「ハイしゅーりょー!!!」
雄英高校1-Aは、本日社会科見学を行うタルタロスへと到着した。始めて見る刑務所(そもそも見たことある10代は圧倒的な少数派)。それに対し再び騒ぎ始めた生徒たちを、担任が子供の頃からの口癖で諫めたところだった。学生時代とは違い、ポニーテールに縛ってなお肩に届く黒髪。爬虫類を思わせるつり目で、軽く子供達を睥睨する彼女こそ------今年1-Aを担当している教師、取蔭切奈だ。
彼女に睨まれ、なんとか静まった可愛くも憎たらしい生徒たちの様子に、切奈は軽く溜息を吐いた。場所が場所である。爆発男のせいでこうなってしまった訳だが、やると決まって現地まで来た以上、もう少し子供たちにも静かにしてもらいたいものである。あぁもう、面倒くさい。
だからとは言え、露骨に顔に出す訳にも行かず、声を張り上げ生徒たちへとこの後の動きを伝えていく。
「引率は見ての通り、私と爆豪先生が来てるからクラスを半分に分けて中に入って行きます!中に入っていった後は、ともかく静かに、周囲のものは勝手に触らないようにね!」
名前まで呼んで話題に触れたにも拘わらず、ある意味でしか頼れない副担任は何か考え事でもしているのか、そっぽを向いている。お前も引率するんだよ、ちょっとは手伝ってよと思いながらも、生徒どころか副担任の注意までしていられない。こうなったら、
「先手必勝、倒しましょっと。」
「先生?」
「ごめんね、じゃあ名前呼んでくから呼ばれた人は先生のとこ来てね?まず取蔭班から!」
彼女がやらしいことに定評があるのは、高校を卒業をしてからも変わらなかったらしい。
「何よこの組み合わせ.........」
思わず小野田小町は呻いてしまった。当然だ、ただでさえ気分の下がる刑務所見学なんてイベントだ。行きたくなくて仕方がなかったのだが、率先してサボって下手に男子の好感度も下げられない。心模様は既に、週明けの月曜日も逃げ出す勢いで真っ青な気分である。それに輪をかけるかのように---
「まっ、そもそもヴィランになるような人間の話聞いたところで、どんな意味があるのかわからないね!」
イキりレスバ野郎の土屋と、
「まぁ何かしら意味あるんじゃない?行ってみて考えようよ!!」
頭の中まで晴れ間な孤城と、
「何か屋台的なものはないのか?小腹が空いたんだが…」
もはや世の中から飛び去ってしまっている嵐島である。苦痛の三重奏、A組問題児のオンパレードだ。本当に勘弁して欲しい。
勿論、小町としては土屋と嵐島は男子である以上取り込んでしまいたかったのだが、イキりレスバの自慢話と、嵐島の現世から夢遊してしまっている空気に耐えられなかったのである。入学一週間で諦めた。
「なんか個性的なメンバーだね・・・。」
ちゃっかり同じ爆豪班に入った出水洸汰も似たような心情だったようだ。何せ問題児の大バーゲンである。班分けを決めた取蔭先生が恨めしい。というより、
「狙って爆豪先生に押し付けたのかな?」
「あっ、なんかわかるかも・・・。」
班分けをした時の担任と副担任の表情が、それぞれ口よりも雄弁に物語っていたのだ。やってやったぞと、やりやがったなと。そんな元ヒーローと現役ヒーローのやけに残念な人間臭い姿を思い出し、姫と召使(肉壁とも言う)は再び溜息をつくのだった。
「腕に自信のあるガキどいつだ!!!!!!」
響き渡る怒号。実際に人を殺したことがある人間の瞳はここまで澱むのか。思わずそう思ってしまうほど圧倒的な黒。黒黒黒。個性使用ができないよう、拘束具が付けられているとは言え、檻から一時的に放たれた彼らは、もはや人というより猛獣に近い何かだった。あまりの剣幕、あまりの殺気。尋常じゃない刑務所の空気の中で、ヒーローを目指す卵たちは瞬き一つすることができなかった。
「俺は10人女を犯した!!来月死刑が決まってっから思い出作りに一発ヤらせろや!!」
