尾白「爆豪が・・・雄英の先生ねぇ・・・。」 その1
息をすることすら躊躇われる。そんな言葉すら生温く感じるほどの威圧感。それは建物の用途以上に、実際に中で収監されているヴィラン達の存在そのものが、その空気に拍車をかけているのもあるだろう。―――タルタロス。取り分け凶悪な犯罪に手を染めた、そんなヴィランを閉じ込めておくための檻。その面会室と札がかかれた一室。その強化プラスチック越しに会話する二つの影。
「もう、気にしないでいいのに。」
最初にそう切り出したのは恐らく女性だろうか。産まれ持った個性が原因で、その姿は誰にも捉えられない。一時はヒーローになりながらも、結果としてヴィランに身をやつした葉隠透が、もう一人に向けて言葉をかける。
「そんな訳にはいかないよ。」
応える青年はどうやらここの住人ではないらしい。ショートカットの髪は学生時代から大きく変わらない髪型。発動型だろうか。外見に特別個性を判別する何かは見当たらない。しかし衣服の上からでもわかるその鍛えあげた肉体は、彼が決して只者ではないことを物語っている。纏う雰囲気はいまだ現役のそれ。尾白猿夫。かつての武闘派ヒーローは己の恋人に会いうため、タルタロスに来ていた。
「別にもう、私達なんでもないんだよ。」
一点だけ齟齬があっただろうか。彼女の認識ではもう二人は終わってしまっているらしい。一見俯いているようにも見える彼女の姿には、尾白に対する申し訳なさが透けて見えるようだった。
「そんなことはないよ。」
そこにかける元カレの言葉は、彼女と正反対のものである。一見終わった男が女性を追いかけているだけにも見えるその会話。しかし彼の瞳に、そのような濁った情念は見当たらなかった。
「相変わらずご両親がここに来られることはないんだろ?だったら、誰かが衣服や洗剤を届けなきゃ。」
「・・・ごめん。」
「好きでやってることだから、これからも甘えてよ。」
そう言いながら、お互いに近況報告のような世間話を繰り返していく。片方はただどこか罪悪感を抱えながらも、もう片方に甘えながら。もう一方は、まるで公に付き合っていたあの頃のように、誰よりも愛しい人へと言葉を紡ぐように。
面会時間いっぱいまで続けられたその会話が終わり、部屋から立ち去っていく元恋人を眺める姿無き囚人。彼の姿が完全に部屋から消えた後にもう一度だけ、ごめんと呟くのだった。
梅雨も終わりが見え、初夏特有のまだるっこしい空気が周囲を支配し始める。まだ少し遠いものの、夏休みを意識し出した生徒達はどこか浮足立っているようにも見えた。そんな生徒達を尻目に、職員室の各教員に割り当てられた安物のデスク―――己の事務所のものとは違う残念な仕上がり。それに未だ慣れない爆豪は、その募る苛立ちをそのまま言葉に乗せて、隣りのデスクにいる女性へと叩きつけた。
「あぁうっぜぇーーーーなぁったく!んでなんだこら!?喧嘩なら買うぞ!?」
実際にヴィランが裸足で逃げ出したその眼光、それをどこ吹く風と流しながら、1-A担任である取蔭切奈は話を始めることにする。.........何せ無駄に絡まれてやるほど、彼女も暇ではない。
「勿論、私らが担当しているA組の話さ。」
そんなことはわかっていると、視線だけで先を促す爆豪。それを受け、切奈は言葉を続けていくことにする。
「現状、積極的にサボるなりなんなりしていた三人組は落ち着いてきた。一人を除けば、自主トレやるぐらいまで意欲を持つようになったんだ、感謝してるよ。」
「ふん。」
実際クラスが始まった当初はあの三人組―――孤城姫子、嵐島飛天、土屋大地のサボりや授業妨害(主に大地)は目を見張るものだった。それこそ爆豪が副担任として就任した6月頃までは、手が付けられない状況だったのである。
「まぁ、元は私が不甲斐ないからなんだけどさ。」
もともと身体を切り離すことで探索や哨戒、全体へのオペレーションを本業としていた切奈は単騎での戦闘力はかなり低い。それに加えて、
「第二次神野戦線、か。」
「本当に、情けない話だよ、」
かの戦線で彼女が受けた傷は決して軽いものではなかった。かつては何十分割もしていたその肉体も、今ではせいぜい両手の数が限界だった。戦役後に即引退し、雄英で教師になった後はそれほど不便には感じなかった。しかし今の一年生、即ち個性分岐点。プロ顔負けの強力な個性を持った生徒達が、切奈を認めることは決してなかったのだった。
「だから本当に助かってる。その上で、これからの問題も一緒に考えて欲しくてさ?」
「それが本題か。」
「そそ。」
