葉隠透。これが最後だと言われて部屋に入ってきた、恐らく女性である彼女は、どこか慣れ慣れしく爆豪へと話しかけていた。
「雄英の子達が社会科見学に来るって何事かと思ってたんだけど・・・爆豪君の差し金だよね、どう考えても!」
「はっ、どうだかな?」
「昔からそうだけど、目標のためなら緑谷君や轟君以上に無茶苦茶するところあるよね~。」
「てめぇだけには言われなくねぇ!!」
それこそ社会のルールを守ったか守ってないかの違いは大きいのだが、やりたい放題やるという意味ではお互い似た者同士なのだ。さすが元A組、イレイザーヘッドの生徒たちは残念な意味で健在である。
そんなかつての旧友同士、まるで同窓会のような空気になってしまった面会室。あまりに変わってしまった雰囲気の中で、置いてけぼりになってしまった生徒達から声が上がる。
「あの、かっちゃん先生、この方は・・・」
「それ言うな。爆ぜさせるぞ。」
「爆豪君、誰がヴィランかわからないよ!」
生徒達からしたら、もはや日常となった爆豪の脅し文句は、塀の向こう側から見ても異常なものだったらしい。まさかの犯罪者側からフォローされたことに、庇われた生徒もついつい複雑な表情を浮かべてしまっている。飛天に至っては欠伸すらし始めた。今日も飛んでる君は絶好調である。是非とも仲間だとは思われたくないところだ。
しかし流石に職務上話を進めないとマズいと思ったのか、一拍舌打ちだけを響かせて、かっちゃん先生は未だ姿を捉えることができない、そんな囚人の紹介を生徒へ向けてやり始めた。
「元ヒーローインビジブルガール。俺が雄英時代の同級生だ。勝手に転落したがお前らの先輩だ、せいぜい敬い殺しとけ。」
「前から思ってたけど、爆豪君のボキャブラリーってどこから出てくるの?」
そうやってまた軽口を始める元同級生コンビ。気安い関係と言うべきだろうか。元クラスメイトとしての会話なら全く違和感の無いそれ。しかし、この二人は---
「インビジブルガール。第二次神野戦線で発覚した、裏切りの内通者。」
呟やかれた言葉。それは声量以上の響きを伴って、面会室の空気を再び変えた。ただし先程までと違うのは、重く苦しい殺意を放つのがヴィラン側ではなく生徒側だということ。
「久しぶりだね、洸汰君。」
「・・・どの面下げてと、そうお伝えしますよ。」
ヴィランに家族を殺された青年。彼の父と母は最後までヒーローとして闘ったのだ。まだ幼い彼を残して。その歪みかけてしまった心を、”新たな象徴”に救ってもらい、彼自身は復讐に堕ちてしまうことこそなかった。しかし、現状この場での言葉と態度は、犯罪者として生きることを選んでしまった葉隠を、確実に責めてしまっている。むしろ、
「殺意って言うんですかね?真っ黒なものが止まらないくらいです。」
真面目で優し気な青年。それこそ個性分岐点を迎えたこの時代、水流を放出するだけのそれは決して派手とも有能とも言えないが、堅実なスタイルは教師陣の中でも評価が高かった。そんな生徒が見せた明確な殺気。周りの生徒は勿論、丁度良いお客さんとして利用していた小町もその豹変ぶりに動けずにいた。それほどまでの事があって。それほどのまでの思いがあって。その全てをその眼光に込めて。彼は目の前で飄々としているヴィランに向けて叩きつける。
「そうだよね、君のご両親のこと考えたら、そう思っちゃうのも当然だよね。」
凪の如く。真正面から力尽くで殴り掛かってくるそれを、受けるのではなく軽やかに流しながら、表情どころかその輪郭さえ捉えられない彼女は告げる。そのあまりに飄々とした様子に、憤怒の形相へと変わる洸汰。それをそのまま言葉の暴力へと変えるために口を開く。
「知ったような口を!!」
「そんなこと言われても困るよ。別に私が君の両親をどうこうした訳ではないし。」
まるで太陽はどこから登るのか聞かれたかのように、葉隠は当然のことのように答を返していた。言い淀むこともなく、はっきりと。