強引に女子生徒に伸ばさんとする手を、担当する先生が軽く払う。対象にされた生徒は、身がすくんで自分でどうこうするのは不可能だ。人を人とも思わない狂気の坩堝。それはどこか遠足気分だった生徒たちの心を、確実に嬲り犯し染め上げていく。
「・・・つ、う。」
思わず呻いてしまう生徒は一人や二人どころの騒ぎではない。実際に、チンピラまがいとはいえ、ヴィランとも交戦があるものだっているのだ。そんな神童でさえ、場の雰囲気に飲まれてしまっていた。
「ヒーローに負けて腕を切られちまってよ、てめぇらから一本もらっていいよなあ!!!!!卵みたいなもんなんだしよ!」
目を背けた先に回り込んでくる社会の害悪。自分達がテレビやネットのニュースでしか知らない、本物のアウトロー達。担当の先生たちは身体への接触以外は特別止めるつもりは無いらしい。どこ吹く風だと言わんばかりに、無表情のまま生徒たちを眺めている。
「目ぇそらしてんじゃねぇぞこらああああああああ!!!!!!」
その間も絶え間なく続く、怒号罵声殺意の真っ黒な真っ黒な黒い黒い黒い------ただ相手の心を壊すためだけのそれ。隙あれば目から耳から肌から舌から鼻から、穴という穴から浸食してくるそれは、まるで血みどろの刃で処女の秘部を抉り回すような。
その異常な空気の中で、怯える仕草をまるで子宮の中に置き忘れてきたような。そんな表現すら生易しく思えるほど、丸で何事もなかったかのように、2人の引率者はそれぞれの生徒を連れて、タルタロスの中を進み続けた。
「偶然ここにいる奴なんていないんだよ。」
そう話し始めたヴィラン。懲役99年の殺人犯。酒に狂い女に溺れて、最後には薬に飲まれて無差別に人の命を奪った。薄暗いその瞳にも、かつては夢を追う眼差しがあっただろうか。
落ち着いて話しをするというのも変な話だが、しっかり犯罪者達から心を折られた生徒たち。彼らは今強化プラスチックの前------面会室の中でヴィランの話を聞いている。日頃から凶悪な犯罪者に会う機会が無い彼らは、今度は人間としてのヴィランに正面から向き合う。
「運悪くここに来たんじゃない。どんな理由があったってな、ヴィランになることを選んだのは俺たちなんだ。」
「やめられるならやめたかった。やめたい。どうしたらいいの?」
「殺すことでしか許せなかった。」
「悪いことだなんてわかっちゃいたんだ。でも、もう、自分でも止められねえんだよ。」
次々にやってくるヴィランと呼ばれた人間達。これからも生きて償わなければならない、そんな人達。
「こっち側には来るなよ?選ぶのは自分なんだよ。」
「でもなんど繰り返しても、きっとここに来ちゃうかな?」
「今だって明日だって、もうどうしていいのかもわかんねぇ。」
そこにあるのは怨嗟なのか後悔なのか。誰かを責めるようで、己を責めていて。反省よりずっと重く後悔より心に残り続ける何か。そんな何かを、生徒たちは心に受け止め続けていた。
そして爆豪班が使う面会室へ、最後に入ってきた犯罪者。彼女はどこか纏う雰囲気からして、他の囚人達とは違っているように思えた。
「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」
そう叫んだ、恐らく女性の姿はだれの目にも見えなくて。
そのやけに明るい声だけが、何よりも生徒の耳へと残ってしまった。
pixivにて連載中のものを再掲載しております。
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次話→透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」 その4
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