言葉と共にクラス名簿と書かれた書類を取り出すまだまだ未熟な教師達。片方は失ったものを補う方法を探し、もう片方は、日々起きてくる問題にただただ苛立ちを募らせている。それでも書類の向こう側に見える、生徒達のことを見失うことは決してありえないから。そんな二人が今の生徒達を見て思う問題点。それはこの年の子供にはありがちなこと。彼等だって通って来た道で、何度も転んだものだと一つ苦笑い。なのでかつて転ばせてくれた大人達と同じ様に、生徒達のことを一言で評することにする。
「調子に乗りだしてきやがったな。性懲りもなく。」
「そういうこと。」
溜息とともに安物の椅子に深く腰掛ける爆豪。先程の苦笑いはもう消えており、めんどくささがその表情に現れている。
「あれだけ普段しばき殺してるってのにこのクソガキどもは!!」
「まぁ、真面目にやりだしたからってのもあるんだけどね。」
そもそもがね―――肩にかかったポニーテールをその手で払い、切奈はそう話を続けていく。
「あの三人組に引っ張られて、みんなまともに訓練も授業も受けてなかった。でも問題児達が真面目になって、そこにあの職場体験。結果としてクラス全体が前向きに努力するようになったの。」
「だが、」
「そう。そこでは終わらない。」
「努力し結果が出始めりゃあ、また天狗の鼻が伸びてきやがったってことか。」
「それこそ孤城や嵐島ぐらいだよ。ストイックに頑張り続けているのだってさ。」
小野田も変わってきたかなと、そう付け加えてはみたものの、圧倒的多数はまた調子に乗り始めている。爆豪のニトロが乾く暇も、最近は減ってきたのではないだろうか。
「こんな浮ついた空気で期末テストや夏休みに突入させたくないんだよね。」
「だろうな。糞が。」
調子に乗った学生が夏休みにしでかすことなど禄でもないことに決まっている。それこそ自分達が謝って回らなければならない姿を幻視して、爆豪は己の表情を厳しくしていた。
「出席番号順に、爆撃くらわせ殺してやろうか?」
「・・・たぶん、爆豪にやられても、そんな気にしないと思う。」
「あぁ゛?」
力不足だとでも言いたいのかと、再びその眼光を鋭くする元1-Aの狂犬。赫いその瞳は、隣りいる同僚の姿を捉えて離す様子はない。元1-Bのトリックスターは、その牙を納めるために言葉の真意を伝えていく。
「そもそも、ビルボード№2なんて強くて当たり前じゃん?そんな人に負けたって、仕方ないかなで終わるだけなんだよ。」
「んだそら・・・。」
溜息と共に浮かべる呆れ顔。拗らせた向上心と心中できるような男である。そんな彼からしたらきっと、理解できないであろうその感覚。
「負けは負けだろうが。相手が誰だろうと、負けちまったらそれで終わりなんだぞ?」
それこそ学生時代からオールマイトやエンデヴァー相手でも、勝負となれば決して緩まず噛みついた男だ。その折れない反骨精神の硬さは、烈怒頼雄斗の個性もびっくりなほどである。
「そりゃそうなんだけど、まだ学生だからって部分もあるんでしょ?大人になる頃には自分達だってって感じでさ。」
「大人になったら使えねぇ有象無象が増えてるだけだろうが。アホらしい。」
「ちょっと、どこ行くのさ!?」
捨て台詞と共に席を立つ爆豪。一見やる気をなくしたかのような言葉に切奈は慌てるものの、振り返る爆豪の瞳にそのような色は全く推し量れない。
「№2がやる気出すのに不服だってんなら、それらしい奴に声かけてくんだよ。校長のババアへの根回しと、書類だけ作っとけよ!!」
そんな言葉に一時は納得したものの、それこそ声を掛けるなら電話でも良かった案件。要は仕事を押し付けられただけだったことに気づいた切奈は、ただただ溜息を吐くのだった。
尾白流。
墨字でそう書かれた道場に一人、家主である猿夫は座禅を組み瞑想を行っていた。それこそ目をつぶり床へとあぐらをかくその姿は、一見隙だらけにも見える。しかしその実、№1ヒーローでさえ打ち込みを躊躇うことだろう。そんな瞑想の中で繰り返し、彼は思う―――神野戦線にてその個性を失った、そんな自分でもできること。いや、自分だからこそできるんだと。
そんな彼の思いを込めて建てたその道場。静かでどこか張りつめたその空気に、訪れる者達は知らず背筋を伸ばしてしまう。
「おい!!!居るか!?」
「うちは道場破りとか受け付けてないんだけど........」
そこにやってくる歩く人間凶器。道場の空気なんてなんのその。それでも爆豪自身は以前ここに通ったこともあるのだが、それとこれとは完全に別らしい。羨ましい性格である。
どうせ碌なことじゃないんだろうなぁと思い、猿夫は話を聞いてみることにする。どうしよう、やっぱりあまり聞きたくない。
「雄英で生徒をしばき倒せ。」
やっぱり聞きたくなかった。もはや意味がわからないよ。
先程切奈がしたのと同じような溜息を、猿夫も吐くことになったのだった。
pixivにて連載中のものを再掲載しております。
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