「顔見知りがヴィランとして出てきたからって、急に荒れて欲しくないんだけど。」
「こっ、のぉ!!」
表情の代わりに身振りで手振りで、呆れの感情を伝えてくるそんなヴィラン相手に、洸汰は両手を構え水流を放とうとする。しかし---
「だめだ。」
一瞬にして距離を詰めたオッドアイの天才と、
「落ち着いて!」
洸汰の視界を潰すために、狐火を撒いた金髪の少女が、洸汰の激情の邪魔をする。まさか止められるとは思ってなかったのだろう、面食らった彼はそのまま個性の発動もできずにその両手を降ろしてしまった。
「まぁ、そんなもんだろーよ。」
同級生二人に為す術もなく動きを封じられた洸汰を見て、爆豪は溜息混じりにそう呟いた。そもそも洸汰は緑谷という明確な目標があったため、入学当初こそ他の生徒よりも一歩二歩抜きん出ていた。腑抜けた空気の中で、訓練にも真面目に取り組んでいたし、爆豪の授業にも食い下がってきた。そう、小町に熱を上げてしまうまでは。
「それに比べて。」
元々天才肌だった飛天は元より、自分なりに目標ができた姫子の成長具合は目を見張るものがあった。なんとなく受けていた授業も、教師の意図を把握して必要なことを吸収しようとしているのが伝わってきていた。それこそ放課後の自主訓練だってそうだ。お互いがお互いに切磋琢磨し始めた二人は、気を抜いた同年代など相手にならないらしい。
バカにしていた訳ではないだろうけれど、明確に追いつかれたという事実が、洸汰の表情を曇らせる。そしてその隙を見逃してくれるほど、目の前のヴィランは優しくはなくて。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
響き渡る哄笑。それが明確に嘲笑うのは出水洸汰の現在地。再び視線を強くし洸汰はせめて言葉だけでも抗おうとする。
「何がおかしいっ!?」
「おかしいって!?おかしいに決まってるでしょ!!」
膝を叩いているのだろう、乾いた音が周囲にこだまする。どこか軽く響いてしまうその音は、この重たい雰囲気の中ではどこか異常なほど浮いていた。
「緑谷君みたいになりたいとか言ってよく寮まで遊びにきていた子供がさ!雄英に入ってみたら周囲に平気で負けててさ!!」
「い、今はたまたま!」
「本当に!?私だって雄英出身なんだよ!?ほっといたらヴィランが学校に襲ってくるような時代だった!私みたいな内通者はともかく、みんな目標に向かってすごく頑張ってた!今の洸汰君の動きを見たら、頑張ってるかどうかなんて私だってわかるよ!」
それこそ私以外のヴィランには噛みつくことすらできなかったんじゃない?そう言葉を続けた透は、何も言えない洸汰を尻目に、周囲を見渡したような様子見せて話を続けた。
「大方、そこの女の子の尻でも追っかけてるんじゃないの?」
「!」
突然水を向けられた小町は思わずその引きつっていた顔を上げる。牢獄体験でとっくに心は折られていたのだ。ここで話題を振られて反応できるほどの度胸など、彼女の中には育っていない。
「化粧もそうだし、スキンケアだってしっかりしてるよね?肌が日に焼けた感じがないのは、しっかり日焼け止め塗ってるってことかな?リップは今の流行り?私はこんなところにいるからわからないけれど。校則に引っかからない程度の上手なお化粧だね。日頃からしっかり練習してるんだろうね。他の子もお化粧してる子は多いけれど、あなたは抜きん出て女だよね。」
吹き出すように話し続ける彼女の言葉に、小町は身動きが取れず何も言葉を返せない。クラスの女子相手ならいくらでも言い返せるのにだ。
「妬ましい。」
まるで薄暗く仄暗い井戸のそこから響き渡ったような、怨嗟のような重たい声。視線で人を殺せるならばなんて例えがあるが、嫉妬で人を殺せるのなら、小町は透に何回殺されてしまうのだろうか。見ればどこを見ているかわからない透明な姿。視線さえ定かではないその身体は、顔を求めて彷徨う深夜の亡霊のようにも見えて。
