ちょっと寂しいでしょう?」

 

 その青臭さに思わず笑い出しそうになった。

 いいね、その傲慢さこそが王族に必須の資質だろう。そしてありがたいことにバランもソアラもそんな自身に酔ったりはしないはずだ。それだけの自制心を持ち合わせた二人だからこそ安心して着いていくことができる。

 

「承知しました。『彼の(もう)(ひら)け』とご下命いただければ全力で任に当たる所存です。されど、一つだけ申し上げておかねばならぬことがあります」

「何でしょう?」

「――私は彼に優しくなど出来ませんよ?」

 

 そう念押しすると、俺の言葉を待ち構えていたかのようにソアラの目がすっと細められ、同時にその瞳に魅入られるがごとく、ぞくりと背筋に震えが走った。

 

「構いません、本気でぶつかり合わねば理解しあえぬこととてありましょう。あなたの裁量の限りにおいて好きにおやりなさいな。この私が許します」

「……なるほど、そういうことですか。だから先ほどはラーハルト殿の無礼を咎めなかったのですね。初めから衝突を織り込んでいるとは何ともお人が悪い」

「あなたへの期待の裏返しだと受け取ってくれれば嬉しいわ」

 

 そこで纏った威厳をふっとかき消し、申し訳なさ気な表情で力なく続けた。

 

「難しいことを言っているのはわかってるつもり。でもね、私たちではどうしてもあの子の理解者ではなく庇護者になってしまうの。それに……情けないことだけれど、私の知る限りあの子を偏見なしで見てあげられるのが、王宮にはあなたくらいしかいないのも事実なのよ」

 

 ソアラだけじゃない、バランもまた痛いほど真剣な顔つきで俺と向かい合っていた。……実のところ、性急さを求めなければ二人の庇護だけで十分だろうとも思うのだが。今は力で庇護を与えることしかできなくとも、時と共にその関係が変化していくことは十分ありえよう。それができない二人だとは思えない。

 いや、これは俺の楽観か。既に問題は起きている、場合によってはその猶予が失われることだって考えられるのだ。だからこそ荒療治すら覚悟したのだろう。

 

「幸い二人は年齢も変わらないし、変に気を遣いあうこともないと思うわ。もちろん最大限のバックアップも約束する。だからどうか私たちの意を汲んでちょうだい。頼まれてくれるかしら、ルベア」

 

 バランは公、ソアラは私、いずれもラーハルトと周囲の融和を目的にし、そのために橋渡しの役割を俺に望んでいる。結局、ソアラもバランも情が深いということに尽きるのだ。使い潰すには最適の駒、そう割り切ってラーハルトを見ることが出来ない。

 もっともそれが悪いことだとは思わない。大事なのは結果につなげることだろう。どんな綺麗なお題目も、どれほど眉を顰める謀の策も、成果が伴わねば等しく無意味な廃棄物に成り下がる。

 

 だから俺は礼法に倣って膝を折ることにした。そして、今日も不敵に宣言を口にするのだ。

 

「――御意。お言葉、しかとこの胸に。非才なる我が身の全力をもって、一ヶ月で彼を『使いもの』にしてご覧に入れましょう」

 

 

 


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