長い黒髪の妙齢の女性。校長室と書かれた部屋で一人ミッドナイトは、社会科見学と書かれた書類を眺め溜め息をついていた。綺麗にまとめることもできるであろうその髪は、まるで情事の後ではないのかと疑ってしまうほど艶めかしく乱れている。勿論今日昨日そうなったのではなく、ヒーローとして己のキャラを定めた時からそうしてはいるだが。
「難儀なものね。」
書類を出してきた教員のことを思う。生徒の頃から顔も知っているし、実際授業によっては担当もしたのだが、あの一見粗そうな性格に見える男が、誰よりも綺麗でお手本のような書類を作り上げてくるのである。教員なんて授業をしているより書類を作っている方が長い仕事なのだ。ヒーロー科であっても、それが変わることはなかったりする。
『ヴィランとの面会による危機意識の向上』。
そう銘打たれた書類は今回の目的を一言で示してした。
「まぁ確かに、合衆国のテレビ番組でそういった企画があったのは知っているけど・・・。」
確か某国におけるテレビの企画では、暴行や窃盗などといったアウトロー気取りの少年を、実際に刑務所で凶悪犯に合わせて改心させるものだった。ご丁寧に動画サイトのURLまで書いてある。みみっちい。だが―――
「筋が通らない訳ではないのよね・・・。」
ヴィラン連合や解放軍が崩壊し、組織だった犯罪が難しくなった現在。ヴィランというには御粗末なチンピラまがいが増えているのが現実で、生徒たちからすれば御しやすい相手としか思われていないのが現状だろう。そこで改めて歴戦のアウトサイダーと出会わせることで、失った危機意識を取り戻させるのがその狙い。
「まぁだからこそ許可を出したんだけどね。」
そう、それこそ実際にこの案件の許可は出しているのだ。関係方面への根回しも、胃薬を支えにもう終えたところ。今更グダグダ考えるのはもう彼女の仕事ではない。だから彼女はその艶めかしい乱れ髪を耳にかけ、唇を指で抑え思索にふける。妙齢とはいえ夜の蝶を自称するヒーロー名。後天的にも身につけた、もはや無自覚で放たれるその色気は、仕草だけで雄の本能を著しく刺激してきた。月の光でさえ、スーツ越しの肢体を彩る照明器具にしかなりはしない。しかし考えるのはあくまで校長として。前任者から受け継いだ椅子は、決して軽くはなかったから。
「まぁ、あの子たちの時代はほっといてもヴィランの方からやってきてたから、今が温く感じているだけなのかもね。」
生徒のためだけにここまでのことを仕掛けるとは思えない、金髪赫眼の新任教師。一石二鳥でことを運ぼうとする合理的な思考は、幼馴染が絡まなければ学生時代から見受けられたもの。恐らく何か他に狙いもあるのだろうが―――。
何かあれば相談してくれるだろう。そう思い、結局答えが出なかった問題は据え置くことにして、ミッドナイトはデスクに積まれた書類の山に手を出すことにしたのであった。
朝から憂鬱だった。いや、正確には社会科見学の行き先が決まった日からずっとそうだった。当たり前だ。ヒーローなんて華やかな世界を目指しているのに、わざわざ刑務所くんだりまで足を運ばなければならないのだから、はっきり言って気が滅入る。
「小野田さん、大丈夫?」
「ありがとー、大丈夫だよ!」
物憂げな表情は隣を歩く男子から見たら体調不良のそれに見えたらしい。ただ単にやる気がなくて不貞腐れているだけなのだが。
「出水君気にしてくれてありがとう。」
「う、ううん、当然のことだよ!何かあればいつでも言ってね!」
真面目を絵に描いたような男子は実にいいお客さんだ。御しやすい。
勿論、彼女―――小野田小町はそんな本音を周囲に漏らすことはない。艶のある綺麗なロングの黒髪。同色の瞳に色白の肌。校則違反ではないとはいえ、ナチュラルに施された化粧は彼女の美貌を際立たせている。大和撫子。その言葉を体現したかのような姿だけで、クラスの男子達はいちころだ。もっとも、
「男受けの良い格好を極めればこうなるだけなんだけど。」
「?どうかした?」
「んーん、出水君は今日も優しいなって言ったの!」
「ははは、ありがとう!」
出水君と言われた彼、出水洸汰などわかりやすい一例だ。入学当初は憧れのヒーローに近づくためだのなんだの言っていた癖に、少し優しくしてやればこの通り。授業も気もそぞろ、少しでも時間があれば、自分に話かけようとしてくるのが手に取るようにわかる。会話の内容なんて、すごいすごーいと、それでそれでと相槌さえ打っておけばどうにでもなる。勝手に喋っているのだ、ちょろいもの。
「またやってるよ。」
「姫だ姫。」
「キャバ嬢。」
鼻の下が伸び切っていてる彼の反対側から女子の声が聞こえてくる。いつもの妬みだ。どうでもいい。それこそ自分達が男子に嫌われるのが嫌で、面と向かって言えないのも目に見えている。くだらない。
小野田小町が女子を敵にしてまで男子を従えているのには理由があった。
個性:お姫様
この個性は、自分に好意を抱いている相手の身体能力や個性を強化できる。あくまで男子限定で、だ。人数制限は無し。補正の上昇値は自分への好意の高さに比例して変化する以上、周囲への彼女の評価はそのまま死活問題にも直結する。異性限定でのバフ掛け。己自身では戦えない個性。そんな彼女が男子達へ媚を売る理由は仕方がないとも言えたのだ。
「モテない嫉妬する暇があるなら訓練でもしてたら?」
「!?」
わざわざ洸汰の隣を離れ、女子の輪に入り告げる一言。勿論男子には聞こえない声量で。最初に喧嘩を売ったのはあんたらなのだ、言われっぱなしになる理由はない。
「あんまり調子に乗ってるとっ!!」
「何?いじめでもする?ヒーロー科の生徒が寄ってたかって?確実に就職に影響出るよね?」
「っ・・・。」
悔しそうに歯を噛む女子生徒たち。他校なら起こりがちな女子の云々かんぬんも、ここではヒーロー科という名目が足かせになって、彼女達自身の行為を縛っていた。人気商売でもあるヒーロー。陰湿な女子のいじめとは無縁で行きたいのはお互い様だろう。勿論、こんな性格の自分だってヒーローらしくはない。だが、
「私はヒーロー目指してないしね。」
「あっ、おかえり、小野田さん!」
女子の輪から帰ってきた小野田を露骨なまでに嬉しく出迎える洸汰。そんな彼を適当に喋らせつつ、彼女は己の目標を確認する。
「目標はヒーローになることではなく、雄英出身ヒーロー相手の玉の輿。ヴィランの相手なんて、男にやらしときゃいいのよ。」
一瞬覗かせた本音に洸汰は気づくことはない。タルタロス到着を、担任がいつもの口癖で告げたのは丁度その時であった。
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次話→透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」 その3
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