「あなたが。」
誰もが言葉を失ったこの場において、口から物を言えたのは、プロヒーローであるシュガーマンと事を構えたことがあったからか。
「あなたがヒーローを裏切った理由は、もしかして・・・。」
姫子の問いに一度だけ頷いた透は、たった一つの答えを告げる。
吹きすさぶ血風。溢れかえる有象無象。
取り分けて凶悪と言われる犯罪者が、その檻を砕かれることで野に放たれる。今ここでヒーローに捕まり再び臭い飯を食わされる者もいれば、逃げに徹し野に帰るものもいるのかもしれない。そう、それは全て自分のせいだ。内通者として生きることを選んだ、自分のせいだ。
「なんでよ透ちゃん!!」
高校一年生だった頃の同級生が叫んでいる。白々しいと思った。何にも気づかなかった癖に。
「あなたを止めます!!透さん!!」
長い黒髪の彼女が叫んだ。綺麗で端正な顔。羨ましいとずっと思ってた。何がわかるんだよ。知ったようなことばかりいつも言ってさ。
その後かな。気がつけば叫んでた。最後までヒーロー側とは何も喋るつもりはなかったのに。顔見知りがいるとやっぱり駄目なのかな。煩わしいと思っていただけで特に何の情も感じなかったのに。誰も何にも気づいてない癖に。
だって私が本当に欲しかったのは。知りたかったのは------
「私は自分の顔が知りたかった。」
あの日神野で集まった元同級生、そんな彼らに告げたのと一ミリも変わらないその答え。
「そんな理由で…。」
呟いたのは誰だったのだろうか。洸汰だったのだろうか。姫子だったのだろうか。それとも空気の読めない飛天だったのかもしれない。しかし疑問に思うのも当然だった。雄英出身、透明人間という良個性。そのまま普通に生きているだけでも、きっとエリートとして幸せな人生が待っていたはずなのに。それを捨て去るリスクを負ってまで求めたものが、まさか。
「あなたたちに何がわかるのさ!?」
響き渡る怒声。己の何よりも欲しかったものを、自分より恵まれた環境の誰かに否定された悲しさ。
それを余すことなく、強化プラスチック越しの誰かへとぶちまけ始める。
「親でさえ服を着ていなければ私がどこいるかもわからない!裸で街を歩けば誰にも気づかれない!」
それはきっと彼女しかわからない悲痛な叫び。誰かがわかってあげられたなら、もっと違った未来があったそんな叫び。
「悪戯しないと気づきもしない癖に、どいつもこいつも迷惑そうな顔して!知ったような顔で近づいてくるクラスメイトだって!!」
そこで一旦言葉を切り、大きく息を吸い直す。きっともう何度も何度も声に出して、気づいてくれなかった誰かを呪ったその言葉を。
「私が泣いていたことさえ気づかなかった癖に!!」
砕け散った街並み。襲撃にあったタルタロス周辺は、まるで空襲にでもあったかのように焼け野原になっていた。檻から脱走した犯罪者。それを止めに来たヒーロー。それぞれの個性が乱れ飛ぶ戦場は、まさにこの世の終わりのようで。そんな中向き合う元1-A女子と、元ヒーローになってしまったインビジブルガール。
『顔が知りたかったなんて、そんな・・・』
『・・・それだけでここまでのことを?』
そうやって呟くしかなかったクラスメイトの姿は、透を落胆させることしかできなかった。結局自分にとってどれだけ大切なことでも、最初から持って産まれた彼女達には理解してもらうことなんてできないんだなって。
『百ちゃん、私ね、いつもあなたのことが妬ましかったよ?』
『!?』
直接話を振られるとは思っていなかったのか、八百万は一瞬だけ怯えた表情を見せた。その反応でさえ忌々しくて。
『女の子らしい綺麗で素敵な髪に、可愛らしい仕草に表情。卒業してからますます綺麗になったよね?化粧も上手になってさ。女の子の理想って言うのかな。それが詰まってる。羨ましいったらありゃしない。』
『私だって異形型よ?透ちゃん。』
そう答えた蛙の彼女。透は恐らく彼女の方を睨んでいるのだろう。身体の向きから、じっとそちらを見ていると思われる。
『愛くるしい姿はマスコットみたいで羨ましかった。梅雨ちゃん男子からも人気あったもんね。』
『・・・それは』
『そもそも、今私はお茶子ちゃんの方見てるんだよ?』
『『『っ!』』』
身体の向きやその仕草で彼女の様子を判断していたヒーローたちは、その考え方が間違っていたことにようやく思い当たった。それこそ今まで彼女とコミュニケーションを取る上で判断してきたものがまるで、
『そう、意味のなかったことなんだよ。』
実際に辛くて泣きそうな顔をしていたことだって何度もあった。内通者、裏切り。そんなことをするのに辛さが全くなかった訳ではなかったのだ。誰かに止めてもらえるなら、それこそ止めてもらいたかった。けれど、
『仕草さえ笑っているふりをしていれば、あなた達は結局誰も私の心に気づけなかった!!ヒーローになりたいだなんて言って!一緒の寮に住んで毎日顔を合わせている私の気持ち一つ気づいてくれなかった!!それこそ猿夫君だって!!』
誰も何も言えない空間の中。もはや彼女の声以外で、彼女の心を推し量るのは不可能で。周囲のヴィランとヒーローが戦う喧騒が、どこか遠い国の出来事のように思えた。
『それでもドクターはわかってくれた!内通者の役割をこなせば、私の顔を見えるようにしてくれるって言ってくれた!』
声からわかるのはどこか恍惚とした感情。救いを求める罪人が、キリストから罪を許された。そんなどこか宗教画の一シーンのような。求められれば身体さえ許してしまいそうな、彼女の姿。
『だから邪魔をするなら容赦しないよヒーロー!』
言葉ともに現れるハイエンドクラスの脳無。決戦はまだ、始まったばかりだった。
「お洒落が得意なあなたならわかるんじゃないかな?年頃の女の子が、化粧一つできないんだよ。」
再び小町に向けられたその言葉には、縋るような響きが込められていた。
「自分に似合う服だってわからない。マネキンが服着て歩いているようなもんだって、店員に陰口言われたことだってある。」
そのあまりにも切ない響きに応えられるような言葉も信念も、最初っから小町は持ち合わせていなくって。
「普通の年頃の女の子みたいに、化粧してお洒落して好きな人の前でドキドキして!たったそれだけのことがしたかっただけなのに!こんなところに入れられて!自分の顔が知りたかっただけなのに!それがそんなに悪いことなの!?誰も助けてくれなかったから!ヒーローが誰も助けてくれなかったから!!助けてくれる人の所に行っただけなのに!!」
それは小町だけではなかった。洸汰も姫子も飛天も大地も、それこそ他の生徒達も。助けを求める彼女への答えも応える方法もわからなかった。
「刑務所のいじめって知ってる?自分の排泄物を食べさせられたりするんだよ?どこまで透明に見えるかとかいって訳の分からない話でさ!結局ここでもそんなことで苦労するんだよ!何か隠してないか調べるとか言って、男の刑務官に身体中をまさぐられて!!それこそ最後までされることだってあるんだよ!!」
まるでどこか遠い世界の出来事のような目の前の現実を、まだ受精卵でしかない生徒達は受け入れることができなかった。それこそかつての友人達でさえ、透の悲しみは受け入れることはできないのかもしれない。
「ヒーロー科なんでしょ!?ヒーローになるんでしょ!!だったら私のこと助けてよ!!」
「いい加減にしろよてめぇ。」
叫び訴え垂れ流し、己の全てを曝け出した透を止めたのは、かつての友人でもなく生徒達でもなく、ただの元クラスメイトである爆豪勝己であった。
pixivにて連載中のものを再掲載しております。
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次話→透ちゃん「嘘ー!?爆豪君が雄英の先生!?」 その5
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